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★ 最終準備書面(責任論)
 第6 シビアアクシデント対策 1 予見可能性 
平成29年9月22日

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第6 シビアアクシデント対策
 1 予見可能性
 2 結果回避可能性
 3 国の規制権限不行使



第6 シビアアクシデント対策


 1 予見可能性

  (1)予見可能性の対象

  ア シビアアクシデントの定義

 シビアアクシデントとは,「設計基準事象を大幅に超える事象であって,安全設計の評価上想定された手段では適切な炉心の冷却または反応度の制御ができない状態であり,その結果,炉心の重大な損傷に至る事象」であり,シビアアクシデント対策懈怠の過失についての予見の対象となる事実である(原告準備書面(10)第1,1項(1),甲C1-4頁)。
 そして,上記の予見対象事実は,「起因事象」として類型化されており,これらの「起因事象」の中から確率論的手法により,最も危険性の高い「起因事象」[39]を特定することが,シビアアクシデント対策における「予見」であると主張する。

[39] 甲C37-1,2「実用発電用原子炉に係る炉心損傷防止対策及び格納容器破損防止対策の有効性評価に関する審査ガイド」の分類例:・高圧・低圧注水機能喪失・高圧注水・減圧機能喪失・全交流動力電源喪失等・崩壊熱除去機能喪失・原子炉停止機能喪失・LOCA時注水機能喪失・格納容器バイパス(インターフェイスシステムLOCA)

  イ シビアアクシデント対策の概要
 シビアアクシデント対策の本質は,その事象を引き起こす特定の原因(地震,津波など)を予見することにあるのではなく,特定の施設について起こりうるシビアアクシデントを定量的に評価し,もって当該施設の安全性を評価するところにある。
 起因事象を想定する際,それを惹起する事実については,確率論的に評価を行うのである。
 特定の施設において,決定論的な手法で危険を想定し設計された安全設備も,その想定を超える可能性を有している。そのリスクを,工学的判断,決定論的,確率論的に評価し,当該施設の安全性を確保しようというのが,シビアアクシデント対策である。
 確率論的安全評価は原子力発電所で発生しうるあらゆる事故を対象として,その発生頻度と発生時の影響を定量評価し,その積である「リスク(危険度)」として把握する。
 そして把握されたリスクのうち「設計基準事象を大幅に超える事象であって,安全設計の評価上想定された手段では適切な炉心の冷却または反応度の制御ができない状態であり,その結果,炉心の重大な損傷に至る事象」こそが,予見対象となるべき事実であり,結果回避義務の対象となるべき具体的な事実ある。

  ウ 確率論的評価手法(PSA)

  (ア)PSA(確率論的安全評価)とは
 PSA(確率論的安全評価。米国ではPRAと略される)とは,「原子炉施設の異常故障等の起因事象の発生頻度,事象の及ぼす影響を緩和する安全機能の喪失確率及び事象の進展影響を定量的に分析・評価することにより,事故の発生確率や事故の影響あるいは両者の積(リスク)の形で表された結果をもとに原子炉施設の安全性を総合的に評価しようとするもので,安全確保対策を体系的かつ定量的に評価する」方法である。シビアアクシデントの研究では,事故の発生確率を踏まえた上で,その現象,及び,影響を知るための手段として,PSAが利用される(甲C3-6頁)。PSAは,システム信頼性評価及び炉心損傷確率評価を行う「レベル1PSA」,損傷炉心及び核分裂生成物(FP)の環境への放出挙勤評価までを行う「レベル2PSA」,環境影響評価までを行う「レベル3PSA」の3段階に分けられる(同6頁)が,炉心が重大な損傷を受ける確率を推定するレベル1PSAが最も重要である。

  (イ)PSAの実施手順
 PSAの実施手順は以下の通りである(甲C2-11頁)
  1.  炉心損傷に至る事故シークエンス[40]を系統的手法で分類・定義する。
  2.  定義された各炉心損傷事故シーケンスの発生頻度と,それに対する各機器の故障の寄与度を定量化する。即ち,炉心損傷頻度にとって寄与の大きい事故シークエンスや機器故障を同定する。
  3.  各炉心損傷事故シーケンスについて,事故進展やFP(核分裂生成物)の放出・移行挙動を解析し,格納容器の破損頻度や事故時ソースタームを定量化する。即ち,格納容器破損頻度や環境影響にとって寄与の大きい事故シーケンスを同定する。
  4.  それぞれの解析結果における不確実さを定量評価するとともに,それに寄与する不確実さ因子を同定する。
 [事故シーケンス] [甲C2-45頁:「原子力発電所のシビアアクシデント―そのリスク評価と事故時対処策―」]【図省略】

[40] 起因事象から,これが拡大して事故に至るまで(又は収束するまで)の一連の事象の繋がり(事象連鎖)を,「事故シーケンス」とよぶ。本文図の「起因事象」から「長期冷却」「炉心損傷」に至る,枝分かれした個々の事象連鎖が「事故シーケンス」である。


  (ウ)PSA結果の利用方法
 PSAの結果は,過酷事故対策の立案に利用される。具体的には,以下の利用方法が指摘されている(甲C2-11頁)。
  1.  炉心損傷に至る事故シーケンスを全て定義できることから,総合的なアクシデントマネジメントを考える上での基盤となる。
  2.  アクシデントマネジメントを考えないとの前提でPSAを実施することにより,炉心損傷頻度や格納容器破損頻度にとって寄与の大きい事故シーケンスや機器故障を同定できる。これから,どのような事故シーケンスや機器故障を対象にアクシデントマネジメントを考えればよいかわかる。即ち,アクシデントマネジメントの対象を同定することができる。
  3.  こうして同定された重要な事故シーケンスや機器故障に対してアクシデントマネジメントを用意した後で,再びPSAを実施することにより,アクシデントマネジメントの導入による炉心損傷頻度や格納容器破損頻度の低減効果を求めることができる。
  4.  重要な事故シーケンスにおいて,アクシデントマネジメントを考えない場合と考えた場合の事故進展の解析やソースタームの評価を実施することにより,アクシデントマネジメントによる事故影響の緩和効果を求めることができる。
  5.  アクシデントマネジメントによっては,炉心損傷事故の発生頻度や格納容器の破損頻度,あるいは事故時ソースターム[41]の不確実さが小さくなるものもある。不確実さが小さくなることもシビアアクシデント対策を考える上で有用な知見となる。
  6.  上述の③~⑤のような評価を行うことにより,各アクシデントマネジメント案の有効性を示すことができる。
[41] 炉心損傷事故時,燃料は溶解し核分裂生成物が炉心から放出され,一定の漏れ率で環境へ放される。環境への影響を評価するには,核分裂生成物の種類,化学形,放出量を明らかにする必要があり,これらを総称してソースタームと呼ぶ。

  (エ)前兆事象評価手法(詳細は準備書面(17)
 原子力分野において,施設の設計段階で看過された事項,及び,運転・管理に対して考慮すべき事項を明らかにして適切に対処するために,運転経験や事故から教訓を得ることが重要かつ有効な手段である。特に,原子力施設の安全を確保するためには,実際に発生した事例の原因分析を通して教訓や知見を得て,それらを施設の設計,建設,運転及び管理に反映させることが重要である。こうした活動は,「運転経験フィードバック」として世界各国で行われてきており,事象の報告が原子力施設の運転や規制の重要な側面となっている。
 過去に発生した類似の事象やシーケンスを「前兆事象」という。また,前兆事象(ASP)評価は,確率論的安全評価(PSA)手法を利用して,原子力発電プラントで発生した事故・故障事例の重要度を,炉心損傷事故に至る可能性の観点から定量的に評価し,その結果に基づいて各事例の重要度に応じてランキング付けを行うというものであり,重要事例の識別に有用な情報を提供する役割を果たしている。
また,前兆事象(ASP)評価は,過去に発生した類似の事象やシーケンス(前兆事象)をもとに,他の原子力発電所での類似事象の再発防止を目的とするものである。
 本件訴訟との関連でいえば,前兆事象評価手法により,福島第一原発事故に類似する前兆事象(過去に発生した事象またはシーケンス)を適時に参照していれば福島第一事故を回避できたということである。ここで,前兆事象は「過去に発生した事象またはシーケンス」をさすのであり,「地震」「津波」など自然現象そのものではない。例えば,津波以外の事象により溢水が生じたケースも,本件事故の前兆事象となりうる。

  エ 確率論的安全評価手法により,炉心損傷に至る事故シーケンスを想定し結果回避のための対策を行うことが可能であること

  (ア)事故シーケンスによる想定

 平成14年の時点で,財団法人原子力発電技術機構[42]らは,内的事象に起因する事故シーケンスをほぼ100%抽出した(図1)。これは,炉心損傷(結果)に至る起因事象を定量的に同定したということである。福島第一原発1号機はBWR-3,MARKI型,2~3号機はBWR-4,MARKⅠ型であり,内的事象のみを想定した場合には,LOCAに起因して事故に至る割合が高いことが報告されている。
 また,事故シーケンスをグループ化して検討することにより,それぞれの事故進展の特徴を明らかにすることができる(甲C35-29,30:発電用軽水型原子炉の新安全基準に関する検討チーム 第3回会合議事録 甲C36:炉心損傷防止対策について(図2参照))。これにより,起因事象に即した対策を行うことが可能となる。

[42] 原告準備書面(8)18頁参照

  (イ)本件の事故シーケンス(準備書面(10)

   a 事故経過

 今回の事故は,1乃至3号機のいずれにおいても地震により原子炉が緊急停止し,外部電源が喪失し,非常用ディーゼル発電機(EDG)が作動するとともに,原子炉の冷却を行うための設備(1号機の非常用復水器(isolation condenser : IC),2,3号機の原子炉隔離時冷却系(reactor core isolation cooling : RCIC))が作動しており,ここまではほぼ同じ経緯を辿った。
 その後,3号機で高圧注水系(high pressure coolant injection: HPCI)が作動した点を除けば,直流電源の喪失と交流電源の復旧失敗により原子炉の減圧ができず,結果的に代替注水も行うことができないという経過を辿った。仮に,①直流電源が利用可能で交流電源が復旧すれば,RCICやHPCIによる炉心冷却とその後の②崩壊熱除去で冷温停止に移行(結果回避)できる(甲A7)。

   b 事故シーケンス
 以上の事故の進展をイベントごとに整理し樹形図で示すと,以下の通りとなる。1ないし3号機の実際の事故経過シナリオが赤の線,炉心損傷を回避するためのシナリオが青の線で示される。
 なお,非常用ディーゼル発電機は地震後数十分間作動したが,津波到達前後に溢水の影響等[43]により停止した。

[甲A8-3]【図省略】

[43] 1号機については,地震を直接の原因としてSBOに至った可能性を留保する。


  オ 予見可能性が肯定できる「起因事象」は①全交流電源喪失事象(SBO),及び②最終ヒートシンク対策(崩壊熱除去系)である

  (ア)予見対象の特定
 以上より,原告は,予見対象となる「起因事象」を,①全交流電源喪失事象(SBO),及び②最終ヒートシンク対策(崩壊熱除去系)と特定する。
 そして,被告らが,確率論的評価手法を用いて,数ある起因事象のうちから,福島第一原発1号機乃至4号機で炉心損傷に結びつく起因事象が①全交流電源喪失事象(SBO),及び②最終ヒートシンク対策(崩壊熱除去系)であると予見可能であれば,法的に予見可能性が肯定できるものと主張する。
 後述するとおり,内的事象にとどまらず,外的事象のPSAを行えば,本件の「起因事象」を予見し,結果回避可能であった。

  (イ)全交流電源喪失事象(SBO)
 全交流電源喪失事象(SBO)とは,「全ての外部交流電源,及び,所内非常用交流電源からの電力の供給が喪失した状態[44]」をいう。具体的には,「外部電源が喪失し,かつ,非常用ディーゼル発電機の起動失敗等により発生する複合事象」であるとされる(甲C4-1頁:「原子力発電所における全交流電源喪失事象について」)。
 SBOは,シビアアクシデントの事故シーケンスの1つである。そして,原子炉を「冷やす」機能(冷却系)は,電源に大きく依存するため,シビアアクシデント対策の中でも,SBO対策は重要である。
 原子炉安全基準専門部会共通問題懇談会は,SBOを,沸騰水型プラントにおける「他の事象と比較して,相対的に大きな炉心損傷確率を与える事故シーケンス」と位置づけ,早期の段階から問題視し(甲C3-10頁),平成4年3月の共通問題懇談会報告書においては,AMで対応すべきものと整理された(甲A2-418頁:政府事故調中間報告)。

[44] 外部電源が喪失した場合,非常用ディーゼル発電機が自動起動し,電源が保たれる。

  (ウ)最終ヒートシンク対策(崩壊熱除去系)とは
 炉心に制御棒を挿入して原子炉を停止させた場合においても,燃料棒内に残存する多量の放射性物質の崩壊により発熱が続く。これを崩壊熱(decay heat)又は残留熱(residual heat)という。従って,原子炉停止後も,燃料の破損を防止するために炉心の冷却を続ける必要がある。そこで,原子炉施設には通常の給水系の他に様々な注水系が備えられている。かかる注水系は,原子炉で発生する蒸気を駆動源とするタービン駆動ポンプ又は電動ポンプにより,原子炉へ注水する(甲A2:政府事故調中間報告12~13)。
 崩壊熱除去系は,以上の冷却系のうち,原子炉停止時の残留熱の除去を目的とする「SHC」(原子炉停止時冷却系:1号機 )及び「RHR」(残留熱除去系:2乃至3号機)をいう。これらは,原子炉停止時の崩壊熱を,海水との熱交換によって海に排出する仕組みである。これらが機能することにより,冷温停止が実現する。
 したがって,原子炉停止後崩壊熱を除去し冷温停止させるためには,崩壊熱除去系設備が維持され,熱を海に排出するまでの設備が機能しなくてはならない。海への熱排出の仕組みを「最終ヒートシンク」という。
 崩壊熱除去系は,海水ポンプによる水循環により熱交換を行い,熱を海水に放出する仕組みである。したがって,海水ポンプを作動させ続けるには,海水ポンプ自体の健全性と,ポンプを動かす電源が確保されていなければならない。福島第一原発事故では,海水ポンプが津波に被水し損傷し,また,電源も損傷した。
 他方,福島第二原発においても,3号機南側を除き,非常用海水ポンプは浸水(又は電源盤の浸水)のため機能を喪失した。しかし,外部電源1回線が損傷を免れたため,非常用海水ポンプの部品(モーター)交換と電源敷設により,残留熱除去運転に移行し,全機において冷温停止が実現した(甲A1-180~185:国会事故調)。
 本件事故後,原子力規制委員会発電用軽水型原子炉の新安全基準に関する検討チームは,シビアアクシデント時における崩壊熱除去系の対策(最終ヒートシンク対策)をまとめた。同チームは「基本的要求事項」として,「最終的な熱の逃がし場へ熱を輸送する系統(UHSS)の機能が喪失した場合に,炉心の著しい損傷を防止し,あるいは炉心損傷前の段階での格納容器の破損を防止するため, 当該機能を復旧,代替する等して最終的な熱の逃がし場へ熱を輸送する設備,手順等を整備すること。」とし,その詳細として,「重大事故防止設備の多重性又は多様性及び独立性を有し,かつ,位置的分散を図る」こと並びに「取水機能の喪失及び残留熱除去系(RHR)の使用が不可能な場合」についても対策を講ずることを要求事項としている(甲C41-18)。

  カ 被告らの主張
 被告らは,原告が提示するシビアアクシデント対策に関する予見の対象について,特定性を欠くなどと述べる。
 しかしながら,被告国は第8準備書面17頁以下の「第2 4『外部事象及び内部事象に対する設計上の考慮について』」において,原告らが主張する「起因事象」及び「事故シーケンス」の語を用いて「現実に起きうる異常や事故は,すべて発端となる事象(以下「起因事象」という。)から始まり,様々な経過を経て,最終的な状態に到達する。この事象進展の筋道の一つ一つを『事故シーケンス』と呼ぶ。」「原子炉状態を異常な状態に導く可能性のある事故シーケンスのうち,類似した事故シーケンスを広く包絡する代表的事故シナリオを幾つか抽出し,その発生を仮定して安全対策を立てる。」「その発生を想定して立てた安全対策は設計基準事象と類似の他の多くの事故シーケンスに対しても有効なものとなる」と説明している。
 上記の考え方は,原告の主張する予見の対象論と全く同じものである。すなわち,被告らの主張のうち,「原子炉状態を異常な状態に導く可能性のある事故シーケンスのうち,類似した事故シーケンスを広く包絡する代表的事故シナリオを幾つか抽出し,その発生を仮定」する作業は,あまたある事故シーケンスのうち最も発生確率の高い「起因事象」を特定すること=原告が主張するSA対策における「予見」そのものである。また,「起因事象」が特定されれば,その発生を仮定して安全対策を採る=結果回避を行なう事が可能となるのである。
 すなわち,SA対策という工学的な手法を,不法行為法にあてはめた場合には,原告の主張する枠組みとなるのである。

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  (2)予見可能性

  ア 確率論的評価手法の進展

  (ア)海外における知見

   a 米国におけるPSAの進展

 世界で最初のPSAは,昭和50年(1975年),米国のWASH-1400報告「原子炉安全研究(RSS:Reactor Safety Study)」である。
 その後,米国では,TMI事故後のシビアアクシデント研究の成果を取り入れて,NUREG-1150が実施された。これは,加圧水型プラント3機,沸騰水型プラント2機を対象として,RSSの結果を改訂することを図ったものである。NUREG-1150では,外部事象(ここでは火災と地震)についても,PSAを行い「地震や火災に起因する炉心損傷は,内的事象に比べて決して小さくはない」と報告している(甲C2-57)。
 その後,NRC(米国原子力規制委員会)は,昭和60(1985)年に「シビアアクシデント政策声明書」(50FR32138)を公表[45]した。この政策声明書においては,既設の原子力発電所に対しては直ちに新たな規制措置を講じる必要はないとしながらも,①今後,必要があれば規制措置を講じること,②既設の全原子力発電所について個別プラントごとの解析を実施することが示された。SAに対する脆弱性を把握するため,昭和63(1988)年に内的事象を対象とした個別プラントのごとの解析(IPE:Individual Plant Examination)の実施を事業者に要請し平成4(1992)年に終了する。
 また,NRCは,平成3(1991)年に地震等の外的事象を対象とした個別プラントのごとの解析(IPEEE:IPE for External Events)の実施を事業者に要請し,平成8(1996)年に終了する。IPEEEの実施により,シビアアクシデントの原因として,地震と溢水などの複合原因の相互作用が問題となることが判明した。

「近年のPSA技術の進歩」と題する表(平成7年時点) [甲C2-52:「原子力発電所のシビアアクシデント―そのリスク評価と事故時対処策―」]【図省略】

[45] 被告国は,第4準備書面等において「シビアアクシデント政策声明書」(丙C14)が既設炉には適用されなかった(バックフィットの否定)と主張するが,丙C14の7-2によれば,NRCは「既存の原子力発電所については『NRCの研究,産業界炉心損傷研究及びPRAの結果等現在の情報に基づけば,公衆の安全,健康,財産に対する過度のリスクを有していない』と判断した」という理由が付されており,無条件にバックフィットを要求しなかったわけではない。また,既存炉に対しても特定のプラントに対する規則が公示されており,確率論的リスク評価の実施が求められている(丙C14の7-3頁)。また,総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会基本政策小委員会は平成22年3月29日「原子力安全規制に関する課題の整理」において,「国際的な動向を踏まえ,法令上の取扱等について検討することが適当」としており,シビアアクシデント対策の規制要件化は国際的なスタンダードであったと言える(甲B27-134頁脚注6)


   b 平成13(2001)年同時多発テロ後の規制「B.5.b」
 平成13(2001)年の同時多発テロを受け,平成14(2002)年2月,NRCは,事業者に対し,暫定保障措置命令(Order for Interim Safeguards and Security Compensatory Measures)を発出した(甲A3-326頁)。
 上記命令の第「B.5.b」節は,設計基準を超えた航空機衝突を含め,あらゆる要因による大火災や大爆発により,施設に大きな損傷を受けた場合に対処するため,炉心冷却,格納容器閉じ込め機能,使用済燃料プールの冷却能力を保ち又は回復するために,容易に利用可能なリソースを使った緩和方策を採用するよう要求するものであった(甲A3-327頁)。なお,テロ対策であることから,「B.5.b」は,平成15年当初公開されなかった。
 平成18(2006)年3月,青山伸原子力安全・保安院審議官らが,NRCを訪問し,原子力発電所に対する航空機衝突に係る米国の取組の聴取りを行い,保安院は平成19(2007)年1月の訪問時にNRCより資料[46]を入手したが,他の機関には伝えなかった(甲A3:政府事故調326頁)。この点,被告東電は,総括文にて,「運転開始後にも米国のテロ対策(B.5.b)に代表される海外の安全性強化策や運転経験の情報を収集・分析して活用」しなかったこと」を反省し(甲A5-6頁),「米国のテロ対策(B.5.b)は,テロ対策という性格から公式には情報が公開されていなかったが,注意深く海外の安全強化対策の動向を調査していれば,気づくことができた可能性があった」とのべ,「B.5.b」の規制内容を知り得たことを自認している。

[46] 但し,B.5.b本文等の資料そのものではない(甲A3-327:政府事故調)。

  (イ)日本における知見の進展

   a 日本における知見

 原告ら準備書面(8)で指摘した通り,昭和54年3月28日の米国スリーマイル島2号機事故及び昭和60年4月26日の旧ソ連チェルノブイリ4号機事故を契機としてシビアアクシデント対策の必要性が広く認識された。
 これらの事故を受けて,米国では,原子炉に関する確率的安全評価(PSA)を検討し,昭和62年2月,その成果を「NUREG-1150」(初版)と題する報告書にして公表した。同報告書においては,外的事象に起因する炉心損傷は,内的事象に比べて決して小さくないことが指摘されていた。
 原安委は,昭和62年7月,原子炉安全基準部会に共通問題懇談会を設置した。同懇談会では,シビアアクシデントに対する検討を行っており,NUREG-1150も,その検討対象とされていた。
 日本国内では,シビアアクシデントがなかなか規制に結びつかなかったものの,米国では,規制当局(NRC)が,平成3年,事業者に対し,地震等の外的事象を対象とした個別プラント毎の解析(IPEEE)実施を指示した。日本原子力研究所(現,独立行政法人日本原子力研究開発機構)は,平成7年5月に公開した「原子力発電所のシビアアクシデント-そのリスク評価と事故時対処策-」と題する報告書において,前記NUREG-1150を検討した上で,原子力発電所のPSAは,内的事象及び外的事象の両方を評価する必要性があると述べた。
 その後も,平成11年12月にはフランスのルブレイエ原発で洪水を原因とするSBO事故が,また,平成13年3月には,台湾の第三(馬鞍山)原発でも霧害を原因とするSBO事故が発生し,現実の問題としてシビアアクシデント対策の重要性が再認識された。
 IAEAは原子力発電所の安全基準として,2000(平成12)年「原子力発電所の安全:設計NO.NS-R-1(Safety of Nuclear Power Plants: Design)」(以下「NS-R-1」という)を公開し,シビアアクシデント対策を規制要件化した。同基準は2012(平成24)年に「NO.SSR-2/1」に更新された(甲C52:「IAEA安全基準原子力発電所の安全: 設計 NO.SSR-2/1」。以下「SSR-2/1」という)。「SSR2/1」は,「要件19」にて「設計基準事故」について項目を設け,「設計において考慮されるべき一式の事故状態は,原子力発電所が放射線防護の容認限度を超えることなく耐える境界条件を設定する目的のために,想定起因事象から導かれなければならない。」とし,「保守的な方法で解析」することを求めている。この点,「IAEA基準の動向-多重防護(5層)の考え方等-」(甲C53)は,要件19を「設計基準事故に対しては単一故障を想定した決定論的で保守性を見込んだ評価を適用する」と解説している。
 他方,「設計拡張状態」は「要件20」にて要件化されており,工学的判断,決定論的評価,確率論的評価により導出することが要件化されている(甲C52-23,24:「SSR-2/1」)。
 さらに平成13年9月には米国で航空機テロが発生し,翌14年2月には,暫定補償措置命令(いわゆるB.5.b項)が出されたが,その内容が日本国内でも実施されていれば,本件事故の発生を防止し得たと評価されている。

   b 日本における規制の経緯

   (a)共通問題懇談会の設置と安全委員会決定

 昭和62年7月,安全委員会は,原子炉安全基準部会に共通問題懇談会を設置し,シビアアクシデントに対する検討を開始した。同懇談会の検討項目として,①シビアアクシデントの考え方,②シビアアクシデント時の格納容器の機能,ソースターム等,③複数立地,④確率論的安全評価手法の考え方,等が上がっている(甲C5:第1回共通問題懇談会資料「今後の検討方針について(案)」)。
 同懇談会は,昭和62年7月から平成3年11月まで14回開催され,原子力安全委員,通産省のほか,第4回会合には,被告東電,関電ら電気事業者も参加し,PSAの実施報告を行った(甲C6:「国内BWRプラントの確率論的安全評価について」)。
 また,同懇談会は,平成2年2月19日に,安全委員会に対し,「原子炉安全基準専門部会共通問題懇談会中間報告書」(甲C3)を報告し,平成4年3月5日には,同委員会に対し,最終報告を行った(甲C1-2頁~)。同年5月28日,安全委員会は,上記報告を妥当なものとして,「発電用軽水型原子炉施設におけるシビアアクシデント対策としてのアクシデントマネージメントについて」(甲C1-1,2頁)を発表した。この決定は,その後の日本における過酷事故対策の基本的な方向を定めた[47]
 この要点は,次のように整理されている。
  1.  わが国の原子炉施設の安全性は,多重防護の思想に基づき厳格な安全確保対策によって十分に確保されており,過酷事故は工学的には現実に起こるとは考えられないほど発生の可能性は小さく,原子炉施設のリスクは十分に低くなっていると判断される。
  2.  AMの整備は,この低いリスクをいっそう低減するものとして位置づけられる。したがって,AMは,原子炉設置者が自主的に整備することが強く奨励されるべきである。
[47] なお,この決定は,本件事故発生後,その有効性を失ったことから,平成23年10月に廃止された(甲C9:原子力安全委員会決定「発電用軽水型原子炉施設におけるシビアアクシデント対策について」)。

   (b)資源エネルギー庁公益事業部通達
 通商産業省(現:経済産業省。以下単に「通産省」という。)は,安全委員会の「発電用軽水型原子炉施設におけるシビアアクシデント対策としてのアクシデントマネージメントについて」(甲C1)をうけて,同省の対応方針をまとめ,平成4年7月,資源エネルギー庁公益事業部長通達「アクシデントマネジメントの今後の進め方について」(甲C7)を発出した。同通達は,「我が国においてはシビアアクシデントの可能性は十分小さい[48]ので,アクシデント・マネジメントは電力会社が自主保安の一環として実施するものである」と位置づけ,アクシデントマネジメントがなされているか否か,又は,その具体的内容によって,原子炉の設置,又は,運転などを制約するような規制的措置を要求しないとした。
 その上で,電気事業者に対して,
  1.  1993年(平成5年)末迄に,各原子力発電所のPSA[49]を実施し,その安全上の特性を把握し,アクシデントマネジメント候補の検討を行うこと
  2.  その後速やかに,この検討結果に基づいてのアクシデントマネジメントの整備を行うこと
  3.  それより後は,定期安全レビュー等において,アクシデントマネジメントを定期的に評価すること
を要請した(甲C7)。
 また,保安院は平成14年1月に,代表炉以外の全ての炉ごとにAM整備後における出力運転時の内的事象のPSA(レベル1PSA及びレベル2PSA)の実施を事業者に要請した(甲A2-424頁)。

[48] 具体的には,フェーズIのアクシデントマネージメントの一部を考慮したレベル1PSAによれば,代表的な国内原子炉の炉心損傷に至る事象の発生率は,評価の不確かさを考慮しても10-5/炉年より小さく,これは例えばIAEA・INSAG(国際原子 力安全諮問委員会)の基本安全原則が示す定量的な安全目標(炉心損傷の発生率10-4/炉年(既存炉に対して),10-5/炉年(新設炉に対して)を満足している,というものである。10-5/炉年とは,事故の発生確率が,原子炉1個あたり10万年に1回の割合であることを指す。

[49] 但し,内的事象PSAのみ


   (c)平成14年5月「アクシデントマネジメント整備報告書」及び「アクシデントマネジメント整備有効性評価報告書」の提出
 平成6年3月31日,被告東京電力は,公益事業部長通達を受けて,通産省に対し,「アクシデントマネジメント検討報告書」を提出するとともに,報告書に基づきアクシデントマネジメントの整備を行い,被告東京電力は,平成14年5月,福島第一原発,福島第二原発,及び,柏崎刈羽原発の「アクシデントマネジメント整備報告書」(甲C8)と「アクシデントマネジメント整備有効性評価報告書」を経産省に提出した(丙C8)。被告東京電力は,同年までの取組みをもってAMの整備は終了したとして,それ以上のAMを推進しなかった。
 以上の通り,日本のAM対策は,法規制は行わないが,被告国が,電気事業者の自主的なAM対策の手順を要請し事業者に報告させる,という特殊な行政規制を採用した。この方針は,平成14年に各電気事業者より整備報告書が提出された後も,何らの進展,及び,変更は無かった。

   c 平成15年8月4日「安全目標に関する調査審議状況の中間取りまとめ」
 原子力安全委員会は,「日本の原子力安全規制活動によって達成し得るリスクの抑制水準として,確率論的なリスクの考え方を用いて示す安全目標を定め,安全規制活動等に関する判断に活用することが,一層効果的な安全確保活動を可能とする」とし,平成12年9月に,原子力分野の専門家のみならず,他技術分野におけるリスク管理・評価の専門家,マスコミ関係者など幅広い分野の専門委員から構成する安全目標専門部会を設置し,原子力の安全目標に関して,幅広い視点から総合的な調査審議を行った。
 平成15年8月4日,原子力安全委員会安全目標専門部会は「安全目標に関する調査審議状況の中間取りまとめ」を公表した(甲D共170-1~3:「安全目標に関する調査審議状況の中間取りまとめ」)。
 「中間取りまとめ」は,安全目標を,「原子力安全規制活動の下で事業者が達成すべき,事故による危険性(リスク)の抑制水準を示す定性的目標と,その具体的水準を示す定量的目標で構成するもの」とし定量的目標が対象とする事故による影響の発生の可能性の原因事象として,機器のランダムな故障や運転・保守要員の人的ミス等,いわゆる内的事象と,地震及び津波・洪水や航空機落下等,いわゆる外的事象の両者を対象とした(甲D共170-6)。
 平成18年3月28日,原子力安全委員会安全目標専門部会は,中間取りまとめを受けて,「発電用軽水型原子炉施設の性能目標について」を公表した(甲C71:「発電用軽水型原子炉施設の性能目標について-安全目標案に対応する性能目標について-」)。
 「発電用軽水型原子炉施設の性能目標について」は,事故による影響発生の可能性の原因として,機器のランダムな故障や運転・保守要員の人的ミス等により発生する内的事象と,地震及び津波・洪水及び航空機落下等による外的事象の両者を性能目標の検討対象とした(甲C71-3,4)。
 そして,性能目標の定量的な指標として,炉心損傷頻度[50](CDF)を10-4/年,格納容器機能喪失頻度[51](CFF)については10-5/年を満足することを要求した。
 また,「発電用軽水型原子炉施設の性能目標について」には,外的事象の確率論的評価について「外的事象に対しては,今後,評価実績の積み重ねが必要とされる技術である。本報告に提示する性能目標案は,最新のPSA知見に基づくものであるが,今後の更なるPSA技術の進展に伴い必要に応じて改訂するなど段階的に取り組む必要がある。
」とのべて,将来的に外的事象の確率論的評価を取り入れるべきことを明示した。すなわち,前記性能目標は外的事象の確率論的評価を含む炉心損傷確率の基準(性能目標)である。上記の性能目標として掲げられた数値は,いずれもIAEAのINSAG-3「原子力発電所のための基本安全原則」において1988(昭和63)年には指摘されていたものであった(甲A1-121:「国会事故調」)。
 米国においても1991(平成3)年,外部事象に基づく確率論的安全評価を電力会社に求め,1996年にその対応を終了していた(IPEEE)。
 また,IAEAのIRRSレビューは,原子力安全・保安院に対し,確率論的安全評価とシビアアクシデントマネジメントの補完的使用をおこなうべきとの提案を行っている(甲A15-58)。
 したがって,被告らは平成14年までに性能目標を基礎づける情報を入手できたのであり,かつこれを規制要件化することも可能であった。仮に平成14年で安全目標等を導入していたとしても,それでも諸外国に比較しても10年以上も対応に遅れをとっていたのである。
 ところが,平成18年段階で,原子力安全委員会が性能目標について具体案を提示したにも関わらず,委員会決定はなされず規制要件化されなかった(甲C74-33,34)。原子力規制委員会更田委員は,規制要件化されなかった理由として,「各事業者」又は「自治体」が,個別プラントのリスクが数字で示されることに対し抵抗した可能性があることを示唆している(甲C74-34)。

[50] Core Damage Frequency
リスクの源となる炉心に内蔵される放射性物質の放出をもたらす炉心損傷の発生確率

[51] Containment Failure Frequency
格納容器の防護機能喪失の年当たりの発生確率


   d 平成18年1月,原子力安全・保安院主催の溢水勉強会
 ルブレイエ原発事故,マドラス原発事故等を契機として,2006(平成18)年1月から原子力安全・保安院が主催する溢水勉強会が開かれた[52]。同勉強会第1回資料には「想定を超える津波(土木学会評価超)」に対する安全裕度等について,代表プラントを選定し,以下のスタディを実施する」との記載があり(甲C46),同第2回資料には,添付資料として「想定外津波に対する機器影響評価の計画について(案)」との表題のもと「1.概要 津波に対するプラントの安全性は,設計条件にて十分確保されているという考えの下,念のためという位置づけで,想定外津波に対するプラントの耐力について検討を行う。最終的には,リスクとコストのバランスを踏まえた合理的な対策を立案することを目的とするが,想定外津波に対するプラントの耐力・対策コストについて概略的なイメージを持つため,代表プラントにて確定論的な検討を行うこととする」との記載がある(甲C47)。
 また,外部溢水に関しては,津波PSA(確率論的安全評価)の高度化(津波リスクの明確化 5年計画)が検討課題とされ,平成18年5~6月ころまでの津波溢水に関する目標として「(1)代表プラントの津波ハザード暫定評価 (2)代表プラント機器への影響評価」が挙がっている(乙B11号証の1,2)。これはまさに津波PSAの実施計画に他ならない。

 「乙B11の2]【図省略】

 平成18年5月11日,被告東京電力は,溢水勉強会にて,代表プラントとして選ばれた福島第一原発5号機について,第5号機の敷地高さO.P.+13mよりも1メートル高い,①O.P.+14m,及び,設計水位であるO.P.+5.6mとO.P.+14mの中間である,②O.P.+10mを,津波水位と仮定し,津波水位による機器影響評価を報告した(甲B18:溢水勉強会第3回での東電報告書)。これは上記乙B11の2の「(2)代表プラント機器への影響評価」を実施したことにほかならない。
 被告東電は,この報告書にて,O.P.+14mの津波,すなわち5号機の敷地高を超える津波が生じた場合には,海側に面した,T/B(タービン建屋)大物搬入路,及び,S/B(サービス建屋)入口から海水が浸水し,非常用海水ポンプが使用不能に陥ることを報告した。(非常用海水ポンプの使用不能は崩壊熱除去系の喪失を意味する。)
 また,この場合,T/Bの各エリアに浸水し,電源設備の機能を喪失する(全電源喪失)可能性があること,さらに,電源の喪失に伴い,原子炉の安全停止に関わる電動機,弁等の動的な機器が機能を停止すると報告した。

[52] 溢水勉強会については,「原告準備書面(4)第6」にて詳述

   e 被告東電は確率論的評価手法に着手していた

   (a)平成18年5月11日第4回溢水勉強会での東電報告

 平成18年5月11日,被告東電は,「内部・外部溢水勉強会」において,「確率論的津波ハザード解析による試計算について」と称する報告書(甲B13)を提出した(日付は平成18年5月25日)。
 この報告書は,ロジックツリーに基づく評価手法を採用し,数値計算に用いる標準的な断層モデルを「原子力発電所の津波評価技術」に準拠し,確率論的津波ハザード解析[53]を行った結果を内容とするものであり,前述の乙B11の2の「(1)代表プラントの津波ハザード暫定評価」を実施していたことにほかならない。
 すなわち,被告東電は,平成18年に,津波PSA作成に着手しその成果を公表していたものである。

[53] 確率論的津波ハザード解析(PTHA:Probabilistic Tsunami Hazard Analysis)とは,特定期間における津波高さと超過確率の関係を求める手法であり,既存の確率論的地震ハザード解析(PSHA:Probabilistic Seismic Hazard Analysis)の方法を参考として,作成されたものである。

   (b)平成18年7月米国フロリダ州マイアミにおける被告東電の学会報告
 平成18年7月,被告東電は,米国フロリダ州マイアミにおける第14回原子力工学国際会議(ICONE-14)において,上記と同様の確率論的津波ハザード解析に関する論文を発表した(甲B14)。

   f 平成18年8月JNESによる津波PSA
 国(経済産業省資源エネルギー庁,原子力安全・保安院)は,(JNESの業務 移管前の機関である)財団法人原子力発電技術機構,及び原子力安全解析所に対し,原子力発電施設等安全性実証解析(安全性実証解析)として津波の解析を委託し,平成10年度,平成11年度,平成13年度,平成15年度に同法人は報告書を作成した(甲B79-1~4)。同報告において,財団法人原子力発電技術機構は,原子炉施設周辺における津波の影響を予測・評価する津波解析コード「SANNAMI」を整備した。SANNAMIは,運動方程式,連続方程式に海底の地形,水深,波源条件等を入力し,津波の「水位」,「流速」を計算する解析コードである(甲80-1-1頁:平成10年度津波解析コードSANNAMIの保守に関する報告書)。
 その後,JNESは,平成18年の耐震設計審査指針の改正を受け,地震随伴事象としての津波にも「残余のリスク」の把握が必要であるとして,平成18年8月に,「SANNAMI」を用いた津波PSAの概要版を報告した(甲81:津波解析コードの整備及び津波伝播のパラメトリック解析【概要版】 準備書面(44)参照)。
 したがって,平成18年段階で,耐震設計審査指針の改訂を受けて被告国の研究機関であるJNESも津波PSAの作成に着手していた。

   g 平成18年9月19日 耐震設計審査指針の改訂と残余のリスク
 被告国は,平成18年9月19日付「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」(甲C48)において基本設計の段階のみならずそれ以降の段階も含めて,「残余のリスク」を「実行可能な限り小さくするための努力」を払うことを指示した。同指針は,「残余のリスク」を「策定された地震動を上回る地震動の影響が施設に及ぶことにより,施設に重大な損傷事象が発生すること,施設から大量の放射性物質が放散される事象が発生すること,あるいはそれらの結果として周辺公衆に対して放射線被ばくによる災害を及ぼすことのリスク」と定義している。いいかえれば,「残余のリスク」とは,地震における設計基準外事象(基準地震動を上回る地震)をさすものである(甲A13-2)。
 また,原子力安全委員会は,同日公表した「『発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針』等の耐震安全性に係る安全審査指針類の改訂等について」と題する文書(甲A14-2:18安委第59号平成18年9月19日原子力安全委員会決定)において,「当委員会としては,「残余のリスク」について定量的な評価を実施することは,将来の確率論的安全評価の安全規制への本格的導入の検討に活用する観点からも意義のあることと考え,安全審査とは別に,行政庁において,「残余のリスク」に関する定量的な評価を実施することを当該原子炉設置者に求め,その結果を確認することが重要と考える。なお,これらの評価の実施に際しては,確率論的安全評価(PSA)に代表される最新の知見に基づいた評価手法を積極的に取り入れていくことが望ましいと考える。」と述べ,電気事業者に対し「残余のリスク」の定量的な評価のために確率論的安全評価の実施を要請した。すなわち,被告国は,上記指針において地震における設計基準外事象(基準地震動を上回る地震)の発生可能性を認め,電気事業者に対し,確率論的安全評価(PSA)を取り入れたリスク対策を求めている。
 また,新耐震設計審査指針には,「8 地震随伴事象に対する考慮」として「(2) 施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があると想定することが適切な津波によっても,施設の安全機能が重大な影響を受けるおそれがないこと。」として津波リスクの定量的評価を審査指針に含めており,同指針の策定に参加した平野光將氏は,東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会(政府事故調)からのヒアリングにおいて「津波の部分の記載は少ししかないが,地震動で要求している内容と基本的には同じ考え方で,同じレベルで対応して欲しいという思いで,地震動の部分と同じ表現にしてもらった。津波について,残余のリスクは別としても,地震と同じように,不確かさを考えて,地震と技術は違うかもしれないが,できる範囲で津波ハザードを考えてほしいという思いだった。」と述べている(甲C51-7:「聞き取り結果書」)。
 さらに,平成18年8月,JNESは,津波PSA手法の基本構想の構築を目的とした「津波解析コードの整備および津波電波のパラメトリック解析【概要版】」(甲B81)と題する研究成果を報告しているが,同書は冒頭にて「改訂審査指針では,設計用基準地震動を上回る大きさの地震動が生起する可能性は否定できないとし,地震による「残余のリスク」の存在についても言及し,これを合理的に小さくする努力を求めている。このことは地震に起因する津波についても同様であり,個々の原子力発電所において津波リスクがどの程度存在するのかを把握することが重要な課題となっている」と述べている。
 以上より,平成18年の耐震設計審査指針の改定に伴い,被告国自身が津波PSAによるリスク評価を電気事業者に課していたと評価することができる。

   h 平成19(2007)年のIAEAの総合的規制評価サービス(IRRS)報告
 平成19(2007)年,IAEAの総合的規制評価サービス(IRRS)報告は,日本のシビアアクシデント規制について,「設計基準を超える場合の考慮については,法的な規制は存在しない。」「原子力安全・保安院は,リスク低減のための評価プロセスにおいて設計基準事象を超える事故の考慮,補完的な確率論的安全評価の利用及びシビアアクシデントマネジメントに関する体系的なアプローチを継続すべきである。」と指摘し,日本政府に対しシビアアクシデント対策の法規制化を促していた(甲C42-21,23:日本に対する総合原子力安全規制評価サービス(IRRS))。これを受けて,保安院基本政策小委員会報告書は「規制制度の中の位置づけや法令上の取り扱い等について検討することが適当である」と報告した。また,原子力安全委員会班目春樹委員長は,SA対策の規制化を表明し,平成23(2011)年3月には,「AMに関する原安委決定(平成4(1992)年5月)」を廃止し,新たな決定を行う意向であった(甲A1-516,517,甲C43-1,2:「事故を経て原子力規制はどのようにかわったか」)。すなわち,本件事故時には,シビアアクシデント対策について,海外の機関からも国内機関からも法令により規制することが必要であると指摘されていたのである。

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   i 平成19年4月 原子力安全基盤機構の前兆事象評価

   (a)日本における前兆事象評価

 日本では,平成8年に,日本原子力研究所[54](旧科学技術庁所轄)渡邊憲夫氏が前兆事象評価研究に関する論文を公表した(甲C55:「原子力発電所の事故・故障事例に対する前兆事象評価研究の現状」)。
 また,被告国は,PSA,ASPを利用した「リスク情報」の規制化を検討した。平成15年11月10日,原子力安全委員会は「リスク情報を活用した原子力安全規制の導入の基本方針について」(原子力安全委員会決定)を発出し,リスク情報を活用した原子力安全規制の導入に関する「基本的な考え方」を示した(甲C57:原子力安全委員会決定「リスク情報を活用した原子力安全規制の導入の基本方針について」)。
 その後,原子力安全・保安院は,平成17年2月2日から同年3月30日まで3回にわたり,原子力安全規制への「リスク情報」活用の基本的考え方,及び,「リスク情報」活用の当面の実施計画について審議を進め,平成17年5月31日,原子力安全・保安院及び原子力基盤機構は,「原子力安全規制への『リスク情報』活用の当面の基本的考え方」(甲C58),及び「原子力安全規制への『リスク情報』活用の当面の実施計画」(甲C59)を公表し,PSA手法及びPSA手法を用いた前兆事象評価への取り組みを宣言した。
 これを受けて,原子力安全基盤機構(JNES)は前兆事象評価を行い,平成19年4月「安全情報の分析・評価―前兆事象評価の適用―」(甲C60)と題する報告を行った。

[54] 旧日本原子力研究所法に基づく,日本の原子力分野における中核的な総合研究機関(旧科学技術庁所轄)
現 独立行政法人 日本原子力研究開発機構(文部科学省所轄)


   (b)「安全情報の分析・評価―前兆事象評価の適用―」の公表
 原子力安全基盤機構は,国内,米国原子力規制委員会,フランス原子力安全局,及び,経済開発協力機構加盟国の情報から,国内外の事故・故障事例を中心として,炉心損傷の観点から懸念のある事象16事例を選定し報告書を作成した(甲C60平成19年4月「安全情報の分析・評価―前兆事象評価の適用―」)。
 報告書によれば,ルブレイエ事故を参考に,「外部電源喪失」(但し,8時間,24時間で復旧すると仮定)及び「地下二階の浸水」(これにより最終熱除去系であるRHR,ccs(1号機の原子炉冷却系)が損傷)を仮定した場合,外部電源喪失→全交流電源喪失→炉心損傷という事故シーケンスが示され,BWR5の炉心損傷確率は2.4×10-2,BWR3(福島第一原子力発電所1号機)の炉心損傷確率は1.5×10-3,BWR4(同2乃至4号機)は,3.5×10-2という非常に高い確率であることが判明した(甲C60 3-7,8,26,27,42)。
 ここで,原子力安全基盤機構の暫定基準は条件付き炉心損傷確率が10-7以上であるので,ルブレイエ事故を前兆事象とする条件付き炉心損傷確率は桁違いに大きく,BWR3型,及びBWR4型の「外部電源喪失」及び「浸水」に対する脆弱性を明らかにしていた。事故後,原子力発電所過酷事故防止検討会の報告書は,「規制機関としては,原子力安全基盤機構が2006年にフランスのルブレイエにおける原子力発電所浸水事故の事例を東電福島第一原子力発電所の1号機に適用して,同様の事態に際しての炉心溶融頻度のリスク評価を行った結果,極めて高い炉心溶融確率(CDF)の数値を示していたにも拘らず,何らの対応もしなかったの残念であり,今後の過大である。」(甲C75-18頁)と総括している。

   j 事故後の総括

   (a)原子力安全委員会

 平成23年10月20日,原子力安全委員会は,平成4年5月28日安全委員会決定「発電用軽水型原子炉施設におけるシビアアクシデント対策としてのアクシデントマネージメントについて」(甲C1)を廃止した。
 安全委員会は,その決定文(甲C9:原子力安全委員会決定「発電用軽水型原子炉施設におけるシビアアクシデント対策について」)において,日本のシビアアクシデント対策(規制)について,以下の通り,総括した。
 (規制の経緯について)「…しかしながら,今回の事故の発生により,[リスクが十分に低く抑えられている]という認識や,原子炉設置者による自主的なリスク低減努力の有効性について,重大な問題があったことが明らかとなった。特に重要な点は,わが国において外的事象とりわけ地震,津波によるリスクが重要であることが指摘ないし示唆されていたにも関わらず,実際の対策に十全に反映されなかったことである。アクシデントマネージメントの整備については,全ての原子炉施設において実施されるまでに延べ10年間を費やし,その基本的内容は,平成6年時点における内的事象についての確率論的安全評価で摘出された対策にとどまり,見直されることがなかった。さらに,アクシデントマネージメントのための設備や手順が現実の状況において有効でない場合があることが的確に把握されなかった。」
 (シビアアクシデント対策:第4の防護レベルの強化に関して)「…これらの安全確保は,設計上の想定を超える外的要因(巨大な地震,津波等)によって,第3の防護レベルまでの防護策の機能が著しく損なわれた場合における,シビアアクシデントの発生防止,影響緩和を目的とするものであって,その有効性が最新の科学的知見に照らして評価され,継続的な改善が図られるべきである。」
 (シビアアクシデントに係る安全評価について)「ここでは,シビアアクシデント時の事象進展や設計上の想定を超える自然事象の発生確率など不確かさが大きい領域や,発生確率はごく低いものの発生した場合の影響が大きい事象についても取り扱う必要がある」
 以上,原子力安全委員会は,本件事故時のシビアアクシデント対策(規制)の,「重大な問題として」「わが国において外的事象とりわけ地震,津波によるリスクが重要であることが指摘ないし示唆されていたにも関わらず,実際の対策に十全に反映されなかったこと」を挙げ,今後は,外的要因に対する確率評価及び対策が必要と総括した。
 安全委員会は,事故前に外的要因のリスクを予見・認識していたこと,及び,規制庁の外的要因のリスクに対する対策・規制の遅れを自認したのである。

   (b)原子力安全・保安院
 原子力安全保安院は,事故後に公開した,保安院による事故調査報告書「東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故の技術的知見について」(甲A7)において,アクシデントマネジメント策に関し「規制機関として安全確保に取り組む上で反省すべき点」と題する項目において,以下の通り述べている。
(「最新・海外の知見の反映」という小項目において)「…規制情報についても同様である。我が国では,事故が起こった際の安全評価では,単一故障を仮定し評価している。一方,海外では,多重故障をも仮定している国がある。我が国の格納容器ベントにはフィルタは付いていないが,海外では,シビアアクシデントに備えフィルタ付きベントを設置している国がある。また,非常用交流電源及び直流電源を失った状態でも冷却を継続する手順を検討している国もある
 確率論的安全評価(PSA)においても,我が国は取組が遅れていると言わざるを得ない。原子炉施設に残るリスク(残余のリスク)を直視し,そのリスク低減のための効果的な安全対策の立案にPSAを活用する必要がある。」(甲A7-49頁)
 (「国際的整合性の向上」という小項目において)「上述のとおり,シビアアクシデント対策を中心として,日本の原子力安全規制は,海外と比べて遅れていたと言わざるを得ない。IAEAの基本安全原則,安全基準及び海外の安全規制を参考にし,国際的な整合性を高めて行かなければならない。」(甲A7-51頁)
 (「安全性を向上させるシステムの欠如」という小項目において)「アクシデントマネジメント対策は第一発電所においても導入されていたが,役割を果たすことができず,不十分であった。また,アクシデントマネジメント対策は基本的に事業者の自主的取組みとされ,法規制上の要求とはされておらず,設備及び手順の整備の内容に厳格性を欠いた。第一発電所の事故を受け,シビアアクシデント対策については,事業者による自主的取組に委ねるのではなく,これを法規制上の要求とする法案が今国会で審議される。安全規制担当機関としては,事故がなくとも,安全性の確保,リスク低減に必要な対策を法律上位置づけ事業者に要求を行っていくということが必要であった。」(甲A7-48頁)
 以上,原子力安全保安院は,シビアアクシデント対策(規制)に関し,①規制情報,及び,確率論的安全評価について,海外の知見に遅れていたこと,②シビアアクシデント対策について法規制の要求としていなかったことを自認し,反省点として挙げている。

   (c)被告東京電力
 被告東京電力は,総括文にて,アクシデントマネジメント対策に関し,以下の通り述べている
「内的事象に対するアクシデントマネジメント策終了後,原子炉安全担当者は内的事象に比べて外的事象は影響が大きいことを予想していたが,10年経っても外的事象に対する目立った対策は行わなかった。」(甲A5-11頁),「機器の故障及び人的ミスといった内的事象に対する安全評価のみで,自然現象をはじめとした外的事象に対する安全評価は行っておらず,ゆえに過酷事故に対する評価・対策検討としては不十分なものであった。」(甲A6-[1-1]頁:総括文 添付資料)
 以上,被告東電は,事故前より,外的事象のリスクが大きいことの認識があったこと,及び,外的事象に対する確率論的安全評価を行わなかったことを自認し,反省点として挙げている。

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  (ウ)小括―日本のSA対策(規制)の問題点
 日本のSA対策(規制)は,内的事象のみ対象とし,外的事象を対象としなかった。前述の通り,「外的事象は,同一の原因事象(地震,津波)によって,起因事象と安全系の機器の故障とが同時に発生し得る」点で,内的事象と事故シーケンスが異なる。したがって,外的事象PSAを行い,その結果を踏まえた適切な対策を講じる必要があった。
 しかし,国内外で外的事象のPSA研究が進展していたにもかかわらず,被告らは,これを実施しなかったため,外的事象に対する適切なSA対策(規制)を策定できず,本件事故を回避できなかった。

  イ 海外における外部事象を原因とする事故の発生
 福島第一原発事故発生までに,国内外において,外部事象による過酷事故の予兆となる事故が発生していた。これらは,被告らに,外部事象を原因とするシビアアクシデント対策(規制)の必要性を予見させる契機となる事実である。
 また,被告東電は,以下のフランス,台湾,及び,インドの原発事故を契機として,SA対策を実施すれば,福島第一事故を(少なくとも)緩和できた可能性があると総括した(甲A5-13頁)。

  (ア)平成11(1999)年12月 フランス・ルブレイエ原発電源喪失事故
 平成11(1999年)12月,ルブレイエ原子力発電所において,洪水による電源喪失事故が起きた(INESレベル2の事故)。
 ルブレイエ原子力発電所は,ボルドー地方ジロンド河口に位置し,当時4プラント中3プラントが稼働中であった。平成11年12月27日から28日夜にかけて,強い低気圧による吸い上げと非常に強い突風(約56m/s)による高波が, 満潮と重なり,ジロンド河口に波が押し寄せた。波により堤防内は氾濫し,原子力発電所の一部が浸水した(侵入水量約100,000m3)。風と波の方向から,1号機と2号機が洪水の影響を最も受け,3号機と4号機は内部に僅かの水が浸水した。洪水の影響により,全号機の225kV補助電源が24時間喪失し,2号機と4号機の400kV送電網が数時間喪失した。400kV送電網が復旧するまで,ディーゼル発電機による非常用電源が正常に供給された。
 平成19(2007)年,JNESが行った,ルブレイエ原子力発電所の電源喪失事例についての事故解析には,日本においても,「外部事象(津波)による溢水,及び,内部溢水の両方に対する施設側の溢水対策(水密構造等)の実態を整理しておく必要がある」との記載がある(甲C17[55])。
 しかし,かかる海外事例からの教訓は,国内(溢水勉強会)で検討されたにもかかわらず,規制内容に反映されなかった。(原告準備書面(4)「溢水勉強会」の項を参照)

[55] 同事故解析には,複数の版があり,上記の記載があるのは,「34-2-②」版,「35-5-②」版,「37-2-③(甲C17)」版

  (イ)平成13(2001)年3月 台湾第三(馬鞍山)原発の電源喪失事故
 平成13(2001)年3月18日 台湾第三原子力発電所(以下「馬鞍山原子力発電所」という)は,塩霧害を原因とする送電線事故により外部電源喪失事故が発生し,更に非常用ディーゼル発電機の起動失敗が重なったため,全交流電源喪失事故となった(甲C18)。
 原子力安全委員会は,平成13(2001)年7月,上記全交流電源喪失事故について検討を行ったが,同事故が外部事象を原因とするSBOの事例であるにも拘わらず,日本におけるSBO対策の対象に,外部事象に起因するSBOを含めることには繋がらなかった。また,原子力安全委員会,及び,原子力安全・保安院は,被告東電に対し,同事故の検討・確認を指示したが,被告東電は,同事故に関し,「適切に点検・保守管理を行なっていることから,同様の事態が発生する可能性は極めて小さく,また発生しても早期に対応可能」として検討を終了し,安全委員会らもその内容を了承した。
 被告東電は,総括文において,同事例において「事故が生じた原因のみに着目し,全交流電源喪失が生じた場合の影響や採られた対策に着目しなかった。背後要因も,ルブレイエ原子力発電所の分析結果と同様である。」と総括している(甲A5-14頁)。

  (ウ)平成16(2004)年12月 インド・マドラス原発事故
 平成16(2004)年12月,スマトラ沖津波が原因で,インド・マドラス原子力発電所の非常用海水ポンプが浸水し運転不能になった。
 しかし,被告東電は,同事故が海水ポンプを除いてプラント被害がなく,INESレベル0であることから,検討の対象としなかった(詳細は後述)。

  ウ 確率論的安全評価手法により福島第一原発の起因事象である①SBO及び②崩壊熱除去系(の損傷)を予見できたこと。

  (ア)津波PSAを実施していれば起因事象が①SBO及び②崩壊熱除去系の損傷であることを予見可能であったこと

   a はじめに

 以上述べてきた通り,国内外から津波PSA実施の必要性が指摘されてきたにも関わらず,事故時までに,被告らにより炉心損傷確率まで言及された津波PSAは公開されていない。
 これは,残業代請求事件において,労働時間把握義務があるにも関わらず使用者がタイムカードを作成していない場合の残業時間の立証に類似するものであり,原告は,間接事実から,仮に被告らが津波PSAを行っていれば,特定された起因事象である「全交流電源喪失」及び「最終排熱系」による炉心損傷の確率が高いことを予見できたと主張せざるを得ない。
 以下,早期の段階で津波PSAの策定に着手していれば,起因事象が①SBO及び②崩壊熱除去系の損傷であることを予見可能であったことについて述べる。

   b 仏ルブレイエ原子力発電所の事故
 平成11(1999年)12月,ルブレイエ原子力発電所において,洪水による電源喪失事故が起きた(INESレベル2の事故)。
平成19年,JNESが行った,ルブレイエ原子力発電所の電源喪失事例についての事故解析には,日本においても,「外部事象(津波)による溢水,及び,内部溢水の両方に対する施設側の溢水対策(水密構造等)の実態を整理しておく必要がある」と報告されている(甲C17[56])。
 また,被告東電は,同事故に関し,「洪水防止壁は最大潮位を考慮していたが,これに加わる波の動的影響を考慮していなかったために防止壁が押し流されたことが原因であり,国内の施設の設計では津波,高潮等について最も過酷と考えられる条件を考慮していることを確認していた。この分析では,事故が生じた原因のみに着目し,洪水が全電源喪失を容易に引き起こすという結果,そしてどのような対策が実施されたのかに着目していなかった」と総括している(甲A5-13)。
 また,日本原子力研究開発機構安全研究・防災支援部門安全研究センター規制情報分析室所属の渡邉憲夫氏による福島第一原発事故の前兆事象解析(甲C54)によれば,福島第一事故とルブレイエ原発事故が「外部電源の喪失」による「安全系の機能低下」及び「直流電源の喪失」において共通するとし,「水がサイト内や建屋内に入り込む可能性のある経路を全て特定し必要に応じてそれらの経路を取り除くことの重要性」,及び,「浸水のような外部事象によってサイト内の複数の原子炉が影響を受ける可能性」を指摘する(準備書面(17)において詳述)。同原子力発電所においては,事故後に河川に面する堤防を高くしその上に越流防止壁が取り付けられた(甲C54 13頁)。
 上記より,津波PSAを行えば,SBOを起因事象として炉心損傷に至る可能性が高いことが予見できていたといえる(準備書面(10)参照)。

[仏ルブレイエ原発事故の主要な不具合/異常 甲C54 figure4を邦訳]【図省略】

[56] 同事故解析には,複数の版があり,上記の載があるのは,「34-2-②」版,「35-5-②」版,「37-2-③(甲C17)」版


   c インド・マドラス原発事故
 平成16(2004)年12月,スマトラ沖津波が原因で,インド・マドラス原子力発電所の非常用海水ポンプが浸水し運転不能になった。
 しかし,被告東電は,同事故が海水ポンプを除いてプラント被害がなく,INESレベル0であることから,検討の対象としなかった。被告東電は,総括文において,『当時「原子力発電所の津波評価技術」による津波高さの評価結果が十分保守性を有していると考えていたため直ちに対策は実施されず,長期的な対応としてポンプ・モーターの水密化の検討に取り組んでいた。しかしながら,本情報については海水ポンプの機能喪失という原因だけへの対策ではなく,最終ヒートシンクの喪失という結果への対策という観点から着目すべき事故であった。』と総括した(甲A5-14)。
 以上より,津波PSAを行えば,海水ポンプの機能喪失により最終ヒートシンクが喪失する可能性が高いこと,すなわち最終ヒートシンクの損傷が起因事象となることが予見できていたといえる(準備書面(10)参照)。

[甲C54-9 figure6を邦訳]【図省略】

   d 溢水勉強会の報告
 保安院,及び,原子力安全基盤機構(JNES)は,平成18年1月,「溢水勉強会」を立ち上げ,内部溢水及び外部溢水に関する原子力施設の設計上の脆弱性の問題を検討した。
 平成18年5月11日,被告東京電力は,溢水勉強会にて,代表プラントとして選ばれた福島第一原発5号機について,第5号機の敷地高さO.P.+13mよりも1メートル高い,①O.P.+14m,及び,設計水位であるO.P.+5.6mとO.P.+14mの中間である,②O.P.+10mを,津波水位と仮定し,津波水位による機器影響評価を報告した(甲B18:溢水勉強会第3回での東電報告書)。
 被告東電は,この報告書にて,O.P.+14mの津波,すなわち5号機の敷地高を超える津波が生じた場合には,海側に面した,T/B(タービン建屋)大物搬入路,及び,S/B(サービス建屋)入口から海水が浸水し,非常用海水ポンプが使用不能に陥ることを報告した。
 また,この場合,T/Bの各エリアに浸水し,電源設備の機能を喪失する(全電源喪失)可能性があること,さらに,電源の喪失に伴い,原子炉の安全停止に関わる電動機,弁等の動的な機器が機能を停止すると報告した。
 すなわち,津波PSAを行えば,溢水により,崩壊熱除去系の損傷及びSBOが生じる可能性が高いことが予見できていた。

  (イ)前兆事象評価により起因事象が①SBO及び②崩壊熱除去系の損傷であることを予見可能であったこと
 原子力安全基盤機構作成の前兆事象評価の報告書(甲C60平成19年4月「安全情報の分析・評価―前兆事象評価の適用―」)は,ルブレイエ事故を参考に,「外部電源喪失」(但し,8時間,24時間で復旧すると仮定)及び「地下二階の浸水」(これにより最終熱除去系であるRHR,ccs(1号機の原子炉冷却系)が損傷)を仮定した場合,外部電源喪失→全交流電源喪失→炉心損傷という事故シーケンスが示され,BWR5の炉心損傷確率は2.4×10-2,BWR3(福島第一原子力発電所1号機)の炉心損傷確率は1.5×10-3,BWR4(同2乃至4号機)は,3.5×10-2という非常に高い確率であることを示している。
 さらに,同報告書は,前兆事象評価より,「事故の発生防止及び影響緩和の観点から,安全性向上対策を検討し,例えばPWRプラントでは,水密扉の設置等によりタービン動補助給水ポンプの機能喪失を防止した場合には,条件付炉心損傷確率が約4割減少することが分かり,外部からの浸水に対するリスク低減の効果を確認した」と報告している。そして,上記評価では「水密扉の設置等」により「地下電気品室」及び「ポンプ室」の浸水を防ぐこと評価対象としている(甲C60 i,ii,13,26頁)。本件で全交流電源喪失の主要な原因である配電盤は電気品室に設置してあり,同前兆事象評価の知見は本件の予見可能性及び結果回避義務を根拠付けるものである。
 以上から,ルブレイエ事故を対象とした前兆事象評価により,外部電源喪失及び浸水による最終排熱系の損傷を起因事象とする炉心損傷は予見できていたし,その回避方法についても認識しえた(準備書面(17)で詳述)。

  (ウ)小括
 事故時までに,日本において炉心損傷確率まで示した津波PSAは作成されていない。しかしながら,既に,SBO及び崩壊熱除去系の損傷に起因する事故又は,事故に至る可能性が高い旨の知見の蓄積があることから,仮に津波PSAを行っていれば,原告が本件事故の起因事象であると特定する起因事象SBO及び崩壊熱除去系の損傷が予見できていた。
 また,JNES作成の報告書は,ルブレイエ原子力発電所事故を参考に,福島第一原発の危険予測を行っていた。ここでの,「起因事象」は外部電源喪失であり,その他の条件としては地下二階の浸水によるRHR(崩壊熱除去系)の損傷が仮定されている。
そして,これらの条件を前提とした場合の外部電源喪失後の事故シーケンスは,福島第一原発事故と同じ因果経過を予測している。さらに,同報告書は事故の発生防止のための具体的対策を明示していた(甲C60 i,ii)。以上から,ルブレイエ事故を対象とした前兆事象評価により,外部電源喪失(及び浸水による最終排熱系の損傷)を起因事象とする炉心損傷は予見できていたし,その回避方法についても認識しえた。

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  (3)予見可能性の時期(国,東電)

 平成14年4月,原子力安全・保安院(平成13年1月発足)は,「アクシデントマネジメント整備上の基本要件について」(甲C28)を策定し,他方,被告東電ら電気事業者は,同年5月に,「アクシデントマネジメント整備報告書」を被告国に提出し,日本のシビアアクシデント対策は終了する。この段階では,事業者らは内的事象PSAしか行わなかった。
 その後,平成18年には,耐震設計審査指針の改訂による地震随伴事象としての「津波」及び「残余のリスク」の明示,溢水勉強会による津波PSAの検討開始(及びそれを受けた,被告東電,JNESによる津波ハザードの解析),原子力安全委員会安全目標専門部会「安全目標に関する調査審議状況の中間取りまとめ」の公表など,津波PSAの実施に関する機運が高まったものの結局事故時までに津波PSAが実施されることはなかった。
 原告は,国内外の知見の進展,事故事例の報告等により,遅くとも平成14年までには,被告国,及び,被告東電に,外部事象に起因するシビアアクシデント対策・規制の必要性についての予見義務が生じていたと主張するものであり(詳細は「原告準備書面(8)第2,2(6)」参照),仮に津波PSAを行っていれば,福島第一原発第1号機乃至第4号機においては,SBO及び崩壊熱除去系の損傷により炉心損傷に至る可能性が高いことが予見できていた。
 平成14年までに生じた内外の知見については,次表のとおりである。

 [シビアアクシデント対策の知見に関する略年表]
S50(1975)年  米国 原子力発電所に対する世界初の確率論的安全評価(WASH-1400)
S54(1979)年3月  スリーマイル島(TMI)2号機の事故
S60(1985)年  米国 「シビアアクシデント政策声明書」
S61(1986)年4月  チェルノブイリ4号機の事故
62(1987)年2月  米国NUREG-1150(初版)
S62(1987)年7月  国内でPSAに基づくAMの検討を開始(原子力安全委員会共通問題懇談会)
S63(1988)年  米国「SBO」規則策定
H2(1990)年2月  原子力安全委員会 中間報告(共通問題懇談会中間報告)
H3(1991)年  米国 NRCが事業者に対し,地震等の外的事象を対象とした個別プラントごとの解析(IPEEE)の実施を指示
H3(1991)年3月  安全委員会 全交流電源喪失WGにてSBOの調査検討
H4(1992)年5月  原子力安全委員会決定(共通問題懇談会最終報告) 「発電用軽水型原子炉施設におけるシビアアクシデント対策としてのアクシデントマネージメントについて」
H4(1992)年7月  通商産業省公益事業部長通達 「アクシデントマネジメントの今後の進め方について」 電気事業者に対し,PSAの実施,AM整備の検討,報告を要請
H6(1994)年3月  電気事業者,通産省に対し,個別プラントのAM報告書を提出
H6(1994)年10月  通産省,上記報告書を評価検討し,原子力安全委員会に報告「軽水型原子力発電所におけるアクシテデントマネジメントの整備について検討報告書」
H8(1996)年9月  通産省課長通知 「発電用軽水型原子力発電施設におけるアクシデントマネジメントの整備について」 電事業者に資料提出を促す
H11(1999)年12月  仏 ルブレイエ原発事故(洪水を原因とするSBO事故)
H12(2000)年  IAEA NS-R-1を公開 シビアアクシデント対策の規制化を要請
H12(2000)年9月  原子力安全委員会が安全目標専門部会を設置し,確率論的安全評価等を活用した定量的な目標を含めた安全目標に関して調査審議を開始
H13(2001)年3月  台湾 第三(馬鞍山)原発事故(霧害を原因とするSBO事故)
H13(2001)年9月  米国 航空機テロ
H14(2002)年1月  原子力安全保安院 事業者に対し代表炉以外の全ての炉ごとに内的事象のPSA(レベル1PSA及びレベル2PSA)の実施を要請
H14(2002)年2月  米国 暫定保障措置命令(第「B.5.b」項)
H14(2002)年4月  原子力安全保安院 「アクシデントマネジメント整備上の基本要件について」策定
H14(2002)年5月  電気事業者「アクシデントマネジメント整備報告書」提出
H14(2002)年10月  原子力安全保安院 「軽水型原子力発電所におけるアクシデントマネジメントの整備結果について」の評価報告書を発表し,有効なAMが整備されたと結論づける。

[以下,平成14年以降の事象を記載]
H15(2003)年  IAEA NS-R-3を公刊 外部事象として,「地震に起因する水波」=津波を挙げ,「有史以前及び歴史上のデータの収集」して確率論的安全評価を行うことを要請
H15(2003)年8月  原子力安全委員会「安全目標に関する調査審議状況の中間取りまとめ」 外的事象を安全目標(定量的目標)の原因事象とする
H16(2004)年12月  インド マドラス原発事故
H18(2006)年1月  溢水勉強会 津波PSAが検討される。また平成18年5~6月ころまでの津波溢水に関する目標として「(1)代表プラントの津波ハザード暫定評価 (2)代表プラント機器への影響評価」が挙がる。
H18(2006)年3月 原子力安全委員会 安全目標専門部会「発電用軽水型原子炉施設の性能目標について」を公表 津波等外的事象の性能目標の検討対象とする。性能目標の定量的な指標を設定
H17(2005)年5月  IAEA NUSSC会合にて「原子力発電所のシビアアクシデント計画」の前身「DS385」が承認される。
H17(2005)年8月  東北電力女川原発にて設計基準を超える地震動(宮城県沖地震)
H18(2006)年5月  溢水勉強会 被告東京電力が,敷地高を超える外的事象(津波)により,福島第一原発の,非常用海水ポンプの使用不能,SBO及びSAに至る機器影響評価を報告 また,東電は「確率論的津波ハザード解析による試算結果について」と題する報告を行う
H18(2006)年7月  東電が第14回原子力工学国際会議にて確率論的津波ハザード解析に関する論文を発表
H18(2006)年8月  JNES 津波PSAの概要版「津波解析コードの整備及び津波伝播のパラメトリック解析【概要版】」を公開
H18(2006)年9月  耐震設計審査指針の改訂 「残余のリスク」についての定量的評価を明記 また「地震随伴事象に対する考慮」として津波に関するリスク評価を明示
H19(2007)年1月  保安院「B.5.b」入手
H19(2007)年3月  北陸電力志賀原発にて設計基準を超える地震動(能登半島沖地震)
H19(2007)年4月  JNES 前兆事象評価において外部電源喪失と最終熱除去系の損傷による炉心損傷確率を公表「安全情報の分析・評価―前兆事象評価の適用―」
H19(2007)年7月  東京電力柏崎刈羽原発にて設計基準を超える地震動(新潟中越沖地震)
H19(2007)年12月  IAEAの総合的規制評価サービス(IRRS)報告 シビアアクシデント対策の法規制化,確率論的安全評価の利用を指摘する

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