TOP    裁判資料    会報「原告と共に」   げんこくだより   ブログ   リンク

★ 準備書面(10) ―シビアアクシデント対策2―
 第1 津波対策とシビアアクシデント対策の相違について 
平成26年12月25日

目 次(← 準備書面(10)の目次に戻ります)

第1 津波対策とシビアアクシデント対策の相違について
 1 予見対象の相違
 2 回避措置の相違
 3 小括




第1 津波対策とシビアアクシデント対策の相違について

 以下,津波対策とシビアアクシデント対策(SBO対策を含む)の相違について,原告の主張を整理する。


  1 予見対象の相違

  (1) 設計基準事象か否か

 原告の主張する津波対策を,「設計基準事象」すなわち「原子炉施設を異常な状態に導く可能性のある事象のうち,原子炉施設の安全設計とその評価に当たって考慮すべきとされた事象」(甲C1-4頁)の一つである「津波」に対する対策として整理する。
 他方,シビアアクシデント対策とは,シビアアクシデントすなわち「設計基準事象を大幅に超える事象であって,安全設計の評価上想定された手段では適切な炉心の冷却または反応度の制御ができない状態であり,その結果,炉心の重大な損傷に至る事象」(甲C1-4頁)に対する対策と整理する。
 両者は,設計基準事象か否かという点で画される。そして,前者が,「設計基準としてどの程度の津波高を想定していたか」が問題となるのに対し,後者では,設計者が想定を誤った場合又は設計者の想定を越える事情により,「設計基準を超える事象が生じた場合に備え,どのような準備を行うべきであったか」を予見し,必要な回避措置を行っていたかが問題となる。
 言い換えれば,前者は起因事象(津波高さ)が予見できたか否かの問題である。他方,設計基準を逸脱する事態[1]を仮定して放射性物質漏出(結果発生)に至る事故経過(事故シーケンス)を想定し対策を行うことは可能である。これが後者の問題である。
 したがって,両者は予見の対象を異にする。

[1] 原告準備書面(8)8,9頁参照

  (2) 設計基準を超える事象に起因する事故を想定し対策することは可能である

 原告準備書面(8)で述べたとおり,確率論的安全評価手法(PSA)により,炉心損傷に至る事故シーケンスを想定し結果回避のための対策を行うことは可能である。
 以下敷衍して説明する。

  ア 事故シーケンスによる想定
 平成14年の時点で,財団法人原子力発電技術機構[2]らは,内的事象に起因する事故シーケンスをほぼ100%抽出した(図1)。これは,炉心損傷(結果)に至る起因事象を定量的に同定したということである。福島第一原発1号機はBWR-3,MARKT型,2〜3号機はBWR-4,MARKT型であり,内的事象のみを想定した場合には,LOCAに起因して事故に至る割合が高いことが報告されている。
 また,事故シーケンスをグループ化して検討することにより,それぞれの事故進展の特徴を明らかにすることができる(甲C35-29,30:発電用軽水型原子炉の新安全基準に関する検討チーム 第3回会合議事録 甲C36:炉心損傷防止対策について(図2参照))。これにより,起因事象に即した対策を行うことが可能となる。(なお,内的事象と外的事象とで事故シーケンス自体はかわらない)
 従って,内的事象にとどまらず,外的事象のPSAを行えば,本件事故を防ぐ対策を講ずることはできた。

[2] 原告準備書面(8)18頁参照

[図1 甲C36-2 発電用軽水型原子炉の新安全基準に関する検討チーム 第3回会合資料3]【図省略】

[図2 甲C36-4 発電用軽水型原子炉の新安全基準に関する検討チーム 第3回会合資料3]【図省略】

  イ IAEA安全基準シリーズ
 平成21(2009)年に発行されたIAEAの安全指針[3]NS-G-2.15「原子力発電所のシビアアクシデント計画」(甲C16)においては,停止時,及び,低出力時を含む内的事象並びに外的事象の全事象を含み,また,使用済燃料プールにおける燃料損傷事故に対するAM整備を求めている(被告国は,平成17年に起草段階での同指針の内容を知り得た。原告準備書面(8) 第3,2(2)参照)。
 具体的には,同指針「2.シビアアクシデントマネジメント計画の概念」第2.13節において「アクシデントマネジメントの手引きは,責任を担う職員が,手引きを正しく実行することができるために,事故シーケンスを特定する,または事前に解析した事故をたどることが必要とならないような方法で策定されるべきである。」として,シビアアクシデントマネジメント計画策定に関して事故シーケンスを特定することが求められている(甲C16-7)。また,「3.アクシデントマネジメント計画の策定」の第3.2節において,全般的な提言として「事象の全体像を決定する上で,レベル1確率論的安全評価(PSA)(利用可能であれば)あるいは他の発電所における類似の研究から,さらに当該発電所と他の発電所で得られた運転経験から,有用な手引きが得られる。事故の進展が,PSAではとてもありそうもないパスで構成されるようであってもまたはPSAで全く特定されないとしても,事象の選択は,すべての特定された状況におかれた発電所職員のための手引きの根拠を与えるように十分に包括的であるべきである。」(甲C16-12,13頁)として,PSA研究に基づくAM対策の手引きの策定が求められている。
 さらに,同指針が示す「事故シーケンスに対する分類図式の例」はシビアアクシデントの起因事象として「小規模冷却材喪失事故(LOCA)」「中規模 LOCA」「大規模 LOCA」「蒸気発生器伝熱管の破損」「二次破断」「交流電源の全喪失」「スクラムしない予想過渡変化(スクラム不能過渡変化)」「過渡変化」を挙げている。したがって,IAEAの安全指針は,「交流電源の全喪失」等を起因事象とする事故シーケンスを策定し,確率論的安全評価(PSA)を行い,AM対策を講ずべきことが論じられている。
 平成19年(2007年),IAEAは,「日本に対する総合原子力安全規制評価サービス (IRRS)[4]」において,日本政府に対し,「原子力安全・保安院は,リスク低減のための評価プロセスにおいて設計基準事象を超える事故の考慮,補完的な確率論的安全評価の利用及びシビアアクシデントマネジメントに関する体系的なアプローチを継続すべきである。」として,確率論的安全評価(PSA)の利用を助言している(甲C42-23:日本に対する総合原子力安全規制評価サービス(IRRS))。従って,IAEAも,日本政府に対し,確率論的安全評価の施行を促していたのである。

[3] IAEAが策定する安全基準文書(安全原則,安全要件,安全指針の三層構造からなる)は,原子力安全に関する重要事項について,加盟国がこれを参考にして自国の事情を考慮しつつ国内基準を作成できるようにするための共通の基盤を提供することを目的としており,加盟国を法的に拘束するものではない。しかし日本政府は,IAEA安全基準文書を,「国際的な整合性を取りつつ,統一のとれた規制を推進していく上で参考とすべき文書」と位置づけ,その策定に関して様々な形で参画してきており重要視している。
[4] IAEAは,加盟国における原子力利用に当たっての安全を確保するため,安全基準(Safety Standards)を策定し,加盟国の要請に基づき,種々の安全確保に関するレビューサービスを実施している。IRRS(総合的規制評価サービス)は,そのサービスの一つであり,原子力安全規制に係る国の法制度や組織等について総合的にレビューするものである。

  ウ 新規制基準の有効性評価の方法
 本件事故後,原子力規制委員会発電用軽水型原子炉の新安全基準に関する検討チーム[5]は,炉規法改正に伴う新規制基準作成の過程で,事故シーケンスを確定し,安全系を維持するための個別の対策を立案した(下図甲C38「発電用軽水型原子炉の新安全基準に関する検討チーム」第7回会合資料参照)。
 また,同チームは,新規制基準において,事業者の炉心損傷防止対策の有効性評価[6]を行うにあたり,沸騰水型プラントに対して下記の事故シーケンスグループを想定し対策を講ずることを評価内容としている(甲C37-1,2「実用発電用原子炉に係る炉心損傷防止対策及び格納容器破損防止対策の有効性評価に関する審査ガイド」)。
  • 高圧・低圧注水機能喪失
  • 高圧注水・減圧機能喪失
  • 全交流動力電源喪失
  • 崩壊熱除去機能喪失
  • 原子炉停止機能喪失
  • LOCA時注水機能喪失
  • 格納容器バイパス(インターフェイスシステムLOCA)
 以上より,シビアアクシデント対策を法規制化するにあたり,被告国は,PSA手法,事故シーケンスを用いる手法を採用し,対策及び規制内容を決定している。
 これらは,本件事故前の知見でも被告国がとり得た対策及び規制手段である。

[甲C38-1 発電用軽水型原子炉の新安全基準に関する検討チーム 第7回会合資料]【図省略】

[5] 福島第一原発事故後,シビアアクシデント対策を含む新規制基準策定のために,原子力規制委員会に設置された外部専門家らを含む組織。
[6] 平成25年6月,実用発電用原子炉及びその附属施設の位置,構造及び設備の基準に関する規則の解釈(原規技発第1306193号(平成25年6月19日原子力規制委員会決定)第37条の規定のうち,評価項目を満足することを確認するための手法の妥当性を審査官が判断する際に,参考とするものとして「実用発電用原子炉に係る炉心損傷防止対策及び格納容器破損防止対策の有効性評価に関する審査ガイド」が策定された。

  エ 事故後の電気事業者らの対応
 平成25年1月18日,第10回発電用軽水型原子炉の新安全基準に関する検討チーム会合において,電気事業者ら[7]は検討チームに対し,「福島第一事故を踏まえた 原子力発電所の安全確保の考え方(BWR)」と題する資料を提出し,シビアアクシデント対策の考え方を示した。
 この資料において,電気事業者らは,福島第一原発事故を踏まえ,「安全確保の基本的考え」として「あらゆることを想定してみて,頻度と影響を考慮した上で,対策を考える」ことを挙げ,「発生頻度は低いが影響が大きい事象(環境への放射性物質の大量放出に至る可能性がある事象,事象進展が速く防災対策実施までの時間余裕が小さい事象など)に対しては,シナリオを想定し,大量の放射性物質の放出防止対策を考慮」するとしている。すなわち,電気事業者らも,事故シーケンスを利用した事故対策の有効性を認め実践している。(甲C3-9:第10回会合事業者提出資料)

[7] 「電気事業者ら」に被告東電は含まれていないが,被告東電は,同会合にて,別途単独で報告を行っている。

  オ 予見義務(調査研究義務・情報収集義務)
 本件のような公害(型)事件においては,一旦事故が発生すれば,その損害が甚大になることは自明であり,企業及び規制庁は,損害発生防止対策について,特に重大な責任を負っている。
 したがって,企業及び規制庁は,結果発生の恐れを感じたならば,問題の解明のために必要な情報を収集し,調査研究をつくさなければならない(予見義務としての情報収集義務・調査研究義務)。そして,必要とされる情報収集・調査義務を尽くさなかったときには,企業及び規制庁は,情報収集を適切に尽くしたならば予見できたであろう具体的危険については「予見可能性」が認められる(以上,潮見佳男著「基本講義 債権各論II不法行為法」33頁参照。同著は引用判例として[熊本水俣病事件:熊本地判昭和48年3月20日判例時報696-15,東京スモン訴訟:東京地判昭和53年8月3日判例時報899-48]を挙げる)。
 本件においても,被告らは設計基準を超える事象に起因する事故に対して,内外の知見の情報収集・調査義務を尽くして予見すべきであったし,実際に,事故後に実践した確率論的安全評価手法(PSA)及び事故シーケンスをもとにした分析手法によって予見できたものである。

  (3) 小括

 津波対策とSA対策は予見対象が異なり,別個の過失が問題となる。
 また,設計基準を超える事象に対しては,確率論的安全評価手法(PSA)により炉心損傷に至る事故シーケンスを想定し対策を行うことは可能である。これは,IAEAの安全基準及び新規制基準において採用されている手法であり,被告らが,事故前にこれらを実践(調査研究・情報収集)することにより設計基準を超える事象に起因する事故を想定し対策を講ずることは可能であった。

 △ページトップへ

 2 回避措置の相違

 次に,津波対策とシビアアクシデント対策は事故回避措置を異にする。
 以下,事故シーケンス[8]に沿って説明する(甲A7)。

[8] 起因事象から,これが拡大して事故に至るまで(又は収束するまで)の一連の事象の繋がり(事象連鎖)

  (1) 事故経過の概要

 今回の事故は,1乃至3号機のいずれにおいても地震により原子炉が緊急停止し,外部電源が喪失し,非常用ディーゼル発電機(EDG)が作動するとともに,原子炉の冷却を行うための設備(1号機の非常用復水器(isolation condenser : IC),2,3号機の原子炉隔離時冷却系(reactor core isolation cooling : RCIC))が作動しており,ここまではほぼ同じ経緯を辿った。
 その後,3号機で高圧注水系(high pressure coolant injection : HPCI)が作動した点を除けば,直流電源の喪失と交流電源の復旧失敗により原子炉の減圧ができず,結果的に代替注水も行うことができないという経過を辿った。仮に,直流電源が利用可能で交流電源が復旧すれば,RCICやHPCIによる炉心冷却とその後の崩壊熱除去で冷温停止に移行(結果回避)できる(甲A7)。

  (2) 事故シーケンス

 以上の事故の進展をイベントごとに整理し樹形図で示すと,以下の通りとなる。1ないし3号機の実際の事故経過シナリオが赤の線,炉心損傷を回避するためのシナリオが青の線で示される。
 なお,非常用ディーゼル発電機は地震後数十分間作動したが,津波到達前後に溢水の影響等[9]により停止した。

[甲A7-3]【図省略】

[9] 1号機については,地震を直接の原因としてSBOに至った可能性を留保する。

  (3) 回避措置からの整理

 以上から,事故回避のポイントとなるイベントは,(1)非常用ディーゼル発電機,(2)直流電源,(3)交流電源の復旧,及び,(4)崩壊熱除去である。
 原告が主張する津波対策の対象は,(1)非常用ディーゼル発電機,及び,(2)直流電源である。原告準備書面(7)記載の回避措置(溢水対策)を行えば,これらは機能停止を免れ,安全停止が可能であった。
 他方,原告が主張するシビアアクシデント対策(含SBO対策)の対象は,(2)直流電源,(3)交流電源の復旧,及び,(4)崩壊熱除去系である。SBO(外部電源喪失+非常用ディーゼル発電機の停止)が生じた場合でも,「直流電源」「交流電源の復旧」及び「崩壊熱除去系」が機能すれば,安全停止することが可能であった(上図の「赤矢印」が示すシナリオ)。


 3 小括

 以上のとおり,津波対策とシビアアクシデント対策は,予見の対象及び結果回避措置を異にする。

 △ページトップへ

原発賠償訴訟・京都原告団を支援する会
  〒612-0066 京都市伏見区桃山羽柴長吉中町55−1 コーポ桃山105号 市民測定所内
   Tel:090-1907-9210(上野)  Fax:0774-21-1798
   E-mail:shien_kyoto@yahoo.co.jp  Blog:http://shienkyoto.exblog.jp/
Copyright (C) 2017 原発賠償訴訟・京都原告団を支援する会 All Rights Reserved. すべてのコンテンツの無断使用・転載を禁じます。