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★ 最終準備書面(責任論) 
 第5 津波 2 結果回避可能性 
平成29年9月22日

目 次(←「最終準備書面(責任論)目次に戻ります)

第5 津波
 1 予見可能性
 2 結果回避可能性
 3 国の規制権限不行使の違法
 4 過失と違法性の時期



第5 津波


 2 結果回避可能性

  (1)結果回避の方法1

  ア 防潮堤の設置による回避可能性

 原告らは,結果回避の方法として,防潮堤の設置を主張する。なお,結果回避可能な防潮堤は「O.P.+10mの敷地上に約10m」の防潮堤を設置することである。具体的には,10mの敷地上に1号機から4号機の原子炉・タービン建屋につき,敷地南側側面だけでなく,南側側面から東側全面を囲う10メートル(O.P.+20m)の防潮堤(鉛直壁),5号機及び6号機の原子炉・タービン建屋を東側全面から北側側面を囲う防潮堤(鉛直壁)である。また,防潮堤の高さに対応した,必要な強度を要するものである。以下,その根拠を述べる。
 前述の通り,被告東電の土木調査グループは東電設計株式会社に対し,明治三陸沖地震の津波波源モデルを福島県沖海溝沿いに設定した場合の津波水位を試算するよう依頼し,東電設計は,平成20年3月18日,福島第一原子力発電所の敷地南側で津波水位が最大でO.P.+15.7メートルとなる旨の解析結果を報告した。
 この結果を受けて,被告東電の土木調査グループは,東電設計株式会社に対し,原子炉建屋が設置された敷地に対する津波の遡上を防ぐことのできる防潮堤に関する解析を依頼し,平成20年4月,東電設計株式会社から,O.P.+10mの高さの敷地上に,さらに約10m(O.P.+20m)の防潮堤を設置する必要があるとの解析結果を得ていた(甲B85-5頁:東京第五検察審査会の議決書)。
 東京第五検察審査会の起訴相当議決(甲B85)による強制起訴の第1回公判期日(平成29年6月30日)の冒頭陳述において,指定弁護士は解析結果(計画書)を図示して「同年4月18日,東電設計は東京電力に対し10m盤の敷地上に1号機から4号機の原子炉・タービン建屋につき,敷地南側側面だけでなく,南側側面から東側全面を囲うように10メートル(O.P.+20m)の防潮堤(鉛直壁)を設置すべきこと,5号機及び6号機の原子炉・タービン建屋を東側全面から北側側面を囲うように防潮堤(鉛直壁)を設置すべきことなどの具体的対策を盛り込んだ検討結果を報告しました」[19]と述べた。すなわち,原告が主張する防潮堤の仕様は,実際に平成20年推計を行った東電設計株式会社が,当該推計をもとに解析した結果に基づくものであり,平成20年推計の津波を回避する手段として合理的なものだからである。
 ここで,原告準備書面(4)で述べた通り,津波の高さは,水深が浅い場所ほど高くなる性質を有し,また,津波のスピードは浅瀬に向かうにつれて急激に落ちるため,後から来た波が前の波に追いつき,次から次へと重なった波が一度に押し寄せる結果,波高が高くなる性質を有する。そのため,津波が防潮堤に達すると,大量の海水がせき止められるが,後ろから来た速い波が次々重なっていき,防潮堤を越える高さに達する。従って,仮に津波高O.P.+10mの津波を防波堤でせき止めようと思ったら,防波堤の高さは10mでは不十分であり,より高くしなければならない。津波浸水予測図において,津波高O.P.+8.7mの津波により敷地の大部分が浸水するとの結果が示されていること,また,被告国が提出した東京電力の資料は,内閣府のシミュレーション結果に基づき「津波第2波(1段目)は,津波計位置で約5メートルであるが,港外側における津波高さは10mを越えている」「したがって,第2波(1段目)が高さ10mの防波堤を越流することは可能」「段波状の第2波(1段目)は,運動エネルギーが大きく,そのエネルギーが防波堤部分で位置エネルギーに変換され,越流するからである」「したがって,10mの防波堤を越えるためには,もともと10mの高さの津波でなければならない,と仮定することが誤り」(丙B54-30頁)と分析し,原告の主張を裏付けている。すなわち,敷地前面においても敷地盤状に+10mの防潮堤を設置することには合理的である。
 さらに,津波高の想定結果については「精度は倍半分」,すなわち,想定の2倍の誤差があるため安全裕度を2倍とすべきであることが津波に関する研究者,実務家の間では知れ渡っていたことからも(甲A1-44),原告主張(平成20年4月東電設計株式会社の解析結果でもある)の防潮堤の仕様の合理性が根拠付けられる[20]原告ら準備書面(13)20,21頁参照)。
 さらに,平成20年の推計結果を,福島県沿岸(南相馬~いわき)に広げて考察した場合,津波高O.P.+13m~16mを示す地点が広く点在していることがわかる(乙B26-13頁)。すなわち福島県沿岸においてはO.P.+10mを超える高い津波高が推定されていたのであり,敷地の南側,北側のみでなく,敷地前面(東側)にも10mの防潮堤を設けるほうがより合理的である(乙B26との比較)。

[乙B26-13頁に赤線枠を加筆,緑点がH20年推計に基づく津波高]【図省略】

 そして,平成20年の推定結果を前提に東電設計株式会社が解析した防潮堤「10mの敷地上に1号機から4号機の原子炉・タービン建屋につき,敷地南側側面だけでなく,南側側面から東側全面を囲う10メートル(O.P.+20m)の防潮堤(鉛直壁),5号機及び6号機の原子炉・タービン建屋を東側全面から北側側面を囲う防潮堤(鉛直壁)」は天端がO.P.+20mに達するものであり,実際に生じた津波に対しても十分な裕度があり浸水を防ぎ得た。
 なお,防潮堤の建設に関しては,3年7か月間を要するとの検察官の認定がなされている(甲B71-6頁)。しかしながら,平成25(2013)年3月29日付け被告東京電力作成の「福島原子力事故の総括および原子力安全改革プラン」(甲A5,甲A6)によれば,事故後の対策として①福島第一原発においては,敷地全体について,北防波堤,東防波堤,南防波堤の設置,余震津波対策用仮設防潮の設置がされた旨(甲A6-40頁),②柏崎刈羽原発においては防潮堤の設置が完了した旨(甲A6 3-6-42頁),③福島第2原子力発電所においては,土嚢による防潮堤の設置が報告されている(甲A6-45頁)。したがって,被告東電は以上の措置を2年程度で完了しているのであり,予見対象津波の予見を受けて速やかに回避措置を実施すれば防潮堤の設置が可能であった(詳細は原告準備書面(7))。また,「津波評価技術」及び「長期評価」が作成された平成14年を予見の時期とすれば,防潮堤を設置する十分な期間があった。(なお,後述するとおり防潮堤の設置に明文上設置変更許可申請は不要である(丙B86-3頁)。)

[19] NHKのHPにて全文が公開されている

[20] 津波評価技術の策定に携わる東北大学今村文彦教授は,安全裕度について「従来の土木構造物」と同様に考えれば安全裕度を3倍とする(乙B40-2,3頁)。また,平成20年の被告東電の津波高推計及び防潮堤の解析を依頼した東京電力土木調査グループの「酒井俊朗」氏は,津波評価技術の策定に関わる委員である(甲B6-vi,甲B85-3頁以下)。


  イ 東京第五検察審査会の認定
 平成27年東京第五検察審査会は,「O.P.+10メートルの高さの敷地上に,さらに約10メートルの防潮堤」の設置による結果回避可能性を認定した(原告ら準備書面(31)にて詳述 甲B71-23,24頁)。
 以上の通り,防潮堤の設置による結果回避が可能であった。

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  (2)結果回避の方法2

  ア 防潮堤によらない回避方法

 本件の事故原因は①「全交流電源の喪失」,「直流電源の喪失」,及び②「最終排熱系の破損」であり,防潮堤の設置以外でも,これらを回避する手段がある。
 以下では,「失敗学会報告書」(甲A16及び甲B86)及び「政府事故調中間報告書」(甲A2)を引用し,防潮堤によらない回避方法を述べる。
政府事故調が提示するのは,水密化,高所化等による回避策であり,失敗学会が提示するのは概要代替設備で対応する方法である。

  イ 失敗学会報告書の提示する回避手段(原告ら準備書面(26)参照)
 「福島原発における津波対策研究会・報告書」(甲A16及び甲B86,以下「最終報告書」という)は,失敗学会(原告ら準備書面(23)第3の1参照)が平成27年4月と6月に開催した「福島原発における津波対策研究会」の結果をまとめたものである。最終報告書は,予見可能性についての「中間報告書」(甲B57)の続編にあたる。原告らは,最終報告書を引用し被告東電が取り得た結果回避措置を論ずる。なお著者の一人である吉岡律夫氏は株式会社東芝に入社後,福島3号機,5号機12機等の原子炉の設計・安全解析に従事した経歴を有している(丙B120の1 64枚目)。また同人は東京地方裁判所における同種事件にて証人として尋問されている(丙B120の1,丙B120の2)
 最終報告書は,福島第一原発の炉心損傷の直接の原因を,「全交流電源の喪失」,「直流電源の喪失」,「最終排熱系の破損」の3つが同時に生じたことであると結論づけ(甲A16-1,甲B86-11)①「全交流電源の喪失」,「直流電源の喪失」,及び「最終排熱系の破損」状態からの,②2~3年で準備できる復旧方法を検討し,炉心溶融を回避する措置を結論づけたものである。したがって,これら回避措置は,津波対策[21]及びSA対策(後述)に共通する回避措置である。
 なお,最終報告書は「遅くとも2009年には敷地高を越える津波の到来が予測できたこと」を前提に回避措置を論ずるものであり,この点は,原告らの主張と異なるものであることに留意されたい。また,最終報告書は,本件事故前の情報のみにより「対策案」を作成したが,「対策案」が有効であるかという検証については,本件事故後の情報を使用している(甲B86-11)。しかし,これに「後知恵」(被告国第19準備書面)の批判は当たらない[22]

[21] 原告ら準備書面(7)で検討した再発防止策は,コンクリート防波堤を作る等,工事を要するものも多く含まれている。最終報告書は相対的に予見時期より短期間(2~3年)で準備可能な回避手段を論じたものである。

[22] 作為義務の有無は行為時を基準に判断すべきあるが,結果回避可能性は,「作為」と結果の不発生との因果関係の問題であり事実審最終口頭弁論終結時の科学技術の知見を基準として判断するのが適当である。(潮見佳男著 債権各論II不法行為法44頁参照)


  ウ 結果回避の方法

  (ア)ベントせず半日程度で復旧するシナリオ(①)

   a 直流電源等の復旧

 初期の炉心冷却のために,原子炉隔離時冷却系(RCIC),高圧注水系(HPCI)に可搬式の直流バッテリーを接続し,手動で起動する(甲A16-3)。このため,十分な容量の個数の250Vバッテリーを,RCIC室,HPCI室,中央制御室等に用意する必要がある。
 非常用復水器(IC)の稼働には,交流駆動弁用の可搬式480V交流発電機,又は,直流電源で開閉するための改造が必要である(甲A16-11)。なお,ICの稼働に失敗しても,HPCIの起動により初期の冷却は可能である(丙B120の1-14頁,丙B120の2-80,81頁)。

   b 交流電源,残留熱除去系の復旧
 RCIC等を作動させた後,その冷却機能が喪失する半日以内に,SHC,RHRを稼働させることが最短,最良のケースである。
 RHR等の稼働には,炉水を熱交換機で冷却した後,炉内に水を戻す「RHRループ」及び,その熱交換機に海水を循環させる「RHRSループ」並びに,ポンプを作動させるための「高圧交流電源」が機能しなくてはならない。
 したがって,事故回避のためには,海水ポンプの損傷に備え,予備のRHRSループモーターを準備しておくことが必要である。RHRSループモーターの代わりに水中ポンプを用意しておくことでも対応が可能であり,この場合には移動式発電機による稼働が可能である(甲A16-6,7:1号機は,補器冷却系海水ポンプの予備)。また,交流電源喪失に備え,高圧電源車の用意が必要である。

  (イ)ベントせず1~2日程度で復旧するシナリオ(②)
 半日以内に最終排熱系が復旧できない場合でも,交流電源を復旧(高圧電源車)させてPCVスプレー(格納容器スプレイ)を使用すれば,1~2日間冷却状態を維持することができる(甲A16-8)。
 また,SR弁(逃し安全弁)を開いて炉心を減圧後,炉心スプレーにより直接炉心注水を行うことによっても1~2日間冷却状態を維持することができる(甲A16-7,8,9,10)。SR弁(逃し安全弁)の操作には,直流電源(120Vバッテリー)及び可搬式コンプレッサーが必要である(甲A2-137,179)。また,炉心スプレーの使用には交流電源が必要である(甲A16-9)。
 この間にSHC,RHRを復旧することができれば,ベントせずに冷温停止に至る。

  (ウ)ベントする復旧シナリオ

   a 格納容器ベントとは

 格納容器内が高温高圧状態になった場合,格納容器破損の危険が生ずる。これを防ぐためのアクシデントマネジメント策として,格納容器ベント[23](耐圧強化ベント)がある。格納容器ベントにより,格納容器圧力を低下させ格納容器の破損を防ぐことができる。また,格納容器ベントにより圧力が低下すれば,原子炉が隔離された状態でも注水し冷却する事が可能になる(甲A16-9)。
 格納容器ベントには,直流電源及び可搬式エアコンプレッサーが必要である(甲A2-442)。

[23] 原子炉格納容器ベントには,S/C側の配管から排気筒へつながるラインを通じて原子炉格納容器内のガスを排出するS/Cベントと,D/W側の配管から排気筒へつながるラインを通じて原子炉格納容器内のガスを排出するD/Wベントの二つがある(甲A2-140)。最終報告書が指摘する経過をたどれば,燃料は破損しないためベントによる放射能拡散は余りないと期待できる(甲A16-9)。

   b 交流電源が復帰する場合の復旧シナリオ(③)
 初期の冷却に成功しても事故後約半日の時点で,崩壊熱により格納容器力が高まるため,格納容器ベントにより圧力を下げて,炉心スプレー,復水補給水系の注水により冷却を維持する。この場合,水源があるかぎり長期間に渡り冷却を維持することが可能であり,SHC,RHRの復旧に1週間以上の余裕が見込まれる。炉心スプレーの使用には交流電源が必要である(甲A16-9)。

   c 交流電源が早急に復旧しない場合の復旧シナリオ(④)
 「b」の場合に,交流電源が復旧せず炉心スプレーが使用できない場合にも,格納容器ベントを行い,格納容器を減圧した後,電源を要しないディーゼル駆動消火ポンプ(D/DFP),又は,消防車により代替注水し,(水源があるかぎり)長期間に渡り冷却状態を維持する事が可能である。この場合もSHC,RHRの復旧に1週間ほどの余裕が見込まれる(甲A16-10)。

  (エ)まとめ
 交流電源(AC電源)及び直流電源(DC電源)の喪失の後,冷却機能を回復させるには,まず原子炉停止後2時間以内に,直流電源を復旧し,1号機の非常用復水器(IC),2~5号機の原子炉隔離時冷却系(RCIC)又は高圧注水系(HPCI)を手動で起動させることが必要である。この作業をおこなうために必要な対策は十分な容量と個数の125Vバッテリーと250Vバッテリー(DC)を用意しておくことである。また,RCICとHPCIの水密化も必須ではないが必要である。
 RCIC(又はIC)若しくはHPCIのどちらかが稼働できた場合,少なくとも10時間~18時間程度は冷却が可能である。その後,水中ポンプまたはRHRSループの予備モーター等を用意しておけば,最終排熱系(SHC,RHR)が復旧できる。海水ポンプが高圧交流電源(AC)を要することから,高圧電源車を用意しておく必要がある。
 最終排熱系の復旧に時間がかかる場合には,PCVスプレーで格納容器内の圧力を凝縮して圧力抑制プールから水を循環させて冷却する方法がある。この場合,交流電源(AC)の復旧と,循環させる水源が必要である。PCVスプレーによる凝縮での冷却期間は1日程度であり,1~2日の間に最終排熱系の回復を要する。
 早期の最終排熱系の回復が困難な場合には,格納容器ベントにより減圧する。ベントができれば,水源がある限り冷却を継続することができる。この場合,炉心スプレー(要交流電源)の水源,又は消防車,ディーゼル駆動消火ポンプ(D/DFP)が必要である。
 以上より,下記の地震・津波対策を用意しておけば福島原発事故は回避できた。
また,この対策には安全審査は不要で,殆どは運転中の対策工事も可能であり,1~2年で完了できる。
  1. 十分な容量と個数の125V バッテリーと250V バッテリー
  2. 高圧電源車
  3. 水中ポンプ(RHRS 代替用)
  4. 全交流電源喪失(SBO),直流電源喪失,海水ポンプモーター喪失を想定した訓練

 また,以上の対策案をより確実に実施して冷温停止に到達するには,以下の準備も必要である。
  1. RCICとHPCIの水密化
  2. 1号機については,ICのPCV内交流駆動弁用の可搬式交流発電機
  3. ベント用AO弁駆動用圧縮空気が無くなった時のための小型コンプレッサー
  4. 消防車
[甲A16-12に加筆[24]]【図省略】

[24] 原告準備書面(26)の図中ではCCSと記載していたものをSHCと修正

[甲A16-7に加筆]【図省略】


  エ 政府事故調査報告書の提示する回避対策
 政府事故調査報告書中間報告(甲A2-447以下)は,失敗学会の分析と同じく,①電源喪失(直流電源,非常用DG本体の機能喪失),及び②海水による冷却機能の喪失(崩壊熱除去系の喪失)を本件事故の原因と分析し,本件の津波に対して冷温停止を実現するためには,「非常用電源(電源盤等の関連設備を含め)と非常用海水系ポンプが1系統でも生き残っていれば,あるいは非常用電源が1系統でも生き残り,AM[25]により水中ポンプが迅速に設置されていれば,冷却機能を保持することができる。」「いずれにしても,直流電源,非常用交流電源,電源盤,非常用海水系ポンプを津波から守ればよいわけだが,海側に設置される非常用海水系ポンプを守るためには,既設の原子力発電所においては建設場所の余裕があるか等の課題はあるが[26],波力に対する耐力と水密性を備えた建屋を設ける等により実現可能と考えられる。」と整理する。
 具体的には,①SBO対策として,直流電源,非常用電源及び電源盤の水密化,高所化,又は電源車から電力供給,②崩壊熱除去系対策として水中ポンプの水密化,または,水中ポンプが損傷した場合の補修措置や仮設水中ポンプの設備,手動によるベントや消防車を用いた注水,によって結果回避可能であった。

[25] アクシデントマネジメント

[26] 平成21年12月までに福島第一原発5号機,及び,同6号機の非常用海水系ポンプの一部につき,必要な海水侵入防止工事(水密化)を実施した例があり(甲A2-401頁),各号機でも施設可能である。


  オ 小括
 防潮堤設置以外の回避手段として,①SBOおよび②崩壊熱除去系損傷を回避する種々の方法があるが,政府事故調が提示するのは,水密化,高所化等を伴う方法であり,他方,失敗学会が提示するのは代替設備で対応する方法である。

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  (3)事故後に被告らが行った津波対策

 以下,本件事故後の被告らによる津波対策を整理する。これらは,事故前の知見でも対策可能であり,かつ,極めて短期間で設備されていることから,これらの手段により,被告らは回避可能であった。

  ア 事故後の国の規制
 本件原発事故後,平成24年9月19日,原子力規制員会設置法に基づき原子力規制委員会が環境省の外局として設置された。また,従前,発電用原子炉施設は原子炉等規制法と電気事業法の双方により規制を受けていたが,電気事業法により行われていた規制を原子炉等規制法に取り込み,同法による規制に一元化された。原子力規制委員会は,平成25年6月19日,実用発電用原子炉及びその附属施設の技術基準に関する規則(以下,「原子力規制委員会規則第6号」という。)を策定し,原子炉施設の規制について,新たな基準を設けることになった。下記原子力規制委員会規則第5号もまた,この流れにおいて原子力規制委員会によって策定されたものである。
 原子力規制委員会規則6号6条及び6条に関する規則の解釈が引用する「実用発電用原子炉及びその附属施設の位置,構造及び設備の基準に関する規則」(以下,「原子力規制委員会規則第5号」という。)5条並びに同条に関する規則の解釈においては,津波による事故を防止するため,「津波による遡上波を地上部から到達又は流入させないこと」及び「取水路及び排水路等の経路から流入させないこと」を定め,以下の方針により溢水対策を行うと規定している。
「①Sクラスに属する設備(浸水防止設備及び津波監視設備を除く。以下下記第三号までにおいて同じ。)を内包する建屋及びSクラスに属する設備(屋外に設置するものに限る。)は,基準津波による遡上波が到達しない十分高い場所に設置すること。なお,基準津波による遡上波が到達する高さにある場合には,防潮堤等の津波防護施設及び浸水防止設備を設置すること。

②上記①の遡上波の到達防止に当たっては,敷地及び敷地周辺の地形及びその標高,河川等の存在並びに地震による広域的な隆起・沈降を考慮して,遡上波の回込みを含め敷地への遡上の可能性を検討すること。また,地震による変状又は繰り返し襲来する津波による洗掘・堆積により地形又は河川流路の変化等が考えられる場合は,敷地への遡上経路に及ぼす影響を検討すること。

③取水路又は放水路等の経路から,津波が流入する可能性について検討した上で,流入の可能性のある経路(扉,開口部及び貫通口等)を特定し,それらに対して浸水対策を施すことにより,津波の流入を防止すること。」
 事故を踏まえて制定された国の規制を参照すれば,本件事故以前において,想定すべき津波より高い防潮堤,盛土構造物及び防潮壁などの設置(①),非常用ディーゼル発電機や配電盤などの高所配置(①),非常用ディーゼル発電機及び配電盤の設置されているタービン建屋の水密化等(③)の津波対策を具体的に行うべきであったといえる。(詳細は準備書面(7)参照)

  イ 事故後に被告東電が行った津波対策
 被告東電は,平成25年3月29日に「福島原子力事故の総括および原子力安全改革プラン」(「タスクフォース」と称される。甲A5)を発表し,当該方針にもとづいて福島第一原発,柏崎刈谷原発,福島第二原発では,可搬式配電盤,バッテリー,高圧電源車の設置などの対策をすでに実現している(原告第7準備書面にて詳述)。
 具体的には,被告東電は,事故調査報告書等の提言を受けて,具体的な津波対策(溢水対策)を,①施設への浸水防止(ドライサイト的対策),②水密性の向上(安全上重要な機器の防護),③防潮堤の設置,④防水壁の設置,⑤排水ポンプの設置,に整理した。
 そして,福島第一原発においては,防波堤の設置,取水路の設置,1号機から4号機について,余震津波対策用仮設防潮の設置,5号機及び6号機について,津波対策用計測用電源(可搬発電機,バッテリー)の配備,高台電源盤の配備を(甲A6:「添付資料」3-2),柏崎刈羽原発では,原発敷地の海側に海抜15メートルの防波堤を設置し,(甲A5:12頁),原子炉建屋の給気口を防潮壁や防潮板で覆い,空気を海抜15メートル以上から取り入れる構造に変更する工事,精密機器のある部屋の扉を水密扉にし,配管貫通部にはシリコンゴム材での止水処理を施し浸水を防止するしくみを整え(甲A5:12頁,甲A6:「添付資料」3-4,45頁),高台に空冷式ガスタービン発電機車を3セット,電源車を23台配備した。また,原子炉と使用済燃料プールへの注水手段として容量約2万トンの淡水貯水池を設置し,高台に消防車42台,代替海水熱交換器車7台を配備し(甲A5:13頁),さらに,非常用電源で駆動する仮設,及び,常設の原子炉建屋内の排水系を設置することが予定されている(常設排水系の敷設までの間は「仮設エンジンポンプ」により排水手段を確保する)。(甲A6:「添付資料」3-4 46頁)
 福島第二原発においては,土のうによる防潮堤の設置,熱交換器建屋機器搬入口の水密扉化,屋外に設置されたマンホール蓋の固定,ハッチ内蓋のシール材による水密化,建屋外壁貫通部の止水処理を行い,電源車及び空冷式ガスタービン発電機車を高台配備,地下軽油タンクを高台に設置した[甲A6:「添付資料」3-3]。

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  (4)被告らの反論

  ア 被告らの主張1

 被告国は,第19準備書面38頁以下において「福島第一発電所事故前の知見を前提にして津波対策を講じる場合には,防潮壁設置以外の回避措置を講じる義務は生じ」ないと主張するが誤りである。

  (ア)原子炉の安全確保に関する基本原則に反する
 被告国の安全規制においては,原子力の安全に関する基本的考え方である多重防護の発想(甲C53参照)や原子炉施設の安全確保に関する伊方原発訴訟最高裁判決での「深刻な災害が万が一にも起こらないようにする」ことが求められることからすれば,被告らの主張が失当であることは明らかである。また,本件事故後の新規制基準でも津波に対する多重の防護措置を求めており,防潮堤のみで足りるとする主張は新規性基準とも矛盾する。
 被告東電も,「防潮堤による津波防止対策は考えるが,原子力災害が発生した後の緩和策という柔軟な考えに至らず,実効性があり迅速に適用できる対策を採用できなかった。」ことを自社の問題点とし,その要因の一つとして「安全,設備設計及び津波評価担当部門は,津波を完璧に防ぐ対策を基本とし,影響緩和対策(深層防護の第3層,第4層)の発想が乏しかった。」ことを挙げている(甲A5-19頁)

  (イ)平成14年に防潮堤以外の防護措置が講じられたこと
 平成14年には敷地高さを超える津波に対し防潮堤以外の防護措置が講じられている。すなわち,被告東京電力は平成14年2月の「津波評価技術」の公表の直後,同年3月,「津波評価技術」の想定に基づく津波推計計算を行い,その結果,O.P.+5.7メートルの浸水高を想定すべきこととなり,福島第一原発6号機の非常用海水ポンプ電動機のかさ上げ(海水ポンプ電動機への浸水を防ぐため,電動機下端位置をO.P.+5.8mまで引上げ),建屋貫通部の浸水防止対策(水密化)等を実施した。このとき,保安院からは,評価内容を踏まえた特段の指導等は行われなかった(甲A1:83,84頁,甲A2:381頁)。これらの対策は,原子炉施設の敷地への津波の浸水を前提として,防潮堤の設置以外の手段による対策がなされたことを意味する。
 敷地高さを超える津波に対する防護措置について「防潮堤の設置によるドライサイトの維持に限定されその余の対策が義務づけられることはない」とする被告らの主張は,被告東京電力自身が,平成14年に実際に行い,かつ被告国自身が,その確認まで行った防護措置の内容とも矛盾する。

  (ウ)小括
 以上のとおり,敷地高さを超える津波に対しては防潮堤の設置とともに建屋の水密化や非常用電源設備等の高所配置等の防護措置も並行して講じられるべきことは当然といわなければならない。

  イ 被告らの主張2 ―防潮堤の設置による回避可能性―

  (ア)被告らの主張
 被告国らは,岡本孝司氏の意見書(丙B74 以下「岡本意見書」という。)及び被告東電作成の「2008年試算計算結果に基づく確認の結果について」(乙B26)を引用し,仮に,「長期評価」を利用した津波高の推定を前提としても防潮堤の建設による結果回避は不可能であった旨述べるため,以下反論する。
 先ず,そもそも,丙B74を作成した岡本孝司氏は,平成17年から平成24年まで「原子力安全委員会原子炉安全専門審査会審査委員,専門委員」を務めた人物であり,言わば,福島第一原発事故に関しては規制側の当事者である。また,丙78号証は,丙B74号証を一部修正したものであるが,岡本氏は修正の理由として「平成28年8月24日付けの意見書については,私が,法務省訟務局の担当者からヒアリングを受け,同担当者が内容をまとめたものを確認の上で署名したものです」と述べており,同意見書を自ら起案したものではないことを自認している。
 以上より,そもそも,同人の意見書(丙B74及び丙B78)の信用性については疑義がある。

  (イ)岡本孝司氏意見書(丙B74)
 岡本意見書は,「津波の試算があった場合,これを元に安全対策を採るべきかどうか,また取るとしてどのような安全対策を採るかについては,その試算の精度・確度によって結論が異な」るとし,「『設計想定の津波』として取り扱われた津波に対しては,十分な信頼性をもって安全性を確保することが求められ。」「直ちにこれに対する対策が取られるべきだった」と述べる(丙B74-8頁)。この点,原告は,平成20年3月ころの東電の社内推計計算は,合理的な方法論に基づいた精度の高い試算であり,これが可能となった平成14年(遅くとも平成20年3月ころ)には,直ちに対策を採るべきであったと主張するものである。
 他方,岡本意見書は,「主要建屋の正面に当たる敷地の東側は10メートル盤の敷地高さを超えるものではないと聞きましたし,東京電力が10メートル盤の敷地高さを津波が超えてくる津波が来る南北にのみ防潮堤を建てることを前提にそのような安全対策が合理性を有するかということを聞きたいとのことですので,それを前提にお答えします」(同13,14頁)との述べ,①南北のみに防潮堤を建てることが「合理性を否定できない」旨,及び,②南北の防潮堤に加えて東側に防潮堤を建てることは,『緊急性の低いリスクに対する対策に注力した結果,緊急性の高いリスクに対する対策が後手に回ると言った危険性をはらむので,工学的な見地からは合理性を有しない旨主張する(同14頁)。
 しかし,前述した通り,平成20年の津波推計をおこなった東電設計株式会社が,その推計を元に立案した対策は「O.P.+10メートルの高さの敷地上に,さらに約10メートルの防潮堤を設置」することであり,合理性を有すると考えられるところ,岡本氏は,丙B72の2等の原資料に当たらないまま一般論を述べたに過ぎない。すなわち,岡本意見書作成時には,「新潟県中越沖地震を踏まえた福島第一・第二原子力発電所の津波評価委託第2回打合せ資料 資料2 福島第一発電所 日本海溝寄りの想定津波の検討Rev.1」(丙B72の2 原告の提出日:平成28年3月22日)が顕出していたにも関わらず,意見書中,同資料(丙B72の2)を検討した旨の記載はなく,「福島第一原子力発電所の敷地南側で高さ15メートル強の津波の試算を行っていたことは,事故後に刊行された文献などで知っています」(同8頁),「主要建屋の正面に当たる敷地の東側は10メートル盤の敷地高さを超えるものではないと聞きました」(同13頁)と述べるだけであり,同資料に対する仔細な検討評価を行った形跡がないからである。丙B72の2を見れば明らかな通り,敷地東側はO.P.+10mを超えてはいないものの裕度のない津波高を示しているのであり,詳細な検討なしに防潮堤の適否を判断できるものではない。また,岡本意見書は貞観津波の波源モデルに基づく津波高試算についても言及がなく,本件における重要な資料の一つである「福島第一・福島第二原子力発電所の津波評価について」(甲B11)で顕出した津波高についても検討していないことは明らかである。以上より,岡本意見書は,原資料に当たることもないまま,被告国側の誘導的な質問に答える形で被告国の主張を追認するだけの信用性のないものであることが分かる。
 また,後段②『緊急性の低いリスクに対する対策に注力した結果,緊急性の高いリスクに対する対策が後手に回ると言った危険性をはらむ』との意見についても,東側に防潮堤を作ることが「緊急性が低い」と述べる具体的な理由,またそれによって後手に回る「緊急性の高いリスクに対する対策」が何かについては具体的な指摘がない。むしろ,被告東電は,「福島原子力事故の総括および原子力安全改革プラン」において,「『安全最優先』をビジョンと掲げていても,現実に頻発した人身災害や火災といった安全問題にリソースを割いており,一定の過酷事故対策を実施した後には安全は確立されたものと思い込み,稼働率等を重要な経営課題と認識した。このため,業務の優先順位を決めるリスクマップでは,原子炉停止期間の長期化の回避(稼働率の向上)が評価軸の一つとして作成され,過酷事故対策のように,その対策による効果が評価しにくいものは,先送りされることとなった。例えば,ひびの発見が長期停止を余儀なくされる可能性があったシュラウドについては,安全性の向上にはあまり寄与しないものの数百億円をかけて交換を実施した一方,プラントの稼働率に直接貢献しないバッテリー室の水密化対策等は実施されなかった。」(甲A5-50頁)とのべ,「緊急性の高いリスク」ではなく「原子炉停止期間の長期化」を回避するために安全性の向上に寄与しない対策に莫大な費用を投じ,安全性の向上に必要な水密化による安全対策を実施しなかった点を反省材料としてあげている。
 したがって,岡本意見書の見解は被告国の主張を追認するために一般論を述べるものであり,何らの具体性もなく,原告主張の回避可能性を否定する根拠とはなりえない。

  (ウ)被告東京電力ホールディング株式会社作成「2008年試算計算結果に基づく確認の結果について」(乙B26)
 被告東京電力ホールディング株式会社作成「2008年試算計算結果に基づく確認の結果について」(乙B26)は,平成20年推計を前提として防潮堤を設置した場合でも,今回の津波の結果回避は不可能であったという主張の根拠として提出されている。
 しかし,乙B26の内容(防潮堤の条件)は,原告主張の「O.P.+10メートルの高さの敷地上に,さらに約10メートルの防潮堤を設置」するもの(前記,東電設計株式会社の解析結果)ではなく,①原発敷地南部にO.P.+22及びO.P.+17.5m,②1号機北側にO.P.+12.5m,③原発北側敷地にO.P.+14mの天端高さの防潮堤を設置することを条件としているため,原告主張の防潮堤の仕様に対する反論の根拠にはならない。
 また,当該資料は,本訴訟の終盤において,被告自身により作成されたものであり信用性に疑義がある。
 さらに,平成20年4月18日東電設計株式会社作成の平成20年推計を前提とした防潮堤の解析結果[27]として,「O.P.+10メートルの高さの敷地上に,さらに約10メートルの防潮堤を設置」する内容のものが存在するが,乙B26は,①原発敷地南部にO.P.+22及びO.P.+17.5m,②1号機北側にO.P.+12.5m,③原発北側敷地にO.P.+14mの天端高さの防潮堤を設置することを条件とするものであり,何故そのような異同が生じるのか明らかでない。むしろ,乙B26の作成に先立つ,平成26年4月28日付の東京電力作成の資料(丙B54)は,「10mの防波堤を越えるためには,もともと10mの高さの津波でなければならない,と仮定することが誤り」(丙B54-30頁)と分析しているにもかかわらず,敷地前面(東側)に防潮堤を設置しない被告東電の検証結果(乙B26)は,訴訟目的の恣意的な解析結果であると推認される。したがって,既に事故が生じた後に当事者自身により作成された資料(乙B26)に証拠としての価値はない。
 以上より,乙B26の解析結果によっても原告主張の防潮堤による回避可能性を否定することはできない。

[27] 東京第1検察審査会及び東京第五検察審査会は,東電設計株式会社による平成20年推計を前提とした防潮堤の作成に関する解析を元に事実認定を行っている。

  (エ)防潮堤の強度について
 被告には,第19準備書面において,防潮堤の強度について述べるため以下反論する。
 後述する通り,平成12(2000)年には,動水圧をも含む波圧評価式が提唱されており,原告主張のO.P.+10m盤の上にさらにO.P.+10mの防潮堤を設置する場合,当然にこの評価式を用いて設計することになるため,本件津波波圧に耐えうる十分な強度を有する。
 また,実際に生じた津波の波圧によっても,福島第一原子力発電所の主要建屋の外壁,柱等の構造躯体に有意な損傷が生じていない(丙B53-5頁)ことから,仮に防潮堤を施設したとしても津波波圧に耐える事ができたといいうる。

  ウ 被告らの主張3 ―防潮堤設置以外による回避措置について
 被告国は第19準備書面において,防潮堤以外の結果回避の方法について縷縷述べるため,以下反論する。

  (ア)結果回避措置に関する事故前の知見
 被告国は,岡本意見書を引用して「主要施設の水密化や非常用電源・配電盤・高圧注水系統へ接続するための各種ケーブル等の高所移設はできたと思います。しかしながら,これらの発想というのは,すべて本件事故が起きた後,その原因を調査し,これによって得られた知識を新たに取り入れ」た,事故前に「そのような発想自体なかった」(後知恵である),として,これらの作為義務を導き得ないと論じている。
 しかしながら,事故前より,「主要施設の水密化」及び「非常用電源・配電盤・高圧注水系統へ接続するための各種ケーブル等の高所移設」等,防潮堤以外の回避措置に関する知見は集積していたのであり,岡本意見書を根拠とする被告国の主張は誤りである。

   a 被告東京電力による,水密化,高所化による津波対策

   (a)平成14年の想定津波の修正に伴う措置

 平成14年3月,被告東京電力は「津波評価技術」の想定に基づく津波推計計算を行い,その結果,O.P.+5.7メートルの浸水高を想定すべきこととなり,6号機の非常用ディーゼル発電機(DG),及び,冷却系海水ポンプの電動機のかさ上げ(海水ポンプ電動機への浸水を防ぐため,電動機下端位置をO.P.+5.8mまで引上げ),及び,建屋貫通部の浸水防止対策(建屋の水密化)を実施した(甲A2:381頁,甲A1:83,84頁,甲A5:16頁)。また,このとき,保安院からは,評価内容を踏まえた特段の指導等は行われなかった。
 これらの対策は,原子炉施設の敷地への津波の浸水を前提として,防潮堤の設置という長い工事期間と多額の経費を要する対策をとることなく,非常用ディーゼル発電機(DG)及び電動機のかさ上げ(すなわち,想定される津波高さ以上への高所配置)と,建屋貫通部の浸水防止対策(すなわち,水密化)等の対策がなされたことを示している。

   (b)平成20年の海水ポンプの電動機水密化の検討
 さらに,被告東電は,平成20年中に福島第一原発及び福島第二原発における津波評価に関する社内検討を行ったが,かかる社内検討後,新潟県中越沖地震対策センター機器耐震技術グループが海水ポンプの電動機を水密化する検討を行っていた(甲A2-399,400)。

   (c)平成21年12月の水密化工事
 平成21年8月,東京電力は,福島第一原発,及び,福島第二原発の耐震バックチェックの報告書作成作業を進める中で,平成21年2月頃,海上保安庁水路部が公表した最新の海底地形及び潮位観測の各データを踏まえ,平成14年の津波評価技術に基づく再計算を実施し,想定波高を福島第一原発で5.4mから6.1mまで,福島第二原発で5.0mに修正し,その結果を保安院に報告した。被告東電は,その結果を踏まえ,平成21年11月までに福島第一原発5号機,及び,同6号機の非常用海水系ポンプの一部につき,必要な海水侵入防止工事(水封化)を完了した(甲A1-83,86頁,甲A2-401頁)。

   (d)平成22年8月の被告東電の社内検討
 平成22年8月,被告東電の新潟県中越沖地震対策センターで福島地点津波対策ワーキングが立ち上げられ,平成24年10月を目途に結論が出される予定の土木学会における検討結果如何では福島第一原発,及び,福島第二原発における津波対策として必要となり得る対策工事の内容につき検討がなされた。同ワーキングでは,機器耐震技術グループが海水ポンプの電動機の水密化を,建築耐震グループがポンプを収容する建物の設置を,土木技術グループが防波堤のかさ上げ及び発電所内における防潮堤の設置をそれぞれ提案し,さらに,これらの対策工事を組み合わせて対処するのがよいのではないかといった議論がなされた(甲A2-440)。

   b 溢水勉強会における保安院の資料
 保安院が平成18年6月29日にまとめたとみられる「内部溢水及び外部溢水の今後の検討方針(案)」(甲B33)には「当面,土木学会評価手法による津波高さの1.5倍程度(例えば。一律の設定ではなく,電力が地域特性を考慮して独自に設定する。)を想定し,必要な対策を検討し,順次措置を講じていくこととする(AM対策との位置づけ)。」「対策は,地域特性を踏まえ,ハード,ソフトのいずれも可。」「最低限,どの設備を死守するのか。」との記載がある。
 すなわち,保安院は,浸水を前提として,ソフトな手段(防潮堤など以外の手段)により,設備を保守するアクシデントマネジメント策を電気事業者に要請していたことが推認できる。

   c JNESによる「溢水対策(水密構造等)」,「水密扉の設置等」の指摘
 また,平成19(2007)年,JNESが行った,ルブレイエ原子力発電所の電源喪失事例についての事故解析には,日本においても,「外部事象(津波)による溢水,及び,内部溢水の両方に対する施設側の溢水対策(水密構造等)の実態を整理しておく必要がある」との記載がある(甲C17)。また,JNESは,平成19年4月「安全情報の分析・評価―前兆事象評価の適用―」と題する報告を行ったが,このなかでルブレイエを前兆事象とした場合の事故の発生確率低減の方法として「水密扉の設置等」による地下電気品室及びポンプ室の浸水防止対策が挙げられている(甲C60-13,26頁)。岡本意見書32頁は,ルブレイエ原発事故後の対策は津波とは無関係と述べるが,実際にはJNESにおいて検討がなされ,事故前から津波による溢水を防ぐ手段として「水密化」の有効性が指摘されていた。

   d 建屋出入り口の防護壁の設置
 平成18年9月13日第54回安全情報検討会資料(甲B64)では,「我が国の現状と問題点」の欄に,津波に対する設計上の対処に関し「設計水位において原子炉の安全性が損なわれないこと」として「敷地周辺の地震津波の調査による設計津波波高の推定」の必要性が挙げられ,対処法として「②防波堤の設置及び必要に応じて建屋出入り口に防護壁の設置」が挙げられている。

   e 被告東電の水密化による内部溢水対策
 被告東電作成の事故後の報告書によれば「平成3年10月に福島第一1号機タービン建屋地下1階で発生した,補機冷却海水系配管からの海水漏えいを教訓として,社内WG等で検討が開始され対策」を行ったものとして
  • 原子炉建屋階段開口部への堰の設置
  • 原子炉最地下階の残留熱除去系機器室等の入口扉の水密化
  • 原子炉建屋1階電線管貫通部トレンチハッチの水密化
  • 非常用電気品室エリアの堰のかさ上げ
  • 非常用D/G室入口扉の水密化
が上げられている(乙B3-1:38頁)。
 これらは,内部溢水対策として行われたものであるが,水密化対策に関する実施例である。

   f 消火ポンプによる代替注水
 日本原子力研究開発機構安全研究・防災支援部門安全研究センター 規制情報分析室 渡邉憲夫氏の「福島第一原子力発電所事故に対する前兆事象の検討」(甲C54 原告準備書面(17)にて詳述)は,本件事故の前兆事象「事例2」として「火災と制御室機能及び崩壊熱除去機能の喪失を伴う長時間のSBO」事故[28]を取り上げた。同事故では火災により17時間のSBOになり,停止時冷却もできなくなったが,ディーゼル駆動消火ポンプの手動起動による代替注水とASDV[29]の開放などの緊急時対策を用いた自然循環により炉心冷却が行われた。渡邊氏は同事例を「設置者及び規制機関は以下のような一般的な教訓を得ている」「消火とSG[30]への給水が同時に必要となった場合に対応できるよう消火系からの給水の適性と信頼性を検討すべきである。」と評価している(甲C54-13頁)。すなわち,当該事例は,本来消火を目的とする消火ポンプによる代替注水の先例である。
 また,被告東電は,柏崎刈羽原発事故における教訓を福島第一原発に水平展開し,平成20年2月までに化学消防車2台及び水槽付消防車1台の合計3台を福島第一原発に配備するとともに,防火水槽を複数箇所に設置し,平成22年6月には, 福島第一原発の各号機のタービン建屋等に消火系につながる送水口を増設した(甲A2-438)。この消火系ラインは,本来は原子炉施設内で発生する火災の消火を目的としており,消火系配管内の水を昇圧するための電動消火ポンプ(M/DFP)2台及び全交流電源喪失に備えたディーゼル駆動消火ポンプ(D/DFP)1台が1号機から3号機まで及び5号機に設置されていた。消火系ラインの水源はろ過水タンクであるが,消火系配管につながる送水口から消防車による送水を行うことも可能であった。被告東電の社内の一部では,消防車による代替注水の有用性が認識されていたにもかかわらず,D/DFPまで使用できなくなる事態は考えられないとして,消防車による消火系ラインを用いた原子炉への代替注水策をAM策として整備しなかった(甲A2-442,443)。
 したがって,被告東電は,事故前において,ディーゼル駆動消火ポンプ(D/DFP)又は消防車による代替注水の方法を認識していたが,それをマニュアル化することを怠っていたのである。

[28] 甲C54では明示されていないが,1993年3月31日のインド・ナローラ発電所1号機の事故(INESレベル3)を指すと考えられる。

[29] ASDV:atmO.P.eric steam discharge valve(大気蒸気放出弁)

[30] SG:steam generator(蒸気発生器)


   g 可搬式発電機及び非常用タービン発電機の設置
 また,渡邉氏は,前兆事象「事例4」として外部電源喪失とEDG(可搬式発電機)2台中1台の動作不能に起因する事故[31]を報告している。同事故は外部電源が喪失したものの「状況の悪化に備えて可搬式発電機が電源盤に接続された」ことが事故対策として有効であった事例であり(11頁),「当事国における個々のプラントでは,外部電源及び所内電源の全喪失に対処するために,1980年代に,SBO対応用EDG(可搬式発電機)及び非常用タービン発電機の設置という設計変更が行われていることに注目すべきである。これらの設備によって一層厳しい状況になった場合でも対処することができたであろう。」と評価されている。甲C54では明示されていないが,同事故は2006年7月25日のスウェーデンのフォルスマルク1号電源喪失事故(INESレベル2)を指す。この事故は,JNESによっても前兆事象評価の対象となっている(甲C60-3-7頁)。
 「事例2」及び「事例4」は,IRSレポートとして公開文書にまとめられ,日本の規制機関及び電力会社に共有されている(甲C54-3頁)。したがって,消火ポンプによる代替注水,SBO対応用EDG(可搬式発電機)という知見に関しては,本件事故前より当然に被告らに共有されていた。

[31] 甲C54では明示されていないが,2006年7月25日のスウェーデンのフォルスマルク1号電源喪失事故(INESレベル2)を指すと考えられる。

   h インド・マドラス原発事故後の高所移設
 平成16(2004)年12月,スマトラ沖津波が原因で,インド・マドラス原子力発電所の非常用海水ポンプが浸水し運転不能になった。
 「IAEA福島第一原子力発電所事故報告書」技術文書2/5(甲A17-2)151頁は,インド・マドラス原子力発電所で事故後に,以下の通り電源の高所化処置等が採用されたことを指摘している。
「この事象は,INES(国際原子力事故評価尺度)で,最低の0とされた。しかしながら,運転者と規制者の双方にとって,もっと深刻な結果となりうる可能性が認識され,数多くの改善策が実行された。
 グレードレベルよりも2メートル上に追加ディーゼル発電機を装備すること。連続動力供給システムの高所移設。ディーゼル駆動のエアーコンプレッサーの高所移設。脱気水を蒸気発生器に移送するための専用ポンプ(緊急ボイラー供給ポンプ)を設置すること。2台のディーゼル駆動の消火ポンプをグレードレベルよりも2メートル上に設置すること。津波防護壁を建設すること。津波警報システムを装備すること[32]。」
 すなわち,マドラス原発では津波による外部溢水事故後,重要な設備の高所化を行ったのである。
 しかし,被告東電は,同事故が海水ポンプを除いてプラント被害がなく,INESレベル0であることから,検討の対象としなかった。被告東電は,総括文において,『当時「原子力発電所の津波評価技術」による津波高さの評価結果が十分保守性を有していると考えていたため直ちに対策は実施されず,長期的な対応としてポンプ・モーターの水密化の検討に取り組んでいた。しかしながら,本情報については海水ポンプの機能喪失という原因だけへの対策ではなく,最終ヒートシンクの喪失という結果への対策という観点から着目すべき事故であった。』と総括した(甲A5-14)。

[32] (原文)This event was classified as Level 0, the lowest level, on the International Nuclear and Radiological Event Scale (INES). However, the potential for more serious consequences was recognized by both the operator and the regulator, which resulted in the implementation of a number of improvements, including:
-Installation of an additional diesel generator at 2 m above grade level;
-Relocation of the uninterrupted power supply system to a higher elevation;
-Installation of a diesel driven air cO.P.essor at a higher level;
-Installation of a dedicated pump for transfer of de-aerator water to steam generators (emergency boiler feed pumps);
-Installation of two diesel driven fire pumps located 2 m above grade level;
-Construction of a tsunami protection wall;
-Installation of a tsunami warning system



   i 被告東電の総括
 被告東電作成の「福島原子力事故の総括および原子力安全改革プラン」(甲A5)は,「津波に対して有効な対策を検討する以下の様な機会があった。
  1. 2002年に地震本部から『三陸沖から房総沖の海溝沿いのどこでも M8.2級の地震が発生する可能性がある』という見解が出された時
  2. 2004年のスマトラ島沖津波が発生した時
  3. 2006年の溢水勉強会に関連して津波影響を評価した時
  4. 2008年の福島県沖に津波波源を置いて試計算を実施した時
 土木学会の検討だけに頼らず,自ら必要な対策を考えて電池室の止水や予備電源の準備等の対策が実施されていれば,今回の東北地方太平洋沖地震津波に対しても一定の影響緩和が図られ,大量の放射性物質の放出という最悪の事態を防げた可能性がある。」として,事故前に電池室の止水や予備電源の準備等の対策を講じ得たことを自認している。

   j 小括
 以上の通り,事故前より,防潮堤以外の対策についても知見が集積しており,また実際に,被告国及び被告東電により,これらの回避方法が検討,実施された例もある。したがって,これらの措置が事故前には存在せず,回避可能性がなかったとの主張は誤りである。

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  (イ)水密扉等

   a 被告国の主張

 被告国は第19準備書面46頁以下において,今村文彦教授の意見書(丙B83)を根拠として,原告らが,水密扉等の設計・仕様について具体的な主張をしていない,平成20年の推計を前提として設計したとしても実際に発生した津波を回避できなかった,と主張するためこれに反論する。

   b 安全裕度を考慮した設計・仕様であること
 この点,水密扉の設置については,平成20年の推計を前提として設計するべきであるが,浸水深等についてはさらに裕度を加味した設計・仕様とすべきである。
 すなわち,防潮堤の項(前述2(1))の主張と同じく,津波高評価については「精度は倍半分」という工学上の知見があること,及び,平成20年推計は福島県沿岸部においてO.P.+13~16mの津波高を示していたことから,防水扉等の設計については,浸水深について裕度をもって設計すべきである。
 この点は,平成20年4月の東電設計株式会社が解析した防潮堤の仕様が,敷地前面においてもO.P.+20mを天端と解析されていることからも説明できる。
 また,以下述べる通り,平成20年の推計(甲B72-2)を前提とした波圧計算により防水扉の健全性を説明できる。

   c 今村意見書(丙B83)によっても平成20年推計と本件津波の波圧が同等であること
 今村文彦氏の意見書は49頁以下において,波圧評価式を示して水密扉の強度について平成20年の津波推計にもとづいて計算を行った場合,実際に生じた津波にてられなかった可能性があると述べ,被告国も第19準備書面46頁以下にてそれを引用しているものと思われるため以下の通り反論する。

   (a)今村意見書の推計方法
 今村文彦氏の意見書は,「津波波力のうち,特に動水圧については,未だに適切な評価式が確立しているとは言えません。」(49頁)としつつ,東日本大震災を経験した後に,国土交通省が採用した津波波圧の評価のための暫定指針(2011〔平成23〕年11月)を紹介している。

 暫定指針の評価式 qz=pg(ah-z)

(丙B83-50頁)【図省略】

 そして,この暫定指針の基礎とされたのが,本件津波以前の2000(平成12)年に公表された朝倉良介氏外らによる津波波圧の評価式である(同意見書50頁注19参照)。そして,この朝倉らの式の意味について「水深係数を3とすれば水利実験で得られた波圧のデータを全て包絡することができるということを前提としています。更に分かりやすく言うと,浸水深の3倍の静水圧[33]を見込んで波圧を評価しておけば,動水圧にも十分耐性を持つであろう」ことを意味するとし,最大津波波圧が浸水深に正比例して増大するものであることが示されている[34]

[33] 静止している液体の中の任意の面に作用する圧力。

[34] 暫定指針は「qz=pg(ah―z)」の評価式を示す。「qz」は「構造設計用の進行方向の津波波圧(kN/m2)」,「p」は「水の単位体積質量(t/m3)」,「g」は「重力加速度(m/s2)」,「h」は「設計用浸水深(m)」,「z」は「当該部分の地盤面からの高さ(0≦z≦ah)(m)」,「a」は「水深係数(ここでは3とされる)。」を意味する。
最大津波波圧はz=0のとき最大であり,a=3より,qz=3pgh。
よって,最大の津波波圧(qz)は浸水深(h)に正比例する。


   (b)本件津波の波圧が平成20年の波圧を上回るとの推計結果
 今村意見書は,本件津波について精緻な波源モデルによる数値計算(遡上解析)を行い,最新の波圧算定式を用いて,本件津波による津波波圧を概算で算出し,その代表的な結果として,1号機タービン建屋前面で58kN/m2となるとしている。
 他方で,今村意見書は,平成20年の推計による,1~2号機タービン建屋海側前面の浸水深を,「おおむね1メートルくらい」として,前記の朝倉らの式に当てはめて,1号機タービン建屋前面での津波波圧を算出し,約30kN/m2となるとして,本件津波による波圧が,平成20年の推計の津波の波圧を大きく上回るとする。そして,これを前提として,平成20年の推計の津波を前提として大物搬入口等に水密化の防護措置を講じていたとしても,本件津波の波圧に耐えることはできたとはいえないと結論づけている。

   (c)今村意見書は平成20年の推計の示す浸水深を誤った前提としていること
 しかしながら,甲B72-2:15頁の図2-5を仔細に観察すれば,1号機はタービン建屋,原子炉建屋ともに,水色表示の部分があり1メートル以上の浸水深を示しているが,2号機については,タービン建屋と原子炉建屋の一部に緑がかった表示がされており,1.5~2メートル程度の浸水深が示されている。3号機については,タービン建屋,原子炉建屋ともに,全体に緑色表示が広がっており,全体的には4号機の浸水深の推計と大差がない状態であり,少なくとも2メートル程度の浸水深となっている。
 さらに,被告国は4号機の浸水深について,原子炉建屋中央付近は「2.604メートル」の浸水深,タービン建屋中央付近は「2.026メートル」が明示されている。したがって,今村意見書の「おおむね1メートルくらい」という評価は,1~2号機周囲の浸水深のみを恣意的に取り上げ,浸水深の大きい3~4号機を評価していないことになる。
 それを措くとしても,平成20年の推計による津波の波圧推計に利用すべきものとする朝倉らの式は,動水圧を含む津波波圧の評価は,浸水深に正比例するものとされている。これを前提とすれば,今村意見書が1号機~2号機のみを取り上げ「おおむね1メートルくらい」とした浸水深を,平成20年の推計の津波が示す各号機の浸水深に置き換えることによって,平成20年の推計によって想定される最大の津波波圧を推計することは可能であり,その推計結果は以下のとおりである。
今村意見書は,浸水深1メートルのときに
qz=3pg/h/=3pg×/1/=30(kN/m2)と計算

①1号機 浸水深は1メートル以上
 約30kN/m2 ×/1/以上=約30kN/m2 以上
②2号機 浸水深は1.5~2メートル程度
 約30kN/m2 ×/1.5~2/程度=約45~60kN/m2 程度
③3号機 浸水深は2メートル程度
 約30kN/m2 ×/2/程度=約60kN/m2 程度
④4号機 浸水深は2.604メートル(タービン建屋)
 約30kN/m2 ×/2.604/=約78.12kN/m2
   (d)平成20年の推計の波圧は本件津波の波圧と同等以上であること
 以上から,平成20年の推計の津波の示す1~4号機の最大の浸水深から推定される津波波圧は,本件津波によってもたらされるものと今村意見書が推定した津波波圧(約58kN/m2)と同等以上のものである。
 上記の推計値については,号機ごとに推定波圧の値に一定の幅があり,1号機においては,今村意見書の推計値を下回る。しかし,1~4号機の各号機ごとの推計浸水高に応じて,各号機ごとに津波波圧に対する強度を個別に算定して水密扉を設計することをおよそ想定できないところであり,「深刻な災害が万が一にも起こらないようにする」という観点からは,1~4号機のうちで最大の浸水深を示す4号機の浸水深を前提とした津波波圧(約78.12kN/m2)を前提とした設計が全号機で採用されることが当然に想定されるところである。
 これは,今村意見書が推定するところの本件津波による津波波圧(58kN/m2)を大幅に上回るものである。

   (e)小括
 以上から,平成20年の推計の津波が示す津波波圧と,本件津波によって建屋に及んだと推定される津波波圧は,少なくとも同等程度のものであったと推定される。
 よって,平成20年の推計を前提とした水密化等の対策を講じたとしても建屋への浸水を防ぐことはできなかったとの被告の主張は,被告国提出の今村意見書の推計をもってしても,その前提を欠くものである。

   d 動水圧について

   (a)被告国の主張

 被告国は,本件津波と平成20年推計の津波は「動的な力」が異なり平成20年推計の津波に対応する防護措置を講じても本件津波に対する防護機能は期待できず,結果回避可能性はないと主張するようである(被告国第19準備書面の48頁以下)。
 これは,端的に言えば敷地東側からの動水圧[35]に関する主張であるが,以下反論する。

[35] 動水圧とは,流水中の水圧をいい,流れの向きに垂直な面が受ける圧力で,水の単位体積あたりの運動エネルギーに等しい。

   (b)朝倉良介氏らによる津波波圧の評価式には動水圧に対する裕度も含まれる
 原告らが,上述の「c 今村意見書(丙B83)によっても平成20年推計と本件津波の波圧が同等であること」にて述べた通り,平成12(2000)年に公開された津波波圧の暫定指針の評価式[qz=pg(ah―z)](丙B83-50頁)は,「a」に動水圧の安全裕度「3」を代入することにより,「浸水深」から動水圧を含めた「津波波圧」を評価することが可能である[36]
 とすれば,被告国は,平成20年の推計に基づく津波波圧は本件津波による東側からの波圧と異なるため防水扉を施設していたとしても波力に耐えうるか不明と述べるが,実際には,平成20年の推計に基づく朝倉式を用いた津波波圧は動水圧を含んだ評価となるので,その反論は失当である[37]

[36] すなわち「浸水深の3倍の静水圧を見込んで波圧を評価しておけば,動水圧にも十分耐性を持つ」という考え方(岡本意見書50頁)

[37] 評価式に基づけば平成20年推計による津波波圧が本件津波の津波波圧評価を下回るものではないことは「c」にて詳述した。


   (c)津波の影響の差異について
 今村意見書は,50ページにて,水深係数「a」が3であるとの暫定指針に対し,本件事故後,水深係数3では足りないという研究結果があることを指摘する。
 しかしながら,上記は研究結果にとどまるものであり,平成20年推計を前提に朝倉式を用いた津波波圧(含む動水圧)が本件津波の津波波圧の推定値(含む動水圧)を下回らない以上,むしろ被告は暫定指針基準の水深係数3を上回る特殊な津波の挙動を具体的に摘示しないと回避可能性を否定できないというべきである。
 ここで,被告国は,本件津波が敷地東側(海側)からのものであるが,他方平成20年推計を前提とすれば敷地の浸水が敷地南側の回り込みによるものであるという異同を示すにとどまり,その差異が,安全裕度「3」を越えて構造物に影響を及ぼすか否かについての具体的な主張を行っていない。言い換えれば,動水圧に対する安全裕度「3」は,通常考えうる津波の様々な挙動を踏まえた上で設定されているものであるから,被告国が主張する津波の挙動の差異[38]は暫定指針の評価式に折込み済である。また、建物開口部でなく、建物内部を水密化するための防水扉に関しては、建屋内の区画された部屋に津波が至る時にはほぼ静的な状態となるため、そもそも動水圧を考慮する必要はなく静水圧のみを考慮すれば足りるのであって、津波の流況は問題とならない。

[38] なお,実際に発生した津波の敷地への遡上後の挙動について,被告国は東南方向であったことを主張するが,この点について流況を示す具体的な立証はなく推測にとどまるものである。

   (d)東側からの津波により大物搬入口が破損したとの被告らの主張について
 被告国は,本件津波について原子炉建屋の大物搬入口からの浸水がなかったのに対して,タービン建屋の大物搬入口からの浸水があったのは,敷地前面の東側から遡上した津波の波力などの作用によるものであるかのように主張する(被告国第19準備書面49頁~50頁)。そして被告国は,被告東京電力が本件津波の挙動と建屋への浸水状況を調査した報告書(丙B53)5頁・図5の赤三角の矢印が原子炉建屋の大物搬入口の位置に置かれていないことをもって,大物搬入口からの浸水がなかったとしているようである。
 しかし,同図5の赤三角の矢印は,「主要建屋内への浸水経路となったと考えられる地上の開口部」を示すに過ぎず,実際の浸水経路の確認ができているものではない。したがって,正確には,原子炉建屋の大物搬入口からの浸水の有無も「不明」というのが正しい評価である。
 以上から,原子炉建屋の大物搬入口からの浸水がなかったとの被告国の主張は,根拠を欠く推測に留まることは明らかである。

   (e)漂流物の衝撃力について
 被告国は,漂流物の衝撃力について予測の困難性を指摘(今村意見書57頁)するが,被告東電の影響分析(丙B53-5頁)によれば,「開口に取り付けられた扉やシャッターの一部が津波により損傷」とされているのみであり,漂流物による開口部への影響がなかったことを示している。
 したがって,現実に,漂流物による開口部に対する影響がなかった以上,結果回避可能性を否定する根拠とはなりえない。

   (f)小括
 被告は,今村意見書を引用して,水密扉による結果回避の不可能性を主張するが,平成20年推計を前提として当時の知見に基づき水密扉を設計した場合,動水圧を考慮しても実際に生じた津波波圧に耐える強度を有していたのであり結果回避可能性を肯定できる。

  (ウ)非常用ディーゼル発電機等の高所化について
 被告国は,第19準備書面50頁以下において非常用ディーゼル発電機等を高所化するには,耐震設計審査指針でSクラスの耐震安全性を備えることが規制上要求されるため,地震動対策の観点からも容易にできるものではなかったなどと述べるためこれに反論する。
 まず,平成14年,被告東電は,非常用ディーゼル発電機を高所化したが,このとき,「保安院からは,評価内容を踏まえた特段の指導等は行われなかった。
」(甲A2-381)。したがって,規制上の要求を根拠として高所化を否定する被告の主張は認められない。
 また,被告東電は,事故後の津波対策の方針として
「①津波に対して遡上を未然に防止する対策を講じる。
②さらに,津波の遡上があったとしても,建屋内に侵入することを防止する。
③万一,建屋内に津波が侵入したとしても,機器の故障と違って,津波の影響範囲は甚大で多くの機器に影響を与える可能性があることから,その影響範囲を限定するために,建屋内の水密化や機器の設置位置の見直し等を実施する。
④上記①~③の徹底した対抗策の実施により津波によるプラントへの影響は,最小限にとどめることができると考えられるが,それさえも期待せず,津波により発電所のほとんど全ての設備機能を失った場合を前提としても,原子炉への注水や冷却のための備えを発電所の本設設備とは別置きで配備することで事故の収束を図る。」(乙B3-1:325,326頁)
を提示し,福島第一原発(甲A6:「添付資料」3-2),柏崎刈羽原発(甲A5:13頁),福島第二原発(甲A6-3-3頁)において,事故後短期間で非常用電源設備等の高台移転(高所化)を完了している。
 したがって,事故前にも非常用ディーゼル発電機等を高所化することは容易であったと評価できる。

[乙B3-1:326頁]【図省略】

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  (5)津波対策の実施に要する時間

  ア 津波対策の実施に要する時間

 被告東電は,本件事故後わずか2年程度で防潮堤を設備しており,期間の点を考慮しても防潮堤の設置は実施可能である。
 失敗学会の提示した対策は安全審査を不要とするものであり,1~2年間で実施可能である。
 政府事故調中間報告が示した水密化,高所化を主体とした対策も,下記述べる通り,許認可を不要,ないしは,実質的に不要とするものであり,短期間に実施可能であった。

  イ 被告国の主張に対する反論
 この点,被告国は準備書面(26)において,回避措置には,①省令62号の改正,②技術基準規則の改訂,③許認可に要する期間,④安全協定に基づく地元了解,のために「5年間」は必要であるとのべる。
 しかし,原告らは津波対策に関して,後述のとおり既存の規則によって対応可能であると主張するものであり省令及び規則の改正は不要である。
 また,③に関しては,許認可と関わりなく平成14年に「水密化」,「非常用ディーゼル発電機のかさ上げ」(高所化)等が実施されてきた実例からこれらを期間として評価するのは不合理である。被告国提出の原子力安全・保安院の元統括安全審査官青木一哉氏の意見書(丙B86-3頁)においても,「原子炉設置変更許可申請が必要な変更工事等」(丙A50)を参照しつつ「防潮堤の設置や建屋等の水密化は,形式的には本文記載事項ではありませんので,その意味から設置変更許可申請が必要になることはありません」と述べており,設置変更許可が文理上求められていないことを明言している。
 なお,仮に許認可に関する期間を算入すべきとしても,被告国が「原子炉設置変更許可申請が必要な変更工事等」(丙A50)を引用し本件に必要な許可処分までに2年間を要するとの主張は誤りである。本件各設備は「安全上重要な機器の設計変更に係るもの」として標準処理時間は「長くとも」1年間と捉えるべきであるし,また,「標準処理時間」とは規制機関に対する「制約」でありこれよりも早く審査すべきことを定めたものであるから,仮に許可を要するとしても安全上必要な機器に関する許可処分は早期になされるべきである。さらに,被告国は,工事計画認可について申請から処分まで標準処理時間は「3か月」(丙A52),使用前検査について申請から処分まで標準処理時間は「3か月」(丙A52)とするが,前者については,安全機器に関して早期に実施されるべきは同様であるし,後者については,すでに設備施設後,使用前の検査であるから,これを結果回避のために要する期間として算入することは誤っている。
 ④「地元の了解」はそもそも技術基準適合命令等行政権限の不行使の理由とはなりえず,これを,必要な期間として評価の対象とすべきではない。
 防潮堤の設置には他の手段と異なり実施に時間がかかることも予想されるが,前述の通り被告東電が事故後わずか2年間程度で,防潮堤を設置していることから,長期間を評価すべきではない。なお,平成27年東京第五検察審査会は,「O.P.+10メートルの高さの敷地上に,さらに約10メートルの防潮堤」の設置による結果回避可能性を認定している(甲B71)。
 以上の通り,期間の点でも,結果回避可能性を肯定できる。

  ウ 東海第二原子力発電所は側壁のかさ上げにより事故を免れたこと ―今村意見書の誤謬―
 今村文彦氏は,その意見書(丙B53)44頁以下において,平成16年12月にインドスマトラ沖で平成19年10月「茨城県津波浸水想定区域図」を作成し,その結果に基づき東海第二原子力発電所の側壁貫通部工事は完了していなかったため貫通部からポンプ室に海水が浸水して非常用DG 1台が停止したことを,対策のために期間が要する具体例として挙げる。
 しかし,東海第二原子力発電所は,側壁貫通部工事こそ間に合わなかったものの,「茨城県津波浸水想定区域図」による想定津波高の見直しに伴い,側壁高をT.P.+4.91mからT.P.+6.11mに増設していたことにより,残り2台の発電機で原子炉の冷却に必要な電源を確保することができた(甲A2-407頁)。すなわち,東海第二原子力発電所は,平成19年の資料を元に,平成23年3月までに側壁を嵩上げし事故を免れたのであるから,今村教授の主張は必要な事実を示さない点で誤導である。

  (6)小括

 原告らが主張する回避手段は,いずれも事故前に知見の集積があり,平成14年段階で実施可能なものである。
 したがって,被告東電は,適時かつ適切な津波対策を行うことにより,本件事故を回避可能であったのであり,これを怠った被告東電結果回避義務違反が認められる。

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