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★ 準備書面(18) ―因果関係論・被告東京電力共通(5)に対する反論―
 第2 「放射線防護の考え方」における被告東京電力の主張の誤り
 〜 被告東京電力共通準備書面(5)第5に対する反論 
平成27年7月1日

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第2 「放射線防護の考え方」における被告東京電力の主張の誤り 〜 被告東京電力共通(5)第5に対する反論
 1 はじめに
 2 ICRPの勧告する放射線防護の概要
 3 緊急被ばく状況・現存被ばく状況においても線量限度を超える公衆被ばくは容認されない
 4 参考レベルは対策の問題であり,公衆被ばく線量限度の問題ではない
 5 まとめ



第2 「放射線防護の考え方」における被告東京電力の主張の誤り
 〜 被告東京電力共通準備書面(5)第5に対する反論



 1 はじめに

  (1) 本項の構成

 被告東京電力は,被告東京電力準備書面(5)の「第5 放射線防護の考え方」(22頁以下)の末尾において,「国際的な放射線防護の考え方は,……事故時等においては,100ミリシーベルト以下の水準において線量管理を行うことが許されるものとしているのである。」(35頁)として,あたかも,事故時において,ICRPが定める参考レベルの範囲内で適切な線量基準を採用して政府が防護措置を採れば,公衆が被ばく線量限度である1ミリシーベルトを超えて被ばくすることも容認されるかのごとく主張する。
 しかし,社会通念に基づく相当因果関係判断において決定的に重要な評価根拠事実は,容認できない被ばくとして法規範として確立している,国内法における公衆被ばく線量限度年間1ミリシーベルトの定めである。ICRPの勧告する放射線防護体系ではない。
 これに対して,被告東京電力の主張は,国内法に導入すらされていないICRP2007年勧告を重要な評価根拠事実であるかのごとく主張するだけでなく,放射線防護体系とりわけ参考レベルの意味をミスリードすることによって,あたかもICRPが線量限度を超える公衆被ばくを容認しているかのごとく印象づけようとするものである。
 そこで,本準備書面・第2では,(上述の通り,評価根拠事実として重要なのは国内法であり,ICRP勧告ではないところであるが)ICRPの勧告における公衆被ばく線量限度を明らかにし,これを超える公衆被ばくをICRPも容認していないこと,またこのことは,参考レベルに基づく介入ないし対策が正当化されるか否かに影響されないことを明らかにする。
 具体的には,まず2において,ICRP1990年勧告からの流れや,公衆被ばく線量限度の意味を明らかにしつつ,ICRP2007年勧告の概要を説明する。そのうえで,3において,政府のとる介入や対策が正当化されるか否かにかかわらず,線量限度を超える公衆被ばくが容認されないものであることを明らかにする。4では,3に敷衍して,参考レベルが線量限度とはまったく別の概念であり,線量限度を画する機能はまったくないことを述べる。
 これらの具体的主張に先立って,第2・1(2)において,ICRP2007年勧告は国内法に導入されていないこと,第2・1(3)において,加害者である被告東京電力が事故時には公衆が線量限度を超えて被ばくすることも許されるがごとく主張をすることの不当性を,それぞれ述べておく。

  (2) ICRP2007年勧告は国内法に導入されていない

 被告東京電力は,被告東京電力準備書面(5)・第5「3 日本の放射線防護体制」の(2)において,ICRP2007年勧告にいう参考レベルの範囲から,年間20ミリシーベルトが避難指示の基準として採用されている等主張する。
 しかし,参考レベル概念を含むICRP2007年勧告は,ICRP1990年勧告の公衆被ばく線量限度と異なり,日本の国内法には導入されていない。社会通念に基づいて個々人の避難行為の相当性を判断するための評価根拠事実として見た場合,ICRP2007年勧告の影響力はないか,極めて乏しいと言わざるを得ない(もとより,ICRP2007年勧告における参考レベルは,政府が避難指示や除染といった介入措置を採る際の基準に過ぎず,個々人の避難行為の相当性を評価する基準とはなり得ない。)。

  (3) 自ら事故を招いた被告東京電力が,事故時には線量限度を超える被ばくも許容されるかのごとく態度をとることは許されない

 被告東京電力が,事故時には公衆が被ばく線量限度である1ミリシーベルトを超えて被ばくすることも容認されるかのごとく主張することは,誤ったものであるだけでなく,自らの事故で国民を被ばくさせた加害者の態度として許されるものではない。
 そもそも,被告東京電力は,原子力事業者として法令を遵守し,国民を絶対に被ばくさせないよう徹底した防護策を講じなければならない立場にある。
 そのような立場にある被告東京電力が,自ら本件事故を招いて放射性物質を拡散させ,国民を被ばくさせる加害者となるや,事故が起こった場合には公衆が線量限度を超えて被ばくしても許容されるがごとく主張することは,加害者が被害者に不利益を押しつける態度をとるに等しく,信義誠実の原則に反するもので,強く非難されなければならない。
 逆に国民にとってみれば,本件事故には何らの責任もないのであって,公衆被ばく線量限度を超える被ばくを容認しなければならない謂われはない。

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 2 ICRPの勧告する放射線防護の概要

  (1) 放射線防護の目的

 ICRPは,放射線防護について,「放射線防護の第一の目的は,放射線被ばくの原因となる有益な行為を不当に制限することなく,人を防護するための適切な標準を与えることであるから,放射線防護の基本的な枠組みには,必然的に,科学的な判断だけでなく社会的な判断も含めなければならない。そのうえ,少ない放射線量でも何らかの健康に対する悪影響を起こすことがあると仮定しなければならない。確定的影響にはしきい値が存在するので,個人に対する線量を制限することによってこれを避けることが可能である。しかし,他方,確率的影響はしきい値を求めえないので,これを完全に避けることはできない。委員会の基本的な枠組みは,線量を確定的影響のそれぞれに対するしきい値よりも低く保つことによってその発生を防止し,また確率的影響の誘発を減らすためにあらゆる合理的な手段を確実にとることを目指すものである」(甲D共52・ICRP1990年勧告・31頁100項)と述べる。
 すなわち,ICRPが勧告する放射線防護の目的は,確率的影響にはしきい値がないというLNT仮説を採用し,(1)放射線被ばくを伴う行為であっても明らかに便益をもたらす場合には,その行為を不当に制限することなく人の安全を確保する,(2)個人の確定的影響の発生を防止する,(3)確率的影響の発生を減少させるためにあらゆる合理的な手段を確実に取る,ということにある。

  (2) ICRP1990年勧告の内容・考え方

  ア 放射線防護体系における「行為」と「介入」
 ICRPは,人が何らかの活動をする場合,被ばく線量が増大することや被ばくする人数が増えるときに,その活動を「行為」と呼ぶ。一方で,すでに線源や被ばくの経路が存在していて,それらがある基準(線量限度あるいはさらに小さい値である線量拘束値)を超えるような被ばくである場合には,「介入」措置がとられることとなる(甲D共53・ICRP2007年勧告について・3頁)。
 「行為」と「介入」について,ICRP1990年勧告では,次のとおり説明されている(甲D共52・32頁106項)。
「 人間活動のあるものは,線源,経路および個人のまったく新しい組を導入することによるか,あるいは,既存の線源から人に至る経路のネットワークを変えて個人の被ばくまたは被ばくする個人の数を増加させることによって,総放射線被ばくを増加させる。委員会はこれらの人間活動を“行為”と呼ぶ。他の人間活動は,現在あるネットワークのかたちに影響を与えて総被ばくを減らすことができる。これらの活動によって,現在ある線源を撤去したり,経路を変えたり,被ばくする個人の数を減らしうる。委員会はこれらすべての活動を“介入”と記す。」
  イ 行為と介入に対する防護体系の区別
 ICRP1990年勧告は,放射線防護の枠組みについて,「放射線被ばくを引き起こす“行為”と,被ばくを減らすことになる“介入”とを区別する」とし(甲D共52・31頁・第4章柱書き),第5章において「行為」に関する放射線防護体系を,第6章において「介入」に関する放射線防護体系を勧告している。
 そして,「行為」に対する防護体系には,正当化,最適化,個人の線量限度の3原則を適用し(甲D共53・3頁),「介入」に関しては正当化,最適化の一般原則を適用する(甲D共52・35頁113項)。
 すなわち,行為の場面と異なり,介入の場面では,線量限度は適用していない。

  ウ 公衆被ばく線量限度
 線量限度の意味について,ICRP1990年勧告は,「委員会は今回,より包括的なアプローチを採用することとした。その目的は,ある決まった1組の行為について,また規則的で継続する被ばくについて,これを超えれば個人に対する影響は容認不可と広くみなされるであろうようなレベルの線量を確立することである」(甲D共52・44頁149項)とした上で,様々な要素を総合考慮して,「委員会は,年実効線量限度1mSvを勧告する」(甲D共52・55頁191項)とし,「個人に対する影響は容認不可」とみなすレベルとして,公衆被ばく線量限度年間1ミリシーベルトを勧告した。
 ICRP1990年勧告は,公衆被ばく線量限度としていかなる数値を勧告するかを判断するにあたって,「1977年の基本勧告(ICRP,1977)が刊行されて以降に,ヒト集団の放射線誘発がんのリスクに関する新しい情報が出ており,実験動物と培養細胞での新しい実験データが利用可能になってきている。これらの進展は「放射線の影響に関する国連科学委員会の」の報告(UNSCEAR,1977,1982,1986,1988b)とBEIRX委員会として知られている米国科学アカデミーの「電離放射線の生物影響に関する委員会」の報告(NAS,1990)に要約されており,その結果,ICRPが1977年に推定した放射線の発がん効果の推定値(ICRP,1977)の見直しが必要となった」(甲D共52・135頁B.5.1項)とし,当時の種々の科学的知見を踏まえている。すなわち,ICRPは,低線量被ばくの影響について諸説あることを前提として,公衆線量限度を年間1ミリシーベルトと勧告した。
 このICRP1990年勧告は,我が国でも,放射線審議会による審議を経て国内法導入された。よって,科学的知見が諸説あることを前提として,容認できない被ばくとして公衆被ばく線量年間1ミリシーベルトとするのが,我が国の確立した法規範である。
 さらにICRP1990年勧告は,「線量限度内にあるというだけでは,その行為が満足に行われていることを十分に表しているとは言えない」(甲D共52・35頁114項)として,線量限度からの更なる線量低減を求めている。我が国でも,「発電用軽水型原子炉施設周辺の線量目標値に関する指針」(甲D共54)が,次のとおり,線量限度以下の線量目標値を採用している。
「 施設周辺の公衆の受ける線量についての目標値(以下「線量目標値」という。)を実効線量で年間50マイクロシーベルトとする。」(1頁)
「 ここで設定した線量目標値は,周辺監視区域外の線量限度及び周辺監 視区域外における放射性物質の濃度限度の規制値に代わるものではなく,いわゆる「as low as reasonably achievable」の考え方に立って周辺公衆の受ける線量を低く保つための努力目標値である」(1頁)
「 個々の原子力利用施設において法的規制値以下であることをもって足りるとせず低減が行えるところでは積極的に低減の努力が払われるべきであります」(3頁)
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  (3) ICRP2007年勧告の概要

  ア 被ばく状況を重視した手法への移行
 ICRP2007年勧告は,「委員会は1990年勧告において,介入状況とは別に,行為に対する防護の原則を示した。委員会は引き続きそれらの原則を防護体系の基本と考え,今回,計画被ばく状況,緊急時被ばく状況,現存被ばく状況に適用する一連の原則を定めた。」とする(甲D共55・50頁203項)。
 すなわち,ICRP2007年勧告は,(1)「行為」に関連する被ばく状況を計画被ばく状況とし,(2)「介入」の対象となる被ばく状況を緊急時被ばくと現存被ばく状況とに分類した(甲D共53・ICRP2007年勧告について・3頁)。そのうえで,正当化の原則及び最適化はすべての被ばく状況に適用され,線量限度は計画被ばく状況に適用されるとした(甲D共55・50頁203項)。
 このようなICRP2007年勧告における防護手法は,ICRP1990年勧告で用いた「行為」と「介入」に基づくプロセス重視の防護手法から,計画,緊急時,および現存の被ばく状況のような防護基本原則を適用する状況を重視した手法へ移行させたものとされる(甲D共53・ICRP2007年勧告について・1頁)。
 このICRP1990年勧告と2007年勧告の流れから理解すべき重要なことは,ICRP2007年勧告における放射線防護体系では,計画被ばく状況,緊急時被ばく状況,現存被ばく状況という3つの被ばく状を並列的に捉えるのではなく,(1)計画被ばく状況と,(2)緊急時被ばく状況・現存被ばく状況,との2つのカテゴリーに分類して捉えている,ということである。

  イ ICRP2007年における「行為」と「対策」
 ICRP2007年勧告は,「これまで委員会は,線量を加える行為と線量を減らす介入とを区別していた」とする(甲D共55・11頁47項)。
 同勧告は,「行為」の用語の使用を,放射線被ばくあるいは放射線被ばくのリスクの増加を生じさせる活動を意味する用語として引き続き使用することとした(甲D共55・11頁48項)。
 これに対して,「介入」の用語の使用については,「被ばくを低減する防護“対策“の記述に限定し,一方で,“緊急時被ばく”又は“現存被ばく“という用語を,被ばくを低減するためにそのような防護対策を必要とする放射線の被ばく状況を記述するために使用することが適切である」とした(甲D共55・11頁50項)。
 すなわち,「行為」という用語は引き続き使用し,「介入」という用語は緊急被ばく状況や現存被ばく状況において被ばくを低減するための「対策」という記述に限定されることとなった。

  ウ ICRP2007勧告における被ばく状況
 ICRP2007年勧告は,それぞれの被ばく状況を次のとおり説明している。

(ア)計画被ばく状況
 線源の意図的な導入と運用を伴う状況である(甲D共55・44頁176項)。
(イ)@ 緊急時被ばく状況
 計画された状況を運用する間に,若しくは悪意ある行動から,あるいは他の予想しない状況から発生する可能性がある好ましくない結果を避けたり減らしたりするために緊急の対策を必要とする状況である(甲D共55・44頁176項)。
  A 現存被ばく状況
 管理についての決定をしなければならない時に既に存在する,緊急事態の後の長期被ばく状況を含む被ばく状況である(甲D共55・44頁176項)。
  エ 放射線防護の原則
 ICRP2007年勧告は,正当化の原則,最適化の原則,線量限度を次のとおり説明している。

  (ア) 正当化の原則
 放射線被ばくの状況を変化させるいかなる決定も,害より便益を大きくすべきである。
 この原則は,新たな放射線源を導入することにより,現存被ばくを減じる,あるいは潜在被ばくのリスクを減じることによって,それがもたらす損害を相殺するのに十分な個人的あるいは社会的便益を達成すべきである,ということを意味するものである(甲D共55・50頁203項)。

  (イ) 防護の最適化の原則
 被ばくする可能性,被ばくする人の数,及びその人たちの個人線量の大きさは,すべて,経済的及び社会的な要因を考慮して,合理的に達成できる限り低く保たれるべきである。
 この原則は,防護のレベルは一般的な事情の下において最善であるべきであり,害を上回る便益の幅を最大にすべきである,ということを意味している(甲D共55・50頁・203項)。

  (ウ) 線量限度の適用の原則
 患者の医療被ばくを除く計画被ばく状況においては,規制された線源からのいかなる個人への総線量も,委員会が勧告する適切な限度を超えるべきでないと考える原則である(甲D共55・50頁203項)。

  オ 正当化の原則における2つの異なるアプローチの明確化
 ICRP2007年勧告は,「正当化の原則を適用するのに,異なる2つの異なるアプローチがあり,それは線源が直接制御できるかどうかに依拠する」とする(甲D共55・51頁206項)。
 第1のアプローチは,計画被ばく状況に関するアプローチである。放射線防護が前もって計画されて,線源に対して必要な対策を採ることが可能な,新たな活動を取り入れる際に用いられる。ここでの正当化原則の適用は,被ばくする個人又は社会に十分な正味便益を産んで,生じる放射線損害を相殺するのでない限り,計画被ばく状況を導入しないことが必要である,というかたちで機能する。原子力発電所のように,電離放射線による被ばくを伴う特別なタイプの計画被ばく状況の導入又は継続が正当化できるかどうかについての判断が重要であるとされる(甲D共55・51頁206項)。
 第2のアプローチは,主な例は,現存被ばく状況と緊急時被ばく状況におけるアプローチである。線源について直接決めることによるのではなく,主に被ばく経路を変更する対策により被ばくが制御できる場合に用いられる。更なる被ばくを防ぐために対策をとるかどうかについて決定する際に適用される。線量を低減するためにとられるいかなる決定も,常に何らかの不利益を持ち,それが害よりも便益を多くもたらすべきであるという意味において正当化される,というかたちで機能する。(甲D共55・51頁207項)。
 ここで重要なことは,第2のアプローチ,すなわち,現存被ばく状況と緊急時被ばく状況において更なる被ばくを防ぐ対策をとるかどうか(例えば,いかなる範囲に避難指示を出すか,いかなる範囲で除染を行うか)の決定における正当化の原則の問題は,公衆の線量限度とはまったく関連性がないということである。

  カ 線量限度・線量拘束値と参考レベル

  (ア)線量限度
 ICRP2007年勧告は,線量限度を,計画被ばく状況から個人が受ける,超えてはならない実効線量又は等価線量の値とする(甲D共55・G9頁)。これを超える被ばくは容認不可と広く見なされるレベルの線量とするICRP1990年勧告の考え方と同じであるといってよい。
 具体的な線量について,ICRP2007年勧告は,「計画被ばく状況における公衆被ばくに対しては,限度は実効線量で年1mSvとして表されるべきと委員会は引き続き勧告する」とする(甲D共55・60頁245項)。ICRP2007年勧告でも,「1990年以後に発展した情報と概念に重点をおいて,放射線と体内の細胞及び組織との相互作用に関する知見を要約する」として(甲D共55・107頁A5項),当時の知見として諸説あることを踏まえて線量限度が勧告されている。
 この線量限度の概念について,ICRP委員長のゴンザレス氏は,2011年9月に福島で行われた国際専門家会議において,次のとおり述べている(甲D共56・崎山意見書・15〜16頁)。
「 放射線防護レベルをあげてゆけば放射線障害は少なくなる。しかし,そのための社会的コストは急上昇する。防護レベルを下げれば社会的コストは減少するが,放射線障害が増加する。社会的コストをなるべく低く抑えて放射線障害も他の産業でも見られる程度に抑えるとした結果が年間1mSvになったわけである。したがって,年間1mSvは安全量ではなく,放射線障害と社会的コストとを勘案して決められた値である。しかし,これでもまだリスクが高いので,As Law As Reasonably Achievable(合理的に達成できる限り低く,ALARA)の原則を付け加えて妥協しながらも,一方では線量低減を奨励しているのである。これはあくまでも核エネルギー利用を積極的に認める立場からの防護レベルであり,消極的な立場をとるECRR(欧州放射線リスク委員会)では公衆の追加年間被ばく限度を0.1mSv以下に引き下げることを勧告している。」
  (イ)線量拘束値
 線量拘束値は,ある線源からの個人線量に対する予測的な線源関連の制限値とされる。公衆被ばくについては,線量拘束値は,管理された線源の計画的操業から公衆構成員が受けるであろう年間線量の上限値である(甲D共55・G9頁)。
 計画被ばく状況における公衆の構成員に対する拘束値は,公衆の線量限度より低くすべきとされている(甲D共55・64頁259項)。

  (ウ)参考レベル
 参考レベルは,緊急時又は現存の制御可能な被ばく状況において,それを上回る被ばくの発生を許す計画の策定は不適切であると判断されまたそれより下では防護の最適化を履行すべき,線量又はリスクのレベルを表す(甲D共55・G5頁)。

 上記表(甲D共55・55頁から抜粋)【表省略】のとおり,線量限度,線量拘束値,参考レベルは,それぞれが用いられる状況,その目的がまったく異なっており,これらを混同してはならない。
 (1)線源を直接制御できる計画被ばく状況と公衆被ばく線量限度(及び線量拘束値),(2)線源を直接制御できない緊急時被ばく状況・現存被ばく状況と参考レベル,という対応関係で把握することが重要である。

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 3 緊急被ばく状況・現存被ばく状況においても線量限度を超える公衆被ばくは容認されない

 第2・2(3)エで述べたとおり,正当化の原則には異なる2つのアプローチがあり,公衆被ばくが正当化できることと,政府のとる対策が正当化できるかどうかは,まったく別の問題である。
 上記2(3)カで述べたとおり,線量限度は,計画被ばく状況から個人が受ける,超えてはならない実効線量又は等価線量の値であり(ICRP2007年勧告),これを超える被ばくは容認不可と広く見なされるレベルの線量である(ICRP1990年勧告)。
 それゆえ,緊急被ばく状況や現存被ばく状況において政府のとる対策,例えば,避難指示や除染政策の持つ便益が不利益より大きかろうと(対策が正当化される場合であっても),公衆被ばく線量限度を超える被ばくが公衆にとって容認されないものであることには何ら変わりがなく,公衆被ばくが正当化されることはない。
 以上が,ICRP勧告における放射線防護体系の正確な帰結である。被告東京電力の主張は,正当化における2つの異なるアプローチに言及することなく混同させ,あたかも政府の措置がICRP勧告に適合していれば線量限度を超える公衆被ばくも正当化されるがごとくミスリードするものである。

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 4 参考レベルは対策の問題であり,公衆被ばく線量限度の問題ではない

  (1) 線量限度・線量拘束値と参考レベルは適用状況も機能も異なる

 上記第2・(3)カで述べたとおり,線量限度,線量拘束値,参考レベルは,それぞれが用いられる状況,その目的が異なる。
 線量限度及び線量拘束値は,計画被ばく状況,すなわち線源を直接制御できる状況において,放射線被ばくを増加させる活動を如何に管理するかを検討する際に適用されるもので,いずれも,個人が受ける被ばく線量の上限値を画するという機能を持つである。
 これに対して,参考レベルは,「これを上回る被ばくの発生を許す計画の策定は不適切と判断され,またそれゆえ,このレベルに対し防護対策が計画され最適化されるべきである」とあるとおり(甲D共55・57頁234項)線源を直接制御できない状況において,放射線被ばくを減少させるためにいかなる対策をとるべきかを検討する際に適用される目安としての機能を持つ。
 このことからも明らかなとおり,参考レベルには,公衆被ばくの許容範囲を画する機能はまったくない。

  (2) 参考レベルは放射線被ばくを減少させる対策をとる際の優先的防護措置実施の目安にすぎないこと

 原告準備書面(9)の第4・3(2)(31頁以下)で述べたとおり,ICRPの定める「参考レベル」は,LNT仮説を前提として,「一定期間に受ける線量がいかなるレベルを超えると考えられる人に対して優先的に防護措置を実施するか」という政治決断の問題である。
 WG報告書(甲D共35)も,「参考レベル」が政治決断の目安にすぎないと理解している。すなわち,WG報告書は,ICRPの「参考レベル」について,
「 緊急時及び現存被ばく状況での防護対策の計画・実施の目安として,それぞれについて被ばく線量の範囲を示し,その中で状況に応じて適切な“参考レベル”を設定」
したことを指摘した上で,
「 経済的及び社会的要因を考慮しながら,被ばく線量を合理的に達成できる限り低くする”最適化“の原則に基づいて措置を講じるための目安である。」
「 参考レベルは,ある一定期間に受ける線量がそのレベルを超えると考えられる人に対して優先的に防護措置を実施し,そのレベルより低い被ばく線量を目指すために利用する。また,防護措置の成果の評価の指標とするものである。」
「 被ばくの“限度”を示したものではない。また“安全”と“危険”の境界を意味するものでは決してない。」
と説明しており(甲D共35・10頁),参考レベルと線量限度とは別問題と位置付けている。

  (2) 政府も「防護措置を実施するためのあくまで『目安線量』」と説明している

 また,政府のホームページでも,「防護活動では,対象となる集団のなかで,参考レベルを超える可能性のある人々の被ばくを優先的に軽減する努力をして,集団全体の平均被ばく線量を低減します」(甲D共57・放射線防護の最適化−現存被ばく状況での運用−首相官邸ホームページ2頁)と述べ,参考レベルを用いた線量低減の考え方として,下記の図を示している【図省略】

 その上で,「平常時の線量限度は,これを超えてはならない値ですが,『参考レベル』は,その値を超える人を優先的に減らす防護措置を実施するためのあくまで『目安線量』です」と述べる。すなわち,線量限度と参考レベルは同一の概念でなく,参考レベルがあくまで優先的防護措置実施の目安に過ぎないものであることは,政府の見解でもある。

  (4) 「許容を認めるみたいな形で書かれてしまったというのは残念」という原子力安全監の説明

 このように,参考レベルは,一定期間に受ける線量がいかなるレベルを超えると考えられる人に対して優先的防護措置を実施するかという目安にすぎないのであって,公衆被ばく線量の上限を画する線量限度とはまったく異なる概念である。
 被告東京電力の主張は,この参考レベルの範囲で政府が措置を採れば,線量限度を超える公衆被ばくも許容されるかのごとく主張するが,原子力安全監の渡辺次長は,放射線審議会第41回基本部会議事録(甲D共58・2頁)において,
「 参考レベルというのは,それ以下であればオーケーであるという許容の基準ではないということは,私どもも色々な説明をする時には,きちんと説明してきたつもりではあるが,報道では許容を認めるみたいな形で書かれてしまったというのは残念なところである」
と,参考レベルが許容基準でないと説明したと明確に述べ,にもかかわらず,参考レベルが許容水準のごとく報道されたことを残念だと表現している。

  (5) 小括

 以上のとおり,参考レベルは,緊急時被ばく・現存被ばく状況において,放射線被ばくを減少させるための優先的防護措置を実施する目安としての役割を果たすにすぎない。参考レベルは線量限度とはまったく異なる概念であり,参考レベルには,許容される公衆被ばく線量を画する機能はまったくない。
 したがって,被告東京電力の主張は,失当である。


 5 まとめ

 以上のとおり,政府のとる避難指示や除染などの対策がICRP勧告における放射線防護原則に適合するか否かにかかわらず,線量限度を超える公衆被ばくが許容されることはない。
 また,参考レベルは公衆被ばく線量限度とはまったく別の概念であり,参考レベルの範囲内で適切な線量基準を採用して政府が防護措置を採ったとしても,やはり,線量限度を超える公衆被ばくが許容されないという結論には影響しない。
 被告東京電力の主張は,ICRP勧告における放射線防護を正確に論じることなく,あたかも,放射線防護原則に沿う対策を政府が講じれば,線量限度を超える被ばくも許容されるかのような考え方をICRPも認めているかのごとく結論にミスリードしようとするものであり,不当である。
 避難の相当性は社会通念に基づく判断であり,ICRP勧告ではなく,確立した法規範こそが重要な評価根拠事実である。すなわち,公衆被ばく線量限度年間1ミリシーベルトは容認できないものであり,これを超える被ばくは刑罰を用いてでも絶対に許さない,という国内法こそが重要なのである。それゆえ,確立した法規範が,刑罰をもって規制しても容認しない被ばくを回避することは,社会通念に照らして極めて合理的で相当といえる行為なのである。

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