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★ 最終準備書面(相当因果関係)
 第4 公衆にとって「容認不可」なレベルの線量と避難の相当性 
平成29年9月22日

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第4 公衆にとって「容認不可」なレベルの線量と避難の相当性
 1 はじめに
 2 ICRP勧告について
 3 ICRP勧告におけるLNTモデルと「容認不可」とされる線量限度
 4 国内法において「容認不可」とされる線量
 5 国内法における「容認不可」とされる線量と相当因果関係
 6 「線量限度が適用されない」ことは相当因果関係と無関係であること
 7 毎時μSvを年間線量に換算する方法



第4 公衆にとって「容認不可」なレベルの線量と避難の相当性


 1 はじめに

 本項では,まず,ICRP勧告について概説し,ICRPが,これまで述べてきたとおりLNTモデルが科学的合理性を有していることを踏まえて同モデルを採用していることを述べる。そして,ICRP1990年勧告が,死のリスクの観点から「公衆にとって容認できないレベルの線量」を検討して,年間1ミリシーベルトを超える被ばくは容認できないものと判断し,公衆被ばく線量限度を年間1ミリシーベルトと勧告したことを述べる。
 そのうえで,国内法がICRP1990年勧告を取り入れていること,それゆえ,国内法における「公衆にとって容認できないレベルの線量」も年間1ミリシーベルトであることを明らかにしたうえで,生活圏内に年間1ミリシーベルトを超える線量が測定された地域から避難することが社会通念に照らして相当であることを論じる。
 また,モニタリングポストの測定値(毎時マイクロシーベルト)を年間線量(ミリシーベルト)に換算する方法として,モニタリングポストの数値を8.760倍(24時間×365日÷1000)とすべきことを論じる。
 さらに,被告らがICRP2007年勧告に言及し,「現存被ばく状況や緊急被ばく状況では線量限度は適用されない」と執拗に主張していることに対して,これまでの主張を補充しつつ,その主張が相当因果関係判断において意味をなさないことについても明らかにする。具体的には,「線量限度が適用されない」という言葉の意味が,線量限度を超える被ばくが広がっている状況において国や放射線取扱事業者が放射線防護を講じる線量目安として,年間1ミリシーベルトを用いないということに過ぎず,国民にとって容認できないレベルの線量が1ミリシーベルトであることに変わりがないことを明らかにする。


 2 ICRP勧告について

  (1)ICRPとは(ICRPの成り立ち,位置づけ)


 ICRPの成り立ちについては原告ら準備書面(3)の第3章第1の1(21頁)で述べたとおりであり,ICRPは,名称を変更して改組した1950年以来現在に至るまで,放射線防護の基礎となりうる基本原則についての勧告を提供し続けており,日本を含む多くの国において,放射線防護基準を決める際の参考とされている(甲D共135・崎山意見書2・4頁)。
 しかしながら,ICRPは,全米放射線防護委員会(NCRP)ともども,内部放射線被ばくに関する小委員会の審議を打ち切り(甲D共16・152頁),かつ,国際X線およびラジウム防護諮問委員会(IXRPC)が採用していた「耐用線量(なんらの生物・医学的悪影響をおよぼさないと考えられた被ばくの防護基準)」概念(甲D共14・26頁)を放棄して,リスク受忍論を前提とする「許容線量」概念を採用したものであり(甲D共14・32頁・35~39頁),かかる動きに対しては,ICRP及びNCRP両方の小委員会の委員長であったカール・Z・モーガン博士が,「ICRPは,原子力産業の支配から自由ではない。原発産業を保持することを重要な目的とし,本来の崇高な立場を失いつつある。」とコメントしている(甲D共16・152頁)。
 つまり,ICRPとは,職業被ばく防護のための組織であったIXRPCが,核開発推進のための組織に変質したものであり(甲D共14・31頁以下),ICRPの勧告する放射線防護は,核開発と原子力利用を前提とした防護といえる(甲D共135・4頁)。
 なお,後に述べるとおり,核開発推進のための組織であり,設立当初はかなり緩やかな公衆被ばく線量限度を設定していたICRPでさえ,徐々に規制を厳しくし,本件事故発生時においては公衆被ばく線量限度を年間1ミリシーベルトに設定していたのである。

  (2)ICRPの役割(放射線防護の目的・考え方)

 前記のとおり,ICRPは,放射線防護の基礎となりうる基本原則についての勧告を提供し続けており,日本を含む多くの国において,放射線防護基準を決める際の参考とされている。
 ICRPは,放射線防護について,「放射線防護の第一の目的は,放射線被ばくの原因となる有益な行為を不当に制限することなく,人を防護するための適切な標準を与えることであるから,放射線防護の基本的な枠組みには,必然的に,科学的な判断だけでなく社会的な判断も含めなければならない。そのうえ,少ない放射線量でも何らかの健康に対する悪影響を起こすことがあると仮定しなければならない。確定的影響にはしきい値が存在するので,個人に対する線量を制限することによってこれを避けることが可能である。しかし,他方,確率的影響はしきい値を求めえないので,これを完全に避けることはできない。委員会の基本的な枠組みは,線量を確定的影響のそれぞれに対するしきい値よりも低く保つことによってその発生を防止し,また確率的影響の誘発を減らすためにあらゆる合理的な手段を確実にとることを目指すものである」(甲D共52・ICRP1990年勧告・31頁100項)と述べる。
 すなわち,ICRPは,確率的影響にはしきい値がないというLNTモデルを採用し,①放射線被ばくを伴う行為であっても明らかに便益をもたらす場合には,その行為を不当に制限することなく人の安全を確保する,②個人の確定的影響の発生を防止する,③確率的影響の発生を減少させるためにあらゆる合理的な手段を確実に取る,という放射線防護の目的を前提に各勧告を提供することをその役割としている。
 なお,佐々木証人は,第2回ワーキンググループにおいて,放射線防護の考え方について以下のとおり述べている。
 「平常の状態では公衆の被ばくは何とかして1mSv,年間1mSvに抑えようとしているわけでありますけれども,一旦,事故が起こった場合には,まずは重篤な確定的影響が起こる可能性が出てまいります。これを絶対起こさないようにした上で,確率的影響はある程度増えることはやむを得ない。
それをICRPは,非常事態の時には公衆の被ばくは年間にして20~100mSvの間で状況に応じて適切な線量を選んで,それを目安にして防護活動をいたしましょう。そういう勧告であります。それを守ればよいという話ではなくて,最適化の指標であります。最適化というのは,つねに少しでも線量を下げる,余計な線量を浴びないように下げる努力をするというのが,先ほどからお話に出ているALARAの概念です。ですから,先ほど5mSvでいいのだとおっしゃっているのは,一つの目安で,5mSvでやることはいいんですけれども,それでいいわけではなくて,できればさらに下げる努力はしていかなければいけない。そのどこまで下げるのかというのは,平常状態の年間1mSvに下げる努力はしていかなければならない。」(甲共D41の1・第2回議事録・32頁)
  (3)ICRP勧告の対象

 1990年勧告は,「委員会は,この報告書が,主として適切な放射線防護の基礎となりうる基本原則についての指針を提供することにより,国,地域および国際的なレベルで規制機関ならびに諮問機関の役に立つことを意図している。」,「さらに委員会は,自身の操業における放射線防護に責任をもつ管理組織体にとって,またその組織体が助言者として扱っている専門職員にとって,そして電離放射線の使用について決定をしなくてはならない放射線医のような個々の人にとって,この報告書が役立つことを希望する。」とする(甲D共52・ICRP1990年勧告・3頁10項)。
 また,2007年勧告においても,「委員会は,規制当局あるいは助言機関に対し,主に適切な放射線防護の基礎となしうる基本原則に関するガイダンスを提供することによってその勧告を提示する助言組織である」とし,さらに,「放射線防護の責任のある国際組織及び各国の当局,それに利用者は,委員会が公表するこれらの勧告と原則を防護対策の重要な基礎としてきた。」(甲D共55・ICRP2007年勧告・IX頁論説)と述べられている。
 つまり,ICRP勧告は,放射線防護・管理の責任を有する機関,具体的には,規制機関である国,又は原発を運営することにより放射線防護に責任をもつ電力会社やその従業員を対象としている。
 したがって,佐々木証人の「特段の勧告の対象というものは明記していない」との証言(平成29年2月17日期日佐々木康人証人調書11頁),また,被ばくする個々の住民まで対象に含まれる旨の証言(同17頁)はICRP勧告を誤って理解したものである。

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 3 ICRP勧告におけるLNTモデルと「容認不可」とされる線量限度

  (1)LNTモデルについて

  ア LNTモデルの採用

 原告ら準備書面(3)の第3章第2・1.(22頁以下)で述べたとおり,1977年勧告は,「放射線防護の目的には,ある種の単純化した仮定を設ける必要がある。委員会勧告の基礎となっているこのような基本的な一つの仮定は,確率的影響に関しては,放射線作業で通常起こる被曝条件の範囲内では,線量とある影響の確率との間にしきい値のない直線関係が存在するということである」として,LNTモデルを採用した(甲D共8・10頁・27項)。
 そして,ICRPは,1990年勧告においても,低線量被ばくの影響について,「放射線に起因するがんの確率は,少なくとも確定的影響のしきい値よりも充分に低い線量では,恐らくしきい値がなく,線量におよそ比例して線量の増加分とともに通常は上昇する。」として(甲D共10・6頁・21項),1977年勧告と同じくLNTモデルを採用した。
 ICRPが放射線防護体系においてLNTモデルを採用していることについては,佐々木証人も「ICRPは,実際的な,実用的な放射線防護の目的で,LNT仮説に基づくLNTモデルを防護体系の中に採用している」(佐々木反対尋問調書4頁)と述べており,争いのない事実である。

  イ ICRPがLNTモデルを放射線防護体系に採用することは科学的根拠を有すること
 LNTモデルに科学的根拠が存する点については,既に本準備書面の第3・3(5)で述べたとおりであるが,ICRP2007年勧告(甲D共55)は,遺伝子及び染色体の突然変異に対する線量反応関係(A89)部分において,「放射線による遺伝子及び染色体の突然変異の誘発が,がんの過程に直接重要であることに基づいて,細胞研究から得られた関連データの大半は,線量と影響の間の単純な関係に連合する。」,「最も有益なデータは,わずかではあるが,数十mGyの線量まで直線性を示唆しており,数mGyまでの低い線量域でこの単純な比例関係から外れることを示唆するよい理由はない。」と説明する(132頁)。
 また,続けて,細胞内DNA損傷反応(A90)においても,DNA損傷と発がんの関係を論じており,「現行のデータは,放射線の作用に特徴的な化学的に複雑なDNA二本鎖損傷の,本質的にエラーを起こしやすい修復過程が支配的であることを示している。数十mGyに至る低い線量でのエラーを起こしやすいDNA修復は,遺伝子/染色体突然変異に係わる細胞の線量反応関係がほぼ直線になることと合致し,線量とこの突然変異に関連するがんのリスクとの間の単純な比例関係が存在することを暗示している。」と説明しているところである。
 この点,ICRPの主委員会の委員であった佐々木証人も,ICRPがLNTモデルを放射線防護体系に採用した点について,「ICRPがLNT仮説を取り入れているのには全く根拠がないわけではなくて,LNTをサポートするような研究成果というのは,実は,いろいろあると。そういう論文を集め,また議論をした刊行物が99例あります。それをもって,ICRPがLNT仮説に基づくLNTモデルを放射線防護の体系に採用するということは,科学的にもっともらしいことであると,scientifically plausibleであるという言い方で,ICRPが防護の目的でLNTを採用するということにはそれなりの正当性があるということを主張はしております」(佐々木反対尋問調書4頁)と述べており,ICRPが科学的根拠に基づいて放射線防護体系にLNTモデルを採用していることは争いがない事実である。

  ウ DDREFについて
 なお,ICRPは,同じ線量率でも時間をかけてゆっくり被ばくする場合(低線量率)は,全量を一度に浴びる場合(高線量率)よりもリスクは2分の1になるという考え方に立っている(DDREFを2とする考え方)。
 しかし,昨今の研究は,このDDREFについてのICRPの立場がリスクの過小評価であることを示しており(原告ら準備書面(36)・15ページ以下),ICRPの考え方は,安全サイドに立つものではない。
 このようなスタンスに立つICRPでさえも,科学的根拠に基づいてLNTモデルを採用しているのである。

  (2)公衆被ばく線量限度を年1mSvと勧告したこと

  ア ICRP設立以降,公衆被ばく線量限度の数値は下がり続け,本件事故時は年1mSvと勧告したこと

 原告ら準備書面(3)の第3章第2・1(22頁以下)で述べたとおり,1958年勧告において,許容線量を年間0.5レム(=5ミリシーベルト)として,初めて公衆被ばくの線量限度が定められた。
 さらに,1965年勧告(1966 Pub.9)では,線量当量限度と名称を変え,年間0.1レム(=1ミリシーベルト)にまで低減された。
 もっとも,ICRPは,1977年勧告において,公衆に被ばくをもたらす行為は少ししかなく,最も多く被ばくするグループ(「決定グループ」)の被ばくを5ミリシーベルトに抑えれば,公衆の平均被ばく線量が年0.5ミリシーベルトより低くなると思われるとして,5ミリシーベルトの年線量当量限度を公衆被ばく線量限度として用いた。
 この時点で,ICRPは,一般人が「容認」する一人あたりの平均リスクは交通事故によるリスク程度で,年に10万~100万人に1人と決めていたが,すべての公衆に対して5ミリシーベルトの線量限度を適用すると,その平均リスクが年に10万あたり5人となり,自らが決めた容認リスクを上回ることになる。それゆえ,実際の被ばく量は線量限度の10分の1にあたる0.5ミリシーベルトであると述べ,恰も容認リスクを下回る基準であるかの如く説明し,公衆線量限度は年5ミリシーベルトでよいと勧告したのである(甲D共14・放射線被爆の歴史・190頁)。
 しかしながら,1985年のパリ声明では,容認リスクを満たす為には線量限度を年1ミリシーベルトとする以外にないと判断し(甲D共14・放射線被爆の歴史・190頁,191頁),1977年勧告における年5ミリシーベルト基準を用いることができるのは,1977年勧告の120項から128項に記された条件下においてのみであるとし,他の状況,すなわち,前記条件下に該当しない一般的状況では,生涯の平均年線量が1ミリシーベルトとして被ばくを制限することが賢明であるとして,パリ声明は,年線量当量1ミリシーベルトを主たる公衆被ばく線量限度とした。
 その後は,1990年勧告において「委員会は,年実効線量限度1mSvを勧告する。」とし,2007年勧告においても「 計画被ばく状況における公衆被ばくに対しては,限度は実効線量で年1mSvとして表されるべきであると委員会は引き続き勧告する。」とされ,本件事故時の公衆被ばく線量限度は年1ミリシーベルトであった。
 以上のように,ICRPは,容認リスクを踏まえて公衆被ばく線量限度の数値を徐々に下げ続け(佐々木証人も同様の証言をしている。佐々木反対尋問調書7頁)),本件事故時は年1ミリシーベルトに設定されていた。

  イ 公衆被ばく線量限度は容認できるリスクレベルを算出して設定された数値であること
 ICRPは,1977年勧告において,公衆被ばく線量限度の数値を設定する際の考え方について,「一般公衆に対する放射線のリスクの大きさを,日常生活での他のリスクを公衆がどう容認しているかに照らして考察することは合理的と思われる。」と述べる(甲D共8・41頁・117項)。
 そして,当該考え方のもと,公衆の個々の構成員に対する線量当量限度について,「日常生活で通常受け入れられているリスクに関して知られている情報の検討から,一般公衆に対する死のリスクの容認できるレベルは職業上のリスクより一桁低いと結論づけることができる。この根拠から,年あたり10..から10..の範囲のリスクは,公衆の個々の構成員のだれにとっても多分容認できるであろう。」とした(甲D共8・41頁・118項)。その上で,放射線誘発がんに関する死亡リスク係数から,「公衆の個々の構成員の生涯線量当量を,一生涯を通して年当たり1mSvの全身被爆の相当する値に制限することを意味する。」と結論づけた(甲D共8・42頁・119項)。
 つまり,公衆被ばく線量限度は容認できる死のリスクレベルに基づいて設定されたもので,本件事故時では年1ミリシーベルトとされていたのである。

  ウ 公衆被ばく線量は内部被ばくと外部被ばくによる線量合計値であること
 佐々木証人は,公衆線量限度年1ミリシーベルトについて,外部被ばくによる線量と内部被ばくによる線量の合計が1ミリシーベルトである旨述べている(佐々木反対尋問調書10頁)。
 また,2007年勧告においても,「実効線量限度は,外部被ばくによる線量と放射性核種の摂取による内部被ばくからの預託線量の合計に対して適用される。」と説明されているところである(甲D共55・60頁・246項)。
 したがって,公衆被ばく線量限度を考えるにあたっては,外部被ばくの数値のみを公衆被ばく線量限度内に抑えるだけでは不十分であり,内部被ばくの影響も十分に考慮されなければならないのである。

  (3)公衆被ばく線量限度とは「容認不可」な線量であること

  ア ICRPは,個人に対する影響は容認不可と考えられる数値を公衆被ばく線量限度に設定していること

 線量限度の意味について,1990年勧告では,「委員会は今回,より包括的なアプローチを採用することとした。その目的は,ある決まった1組の行為について,また規則的で継続する被ばくについて,これを超えれば個人に対する影響は容認不可と広くみなされるであろうようなレベルの線量を確立することである」(甲D共52・44頁149項)とし,容認不可について,「その使用が選択の対象であった任意の行為の通常の操業において,いかなる合理的な根拠に基づいても被ばくは受け入れることができないであろうことを示すために用いられる。」と定義づける(甲D共52・44頁150項)。
 その上で,様々な要素を総合考慮して,「委員会は,年実効線量限度1mSvを勧告する」(甲D共52・55頁191項)とし,「個人に対する影響は容認不可」とみなすレベルとして,公衆被ばく線量限度年1ミリシーベルトを勧告した。

  イ 公衆被ばく線量限度の数値は,低線量被ばくの影響について諸説あることを前提としていること
 ICRP1990年勧告は,公衆被ばく線量限度としていかなる数値を勧告するかを判断するにあたって,「1977年の基本勧告(ICRP,1977)が刊行されて以降に,ヒト集団の放射線誘発がんのリスクに関する新しい情報が出ており,実験動物と培養細胞での新しい実験データが利用可能になってきている。これらの進展は『放射線の影響に関する国連科学委員会』の報告(UNSCEAR,1977,1982,1986,1988b)とBEIR ∨委員会として知られている米国科学アカデミーの『電離放射線の生物影響に関する委員会』の報告(NAS,1990)に要約されており,その結果,ICRPが1977年に推定した放射線の発がん効果の推定値(ICRP,1977)の見直しが必要となった」(甲D共52・135頁B.5.1項)とし,当時の種々の科学的知見を踏まえている。
 すなわち,ICRPは,低線量被ばくの影響について諸説あることを前提として,LNTモデルを採用し,公衆被ばく線量限度を年1ミリシーベルトと勧告したわけである。
 また,この線量限度の概念については,原告ら準備書面(18)で述べたとおり,ICRP委員長のゴンザレス氏が,「社会的コストをなるべく低く抑えて放射線障害も他の産業でも見られる程度に抑えるとした結果が年間1mSvになったわけである。したがって,年間1mSvは安全量ではなく,放射線障害と社会的コストとを勘案して決められた値である。」,「これはあくまでも核エネルギー利用を積極的に認める立場からの防護レベルであり,消極的な立場をとるECRR(欧州放射線リスク委員会)では公衆の追加年間被ばく限度を0.1mSv以下に引き下げることを勧告している。」 と述べているところである(甲D共56・崎山意見書・15~16頁)。

  ウ 公衆被ばく線量限度は更なる線量低減を求められる数値であること
 1990年勧告は,「線量限度内にあるというだけでは,その行為が満足に行われていることを十分に表しているとは言えない」(甲D共52・35頁114項)として,線量限度からの更なる線量低減を求めている。
 なぜなら,ICRPは,どんなに低い線量であっても,それに応じたリスクがあるという考え方であるLNTモデルを採用しており,放射線の線量がゼロから少しでも増えればリスクが生じると考えるため,一定の線量で線引きすることができないからである。
 この点について,1990年勧告は,「最初の頃から1950年代にかけて,個人線量に関する限度が守られていることは防護が満足に達成されていることの一つの尺度であると考える傾向があった」が,「その後,すべての被ばくは“経済的,社会的要因を考慮に入れて合理的に達成できるかぎり低く”保つという要求がいっそう強く強調されるようになった。この強調の結果として,個人線量は相当な減少となり,防護の全体系の中で線量限度が主要な役割を果たすような状況の数は大幅に減った。」と述べる(甲D共52・2頁9項)。
 また,甲斐倫明氏は,第4回ワーキンググループにおいて,以下のとおり述べている。
 「通常1ミリというのがどこから出てきたのかというと,もともと,線源を管理している状態でこれを例えば病院を運営する,原子力発電所を運転するということで,放射性物質をコントロールしながら使う,ある意味で,管理を厳格に行うがことがしやすく,線源をコントロールができる。その中で,より厳しく使うための上限値として国際機関としては1ミリというのが提唱されてきた。しかし,計画被ばく,通常の原子力発電所であったり,通常の病院であったりしても1ミリまで被ばくしてもいいとは考えていません。現に,日本の原子力発電所の通常時の目標というのは50マイクロシーベルトが使われている。1ミリを安全基準として考えているわけではない。あくまでもリスクとして,リスクを下げるという考え方をとっている。では,今回のような一旦ほぼ事故が収束したような時に,国際的にはここを目指しなさいという考え方をとっています。では,1ミリを目指すのか,なぜ20ミリをスタートとしていいのか。20ミリなら被ばくしてもいいよと国際機関はどこも言っておりません。一つの目安として,20ミリを超える状況があれば20ミリ以下に下げなさいと,そこから順次下げるためのスタートとして使うといういう(原文ママ)ことです。」(甲共D43の1・第4回議事録・30頁)。
 以上のとおり,ICRPは,公衆被ばく線量限度の被ばくを容認しているのではなく,最適化の原則に基づいて更なる低減を求めているのである。

  エ ICRPは公衆被ばく線量1mSv未満を正常レベルと考えていること
 クリストファー・クレメントICRP科学事務局長は,第5回ワーキンググループにおいて,以下のとおり述べている。
「いくつかの理由が,この1ミリシーベルトが長期的な解決策として提案されている理由があります。一つは,正常のレベルということです。線量が1ミリシーベルトで,年率に戻るということは,正常に近い形になります。被災地が前の状況に全く戻ることはありません。全てが浄化されたとしてもまだ,起こったことの経験,記憶が残ります。しかしながらもっと説得力ある1ミリシーベルトを勧告する理由としては,これによって,だいたい同じような防護の質を与えられるということです。1ミリシーベルトであれば,我々が一般の公衆の線量限度として言っているものに,これは被ばくとは関係ありませんけれども,まあ通常の慣行,通常のやり方の中でもそれが言われているからということです。ですから1ミリシーベルトのようなところに被災地が戻れば,日本の他の地域と同じように扱われる,あるいは世界の他の地域と同じように扱われるということです。ほとんどの国が規制の中でこの値を使っているからです。」(甲共D44の1・第5回議事録・4頁・5頁)
 つまり,ICRPは,公衆被ばく線量1ミリシーベルト未満を正常レベルと考えており,公衆被ばく線量限度を超える状態が異常で,正常レベルと評価される他の地域と同様な扱い受けることができないと評価していることは明らかである。

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 4 国内法において「容認不可」とされる線量

  (1)国内法はICRP1990年勧告を導入したものであること

  ア 放射線審議会による意見具申

 上記2で述べたとおり,ICRP1990年勧告は,LNTモデルを採用することを改めて述べたうえで,死亡リスクレベルに基づいて,「これを超えれば個人に対する影響は容認不可と広くみなされるであろうようなレベルの線量を確定」し,公衆被ばく線量限度を年実効線量限度1ミリシーベルトとすることを勧告した。
 このICRP1990年勧告を国内法に導入するかについて審議検討を行ったのが放射線審議会である。
 放射線審議会は,「ICRP1990年勧告(Pub.60)の国内制度等への取入れについて(意見具申)」(甲D共33)において,ICRP1990年勧告を取り入れ,線量限度を定める量として「実効線量」を用いて,公衆被ばく線量限度を実効線量にして年間1ミリシーベルトとし,これを規制体系の中で担保することが適当であり,そのためには施設周辺の線量,廃棄・排水の濃度等のうちから適切な種類の量を規制することによって当該線量限度を担保できるようにすべきであると結論づけた(甲D共33・11~13頁)。
 具体的な審議経過については,原告ら準備書面(3)の第5章第4で述べたとおりであり,国民からの募集意見も踏まえた審議が行われている(甲D共33・1頁以下)。

  イ 国内法導入と告示改正
 このように,国内法における線量限度は,ICRP1990勧告を,放射線審議会における専門的審議,しかも国民からの募集意見も踏まえた審議を経て国内法に導入されたものである。
 具体的には,「線量告示」(炉規法に基づく「実用発電用原子炉の設置,運転等に関する規則の規定に基づく線量限度等を定める告示」(平成十三年三月二十一日経済産業省告示第百八十七号)。甲D共20),「数量告示」(「放射線障害防止法に基づく「放射線を放出する同位元素の数量等を定める件」(平成十二年科学技術庁告示第五号)。甲D共27)における公衆被ばく線量限度を,実効線量にして年間1ミリシーベルト,あるいは3か月で250マイクロシーベルトに改正し,これらの線量限度を超えて公衆が被ばくすることのないよう法的担保を講じたものである。
 ICRP1990年勧告の導入によって改正された数量告示,線量告示における公衆被ばく線量限度は,本件事故当時はもとより,現在もなお維持されている法規範である。

  ウ ICRP2007年勧告は国内法に導入されないこと
 なお,被告らは,放射線防護について,ICRP2007年勧告,とりわけ「参考レベル」に言及する。
 しかし,後記5で述べるとおり,「参考レベル」という概念は事業者ないし規制当局における施策等の目安とされるものであり,決して公衆の容認すべき線量を決めたものではない。
 そもそも,ICRP2007年勧告は,ICRP1990年勧告と異なり,本件事故発生当時はもとより,現在も国内法には導入されておらず,我が国における法規範とはなっていない。

  (2)国内法における公衆被ばく線量限度

  ア 炉規法における公衆被ばく線量限度

 炉規法及び同法を受けた政令・規則・告示の詳細については原告ら準備書面(3)で述べたとおりであり,ここでは炉規法における公衆被ばく線量限度に関する規制概略について簡単に述べる。
 炉規法及び同法を受けた政令・規則・告示は,「周辺監視区域」を,当該区域の外側のいかなる場所においても実効線量が年間1ミリシーベルトを超えるおそれがないものと定めている。また,排気・排水規制により,「周辺監視区域」外の空気中または水中の放射性物質の濃度が実効線量年間1ミリシーベルトを超えないよう要求している。
 そして,この周辺監視区域では,人の居住を禁止し,また,境界に柵又は標識を設けるなどして公衆の立ち入りを制限するよう保全措置をとることを義務づけている。
 周辺監視区域外における線量限度を維持できない場合には,本件事故発生当時の法令では発電用原子炉を使用させず,現行法では原子炉の設置そのものを許可しないこととしている。また,線量限度維持のために必要な技術基準を満たさない場合,居住禁止等の保全措置等に違反する場合には,原子炉設置者に対する設置許可取消権限や使用禁止や修理などの措置命令権限を主務大臣に与えている。
 そして,無許可運転をした者や是正命令に違反した者に対しては,炉規法は,懲役を含む厳罰を科すこととしているのである。
 つまり,炉規法は,排水・排出規制によって,原子炉施設の「周辺監視区域」の外側のいかなる場所においても実効線量が年間1ミリシーベルトを超えるおそれがないことを要求している。そして,この線量限度もこれを超えて被ばくしないよう,周辺監視区域では,公衆が線量限度を超えて被ばくしないよう,何人の居住も許可せず,また,公衆の立ち入りも制限している。
 また,炉規法は,この線量限度規制を満たさない場合には原子炉を使用させず,現行法では設置も許可しないこととして,公衆が線量限度を超えて被ばくすることのないよう予防策を講じている。使用開始後でも,定期検査より技術基準適合性を検査し,技術基準を適合せず周辺監視区域外の線量限度が維持されていない場合には,速やかに周辺監視区域外の線量限度を年間1ミリシーベルト以下とするための強力な権限,すなわち,使用停止や保安措置を命じる権限や,その命令に違反するときには運転停止を命ずる権限や設置許可を取り消す権限を,経済産業大臣に付与している。
 さらに,懲役を含む刑罰を科することによって,周辺監視区域外における線量が実効線量年間1ミリシーベルトを超えるような原子炉の使用,設置ないし運転を行うことを厳重に取り締まっている。
 このように,炉規法は,許可制や懲役刑を含む刑罰といった厳格な規制をもって,実効線量年間1ミリシーベルトを超える被ばくから,国民を徹底的に保護しているのである。

  イ 放射線障害防止法における公衆被ばく線量限度
 放射線障害防止法及びこれを受けた政令・規則・告示の詳細についても原告ら準備書面(3)で述べたとおりであり,ここでは放射線障害防止法における公衆被ばく線量限度に関する規制概略について簡単に述べる。
 放射線障害防止法及びこれを受けた政令・規則・告示も,施設の境界等における放射線量が実効線量1ミリシーベルト以下となるよう遮蔽措置を義務づけ,また,廃棄施設における排気・排水設備にも境界外では実効線量年間1ミリシーベルト以下とする能力を要求している。また,境界外の線量濃度も監視して実効線量年間1ミリシーベルトを超えないことも義務づけている。
 これらの規制を達するための技術基準に適合しない場合には,放射性同位元素等の使用を許可しないこととしている。また,技術基準適合維持義務を設け,義務違反者に対する是正命令権限や使用許可取消権限を経済産業大臣に付与している。
 さらに,無許可使用や義務違反,命令違反をする者に対しては,懲役を含む厳罰を科するとしている。
 つまり,放射線障害防止法は,放射線障害を防止するため,工場又は事業所の境界の外における放射線量が実効線量年間1ミリシーベルトとなる技術基準を設け,これに適合しない場合には放射線同位元素等の使用を許可しないこととしている。
 また,許可使用者に対して,技術基準適合義務や廃棄施設における濃度監視義務を課し,これに違反した場合には,文部科学大臣に対して,許可取り消しや廃棄命令など,速やかに境界外における放射線量を線量限度以下とするための権限を付与している。
 そして,許可なく放射性同位元素等を使用した者や,文部科学大臣の命令に違反した者に対しては懲役刑を含む刑罰を科することによって,無許可使用や命令違反行為を厳重に取り締まっている。
 このように,放射性同位元素もまた,公衆が実効線量1ミリシーベルトを線量限度として,許可制や刑罰などの厳格な規制を講じて,線量限度を超えて被ばくしないよう公衆を徹底的に保護しているのである。

  (3)緊急時や復興期においても「容認不可」とされる線量は変わらない

 以上のように,国内法は,刑罰を用いてでも,「容認不可」とされる線量から公衆を徹底的に保護しているところ,緊急時や復興期において,公衆にとって「容認不可」とされる線量を引き上げるような定めは一切ない。
 すなわち,原発事故による緊急事態であっても,緊急時以降の復興期であっても,公衆の容認できない被ばく線量は,平常時と同様,年間1ミリシーベルト,あるいは3か月で250マイクロシーベルトであることに変わりはない。
 したがって,緊急時であっても復興期であっても,公衆にとって「容認不可」とされる線量は年間1ミリシーベルト,あるいは3か月で250マイクロシーベルトであるというのが,社会的合意ないし社会規範たる国内法の立場である。


 5 国内法における「容認不可」とされる線量と相当因果関係

 区域外からの避難の相当性判断は,社会通念に基づいた相当性の判断であり,当該避難行為が社会通念に照らして相当といえるかどうかにある。これは社会通念に基づく規範的判断である。その相当性判断にあたって,本件事故発生当時の社会規範,なかでも本件事故発生以前に国内法が公衆被ばく線量限度をどのように定めていたかが,中核的判断要素をなす。
 上記(1)のとおり,国内法における本件事故発生以前の公衆被ばく線量限度は,1990年勧告における公衆被ばく線量限度,すなわち,LNTモデルを採用して算出した死亡リスクレベルに基づいて「これを超えれば個人に対する影響は容認不可と広くみなされるであろうようなレベルの線量」という視点で勧告された公衆被ばく線量限度を,放射線審議会における審議を経て導入されたもので,本件事故発生当時において「これを超えれば個人に対する影響は容認不可」とされる社会的合意ないし社会規範である。
 国内法は,炉規法,放射線障害防止法によって刑罰を含む法的担保を講じることで,公衆被ばく線量限度を超える被ばく,すなわち,公衆にとって「これを超えれば個人に対する影響は容認不可」とされる被ばくから公衆を徹底的に保護している。
 このように,公衆被ばく線量限度が「これを超えれば個人に対する影響は容認不可」とされる線量であること,国内法が刑罰を用いてでも線量限度を超える公衆被ばくから徹底的に保護していることに照らせば,少なくとも,国内法において「容認不可」とされる線量の被ばくを避けることは,社会的に許容できないとされた被ばくを回避する行動であって,社会的にみて相当ないし合理的な行為といわなければならない。
 そして,「容認不可」とされる線量は,緊急時であっても復興期であっても,年間1ミリシーベルトないし3か月で250マイクロシーベルトであることに変わりはない。
 よって,少なくとも,生活圏内に年間1ミリシーベルトを超える線量が測定された地域から避難することは,国内法も「これを超えれば個人に対する影響は容認不可」とする線量を避ける行為であり,社会規範に照らしても相当な行為である。

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 6 「線量限度が適用されない」ことは相当因果関係と無関係であること

  (1)被告らの主張


 原告らの主張に対して,被告東京電力及び被告国は,「線量限度は,緊急時被ばく状況や現存被ばく状況においては適用されない」と主張する(被告東京電力共通準備書面(5),同(7)。被告国第7準備書面,同第11準備書面)
 例えば,被告国は,第11準備書面において,「炉規法等における線量限度は,計画被ばく状況における公衆被ばくに対する線量限度についてのICRPの勧告を取り入れて定められたものであるから,緊急時被ばく状況における公衆の防護に適用されるものではない。したがって,ICRPの勧告における公衆被ばくの線量限度や炉規法等の線量限度は,事故によって放出された放射性物質による放射線の被ばくを減らすための避難にあたって,何らかの基準を示すものではないから,避難の合理性の根拠となるものではない。」とする(被告第11準備書面・31~32頁)。
 被告東京電力も,被告東京電力共通準備書面(7)において,「むしろ,本件事故当時の国内法においては,平時の管理基準として1ミリシーベルトという公衆被ばく線量限度が定められていたに過ぎず,緊急時の基準について特に定めはなく,さらに,防災指針では50ミリシーベルト以上で避難の措置をとることが想定されていたに過ぎないのである。」と主張する(11頁)。

  (2)「線量限度が適用されない」ことの意味

 しかし,原告ら準備書面(33)の第2・2で詳しく述べたとおり,被告らの主張は,政府が放射線防護措置を講じるための「政策判断基準」と,個々の国民にとって「容認不可とされる線量」という,まったく別個の概念を混同するものである。
 ICRPが緊急時被ばく状況や現存被ばく状況において「線量限度を適用しない」と勧告している意味は,「容認不可とされる被ばくが広く広がっている状況において,政府が『対策』ないし『介入』を講じる基準として,年間1ミリシーベルトを用いることまでは義務付けない」ということに過ぎない。
 緊急時被ばく状況や現存被ばく状況では,政府は,①公衆の被ばくを低減させる「対策」(ICRP2007年勧告)ないし「介入」(ICRP1990年勧告)を講じるべきか,②講じる場合にはどのような防護措置を講じるかを検討しなければならない。ICRPが,これらの状況において線量限度を適用しないと述べているのは,政府に対してこのような「対策」や「介入」を義務づける線量基準としては年間1ミリシーベルトを用いない,ということに過ぎない。ICRP2007年勧告でいえば,「参考レベル」の中から,正当化の原則と最適化の原則に従って,防護措置を講じる基準と防護内容を決定せよ,ということである。
 これは,「『これを超えれば個人に対する影響は容認不可』とされる線量は何ミリシーベルトか」とはまったく別の議論である。政府が何ミリシーベルトを基準にどのような放射線防護を講じようと,個々の国民にとって「容認不可」な線量が何ミリシーベルトであるのかには影響しない。
 むしろ,線量限度を適用しないというのは,「容認不可とされる被ばくが広がっている状況において,政府はどのような措置を講じるべきか」という問題であり,個々の国民が容認不可な線量に曝されていることを前提とする議論である。佐々木証人も,「しかし,事故が起こってしまった,あるいは,すでにそこに線源がある状況というのは,その線源とか被ばくをコントロールできない状況ですので,計画的に線量限度を適用することは不可能な場合があります。したがって,そういうときには,線量を最初から超えてしまっているような状況があるので,そういう中での防護体系に線量限度を使うことができないから,計画被ばく状況の線量限度と,それから,緊急時被ばく状況とか,あるいは,現存被ばく状況の線量体系を,少し変えざるを得ないと。」と証言しているところである(佐々木反対尋問調書13頁)。

  (3)「線量限度が適用されない」ことが相当因果関係の判断に影響を及ぼさないこと

 本準備書面第2で述べたとおり,社会通念に基づく相当因果関係判断において最も重要な評価根拠事実は,本件事故発生当時において,「どこまでの線量であれば一般的に容認されうるのか」,言い換えれば,「どのような線量であれば一般的に容認不可であるのか」についての社会規範である。
 したがって,相当因果関係の判断においては,「線量限度が適用されるか否か」が重要なのではなく,「どのような線量であれば一般的に容認不可であるのか」についての社会規範が重要なのである。
 そして,「線量限度が適用されない」ことは,個々の国民にとって「容認不可」とされる線量には影響を及ぼさない。
 上記4(3)で述べたとおり,国内法は,緊急時や復興期において,公衆にとって「容認不可」とされる線量を引き上げるような定めは一切設けておらず,緊急時であっても復興期であっても,個々の国民にとって「容認不可」とされる線量は,平常時同様年間1ミリシーベルトであることに変わりがない,というのが社会的合意たる国内法の立場である。「線量限度」の概念は,個々の国民にとって容認不可とされるレベルの線量は何ミリシーベルトであるかという観点から導き出された基準である。個々の国民にとって容認不可となる基準は緊急時であろうと復興期であろうと変わりはない。
 これに対して,事故時に「線量限度が適用されるか否か」の問題は,ICRP勧告の対象である規制当局が,1ミリシーベルトを基準として放射線防護措置を講じることを義務づけられるか否かの問題である。
 したがって,緊急時や復興期に「線量限度が適用されない」ことは,「どのような線量であれば一般的に容認不可であるのか」を中核的判断要素とする相当因果関係の判断に影響を及ぼすものではない。

  (4)相当因果関係判断において「参考レベル」も影響しないこと

 上述のとおり,「線量限度が適用されない」ことは相当因果関係に影響を及ぼすものではなく,「参考レベル」の概念も,同じく相当因果関係に影響を及ぼすものではない。この点も,原告ら準備書面(33)の第2・2で詳しく述べたところである。上記.の繰り返しとなるが,簡潔に述べれば,「参考レベル」に関する被告らの主張は,「参考レベル」という政府が放射線防護措置を講じるための「政策判断基準」と,個々の住民にとって「容認不可」とされる線量とを混同している,ということである。
 参考レベルは,線源管理が不可能な状況において,放射線防護を要求される規制当局らに対して,放射線防護を講じる政策判断指標として用いるよう勧告されている,いわば「政策判断基準」である。すなわち,線源をコントロールできず,「容認不可」とされる限度を超える被ばくが広がってしまっている異質の状況に対しては,そもそも「線量限度」を適用できない。そこで,政府は,まずはどのレベルの線量を超える地域に「対策」ないし「介入」を講じるか,これを達成すると次はどこに「対策」ないし「介入」を講じているか,これを順次行って最終的にどのレベルの線量まで低減まで措置を講じるのか,を決定しなければならず,その政策判断基準となるのが「参考レベル」である。
 繰り返しとなるが,この議論は,「『これを超えれば個人に対する影響は容認不可』とされる線量は何ミリシーベルトか」とはまったく別の議論である。政府が「参考レベル」に基づいて,何ミリシーベルトを基準にいかなる放射線防護措置をとろうと,個々の国民にとって「容認不可」な線量が何ミリシーベルトであるかに影響するものではない。「参考レベル」の概念は,「これを超えれば個人に対する影響は容認不可」とされる線量が何ミリシーベルトかとは,まったく別個の概念である。
 緊急時被ばく状況でも現存被ばく状況でも,個々の住民にとって,年間1ミリシーベルトを超える線量を容認できないことに変わりはない。この数値は,緊急時被ばく状況でも現存被ばく状況でも容認できない死亡リスクである。
 よって,いくら「参考レベル」を論じたところで,政府の避難指示という政策判断の適切さを論じるのであれば格別,個々の住民の避難行為の社会的相当性を判断するにおいては意味をなさない。

  (5)連名意見書と佐々木証人の証言について

  ア 「容認せざるを得ない」主体を明らかにしない連名意見書

 緊急時や復興期における放射線管理について,連名意見書は,「線源や被ばく線量の抑制が困難な事故などの非常事態(ICRPのいう緊急被ばく状況)となった場合は,防護・管理の目的を『重篤な組織反応(確定的影響)の可否と発がんリスク(確率的影響)の最小化』として,平常時よりも発がんリスクが高まることを容認せざるを得ない場合がある。事故などの非常事態が収束し,復旧が始まっても,平常時より環境の放射線量が高く直ちに平常時まで下げることが困難な場合(ICRPのいう現存被ばく状況)にあっても同様である」と述べている(丙D共36・5頁。連名意見書全体の問題点については,後記第6で述べる。)。
 しかし,連名意見書では,「容認せざるを得ない」主体が誰であるのか,主語を明らかにしていない。
 上記2(3)のとおり,ICRPの勧告対象,規制当局あるいは助言機関である。したがって,「容認せざるを得ない」主体を明らかにすれば,ICRP勧告の対象である規制当局あるいは助言機関となる。そこには,個々の国民は含まれない。したがって,連名意見書は,主語を明らかにすれば,個々の国民まで平常時より高いリスクを容認しなければならないわけではないことが明らかになってしまうため,これを避けるため主語を特定しなかったものと考えられる。

  イ 佐々木証言について

  (ア)佐々木証言の内容

 連名意見書の上記記述に関して,「(現存被ばく状況において)容認せざるを得なくなる場合が一般的ということですが,その主語に,公衆,一般の個々の住民というのは,入ってこないですね。」との原告ら復代理人からの尋問に対し,佐々木証人は,
「いえ,公衆も含めて,被ばくする方も含めて,確率的影響のリスクがある程度高まる。平常時よりは高まる状況で管理をしなくてはならない状況がありますということを言っているわけです」
と証言した(佐々木反対尋問調書17頁)。

  (イ)佐々木証人の独自見解であること
 佐々木証人の上記証言は,「容認」という尋問者の表現を,「管理」という表現にわざわざ言い換えているが,仮にこの佐々木証言が,「緊急被ばく状況や現存被ばく状況において,一般の個々の住民が,平常時よりも高いリスクを容認しなければならない場合がある」という趣旨で証言したとすれば,それは,ICRP勧告にもない,佐々木証人の独自の見解である。
 事故時の公衆被ばくと「容認不可」との関係について,ICRP1990年勧告は,「第一の言葉は,“容認不可”であり,委員会の見解では,その使用が選択の対象であった任意の行為の通常の操業において,いかなる合理的な根拠に基づいても被ばくは受け入れることができないであろうとことを示すために用いられる。そのような被ばくは,事故時のような異常な状況では受け入れられなければならないかもしれない」と述べている。ここでは,ICRPは,「かもしれない」と述べているに過ぎない。すなわち,受け入れられなければならない「場合がある」かどうか定かではない表現をしており,「場合がある」とは決して断言していない(しかも第2文の原文は「Such exposures might have to beaccepted in abnormal situations, such as those during accidents.」であり,極めて可能性の低い表現を用いている)。
 佐々木証人は,「受け入れられなければならない場合があるとは断言していませんね」という尋問に対して,「すみません,同じ意味だと思いますけれども,どう違うのでしょうか。」と証言したが(佐々木証人尋問調書・18頁12行目),英語原文はもとより,日本語としてもまったく意味が異なる。
 したがって,ICRPは「緊急被ばく状況や現存被ばく状況において,一般の個々の住民が,平常時よりも高いリスクを容認しなければならない場合がある」などとは述べていないのであって,佐々木証言がこのような趣旨でものであるとすれば,それはICRP勧告にも連名意見書にもない,独自の見解である。

  (ウ)リスク管理を述べただけの可能性
 先に指摘したとおり,そもそも佐々木証人は,「容認」という表現を,わざわざ「管理」という表現に言い換えている。したがって,佐々木証人の証言は,容認できるレベルの線量の問題ではなく,リスク管理の問題としての証言である可能性があり,むしろ,言い換えまでしていることから,リスク管理の問題として捉える方が自然な理解であるともいえる。
 リスク管理の問題としての証言であれば,確率的影響がある程度高まる状況においては,個々の住民としても,高まったリスクに応じたリスク管理をせざるを得なくなる場合もある,という一般論を述べるに過ぎないこととなる(もっともわかりやすいリスク管理方法が,被ばくを避けるための避難ということになろう。)。
 その証言には,個々の住民にとって「容認不可」とされるレベルが引き上げられるという趣旨は含まれない。

  (エ)佐々木証言によっても相当因果関係判断に影響はないこと
 したがって,「いえ,公衆も含めて,被ばくする方も含めて,確率的影響のリスクがある程度高まる。平常時よりは高まる状況で管理をしなくてはならない状況がありますということを言っているわけです」との佐々木証言は,独自の見解か,あるいは,リスク管理について述べているにすぎず,緊急時被ばく状況や現存被ばく状況において,公衆にとって「容認不可」とされる線量が引き上げられることを認める証言でない。
 よって,佐々木証言によっても,「線量限度が適用されないことは相当因果関係に影響を及ぼさない」との結論に変わりはない。


 7 毎時μSvを年間線量に換算する方法

  (1)毎時μSvを年間線量に換算する方法


 以上のとおり,生活圏内に年間1ミリシーベルトを超える線量が測定された地域から避難することは,国内法における「容認不可」とされる線量を避ける行為であり,社会通念に照らして相当性が認められる。
 そして,年間1ミリシーベルトを超えるか否かの判断は,原告らの主張する毎時マイクロシーベルトの「空間線量率」に,24時間×365日を乗じ,1000で除す(マイクロをミリに換算する)ことで足りるというべきである。
 原告らの主張する「空間線量率」が原子力規制委員会がホームページで公開している「放射線モニタリング情報」に基づいており,これが実効線量として公表されていることは,原告ら準備書面(43)の第2・2で述べたとおりである。

  (2)自然線量と追加線量とを区別する必要がないこと

 この点,自然線量と追加線量とを区別すべきと被告らが主張することも考えられる。
 しかし,原告らの避難元においては,そもそも自然線量と追加線量とを区別することは不可能であり,かつ,不可能な状態に陥らせたのは放射性物質を拡散した被告らに他ならない。
 したがって,区別できない不利益は被告らが負うべきであり,何ら帰責性のない原告らに不利益を負わせるべきではない。

  (3)屋内遮蔽効果を考慮する必要がないこと

 また,被告らにおいて,追加被ばく線量年間1ミリシーベルトを一時間当たりの放射線量に換算すると,毎時0.23マイクロシーベルトとなると主張することも考えられる。
 この換算方法は,1日のうち,屋外に8時間,遮蔽効果のある木造家屋に16時間滞在するという生活パターンを仮定して算定した毎時0.19マイクロシーベルトに,自然放射由来の放射線量である毎時0.04マイクロシーベルトを加えたものである。
 このうち,追加線量と自然線量とを区別する必要がないことは,上記.のとおりである(そもそも,原告らの避難元における自然放射由来の線量を特定すること自体,不可能である。)。
 また,屋内遮蔽効果を考慮する考え方は,国内法における公衆保護の考え方とはまったく異なる。そもそも,実用発電用原子炉の設置,運転等に関する規則において居住禁止や立入制限規制がされる「周辺監視区域」は,原子力施設の周囲を柵等により区画し,その外側にいる人が受ける実効線量が,年間1ミリシーベルトを超えるおそれがないように管理された区域である。
そこでは,建物内に居住することを前提とした線量測定など想定されておらず,屋内遮蔽効果を考慮する余地などない。

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