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★ 準備書面(36) −ICRP勧告の意味,低線量被ばくの健康影響等− 
 第3 低線量被ばくの健康影響に関する近時の知見 
平成28年5月24日

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第3 低線量被ばくの健康影響に関する近時の知見
 1 「100ミリシーベルト以下で発がんリスクの増加を証明することが難しい」という言説の意味
 2 原爆被ばく者の寿命調査(甲D共136号証の1,2)
 3 各施設からの放射性物質汚染及び各施設労働者の調査
 4 イギリス高線量地域における小児白血病の増加(甲D共141号証の1,2)
 5 スイス国勢調査に基づく自然放射線と小児がんの関連(甲D共142号証の1,2)
 6 検査目的の医療放射線被ばくによるがんの増加
 7 インド・ケララ地方の住民疫学調査について
 8 原爆被ばく者の寿命調査と放射線安全量
 9 ICRPのDDREF過小評価



第3 低線量被ばくの健康影響に関する近時の知見


 1 「100ミリシーベルト以下で発がんリスクの増加を証明することが難しい」という言説の意味

 線量が低くなればなるほどそのリスクを疫学的に証明するのは難しくなる。一般的にいわれていることは,リスクが低い場合には有意差を出すためには調査集団を大きくし,調査期間を長くする必要がある。低線量放射線の場合,線量が1/10になれば調査集団は100倍,1/100になれば集団は1万倍にしなければ統計的有意差を得にくいといわれている。その困難にもかかわらず,近年大規模な疫学調査結果が次々に発表され,ごく低線量においても統計的に有意な発がん及びがん死リスクの上昇が明らかにされてきた。
 その多くは,ICRP1990年勧告はもちろんのこと,ICRP2007年勧告,UNSCEAR2013年報告やWG報告書の後に発表されたものである。
 新しい知見に基づけば,LNTモデルは科学的に実証されており,また,低線量被ばくの健康影響は決して無視できないことは明らかである。


 2 原爆被ばく者の寿命調査(甲D共136号証の1,2)

 世界的に最も良く知られている疫学調査の一つは,広島・長崎原爆被ばく者の寿命調査である。この調査にはいくつかの欠点があることが指摘されている。
 しかし,それでも50年以上にわたり86,611人を追跡してきており,男女の比がほぼ等しく,乳幼児から高齢者までを含み,線量推定も比較的信頼性が高いので,放射線による疫学調査の多くの論文に引用されている。この集団の被ばく線量は5mSv未満が44.4%,5mSv以上100mSv未満が34.6%であり低線量被ばく者が全体の79%を占めている。
 2012年に公表されたこの第14報では,被ばく者の全固形がんによるがん死の過剰相対リスクは線量の増加とともに直線的に増え,ある線量以下ではがん死リスクがゼロになるという境界の線量(これを「しきい値」という)は示されず「ゼロ線量が最良の閥値推定値であった」と述べられている。
 2003年に公表された前報である第13報ではしきい値に相当する記述は「固形がんの過剰相対リスクは,0−150mSvの線量範囲においても線量に関して線形であるようだ。」であり,しきい値に関してより踏み込んだ表現となった。
 これは,調査期間が6年延長されたことにより統計的な信頼性が高まったからである。
 そして,線量あたりのがん死過剰相対リスク(ERR)は,0.42/Gyである。
 つまり,1Gy被ばくすると被ばくしなかったグループに比較してがん死率が42%上昇する,即ち1.42倍になるということである。

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 3 各施設からの放射性物質汚染及び各施設労働者の調査

  (1)テチャ川流域住民のがん死(甲D共137号証の1,2)

 プルトニウム製造工場から排出された核廃棄物が住民に知らせることなくテチャ川に流された。
 被ばく住民29,873人の平均被ばく線量は,40mSvであった(4)。この集団を47年間追跡調査した結果,1,842人の固形がん死(骨がんを除く)と61人の白血病死が見られた。がん死率は線形二次よりも線量に比例して直線的に増加する直線モデルにフィットしている。固形がんによる死亡の過剰相対リスクは0.92/Gyで,慢性リンパ性白血病を含めた白血病では過剰相対リスクは4.2/Gy,慢性リンパ性白血病を除いた白血病は6.5/Gyであった。
 発がんあるいはがん死率の過剰相対リスク(ERR)とは,被ばくしていない人に比べて,被ばく者がどのくらい多く発がんあるいはがん死するかを示す指標であり,相対リスク(RR)から1を引いた値である。
 ERRが0.92/Gyということは1Gy被ばくすると被ばくしていない人に比べて発がんあるいはがんで死亡する人が1.92倍になることを意味する。

  (2)15カ国核施設労働者におけるがん死リスク(甲D共138号証の1,2)

 15ヶ国の核施設で働く労働者407,391人について調べ,合計追跡期間は5,192,710person−yearsであった。
 その平均蓄積線量は19.4mSvであり,90%の労働者の蓄積線量は50mSv未満,500mSvを超えて被ばくした労働者は0.1%未満であった。この集団に於いて,白血病を除く全がん死過剰相対リスクは0.97/Svであり,慢性リンパ性白血病を除く白血病の過剰相対リスクは1.93/Svであった。31種類の部位別がんの内でも特に肺がん死と被ばく線量は統計的には高い相関関係を示し,過剰相対リスクは1.86/Svであった。

  (3)電離放射線職業被ばくによるがん死リスク−仏,英,米国における後ろ向きコホート研究−(甲D共139号証の1,2)

 仏,英,米国の核施設労働者308,297人を平均26年間追跡調査した。
 平均累積結腸線量は20.9mSvで,中央値は4.1mSvであった。全がん死,白血病を除く全がん死の過剰相対率はそれぞれ0.51/Gy,O.48/Gyであった。0から100mGyの低線量区間における線量とがん死との相関関係は,幾分正確性は劣るものの,全線量域と同様であった。
 この論文(6)で著者等が新しく得られた知見として挙げていることは,同じ線量であればリスクは線量率に関係しないということである。すなわち,時間をかけてゆっくり被ばくしても(低線量率被ばく)広島・長崎原爆被ばく者の被ばくのように全量を一度に被ばくする高線量率被ばくでも,線量が同じならばリスクは変わらないということである。

  (4)核施設労働者の白血病,リンホーマによる死亡と放射線被ばく(甲D共140号証の1,2)

 仏のAREVA社の核サイクル施設,国立電気会社などで少なくとも1年働いた労働者,米国のエネルギー省,国防省,英国の核施設労働者として登録されている労働者308,297人について調査し,平均追跡期間は27年,平均蓄積線量は16mGyであった。
 1年間の平均被ばく線量は,1.1mGyであったことからわかるように低線量率被ばくである。
 慢性リンパ性白血病を除く白血病による死亡の過剰相対リスクは2.96/Gy,被ばくにより最も増加するのは慢性骨髄性白血病による死亡であり,過剰相対リスクは10.45/Gyであった。一度に全線量を浴びた高線量率被ばくである広島・長崎原爆被ばく者の白血病による死亡リスクは2.63/Gyと計算され,著者等は白血病についても低線量率被ばくでも高線量率被ばくと同様なリスクとなることが明らかになったと述べている。

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 4 イギリス高線量地域における小児白血病の増加(甲D共141号証の1,2)

 自然放射線被ばくは,低線量率で長期間継続的に被ばくを受けることになり,この自然放射線被ばくによってがんになるのかどうかを,放射線に感受性の高い小児について調べている。
 小児がんの症例27,447人と対照者36,793人について自然放射線の被ばく線量と発がん率の相関関係を調べたところ,小児白血病が統計的に有意に増加するのは4.1mGy以上であり,過剰相対リスクは0.12/mGyと計算されている。すなわち1mGyの被ばくで12%白血病が増加することを意味する。著者は自然放射線のような低線量率被ばくでも高線量率リスクモデルと同様な発がんがあると述べている。


 5 スイス国勢調査に基づく自然放射線と小児がんの関連(甲D共142号証の1,2)

 調査対象とした16歳未満の子供は2,093,660人で,平均追跡期間は7.7年,発症したがん症例は1,782例である。得られた結果は,全がんにおいてハザード比は外部被ばく蓄積線量について1.04/mSvであり,白血病及び中枢神経系腫瘍ではそれぞれ1.046/mSv,1.06/mSvになっている。この論文で初めて1mSvという低線量でも有意にがんが増加することが疫学調査で示された。
 またこのような低線量・低線量率であっても,線量とリスクは直線関係を示していた。

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 6 検査目的の医療放射線被ばくによるがんの増加

  (1)胎児期の被ばくによる小児がん死の増加(甲D共143号証の1,2)

 胎児期に診断用のエックス線を被ばくすると小児がんによる死亡リスクが高まるという多数の報告があり,それら論文をまとめた総説が平成9年に公表されている。これによると,妊娠した女性の腹部エックス線検査により小児がん死が40パーセント増加し,10mGyの被ばくでも小児がんの増加が見られる。
 こうした研究を踏まえ,UNSCEAR2010年報告は,「リスク推定値は年齢によって異なり、若い集団は通常感受性がより高く、子宮内放射線被ばくの研究では、胎児は特に感受性が高いことが示されており、10mGy及びそれ以上の線量においてリスク上昇が検出されている。」と結論づけている(丙D共1号証 25項)。

  (2)イギリスにおける小児CT検査による白血病と脳腫瘍の増加(甲D共144号証の1,2)

 イギリスでCT検査を受けた22歳未満の小児及び若年成人178,604人の内74人が白血病,176,587人の内135人が脳腫瘍と診断された。
 白血病罹患率についての過剰相対リスクは0.036/mGy(1mGy被ばくすると白血病罹患率が1.036倍)であり,脳腫瘍罹患率については,過剰相対リスクは0.023/mGy(1mGyの被ばくで脳腫瘍の罹患率が1.023倍)であった。
 被ばく線量と白血病,脳腫瘍発生の関係は直線関係を示していた。

  (2)オーストラリアにおけるCT検査と小児,青年の発がんリスク(甲D共145号証の1,2)

 オーストラリアで,CT検査を受けた680,211人について平均9.5年間,検査を受けなかった10,259,469人については17.3年間追跡調査を行い,発がん率を調べている。
 CT検査1回受けると(約4.5mSv被ばく)発がん率は約1.2倍になっている。検査回数が増えるとそれに比例して発がん率も増加する。
 全がん,脳腫瘍及び白血病・骨髄異形成症候群の線量あたりの過剰率比(ERR)はそれぞれ0.035/mGy, 0.029/mGy及び0.039/mGyであった。

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 7 インド・ケララ地方の住民疫学調査について

 被告国は,Nair RRK等によるインドのケララ地方住民の疫学調査結果(丙D共2号証)に基づいて高自然放射線地域における発がん率の増加を否定している。
 しかし,その結論には信用性に乏しいと言わざるを得ない。
 その理由の第一は,調査対象者の選別方法にある。この論文では,30歳未満及び85歳以上の年齢集団を調査対象群から除外している。
 その理由の第二は,集団のサイズが小さすぎ,調査期間も短いことにある,ケララ地域の場合,調査集団は69,958人で調査期間は10.5年に過ぎない。
 インド,ケララ地域でがんの増加を検出できなかったのは調査集団の選択バイアスがあったうえ,統計力が不足していたという可能性があり,これをもって自然放射線による発がんの増加はないということはできない。


 8 原爆被ばく者の寿命調査と放射線安全量

 被告国は,第7準備書面のうち第3の(2)「小笹晃太郎氏は崎山氏の意見を否定している」の項目において,「小笹氏等の前記論文に基づいて,100ミリシーベルト以下の線量であっても,「統計学的に有意に発がんが証明されている」などとする崎山氏の意見書」と述べている(第7準備書面・9ページ)。
 しかし,崎山意見書は,小笹氏等の論文のみによって100mSv以下の発がんリスクが統計的に有意だとしているわけではなく,上述のように小笹論文以外に低線量でがん死,発がんリスクの増加が有意に証明された論文を証拠として挙げている。また,小笹氏自身も放射線について,安全量がないという評価を否定しているわけではない。
 また,被告国は,国会事故調の報告は不正確であるとも述べているが(第7準備書面・2ページ),国会事故調の報告書の執筆期限(2012年3月末)以降に発表された論文の内6報により,100mSv以下の被ばくによる発がん,がん死リスクの増加の信頼度が更に確かなものとなり,国会事故調の報告書の正確性が一層明らかとなっている。


 9 ICRPのDDREF過小評価

 原爆被ばく者の全がん死率の過剰相対リスクは,0.42/Gyである。低線量率被ばくであるテチャ川流域住民の固形がんリスクは0.92/Gyで,15ヶ国核施設労働者,英仏米3ヶ国の線量あたりの白血病を除く全がんリスクは,それぞれ0.97/Gyと0.48/Gyである。
 白血病死は,原爆被ばく者では4.6/Gyであるのに対し,テチャ川では6.6/Gy,15ヶ国核施設労働者では4.2/Gy,英仏米3ヶ国では2.63/Gyとなっており,英仏米3ヶ国の白血病を除き,高線量率被ばくに比較して低線量率ではリスクが約2倍高いかあるいは同等であることが示された。
 DDREFを2とするICRPの立場は,現時点の知見に照らせば不相当である可能性が高く,少なくともICRPが安全側に立っているという立論は,DDREFの値の採用に照らせば間違っていることとなる。

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