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★ 準備書面(51) ―疫学に関する基礎的事項― 
2017〔平成29〕年2月16日

  原告提出の準備書面(51)(pdf)

 目 次

第1 本準備書面の目的

第2 疫学研究の種類
 1 コホート研究(甲D共174号証50ページ)
 2 症例対照研究(甲D共174号証58ページ)

第3 統計的有意差とは
 1 疫学と統計
 2 統計的推論
 3 統計学的推定
 4 統計学的検定(甲D共174号証168ページ)

第3 交絡とバイアス
 1 真の姿と観察結果(甲D共174号証83ページ)
 2 偶然誤差
 3 系統的誤差(偏り)
 4 精度と妥当性
 5 交絡因子(甲D共174号証97ページ)

第5 非差異誤分類と差異誤分類(甲D共174号証93ページ)
 1 意義
 2 非差異誤分類の持つ意味



第1 本準備書面の目的

 本書面は、疫学的知見の基礎を提出済みの甲D共174号証号証「基礎から学ぶ楽しい疫学」の該当箇所を示すことにより主張するものである。


第2 疫学研究の種類


 1 コホート研究(甲D共174号証50ページ)

  (1)概要

 コホート研究とは、曝露群と非曝露群を設定し、その両群での疾病発生頻度を観察し、比較する手法の観察研究である。
 曝露は疾病発生に時間的に先行するものであるところ、コホート研究は、このような疾病の自然史に沿って観察を行う方法である。
 基本的に観察の方向性は、「曝露」→「疾病発生」であり、順行である。
 なお、特殊なコホート研究デザインとして回顧的コホート研究と言われるものもあり、これは疾病発生から回顧的に観察する手法である。

  (2)非曝露群の設定

 コホート研究における非曝露群は、相対危険や寄与危険を計算する上での対照群、あるいは、基準となるものである。その意味で、非曝露群の設定は、結果の妥当性を検討する(「妥当性」の用語の意味は後記★3,4項参照)上での基礎であり、重要である。
 通常は、観察対象集団に曝露情報を入手するための調査とその時点で観察対象とする疾病に罹患していないかどうかの調査を行う(「ベースライン調査」)。
 これに対し、1つの集団を観察する中で、曝露の程度が低いものと高いものを比較する手法もある。この場合、曝露が低い群が対照群となる。

  (3)後向きコホート研究

 たとえば、特殊な職業における曝露と疾病発生の関係の疫学研究で、過去の従事者名簿をもとにその後の疾病発生を確認することなどがよく行われる。
 過去の疾病発生の確認作業が入るために曝露に関する情報及び疾病発生情報の妥当性が低くなるという欠点がある。
 但し、核施設労働者の調査についていうと、曝露に関する情報は概ね信頼性が高いと言いうる。また、核施設労働者の調査の場合、疾病発生の確認作業においては、一般的にはがん等の疾患を見落とすことが多いのであるから、リスクを過大に評価するとは考えにくい。

  (4)利点

 コホート研究においては曝露群と非曝露群の双方の疾病頻度が明らかになるので、複数の集団間の比較における指標(相対危険、寄与危険等)の全てを求めることができる。
 曝露の有無から観察が始まるので、曝露情報について妥当性が高い。
 他方、疾病発送まで時間がかかる場合(慢性疾患等)、この間に転出や他疾患による死亡など、追跡できなくなることがあるので、疾病発生情報の妥当性は症例対照研究(後述)と比較すると劣っている。


 2 症例対照研究(甲D共174号証58ページ)

  (1)概要

 症例対照研究では、まず最初に症例群と対照群を設定し、その上でこれらの集団の過去の曝露頻度を観察し、比較する。
 観察の方向性は、「曝露」←「疾病発生」で逆行である。

  (2)利点

 コホート研究と同様、観察開始時点の情報の妥当性は高く、したがって、疾病発生に関する情報の妥当性はコホート研究よりも高い。さらに曝露に関する情報収集ができれば、同一の研究で複数の曝露の評価が可能であるという利点がある。

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第3 統計的有意差とは


 1 疫学と統計

 疫学と統計学は重なる部分も相当あるが、完全に他方のものではない部分をそれぞれの分野は抱えている(甲D共174号証164ページ)。
 例えば、交絡因子に関する議論は、疫学の問題であって統計学の問題ではない。


 2 統計的推論

 統計学的推論は、確率論を使いながら、標本(sample)から得られた結果から母集団(population)の状況を推し量るものである。本来は、母集団(標的集団)の姿を知りたいのであるが、全数調査の場合を除いて、通常は得られた標本(観察対象集団、観察集団)を通じて母集団の状況を推論している。
 観察された結果から、母集団の実際の状況(平均や有病率、オッズ比など)を推し量るのを統計的推定(estimation)、特定の状態(通常、「帰無仮説」と呼ばれる)と異なる可能性が高い高いかどうかを判断するのを統計学的検定(test)と呼んでいる(甲D共174号証165-166ページ)。


 3 統計学的推定

 推定には、点推定(point estimation)と区間推定(interval estimation)がある。
 標本調査によって得られた様々なデータをそのまま母集団のデータと推定するのが点推定である。
 これに対して、「母集団の値が一定の確率で含まれる範囲」を示すことがあり、これを区間推定と呼んでいる。
 例えば、甲D共174号証167ページに記載されている表10-5を例にとって説明する。
 この標本から得られるオッズ比は1.8であり、母集団におけるオッズ比の点推定値もこれと同様の1.8とする。これに対して、区間推定である95%信頼区間は、0.98~3.1であり、母集団のオッズ比は95%の確率でこの区間に入っていると推定される(あるいは、正確には「母集団のオッズ比がこの区間から外れていれば、標本のオッズ比が1.8を呈する確率が0.05よりも低くなる」とも表現される)。
 通常の区間推定では、95%信頼区間(confidence interval.略してCIと表記する)を算出している。
 95%というのは、検定における有意水準として通常(つまり慣例的に)用いられている5%の裏返しであり、理論的根拠はない。研究者によっては、90%信頼区間を推奨するものがあり、実際の研究にも90%信頼区間が用いられることがある。

(甲D共174号証167ページ)【表省略】


 4 統計学的検定(甲D共174号証168ページ)

  (1)検定の方法

 統計学的推定は、「母集団の平均は、このあたりにあるのだろう」という、いわば連続的な推論である。
 これに対し、統計学的検定は、帰無仮説(null hypotheses)を最初に提示し、これを採用するか、それとも棄却するかの0-1ないし○×の世界であると言われる。
 例えば、コホート研究で得られる罹患率比(相対危険)の検定を例に取ると、曝露と疾病発生が無関係な場合には相対危険は1.0(曝露群と非曝露群で罹患率が等しい)となる。
 したがって、得られた結果が意味があるとすれば、相対危険が1.0よりも大きい場合である。
 このような場合に帰無仮説を「相対危険=1.0」として、観察された結果の起こる確率(有意確率)を求める。
 例えば、観察された相対危険が1.3であれば、母集団の相対危険が1.0であっても、表抽出の偏りによって起こりうる現象だが、26.8だと直感的にも標本抽出変動だけでは起こりそうにないことが分かる。
 これを直感でなく、有意確率で示すことが検定の基本である。
 そして、その確率が0.05(5%)よりも小さいときに、帰無仮説(母集団の相対危険=1.0)を棄却し、対立仮説(alternative hypotheses。この場合、母集団の相対危険≠1.0)を採用することになる。

  (2)検定結果の考え方

 検定の結果には、2種類の誤りがありうる(甲D共174号証170ページ 表10-6 後掲)。
 第1種の過誤(αエラー)は、実際には母集団の罹患率比は1.0なのに、罹患率比≠1.0と判断してしまうことである。
 第2種の過誤(βエラー)は、実際には母集団の罹患率比は1.0ではないのに、罹患率比=1.0と判断してしまうことである。
 例えば、「低線量放射線被ばくをした曝露群の相対危険=1.0」(つまり低線量被ばくでガンのリスクは上昇しない)を対立仮説とする。
 LSS14では、0.2Gy以下の低線量域でのデータは有意でなかったことから帰無仮説は棄却されない。
 しかし、この場合でも「母集団の罹患率比は1.0である。」ことの保証にはならない。
 せいぜい「有意な結果ではなかった」と言いうるのみである。

(甲D共174号証170ページ)【表省略】

  (3)推定と検定の関係

 検定結果では、「有意ではない」という1つの情報しか入手できないが、推定の結果は、より多くの情報を提供している。
 例えば、前記の表10-5を例に取ると、検定結果では「有意でない」という結果しか得られない。
 しかし、推定によると95%信頼区間の下限が1.0に近いことから、「もう少しで有意になる」ということが分かる。

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第3 交絡とバイアス


 1 真の姿と観察結果(甲D共174号証83ページ)

 疫学研究で観察された結果は、真実の姿を反映しているわけではない。
 真の姿と観察結果との間に生じる差を誤差(error)と呼ぶ。
 誤差は、偶然に起こるものと系統的に起こるものに区分され、前者を偶然誤差(random error)、後者を系統誤差(svstematic error)という。

(甲D共174号証84ページ)【図省略】


 2 偶然誤差

 疫学研究を標本調査で実施する場合、研究の対象である標的集団(target population)から観察対象集団(study population)を無作為に抽出するのが原則である。
 ところが、この抽出の際、標本毎に異なる結果が観察される。これが標本抽出変動と呼ばれるものである。
 統計学的推論や検定などの統計学的推論は、確率論を用いて偶然誤差の大きさを評価したものである。


 3 系統的誤差(偏り)

 系統的な一定の方向性をもった誤差を系統誤差、あるいは偏り(バイアス bias)と呼ぶ。
 誤差のうち、標本抽出変動を除いたすべてのものを系統誤差ということもできる。
 これは、広義の偏りであり、これをさらに狭義の偏りと交絡(confounding)に区分する。
 さらに狭義の偏りを選択の誤り(選択バイアス selection bias)と情報の偏り(情報バイアス information bias、観察バイアス observation bias)に区分する。
 情報の誤りは、別名、誤分類(misclassfication)ともいう。
 狭義のバイアスは、研究計画段階できちんと制御することを考慮しておく必要があり、結果の解析段階ではまったく制御不能である。
 これに対して、交絡は、解析段階でも制御可能である(関係する項目に関する情報を入手しておくことは必要)。


 4 精度と妥当性

 誤差の評価として、精度(precision)と妥当性(validity)がある。
 偶然誤差の大きさを精度として評価し、偶然誤差が小さな場合を精度が高い、大きな場合を精度が低いと称する。精度のことを再現性(repeatability)とか信頼性(reliability)といこともある。
 偶然誤差の大きさは妥当性として評価し、系統誤差が小さな場合を妥当性が高い、大きな場合を妥当性が低いという。

(甲D共174号証52ページ)【図省略】


 5 交絡因子(甲D共174号証97ページ)

  (1)意義

 交絡因子(confounding factors, confounders)とは、曝露と疾病発生の関係の観察に影響を与え、真の関係とは異なった観察結果をもたらす第3の因子のことを言う。

  (2)要件

 ある因子が曝露と疾病発生の関連において交絡因子として作用するためには、次の3つの要件が必要である。
  1.  交絡因子が疾病発生の危険因子であること
  2.  交絡因子が曝露と関連があること
  3.  交絡因子が曝露と疾病発生の中間過程ではないこと
 このうち1つでも欠けると交絡因子ではない。

  (3)交絡因子の制御

 交絡因子の制御は、解析段階でも可能である。
 解析段階での交絡因子の制御方法としては、層化(stratification 交絡因子の層ごとに解析を行う。あるいは層ごとの解析を統括する)と数学的モデリング(mathematical modeling 多変量解析を用いて因子間の影響を除去する)の二つの方法がある。
 層化には、標準化(standardization)やマンテル・ヘンツェルの方法(Mantel-Haenzel)などがある。
 疫学でよく用いられる多変量解析は、重回帰分析、ロジスティック回帰分析、ポアソン回帰分析、コックス比例ハザードモデルなどがある。
 論文中にこれらの用語が出てきたときには、なんらかの交絡因子の調整を行っていることが分かる。

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第5 非差異誤分類と差異誤分類(甲D共174号証93ページ)

 1 意義

 情報の誤り(誤分類)は、その発生確率が同じ場合(たとえば症例対照研究でいえば、症例群と対照群で、当該誤分類が生じる確率が等しい場合)、それを非差異誤分類という。
 発生確率が異なる場合は、差異誤分類という。


 2 非差異誤分類の持つ意味

 非差異誤分類であれば、例えば症例研究でいうと、観察された相対危険は真の値よりも必ず1に近くなることが数学的に証明されている。これは、コホート研究でも同様である。
 つまり、非差異誤分類がある場合、常にリスクが過小評価される。したがって、ある研究がリスクの存在を明らかにした場合、仮にその研究が非差異誤分類の影響を受けていたとしても、その結論が指し示す方向自体の正しさに影響はないのである。

以上

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