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★ 最終準備書面(相当因果関係)
 第3 放射線による健康影響(特に低線量被ばくによる健康影響)について 
平成29年9月22日

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第3 放射線による健康影響(特に低線量被ばくによる健康影響)について
 1 はじめに
 2 放射線による健康被害・影響を論じるうえでの前提知識
 3 放射線被ばくによる健康被害・影響のメカニズム 特に低線量被ばくの健康影響について
 4 WGもLNTモデルを認めていること
 5 WG報告書以降も集積されるLNTモデルを裏付ける科学的知見



第3 放射線による健康影響(特に低線量被ばくによる健康影響)について
 ―LNTモデルの考え方,同モデルを裏付ける近時の科学的知見―



 1 はじめに

 被告らは,低線量被ばくの健康影響についての科学的知見は定まっておらず異論があると被告らは指摘する。
 しかし,国内法は科学的知見の対立を織り込み済みなのであって,社会的通念に基づく相当因果関係判断において,「放射線と健康影響に関する科学的知見」を独立して論じることの意義や必要性は低い(原告ら準備書面(18)・22頁)。
 ただ,被告らが主張する科学的知見の挙げ方はあまりにも偏頗的ないし不正確である(原告ら準備書面(18)・23頁以下)。
 また,被告国は,LNTモデルの根拠となっている仮説を明確に実証する生物学的/疫学的知見がすぐに得られそうもないことを強調しておくと主張したが(被告国第7準備書面・5頁),実際には,LNTモデルは生物学/疫学的知見によって実証をされている。 そこで,本項では,放射線による健康被害・影響のメカニズムについて簡単に整理した後(詳細は原告ら準備書面(3)ですでに述べた),低線量被ばくにおいても健康への影響が否定できず,放射線による影響・危険性の考え方についてはLNTモデルが採用されていることについて述べる。また,WG報告書の作成以降も,LNTモデルを裏付ける知見が集積されていることについても述べる。


 2 放射線による健康被害・影響を論じるうえでの前提知識

  (1) はじめに


 まず,放射線による健康被害・影響を論じるうえでの前提知識を簡単に整理する。なお,この点は,原告ら準備書面(3)および(36)においても詳しく述べているところである。

  (2) 放射線,放射能,放射性物質,被ばく

 物質は原子からできており,原子は原子核と負の電荷を帯びた電子によって構成されている。原子核は,正の電荷を帯びた陽子と中性の粒子である中性子が結合したものである。原子の中心には原子核があり,その周囲を電子が飛び回っている。通常の原子は,陽子と電子の数が同じで電気的に中性であるが,電子の数が多ければ負,少なければ正に荷電することとなる(甲D共1の1,甲D共2・5頁)。
 陽子と中性子の数のバランスが悪い不安定な原子核の種類(核種)は,過剰なエネルギーを放出して,安定した別の核種に変化する。このとき放出されるのが,放射線である。つまり,「放射線」とは,運動エネルギーをもって空間を飛び回っている小さな粒(素粒子)のことである(甲D共1の1,甲D共2・6頁)。
 また,「放射能」とは,不安定な原子核が放射線を出しながら別の原子核に変わっていく性質のことであり,放射能をもつ物質を「放射性物質」といい,放射線を浴びることを「被曝」(被ばく)という(甲D共1の1,甲D共2・4頁)。

  (3) 電離放射線の人体への影響

 すべての生物は細胞から構成されている。人体の場合,もともと1個の細胞(受精卵)が次々と細胞分裂を繰り返した結果,組織・器官が形成され,約60兆個もの細胞から成り立っている。それぞれの細胞の中には自分と同じ細胞をコピーするための情報が含まれており,その設計図がDNA(デオキシリボ核酸)で,それぞれの細胞にDNAが収められている。細胞はエネルギーや有用な化合物を生産したり,分裂して別の細胞をつくったりすることにより生命維持を行っており,このような細胞の役割はすべてDNAに記録されている。

  (4) 細胞への影響

 放射線による影響は,細胞の構成分子に直接フリーラジカルが生じることもあれば,放射線がまず細胞の70%を占める水分子に作用してフリーラジカルを生じさせ,そのフリーラジカルが間接的に細胞構成分子を攻撃する場合もある(甲D共1の2)。フリーラジカルと周囲の分子との間の反応は極めて短時間に起こり,その結果化学結合が切断されたり,分子の「酸化」(酸素分子が付加される)が生じたりする。
 細胞における主たる影響は,DNAの切断である。DNAは相補的な2本の鎖から成っているので,1本鎖だけの切断と2本鎖の切断の両方が起こる。
生物学的に重要なのは2本鎖切断の方である。大半の1本鎖切断は元通りに修復される。2本の鎖は写真のポジとネガの関係になっているので,傷の付いていない方の鎖を手本にして傷の付いた鎖を修復できるからである。ところが2本鎖切断の場合にはそうした手本がないので,修復は難しく誤りを伴う確率が高くなる(甲D共4・79頁以下,崎山主尋問調書7頁~8頁・11頁など)。
 こうした修復の誤りによって細胞に突然変異,染色体異常,細胞死が生じると考えられている(甲D共1の1,崎山主尋問調書7頁~8頁)。

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 3 放射線被ばくによる健康被害・影響のメカニズム特に低線量被ばくの健康影響について

  (1) はじめに


 本項では,放射線被ばくによる健康被害・影響の種類やメカニズム,特に低線量被ばくの健康影響について整理する。なお,この点は,原告ら準備書面(3)および(36)においても詳しく述べているところである。

  (2) 被ばくによる健康被害 ―確定的影響と確率的影響―

 放射線による健康被害には,確定的影響と確率的影響がある。
 確定的影響とは,ある限界線量(しきい値)を超えると初めて影響が現れる場合のものである(甲D共2・65頁)。確定的影響では,放射線の被ばく線量が大きければ大きいほど臨床症状が重くなる。後述する急性障害,白血球減少,白内障等の身体的影響が確定的影響としてあげられる。同程度の被ばく線量であれば,誰にでも同じ症状があらわれる(甲D共2・65頁)。
 これに対して,確率的影響とは,影響が現れるのにしきい値がない場合のものである。言い換えれば,被ばく線量がどんなに低くても,それに応じた
 確率で影響が生じるというもので,白血病を含む発がんリスクや遺伝的影響のことである(甲D共2・65~66頁)。

  (3) 急性障害と晩発障害

 また,放射線障害には,急性障害と晩発障害がある。
 急性障害とは,被ばく後数週間以内に現れる影響で,食欲不振・悪心・嘔吐・倦怠感等の初期症状にはじまり,骨髄障害,脊髄障害,消化管の障害が発生し,貧血・紅斑や脱毛・潰瘍・壊死・腹痛・嘔吐・下痢という症状が現れ,数Gy以上の被ばくでは,中枢神経系の障害が発生し短時間で死亡する(甲D共2・66~67頁)。
 これに対して,晩発障害は,被ばく後,数か月から数十年で現れる影響であり,白血病やがん等の悪性腫瘍,白内障,老化の促進等が挙げられる(甲D共2・68頁)。
 この点,大阪地方裁判所における原爆症認定義務付請求事件(平成21年(行ウ)第224号)においては,被告国も,チェルノブイリ原発事故後十年後辺りから甲状腺がんの有意な増加がみられることを認めていた(甲D共5・66頁)。
 なお,妊娠時に被ばくした場合には,胎児に影響し,流産,小頭症の発生,発育の遅れ,精神遅滞発生等をもたらすこともある(甲D共2・68頁)。

  (4) 低線量被ばくとLNTモデル

 1シーベルト以上の高線量の被ばくでは,確定的影響としての急性障害が生じる。また,100ミリシーベルトから1シーベルトでは,晩発障害の発生する確率(過剰相対リスク)が,被ばく線量に比例して直線的に増加するということが明らかになっている(確率的影響)。
 これに対して,100ミリシーベルト以下のいわゆる低線量被ばくについては,確率的影響として,同様の直線的比例関係が成り立つという「しきい値なし直線モデル」すなわちLNT(Linear Non-Threshold)モデルのほか,ヒトの自然治癒力による「修復効果」や「ホルミシス効果」によって影響は小さくなるという「下に凸」説,逆に,むしろ低線量被ばくの方が影響が大きいとする「上に凸」説がある(甲A1・403頁,甲D共15・14~15頁)。
 更に,低線量放射線による継続的被ばくが,高線量放射線の短時間被ばくよりも深刻な障害を引き起こす可能性を指摘する見解もある。平成16年3月,当時の原子力安全委員会放射線障害防止基本専門部会に設けられた低線量放射線影響分科会がとりまとめた「低線量放射線リスクの科学的基盤-現状と課題-」においても,同じ被ばく量であれば長期にわたって被ばくした場合の方がリスクも上昇するという逆線量率効果,被ばくした細胞から隣接する細胞に被ばくの情報が伝わるバイスタンダー効果,放射線被ばくを受けた細胞集団に長期間にわたる様々な遺伝的変化が非照射時の数倍から数十倍の高い頻度で生ずる状態が続くゲノム不安定性等の可能性が指摘されている(甲D共6・18~20頁,甲D共15・17頁)。
 しかし,現在,ICRPを初めとする国際的な知見は,いずれもLNTモデルを採用しており(崎山主尋問調書10頁・12頁,酒井反対尋問調書6頁ほか),平成24年7月5日に公表された「東京電力福島原子力発電所事故調査委員会」(いわゆる国会事故調)の報告書でも,このモデル(考え方)が前提とされている(甲A1・402頁)。
 また,ICRPがLNTモデルを採用していることや,ICRPが低線量被ばくの危険性を低く見積もる(下に凸の考えの)ホルミシスモデルを放射線防護に取り入れていないこと,ICRP2007年勧告附属書Aにおいてもホルミシスという用語が一切使用されていないことは,酒井証人自身も認めている(酒井反対尋問調書8頁)。また,酒井証人が所属していた電力中央研究所においても,「これまでに得られた知見からは,ホルミシス効果を低線量放射線の影響として一般化し,放射線リスクの評価に取り入れることは難しいと考えています」としているところである(甲D共184,酒井反対尋問調書9頁)。

  (5) LNTモデルの科学的根拠

 放射線は,僅か1本が細胞を貫いても細胞内の分子に傷をつけることができ,また,放射線がDNAに与える影響は複雑であって修復する際に間違いを起こしやすく,その間違った修復によってがんを引き起こす可能性がある。
このように放射線のリスクにしきい値がないことは理論的にも実験的にも裏付けられた科学的事実である。
 また,線量とリスクが直線的比例関係にあることは,DNAの複雑損傷が線量に正比例して増加することからも実験的に裏付けられている。この点については,ICRP2007年勧告も,遺伝子及び染色体の突然変異に対する線量反応関係(甲D共11・A89項)で「放射線による遺伝子及び染色体の突然変異の誘発が,がんの過程に直接重要である」ことを述べ,「最も有益なデータは,わずかではあるが,数十mGyの線量まで直線性を示唆しており,数mGyまでの低い線量域でこの単純な比例関係から外れることを示唆するよい理由はない」と記載しているところである。
 また,同細胞内DNA損傷反応(甲D共11・A90項)でもDNA損傷と発がんの関係を論じており,「現行のデータは,放射線の作用に特徴的な化学的に複雑なDNA二本鎖損傷の,本質的にエラーを起こしやすい修復過程が支配的であることを示している。数十mGyに至る低い線量でのエラーを起こしやすいDNA損傷修復は,遺伝子/染色体突然変異に関わる細胞の線量反応関係がほぼ直線になることと合致し,線量とこの突然変異に関連するがんのリスクとの間の単純な比例関係が存在することを暗示している。数十mGy以下の線量におけるDNA修復の忠実さが生化学的に変化する可能性は排除できないが,そのような変化を予測する具体的理由はない。」と述べている。

  (6) 放射線被ばくによる健康影響については,若年者においてリスク推定値が高いと考えられること

 以上述べてきたとおり,低線量被ばくにおいても,安全だという「しきい値」はなく,直線的(比例的)に危険性が上昇することも科学的に裏付けられてきている。
 加えて,被ばくによる影響が,年齢や性別等によって非常に大きな幅があり,若年者にはリスク推定値の高いことが指摘されている。UNSCEAR2010年報告は,「リスク推定値は年齢によって異なり,若い集団は通常感受性がより高く,子宮内放射線被ばくの研究では,胎児は特に感受性が高いことが示されており,10mGy及びそれ以上の線量においてリスク上昇が検出されている。」と結論づけている(丙D共1・25項)。

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 4 WGもLNTモデルを認めていること

 低線量被ばくに関する科学的知見については,低線量被ばくの管理に関するワーキンググループにおいて議論がなされている。その場においても,国際的に採用されているLNTモデルが前提とされていた。
 以下では,組織としての「低線量被ばくの管理に関するワーキンググループ」と,会議としての「ワーキンググループ」とを区別して,組織としての「低線量被ばくの管理に関するワーキンググループ」を「WG」とアルファベットで略記し,会議を指す場合には「ワーキンググループ」「第○回ワーキンググループ」とカタカナ表記することとする。
 WG報告書については,既に原告ら準備書面(9)で指摘し,下記「第5WG報告書における問題点」でも述べるとおり,批判されるべき点を多く含んでおり,特に報告書の最後のまとめ方は極めて恣意的である。即ち,それまでの議論過程のうち,低線量被ばくの危険性を重視する側の意見を排除している点は極めて問題であるが,そのような恣意的な内容の報告書においてさえも,LNTモデルについては採用する旨明言しているところである。
 WG報告書は,「放射線のリスクとは,その有害性が発現する可能性を表す尺度である。”安全”の対義語や単なる”危険”を意味するものではない。」として,「リスク」という用語と,「安全」ないし「危険」という用語とを明確に区別している(甲D共35・8頁)。
 そのうえで,WG報告書は,
「放射線防護や放射線管理の立場からは,低線量被ばくであっても,被ばく線量に対して直線的にリスクが増加するという考え方を採用する。」
として,LNTモデルを明示的に採用している。
 また,WG報告書のまとめにおいて,
「放射線防護の観点からは,100ミリシーベルト以下の低線量被ばくであっても,被ばく線量に対して直接的にリスクが増加するという安全サイドに立った考え方に基づき,被ばくによるリスクを低減するための措置を採用するべきである。」
として,LNTモデルを積極的に採用している(甲D共35・19頁)。
 もちろん,ここでWG報告書が,「安全サイドに立った考え方に基づき」との留保を付けていること自体は問題であるが,他方,第7回ワーキンググループにおいて,WG構成員である佐々木康人氏は,以下のとおり,「安全サイドに立った考え方」にとどまらず,むしろ,100ミリシーベルト以下の被ばくリスクについて,LNTモデルが科学的な視点からみても合理的であるとICRPも述べている,と説明しているところである(甲D共46の1・第7回議事録・37頁)
「そこは気をつけないといけないのは,100mSvのことはわかっていないという言い方そのものが非常に問題だと思うのですが,100mSv以下を直線で考えるということにいろいろ異論はあるけれども,しかし,直線的に考えるということは,現在の様々な今までの科学的知見から判断しても,もっともであると。そんなに間違ったことではないということは,ICRPがパブリケーション99で詳しく述べているわけです。ですから,そこのところのリスクは,今までの科学的ないろいろな議論からの推定であっても,そんなに間違っていることはない・・」
 また,第4回ワーキンググループにおいて,甲斐倫明氏は,次のとおり,低線量被ばくのリスクについて,1ミリシーベルト以下の被ばくでもリスクがあり,1ミリシーベルトをしきい値のように扱うことも国際的に考えられないと説明している(甲D共43の1・第4回議事録・31頁)。
「今日お伝えしたように,健康上のリスク上の判断というのは,リスクがどの線量であっても,2ミリであっても,5ミリであっても,1ミリ,0.5ミリであっても,それに応じた非常に低いリスクであってもリスクがあるという考え方にたっていますから,他のリスクを考えながらリスクを下げるということ。1ミリを閾値のように扱うことは,国際的には考えられないだろうと思います。」
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 5 WG報告書以降も集積されるLNTモデルを裏付ける科学的知見

  (1) はじめに

 ICRP2007年勧告以降はもちろん,WG報告書作成以降も疫学的知見はさらに積み重なっており,100ミリシーベルト以下の低線量被ばくによっても発がんリスク等が増加することが多くの研究で観察されている(原告ら準備書面(36)・8ページ以下)。
 低線量被ばくの危険性を示す論文が集積されていることは,LNTモデルを支持する知見が現在もなお集積され続けていることを示しており,極めて重要である。
 以下,まず統計学的有意差の意義について述べたうえで,近時の科学的知見について崎山意見書及び崎山証人に対する尋問結果を踏まえて述べる。

  (2) 統計学的有意差の問題

 95パーセント信頼区間は,一般人にイメージしやすい言葉で説明すると,「同じ調査を100回繰り返した場合に,95回は,この範囲,区間推定値の中に入る」ということである(崎山主尋問調書21頁)。
 しかし,有意差がないことを,直ちにリスクがないということはできない。
そのことを崎山証人は,崎山証人は,自ら作成したスライド(以下「スライド」という。甲D共171)26頁において説明した。
 たとえば,スライド26頁にあるようにオッズ比に関する確率分布をみてみると,区間推定値の下限がオッズ比1よりも下にあれば(グラフでは左側),統計学的有意差はないと言われる(検定)。
 しかし,オッズ比=1と信頼区間下限との間に含まれるデータは全体からみれば少なく,大部分のデータがオッズ比=1よりも大きいことが分かる。
したがって,この状態を指して「リスクがない」といえないことは明白である(崎山主尋問調書21頁)。

  (3) 崎山意見書及び崎山証言から認められる近時の科学的知見

  ア 崎山証人について

 崎山証人は,医学者であり,1975年からは放射線医学総合研究所で放射線による試験管内の発がん研究を行ったほか,がんの転移機構についても研究を行った。
 崎山証人自身は,疫学者でも放射線防護医学を専門に研究したわけでもないが,高木学校という市民科学者を養成するNGO(先端的な研究を市民に分かりやすくすることを目標としている)において,放射線被害,放射線による健康影響を市民に分かりやすく説明する活動を続けている。
 本件事故後,いわゆる国会事故調査委員会にも委員として招集され,報告書の作成にも関与をした。
 以下,崎山証人作成にかかる2016(平成28)年5月9日付け意見書(甲D共135)を「崎山意見書2」といい,崎山証言や崎山意見書2及びそこに紹介された近時の疫学論文等によって明らかにされてきた低線量被ばくの健康影響について概観する。

  イ LSS14報(甲D共136の1)

  (ア)LSSとは

 「原爆被爆者の死亡率に関する研究」(以下「LSS」という。)とは,公益財団法人放射線影響研究所(以下「放影研」という。)及びその前身の原爆傷害調査委員会(ABCC。米国が資金提供していた)によって60年以上も実施されている疫学調査であり,世界的に最もよく知られる疫学調査の一つである。放影研は,1950年の国勢調査で広島・長崎に住んでいたことが確認された人の中から選ばれた約9万4000人の被爆者と,約2万7000人の非被爆者から成る約12万人の対象者を,1950年から追跡調査している。
 LSSコホートから得られたデータは,死亡率に関する調査以外にも同じ集団を対象にしたがん罹患率の研究等にも用いられ,これらの結果は,報告書として定期的にまとめられて学術雑誌に報告されている。
 崎山意見書2で取り上げられているのは,「原爆被爆者の死亡率に関する研究第14報 1950-2003年:がんおよびがん以外の疾患の概要」と題する論文である(LSS14報。甲D共136の1)。

  (イ)LSS14報の概要
  1.  LSS13報までは,低線量領域における被ばくの影響は確実とまでは表現していなかった。
     すなわち,2003(平成15)年に公表された前報である第13報におけるしきい値に相当する記述は「固形がんの過剰相対リスクは,0-150mSvの線量範囲においても線量に関して線形であるようだ。」であった。
     これに対し,2012(平成24)年に公表されたLSS14報(甲D共136号証の1)では,追跡期間が前報であるLSS13報から追跡期間が6年延長したことにより,放射線被ばく後の長期間の死亡状況に関する実質的に多くの情報が得られた。
     同論文の要約(アブストラクト)によると,「定型的な線量閾値解析(線量反応に関する近似直線モデル)では閾値は示されず,ゼロ線量が最良の閾値推定値であった。」と結論づけられた。本文の「結論」では,「線形モデルが全線量範囲において最も良い適合度を示した」ことが述べられている(甲D共136の1・11頁)。
     また,全体としてデータをみた場合,「線量閾値の最大尤度推定値は0.0Gyで(すなわち閾値はない)」という結論付けている(甲D共136の1・13頁)。
     これは,LNTモデルに合致する結果である。

  2.  崎山証言でも,LSS14報について,次のとおり説明されている。
     LSS14報47頁では,「線形モデルが全線量範囲において最も良い適合度を示した」とあるが,このモデルというのは,線量とがん死率の関係について示したものである。それが線形モデルであるというのは,直線にリスクが増加することを意味している(崎山主尋問調書29頁)。LSS14報の前の報告であるLSS13報は,ゼロから150ミリシーベルトまでは線形を示すようだという断定を避ける結論記載であったが,データが増加したことによって,上記のように断定されるに至ったと指摘しており(崎山主尋問調書30頁),この点は極めて重要である。

  3.  LSS14報においても,0.2Gy以下では統計的有意差があるとまではされていない。しかし,統計的有意差がなくとも,統計学的推定の手法等を用いることにより,因果関係を認めることは可能である(原告ら準備書面(51)・4頁)。
     LSS14報についてみれば,48頁の図4には,「黒丸は線量区分ごとのERRと95%CIを示す。」と記載されている。この図4からは,有意差がないとされている0.2グレイ以下でもがん死率は直線にフィットをしている。また,点推定値はいずれもゼロより上にある(リスクがある)。全体としてみれば,有意差がないとされる0.2グレイ以下においても因果関係は「(あると)考えられる」のである(崎山主尋問調書31頁。「」内の(あると)は原告ら代理人の加筆)。

  4.  さらにLSS14報52頁には,「12の調査で得られた線量あたりのERRとLSSで得られた線量あたりのERRの比に基づくDDREF期待値は1に近いと思われ」との記載がある。
     これは,低線量率で被ばくしても,線量さえ同じならば,たとえば一度に被ばくするような高線量率の場合と同じだけのリスクがあることを示唆しているのである(崎山主尋問調書31頁)。
  ウ テチャ川流域住民におけるがん死(1956-2002年)(甲D共137の1)
 1950年代に,テチャ川流域の辺地に済む何万人もの人々が,テチャ川から放射性物質が放出されたことによる電離放射線の体内被ばくと体外被ばくを長期間受けた。
 被ばく住民2万9873人の死亡原因を解析した結果から,長期間にわたる低線量率被ばくに長期の発がん作用があることのエビデンスが示された。
 すなわち,「結果」欄の「2. 放射線リスクの推定」によれば,「表4に示したように,高い有意性(P < 0.001)の線量-応答関係があり,線形ERR推定値は0.92per gray(95% CI 0.2;1.7)であった。」とされる。表4とは,固形がんのリスク推定を線形モデルと線形二次モデルで比較した結果を示すものであり,線形モデルが有意とされている。
 「考察」欄の最終段落では,「われわれの今回の解析は,固形がんとCLL以外の白血病の両方について,有意な線量応答関係があることを明確に実証しており,長期間の被曝に伴う放射線リスクについての重要な情報を付け加えている。」との結論が示されている。
 線量応答関係について,図1と図2において,固形がんとCLL(慢性リンパ性白血病)以外の白血病の両方について低線量域まで直線的にリスクがあると考えられることが図示されており,LNTモデルに整合する。
 この点,崎山証言でも次のとおり説明されている。すなわち,テチャ川論文76頁掲載の図1には,「固形がんの線量応答関係」の記載があり,この図1のグラフから線量が増えるとERRが直線的に増加し,そのしきい値は見つからないことが分かる。また,テチャ川論文79頁の表4には,「線形」のP値が0.001より小さいことが記されており,実際の調査データに線形モデルが非常に良く適合することが示されている。反対に
 「線形二次」モデルのP値は0.5以上であり,実際の調査結果に合致しないことが示されている(P値が0.05より小さい場合,一般に統計的に有意と判断される。)。つまり,テチャ川論文は,線形モデルに高い有意性が認められていることを示している(崎山主尋問調書32頁)。
 また,テチャ川論文59頁の「緒言」には,ERRが0.92であることが示されており,これは,LSS14報のERRに比較すると倍以上のリスクであるとも述べられている(崎山主尋問調書33頁)。

  エ 電離放射線職業被ばくによるがん死リスク -仏,英,米国における後ろ向きコホート研究-(甲D共139号証の1)
 仏,英,米国の核施設労働者30万8297人を平均26年間追跡調査した。この規模の調査は,その結果に信頼性が高いと言える(崎山主尋問調書33頁)。
 平均累積結腸線量は20.9ミリシーベルトで,中央値は4.1ミリシーベルトであった。全がん死,白血病を除く全がん死の過剰相対率はそれぞれ0.51/Gy,0.48/Gyであった。0から100mGyの低線量区間における線量とがん死との相関関係は,幾分正確性は劣るものの,全線量域と同様であった。
 この論文の冒頭「アブストラクト」において,「研究上の問い」は,「低線量の電離放射線に長期間被曝することで,固形がんのリスク上昇を伴うのか?」であるとされており,同論文は,研究結果を踏まえ,低線量でもリスクが存在することを繰り返し指摘している。
 すなわち,「アブストラクト」において「研究の知見と問題点」欄で「放射線量が増加するにつれて,がんの罹患率が線形に増加することを,結果は示していた。(中略)0-100mGyの線量範囲での推定された相関関係は,全線量範囲で得られたものと相関の強さが同程度であったが,精度が低かった。」としており,0から100mGyの低線量でも相関関係は線形に増加すると報告されている。
 また,「本研究が新たに加えた知見」として,「本研究から,電離放射線への長期間の低線量被ばくと固形がんによる死亡との間の相関関係を直接推定したものが得られた。」と冒頭において述べられている。
 さらに「本研究が新たに加えた知見」欄には,「フランス,英国,米国の原子力産業で通常遭遇するような低線量率での放射線被曝を受けた労働者での研究で,放射線被曝量が増すにつれて,がんの相対罹患率が線形に上昇していることを本研究の結果は示唆している。」とも記載されている。
 そして,「考察」欄には,「主な知見」として,「本研究から,フランス,英国,米国の原子力産業で通常遭遇する低線量率の電離放射線への被曝量が高まるにつれて,がんによる死亡の過剰相対リスクが線形に増加するエビデンスが示された。(中略)データを0-100mGyの線量範囲に限定して解析すると,精度は低くなるとしても,放射線量と白血病を除く全てのがんの間に正の相関関係があることを示す支持的エビデンスをもたらしている。」との結論が示されているのである。
 いずれもLNTモデルが単なる仮説でなく,実際に低線量域においてもリスクがあることが観察されていることを,この論文は示している。
 加えて,この論文ではDDREFについても重要な知見を加えている。
 すなわち,「本研究が新たに加えた知見」欄には,「高線量率被曝のほうが低線量率被曝よりも相当に危険であるという考えとは対照的に,放射線従事者での単位放射線量あたりのがんのリスクは,日本の原爆被爆者の研究から得られた推定値と同程度であった。」との報告が記載されている。これは,一般に低線量率での被ばくである原発労働者においても高線量率の被ばくと同様のリスクを負っていることを示している。
時間をかけてゆっくり被ばくしても(低線量率被ばく)広島・長崎原爆被ばく者の被ばくのように全量を一度に被ばくする高線量率被ばくでも,線量が同じならばリスクは変わらないということである。
 3カ国調査には喫煙データがとられていないという批判があるが,喫煙で一番影響のある肺がんを除いて調査をされている。つまり,肺がんを除いたデータが今までと同じ結果であれば,喫煙の影響は否定できるという考え方で研究されているのである。そして,実際に肺がん以外の固形がんについて検討された結果,線形モデルに合致するという結果が得られた(崎山主尋問調書34頁)。

  オ イギリス高線量地域における小児白血病の増加(甲D共141の1)
 自然放射線被ばくの場合,低線量率で長期間継続的に被ばくを受けることになり,この自然放射線被ばくによってがんになるのかどうかを,放射線に感受性の高い小児について調べている。
 小児がんの症例2万7447人と対照者3万6793人について自然放射線の被ばく線量と発がん率の相関関係を調べたところ,小児白血病が統計的に有意に増加するのは4.1mGy以上であり,過剰相対リスクは0.12/mGyと計算されている。すなわち1mGyの被ばくで12%白血病が増加することを意味する。著者は自然放射線のような低線量率被ばくでも高線量率リスクモデルと同様な発がんがあると述べている。
 低線量の健康リスクを統計的有意差をもって明らかにした点で非常に重要な研究である。
 ここでいう4.1mGyとは,累積線量のことである(崎山主尋問調書35頁)。
 現在,被告国は,年間20ミリシーベルトを下回った地域には住民の帰還を進めている。しかし,わずか累積4.1ミリシーベルトで白血病の過剰リスクが存在することが確認されているのである。

  カ スイス国勢調査に基づく自然放射線と小児がんの関連(甲D共142の1)
 高線量地域での調査は,スイスでも実施されている(甲D共142の1)。
 この調査においては対象者数が200万人にも及ぶ。これは,この調査が行われるまでは考えられない規模のデータである。この調査では,200nSv/時,すなわち年1.75ミリシーベルト以上で有意にリスクが増加することが示されており,イギリスの調査と同じく20ミリシーベルトよりもはるかに低いところでリスクの増加が認められることを意味している(崎山主尋問調書35頁)。
 調査対象とした16歳未満の子供は209万3660人で,平均追跡期間は7.7年,発症したがん症例は1782例である。得られた結果は,全がんにおいてハザード比は外部被ばく蓄積線量について1.04/mSvであり,白血病及び中枢神経系腫瘍ではそれぞれ1.046/mSv,1.06/mSvになっている。1ミリシーベルトという低線量でも有意にがんが増加することを示す疫学調査として重要である。
 このような低線量・低線量率であっても,線量とリスクは直線関係を示していた。

  キ イギリスにおける小児CT検査による白血病と脳腫瘍の増加(甲D共144の1)
 イギリスでCT検査を受けた22歳未満の小児及び若年成人17万8604人の内74人が白血病,17万6587人の内135人が脳腫瘍と診断された。
 白血病罹患率についての過剰相対リスクは0.036/mGy(1mGy被ばくすると白血病罹患率が1.036倍)であり,脳腫瘍罹患率については,過剰相対リスクは0.023/mGy(1mGyの被ばくで脳腫瘍の罹患率が1.023倍)であった。
 被ばく線量と白血病,脳腫瘍発生の関係は直線関係を示していた。
 「考察」欄の冒頭,「2-3回の頭部CTスキャンを行ったことによる累積電離放射線量(つまり-60mGy)で,脳腫瘍のリスクはほぼ3倍になり,5-10回の頭部CTスキャンを行ったことによる累積電離放射線量(-50mGy)で白血病のリスクが3倍になる場合がある」と指摘されており,数十ミリシーベルトレベルの被ばくでも健康リスクが生じうることが明らかになった。

  ク オーストラリアにおけるCT検査と小児,青年の発がんリスク(甲D共145の1)
 オーストラリアで,CT検査を受けた68万0211人について平均9.5年間,検査を受けなかった1025万9469人については17.3年間追跡調査を行い,発がん率を調べている。
 これは大規模な研究であり,「考察」欄の冒頭にも,「われわれの研究は,診断医療放射線被曝に関して,現在までに実施された最大規模の被験者を対象とした研究である。また,日本人被爆者の研究で得られた情報よりも,低線量被曝に関してより多くの情報をもたらしている」と記載されている。崎山証人も,公表当時,コホートの大きさに驚いたと述べている(崎山主尋問調書36頁)。
 CT検査1回受けると(約4.5ミリシーベルト被ばく)発がん率は約1.2倍になっている。検査回数が増えるとそれに比例して発がん率も増加する。
 全がん,脳腫瘍及び白血病・骨髄異形成症候群の線量あたりの過剰率比(ERR)はそれぞれ0.035/mGy,0.029/mGy及び0.039/mGyであった。
 これらの調査結果について,アブストラクトの「結果」欄では,「総合すると,がんの罹患率は,年齢,性別,出生年で調整すると,被曝群のほうが無被曝群と比較して24%高かった(罹患率比(IRR)1.24(95%信頼区間 1.20~1.29);P<0.001)。線量-応答関係があることを認め,CTスキャンが1回増すごとにIRRが0.16(0.13~0.19)上昇した」と結論づけられている。
 CTは医療被ばくであるから,がん診断のためにCTを受けた可能性があり,CTを受けたからがんを発症したのではなく,がんのリスクが元々あったからCTを受けたという逆の因果関係がある可能性に注意しなければならない。その可能性を排除するためにCT論文では,検査を受けて1年以内に発症した人を対象の集団から除いている。これが,CT論文143頁の図2にある「1年間の遅延期間に基づく」という記載の意味である(崎山主尋問調書36頁)。
 CT論文では,この遅延期間を5年,10年と延長したが,その結論には変わりがなかった(崎山主尋問調書37頁)。

  ケ その余の疫学調査
 崎山意見書2は,上記疫学調査以外の疫学調査にも言及しており,すべてを含めて一覧化したものが,崎山意見書2における表2及び表3であり,以下に抜粋する。

表2 100mSv以下でがん死率が増加した報告【表省略】

表3 自然放射線、医療被ばくによるがん死、がん罹患率の上昇【表省略】


 これらの疫学調査は低線量,低線量率の被ばくを扱うものであるが,いずれもLNTモデルが当てはまっており,かつ,過剰相対リスク(ERR)はLSSよりも大きい(崎山主尋問調書24頁)。

  (4) 崎山証人への反対尋問

 上記のとおり,崎山証人がその意見書で主張した内容は,主尋問でも明快に説明がなされた。
 これに対して,被告らによって反対尋問がなされたが,いずれも崎山証人の意見書や証言の価値をいささかも損なうものではなかった。

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