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目 次(← 準備書面(8)の目次に戻ります) 第2 シビアアクシデント対策について 1 定義 2 日本のシビアアクシデント対策(甲C2参照) 3 全交流電源喪失事象(SBO)対策 第2 シビアアクシデント対策について 1 定義 (1) シビアアクシデント(過酷事故) シビアアクシデントとは,「設計基準事象を大幅に超える事象であって,安全設計の評価上想定された手段では適切な炉心の冷却または反応度の制御ができない状態であり,その結果,炉心の重大な損傷に至る事象」と定義される(甲C1-4頁:「シビアアクシデント対策としてのアクシデントマネージメントに関する検討報告書 -格納容器対策を中心として-」) 昭和54年3月28日米国のスリーマイル島(TMI)2号機で炉心の損傷を伴う事故が発生して以来,シビアアクシデントに対してどのような対策を施すかが世界的な問題となった。また,昭和60年4月26日,旧ソ連チェルノブイリ4号機で原子炉出力暴走事故が起こり,さらにシビアアクシデント対策の必要性が再認識されるに至った。米国では,TMI事故後,アクシデントマネジメント対策のための確率論的安全評価(PSA:Probabilistic Safety Assessment)の手法が発展し,日本にも早期の段階でその成果がもたらされた。 (2) 設計基準事象 「シビアアクシデント対策としてのアクシデントマネージメントに関する検討報告書 ―格納容器対策を中心として―」(甲C1-4頁)は,設計基準事象を,「原子炉施設を異常な状態に導く可能性のある事象のうち,原子炉施設の安全設計とその評価に当たって考慮すべきとされた事象」と定義する。 異常な状態に導く事象としては,「運転時の異常な過渡変化」と「事故」がある。「運転時の異常な過渡変化」とは,原子炉の運転中において,原子炉施設の寿命期間中に予想される機器の単一の故障もしくは誤作動又は運転の単一の誤操作,及びこれらと類似の頻度で発生すると予想された外乱によって生ずる異常な状態に至る事象である。他方,「事故」とは,運転時の異常な過渡変化を超える異常な状態であって,発生する頻度はまれであるが,発生した場合は原子炉からの放射性物質の放出の可能性があり,原子炉施設の安全性を評価する観点から想定する必要のある事象である。 原子力発電所は,「設計基準事象」に対して,十分対応できる安全設計を求められている(甲C2-4頁:「原子力発電所のシビアアクシデント-そのリスク評価と事故時対処策-」)。 [甲C2-10頁:「原子力発電所のシビアアクシデント-そのリスク評価と事故時対処策-」]【図省略】 (3) アクシデントマネジメント(過酷事故対策) ア アクシデントマネジメント(過酷事故対策)とは アクシデントマネジメントとは,「設計基準事象を超え,炉心が大きく損傷する恐れのある事態が,万一発生したとしても,現在の設計に含まれる安全余裕や安全設計上想定した本来の機能以外にも期待し得る機能またはそうした事態に備えて新規に設置した機器等を有効に活用することによって,それがシビアアクシデントに拡大するのを防止するため(1),もしくはシビアアクシデントに拡大した場合にもその影響を緩和するため(2)に採られる措置(手順及び設備)」と定義される(甲C1-3頁)。 日本においては,「シビアアクシデント対策」「過酷事故対策」との名称が,原子炉施設立地自治体,及び,住民からの反発を招くことを危惧し,被告国らは,「アクシデントマネジメント」(AM)という名称を使用したが,以下では,これらを同様の意味で使用する。 イ 「フェーズI」,「フェーズII」 前者(1)(以下「フェーズI」のAMという。)は,何らかの原因で喪失した炉心冷却等の安全機能を回復させる操作から構成される。例えば非常用炉心冷却系(ECCS)の手動起動や原子炉スクラム失敗事象に対する,ほう酸水注入系の起動のための設備,手順書の整備,教育・訓練を含む。 後者(2)(以下「フェーズII」のAMという。)は,フィルター付き格納容ベント設備や格納容器内注水設備等(及び,その手順書の整備,教育・訓練)である。 [甲A2:政府事故調中間報告409頁より(JNES作成)]【図省略】 (4) シビアアクシデントの原因事象 事故の原因,又は,発端となる事象を「起因事象」という。「起因事象」には,原子炉な施設の内部に生じる(1)「内部事象」(内的事象)と,外部に生ずる(2)「外部事象」(外的事象),産業破壊活動等の意図的な(3)「人為事象」(人為的事象)がある。
ここで,福島第一原発事故は,地震・津波,すなわち(2)外的事象を原因として過酷事故に至った。 米国では,シビアアクシデントに対する規制方針を決める際の参考にするため,沸騰水型原子炉2機,加圧水型原子炉3機を対象に,確率論的安全評価(PSA 後述)を行い,1990年(平成2年)には,「地震・火災(外的事象)に起因する炉心損傷は,内的事象に比べて決して小さくはない」と述べる報告書Severe Accident Risks: An Assessment for Five U.S. Nuclear Power Plants (NUREG-1150)[1]」(1990(平成2)年12月)(以下「NUREG-1150」という)が公刊されていた(甲C2-57頁:「原子力発電所のシビアアクシデント-そのリスク評価と事故時対処策-」)。 また,日本の安全研究において,いち早く昭和60(1985)年ころより,地震PSA,及び,火災PSAの方法論に着手していた日本原子力研究所[2](現独立行政法人日本原子力研究開発機構)は,平成7年5月に,「原子力発電所のシビアアクシデント-そのリスク評価と事故時対処策-」(甲C2-46頁)を公開した。同書は,NUREG-1150を検討し,原子力発電所のPSAは,内的事象及び外的事象の両方を評価する必要があると述べている。 また,同書は,外的事象と内的事象の相違点として,「(1)外的事象は,同一の原因事象(例えば地震や航空機の墜落)によって,起因事象と安全系の機器の故障とが同時に発生し得る」点をあげている。同書は,福島第一原発事故の発生機序(外的事象による,共通原因故障)をすでに指摘していたものと評価できる。 [甲C2-左表50頁,右表44頁―原因事象として外的要因を明示]【表省略】 しかし,日本国内において,外的事象の評価についての必要性が認識されていたにもかかわらず,日本の原子力規制において,(2)外的事象は,「設計基準事象」として安全設計の対象とする扱いであり,シビアアクシデント対策の起因事象として評価の対象とされなかった[3](甲C3-6頁:原子炉安全基準専門部会共通問題懇談会中間報告書)。 [1] 初版(パブリックコメント)は,昭和62(1987)年に公表されていた。 [2] 日本原子力研究所は,昭和31年6月に原子力研究所法に基づき設立された,原子力に関する総合的な日本の研究機関である。平成17年に日本原子力研究開発機構に改組。 [3] 平成元年2月27日付「原子炉安全基準専門部会共通問題懇談会中間報告書」(甲C3-6頁)は,外的事象の評価を行ったNUREG-1150を参考としているにも関わらず,「国内外にて行われているPSAは,一般に起因事象のうち,内的事象のみを対象としており」などと述べている。日本では,当初より,外的事象を起因事象として対策を行うことに消極的であった。 (5) PSA(確率論的安全評価) ア PSA(確率論的安全評価)とは PSA(確率論的安全評価。米国ではPRAと略される)とは,「原子炉施設の異常故障等の起因事象の発生頻度,事象の及ぼす影響を緩和する安全機能の喪失確率及び事象の進展影響を定量的に分析・評価することにより,事故の発生確率や事故の影響あるいは両者の積(リスク)の形で表された結果をもとに原子炉施設の安全性を総合的に評価しようとするもので,安全確保対策を体系的かつ定量的に評価する」方法である。シビアアクシデントの研究では,事故の発生確率を踏まえた上で,その現象,及び,影響を知るための手段として,PSAが利用される(甲C3-6頁)。 PSAは,システム信頼性評価及び炉心損傷確率評価を行う「レベル1PSA」,損傷炉心及び核分裂生成物(FP)の環境への放出挙勤評価までを行う「レベル2PSA」,環境影響評価までを行う「レベル3PSA」の3段階に分けられる(同6頁)が,炉心が重大な損傷を受ける確率を推定するレベル1PSAが最も重要である。 イ PSAの実施手順 PSAの実施手順は以下の通りである(甲C2-11頁)
[4] 起因事象から,これが拡大して事故に至るまで(又は収束するまで)の一連の事象の繋がり(事象連鎖)を,「事故シーケンス」とよぶ。本文図の「起因事象」から「長期冷却」「炉心損傷」に至る,枝分かれした個々の事象連鎖が「事故シーケンス」である。 ウ PSA結果の利用方法 PSAの結果は,過酷事故対策の立案に利用される。具体的には,以下の利用方法が指摘されている(甲C2-11頁)。
(6) シビアアクシデント対策の対象―全交流電源喪失事象(SBO) ア 全交流電源喪失事象(SBO) 全交流電源喪失事象(SBO)とは,「全ての外部交流電源,及び,所内非常用交流電源からの電力の供給が喪失した状態[6]」をいう。具体的には,「外部電源が喪失し,かつ,非常用ディーゼル発電機の起動失敗等により発生する複合事象」であるとされる(甲C4-1頁:「原子力発電所における全交流電源喪失事象について」)。 SBOは,シビアアクシデントの事故シーケンスの1つである。そして,原子炉を「冷やす」機能(冷却系)は,電源に大きく依存するため,シビアアクシデント対策の中でも,SBO対策は重要である。 原子炉安全基準専門部会共通問題懇談会は,SBOを,沸騰水型プラントにおける「他の事象と比較して,相対的に大きな炉心損傷確率を与える事故シーケンス」と位置づけ,早期の段階から問題視し(甲C3-10頁),平成4年3月の共通問題懇談会報告書においては,AMで対応すべきものと整理された(甲A2-418頁:政府事故調中間報告)。 [6] 外部電源が喪失した場合,非常用ディーゼル発電機が自動起動し,電源が保たれる。 イ SBO対策 SBO対策は,概要,全交流電源が喪失しても,原子炉を安全に停止し,かつ停止後の冷却を維持することにある(甲C4-1頁)。具体的には,全交流電源が喪失した場合(外部電源と非常用DGが起動しない状況),非常用蓄電池等により冷却系を維持し,その間に外部電源を復旧させることにある。 例として,NRC(米国原子力委員会)では,SBOによる炉心損傷頻度への寄与が大きいことから,昭和63(1988)年に「一定時間のSBO継続に耐えられる設計」を求めた(SBO規則)。同規則では,竜巻やハリケーンを想定し,容認可能な継続時間として2,4,8,16時間(その後72時間を追加)が示されている。「継続時間」は,「継続時間」中に冷却系を維持できること,「継続時間」内に外部電源を復旧できること,を考慮し決定される(後に詳述)。 日本における,電源確保に関する規制は,「発電用軽水型原子炉施設に関する安全設設計審査指針」(平成2年8月30日原子力安全委員会決定,平成13年3月29日一部改訂)において,「原子炉施設は,短時間の全交流動力電源喪失に対して,原子炉を安全に停止し,かつ,停止後の冷却を確保できる設計であること。」(指針27)と定められ,極めて短時間(慣行上30分間)のSBOのみを想定した設計で足りるとされてきた。 これは,電源喪失の原因として,内的事象しか仮定しなかったため,短期間のうちに外部電源の復旧が可能であると想定していたからである。この想定に,合理的根拠が無いことについては後述する。 (7) 津波対策とシビアアクシデント対策 原告ら準備書面(4)では,設計基準事象としての津波の予見可能性について述べた。日本の原子力規制においては,発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針[7]2の2において, 「二 安全機能を有する構築物,系統及び機器は,地震以外の想定される自然現象によって原子炉施設の安全性が損なわれない設計であること。重要度の特に高い安全機能を有する構築物,系統及び機器は,予想される自然現象のうち最も苛酷と考えられる条件,又は自然力に事故荷重を適切に組み合わせた場合を考慮した設計であること。」として,自然災害を設計基準事象として考慮する必要がある。したがって,被告らは,設計基準事象として津波を考慮して原子炉施設の対策を行う必要があった。 これに対して,本書面では,外部事象(地震,津波等)を対象とするシビアアクシデント対策について述べる。これは,深層防護[8]の第4層として,設計基準を超える事故対策として整理される。また,福島第一原発事故が,概要「設計段階から外的事象(地震と津波)を起因とする共通原因故障への配慮が足りず,全電源喪失という過酷な状況を招いた事が原因」であることから,事故シーケンスの中でも主要な事象であるSBO対策の不備について述べる。 [7] 平成2年8月30日原子力安全委員会決定 [8] 訴状62頁以下参照 △ページトップへ 2 日本のシビアアクシデント対策(甲C2参照) (1)原研,動燃らによる研究 日本のシビアアクシデントの研究は,当初,原子力研究所(以下「原研」という),動力炉・核燃料開発事業団(以下「動燃」という),及び,原子炉設置者などによってすすめられた。 昭和61年には,日本原子力学会誌にPSAに関する論文(甲C21:「原子力発電所の確率論的安全評価」)が寄稿された。同論文は,原研,動燃の研究者の他,被告東電の研究者が執筆し,同30頁(被告東電執筆分)では,PSA評価の今後の課題として「(4) 外部事象(特に地震)に対する評価手法の確立」を挙げている。また,同年,原研は,日本原子力学会誌に,米国における地震PSAの概要を報告し(甲C22:「原子力発電所の地震時危険度の確率論的評価[9]」(共同執筆)),平成3年10月に,土木学会誌に,「確率論的地震危険度の評価手順と感度解析」(甲C23)と題する,地震を対象とするPSAの評価手法を報告した。同論文では,《「我が国において外的事象を評価する場合は, 地震によるリスクを評価することが重要である」として,敦賀市(敦賀原発が立地),水戸市(東海第二原発に近接),及び,掛川市(浜岡原発が立地)を対象として,確率論的地震危険度評価を報告した。 原子力工学試験センター[10]は,平成4年,日本原子力学会誌に「原子力安全規制のための安全解析技術の開発現状」と題する論文を寄稿し[11],同センターが実施したPSA評価を報告した。この論文において,「低出力運転時や停止時に生じる事象あるいは地震等の外部事象については,評価手法の整備を開始したところである。」(甲C24:45頁)と述べ,外部事象の評価を課題とした。また同年,財団法人原子力発電技術機構(原子力工学試験センターの後身)は,通産省資源エネルギー庁の委託により,火災及び溢水,並びに,地震を対象とするPSAの研究に着手した(甲C30:「確率論的火災・溢水安全性評価の調査に関する報告書」,甲C31:「確率論的耐震安全評価(地震PSA)手法の調査に関する報告書」) 平成5年7月,原研は,PSA手法に関し,NUREG-1150を引用し,起因事象として内的事象と外的事象を挙げる論文を報告した(甲C25:「確率論的安全評価の現状」,また平成7年5月発行の報告書集「日本原子力研究所原子力発電所のシビアアクシデント-そのリスク評価と事故時対処策-」(甲C2)参照)。 他方,規制機関は,PSAの導入に際し,外的事象の評価については消極的であった。平成4年2月10日開催の「第30回 原子力総合シンポジウム」(主催:日本原子力学会)にて,当時の原子力安全委員会委員長内田秀雄氏は,「原子力安全の新時代」と題する講演を行った。 その中で内田氏は, 「一般に外部事象の発生の潜在性は広範囲には確率的事象として扱うことには無理があるのではないかと思われる。外部事象をいたずらに確率論的に扱うと,それが施設にカタストロフィックな効果を与え,施設本来の安全装置などの効果が無視されることになりかねない。そういうような外部事象に対しては,本来そういう外部事象の設計基準のレベルを厳しくして設計すべきである。日本の設計用限界地震の策定はこの方針に基づいていると思われる。」(甲C26:講演録「原子力安全の新時代」8,9頁)と述べた。 原子力安全委員会委員長の上記発言は,原子力安全委員会が,(1)外部事象PSAが,施設に「カタストロフィックな効果」を与える評価となることを警戒し,(2)外部事象のPSAの導入に消極姿勢を示していることを示している。また,(3)外部事象について設計基準事象として対処する方針を墨守する姿勢を示している。 原子力安全委員会の外部事象PSAを忌避する態度は,後の日本のSA対策(規制)の方向性を決定づけた,共通問題懇談会報告書,及び,安全委員会決定に大きく影響した。 [9] 論文受理 昭和60年11月26日 [10] 昭和51年(1976年)3月に電力業界,電機業界,建設業界などの民間企業の協力により設立。当初は,原子力発電用機器の信頼性実証試験を主たる業務としていたが,昭和55年(1980年)に安全解析所を設置し,国が行う原子力発電所の設置等に係る安全審査の補助的・専門的機関の役割を担う。平成4年4月には組織改変が行われ,財団法人原子力発電技術機構に改組。平成15年10月に(独)原子力安全基盤機構(JNES)が設立され,同機構の安全規制に関連した事業はJNESに移管された。 [11] 論文受理 平成3年12月26日 (2)安全委員会 ア 共通問題懇談会の設置と安全委員会決定 昭和62年7月,安全委員会は,原子炉安全基準部会に共通問題懇談会を設置し,シビアアクシデントに対する検討を開始した。同懇談会の検討項目として,(1)シビアアクシデントの考え方,(2)シビアアクシデント時の格納容器の機能,ソースターム等,(3)複数立地,(4)確率論的安全評価手法の考え方,等が上がっている(甲C5:第1回共通問題懇談会資料「今後の検討方針について(案)」)。 同懇談会は,昭和62年7月から平成3年11月まで14回開催され,原子力安全委員,通産省のほか,第4回会合には,被告東電,関電ら電気事業者も参加し,PSAの実施報告を行った(甲C6:「国内BWRプラントの確率論的安全評価について」)。 同懇談会は,平成2年2月19日に,安全委員会に対し,「原子炉安全基準専門部会共通問題懇談会中間報告書」(甲C3)を報告し,平成4年3月5日には,同委員会に対し,最終報告を行った(甲C1-2頁〜)。 同年5月28日,安全委員会は,上記報告を妥当なものとして,「発電用軽水型原子炉施設におけるシビアアクシデント対策としてのアクシデントマネージメントについて」(甲C1-1,2頁)を発表した。この決定は,その後の日本における過酷事故対策の基本的な方向を定めた。 この要点は,次のように整理されている。
イ 共通問題懇談会報告書より外部事象PSAが排除された原因 (ア) 共通問題懇談会での議論 原子力安全委員会,並びに,共通問題懇談会は,初期の段階では,外部事象を検討課題としていた。 昭和62年,原子力安全委員会発行の「原子力安全年報」(原子力安全白書の前身)「第5章 シビアアクシデントに関する研究の促進」においては,確率論的安全評価手法の手順の説明の中で「なお,事故シーケンス発生頻度評価では,内的事象(機器故障や誤操作等プラント内部の原因による事象)と外的事象(地震や航空機墜落等プラント外部からの衝撃による事象)両方の検討が必要である。」として,外的事象の評価を重視している(甲C34:「昭和62年 原子力安全年報」[12])。 また,昭和63年12月13日の共通問題懇談会第6回会議において,中間報告書の起草ワーキンググループより,中間報告書の論点について報告がなされた(甲C27:「第6回資料 共通問題懇談会起草ワーキンググループにおける共通認識と論点について」)。起草ワーキンググループは,佐藤一男[13]氏,近藤駿介[14]氏,斯波正誼氏[15]ら,PSAの研究者によって構成されていた。 この論点表では,起草ワーキンググループの「共通認識」として, 「PSAは安全規制上,安全政策上の判断の補助的,参考的位置づけ。しかし,国内の研究成果,及び,NUREG-1150等海外の研究成果を検討したにもかかわらず,中間報告書は「国内外にて行われているPSAは,一般に起因事象のうち,内的事象のみを対象としており」として,PSAの対象から外的事象を排除し,最終報告書には,外的事象についての記載が一切なされなかった。 起草ワーキンググループのメンバーが,PSAの有用性を知悉した研究者であったにも関わらず,なぜこのような報告がなされたか。 平成24年2月1日,起草ワーキンググループの主査であった近藤駿介氏は,政府事故調査委員のヒアリングに対し, 「共通問題懇談会は,5.のような海外の動きをほとんど見ていなかった。しょうがないのかもしれないが,佐藤一男氏と相沢清人氏以外のメンバーのほとんどは,PSAについての知識がない人々だったので,外部事象の重要性やその評価の方法論についての議論はほとんど無かった。……我々PSAの研究者は,学会で火災PSA,洪水PSA,地震PSA等の方法論の研究成果を見ていて,外部事象PSAの方法論が研究開発段階にあるものの,成果はNUREG-1150にあるので使い物になることは理解していたが,このPSAの分野にいない人は,PSAの成果を見たことがない。……当時の安全委員会委員長であった内田秀雄氏(故人)は「格納容器は最後の砦。格納容器に穴をあけるのはとんでもない」旨の発言をされており,ベントが本当に要るのか,それを安全思想上どう位置づけるのかが大問題であった。それまでの原子力安全はそもそも,言わば「設計基準事象に対する対策があればよい」という世界であったのに,SA対策は設計基準事象を超える事象が起きると考えて,その対応のための装置とその手順書を作り,あるいは,その一つとして格納容器に穴をあけるような装置をつけろという,一種のコペルニクス的転回であったから,内田秀雄氏とは随分やりあった。と述べている。 以上からは,PSAの専門家ではない安全委員との議論の中で,外的事象に対するPSAの実施が霧消していった経緯がわかる。 [12] 原子力安全白書(年報)のバックナンバーは,原子力規制委員会HPで閲覧可能である。(http://www.nsr.go.jp/archive/nsc/hakusyo/S62/1-5.htm) [13] 元日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)理事。原研退職後,平成5年から原子力安全委員会委員,平成10年〜12年委員長,その後,財団法人原子力安全研究協会理事長などを歴任。昭和58年にSA対策に関する「原子力安全の論理」を著する。 [14] 通産省原子力発電技術顧問を歴任し,平成16年以降は原子力委員会委員長を務める。「原子力発電所の確率論的安全評価」(甲C21)の共同執筆者 [15] 原子力工学試験センター原子力安全解析所,「原子力安全規制のための安全解析技術の開発現状」(甲C24)の共同執筆者 (イ) 行政訴訟への影響 また,被告国は原子炉設置許可処分取消訴訟等の行政訴訟[16]において,決定論的な設計基準事象とその根拠を説明し,現行規制において安全は十分確保さていると説明してきたという経緯がある。 伊方原発訴訟において被告国側の証人として,安全委員長内田秀雄氏,原子炉安全基準専門部会長村主進氏らが出廷し,原子炉の設計上の安全性を主張しており,その主張に矛盾する(設計基準を超える事象を想定する)シビアアクシデント対策への取組み(外的事象PSAの実施,SA対策の規制要求化)には,訴訟対策の点からも,消極的であったものと考えられる(甲A2-498:政府事故調中間報告参照)。 [16] 伊方原発訴訟は昭和48年提訴,昭和60年に上告,平成4年10月上告棄却であり,共通問題懇談会〜安全委員会決定の時期と重なる。 (ウ) 説明の困難性 政府事故調査委員会のヒアリングにおいて,寺坂信昭氏(原子力安全保安院長)は,SA対策について以下の通り述べている(甲A3-321:政府事故調最終報告)。 「シビアアクシデントの対策の地元への説明はつらい。絶対安全という言葉はある種の禁句で絶対に使えないのだが,安全か安全でないかといえば,当然安全だと判断をしてきている。そこにPSAとかPSRのような確率的な評価でいくばくかのリスクが存在するという説明は,特に地元との関係では非常に苦しい。原子力に理解のある方からも,一所懸命,原子力の安全はしっかり進めていくという説明だったのに,なぜそのような問題点が残っているかのようなことを言うのか,という批判を受ける。まして,批判的な人は当然,話が違う,安全と言っていたのに安全ではない要素があるなら,そこの対策はどうするのか,という議論になってしまう。」上記ヒアリング結果からは,規制庁が,シビアアクシデント対策の地元への説明[17]に苦慮していたことがわかる。 もとより,説明が困難であることが,必要な安全対策を行わない理由とはならない。以上の事実は,本来早急に着手すべきだった外的事象PSA,SA対策について,規制庁がこれを漫然怠ったことの原因の一つである。 [17] 平成3年,東電と福島県の間で,運転状況の随時確認,品質保証活動の徹底を内容とする安全協定の改定が行われるなど,地元対策が重視されていた。 (エ) 小括 共通問題懇談会の最終報告(甲C1)は,冒頭で「米国原子力規制委員会(NRC)が取りまとめを行っている『シビアアクシデントのリスク(NUREG-1150)』など海外のPSA及び国内外のシビアアクシデント研究の最新の成果などを基礎資料として,格納容器対策を主体とするアクシデントマネージメントについて,ワーキンググループを設置して検討してきた。本報告書はこの検討結果をまとめたものである。」と述べる。しかし,上記の事情により,その内実は,国内外の成果,議論状況を適切に取り入れられることなく起草されたものである。 同報告書は,日本のシビアアクシデント対策(規制)を方向付けた。そして,その後の国内外の知見の進展に関わらず,シビアアクシデント対策(規制)の方向性は修正されないまま本件事故をむかえた。 (3)通商産業省 ア 公益事業部長通達の内容 通商産業省(現:経済産業省。以下単に「通産省」という。)は,安全委員会の「発電用軽水型原子炉施設におけるシビアアクシデント対策としてのアクシデントマネージメントについて」(甲C1)をうけて,同省の対応方針をまとめ,平成4年7月,資源エネルギー庁公益事業部長通達「アクシデントマネジメントの今後の進め方について」(甲C7)を発出した。同通達は,「我が国においてはシビアアクシデントの可能性は十分小さい[18]ので,アクシデント・マネジメントは電力会社が自主保安の一環として実施するものである」と位置づけ,アクシデントマネジメントがなされているか否か,又は,その具体的内容によって,原子炉の設置,又は,運転などを制約するような規制的措置を要求しないとした。 その上で,電気事業者に対して,
すなわち,日本のAM対策は,法規制は行わないが,被告国が,電気事業者の自主的なAM対策の手順を要請し事業者に報告させる,という特殊な行政規制を採用した。この方針は,平成14年に各電気事業者より整備報告書が提出された後も,何らの進展,及び,変更は無かった(後述)。 この通達を受けて,平成6年3月31日,電気事業者は,通産省に対し,「アクシデントマネジメント検討報告書」を提出するとともに,報告書に基づきアクシデントマネジメントの整備を行った。 [18] 具体的には,フェーズIのアクシデントマネージメントの一部を考慮したレベル1PSAによれば,代表的な国内原子炉の炉心損傷に至る事象の発生率は,評価の不確かさを考慮しても10-5/炉年より小さく,これは例えばIAEA・INSAG(国際原子 力安全諮問委員会)の基本安全原則が示す定量的な安全目標(炉心損傷の発生率10-4/炉年(既存炉に対して),10-5/炉年(新設炉に対して)を満足している,というものである。10-5/炉年とは,事故の発生確率が,原子炉1個あたり10万年に1回の割合であることを指す。 イ 公益事業部長通達が修正された経緯 ここで,前述の共通問題懇談会においては,海外の状況を調べ,IPEEE[19]の研究・開発の実施必要性や,PSAの結果にかかわらないベンティングの取付け等のAMを行うことも検討されていた。そこで,当初の平成4年公益事業部長通達の案としては,
すなわち,被告国(通産省)は,電気事業者の意をくんで(さらに言えば,被告国自身が,立地自治体,及び,住民の反発を恐れ[20]),外的事象のPSA(IPEEE)の実施を通達に含めなかったのである。 [19] IPEEE(IPE for External Events):外的事象を対象とした個別プラントのごとの解析 [20] 政府事故調中間報告では,「社会的受容性」と表現されている。 △ページトップへ (4)被告東京電力 ア 共通問題懇談会における報告 昭和62年10月,被告東京電力は,関西電力とともに共通問題懇談会第4回会合に参加し,PSAの実施報告を行った(甲C6:「国内BWRプラントの確率論的安全評価について」)。 ここで,被告東電は,米国1975年策定のWASH-1400[21](ラスムッセン報告),IREP[22],NUREG-1150等を参照し,沸騰水型プラントについて,内部事象を対象とするLevel1PSAを実施した結果を報告した。そして,「今後,このPSAを安全設計の手段としてさらに有用なものとするには,さらに,次のような課題についても研究を続けていくことが重要と考える。」として「(5)外部事象の取り扱い」を課題の1つと明記した(甲C6-22頁)。 したがって,被告東電は,すでに昭和62年に,外部事象に対するPSAの必要性,さらに外部事象に起因するSA対策の必要性を認識していた。 [甲C6-3頁:「PSAの実施手順」と題する図表-(外的要因の評価という項目が存在する)]【図省略】 [21] 米国MIT教授のNorman Rasmussenらによる,原子力損害賠償保険の料率を適正に定める目的で行われた,原子力発電所の総合的なリスクを解析的に評価する研究の報告書。原子炉プラントのリスクを,解析的・定量的に評価する研究の嚆矢。報告書発表後の,TMI事故により,研究の正しさが評価された。 [22] TMI事故後,1981年に策定されたWASH-1400を改良した評価手法 イ 通達を受けての被告東京電力のAMの整備 被告東京電力は,他の電気事業者と同じく,安全委員会の上記決定や通産省の上記通達等を受けて,平成6年3月「アクシデントマネジメント検討報告書」を提出し,その後約10年をかけてAMの整備を行った。 被告東京電力がその間に実施したAMの主なものは,(1)原子炉及び格納容器への注水機能の強化など設備上のAM策の整備,(2)AM実施組織や実施態勢の整備,(3)事故時運転操作手順書やAMガイドなどAMの手順書類の整備,(4)AM実施組織における関係者の教育の推進,の4つであった。 被告東京電力は,平成14年5月,福島第一原発,福島第二原発,及び,柏崎刈羽原発の「アクシデントマネジメント整備報告書」(甲C8)と「アクシデントマネジメント整備有効性評価報告書」を経産省に提出した。 被告東京電力は,同年までの取組みをもってAMの整備は終了したとして,それ以上のAMを推進しなかった。 ウ 地震等の外的事象に対する東電の対策 安全委員会の策定した指針類において,地震に対する確率論的安全評価を採用したのは,平成18年9月改訂の耐震設計審査指針である。 安全委員会は,改訂に際し[23],地震学的見地からは策定された地震動を上回る強さの地震動が生起する可能性を否定できず,当該指針に「残余のリスク[24]」(策定地震動を上回る地震動の影響が施設に及ぶことによって生ずる様々なリスク)が存在することを明記し,同月20日,保安院は,事業者に対して,「残余のリスク」について定量的な評価を行い,報告することを要請した(いわゆる「耐震バックチェック」[25])。また,平成19年3月,日本原子力学会の標準委員会において,「原子力発電所の地震を起因とした確率論的安全評価実施基準:2007(AESJ-SC-P006:2007)」の実施基準が策定された。 以上の経緯により,地震についてはPSAが実施されることになったが,これは設計基準として参照されるにとどまり,設計基準を超える場合のAM対策を考慮したものではない(甲A2-428〜430:政府事故調中間報告)。 被告東京電力は,安全委員会が策定した上記耐震設計審査指針等を踏まえ,原子炉施設が当該自然災害等に十分耐えられるような設計をし,それ自体が自然災害等への対策であるとの立場をとった。そして,既設の原子炉施設については,耐震バックチェック等を通じて,改めて自然災害等に十分耐えられるかどうかを調査し,それへの耐性が十分でない場合には必要と考える対策工事を行うことにより対処していたが,設計基準外の自然災害に対するAM対策は,行わなかった(甲A2-438頁:政府事故調中間報告)。 [23] 耐震設計指針は,昭和56年以降改訂されていなかったが,平成7年兵庫県南部沖地震を機に旧指針の妥当性が検討され,平成18年9月に改訂された。 [24] 耐震設計審査指針において「残余のリスク」は,「策定された地震動を上回る地震動の影響が施設に及ぶことにより,施設に重大な損傷事象が発生すること,施設から大量の放射性物質が放散される事象が発生すること,あるいは,それらの結果として周辺公衆に対して放射線被ばくによる災害を及ぼすことのリスク」と定義される。 [25] なお,地震PSAは,電気事業者と保安院(財団法人原子力発電技術機構に委託)により行われたが,国内炉心損傷頻度を大きく上回るプラントが多数存在したため報告書は公表されなかった(甲A1:国会事故調111頁)。 (5) 福島第一原発事故時の被告東電のシビアアクシデント対策 事故当時,被告東電が実施していたシビアアクシデント対策の問題点について,以下,端的に述べる(甲A2:政府事故調中間報告493頁以下)。 ア 電源喪失対策 被告東電の電源喪失対策は,隣接する原子炉施設のいずれかが健全であることを前提に組み立てられていた。従って,何らかの要因により,複数の原子炉施設が同時に故障,損壊し,隣接する原子炉施設から電源融通を受けられない事態となった場合の対処方法が検討されていなかった。 また,非常用ディーゼル発電機は設置許可時と比べ増設されてはいたが,電源盤の多様化は図られていなかった。すなわち,外部電源及び内部電源のすべてが長期間にわたり喪失する,全電源喪失事象への備えが全くなされていなかった。 そのため,長時間の全電源喪失事象を想定した計測機器復旧,電源復旧のマニュアル等が整備されず,社員教育も行われていなかった。また,福島第一原発施設内には,以上の作業に必要な,バッテリー,エアコンプレッサー,電源車,電源ケーブルなどの資機材の備蓄も行われていなかった。 イ 消防車による注水・海水注入策の未策定 福島第一原発には火災事故に備え消防車が配備されていたが,消防車を用いた注水策は,社内の一部で有用性が認識されていたにもかかわらず,アクシデントマネジメント策の中に位置づけられていなかった。 ウ 緊急通信手段 福島第一原発では,当時連絡手段としてPHSが常用されており,緊急時にもこれに依存していた。しかし,PHSの電波を集約する機器(PHSリモート装置)のバックアップバッテリーの持続時間が3時間であったことから,平成23年3月11日の夕刻以降,PHSが使用不能になった。そのため,各プラントにおいて復旧作業に従事する作業員と発電所対策本部,及び,中央制御室との間でコミュニケーション手段が失われた。 被告東電は,そもそも,原発施設におけるPHS関連の装置を含む伝送・交換用電源の蓄電池の最低保持時間を1時間と設定した。これは,全交流電源喪失から1時間後には,交流電源の供給が回復するという想定に基づくものであり,短時間のSBOしか想定しない電源対策の帰結である。 (6) 福島第一原発事故後のシビアアクシデント対策に関する総括 ア 原子力安全委員会 平成23年10月20日,原子力安全委員会は,平成4年5月28日安全委員会決定「発電用軽水型原子炉施設におけるシビアアクシデント対策としてのアクシデントマネージメントについて」(甲C1)を廃止した。 安全委員会は,その決定文(甲C9:原子力安全委員会決定「発電用軽水型原子炉施設におけるシビアアクシデント対策について」)において,日本のシビアアクシデント対策(規制)について,以下の通り,総括した。 (規制の経緯について)「…しかしながら,今回の事故の発生により,[リスクが十分に低く抑えられている]という認識や,原子炉設置者による自主的なリスク低減努力の有効性について,重大な問題があったことが明らかとなった。特に重要な点は,わが国において外的事象とりわけ地震,津波によるリスクが重要であることが指摘ないし示唆されていたにも関わらず,実際の対策に十全に反映されなかったことである。アクシデントマネージメントの整備については,全ての原子炉施設において実施されるまでに延べ10年間を費やし,その基本的内容は,平成6年時点における内的事象についての確率論的安全評価で摘出された対策にとどまり,見直されることがなかった。さらに,アクシデントマネージメントのための設備や手順が現実の状況において有効でない場合があることが的確に把握されなかった。」以上,原子力安全委員会は,本件事故時のシビアアクシデント対策(規制)の,「重大な問題として」「わが国において外的事象とりわけ地震,津波によるリスクが重要であることが指摘ないし示唆されていたにも関わらず,実際の対策に十全に反映されなかったこと」を挙げ,今後は,外的要因に対する確率評価及び対策が必要と総括した。 安全委員会は,事故前に外的要因のリスクを予見・認識していたこと,及び,規制庁の外的要因のリスクに対する対策・規制の遅れを自認したのである。 イ 原子力安全・保安院 原子力安全保安院は,事故後に公開した,保安院による事故調査報告書「東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故の技術的知見について」(甲A7)において,アクシデントマネジメント策に関し「規制機関として安全確保に取り組む上で反省すべき点」と題する項目において,以下の通り述べている。 (「最新・海外の知見の反映」という小項目において)「…規制情報についても同様である。我が国では,事故が起こった際の安全評価では,単一故障を仮定し評価している。一方,海外では,多重故障をも仮定している国がある。我が国の格納容器ベントにはフィルタは付いていないが,海外では,シビアアクシデントに備えフィルタ付きベントを設置している国がある。また,非常用交流電源及び直流電源を失った状態でも冷却を継続する手順を検討している国もある。以上,原子力安全保安院は,シビアアクシデント対策(規制)に関し,(1)規制情報,及び,確率論的安全評価について,海外の知見に遅れていたこと,(2)シビアアクシデント対策について法規制の要求としていなかったことを自認し,反省点として挙げている。 ウ 被告東京電力 被告東京電力は,総括文にて,アクシデントマネジメント対策に関し,以下の通り述べている。 「内的事象に対するアクシデントマネジメント策終了後,原子炉安全担当者は内的事象に比べて外的事象は影響が大きいことを予想していたが,10年経っても外的事象に対する目立った対策は行わなかった。」(甲A5-11頁),「機器の故障及び人的ミスといった内的事象に対する安全評価のみで,自然現象をはじめとした外的事象に対する安全評価は行っておらず,ゆえに過酷事故に対する評価・対策検討としては不十分なものであった。」(甲A6-[1-1]頁:総括文 添付資料)以上,被告東電は,事故前より,外的事象のリスクが大きいことの認識があったこと,及び,外的事象に対する確率論的安全評価を行わなかったことを自認し,反省点として挙げている。 (7) 小括―日本のSA対策(規制)の問題点 ここで,予見義務との関連における,日本のSA対策(規制)の問題点を述べる。 日本のSA対策(規制)は,内的事象のみ対象とし,外的事象を対象としなかった。前述の通り,「外的事象は,同一の原因事象(地震,津波)によって,起因事象と安全系の機器の故障とが同時に発生し得る」点で,内的事象と事故シーケンスが異なる。したがって,外的事象PSAを行い,その結果を踏まえた適切な対策を講じる必要があった。 しかし,国内外で外的事象のPSA研究が進展していたにもかかわらず,被告らは,これを実施しなかったため,外的事象(地震・津波)に対する適切なSA対策(規制)を策定できず,本件事故を回避できなかった。 [甲A1:国会事故調116頁]【図省略】 △ページトップへ 3 全交流電源喪失事象(SBO)対策 (1)海外のSBO対策 米国では,原子力規制委員会(NRC)が,昭和63(1988)年に,「SBO 規則」(10CFR50.63)を定めた。SBO規則においては,SBOの継続時間を,(1)所内非常用交流電源の多重性,(2)所内非常用交流電源の信頼性,(3)外部電源喪失に関して予想される発生頻度,(4)外部電源を復旧するために必要な時間に基づくことを前提として,各軽水炉はその継続時間に耐え復旧できなければならないとした。 また,規制指針(Regulatory Guide)1.155 SBOを発行し,各プラントの設計状況により,2時間,4時間,6時間,8時間,又は,16時間の耐性を持つように要求されることとなった(甲A3-323頁:「政府事故調最終報告」)。 さらに,同規則は,所内バッテリーや他の必要なサポート系を含め炉心,及び,関連する冷却材系,制御系,保護系により,SBOが起こった場合の所定の期間において,炉心を冷却し格納容器の健全性を維持するために十分な容量と機能を備えなければならないと規制する。一方,同規則においては,所内非常用交流電源を号機間で共用していないサイトにおける代替交流電源に対し,1基の原子炉の SBOに対処するための容量と能力を持たせること,また,所内非常用交流電源を号機間で共用するサイトにおける代替電源に対し,全ての原子炉を安全停止に移行,維持できることを担保するために必要な容量と能力を持たせることを求め,規制要求の下で具体的なSA対策が進められた(甲A2-412頁:政府事故調中間報告)。 平成13(2001)年9月11日の同時多発テロ後の平成14(2002)年2月,NRCは,米国の全原子力発電所に対し,テロ対策,及び,全電源喪失を想定した機材の備えと訓練を義務付けた。かかる規制条項は「B.5.b」とよばれるものである(後述)。 (2)日本のSBO対策 ア 安全設計審査指針の規定 昭和45年4月に,原子力委員会(当時)が定めた,軽水炉についての安全設計審査指針の電源に関する記載は,以下のとおりであり,SBOに関する記載はない(甲A2-411頁:政府事故調中間報告)。 7 非常用電源設備昭和52年6月に,原子力委員会(当時)は,これを全面的に見直し,「発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計指針」として以下の通り改訂を行った。 指針9 電源喪失に対する設計上の考慮また,その「解説」は,以下のとおりである。 指針9 電源喪失に対する設計上の考慮平成2(1990)年8月30日,原子力安全委員会は,軽水炉技術の改良・進捗,及び,スリーマイル島原子力発電所事故等を踏まえて「発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針」を改訂したが,SBOに関する新指針27は,旧指針9を踏襲し[27],内容の変更をおこなわず,長時間のSBO対策は必要ないと判断した。 ここで,原子力委員会,原子力安全委員会では,昭和52(1977)年以降,「短時間」とは『30分間以下』との理解が慣行化されていた。そのため,指針27の要求は,30分間のSBO時に冷却機能を維持するために必要な蓄電池の容量への要求と解釈され(甲C33-8:「発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針及び関連の指針類に反映させるべき事項について(とりまとめ)」),電気事業者らもそれに即した対応を行った[28]。 [26] 「高度の信頼度が期待できる」とは,非常用電源設備を常に稼働状態にしておいて,待機設備の起動不良の問題を回避するか,または信頼度の高い多数ユニットの独立電源設備が構内で運転されている場合等を意味する。 [27] 「短時間のSBOに対して,原子炉を安全に停止し,かつ,停止後の冷却を確保できる設計であること」(指針27),「長時間にわたるSBOは,送電線の復旧又は非常用交流電源設備の復旧が期待できるので考慮する必要はない。非常用交流電源設備の信頼度が,系統構成又は運用(常に稼働状態にしておくこと)により,十分高い場合においては,設計上SBOを想定しなくても良い」(発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針・解説) [28] 発電用原子力設備に関する技術基準を定める省令(「昭和40年通商産業省令第62号」)第16条4号は,原子炉停止時の冷却系について,設備要件として「原子炉停止時(短時間の全交流動力電源喪失時を含む。)に原子炉圧力容器内において発生した残留熱を除去することができる設備」と規定し,短時間の全交流電源喪失のみを想定した設備で足りるとした。 イ 全交流電源喪失事象検討WGの報告 平成3年10月22日,安全委員会の原子力施設事故・故障分析評価検討会は,SBOに関して,国内外の規制上の取り扱い,及び,事故故障事例等の調査を行うために,全交流電源喪失事象検討ワーキング・グループ(以下「WG」という)を設置[29]した。同WGは,12回の会合をへて,平成5年6月11日,報告書を策定した(甲C4)。 同報告書は,NRCのSBO規則における要件等との対比の下に,日本の代表プラントにおけるSBO発生頻度,及び,SBO耐久能力(SBO時の蓄電池,及び,冷却用水源による耐久時間)を検討し,日本では外部電源,及び,非常用ディーゼル発電機の信頼性が高く,SBO耐久能力は,(安全審査においては慣行として30分間しか要求されていないものの)実力値としては,沸騰水型原子炉で,8時間以上であってSBO規則を満たしていると報告した。また,同報告書は,「安全評価審査指針」の評価として,「我が国のプラントの電源系統の信頼性は現状において高く,また信頼性の維持・向上に努力が払われている。SBOの発生確率は小さい。さらに,万が一のSBOに対しても短時間で外部電源の復旧が期待できるので原子炉が重大な事態に至る可能性は低いと考えられる。」として,日本のSBO規制を追認した(甲C4-25頁)。 [29] 同WGの設置目的は,(1)海外におけるSBO事例の報告,(2)米国のPSAの結果,SBOが炉心損傷の寄与要因となることが報告されたこと,(3)米国のSBO規制措置,に鑑み,SBOに関して国内外の原子力プラントに対して規制上の要求事項,事故故障事例の調査等を行い,取りまとめることである(甲C4―1頁)。 ウ 全交流電源喪失事象検討WG(及び,報告書)の問題点 全交流電源喪失事象WGの議論については,以下の問題が指摘されている。 同WGによる報告書策定中の平成4(1992)年10月26日,WGの事務局である原子力安全調査室は,電気事業者の部外協力員2人に対し,「『30分程度』としている根拠を外部電源の故障率,信頼性のデータを使用して作文してください」,「今後も『30分程度』で問題ない(長時間のSBOを考えなくて良い)理由を作文してください」等,現行指針を改訂しない根拠となる作文の依頼を含む10項目の質問書を発出した。同年11月,関西電力の回答文書には,手書きで,「30分の根拠を本Reportで明確にすることは,無理」と書き込まれている。また,東京電力の回答には,「今後,マージン[30]を下げる方向ではないなら,これでOK。」との書き込みがなされていた(甲C10:SBO/WGコメントについて(原子力安全調査室),甲C11:東電回答,甲C12:関電回答,甲A3-324頁:政府事故調最終報告書)。また,被告東電らの回答は,報告書に反映された。 以上の事実は,(1)規制庁が,規制される側に,報告書の一部を分担させるという問題,及び,(2)被告国,及び,電気事業者双方が,SBOを短期間(30分間)でよいとする合理的根拠を示すことができないという問題,を明らかにしている。 [甲C10:原子力安全調査室の質問書]【図省略】 [甲C11:東電回答]【図省略】 [甲C12:関電回答]【図省略】 さらに,同WGには,部外協力者として,被告東電,関西電力等電気事業者の参加があり,人的構成に問題があった。同WGの報告書骨子(案)では,全交流電源喪失を安全設計審査指針に反映させることも検討されたが,平成4年6月5日の第5回会合において,被告東電,及び,関西電力から,「設計指針への反映は行き過ぎ」,「全交流電源喪失を設計基準事象とするという方向であれば従来の安全設計の思想の根本的変更となる」,「全交流電源喪失のみ設計指針や安全評価指針への取り込みを検討するという結論は,バランスがとれない」との意見が提出された(甲A1-461頁:国会事故調 甲C13:「全交流電源喪失事象報告書骨子(案)」に対するコメント(東京電力) 甲C14:「全交流電源喪失事象報告書骨子(案)」に対するコメント(関西電力)) 上記の事実は,SBO対策の議論の上で,規制庁が,規制される側の意向(SBO対策を指針化しないという意向)に左右され,適切な規制指針を示せなかったという問題を示すものである。 [30] 「マージンを下げる方向ではないから」との記載は不明確であるが,文脈からは,「マージン」=safety margin:安全裕度,安全率を意味するものと考えられる。 (3) 日本のSBO対策の問題点 ア 外的事象が考慮されていないこと 米国「SBO規則」では,外的事象が考慮されているにもかかわらず,日本の安全設計審査指針においては,外的事象によるSBOの可能性が考慮されていない(甲C33-8,9 甲A2-413 甲A3-324)。その結果,外部事象に対する適切なSBO対策が立案できなかった。 前述の通り,SBOとは,外部電源が喪失し,かつ,非常用ディーゼル発電機の起動失敗等により発生する複合事象である。しかし,地震・津波等,外的事象を考慮しないと,外部電源喪失の可能性,非常用ディーゼル発電機が起動しない可能性(SBO発生頻度),及び,発生機序を分析・評価できず,適切な対策をとることができない。なぜならば,内的事象のみを想定した場合,外部電源の故障と内部電源の故障は独立の事象として把握されることになり,その双方が同時に発生する頻度は著しく低いものと評価される。しかし,以上の想定では,外部事象に起因する本件事故のように,外部電源と内部電源が同時に喪失するケースや,複数の安全系が同時に機能喪失するケースが,分析・評価されないからである(甲C33-8,9)。 事故後,原子力安全基準・指針専門部会安全設計審査指針等検討小委員会(以下「基準部会」という)において,安全設計審査指針の見直しが行われた。基準部会が取りまとめた検討結果(甲C33:「発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針及び関連の指針類に反映させるべき事項について(とりまとめ)」)においては,上記を踏まえ,SBO対策の技術的要件として,「アクシデントマネージメント策の整備にあたっては,確率論的安全評価の結果等を参照し,リスクを低減する観点から想定すべきシナリオを特定して,合理的に実行可能な対策を継続的な改善を通じて整備すべきこと」,「原子炉施設の設計上の想定を超える自然現象(外部事象)への対処能力を把握することは,今後の原子炉施設の安全確保,安全性向上のために重要であることから,SBO対策の有効性を確認するための評価ならびに評価手法の改善を含め,継続的に実施」すべきことを挙げた(甲C33-3)。すなわち,基準部会は,外的事象を対象とした確率論的安全評価に基づくSBO対策の策定を要件化すべきことを報告している。 しかし,基準部会の上記知見は,格段目新しいものではない。被告国,及び,被告東電は,全交流電源喪失事象検討WGにおいて,既に「SBO規則」等米国の報告を検討しているのであり,外部事象を想定したSBO規制・対策の必要性を認識しえたものである。 イ 短時間(30分間)の全交流電源喪失のみの想定であったこと 日本においては,SBOの起因事象として,内部事象のみを想定し,外的事象を想定しない結果,短時間の全電源交流喪失のみを想定したSBO対策を許容[31]してきた。そのため,本件事故においては,交流電源の復旧ができず,冷却系を維持することができなかった。 ここで,全交流電源喪失の許容時間(SBO耐久能力)は,単に,非常用蓄電池(バッテリー)の耐久力のみによるのではなく,外部電源の復旧能力も考慮して決定されるべきものである。外的事象で想定するケース(地震,津波,火災等)と,内的事象で想定するケース(人的ミス,機器の故障)では,外部電源の復旧に要する時間が異なるが,内的事象のみを想定するとこの点を適切に評価されないという問題[32]がある。 事故後の「基準部会」とりまとめにおいては,今後のSBO対策の基本的な考え方として「SBOが発生した際には,原子炉を安全に停止し,停止後の冷却を確保し,かつ,復旧できること」を挙げ(甲C33-2),SBO対策の有効性(SBO耐久能力)を評価する方法として「…種々のSBOシナリオについて,それぞれSBO発生後の原子炉の冷却を維持できる時間(耐久時間)を評価すること。また,耐久時間が外部電源の復旧などにより原子炉を低温停止に移行し,安定的に維持するために必要な資源と態勢を確保するために必要な時間を上回ることを示すこと。」とした。 しかし,上記対策は目新しいものではない。全交流電源喪失WGは,米国SBO規則を参考としているため,上記対策の必要性を認識し,かつ,日本のSBO対策(規制)に反映し得たものである。 [31] なお,短時間を慣行的に「30分間」と解釈されてきた経緯,根拠は不明であり(甲C33-7),規制庁,及び,電気事業者も合理的根拠を示し得ないことは前述の通りである(甲C12)。 [32] 原子力安全委員会が改訂した「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」は,原子炉施設における設備の耐震設計上の重要度を,S,B 及びCクラスに分類している。しかし「外部電源設備」は,耐震クラスが「ノンクラス」であり,指針上,地震に対する設計上の配慮はされていない(甲A2-20,31頁)。この外部電源設備の脆弱性も,規制庁が,外部事象によるSBOを軽視していたことの帰結である。 ウ 小括 SBO対策の問題点は,外的事象を想定した確率論的安全評価を実施しないことにより,福島第一原発の潜在的脆弱性を発見し,改善することができなかったことである。 これは,被告らが,遅くとも平成5年時点で,外的事象(地震,津波)を起因とするSBO発生の可能性についての知見,長時間のSBOによるシビアアクシデントについての知見,及び,関係する国内外の事故故障情報等を知り得たにもかかわらず,AM対策に適時かつ適切に反映しなかったことによる(甲C33-10参照)。 △ページトップへ 原発賠償訴訟・京都原告団を支援する会 〒612-0066 京都市伏見区桃山羽柴長吉中町55−1 コーポ桃山105号 市民測定所内 Tel:090-1907-9210(上野) Fax:0774-21-1798 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