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★ 準備書面(3)避難の社会的相当性 
 第3章 ICRPの知見 
平成26年6月27日

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 第1 ICRPとは
  1 ICRPの成り立ち
  2 ICRPの位置づけ
  3 ICRP勧告とは

 第2 ICRPによる「公衆の被ばく線量」
  1 1977年勧告まで
  2 1985年パリ声明
  3 1990年勧告
  4 2007年勧告
  5 2008年勧告

 第3 小括



第3章 ICRPの知見

 第1 ICRPとは

  1 ICRPの成り立ち

 1928年,ストックホルムで開催された第2回国際放射線学大会において,放射線技師等を放射線被ばくによる職業病から守るための学術組織として「国際X線およびラジウム防護諮問委員会(IXRPC)」が設立された(甲共D14・33頁)。
しかし,第2次世界大戦中,アメリカの原爆開発のための「マンハッタン計画」の下,原子力産業が誕生し,原爆開発組織の労働者の放射線被ばく管理と従来の医療放射線作業従事者のそれを同じ基準にする必要が生じた(甲共D14・18頁)。
 そのため,1946年,全米放射線防護委員会(NCRP)が設立され(甲共D14・19頁),「許容線量」という概念を導入した後,これを国際的に追認するために,それまで開店休業状態にあったIXRPCを再開する形で,1950年,ロンドンで会議が開かれ,「国際放射線防護委員会(nternational ommission on adiological rotection)」が設立された(甲共D14・34頁)。

  2 ICRPの位置づけ

 ICRPは,NCRPともども,内部放射線被ばくに関する小委員会の審議を打ち切り(甲共D16・152頁),かつ,IXRPCが採用していた「耐用線量(なんらの生物・医学的悪影響をおよぼさないと考えられた被ばくの防護基準)」概念(甲共D14・26頁)を放棄して,リスク受忍論を前提とする「許容線量」概念を採用した(甲共D14・32頁・35〜39頁)。かかる動きに対し,ICRP及びNCRP両方の小委員会の委員長であったカール・Z・モーガンは,「ICRPは,原子力産業の支配から自由ではない。原発産業を保持することを重要な目的とし,本来の崇高な立場を失いつつある。」とコメントした(甲共D16・152頁)。
 つまり,ICRPとは,職業被ばく防護のための組織であったIXRPCが,核開発推進のための組織に変質したものであった(甲共D14・31頁以下)

  3 ICRP勧告とは
 ICRPは,定期的に「勧告」(Publication)を公表しており,たとえば,1958年に採択され,翌年に公表されたPublication1(Pub.1と略すこともある)は,「1958年勧告」と呼ばれるが,正式な名称は,「ICRP 1959 Publication1」である。

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 第2 ICRPによる「公衆の被ばく線量」

  1 1977年勧告まで

  (1)1958年勧告
 初めて公衆の被ばく線量を定めた1958年勧告(1959 Pub.1)は,「実行可能な限り低く(s ow s racticable)」というALAP原則の下,許容線量を年間0.5レム(=5ミリシーベルト)としていた。
 1962年(昭和37年)のPub.6は,放射線防護の観点から人の被ばくの程度をあらわす量として吸収線量と線質係数,線量分布係数等の積としてあらわされる「線量当量」を用いることを勧告した。

  (2)1965年勧告
 その後,1965年勧告(1966 Pub.9)では「合理的に達成できる限り低く(s ow s easonably Achievable)」というALARA原則の下,線量当量限度が年間0.1レム(=1ミリシーベルト)にまで低減された(甲共D14・185頁)。

  (3)1977年勧告
 1977年(昭和52年)採択のPub.26(以下「1977年勧告」という。)においても,放射線被ばくによる発がんなど重要で有害な影響と結びつくものとして「線量当量」を導入し,その単位として「シーベルト」(Sv)を用いることとした。
 また,1977年勧告は,「放射線防護の目的には,ある種の単純化した仮定を設ける必要がある。委員会勧告の基礎となっているこのような基本的な一つの仮定は,確率的影響に関しては,放射線作業で通常起こる被曝条件の範囲内では,線量とある影響の確率との間にしきい値のない直線関係が存在するということである」として,LNT仮説を採用した(甲共D8・10頁・27項)。
 さらに,公衆の構成員に関する実効線量当量限度について,日常生活で通常受け入れられているリスクに関して知られている情報の検討から,一般公衆に対する死のリスクの容認できるレベルは職業上のリスクより一桁低いと結論づけ,年あたり10-6から10-6の死のリスクであれば公衆が容認できるであろうとした(甲共D8・41頁・118項)。そして,放射線誘発がんに関する死亡リスク係数から,公衆の生涯線量当量を,一生涯を通じて年当たり1ミリシーベルトの全身被ばくに相当する値に制限することを意味するとした(甲共D8・42頁・119項)。
 その上で,1977年勧告は,公衆に被ばくをもたらす行為は少ししかなく,最も多く被ばくするグループ(同勧告では「決定グループ」と呼んでいる。甲共D8・30頁・85項)の被ばくを5ミリシーベルトに抑えれば,公衆の平均被ばく線量が年0.5ミリシーベルトより低くなると思われるとして,5ミリシーベルトの年線量当量限度を公衆被ばく線量限度として用いることとした(甲共D8・42頁・119項,120項)。なお,同勧告以前は年5レムが基準であった。

  2 1985年パリ声明

 しかし,1985年のパリ声明(甲共D9)では,この年5mSv基準を用いることができるのは,1977年勧告の120項から128項に記された条件下においてのみであるとした。すなわち,決定グループ外の人々の被ばくがほとんどないなどの限られた条件下でしか用いることのできない基準であるとした。
 そして,他の状況,すなわち,1977年勧告120項から128項に記載された条件のない一般的状況では,生涯の平均年線量が1ミリシーベルトとして被ばくを制限することが賢明であるとして,パリ声明は,年線量当量1ミリシーベルトを主たる公衆被ばく線量限度とした。
 なお,同声明は,生涯にわたる平均の年実効線量当量が1年につき1ミリシーベルトを超えることのない限り,1年につき5ミリシーベルトという補助的限度を数年にわたって用いることが許されるともしているが,後述のとおり,我が国では病室等における問題として位置付けられているにすぎない。

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  3 1990年勧告

  (1)放射線量の単位に「実効線量」を用いるとしたこと
 1990年勧告(Pub.60)は,放射線量の単位につき,実効線量当量に代えて「実効線量」を用いることとした(甲共D10・8頁・27項)。
実効線量は,「身体のすべての組織・臓器の荷重された等価線量の和として与えられる」と説明されている(甲共D10・9頁・28項)。
 1990年勧告は,放射線防護上関心があるのは,一点における吸収線量ではなく,組織・臓器にわたって平均し,線質について荷重した吸収線量であるとし,このための荷重係数を「放射線荷重係数」と呼び,放射線荷重係数で荷重された吸収線量を各組織・臓器の「等価線量」と名付けている(甲共D10・6頁・24項)。

  (2)LNT仮説と公衆被ばく線量限度
 1990年勧告では,線量限度を定めるにあたっての委員会の目的は,「ある決まった1組の行為について,また規則的で継続する被ばくについて,これを超えれば個人に対する影響は容認不可と広くみなされるであろうようなレベルの線量を確定することである。」とされている(甲共D10・44頁・149項)。
 1990年勧告は,低線量被ばくの影響について,「放射線に起因するがんの確率は,少なくとも確定的影響のしきい値よりも充分に低い線量では,恐らくしきい値がなく,線量におよそ比例して線量の増加分とともに通常は上昇する。」として(甲共D10・6頁・21項),1977年勧告と同じくLNT仮説を採用した。
 そして,1990年勧告は,「年実効線量が1mSv−5mSVの範囲の継続した追加被ばくの影響は付属書Cに示してある。それは判断のための基礎としてわかりやすいものではないが,1mSvをあまり超えない年線量限度の値を示唆している。」ことなどを総合考慮して,「委員会は,年実効線量限度1mSvを勧告する。」とした(甲共D10・55頁・191項)。

  4 2007年勧告

 2007年勧告(Pub.103)は,被ばく状況を,「計画被ばく状況(=廃止措置,放射性廃棄物の処分,及び以前の占有地の復旧を含む,線源の計画的操業を伴う日常的状況」,「緊急時被ばく状況(=ある行為を実施中に発生し,至急の対策を要する不測の状況)」,「現存被ばく状況(=自然バックグラウンド放射線やICRP勧告の範囲外で実施されていた過去の行為の残留物などを含む,管理に関する決定をしなければならない時点で既に存在する状況)」の3つに分類し直すとともに(甲共D11・G4頁),「介入レベル」という概念(甲共D10・35頁・113項)を「参考レベル」という概念に改めた(甲共D11・75頁)。
 ここに,「参考レベル」とは,「緊急時又は現存の制御可能な被ばく状況において,それを上回る被ばくの発生を許す計画の策定は不適切であると判断され,またそれより下では防護の最適化を履行すべき,線量又はリスクのレベルを表す用語」と説明されている(甲共D11・G5頁)。
 すなわち,参考レベルは,緊急時及び現存の被ばく状況における政策決定の指針であり,公衆の被ばく線量限度を定める基準ではない。そもそも,参考レベルが介入レベルと呼ばれていたときも,「介入レベルは限度として扱うものではなく,措置のための指針である。」とされていたし(甲共D12・29頁・109項),2007年勧告も,「計画被ばく状況における公衆被ばくに対しては,限度は実効線量で年1mSvとして表されるべきであると委員会は引き続き勧告する。」として,線量限度とは別個の概念であることを明らかにしている(甲共D11・60頁・245項)。
 この点,「緊急時被ばく状況」での参考レベルは「20〜100mSv/年」のバンド(=線量域)とされているが,それは「被ばくを低減させるためにとられる対策が混乱を起こしているかもしれないような,異常でしばしば極端な状況に適用される」に過ぎない(甲共D11・59頁・240項)。
 むしろ,「1〜20mSv/年」というバンドでさえ,「計画被ばく状況(=平時)」における「職業被ばくに対して設定される拘束値」とされている(甲共D11・59頁・240項)。
 すなわち,2007年勧告においても,公衆被ばくの線量限度は原則として「実効線量年間1ミリシーベルト」なのである。

  5 2008年勧告

 さらに,2008年に承認され2010年に刊行された「原子力事故または放射線緊急事態後の長期汚染地域に居住する人々の防護に対する委員会勧告の適用」(Pub.111)においては,「汚染地域内に居住する人々の防護の最適化のための参考レベルは,このカテゴリーの被ばく状況の管理のためにPublication103(ICRP,2007)で勧告された1〜20mSvのバンドの下方部分から選択すべきであることを,委員会は勧告する。過去の経験は,長期の事故後の状況における最適化プロセスを拘束するために用いられる代表的な値が1mSv/年であることを示している。」と明言されている(甲共D13・17頁・50項)。


 第3 小括

 以上のとおり,原子力産業の支配下にあって,原発産業を保持することを重要な目的とする国際的な機関であるICRPが定めた基準においてさえも,公衆被ばくの線量限度は「実効線量年間1ミリシーベルト」とされているのである(甲共D13・17頁・50項)。

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