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★ 準備書面(50) −SA対策懈怠の過失補論− 
2017〔平成29〕年2月1日

  原告提出の準備書面(50)(PDF)

 目 次

第1 本書面の趣旨

第2 安全目標と性能目標
 1 平成15年8月4日「安全目標に関する調査審議状況の中間取りまとめ」
 2 平成18年3月28日「発電用軽水型原子炉施設の性能目標について」
 3 平成25年原子力規制委員会における議論
 4 国際的慣行について
 5 予見可能性の対象となる事実について
 6 小括

第3 前兆事象評価に基づく具体的予見可能性
 1 確率論的評価手法により具体的な予見可能性を肯定した事実
 2 前兆事象評価
 3 原子力安全基盤機構(JNES)による前兆事象評価
 4 JENESによる前兆事象評価により本件事故は予見できた
 5 結語



第1 本書面の趣旨

 被告国は、原告がSA対策懈怠の過失の予見対象として「起因事象」である「SBO」「最終ヒートシンク喪失」と特定したことに対し、「シビアアクシデントにいたった具体的な原因事象」、「具体的な法益侵害の危険性」ではないから「予見の対象」ではない。したがって、最高裁判決によって確立された違法性判断枠組みと異なる、と述べる。言い換えれば、被告は、事実的因果関係の上で先後関係に立つ「地震・津波」と「起因事象」について、前者の「地震・津波」のみが予見の対象となるという主張であると考えられる。
 この点、津波に関する確率論的評価手法として、「津波PSA」があるが、本件事故が発生した時点で、国及び事業者のいずれもこれに類する資料を作成していない。
 他方、被告国の原子力安全委員会が平成18(2006)年に取りまとめた性能目標案においては発電炉の性能目標の定量的な指標値として、CDF(炉心損傷確率):10−4/年程度及びCFF(条件付炉心損傷確率):10−5/年程度を定義し、両方が同時に満足されることを発電炉に関する性能目標の適用の条件とした。後述するが、これらは、内的事象及び外的事象を対象とし、総体としての炉心損傷確率を一定確率以下にすることを性能目標としている。したがって、本来は、被告国及び事業者は津波PSAを行うべきであった(調査義務があった)のに行わなかったのである(第2にて詳述)。
 また、規制権限不行使の違法性についての一連の最高裁判例は、本件のような事案において具体的な予見可能性を対象となる事象を何とするべきかを述べたものではない。すなわち、津波・地震を直接の予見の対象としなくても、本件結果発生の原因となる「起因事象」自体を具体的に予見可能であれば過失を肯定できる[1]。ここで、原子力安全基盤機構(JNES)が、「津波PSA」ではないが、確率論的評価手法である「前兆事象評価」により本件を具体的に予見していた事実を再言する。これは確率論的手法に基づき本件事故を具体的に予見した例である。(第3にて詳述)

[1] 本件において、津波溢水によるSBOに至る前の「地震に基づく外部電源喪失」という事象を予見対象とする構成もありうるが、被告国の主張によれば、津波を予見対象とすることも「最高裁判例に反する」との結論となり不当である。すなわち、一連の事実経過の中で、どの事実を予見の対象とするかは法的評価の問題である。

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第2 安全目標と性能目標


 1 平成15年8月4日「安全目標に関する調査審議状況の中間取りまとめ」

 原子力安全委員会は、「日本の原子力安全規制活動によって達成し得るリスクの抑制水準として、確率論的なリスクの考え方を用いて示す安全目標を定め、安全規制活動等に関する判断に活用することが、一層効果的な安全確保活動を可能とする」とし、平成12年9月に、原子力分野の専門家のみならず、他技術分野におけるリスク管理・評価の専門家、マスコミ関係者など幅広い分野の専門委員から構成する安全目標専門部会を設置し、原子力の安全目標に関して、幅広い視点から総合的な調査審議を行った。
 平成15年8月4日、原子力安全委員会安全目標専門部会は「安全目標に関する調査審議状況の中間取りまとめ」を公表した(甲D共170−1〜3:「安全目標に関する調査審議状況の中間取りまとめ」)。
 「中間取りまとめ」は、安全目標を、「原子力安全規制活動の下で事業者が達成すべき、事故による危険性(リスク)の抑制水準を示す定性的目標と、その具体的水準を示す定量的目標で構成するもの」とし定量的目標が対象とする事故による影響の発生の可能性の原因事象として、機器のランダムな故障や運転・保守要員の人的ミス等、いわゆる内的事象と、地震及び津波・洪水や航空機落下等、いわゆる外的事象の両者を対象とした(甲D共170−6)。
 そして、「中間取りまとめ」では「原子力施設の事故に起因する放射線被ばくによる、施設の敷地境界付近の公衆の個人の平均急性死亡リスクは、年あたり百万分の1程度を超えないように抑制されるべきである。」(定量的目標案)とした。これは、具体的には「原子力施設の設計・建設・運転においては、リスクが年あたり百万分の1を超えないように合理的に実行可能な限りの対策が計画・実施されるべき」という要求事項である(甲D共170−7,18)。また、「中間取りまとめ」は、原子力施設では多重防護の考え方が安全確保の基本的考え方として採用されていることから、重大な炉心損傷が発生する確率や大量の放射性物質が放出される事象が発生する確率等を性能目標として検討し、示すことが合理的であるとした(甲C71−2:「発電用軽水型原子炉施設の性能目標について −安全目標案に対応する性能目標について−」)。


 2 平成18年3月28日「発電用軽水型原子炉施設の性能目標について」

 平成18年3月28日、原子力安全委員会安全目標専門部会は、中間取りまとめを受けて、「発電用軽水型原子炉施設の性能目標について」を公表した(甲C71:「発電用軽水型原子炉施設の性能目標について −安全目標案に対応する性能目標について−」)。
 「発電用軽水型原子炉施設の性能目標について」は、事故による影響発生の可能性の原因として、機器のランダムな故障や運転・保守要員の人的ミス等により発生する内的事象と、地震及び津波・洪水及び航空機落下等による外的事象の両者を性能目標の検討対象とした(甲C71−3,4)。
そして、性能目標の定量的な指標として、炉心損傷頻度[2](CDF:Core Damage Frequency)を10−4/年、格納容器機能喪失頻度[3](CFF:Containment Failure Frequency)を10−5/年を満足することを要求した。
 また、「発電用軽水型原子炉施設の性能目標について」には、外的事象の確率論的評価について「外的事象に対しては、今後、評価実績の積み重ねが必要とされる技術である。本報告に提示する性能目標案は、最新のPSA知見に基づくものであるが、今後の更なるPSA技術の進展に伴い必要に応じて改訂するなど段階的に取り組む必要がある。」とのべて、将来的に外的事象の確率論的評価を取り入れるべきことを明示した。
 すなわち、前記性能目標は外的事象の確率論的評価を含む炉心損傷確率の基準(性能目標)である。

[2] リスクの源となる炉心に内蔵される放射性物質の放出をもたらす炉心損傷の発生確率
[3] 格納容器の防護機能喪失の年当たりの発生確率


 3 平成25年原子力規制委員会における議論

 本件事故以降発足した原子力規制委員会において、「安全目標」に関する議論がなされた。平成25年4月10日付原子力規制委員会会議議事録(甲C72)の「添付資料5」(甲C73)は、議事の経過を端的にまとめているが、ここで「安全目標に関する調査審議状況の中間取りまとめ」(甲D共170)及び「発電用軽水型原子炉施設の性能目標について −安全目標案に対応する性能目標について−」(甲C71)を引用して、「平成18年までに旧原子力安全委員会目標専門部会において詳細な検討がおこなわれており(※)、この検討結果は原子力規制委員会が安全目標を議論する上で十分に議論の基礎となるものと考えられること。」と総括されている。すなわち、事故後においても、平成18年に提示された性能目標値は妥当なものと評価されている。


 4 国際的慣行について

 上記の性能目標として掲げられた数値は、いずれもIAEAのINSAG−3「原子力発電所のための基本安全原則」において1988(昭和63)年には指摘されていたものであった(甲A1−121:「国会事故調」)。
 米国においても1991(平成3)年、外部事象に基づく確率論的安全評価を電力会社に求め、1998年にその対応を終了していた(IPEEE)。
 また、IAEAのIRRSレビューは、原子力安全・保安院に対し、確率論的安全評価とシビアアクシデントマネジメントの補完的使用をおこなうべきとの提案を行っている(甲A15−58)。
 したがって、被告らは平成14年までに性能目標を基礎づける情報を入手できたのであり、かつこれを規制要件化することも可能であった。仮に平成14年で安全目標等を導入していたとしても、それでも諸外国に比較しても10年以上も対応に遅れをとっていたのである。
 ところが、平成18年段階で、原子力安全委員会が性能目標について具体案を提示したにも関わらず、委員会決定はなされず規制要件化されなかった(甲C74−33,34)。原子力規制委員会更田委員は、規制要件化されなかった理由として、「各事業者」又は「自治体」が、個別プラントのリスクが数字で示されることに対し抵抗した可能性があることを示唆している(甲C74−34)。
 同委員は、「事故は起きたけれども、安全目標が間違っていたわけではないことを強調しておきたい。安全目標が間違っていたのではなくて、安全目標に向かったようなリスク管理がなされていなかったことに問題がある。」として安全目標、性能目標に基づくリスク管理の大切さを指摘した。
 また、同委員は、「(中略)ごくごくざっくり言って原子力発電所の場合は、与えられる脅威の9割ぐらいを自然災害、地震や津波といったものが占めていますので、地震のない国と地震のある国で同じ安全目標を掲げた場合には、地震のある国のほうが、ごくざっくり言って10倍近く厳しいのだということを認識しなければならないと思います。」と指摘している(甲C74−33)。
ところが、被告らは、安全目標等を10倍の厳しさをもって受け止めたのではなく、安全目標等を闇に葬ろうとしたのである。


 5 予見可能性の対象となる事実について

  (1)予見対象となるべき事実の具体性

 予見可能性の対象となる事実は具体的なものでなければならない。そうでなければ、その事実を予見できず、また当該事実から生じ得る結果を回避することもできないからである。
 しかし、この意味での事実の具体性が、問題となる注意義務との関係でどの程度のものであるべきかは、問題となる個別の注意義務の内容に応じて決定するほかない。

  (2)本件における予見対象事実の具体性

 本件では、被告らに問われている注意義務は、前記性能目標案によって、その具体的な内容が定められるべきである。
 性能目標案は、原子力安全委員会では正式決定されなかったのであるが、それは性能目標自体に問題があったのではなく、規制側である被告国や規制を受ける側である被告東電を含む事業者側の態度に問題があったからである。
 かつ、諸外国と比較した場合、平成14年の段階でも、対応に十数年の遅延を認められるのであるから、性能目標案に定めるような水準のリスク管理は、遅くとも平成14年までには、被告らに義務として課されていたものである。
 すなわち、被告らは、格納容器機能が喪失するようなリスクの発生を1つの炉について10万年に1度以下の頻度となるよう安全措置を講じるべき注意義務を負っていたものである。

  (3)確率論的安全評価

 このような義務を負った場合、極めて低頻度であるが一旦発生すると甚大な損害を与える巨大津波、巨大地震のような低頻度巨大災害の発生するリスクをも想定する必要があるところ、通常の理学的な知見では到底、そのようなリスクに対応することはできない(地震調査研究推進本部の長期評価においても検討の対象となった地震はたかだか過去400年についてのものである)。
 被告らが負っている注意義務を尽くすには、こうした低頻度巨大災害を確率論的安全評価の手法を通じて把握するほかない。
 確率論的安全評価とは、原子力施設等で発生し得るあらゆる事故を対象として、その発生頻度と発生時の影響を定量評価することにより、施設の安全性のレベルを定量評価するとともに、相対的弱点を明確化する手法である。すなわち、原子力施設等で発生し得るあらゆる事故を対象として、その発生頻度と発生時の影響を定量評価し、その積である「リスク(危険度)」がどれ程小さいかで安全性の度合いを表現する手法である。

  (4)決定論的安全評価では対応できないこと

 この確率論的安全評価に対比されるのが、決定論的安全評価である。
 決定論的安全評価の手法においては、ある事故は起きるものとして、その時のプラントや環境に対する影響を定量評価し、それがある一定基準以下であれば、その事故に対して安全性が確保されていると判断する。これが従前から行われてきた安全評価であり、起きるものとして想定される事象が設計基準事象にあたる。
 決定論的安全評価の手法では前述のような意味での低頻度巨大災害のリスク、すなわち10万年に1度というようなリスクを評価することは不可能である。

  (5)確率論的安全評価によって把握される予見対象事実の具体性

 確率論的安全評価の手法を用いた場合、対象となるリスクは設計基準事象のように起きることが想定されるという意味での具体性を持った事実として把握されるのではない。
確率論的安全評価は原子力発電所で発生しうるあらゆる事故を対象として、その発生頻度 と発生時の影響を定量評価し、その積である「リスク(危険度)」として把握する。
 そして把握されたリスクのうち「設計基準事象を大幅に超える事象であって,安全設計の評価上想定された手段では適切な炉心の冷却または反応度の制御ができない状態であり,その結果,炉心の重大な損傷に至る事象」こそが、予見対象となるべき事実であり、結果回避義務の対象となるべき具体的な事実となるのである。


 6 小括

 以上、性能目標に基づいて原子力発電所の安全性を確保しようとする場合、内的事象、外的事象を対象とするその時点における確率論的安全評価を通じて把握されるリスクを予見対象とするにことが必要である。
 したがって、津波PSA(を含む外的事象PSA)を実施しなかった事実は、むしろ被告国の注意義務違反を基礎づける。

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第3 前兆事象評価に基づく具体的予見可能性


 1 確率論的評価手法により具体的な予見可能性を肯定した事実

 先述した通り、日本においては事故前に津波PSAを行っていない。しかしながら、日本においても、確率論的評価手法である前兆事象評価に基づき、BWR型原子炉の具体的危険性を指摘した試算がある。以下は原告第17準備書面第4等にて既に摘示した事実であるが再度論ずる。


 2 前兆事象評価

 原子力分野において,施設の設計段階で看過された事項,及び,運転・管理に対して考慮すべき事項を明らかにして適切に対処するために,運転経験や事故から教訓を得ることが重要かつ有効な手段である。特に,原子力施設の安全を確保するためには,実際に発生した事例の原因分析を通して教訓や知見を得て,それらを施設の設計,建設,運転及び管理に反映させることが重要である。こうした活動は,「運転経験フィードバック」として世界各国で行われてきており,事象の報告が原子力施設の運転や規制の重要な側面となっている。
 前兆事象(ASP)評価は,過去に発生した類似の事象やシーケンス(前兆事象)をもとに,他の原子力発電所での類似事象の再発防止を目的とするものである。これは米国原子力規制委員会(NRC)にて開発された手法であり,米国では,1979(昭和54)年にNRCの原子力規制研究局[4]が,前兆事象評価研究を開始した(甲C55:「原子力発電所の事故・故障事例に対する前兆事象評価研究の現状」)。

[4] Office of Nuclear Regulatory Research : RES

 3 原子力安全基盤機構(JNES)による前兆事象評価

 原子力安全基盤機構(JNES)は前兆事象評価を行い,平成19年4月「安全情報の分析・評価−前兆事象評価の適用−」(甲C60)と題する報告を行った。
この報告において、原子力安全基盤機構は,1999(平成11)年12月の仏ルブレイエ原子力発電所事故を挙げて下記の通り解析した(甲C60 3−7ページ以下)。
【解析条件】
  1.  国内のBWRプラントの原子炉建屋内に浸水した場合を想定して,BWR5プラントの出力運転時へ適用する。
  2.  外部電源喪失が発生しており,解析では外部電源喪失事象として考慮する。外部電源は約3時間で復旧していることから,炉心冷却時の電源対応として設定している事象後30分以内の復旧は考慮せず,8時間,24時間での外部電源復旧は考慮する。
  3.  浸水の対象は原子炉建屋の最地下階である地下2階とし,当該階に設置されている電気品が浸水により機能が喪失する。(ルブレイエでは,浸水によりすべての機器が機能喪失したわけではないが,本解析においては浸水の事実を優先させ,浸水した区域に設置される機器は機能喪失するものと仮定する。)
    − 補機冷却系は,ルブレイエでは片系浸水によって機能喪失しているが,BWR5プラントでは原子炉建屋内には補機冷却系の機器が設置されないため機能喪失させない。
    − BWR5プラントは,建屋が第ニ格納容器で隔離された構造となっているため,解析では第ニ格納容器外側の機器(非常用 DG−A,B,HPCS−DG,HPCSバッテリ)が影響を受けることとする。なお,第ニ格納容器の内側は,ECCS全ポンプ及びRCICポンプがある。
  4.  浸水の経路は考慮せず,地下1階と1階の機器は浸水による影響は無いと仮定する。
【解析結果】
条件付炉心損傷確率は2.4×10−2である。主要な事故シナリオは,外部電源喪失時に,SRVの再閉に成功し,事象後30分以内の外部電源復旧はできず全交流電源喪失となり,HPCS専用DGも機能喪失のためHPCSは起動できず,RCICの起動は成功するが,事象後8時間以内の外部電源復旧に失敗して炉心損傷に至るシーケンスであり,本シナリオが条件付炉心損傷確率の約88%を占める。
 報告書によれば,ルブレイエ事故を参考に,「外部電源喪失」(但し,8時間,24時間で復旧すると仮定)及び「地下ニ階の浸水」を仮定した場合,外部電源喪失→全交流電源喪失→炉心損傷という事故シーケンスが示され,BWR5の炉心損傷確率は2.4×10−2,BWR3(福島第一原子力発電所1号機)の炉心損傷確率は1.5×10−3,BWR4(同2乃至4号機)は,3.5×10−2という非常に高い確率であることが判明した(甲C60 3−7,8,26,27,42)。
 ここで,原子力安全基盤機構の暫定基準は条件付き炉心損傷確率が10−7以上であるので,ルブレイエ事故を前兆事象とする条件付き炉心損傷確率は桁違いに大きく,BWR3型,及びBWR4型の「外部電源喪失」及び「浸水」に対する脆弱性を明らかにしていた。

[甲C60 3−42ページ]【表省略】

 また同報告書は,前兆事象評価より,「事故の発生防止及び影響緩和の観点から,安全性向上対策を検討し,例えばPWRプラントでは,水密扉の設置等によりタービン動補助給水ポンプの機能喪失を防止した場合には,条件付炉心損傷確率が約4割減少することが分かり,外部からの浸水に対するリスク低減の効果を確認した。甲C60 i,ii)」とする。
 したがって、ルブレイエ原発事故に基づく前兆事象評価により、全交流電源喪失(SBO)及び冷却機能喪失という起因事象による炉心損傷が具体的に予見できていた。


 4 JENESによる前兆事象評価により本件事故は予見できた

  (1)原子力発電所過酷事故防止検討会報告書

 東北大学名誉教授、科学技術振興機構顧問(元東北大学総長、元総合科学技術会議議員)である阿部博之氏は、福島第一原発事故を「福島第一原発の過酷事故は、どうすれば未然に防ぐことができたのであろうか。どのような対策が必要だったのであろうか」との視点から、著名な(原発の推進・安全等に関わってきた)科学者・技術者に検討会の呼びかけを行い、平成25年4月22日、原子力発電所過酷事故防止検討会報告書「原子力発電所がニ度と過酷事故を起こさないために −国、原子力界は何をなすべきか−」(甲C73)を公開した。
 そして、「『どうすれば未然に防ぐことができたのであろうか。』、『どのような対策が必要たったのであろうか。』」と問題を設定した上で、東電福島第一原子力発電所事故を未然に防止するとの観点から抽出される項目として「規制機関としては、原子力安全基盤機構が2006年にフランスのルブルイエにおける原子力発電所浸水事故の事例を東電福島第一原子力発電所の1号機に適用して、同様の事態に際しての炉心溶融頻度のリスク評価を行った結果、極めて高い炉心損傷確率(CDF)の数値を示していたにも拘わらず、何らの対応もしなかったのは残念であり、今後の課題である。」と論じた(同18頁)。
 上記は、平成19年4月(研究年度は2006年度である)の、原子力安全基盤機構策定の「安全情報の分析・評価−前兆事象評価の適用−」(甲C60)をさす。したがって、原子力発電所過酷事故防止検討会報告書は、「安全情報の分析・評価−前兆事象評価の適用−」の報告結果を、福島第一原発事故を防ぎ得た契機として挙げている。

  (2)福島原子力事故の総括および原子力安全改革プラン

 被告東京電力が策定した「福島原子力事故の総括および原子力安全改革プラン」(甲A5−13)においても、「過酷事故の予兆となる運転経験情報を十分に活用できなかった点」として、ルブレイエ原子力発電所の電源喪失事故を挙げて、この事故の運転経験情報に照らし「何らかの対策が実施されていたならば、今回の事故を少しでも緩和できた可能性がある。」と述べている。


 5 結語

 JNES作成の報告書は,ルブレイエ原子力発電所事故を参考に,福島第一原発の前兆事象評価を行った。これにより,全交流電喪失を起因事象とした炉心損傷頻度が高いことが確率論的に予見されていた。
 さらに,同報告書は事故の発生防止のための具体的対策を明示していた(甲C60 i,ii)。
 以上から,ルブレイエ事故を対象とした前兆事象評価(確率論的評価手法)により,全交流電源喪失を起因事象とする炉心損傷は予見できたし,その回避可能性も具体的に示されていた。

以上


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