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★ 最終準備書面(責任論) 
 第5 津波 1 予見可能性 
平成29年9月22日

目 次(←「最終準備書面(責任論)目次に戻ります)

第5 津波
 1 予見可能性
 2 結果回避可能性
 3 国の規制権限不行使の違法
 4 過失と違法性の時期



第5 津波


 1 予見可能性

  (1)はじめに


 本件事故は,福島第一原子力発電所の敷地高さを超える津波の到来により,原子炉等建屋内に津波が浸水し,非常用電源設備やその配電盤等,炉心冷却を維持するために必要な電源機器が被水したことで,全交流電源喪失に陥り,その結果,炉心損傷から大量の放射性物質の放出に至ったものであるところ,そのような事故の結果を防ぐだけの結果回避措置を動機付けるためには,何に対してどの程度の予見可能性が必要とされるのかを,予見可能性の有無を判断する前提として確認しておく必要がある。
 そこで,以下では,本件で被告国及び被告東電の結果回避措置を義務づけるのに必要な予見可能性の対象と,その対象についてどの程度の知見があれば本件の予見可能性として十分であるかについて整理し,被告らの予見可能性について論じる。

  (2)予見の対象及び予見時期

  ア 予見の対象

  (ア)予見の対象は「福島第一原発1乃至4号機の敷地高O.P.+10mを超える津波の発生」である

 訴状で述べた通り,福島第一原発は,全交流電源喪失事象(SBO)を機序として炉心損傷,放射性物質の漏出に至った。全交流電源喪失事象は,地震で外部電源が喪失したのち,津波の浸水(外部溢水)により,建屋地下1階に設置されていた非常用D/G,高圧配電盤等の電気機器が損傷し,非常用の電源が使用できなかったことを原因とする。そして,福島第一原発1号機ないし4号機の敷地高であるO.P.+10メートルを超える津波高の津波が到来すれば,敷地内が溢水し炉心損傷に至ることは,原告ら準備書面(13)で詳細に述べた。
 従って,原告らは,予見の対象として,「福島第一原発1乃至4号機の敷地高O.P.+10mを超える津波(以下,「予見対象津波」という。)の発生」を主張する。「O.P.+10メートル」とは,小名浜港工事基準面から福島第一原発の主要原子炉建屋がある敷地までの高さであり,敷地高であるO.P.+10メートルを超える津波が「予見対象津波」である。
 予見の対象は,福島第一原発の敷地が溢水する現実的危険性のある津波である。そして,津波が到来により現実的危険が生じるには福島第一原発が存する面としての敷地であって,1地点ではない。そのため,「ある地点における○メートルの津波」という特定ではなく,O.P.+10メートルを越える津波を予見できていれば,敷地が溢水する現実的危険性があり,予見の対象としては十分特定されている。

  (イ)敷地高を超える津波により浸水すれば,発電所施設が損傷する
 敷地高を超える津波により浸水すれば,発電所施設が損傷することは自明であり,早くから知見があった(一例として,平成11年11月5日,第1回原子力土木委員会津波評価部会での委員発言等(甲B15,甲A2-379頁),及び,同年12月の「ルブレイエ原発(仏)」の洪水によるSBO事故(甲B16)参照)。
 また,原告準備書面(4)第6,3で述べたとおり,平成18年5月11日付溢水勉強会資料(甲B18)は,津波高が敷地高を超えれば最終ヒートシンク及び電源系統が損傷することを明らかにした。この点,溢水勉強会の報告結果は津波高が敷地高を超えれば過酷事故に至る具体的危険性が生じることを根拠づけるものである。

  (ウ)IAEA技術文書の指摘
 平成27年9月14日,IAEAの年次総会が開催され,「福島原子力発電所事故事務局長報告書」(甲A16号証)が提出された。この事務局長報告書は本編と技術文書(Technical Volume)5冊(甲A17)によって構成されている(詳細は原告準備書面(45))。
 技術文書(2分冊)によれば,原子力発電所の地盤高に決定するにあたって検討すべき事項として「ドライサイト」の考え方を維持しなければならないという要件が存在する。「ドライサイト」の考え方とは次のようなものである(甲A17号証の1;技術文書5頁)
「設計基準浸水時の基準水位に影響する可能性のある風波効果,及び任意の随伴事象(高潮,海面上昇,地殻変動,瓦礫の蓄積,土砂の流送,氷など)を考慮に入れた上で,安全上重要な物件はすべて,設計基準浸水の水位よりも高くに建設するという意味である。このことは,発電所を十分な高標高に立地させることによって,または必要に応じ,敷地内の地盤面を推定最大浸水水位よりも高くまでかさ上げするような建設体制を取ることによって,達成が可能である。
ドライサイトの考え方は,安全性に影響しかねない敷地内浸水ハザードへの対策の要点と考えられる。発電所の当初レイアウトはこれをもとに定めるべきであり,また発電所の供用寿命中にもこれを再評価することによって,こうした状況を確認する必要がある。再評価で否定的な結果が出た場合には,適切な防護策及び減災措置を,適時に実施しなければならない。」
 そして,このようなドライサイトの要件が充たされない場合,つまり安全上重要な物件のいずれかが設計基準浸水の水位よりも低い地盤面に設置されていることになれば,そのような原子力発電所は,ウェットサイトと見なされ,適切な設計・保守が必要であると指摘されている(甲A17号証の1;技術文書5頁)。
すなわち,IAEA技術文書もドライサイトか否か,言い換えれば「推定最大浸水水位」が敷地地盤を超えるか否かを,メルクマールと捉えているのである。

  (エ)失敗学会報告書
 福島原発における津波対策研究会報告書において,元政府事故調委員らが,被告らの津波に関する予見可能性を肯定している(甲B57,甲A17の1)。かかる報告書は,福島第1原発事故の直接の原因を直流電源,交流電源,最終排熱系の同時喪失と分析し,これを引き起こすことが予測される規模の津波として「敷地高を超える津波」を「予測できたか」否かを検討の上報告しているが,これは原告らの主張と合致する見解である。

  (オ)被告らの主張
 これに対し,被告らは,当該予見の対象について,本件地震及びこれに伴う津波(O.P.+約11.5m~約15.5m),またはこれと同規模の地震及び津波が福島第一発電所に発生,到来することと主張している。
 しかしながら,予見可能性は,あくまで被告らに被害に対する適切な結果回避措置を取ることを法的に要求するための前提であり,被告国との関係でいえば,「適時にかつ適切に」規制権限を行使して結果回避の現実的な可能性のある措置を取るべきという,作為義務の導出のための考慮要素である。したがって,予見の対象についても,被害の発生を防止する行為としての結果回避行為を義務づけるために必要な限度で特定されることが求められる法的な判断にすぎない。被告国の主張するような,現実に生じた事実経過を前提に結果発生の原因となる事象を予見するというのでは,まさに結果発生のメカニズムや事後に生じたことの因果を遡ってその原因事象の発生経緯や因果の流れを予見することまでを求めているものであって,何故に予見可能性の判断が求められているのかを正解していない主張といわざるを得ない。
 また,被告国の指摘する「波高」「浸水高(痕跡高)」又は「遡上高」は,実際に測定された,あるいは到来した津波の高さを表すものである(原告ら第4準備書面12頁,甲B73-8:『津波の基礎知識』(一般財団法人日本気象協会))。したがって,「予見対象津波」を津波高ではなく「波高」「浸水高(痕跡高)」又は「遡上高」で測ることは相当ではない。そして,「敷地高O.P.+10メートル」は,福島第一原発の護岸前面の高さを指すものではない。なぜなら,敷地が溢水する現実的危険性を有する津波は護岸前面から到来するとは限らず,護岸の周りから津波が回り込んでくることもあり,このように回り込んだ水により敷地が溢水する可能性があるからである。これらは既に原告ら準備書面(13)及び(42)で述べた。
 さらに,被告東電作成の福島原子力事故調査報告書(乙B3の1)31頁以下において,被告東電は,建屋1階に存在するルーバ(非常用D/Gへの外気取入口)が津波の非常用D/G室への主たる浸入口となったとして,「建屋の周りが水に覆われてしまえば,非常用D/Gが設置されている建屋の種類や設置場所に関係なく,ルーバ等の浸水ルートとなり得る開口部と浸水深さの高さ関係で非常用D/G自体の浸水につながるものと考えられる。」と報告した。さらに,同報告書は「経済産業省所管の独立行政法人原子力安全基盤機構の報告書(「地震に係る確率論的安全評価手法の改良 BWRの事故シーケンスの試解析(平成20年8月)」及び「平成21年度地震に係る確率論的安全評価手法の改良 BWRの事故シーケンスの試解析 (平成22年12月)」)において,プラントに津波が到達するほどの高い津波の場合, 安全上重要な施設に被害を生じ炉心損傷に至ることが報告されている。」(31頁)と述べ,被告東電も敷地高を超える津波により炉心損傷に至ることを自認しているのである。

  イ 予見の時期が「平成14年ころ」であること
 平成20年3~6月ころ,被告東電は,福島第一原発敷地南部でO.P.+15.7mの津波が到来することを試算した(詳細は後述)。しかしながら,この試算は,平成14年2月土木学会発表の津波シミュレーションの手法(津波評価技術)に,同年7月地震調査研究推進本部発表の「三陸沖北部から房総沖にかけての海溝沿い」の地震の知見(長期評価)をあてはめただけのものであり,試算に時間を要するものではない。
 従って,被告東電は,①平成14年内に,「予見対象津波」の発生を予見することが可能であった。また,被告国も,津波評価技術及び長期評価の策定に強く関わっており,同時期に「予見対象津波」の発生を予見可能であった。
 また,被告東電は,遅くとも②平成20年3~6月には「予見対象津波」の発生を認識予見していたし,被告国も予見可能であった。
 両者(①,②)は選択的主張の関係である(原告ら準備書面(35))。

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  (3)平成14年に「予見対象津波」の予見が可能であったこと

  ア「津波評価技術」(平成14年2月)の策定と概要

  (ア)土木学会原子力土木委員会津波評価部会「原子力発電所の津波評価技術」策定の経緯

   a 土木学会原子力土木委員会津波評価部会とは

 社団法人(現在は公益社団法人)土木学会は,大正3年に社団法人として設立された,「土木工学の進歩及び土木事業の発達並びに土木技術者の資質の向上を図り,もって学術文化の進展と社会の発展に寄与する」(土木学会定款第3条)ことを目的とする工学系の学会であり,教育・研究機関,建設業,コンサルタント,及び,官庁などに属する会員により構成されている(甲A2:政府事故調中間報告375頁)。

   b 「原子力発電所の津波評価技術」策定の経緯と位置づけ
 平成5年北海道南西沖地震津波発生を契機に関係省庁により津波対策の再検討が行われ,一般の海岸施設の防災対策のために,平成9年3月に「太平洋沿岸部地震津波防災計画手法調査報告書」(農林水産省ほか3省庁),及び,「地域防災計画における津波対策強化の手引き」(以下,「手引き」という。農林水産省ほか6省庁)が公表された。
 同「手引き」の発表以前においては,原子力発電所において既往最大の歴史津波および活断層から想定される最も影響の大きい津波を対象に設計津波を想定していたが,「手引き」は,「現在の知見により想定し得る最大規模の地震津波を検討し,既往最大津波との比較検討を行った上で,常に安全側の発想から沿岸津波水位のより大きい方を対象津波として選定するものとする。」とされた。
 以上の事情のもと,平成11年,原子力発電所の津波に対する設計の信頼性向上を目的として,土木学会原子力土木委員会の中に津波評価部会が立ち上がり,平成14年2月,同部会が,津波の波源や数値計算に関する知見,及び,技術進歩の成果をとりまとめ,原子力施設の設計津波の標準的な設定方法である「原子力発電所の津波評価技術」(以下「津波評価技術」という。)を公表した(甲B2:「原子力発電所の津波評価技術」本編,甲B3:「原子力発電所の津波評価技術」資料1付属編)。
 「津波評価技術」は,「(電気事業者等)利用者が,対象地点に応じて,その時々の最新の知見・データなどに基づいて震源や海底地形などの計算条件を設定して,推計計算を実施することで」個別地点の津波水位を推計できるものである[1](甲B5:土木学会原子力土木委員会津波評価部会策定の報告書「原子力発電所の津波評価技術」について。)。
 従って,「津波評価技術」は,地震等の知見の進展に伴い,利用者が津波水位の再試算を行うことを予定していたものである。

[1] 被告東電も,「最新の知見」を反映させて津波水位を評価すべきことについて,認識していた(甲B8:東電事故調17,18頁)。

   c 「津波評価技術」に対する被告国の関与
 津波評価部会には,電力事業者のみならず,文部科学省防災科学研究所,経済産業省工業技術院地質調査所,及び,国土交通省土木研究所所属の委員が在籍し,「津波評価技術」の策定に関与した(甲B6:原子力発電所の津波評価技術委員名簿)。また,「津波評価技術」の公表前,保安院原子力発電安全審査課技術班は,津波評価部会に対し,その内容の説明を求め,平成14年1月29日,津波評価部会の幹事会社であった被告東電が,回答を行っている(甲A2:政府事故調中間報告377頁)。
 「津波評価技術」公開後,各電力事業者は,自主的に津波評価を行い,電気事業連合会にて取りまとめの上,保安院に対し報告した。被告東電も,保安院からの口頭の指示により,平成14年3月に津波評価技術に基づく津波評価を実施し,保安院に報告した(甲B7:「津波の検討―土木学会発電所の津波評価技術に関わる検討―」,甲A2:政府事故調中間報告381頁,甲A1:国会事故調83,84頁)。その後,「津波評価技術」は,具体的な津波評価方法を定めた基準として定着し,電気事業者が規制当局に提出する評価に用いられた(甲B8:福島原子力事故調査報告書(東電事故調))17頁)。
 以上より,「津波評価技術」は,被告国の関与のもと策定され,策定後は,単なる学会報告書を超えて,被告国の評価基準として使用されていた。

  (イ)「津波評価技術」の概要

   a 「津波評価技術」の基本的な考え方
 「津波評価技術」は原子力発電所の設計津波水位[2]の標準的な設定手法を示したものである。
 「津波評価技術」は,「現在の知見により想定し得る最大規模の地震津波を検討し,既往最大津波との比較検討を行った上で,常に安全側の発想から沿岸津波水位のより大きい方を対象津波として選定するものとする」とする「手引き」の設計思想を反映させるため,「既往津波」(過去に,日本沿岸に被害をもたらした津波)を参考にして,「想定津波」(将来発生することを否定できない地震に伴う津波)を設定する。そして,「想定津波」の不確定性(誤差)を,数値計算(パラメータスタディ)により反映させて,「評価地点に最も大きな影響を与える津波」(設計想定津波)を選定する。最後に,「設計想定津波」に,潮位条件を足しあわせ,数値計算により評価地点における「設計津波水位」を評価する。

[甲B2:「津波評価技術」1-5頁を加工]【図省略】

[2] 「津波評価技術」は,[設計津波水位]を「設計に使用する津波水位を指し,設計想定津波の計算結果に適切な潮位条件を足し合わせたもの」と定義する。


   b 具体的な評価方法

   (a)既往津波の再現と再現性の確認(①)

 文献調査等に基づき,評価地点に最も大きな影響を及ぼしたと考えられる既往津波を評価対象として選定し,痕跡高の吟味を行う。沿岸における既往津波の痕跡高をよく説明できるように,当該津波の原因となる断層運動(地震)の断層パラメータを設定し,既往津波の断層モデル[3]を設定する。

 [甲B3:「津波評価技術」-資料1付属編より引用]【図省略】

 津波計算において,断層モデルは,以下の静的断層パラメータで記述される。
 (i) 基準点位置(N,E),(ii) 断層長さL,(iii) 断層幅W,(iv) すべり量D,(v) 断層面上縁深さd,(vi) 走向θ,(vii) 傾斜角δ,(viii) すべり角λ
 L,W,Dは,地震モーメントM0と次式で関連付けられる。

  M0=μLWD (「μ」は震源付近の媒質の剛性率)

 [各構造区分(上図)における,既往津波の痕跡高を説明できる断層モデル(下図)(甲B2「津波評価技術」1-59頁)]【図表省略】

[3] 断層モデル:断層モデルは断層面の向きや傾き,大きさ,面上でのずれの量,破壊の進行速度などの断層パラメータで表現される。津波の原因となる地震の「断層モデル」を「波源モデル」という。


   (b)想定津波による設計津波水位の検討(②)
 スケーリング則[4]に基づき,「既往津波の痕跡高を最もよく説明する断層モデル」のパラメータを変化させ,地震学的知見によって得られた既往最大モーメントマグニチュード(Mw)に応じた「基準断層モデル」[5]を設定する(日本海溝沿い,及び,千島海溝(南部)沿いを含むプレート境界型地震の場合)。

[各構造区分(左)における,既往最大モーメントマグニチュード(右) 甲B2:「津波評価技術」1-59頁]【図表省略】

[4] 断層長L,幅W,すべり量Dの比率が地震の規模に拘わらずほぼ一定で相似,とする法則。量の概算を行う際に用いる。

[5] 「津波評価技術」は,「各海域における地震の特性を踏まえて適切に設定された,想定津波の数値計算を行うための断層モデルで,パラメータスタディを実施する際の基準となる断層モデルを基準断層モデル」と定義する。


   (c)設計想定津波の確定(③)
想定津波の波源(津波の発生源)の不確定性(誤差)を設計津波水位に反映させるため,基準断層モデルの諸条件(パラメータ)を合理的範囲内で変化させた数値計算を多数実施し(パラメータスタディ),その結果得られる想定津波群の波源の中から評価地点に最も影響を与える波源を選定する。

[「津波評価技術」1-15頁図表を加工]【図省略】

   (d)設計津波水位の算定(④)
 以上より得られた設計想定津波に,適切な潮位条件を足し合わせて,設計津波水位を求める。

  (ウ)小括
 平成14年2月時点で,想定津波に基づき設計津波水位を評価する標準的手法である「津波評価技術」が策定されていた。
また,「津波評価技術」は,地震等の知見の進展に伴い,利用者(電気事業者等)が津波水位の再試算を行うことを予定していたものである[6]

[6] なお,「津波評価技術」の予想精度が「倍半分」(2倍の誤差がある)であることは原告ら準備書面16に詳述している。

  イ 長期評価の公表

  (ア)地震調査研究推進本部の設置

   a 地震調査研究推進本部設置の経緯

 平成7年1月17日に発生した阪神・淡路大震災は,6,434名の死者を出し,10万棟を超える建物が全壊するという戦後最大の被害をもたらすとともに,我が国の地震防災対策に関する多くの課題を浮き彫りにした。
 これらの課題を踏まえ,平成7年7月,全国にわたる総合的な地震防災対策を推進するため,地震防災対策特別措置法(以下「特措法」という。)が議員立法によって制定された。
 地震調査研究推進本部(以下「推進本部」という。)は,地震に関する調査研究の成果が国民や防災を担当する機関に十分に伝達され活用される体制になっていなかったという課題意識の下に,行政施策に直結すべき地震に関する調査研究の責任体制を明らかにし,これを政府として一元的に推進するため,同法に基づき総理府に設置(現・文部科学省に設置)された政府の特別の機関である(特措法7条1項)。

   b 地震防災対策特別措置法
 地震防災対策特別措置法の目的は,「地震による災害から国民の生命,身体及び財産を保護するため,地震防災対策の実施に関する目標の設定並びに地震防災緊急事業五箇年計画の作成及びこれに基づく事業に係る国の財政上の特別措置について定めるとともに,地震に関する調査研究の推進のための体制の整備等について定めることにより,地震防災対策の強化を図り,もって社会の秩序の維持と公共の福祉の確保に資すること」である(特措法1条)。

   c 地震調査研究推進本部の基本的な目標
 推進本部の基本的な目標は,地震防災対策の強化,特に地震による被害の軽減に資する地震調査研究の推進にあり,その役割は,大きく次の5つとされる(特措法7条2項)。
  1. 地震に関する観測,測量,調査及び研究の推進についての総合的かつ基本的な施策の立案
  2. 関係行政機関の地震に関する調査研究予算等の事務の調整
  3. 地震に関する総合的な調査観測計画の策定
  4. 地震に関する観測,測量,調査又は研究を行う関係行政機関,大学等の調査結果等の収集,整理,分析及び総合的な評価
  5. 上記④の評価に基づく広報
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  (イ)長期評価の公表

   a 「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」の公表

 推進本部は,平成14年7月31日,その時点までの研究成果及び関連資料を用い,調査研究の立場から評価した「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」と題する報告書を公表した(甲B9,以下「長期評価」という。)。
 長期評価は,日本海溝沿いのうち三陸沖から房総沖までの領域を対象とし,長期的な観点で地震発生の可能性,震源域の形態等について評価してとりまとめたものである。

   b 地震の発生領域及び震源域の形態
日本海溝沿いに発生する地震は,主に,本州が載っている陸のプレートの下へ太平洋側から太平洋プレートが沈み込むことに伴って,これら2つのプレートの境界面(以下「プレート境界面」という。)が破壊する(ずれる)ことによって発生する(プレート間地震)。また,時によっては1933年の三陸地震のように太平洋プレート内部が破壊することによって起こることもある(プレート内地震)。

   c 過去の震源域について
 長期評価において対象とする過去の震源域は,過去に存在した全ての地震ではなく,限定的である。
 すなわち,三陸沖北部~房総沖の日本海溝沿いに発生した大地震については,869年の三陸沖の地震まで遡って確認された研究成果がある。しかし,16世紀以前については,資料の不足により,地震の見落としの可能性が高い。長期評価ではこのことを考慮し,基本的に,1677年以降に発生した地震に限って評価されている。
 そして,1677年以降現在までに4回の津波(最大の高さ約6m)が襲来したと推定された大地震が発生したと考えられるところ,三陸沖北部以外の三陸沖から房総沖にかけては,同一の震源域で繰り返し発生している大地震がほとんど知られていない。
 これを踏まえて,長期評価では,震源域を図1(以下,本章においては,「図」「表」は,いずれも「長期評価」のものを示す)のような領域に分けて設定した。

[図1「長期評価」1-16頁]【図省略】

   d 長期評価が想定する次の地震の発生位置及び震源域の形態
 長期評価においては,三陸沖北部等,一部の地震については,同一震源域で繰り返して発生すると想定している(いわゆる固有地震モデル。長期評価においては,「固有地震をその領域内で繰り返し発生する最大規模の地震」と定義されている。)。
 そして長期評価において,三陸沖から房総沖にかけての大型の固有地震として認められるのは,三陸沖北部のプレート間大地震のみである。

   e 過去の地震について

   (a)三陸沖北部から房総沖の海溝寄りのプレート間大地震(津波地震)
 日本海溝付近のプレート間で発生したM8クラスの地震は17世紀以降では,1611年の三陸沖,1677年11月の房総沖,明治三陸地震と称される1896年の三陸沖(中部海溝寄り)が知られており,津波等により大きな被害をもたらした。よって,三陸沖北部~房総沖全体では同様の地震が約400年に3回発生しているとすると,133年に1回程度,M8クラスの地震が起こったと考えられる。

   (b)三陸沖北部から房総沖の海溝寄りのプレート内大地震(正断層型)
 過去の三陸沖北部から房総沖にかけてのプレート内正断層型大地震で,津波等により大きな被害をもたらしたものは,三陸沖で1933年に発生したものが唯一知られているだけである。したがって,過去400年間に1933年の地震が1回のみ発生したことから,このような地震は400年以上の間隔を持つと推定される。一方,世界の沈み込み帯で発生する正断層型地震の総モーメントの推定から,このようなプレート内の正断層型の地震については,三陸沖北部~房総沖全体では750年に1回程度発生していると計算される。これらから長期評価においては,三陸沖北部~房総沖全体ではこのような地震は400~750年の間隔をもって発生したと考えられた。

   f 次の地震の発生確率

   (a)三陸沖北部から房総沖の海溝寄りのプレート間大地震(津波地震)

 M8クラスのプレート間の大地震は,過去400年間に3回発生していることから,この領域全体では約133年に1回の割合でこのような大地震が発生すると推定される。ポアソン過程により(発生確率等は表4-2に示す),三陸沖北部から房総沖の海溝寄りのプレート間でM8クラスの地震が今後30年以内に発生する確率は20%程度,今後50年以内の発生確率は30%程度と推定された。

※ポアソン過程とは,ランダムに発生する事象を,確率変数を用いて記述したもの。確率過程の一つ。故障・災害の発生,店舗への来客,電話の着信,タクシーの待ち時間などの事象のモデル化に用いられる。

 重要なのは,長期評価においては,プレート間のM8クラスの大地震は,三陸沖で1611年,1896年,房総沖で1677年11月に知られているが,これら3回の地震は,同じ場所で繰り返し発生しているとはいいがたいため,固有地震としては扱われず,同様の地震が,三陸沖北部から房総沖の海溝寄り(図1)にかけてどこでも発生する可能性があると考えられていることである。
 被告東京電力は,平成20年3月,明治三陸沖地震の波源モデルを福島県沖の海溝沿いに置いた場合の津波水位を試算し,1~4号機側の主要建屋敷地南側の浸水高は最大でO.P.+15.7メートルという結果を得ている。
 これは,長期評価の考え方に忠実な試算である。
 なお,被告東電は,これをもって「試し計算」であると主張するが,もし,当時,そのように考えていたとすれば,長期評価の理解を根本的に誤っていたのであり,かつ,その誤謬の程度は悪意に匹敵する重過失を含むものであると言わざるを得ない。

[甲B9-13頁]【図省略】

   (b)三陸沖北部から房総沖の海溝寄りのプレート内大地震(正断層型)
 プレート内の正断層型の地震については,過去400年間に1933年の昭和三陸地震の1例しかないことと三陸沖海溝外縁の断層地形及び正断層型地震の総モーメントの推定から,三陸沖北部~房総沖の海溝寄りの全体について400~750年の間隔で発生していると考えられる。ポアソン過程を適用することにより(発生確率等は表4-3に示す),今後30年以内の発生確率は4~7%,今後50年以内の発生確率は6~10%と推定されている。

[甲B9-13頁]【図省略】

   g 小括
 このように,長期評価は2002(平成14)年の段階で日本海溝付近の広域において地震津波の発生の可能性があることを明らかにしていた[7]

[7] なお,長期評価に政治的観点から修正が加えられた可能性が高いことについては,原告ら準備書面(4)で述べた。

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  (ウ)長期評価の信用性

   a 長期評価の信用性が高いこと

 他地裁で実施された地震・津波の専門家証人の尋問(甲B60:島崎邦彦,甲B61:都司嘉宣,甲B62:佐竹健治)によって,2002年「長期評価」は,①地震についての知見を一元的に集約し地震防災に活かすために設置された,被告国の地震調査研究推進本部が,②近代的観測に基づく地震・津波についての研究・分析,及び歴史記録に基づく歴史地震・津波についての知見を土台として,③当時の第一線の地震・津波の専門家を集めた海溝型分科会での充実した議論を経て,④1896年明治三陸地震のような地震が,三陸沖北部から房総沖の日本海溝寄りの領域内のどこでも発生する可能性があるとの結論に至ったものであり,高度の信頼性を有することが明らかになった(詳細は第29準備書面)。
 すなわち,長期評価は,著名な地震専門家が結集し,地震・津波の専門家が公の場で議論した末に合意に至った内容であって,信用性は極めて高い。
 この点,被告国は,長期評価における津波地震の整理には種々の異論が示されているなど信頼度にも限界があったから,長期評価に基づいて,被告国に予見可能性があったと認めることはできないなどと主張する(被告国第3,第16,第19準備書面)。また被告東電も,長期評価の見解について専門家の間でも評価が分かれていたなどと主張する(被告東電準備書面3)。
 しかし,既に述べたとおりであるが,そもそも推進本部は,地震に関する調査研究の成果が国民や防災を担当する機関に十分に伝達され活用される体制になっていなかったという課題意識の下に,行政施策に直結すべき地震に関する調査研究の責任体制を明らかにし,これを政府として一元的に推進するため,同法に基づき総理府に設置(現・文部科学省に設置)された政府の特別の機関である(特措法7条1項)。同法の目的は,「地震による災害から国民の生命,身体及び財産を保護するため,地震防災対策の実施に関する目標の設定並びに地震防災緊急事業五箇年計画の作成及びこれに基づく事業に係る国の財政上の特別措置について定めるとともに,地震に関する調査研究の推進のための体制の整備等について定めることにより,地震防災対策の強化を図り,もって社会の秩序の維持と公共の福祉の確保に資すること」である(特措法1条)。
 このような推進本部の設置の経緯,目的に基づいて公表された長期評価は,地震防災対策の観点から,防災を目的として集約した行政文書である。法令に基づいて被告国により設置され,地震防災対策の観点から調査研究がなされて公表された,公的な判断である長期評価に基づいて,被告国及び被告東電に予見可能性が認められることは明らかである。

   b 長期評価は現在でも国に活用されていること
 実際に,平成16年3月9日,国土交通省,内閣府及び農林水産省は,長期評価をもとに「津波・高潮ハザードマップマニュアル」を作成し(甲B44:プレスリリース),平成18年3月には,国土交通省東北地方整備局及び財団法人沿岸技術研究センターが長期評価に基づき,東北における広域的津波減災施策及び,津波防災行政の検討を目的として「『津波に強い東北の地域づくり検討調査』東北における沖合津波(波浪)観測網の構築検討調査 報告書」を作成した(甲B36),さらに,今現在においても,国土交通省は,「津波防災のために」というHPを設け,平成14年の「長期評価」の地震の発生確率を引用している(甲B46:国土交通省HP[8])。すなわち,平成14年の長期評価は現在にあっても国の地震に関する知見として有効に活用されているのである。

[8] 国土交通省HP

   c 長期評価の知見を活用すべきであったこと
 万が一にも重大事故を起こしてはならない原子炉施設の地震・津波に対する防護対策においては,長期評価の知見を重視し,速やかに原子炉施設の地震・津波に対する防護対策に反映させるべきであったことは言うまでもない。
 さらに,原子炉施設の地震・防護対策で要求される安全目標については,原告ら準備書面(50)で述べたとおり,平成15年8月4日,原子力安全委員会安全目標専門部会が「安全目標に関する調査審議状況の中間取りまとめ」を公表したことがあげられる(甲D共170:「安全目標に関する調査審議状況の中間取りまとめ」)。「中間取りまとめ」において,安全目標として「原子力施設の設計・建設・運転においては,リスクが年あたり百万分の1を超えないように合理的に実行可能な限りの対策が計画・実施されるべき」ことが要求されている(甲D共170・6頁及び19頁)。長期評価の知見を,万が一にも重大事故を起こしてはならない原子炉施設の地震・津波に対する防護対策に反映させるべきであったことは「中間取りまとめ」からも明らかである。

  ウ 津波評価技術と長期評価
 津波評価技術は,地震の波源モデル(断層モデル)を,解析コードに入力して,ある地点における津波水位を試算する方法論である。したがって,津波評価技術は地震に関する新しい知見が発見されれば,これをもとに再計算を行うことが予定されている。
 そして,平成14年7月に公表された長期評価は,地震に関する新知見であった。被告東電は,後述するとおり,平成20年3月こrに,この知見に基づき,敷地南部でO.P.+15.707mの津波を試算している。そして,平成14年には同じ試算が可能であった。

  エ 平成20年3月ころ 被告東電による津波試算結果

  (ア)東京電力が平成20年に行った福島第一原発の津波評価に関する社内検討

 前述の通り,「津波評価技術」は,地震等の最新の知見を反映させて,推定計算を実施することが予定されている。以下,被告東電が平成20年に行った津波評価について述べる。
 なお,被告東電は,遅くとも平成20年3月ころには長期評価に基づいて福島第一原子力発電所の敷地高さを超える津波が具体的に想定されることを認識しており,かつ,平成21年6月に予定されるバックチェック最終報告までに対策をも講じる予定であったこと,当初方針の変更後も社内的には,敷地高さを超える津波が到来する具体的な危険についての認識が共有されていた(原告ら準備書面(31)及び(46)において詳述)。

   a 社内検討に至る経緯
 平成18年9月20日,保安院は,耐震設計審査指針等の耐震安全性に係る安全審査指針類(以下,「新耐震指針」という。)の改訂を受け,「新耐震指針に照らした既設発電用原子炉施設等の耐震安全性の評価及び確認に当たっての基本的な考え方,並びに評価手法及び確認基準について」を策定するとともに,各電力会社等に対して,稼働中及び建設中の発電用原子炉施設等について耐震バックチェックの実施とそのための実施計画の作成を求めた(甲A2:中間事故調388頁,甲B10:「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」等の改訂に伴う既設発電用原子炉施設等の耐震安全性の評価等の実施について,及び,添付書類(抜粋))。
 同確認基準には,「地震随伴事象」として津波に対する安全性確認基準も定められており,その解説には,「評価方法」として「津波の評価に当たっては,既往の津波の発生状況,活断層の分布状況,最新の知見等を考慮して,施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性がある津波を想定し,数値シミュレーションにより評価することを基本とする。」との記載がある(甲B10:44頁)。
 保安院による上記津波評価に関するバックチェック指示を受けて,東京電力は,福島第一原発,及び,福島第二原発に関する作業を進めたが,津波評価を検討する過程において,平成14年7月に公表された推進本部の「長期評価」で述べられている「1896年の明治三陸地震と同様の地震は,三陸沖北部から房総沖の海溝寄りの領域内のどこでも発生する可能性がある。」という知見をいかに取り扱うかが問題となった。

   b 平成20年3月ころの試算結果(準備書面16第3の2
 被告東電は,平成20年2月頃に有識者の意見を求めたところ,今村文彦教授より「福島県沖海溝沿いで大地震が発生することは否定できないので,波源として考慮すべきであると考える。」との意見が出された。また,被告東電は,耐震バックチェックの過程において保安院から「長期評価の見解を踏まえ,福島県沖海溝沿い領域でも大きな津波を伴う地震が発生する可能性があることを前提とした評価の実施」が求められる可能性があったため,被告東電の担当部署は,社内検討のための参考材料として福島県沖海溝沿領域に明治三陸沖地震の断層モデルを置いた場合の推定計算を行った。
 平成20年3月18日,東電設計株式会社から,被告東電に対して,地震本部の長期評価を用いて,明治三陸沖地震の波源モデルを福島県沖海溝沿いに設定した場合,津波水位の最大値が敷地南部でO.P. +15.707mとなる旨の計算結果が詳示された。この資料が「新潟県沖中越沖地震を踏まえた福島第一・第二原子力発電所の津波評価委託 第2回 打合せ資料 資料2 福島第一発電所 日本海溝寄りの想定津波の検討Rev.1」(甲B72の2 作成日付は平成20年4月18日)である。上記資料においては敷地南側O.P.10mにおける最大津波高さはO.P.+15.707mとなり,浸水深は5.707mとなった[9]
 この結果により,福島第一原発のタービン建屋の設置された10メートル盤を大きく超えて浸水することが明らかになった(甲B71-11,甲B85-4,5)。

[甲B72の2 15頁]【図省略】

[9] 甲B72の2の作成日付は平成20年4月18日であるが,第五検察審査会は平成20年3月18日と認定した(甲B71-11)。


   c 防潮堤設置のための解析
 この報告を受けて,被告東電は東電設計株式会社に対し,敷地への津波の遡上を防ぐため,敷地にどの程度の防潮堤を設置する必要があるのかの検討を早急に行うよう依頼した。これを受けて,同年4月18日,東電設計株式会社は被告東電に対し10m盤の敷地上に1号機から4号機の原子炉・タービン建屋につき,敷地南側側面だけでなく,南側側面から東側全面を囲うように10メートル(O.P. +20m)の防潮堤(鉛直壁)を設置すべきこと,5号機及び6号機の原子炉・タービン建屋を東側全面から北側側面を囲うように防潮堤(鉛直壁)を設置すべきことなどの具体的対策を盛り込んだ検討結果を報告した[10]
 同月,この結果は被告東電の土木調査グループから,同機器耐震技術グループ,及び建築グループなど関係グループに伝えられた(甲B71,甲B85-5)。
平成20年6月10日,被告東電の担当者は武藤副本部長,吉田部長らに対し,福島第一原発,及び,福島第二原発の津波評価に関する説明を行い,想定波高の数値,防潮堤を作った場合における波高低減の効果等について報告した(甲A2-396頁)。具体的には,土木調査グループ担当者が,武藤副本部長に対し,資料を示して計算の結果を示すとともに原子炉建屋等を津波から守るため,O.P.+10メートルの敷地上に高さ10メートルの防潮堤を設置する必要があること等を説明した(甲B71-11,12,甲B85-5,甲B40-8頁)。
 しかし,武藤副本部長は,平成20年7月31日,土木調査グループに対し,長期評価を取り入れるとした当初方針を変更し,耐震バックチェックに長期評価を取り入れず,津波評価技術のみに基づいて実施するよう指示した(甲B71-12,甲B71-6)。
 他方,平成20年9月10日被告東電は所内にて耐震バックチェックの説明会を行った。この説明会の資料「福島第一原子力発電所津波評価の概要(地震調査研究推進本部の知見の取扱)」には,明治三陸沖試算の結果が添付され,さらに上記資料には「地震及び津波に関する学識経験者のこれまでの見解及び推本の知見を完全に否定することが難しいことを考慮すると,現状より大きな津波高を評価せざるを得ない想定され,津波対策は不可避。」との記載がある。(甲B72の7の2,甲B48参照)
 その後,平成23年3月7日,保安院の被告東電に対するヒアリングの際に,被告東電は,保安院に対し,上記の試算結果を説明した。以下に引用する図表は,被告東電が保安院に説明する際に使用した報告書(甲B11:「福島第一・第二原子力発電所の津波評価について」)から抜粋したものであるが,既に平成20年3月には,同様の試算結果は作成されていたのである。

《「*2 各号機に記載の数値はポンプ位置の水位」との記載がある。1~4号機は敷地南側に位置し,O.P.+10m》【図省略】

 そして,以下述べるとおり,被告東電は,平成14年には,上記試算が可能であった。

[10] 【記載なし】

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  (イ)被告東電が,平成14年段階で津波高を予見可能であったこと
 被告東電は,平成14年2月策定の「津波評価技術」,及び,同年7月策定の「長期評価」における地震の知見をもとに,平成14年ころには,津波高を予見可能であった。

   a 島崎邦彦氏の見解
 島崎氏は,元東京大学地震研究所教授(現東京大学名誉教授)で,平成18年5月から平成20年5月まで社団法人(現公益社団法人)日本地震学会会長,平成24年9月19日より原子力規制委員会委員(委員長代理)を歴任し,平成14年の,「長期評価」策定時に,地震調査研究推進本部地震調査委員会委員,同長期評価部会部会長をつとめた。島崎氏は,被告東電が,早期の段階で,平成14年の「長期評価」を用いて津波試算を行い,福島第一原発でO.P.10mを超えるとの試算を行っていた可能性がある旨述べる。
 島崎氏は,以上の事実を,地震雑誌に投稿するだけでなく,平成23年12月26日,地震調査研究推進本部政策委員会第24回総合部会にて報告した。(甲B12:委員会提出資料「予測されたにもかかわらず,被害想定から外された巨大津波」,甲B24:東北地方太平洋沖地震に関連した地震発生 長期予測と津波防災対策)
 島崎氏は,「長期評価」策定に関わり,かつ,原子力行政に精通する原子力規制委員会委員を務める人物であり,発言の信用性は高い。
 「地震調査委の長期評価を用いた2008年の「試算」で,福島第一原子力発電所で10mを超える津波となることを知りながら,東京電力は何の対策も行わなかったと伝えられた。しかし2006年の国際会議で,東京電力の技術者らは,福島第一原発に対する確率津波評価について,地震調査委の長期評価のケースを含めて発表している。地震調査委の長期評価を採用すれば,福島第一原発で10mを超える津波となることは,かなり以前から知られていたに違いない。」(甲B12)
 なお,引用文中,東電による2006(平成18)年の国際会議の発表内容については後述する。

   b 国会事故調の調査結果
 国会事故調は,平成20年5月ころ,被告東電が,「長期評価」をもとに福島第一原発の敷地にO.P.+15.7mの津波が生じることを試算していたことを引用し,「長期評価からだけでも」,本件事故時の津波を予測できたとのべている。
 すなわち,国会事故調は,被告東電が,平成14年時点で,津波予測が可能であったと結論づけているのである。

[甲A1:国会事故調84頁]【図省略】

   c 政府事故調の調査結果
 さらに,政府事故調も,被告東電が,「長期評価」及び「津波評価技術」の波源モデルを流用して試算した結果,「それぞれ福島第一原発2号機付近でO.P.+9.3m,福島第一原発5号機付近でO.P.+10.2m,敷地南部でO.P.+15.7mといった想定波高の数値を得た。」と報告している。
 「長期評価」及び「津波評価技術」は,既に平成14年段階で公開されており,政府事故調の調査結果によっても,被告東電がこれら資料の公開時に津波試算を行えば,平成14年当時に,上記と同様結論を得ることができたことは明らかである(甲A2:政府事故調中間報告395頁)。

   d 被告東電の総括
 平成25年3月29日,被告東電は,「福島原子力事故の総括および原子力安全改革プラン」(甲A4)と題する報告書を公開した。被告東電は,同報告書「2.2津波高さの想定と対策」の中で,「長期評価」の見解について「福島県沖海溝沿いで大きな津波が発生するとなれば,福島第一,福島第二原子力発電所の設計条件となる津波高さが増すことは容易に想像」されたと分析している。また,同報告書では,「津波に対して有効な対策を検討する」ことができた契機として,平成14年の「長期評価」公開時を上げている(甲A4:17,18頁)。
 したがって,被告東電自身も,平成14年の「長期評価」公開は,津波高さの再試算を行うべき契機であり,この時,再試算を行えば津波高さが増す結果となっていたことを認めている。

   e IAEA報告書

   (a)IAEA報告書は予見可能性を肯定する
 原告準備書面(23)で詳述した通り,IAEA報告書は,津波に関し,①巨大地震の発生可能性,②平成19年~21年の間に適用された津波評価方法(長期評価の知見を「津波評価技術」に適用すること),及び,③4例の前兆事象(平成3年の福島第一原発1号機溢水事例,平成19年の柏崎刈羽原発の事例,平成11年の仏ルブレイエ原発の溢水事例,平成16年の印度マドラス原発事故)を挙げ,被告らが,本件の津波高を予見できたことを明確に指摘したうえで,被告らの津波対策の懈怠を指摘している。
 また,原告準備書面(45)で詳述した通り[11],IAEA報告書の技術文書第2分冊において,有史データのみを用いて震源や規模等を想定するという津波評価技術の手法は,遅くとも1979年以降はIAEA安全基準,すなわち国際安全基準には適合しないものとされ,特に2003年以降は有史データを用いるのみでは不十分であることが強調されて,完全に否定されていた。技術文書が述べるところに従えば,国際安全基準では,津波評価技術の手法は否定され,長期評価の知見を考慮することが正しい評価である。
 IAEAは,原子力を専門的に取り扱う国際機関であり,日本も発足当初からの理事国である。同機関が,有史データのみを用いる考え方が2003年以降完全に否定されていたことや,本件の津波高の予見可能性を肯定する見解を公式に述べていることは,被告らが,福島第一原発の敷地高(O.P.+10メートル)に達する津波の発生はもとより,技術文書が指摘するように本件津波に比肩するような津波すら予見可能であったことを裏付けるものである。

[11] 原告準備書面(25)において,IAEAの安全基準についてはより詳細に主張した。

   (b)被告国の主張について(国第13,第17準備書面)
  1.  IAEA報告書の位置づけに関する主張
     被告国は,IAEA報告書が,法的責任問題を扱うことを意図して作成されたものではないなどと主張する。しかし,原告が原告の主張の論拠として引用する箇所は,主に,知見・国際慣行の状況に関して事実を述べている箇所であり,IAEA報告書の意図とは関わりなく,事実認定の基礎とすることが適切な箇所である。また,原告の引用する箇所には,IAEAによる評価に関する記載も含まれるが,IAEA報告書の意図に関らず,原子力を専門的に取り扱う機関の評価として,事実認定の基礎とすることに問題はない。
  2.  地震ハザードの評価手法と津波ハザードの評価手法を混同しているとの主張
     被告国は,本件事故以前の地震・津波ハザードについて言及したIAEA報告書の記載が,地震ハザードを想定したものであり,津波ハザードを想定したものではないなどと主張する。被告国の反論は,「震度又は規模を上乗せすることや最短の距離で発生すると想定すること」という「国際慣行」が,地震にのみ適用があり,津波については適用がない,という点に尽きる。
     しかし,被告国も自認するとおり,IAEA報告書の記載は津波ハザードを含めた記載となっており,地震ハザードに限定した記載とはなっていない。そもそも津波が通常,海底における地震活動に随伴して発生する自然現象であることからすれば,地震において想定すべき考慮要素は,地震随伴事象である津波の発生源(波源モデル)の想定においても,同様に妥当すべきものと考えるのが自然な思考の流れであり,一般の地震と津波の原因となる地震とで分けて考えることの方がよほど不合理である。
     また,原告の主な主張は,地震ハザードの評価手法を用いて地震を評価し,これを基礎として津波ハザードを評価すべきである,というものである。そして,地震ハザードの評価手法として,長期評価の手法は,津波評価技術の手法と比較して,IAEAの述べる国際慣行により適合していた。津波評価技術において想定されている地震を,国際慣行に適合した長期評価における想定地震に置き換えることで,福島第一原発の敷地高に達する津波の発生は,容易に想定ができたのである。
     なお,被告国は,佐竹健治氏の発言を根拠として,津波に関する国際慣行の不存在を主張しているが(丙B62の2,41頁),そもそも佐竹氏は地震乃至地震予知に関する専門家であっても,原子力行政,原子力規制の専門家ではないため,この部分に関する信用性は低い。
  3.  長期評価の考え方に基づいて津波高を予測すべきであったこと
     被告国は,IAEAが,本件事故前に,長期評価の考え方に基づいて津波高を予測すべきであったとしているわけではない,と主張する。
     しかし,技術文書の記載は原告準備書面(23)12頁,13頁のとおりである。これは,①専門家の間で意見に食い違いがある場合には,安全寄りの評価を行い,新しい知見を反映する必要があること,②有史データのみでは不十分であること(すなわち,有史データを用いて地震を推定している津波評価技術の地震想定が不適切であり,有史データのみに基礎をおかない長期評価の手法が,事故以前においても適切であったこと)を述べているものである。これは,IAEA報告書が,津波ハザードの評価にあたっては,仮に異論があるとしても,長期評価において明らかとなった知見を考慮して評価すべきであったと考えていることを示している。
  4. ⅳ ドライサイト・ウェットサイトに関する主張
     被告国は,原告のドライサイト・ウェットサイトに関する主張について,ドライサイト・ウェットサイトに関する一般論を述べたに過ぎず,被告国の規制権限行使の違法を問う上で考慮されるべき予見可能性の対象やその有無について何ら具体的に言及していないため,原告らの主張を補強するものではないとする。
     しかし,原告らがドライサイト・コンセプトに関する指摘をしたのは,ドライサイト・コンセプトが,「原子炉施設の津波に対する安全確保措置に関して,最も基本的な原則として確立した考え方」であり,規制の在り方の指針として,国際的に広く認められていることを主張する趣旨にある。すなわち,こうした考え方に基づいて設置許可された原子炉施設の主要施設に津波の襲来する可能性が想定されるに至った場合には,安全確保の前提がなくなったのであるから,敷地高さを超える津波が襲来したとしても原子炉施設の安全性が確保し得る防護措置をとり,またそうした法規制を行うことが必要とされるということを主張するものである。
     被告国は,一般論として,施設がウェットサイトになった場合の適時かつ適切な浸水防護策の必要性を認めている(被告国第17準備書面24頁)。一方で,本件では,そのような防護策が全く講じられていないにもかかわらず,その点を無視して,「ウェットサイトになったとしても,それだけで直ちに福島第一発電所事故が発生したとはいえないし,ウェットサイト下における浸水防護策を講じていたからといって,本件地震及びこれに伴う津波による結果を回避し得たとはいえない」などと別の論理を展開した上で原告らの主張を論難する。しかし,ウェットサイトになると,適時かつ適切な浸水防護策が必要なるのは,ドライサイトからウェットサイトへの変化により,敷地内浸水の可能性が現実的となり,ひいては重大な事故に結びつく危険性が発生するからである。
     したがって,本件でも,IAEAが指摘するとおり,知見の進展によりウェットサイトに転じた段階で,被告国が規制を行う(規制権限を行使する)必要性があったことは明らかである。これは,すなわち,敷地高さを超える津波が到来すること(ウェットサイトに転じること)が予見の対象であり,このような予見に至った段階で被告国は適時にかつ適切に規制権限を行使しなければならないということである。
   f 小括
 被告東電は,平成20年3月ころ,平成14年に公開されている「津波評価技術」と「長期評価」を用いて,福島第一原発第1号機乃至第4号機の敷地高(O.P.+10m)を超える津波が生じることを推定計算した。
 しかしながら,上記試算の根拠となる「津波評価技術」と「長期評価」はいずれも,平成14年に発表されている。
 従って,被告東電は,平成14年段階でこれらに基づく試算結果を知り得たものである。

  (ウ)平成20年3月以前に,被告東電が津波高の試算を行っていたこと

   a 平成14年3月の保安院への報告
 前述した通り,「津波評価技術」発表直後の平成14年3月,被告東電は,「津波評価技術」に基づく津波評価を実施し,保安院に,想定津波高を報告した(甲B7:「津波の検討―土木学会『原子力発電所の津波評価技術』に関わる検討―」)。
 この報告書において,被告東電は,福島第一原発の設計津波水位を,近地津波でO.P.+5.4m~O.P.+5.7m,遠地津波でO.P.+5.4m~O.P.+5.5mと試算した。
 この時期には「長期評価」は公表されていないため,「長期評価」の知見は設計津波水位に反映されていない。しかし,被告東電は,「津波評価技術」公開後わずか1か月間で,津波試算を行うことができたのであるから,「長期評価」公開後,早期の段階で「長期評価」の知見をもとに津波試算を行うことが可能であったことは明らかである。

   b 平成18年5月11日第4回溢水勉強会での東電報告
 平成18年5月11日,被告東電は,原子力安全・保安院(以下「保安院」という),及び,原子力安全基盤機構(JNES)主催の「内部・外部溢水勉強会」(以下「溢水勉強会」という。詳細は後述する)において,「確率論的津波ハザード解析による試計算について」と称する報告書(甲B13)を提出した(日付は平成18年5月25日)。
 この報告書は,ロジックツリーに基づく評価手法を採用し,数値計算に用いる標準的な断層モデルを「原子力発電所の津波評価技術」に準拠し,確率論的津波ハザード解析[12]を行った結果を内容とするものである。
 すなわち,被告東電は,平成18年に,津波評価技術とは異なる手法での津波試算を行っていた。
 さらに,被告東電は,この試算において,「1896年の明治三陸地震と同様の地震は,三陸沖北部から房総沖の海溝寄りの領域内のどこでも発生する可能性がある」との長期評価を反映させて,波源を設定し,数値設定を行った(「JTT1~3」が,1896年明治三陸沖地震のモーメントマグニチュードと「同様と推定」)。

[12] 確率論的津波ハザード解析(PTHA:Probabilistic Tsunami Hazard Analysis)とは,特定期間における津波高さと超過確率の関係を求める手法であり,既存の確率論的地震ハザード解析(PSHA:Probabilistic Seismic Hazard Analysis)の方法を参考として,作成されたものである。

   c 平成18年7月米国フロリダ州マイアミにおける被告東電の学会報告
 平成18年7月,被告東電は,米国フロリダ州マイアミにおける第14回原子力工学国際会議(ICONE-14)において,上記と同様の確率論的津波ハザード解析に関する論文を発表した(甲B14)。
 この論文でも,長期評価をもとに波源を設定し,数値計算を行っている。

   d 小括
 以上,被告東電は,平成14年3月には「津波評価技術」に基づく津波高試算を行い,平成18年には,「長期評価」の知見をもとに確率論的津波ハザード解析を行っていた。
 これらの事情からすれば,被告東電が,平成20年以前の段階で,平成14年2月の「津波評価技術」,及び,同年7月の「長期評価」の知見をもとに,津波高を試算することは極めて容易に可能であった。

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  オ その他の津波に関する知見の集積

  (ア)貞観津波に関する知見の進展について

   a 貞観11年5月26日(869年7月13日)に発生した貞観地震
 津波評価技術,及び,長期評価の知見から,「予見対象津波」の津波高を予見可能であったが,他方で,古地震に関する知見も進展していた。
 貞観11年5月26日(869年7月13日)に発生した貞観地震及びそれに伴う津波に関しては,『日本三大実録』巻十六に記載がある通り,古くからその存在及び規模の大きさについて指摘されていた(詳細は原告準備書面(4)第7)。

   b 平成14年以前の知見
 平成2年,東北電力㈱女川原子力発電所建設所の研究員は,貞観津波の仙台平野における痕跡高を考古学的所見及び堆積学的検討に基づく手法により推定しており,「貞観11年の津波の痕跡高として,河川から離れた一般の平野部では2.5~3mで,浸水域は海岸線から3㎞ぐらいの範囲であった」「仙台平野全体としてみれば,河川に沿う低地や浜堤間の後背湿地など広範囲にわたって浸水していた」としている(甲B19:阿部壽ほか『仙台平野における貞観11年(869年)三陸津波の痕跡高の推定』)。
 また,平成13年には,津波堆積物調査を行い,福島県相馬市の松川浦付近で仙台平野と同様の堆積層を検出した。これにより,貞観津波の土砂運搬・堆積作用が仙台平野のみならず福島県相馬にかけての広い範囲で生じたこと,海岸部に到達した津波の波高が極めて大きかった可能性を示している(菅原大助・箕浦幸治・今村文彦『西暦869年貞観津波による堆積作用とその数値の復元』甲A2:391頁)。
 以上のように,平成14年までには,貞観津波の規模が大きく被害も甚大であり,海岸線から3㎞の地点まで津波が押し寄せていたこと,波高が極めて大きかったことが明らかになっていた。

   c 平成14年以降の知見の進展
 平成18年ころ,産総研活断層研究センターの研究員らが,仙台平野の津波堆積物を精査することによって,貞観津波による浸水域につき,当時の海岸線の位置を推定した上で,仙台平野南部において,貞観津波が少なくとも2~3㎞の遡上距離を持っていたことが明らかになった(甲B20:澤井ほか『仙台平野の堆積物に記録された歴史時代の巨大津波』)。 また,平成17年以降,文部科学省の委託による重点調査が行われ,東北大学などが福島第一原発の北約4㎞で平成19年度に実施した津波堆積物の調査において,貞観津波を含む過去に5回の第津波が起きていたことが判明した(甲B21:今泉ほか『宮城県沖地震における重点的調査観測(平成19年度)成果報告書』)。
 そして,平成20年ころには,貞観津波による石巻平野と仙台平野における津波堆積物の分布といくつかの波源モデルからシミュレーションを行った結果,プレート間地震で断層の長さを200㎞,幅100㎞,すべり7m以上の場合,津波堆積物の分布をほぼ完全に再現した(甲B22:佐竹ほか『石巻・仙台平野における869年貞観津波の数値シミュレーション』)。

   d 貞観津波の断層モデルを用いた試算
 平成20年8月~9月ころ,被告東電が,「石巻・仙台平野における869年貞観津波の数値シミュレーション」で示された,貞観津波(地震)の断層モデルを基に,津波評価技術を使用して,福島第一原発の波高を試算したところ,同年10月,福島第一原発でO.P.+8.6~9.2mという結果が出た。被告東電は,平成21年9月7日ころ,保安院に対し,資料を示して,貞観津波に基づく試算結果が,福島第一原子力発電所の地点でO.P.+9.2mとなる旨を報告した(甲A1:国会事故調88頁,甲A2:政府事故調中間報告398頁,402頁,甲B8:東電事故調21頁)。
 この「O.P.+9.2m」という数字は,平成23年3月7日付で被告東京電力が作成した,「福島第一・第二原子力発電所の津波評価について」と題する報告書(甲B11)において,貞観津波の断層モデルを適用した場合の,福島第一原子力発電所6号機海水ポンプ付近の想定波高と一致している。
 そして,同報告書における1号機ないし4号機の海水ポンプ付近の想定波高はO.P.+8.7mである。また,これらの試算については,赤字で,「仮に土木学会の断層モデルに採用された場合,不確実性の考慮(パラメータスタディ)のため,2~3割程度,津波水位が大きくなる可能性あり」との脚注が付されている。

[甲B11:「福島第一・第二原子力発電所の津波評価について」抜粋・加工]【図省略】

 福島第一原子力発電所の敷地高は,1号機ないし4号機でO.P.+10mである。仮に海水ポンプ付近でO.P.+8.7mの津波が1号機ないし4号機を襲った場合,津波の特性上,O.P.+10mの敷地に大量の海水が流れ込むことは,容易に推測ができる。
  また,津波評価技術に基づくパラメータスタディを行った場合には,1号機から4号機の海水ポンプ付近で,O.P.+10mを超える津波が想定されることになる。
 脚注に従い,被告東電の試算結果を単純に1.2倍,1.3倍にした結果は以下の通りである。
津波水位 1号機 2号機 3号機 4号機 5号機 6号機
東電試算 8.7 8.7 8.7 8.7 9.1 9.2
1.2倍 10.44 10.44 10.44 10.44 10.92 11.04
1.3倍 11.31 11.31 11.31 11.31 11.83 11.96
 また,被告東京電力は,平成20年10月の時点では,同書面に記載された試算を実際に行っており,被告国も,この試算の内容について被告東京電力から知り得たと考えられる。
 さらに,佐竹教授等による貞観津波の数値シミュレーションは,平成20年3月13日に開催された第2回宮城県沖地震における重点的調査観測運営委員会において報告がなされており,その成果物としての平成19年度報告書(甲B76-94)には既に波源モデルが摘示されているので,上記試算は平成20年3月には可能になっていたといえる(詳細は原告準備書面(44))。
 すなわち,被告国及び被告東京電力は,平成20年3月の時点において,貞観津波の波源モデルを使用した場合にも,福島第一原子力発電所の敷地高を超える津波が到来する危険性があることを,具体的に認識しえたのである。

   e 小括
 被告国及び被告東京電力は,平成14年の時点で,長期評価と津波評価技術を組み合わせることで,福島第一原子力発電所において,O.P.+15.7mの津波の到来を予見できた。
 それのみでなく,被告国及び被告東京電力は,平成21年9月には,上述のとおり,貞観津波の波源モデルに基づく試算によっても福島第一原子力発電所の敷地高を超える津波が到来することを具体的に認識していたし,平成20年3月にはその予見可能な程度の知見があった。

   f 被告らの主張に対する反論
 この点,被告らは,貞観津波に関する佐竹論文では,石巻平野及び仙台平野の津波堆積物調査の結果に基づく貞観津波の断層モデル案が示されていたが,津波の発生位置及び規模等は確定しておらず,これを確定するためには岩手県,福島県及び茨城県における津波堆積物調査が必要であったと主張する(被告東電準備書面(3)43頁 被告国第3準備書面48頁)。
 しかし,佐竹氏らの試算は20通りの波源モデルの中から3モデル(「モデル8」「モデル10」「モデル11」)を選定したものである。これらのモデルは,「位置」「大きさ」「断層タイプ」など各パラメータが具体的に特定されており,津波の発生位置及び規模等は確定していたといえる。
 また,被告東電は「石巻・仙台平野における896年貞観津波の数値シミュレーション」で示された貞観津波の波源モデルをもとに,津波評価技術を用いて福島第一原発の波高を試算し,福島第一原発でO.P+8.6m~9.2(かっこの数値から2,3割上昇するとの脚注がある)という結果を保安院に報告している。しかも被告東電は,モデル8,モデル10,モデル11の三種類のモデルから敢えて「相対的に再現性が高い断層モデル」として「モデル10」を選定している(甲B11)。
 このように,貞観津波の波源モデル案は具体的に示されており,被告東電も再現性が高い波源モデルを選定しシミュレーションを行っている。したがって,貞観津波の波源モデルは十分に特定されていた。

[佐竹教授らによる,貞観津波の断層モデル(甲B22-75頁の表を加工)]【表省略】

 また,同論文「6.まとめ」において,佐竹らは「プレート間地震で幅が100km,すべりが7m以上の場合には,浸水域が大きくなり,津波堆積物の分布をほぼ完全に再現できた。」として,津波堆積物と断層モデルとの整合性を認めている。
 他方,同論文は,より厳密な波源の解明に向けての更なる調査の必要性があることを認めているが,それは「断層の南北方向への広がりを調べるためには仙台湾よりも北の岩手県あるいは南の福島県や茨城県での調査が必要である」とするものであって同論文が解明した波源モデルの南北の広がりをこえて広域的な広がりのある波源であった可能性について追加の調査が必要と述べているにすぎない。言い換えれば,同波源モデルが南北方向に拡大する可能性があるということにすぎず,すでに完成した波源モデルの具体性,信頼性を否定するものではない。
 以上より,佐竹論文の貞観津波の断層モデルは津波評価に用いられる具体性,信頼性を有していたといえ,被告らの上述の主張は失当である。

  (イ)津波浸水予測図による予見可能性

   a 国土庁等作成の「津波浸水予測図」

 平成11年に国土庁等は「津波浸水予測図」を作成した(甲B52,53)。この予測図は,O.P.+8.7mの津波によって福島第一原発敷地が広範囲に浸水することを明示していた。国は自ら津波水位の調査及び津波浸水予測をしていた。
 また,津波浸水予測図のマニュアル策定にも関与した佐竹健治氏に対する尋問は,T.P.+6m(=O.P.+6.7m)の津波がO.P.+10mの福島第一原発の敷地を浸水させるメカニズムが「遡上」による効果であること,及び,この予測図による知見が敷地高さを超える津波対策の必要性を基礎付けることを明らかにした(平成27年10月5日及び11月13日に千葉地方裁判所にて行われた,佐竹健治証人の尋問調書 甲B62-2 59,60,54,55)。
 このように,被告国が,平成9年の「4省庁報告」(甲B35)「津波災害予測マニュアル」(甲B58)を経て,「津波浸水予測図」により,福島第一原発の建屋周辺がO.P.+8.7mの津波によって広範囲に浸水することを認識していた点は,原告ら準備書面(16)及び(44)で詳述した。
 さらに,津波浸水予測図では,津波高さT.P.+8m(=O.P.+8.7m)の場合のみならず,T.P.+6m(=O.P.+6.7m)の場合にも,福島第一原発の1.4号機の敷地が浸水する(準備書面(16)第4,別紙図3参照)。津波浸水予測図は公開されており,当然に被告東電も該当事実を認識していた(甲B59)

[甲A2-10(政府事故調中間報告資料編)と甲B52を重ね合わせた図]【図省略】

   b 被告国の主張に対する反論
 被告国は第9準備書面において,「津波浸水予測図は一般的な防災対策を念頭において作成されたものであり,原子力発電所における安全対策に活用される目的で作成されたものではない」と述べる。しかしながら,仮に,津波浸水予測図が一般的な防災対策を念頭において作成されたものであったとしても,それは被告国によって作成された信頼性のある資料であり,そこに顕出した事実は,被告国及び被告東電の過失の評価根拠事実として何らの問題はない。
 また,「津波浸水予測図」は,地震学的根拠に基づく断層モデルを設定した上での数値計算をしていないこと,津波計算の不十分性をもつことに限界はあるものの,現実に発生する可能性の高い地震の断層モデルを想定し,海底地形等を踏まえて詳細な津波伝播計算を行い,想定し得る最大津波高さを検討の結果として設定したものとして十分な合理性がある(甲B51)。

  (ウ)小括
 以上の事情からも,福島第一原発に対する津波による浸水被害の発生に関する知見は集積されていたことが分かる。

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  カ その他の被告らの主張に対する反論

  (ア)原告らの主張を後知恵とする被告国の批判

 被告国は,第19準備書面の第1の2において,後知恵バイアス(ハインドサイトバイアス)なる概念を持ちだし,特段の立証もなく,専門的知見や技術に関する評価が問題となる場面においても,物事が起こる前には当該事象が予測不可能であった場合においても事後的に予測可能と判断しやすい傾向にあることを指摘する[13]。そして,本件訴訟におい,島崎邦彦証人が本件原発事故前に福島第一原子力発電所の敷地高さを超える津波を基礎づけうる知見について述べていたことから,「事象の予測が当たった」として,本件原発事故後も平成14年の「長期評価」の信頼性を強調し,強く予測されていたと証言しやすい立場にあると指摘する。さらに,結果回避措置における失敗学会報告書(甲A16号証等)についても,同様の主張を行っている。しかし,被告国の主張は,「後知恵」という曖昧な表現で原告らの主張を非難するに過ぎないものであり,以下に見るようにいずれも事実に反するものである(結果回避可能性については,後述する)。
 被告国は,このような後知恵バイアスを論じる前提として,過去の特定の時点における予見可能性や結果回避可能性の存否に関して,事後的に判明した科学的知見により(遡って)問題があったとして責任を問うことはできないとし,本件で予見可能性を考えるにあたっては平成20年3月当時の地震学・津波学の知見のみによって予見可能性が判断されなければならないと指摘する。このことは当然のことであり,原告らも被告国と全く同様の見解に基づいて,これまで本件の主張・立証を行ってきたのであり,原告らがこれまで主張してきた地震・津波及び予見可能性に関する知見は,いずれも(遅くとも)平成20年3月ころまでに得られていた知見である。
 すなわち,原告らが敷地高さを超える津波の予見可能性を基礎づけるものとして援用している証拠は,平成14年「長期評価」(甲B9号証),平成14年「津波評価技術」(甲B2号証),平成20年4月18日付東電設計株式会社の資料(甲B72-2証)など,いずれも平成14年から遅くとも平成20年3月ころまでに存在していた資料である。また,敷地高を超える津波によりSBO,炉心損傷に至ることを根拠づける溢水勉強会資料(甲B18号証)も平成18年のものである。
 島崎証人においても,当時,津波地震のメカニズムが未解明であったこと,及び過去の地震を全て把握していなかったとの限界をも踏まえつつ,平成14年「長期評価」の内容に基づいて福島第一原子力発電所の敷地高さを超える津波の襲来の予見可能性を証言しているものである。すなわち,明治三陸地震と同様の津波地震が福島県沖を含む三陸沖北部から房総沖の日本海溝寄りのどこでも起こりうるとの結論が平成14年当時の「長期評価」において示されていたこと,平成20年の東電内部資料の結果が平成14年「長期評価」の結論と同年「津波評価技術」による津波推計の方法から導かれるものである以上,平成14年当時から同様の推計が可能であったことを証言しているものであって,これらは本件原発事故後の知見を参考に証言しているものではない。
 また,佐竹証人も同様に,平成14年当時から,上記の推計は技術的に可能で,「数値自体は信頼できるもので」,「各号機,それから北側,南側と,これを分ける程度の精度を持っていた」と述べているとおりである(甲B62-2 佐竹第2調書45,46頁)。
 したがって本件原発事故前から存在する知見の性質やその進展を無視し,原告らの主張・立証が本件原発事故後に判明した資料に基づく結果論であるなどとする被告国の主張は誤りである。

[13] 被告第19準備書面においては,ハインドサイドバイアスが,人間心理学,人間行動学等の知見であると主張するが,その根拠に関する立証も引用もなされていない。また,「知的レベルが高い者ほどこのようなリスクに陥りやすい」とも主張するが同様に立証がなく,主張の根拠,信用性は不明である。

  (イ)津村建四朗教授の意見書及び松澤暢教授の意見書等に基づく被告国の主張
 被告国は,第19準備書面において,新たに提出した意見書(津村建四朗氏の意見書(丙B75),松澤暢氏の意見書(丙B76)を引用し,平成14年「長期評価」に対し,予見可能性が認められる程度に確立した知見ではなかったと主張している。
 また,今村文彦氏の意見書(丙B83号証)についても,おおむね同様の趣旨と思われる。これらの意見書の内容については,すでにこれまでの主張において反論は尽くされていると考えるが,念のため意見書に対応する形で反論する。

   a 津村建四朗教授の意見書(丙B75)
 津村氏はその意見書において,将来発生することを想定すべき地震・津波について,「過去に津波地震の発生が確認されていない領域を含めて津波地震が発生する可能性があるとする評価は,地震学の基本的な考え方にはなじまない」と述べる(津村意見書丙B75-4頁)。この点は,今村氏も意見書において同様の見解を述べる。
 しかし,平成14年「長期評価」に先立ち,平成9年3月に公表された,いわゆる「7省庁手引き」(丙B25)及びこれに関連する「4省庁報告書」(甲B35,丙B5の1,2)は,被告国自身による津波防災対策の指針として,以下のとおり述べている。「地震観測技術の進歩に伴い,空白域の存在が明らかになるなど,将来起こり得る地震や津波を過去の例に縛られることなく想定することも可能となってきており」「既往最大津波とともに,現在の知見に基づいて想定される最大地震により起こされる津波をも取り上げ,両者を比較した上で常に安全側になるよう,沿岸津波水位のより大きい方を対象津波として設定する」ことが求められており,さらには,地震が小さくとも津波の大きい「津波地震」がありうることに配慮するようにも求めている(丙5-1 238頁)。
 このように,将来起こり得る地震や津波については,過去の例(既往最大)に縛られることなく想定すべきであるし,かつ地震学の進歩によりそうした想定が既に可能となっているとの基本的見解は,被告国自身によって,防災行政の指針である「4省庁報告書」等において示されていたのである。
 津村氏の言とは逆に,既往最大に留まらず地震学の見地から想定し得る最大規模の地震・津波を把握することも可能となってきたという考え方こそ,むしろ平成14年「長期評価」が取りまとめられた当時における「地震学の基本的考え方」であったというべきである。
 そして,そうした地震学の知見を踏まえて,被告国自身がそうした最大規模の地震・津波を(一般防災を前提とした)防災対策上も想定して対応を行うべきであるとしていたのであり,被告国の主張は,自ら策定した津波防災の指針の内容にも反するものといわざるを得ない。
 長期評価は,過去に対する我々の知見には限界があるという当然の前提に立った上で,「時間軸が限られている場合は,空間軸を広く取ることによって標本域を確保して,統計的に検討」しているのであり,ごく合理的な手法である(甲B60-1島崎証人第1調書14頁)。また,津村氏が長を務めた当時の地震調査委員会は,2002年「長期評価」の結論を了解し公表している(津村意見書4頁「地震調査委員会として…実際に了解し,公表するに至りました」)。津村氏は,地震調査委員会の長であり,「長期評価」の領域分けや過去の3つの津波地震に基づき将来の地震を予測するという内容につき,地震調査委員会としての了解と公表を留保させようと思えばできる立場にあったにもかかわらず,海溝型分科会から提出報告された「長期評価」を了解・公表しているという事実は,「長期評価」の妥当性を示すものである。

   b 松澤暢氏の意見書(丙B76)
 被告国は,その第19準備書面において,3頁以上にわたり松澤意見書を引用した上で,「長期評価には相当の問題があり,成熟した知見とか,地震・津波の最大公約数的な見解,つまり専門家の間でコンセンサスを得た見解ではなかったことは明らかである。」と主張する(被告国第19準備書面19頁以下)。また,後述の今村意見書でも同様の趣旨が述べられている。
 しかしながら,津波地震が,海側プレートが陸側プレートに沈み込む海溝付近において発生することは,平成14年「長期評価」策定時において,地震・津波学における確立した知見となっていたところである。これを踏まえ,「長期評価」は,1611年慶長三陸沖地震,1896明治三陸沖地震,そして1677年延宝房総沖地震と,同一の構造をもつ日本海溝の北部及び南部において津波地震が発生しているとの地震学の知見を確認した上で,「三陸沖北部から房総沖の日本海溝寄り」を津波地震の起こり得る一つの領域として捉えることとしたものであり,こうした領域設定を行うことの合理性は,津波地震のメカニズムが完全に解明されていないことによって何らもそこなわれるものではない。津波地震のメカニズムが地震学上解明されていなかったことをもって,「長期評価」を防災対策上考慮する必要がないという松澤氏及び被告国の見解は,結果として津波地震に対する原子力施設の防災対策を先送りするものであり,「深刻な災害が万が一にも起こらないようにする」という原子炉施設の安全性確保の観点からは全く受け入れることができない主張である。
 さらに被告国は,海底地形の違いを理由に津波地震の発生可能性について宮城県沖を境としてその南北では異なるだろうとのべる松澤氏の見解(意見書17頁)を引用して,2002年「長期評価」に信頼性がないと主張する。
 しかし,松澤氏自身「私自身は,調査委が防災上の観点から,長期評価において,宮城県沖から福島県沖にかけて津波地震は発生しないという評価を出すよりも,日本海溝沿いの領域をひとまとめにして確率を評価したことは理解できますし,今でも,そうすべきであったと思っています。」(17頁)と述べている。また,松澤氏は,土木学会・津波評価部会のアンケートに対して,「日本海溝沿い福島沖で津波地震は発生しない」という選択肢①,「(日本海溝沿いの)領域を南北に分けて差異を設ける」選択肢②,「(日本海溝沿いの)領域を1つとして1896年明治三陸津波地震と同様のものがどこかで起きる」という選択肢③の3つについて,①0.2,②0.6,③0.2の重み付けおこなったとしており,要するに,南北における明治三陸地震と延宝房総沖地震の規模の違いを除けば,「日本海溝沿いのどこでも津波地震が起こり得る」という考え方に8割の重みづけを行っているのである(意見書19~20頁)。同アンケートの全体の集約結果は,上記の分類によれば,分岐②が0.35,分岐③が0.25であり,合計して「日本海溝沿いのどこでも津波地震が起こり得る」という考え方に6割の重みづけがおこなわれており,逆に分岐①の過去に発生した領域でのみに津波地震が想定されるといういわゆる「既往最大」の考え方については4割の重み付けしか与えられていない(丙B56-20頁)。また,2004年に土木学会津波評価部会は,日本海溝でおきる地震に詳しい地震学者5人にアンケートを送り,推進本部の長期評価について意見を聞いている。そのアンケートの結果は「津波地震は(福島沖を含む)どこでも起きる」とする方が「福島沖が起きない」とする判断よりも有力であった(甲A1-89)。
 さらに,松澤氏は2004(平成16)年4月から2016(平成28)年3月まで地震本部の長期評価部会の委員を務めている。そして,平成14年「長期評価」が公表された後においても,同「長期評価」は複数回にわたって見直しの機会があったが,その都度,平成14年「長期評価」の領域分けと津波地震発生の長期評価については,その内容が確認されているところである。2002年「長期評価」の領域分けに地震学上の根拠がないかのように述べる,松澤の意見はこうした経過にも反するものである。

   c 今村文彦氏の意見書(丙B83号証)
 今村意見書を評価する際にまず留意すべき点は,今村氏自身が,被告東京電力に対して平成14年「長期評価」に基づく津波防護措置を講じる必要はないと進言した張本人であり,今村氏は,本件訴訟の最大の争点に関して当事者的な立場にあり,中立的な第三者専門家として意見を述べる適格性に欠けるという点である。
 すなわち,被告東京電力は平成20年に「長期評価」の地震に基づいて敷地南部でO.P.+15.7メートルの津波推計を得て,これを今村氏に報告した(意見書32頁)。被告東京電力によるこの検討は,原子力安全・保安院による耐震バックチェックの審査に向けてのものであった。そして今村氏自身は,耐震バックチェック審査を担当する委員の一人であった(30頁)にもかかわらず,原子力安全・保安院を通じての正規の手続きを経ることなく,被告東京電力からの直接の照会に対して,「長期評価」を踏まえた津波対策は考えなくてもよいとアドバイスを行った。
 この今村氏の被告東京電力に対する「アドバイス」は,要するに本件の最大の争点である2002年「長期評価」に基づく被告東電の平成20年の推計計算を前提とした津波防護措置の要否という点について,今村氏が,被告東京電力との間の私的な接触を通じて,平成20年の推計に基づく津波防護措置を行わないという被告東京電力の方針決定に直接に影響を及ぼし,ひいては,その結果として本件津波に対して全交流電源喪失を回避することができずに本件原発事故を招来させたことに関与したもの評価されるべきものである。その意味で,今村氏は,本件の最大の争点についていわば当事者的な立場に立つものであり,本件訴訟について,中立的な第三者専門家として意見を述べる適格性に疑義があるものといわざるを得ない。
 今村意見書での指摘は,大要,津村意見書,松澤意見書でのそれと同様の趣旨であるが,念のため以下のとおり反論する。
 すなわち,今村意見書では,「本件事故の当時は,一般防災/原子力防災を問わず,『既往最大』を基本として津波対策を講じるというのが,防災に携わる専門家のコンセンサスでした。」として,同様に「既往最大」の地震・津波に対する対応で足りるとの考え方が示されている。この点は,前記の津村意見書に対する反論したとおり,既往最大に留まらず想定しうる最大規模の地震・津波を把握する必要があることを,被告国自身も認識していたことなどからして理由がない。
 また,今村意見書では,「長期評価」の示す見解が,「科学的コンセンサスが得られているものではなかった」とも指摘するが(16~23頁),この点も前記の松澤意見書に対する反論のとおりである。
 次に,今村意見書が,福島県沖を含む日本海溝南部に津波地震が発生することを想定すべき領域とすることに疑義を呈している点についても,前記の松澤意見書に対する反論が妥当する。
 また,平成20年2月26日,被告東電が,今村氏に対し,長期評価の見解を決定論でも取り入れるべきとの専門家意見について意見をきいたところ,「福島県沖は否定できない」できないと答えており(丙B83-7頁),意見書と矛盾する発言を行っている。

   d 岡本孝司氏,山口彰氏ら工学研究者は地震津波の専門外であり適格性を欠く
 被告国は,予見可能性の程度に関する自らの主張を裏付けるために,原子力工学の研究者である岡本孝司(丙B74,丙B78,丙B79),山口彰の意見書(丙C15)を度々引用する(被告国第19準備書面)。
 しかしながら,そもそも岡本孝司,山口彰の研究対象は,原子力に関する工学であり,地震津波の発生到来に関する予見可能性は研究対象ではない。
このような専門外である研究者の地震津波に関する予見可能性についての意見には信用性がない。また,「長期評価」は最新の知見ではないとする名倉繁樹氏[14]の意見書についても同様である(丙85-27頁以下)。
 また,被告国の主張は,地震学の知見から判断される津波の到来の予見可能性の判断の中に工学的な観点を持ち込むことで議論を混乱させている。すなわち,被告国は岡本らの意見に基づいて,あくまで工学的な見地から原子力発電所の安全対策においてどのような性質の知見を取り入れるべきかを述べているにすぎず,これは被告国の原子力発電所の安全規制として規制権限行使の作為義務を基礎付ける予見可能性の問題とは,全く異質のものである。

[14] さらにいえば,名倉繁樹氏は原子力安全・保安院の元安全審査委員であり,被告国の規制側の担当者であることからも意見書には信用性がない。

  (ウ)被告東電の確率論的津波ハザード解析
 被告らは,被告東電作成の「確率論的津波ハザード解析による試計算について」と題する報告書(甲B13)乃至,米国フロリダ州マイアミにおける第14回原子力工学国際会議(ICONE-14)において発表した確率論的津波ハザード解析に関する論文(甲B14 乙B25)によって示された,津波の発生確率をもとに,被告らの予見可能性を否定していると思われるため(丙B135),その問題点について述べる。
 上記論文における,福島第一原発に土木学会手法で想定したO.P.+5.7m以上の津波が到達する頻度数千年に1回程度であり,被告東電はこの計算結果を平成18年9月に安全委員会委員長にも説明し,土木学会手法の想定を超える頻度は低いと報告した。しかしながら,当該論文における津波の発生頻度は,当時の土木学会津波評価部会の委員・幹事31名と外部専門家5名へのアンケート調査を元に算出しているところ,31名中,津波の専門家ではない電力会社の社員が約半数を占めていた。このようなアンケート結果を用いたリスク評価の数値は,信頼性が乏しいものである。JNESが本事故以前の地震学的な情報に基づき土木学会手法にて算定される水位を超える津波が福島第一原発に押し寄せる頻度を計算したところ,被告東電の計算より10倍以上大きくなる結果がでた(甲A1-93,94頁)。
 このような,当該論文の報告内容は信用性が乏しく,かつ,その点については作成者自身も自認している(丙B135-8)。したがって,かかる論文を根拠に,被告らの予見可能性を否定することはできない[15]

[15] 原告は,当該論文について,①「長期評価」が信用性の高いものであること,及び,②被告らが津波PSAに取組んでいたことの根拠として引用するものである。

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  (4)津波による影響(炉心損傷・全交流電源喪失)の検証

  ア はじめに

 敷地高を超える津波により浸水すれば,発電所施設が損傷することは自明であり,早くから知見があった(一例として,平成11年11月5日,第1回原子力土木委員会津波評価部会での委員発言等(甲B15,甲A2-379頁),及び,同年12月の「ルブレイエ原発(仏)」の洪水によるSBO事故(甲B16)参照)。
 以下,被告東電が,敷地高(1~4号機でO.P.+10m)を超える津波が生じた場合,溢水の影響で福島第一原発が炉心損傷,及び,全交流電源喪失に至ることを具体的に検証していた事実について述べる。

  イ 溢水勉強会の立ち上げ
 保安院,及び,原子力安全基盤機構(JNES)は,平成18年1月,「溢水勉強会」を立ち上げ,内部溢水及び外部溢水に関する原子力施設の設計上の脆弱性の問題を検討した。これは,平成17年11月の米国KEWAUNEE(キウォーニ)原子力発電所で低耐震クラスである循環水配管の破断を仮定すると,タービン建屋が浸水し,工学的安全施設及び安全停止系機器が故障する旨の情報,及び,平成16年12月スマトラ島沖地震による津波により,マドラス2号炉の非常用海水ポンプが運転不能になった旨の事情を受け,日本における現状を調査することを目的とするものである。
 溢水勉強会には,被告東京電力ら電気事業者も参加し,外部溢水については,各電気事業者が,内部溢水については,JNESが影響調査を行った。
 溢水勉強会は,平成18年1月の第1回から,平成19年3月の第10回まで開催され,平成19年4月に「溢水勉強会での調査結果について」と題する報告書を発表した(甲B17:溢水勉強会報告書)。

  ウ 溢水勉強会での報告
 平成18年5月11日,溢水勉強会にて,被告東京電力は,代表プラントとして選ばれた福島第一原発5号機について,第5号機の敷地高さO.P.+13mよりも1メートル高い,①O.P.+14m,及び,設計水位であるO.P.+5.6mとO.P.+14mの中間である,②O.P.+10mを,津波水位と仮定し,津波水位による機器影響評価を報告した(甲B18:溢水勉強会第3回での東電報告書)。
 被告東電は,この報告書にて,O.P.+14mの津波,すなわち5号機の敷地高を超える津波が生じた場合には,海側に面した,T/B(タービン建屋)大物搬入路,及び,S/B(サービス建屋)入口から海水が浸水し,非常用海水ポンプが使用不能に陥ることを報告した。(非常用海水ポンプが使用不能になれば,原子炉を冷却できなくなり炉心損傷(メルトダウン)に至る。)
 また,この場合,T/Bの各エリアに浸水し,電源設備の機能を喪失する(全電源喪失)可能性があること,さらに,電源の喪失に伴い,原子炉の安全停止に関わる電動機,弁等の動的な機器が機能を停止すると報告している。

 [以下は,第三回溢水勉強会における被告東電報告書より引用[16]]【図省略】

[16] RHRSポンプ:残留熱除去海水系ポンプ DGSWポンプ:DGを冷却する海水系ポンプ R/B:原子炉建屋 T/B:タービン建屋 S/B:サービス建屋 RHRポンプ:残留熱除去系ポンプ RCIC:原子炉隔離時冷却系 非常用D/G:非常用ディーゼル発電機


  エ 具体的な対策の欠如

  (ア)溢水勉強会の報告書

 平成19年4月,溢水勉強会は,福島第一原発5号機に関しては,「タービン建屋大物搬入口及びサービス建屋入口については水密性の扉ではなく,非常用DG吸気ルーバについても,敷地レベルからわずかの高さしかない。非常用海水ポンプは敷地レベル(+13m)よりも低い取水レベル(+4.5m)に屋外設置されている。土木学会手法による津波による上昇水位は+5.6mとなっており,非常用海水ポンプ電動機据付けレベルは+5.6mと余裕はなく,仮に海水面が上昇し電動機レベルまで到達すれば,1分間程度で電動機が機能喪失(実験結果に基づく)すると説明を受けた」旨報告した(甲B17:「溢水勉強会での調査結果について」22頁)。
 報告書公表に先立ち,平成18年10月6日,原子力保安院は,電気事業者に対する一斉ヒアリングを行い,口頭にて「…津波に余裕が少ないプラントは具体的,物理的対応を取ってほしい。津波高さと敷地高さが数十cmとあまり変わらないサイトがある。評価上OKであるが,自然現象であり,想定設計を超える津波が来る恐れがある。想定を上回る場合,非常用海水ポンプが機能喪失し,そのまま炉心損傷になるため安全余裕がない。今回は,保安院としての要望であり,この場をかりて,各社にしっかり周知したものとして受け止め,各社上層部に伝えること」と指示した。(甲A1:国会事故調86頁)
 上記報告書,及び,保安院の指示をうけ,被告東電は,いかなる対策を行ったか。

  (イ)電気事業連合会の方針
 上記事情をふまえ,電気事業連合会では,津波により炉心損傷が起こる可能性を認識しながら,今後の対応としては,「土木学会の手法について,引き続き,保守性を主張。津波PSAについては,電力共研により検討を継続しつつ,できるだけ早めに,津波ハザードのレベルを把握し,リスクが小さいことを主張していきたい」との議論がなされた(甲A1:国会事故調85,86頁)。
 すなわち,溢水による事故を指摘する報告に対して,具体的な対策を講ずるのではなく,むしろ,既存炉の「保守性」(ここでは「安全性」をさす),及び,「リスクが小さい」ことを主張する方針が取られたのである。

 (ウ)被告東電の対応
その結果,被告東電は,平成21年11月までに,非常用海水ポンプをO.P.+6.1mにかさ上げし水封化を図ったが,その他めぼしい対策を行わなかった(甲A1:国会事故調85頁)。
すなわち,被告東電は,敷地レベルをこえる津波が生じた場合,非常用海水ポンプの機能喪失による炉心損傷,及び,浸水による全電源喪失の危険性を具体的に検証していたにもかかわらず,何らの対策を行わなかったのである。

  オ 小括
 以上より,平成18年5月,被告東電は,敷地高を超える津波が生じた場合には,非常用海水ポンプの機能喪失による炉心損傷(メルトダウン),及び,全交流電源喪失事象に至る機序を具体的に検証していた。
 また,この結果は,溢水勉強会の主催者である,原子力安全保安院,及び,JNESも認識していた。

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  (5)国の予見可能性

 前述のとおり,「長期評価」に基づき「津波評価技術」の波源モデルを流用することにより(甲A2:政府事故調査報告書中間報告395頁),平成14年段階で津波高の試算は可能であり,それは被告国にも妥当する。

  ア 被告国と「津波評価技術」
 「津波評価技術」は,「地域防災計画における津波対策強化の手引き」(農林水産省外6省庁)を補完するものとして策定された。「津波評価技術」を策定したのは土木学会原子力土木委員会津波評価部会であるが,同部会には,被告国から,文部科学省,経済産業省,国土交通省がそれぞれ委員を派遣している(甲B6)。すなわち,被告国は,「津波評価技術」の策定に関与していた。
 また,保安院は,「津波評価技術」の公表前に,同部会に対してその内容の説明を求め,平成14年1月29日,津波評価部会の幹事会社であった被告東電が,回答を行っている(甲A2:政府事故調中間報告377頁)。
 さらに,前述のとおり,被告東電は,平成14年3月に,「津波評価技術」に基づく津波試算を保安院に報告している(甲B7)。この時点において,「津波評価技術」の評価手法は,被告東電と保安院(すなわち被告国)との間で共有されていたといえる。
 その後,「津波評価技術」は,具体的な津波評価方法を定めた基準として定着し,電気事業者が規制当局に提出する評価に用いられた(原告準備書面(4)第3,1,(3))。すなわち,被告国は,各電力会社等に対し,平成18年9月20日に耐震バックチェックの実施等を求めているが(同第5,1,(1)),この際,地震に随伴する津波の評価方法について,「津波評価技術」の手法と同一の方法を用いている。これは,被告国が,「津波評価技術」を事実上の基準として追認していたことを示している。被告国は,「津波評価技術」の策定に関与し,その内容を把握しており,平成14年3月には,「津波評価技術」を,福島第一原発における津波の評価に用いることができた。

  イ 被告国と「長期評価」
 「長期評価」を公表したのは推進本部であるが,推進本部は被告国の機関である。従って,被告国は,当然「長期評価」の内容を認識しており,これを知見として利用することができた。
 また,平成16年3月9日,国土交通省,内閣府及び農林水産省は,長期評価をもとに「津波・高潮ハザードマップマニュアル」を作成し(甲B44:プレスリリース),平成18年3月には,国土交通省東北地方整備局及び財団法人沿岸技術研究センターが長期評価に基づき,東北における広域的津波減災施策及び,津波防災行政の検討を目的として「『津波に強い東北の地域づくり検討調査』東北における沖合津波(波浪)観測網の構築検討調査 報告書」を作成した(甲B36),さらに,今現在においても,国土交通省は,「津波防災のために」というHPを設け,平成14年の「長期評価」の地震の発生確率を引用している(甲B46:国土交通省HP[17])。
すなわち,長期評価は現在にあっても国の地震に関する知見として活用されているのである。
 「長期評価」においては,明治三陸沖地震と同様の地震(津波地震)が,三陸沖北部海溝寄りから房総沖海溝寄りにかけてどこでも発生する可能性があると明言されており,被告国は,福島県沖海溝沿いを,津波地震の波源として想定すべきであった。

[17] 国土交通省HP

  ウ 平成11年国土交通省による浸水予測「津波浸水予測図」
 平成11年に国土庁等は「津波浸水予測図」を作成した(甲B52,53)。この予測図は,O.P.+8.7mの津波によって福島第一原発敷地が広範囲に浸水することを明示していた。国は自ら津波水位の調査及び津波浸水予測をしていた。
 このように,被告国が独自の調査において,平成9年の「4省庁報告」「津波災害予測マニュアル」を経て,「津波浸水予測図」により,被告国は,福島第一原発の建屋周辺がO.P.+8.7mの津波によって広範囲に浸水することを認識していた点は,原告ら準備書面(16)及び(44)で詳述した。
 さらに,津波浸水予測図では,津波高さT.P.+8m(=O.P.+8.7m)の場合のみならず,T.P.+6m(=O.P.+6.7m)の場合にも,福島第一原発の1~4号機の敷地が浸水する(準備書面(16)第4,別紙図3参照)事実が明らかとなっていた(甲B59)。

  エ 耐震設計審査指針改定・安全情報検討会
 平成18(2006)年9月19日に新たな「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」(以下「新耐震指針」という)が内閣府原子力安全委員会(以下「安全委員会」という)で正式に決定された。
 新耐震指針においては地震随伴事象である「津波」を考慮すべきことが明示された。
 また,原子力安全・保安院と原子力安全基盤機構は,規制機関情報の収集,評価・分析を行うこととし,その一環として,月二回程度「安全情報検討会」を定期的に開催した(甲B63:「規制当局における安全情報(規制関係情報)の収集及び活用について」と題する文書)。
 平成18年9月13日第54回安全情報検討会資料(甲B64)では,「我が国の現状と問題点」の欄に,津波に対する設計上の対処に関し「設計水位において原子炉の安全性が損なわれないこと」として「敷地周辺の地震津波の調査による設計津波波高の推定」の必要性が挙げられ,対処法として「①敷地整地面の決定(地形・地盤条件,プラント配置,土木工事条件等も考慮),②防波堤の設置及び必要に応じて建屋出入り口に防護壁の設置,③原子炉冷却系に必要な海水確保(海水ポンプの津波時機能維持)」との記載がある。その下の項目には,「緊急度及び重要度」として「我が国の全プラントで対策状況を確認する。必要ならば対策を立てるように指示する。そうしないと『不作為』を問われる可能性がある。」との記載がある。
 さらに,「我が国の対応状況」として「当面全プラントでの対策を確認」「電気協会が耐震技術指針の改定に際し土木学会手法をベースに津波水位評価法も取込中であり,その動向を注視しながら判断」と記載されている。
 すなわち,被告国は,平成18年耐震審査指針改正を契機として,平成18年には調査を開始していたのであり,耐震設計審査指針の改訂は予見の契機となりえたのである。(この点ついては,原告ら準備書面(30)及び(35)にて詳細に主張した。


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  オ 国の調査権限,調査方法
 被告国の行政調査権限の行使方法は,平成18年9月19日「発電用原子炉に関 する耐震設計審査指針」改訂による耐震バックチェックのみではない。一般論として,行政調査の「行使の方法」は,行政目的に必要な限度で,強制にわたらない,あらゆる方法であり[18],実際に,被告国は原子力行政において権限を駆使して様々な方法で行政調査を行っていた。
 以下端的に述べる(詳細は準備書面(44))。

[18] 塩野宏著「行政法I」行政法総論第四版234頁は,行政調査には「質問,立ち入り,検査,収去などいろいろな態様がある」とする。同235頁は,「相手方の任意の協力を待ってなされる行政調査に関しては,具体の法律の根拠は,侵害留保理論によっても,権力留保理論によっても必要ない」とする。

  (ア)国が電事連・東電に対して報告を求めた例
 平成5年10月,通産省資源エネルギー庁は,電事連に対し津波安全性評価を指示し,被告東電は平成6年3月津波に関する報告書「福島第一・第二原子力発電所津波の検討について」を提出した(甲A1-83,90: 国会事故調)。
 平成9年6月,通産省は,電気事業連合会に対し,「地域防災計画における津 波対策強化の手引き」の数値解析の2倍の津波高さを評価した場合の原子力発電所への影響の報告を指示し(甲A1-44),同年7月25日電気事業連合会津波対応WGは,福島第一原発に関して「O.P.+9.5m」,「非常用海水ポンプの取水が不可能になる」と報告した(甲B32)。
 原子力安全・保安院は被告東電に対し津波評価技術による試算結果の報告を求め,平成14年3月,被告東電は報告書を提出した(甲A1-85頁)。また,平成18年5月11日,溢水勉強会(原子力安全・保安院およびJNESが主催)の要請に応じ,被告東京電力らは 電気事業者は溢水によるプラントの影響に関する報告書を提出した(甲B18)。

  (イ)国が調査を外部委託した例
 地震調査研究推進本部は,平成17年度から平成21年度まで,国立大学法人東北大学大学院理学研究科,産総研等に委託して「宮城県沖地震における重点的調査観測」を行った(甲B75,甲B76)。

  (ウ)国自身が調査を行った例
 平成7年7月,国は総理府に地震調査研究推進本部を設置し,推進本部は,平成14年7月31日,「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」(甲B9)を公表した。これは,被告国が地震(海溝型地震,津波地震)に関して調査を行った例である。
 また,平成5年北海道南西沖地震津波発生を契機に,国の関係省庁は津波対策の再検討を行い,平成9年3月に「太平洋沿岸部地震津波防災計画手法調査報告書」及び「地域防災計画における津波対策強化の手引き」を公表した(甲A2-374,375)。これらは,被告国が自ら津波に関する調査を行った例である。
 被告国が独自に津波浸水予測を行った例として,平成11年国土庁の「津波浸水予測図」(甲B59)がある。

  (エ)国が調査・研究機関を設置した例
 平成15年10月1日,国は独立行政法人原子力安全基盤機構(JNES)を設置し,立入検査,安全解析・評価,原子力防災支援,安全関連情報の調査,試験・研究,研修等の業務を担わせた(甲B77,甲B78)。
 JNESは,外部団体に調査・研究を委託することもあった。外部委託先には,独立行政法人,研究所,大学,民間会社が挙げられており,「新潟県中越沖地震を踏まえた福島第一・第二 原子力発電所の津波評価委託」(甲B72の2)を作成し,また,同推定計算に基づき防潮堤の計画書を作成した「東電設計株式会社」も委託先に含まれる(甲B82)。

  (オ)小括
 被告国は,平成18年9月19日の「発電用原子炉に関する耐震設計審査指針」改訂以前より,津波に関する行政調査を行っていた。具体的には,被告東電ら電気事業者,電事連,土木学会など利害関係者(規制される側)に指示して報告を求める方法,被告国の機関が調査を行う方法,外部団体に委託して調査研究を行う方法である。また,委託先には東電設計株式会社も含まれている。
 被告国は,以上の調査方法を駆使すれば,電気事業者である被告東電と同等以上の調査が可能であったといえる。

  カ 津波が炉心に及ぼす影響に関する知見
 前述のとおり,平成18年5月11日に開催された溢水勉強会において,被告東電は,福島第一原発5号機が,O.P.+14mの津波により,電源喪失,並びに,メルトダウンに至る旨の報告を行っている(これは,福島第一原発1号機ないし4号機に置き換えると,O.P.+10m超の津波により電源喪失,並びに,メルトダウンに至るということである)。
 溢水勉強会は,国の機関である保安院と,独立行政法人である原子力安全基盤機構が立ち上げたものであり,溢水勉強会で報告された事項は,当然に被告国が認識した事項であるといえる。その上で,被告国は,海水ポンプを止めるような津波が来ればほぼ100%炉心損傷に至るという認識を示している。
 従って,被告国は,遅くとも平成18年5月11日の時点で,外部溢水により,全電源が喪失する事実,並びに,炉心損傷(メルトダウン)が生じる事実を,検証し認識していた。

  キ 小括
 以上より,被告国は,平成14年には(遅くとも平成20年3~6月には)「福島第一原発1乃至4号機の敷地高O.P.+10mを超える津波の発生」を予見可能であった。

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