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★ 準備書面(18) ―因果関係論・被告東京電力共通(5)に対する反論―
 第3 低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループの議論に関する被告東京電力の主張が誤りであること
 〜 被告東京電力(5)の第4「放射線の健康影響に関する科学的知見」に対する反論) 
平成27年7月1日

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第3 低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループの議論に関する被告東京電力の主張が誤りであること 〜 被告東京電力(5)の第4「放射線の健康影響に関する科学的知見」に対する反論)
 1 本項の構成
 2 被告東京電力の主張する「科学的知見の整理」が偏頗であること
 3 WGとWG報告書の位置付けについて
 4 小括



第3 低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループの議論に関する被告東京電力の主張が誤りであること
 〜 被告東京電力準備書面(5)の第4「放射線の健康影響に関する科学的知見」に対する反論)



 1 本項の構成

 そもそも放射線,殊に低線量被ばくの健康に対する影響については,現時点では十分には解明されておらず(東京電力原子力事故により被災した子どもをはじめとする住民等の生活を守り支えるための被災者の生活支援等に関する施策の推進に関する法律第1条),第2で述べたとおり,国内法も,科学的知見として諸説あることを前提として,容認できない被ばくとして公衆被ばく線量限度を年間1ミリシーベルトとしている。
 いわば,国内法は科学的知見の対立を織り込み済みなのであって,社会通念に基づく相当因果関係判断において,「放射線と健康影響に関する科学的知見」を独立して採り出して論じる意義,必要性は低い。
 とはいえ,被告東京電力の主張には余りに事実を歪曲している部分が多いため,第3・2において,必要な範囲で反論をする。
 さらに,被告東京電力は,WGの位置づけやWGに求められたもの,WGで議論された内容等を歪めた上で自らに都合の良いごく一部のみを採り上げているため,第3・3において,WGの位置づけなどについて,被告東京電力の誤りを指摘しつつ述べておく(詳細は,準備書面(9)ですでに述べたとおりである。)。


 2 被告東京電力の主張する「科学的知見の整理」が偏頗であること

  (1) 被告東京電力の主張の概要とその問題点

 被告東京電力は,「科学的知見の整理」として,WG報告書,放射線影響協会の見解及び経済産業省の説明資料の3つを挙げたうえで,「低線量被ばくによる健康影響については,100ミリシーベルト以下の被ばくについては他の要因による発がんの影響によって隠れてしまうほど小さいため,放射線による発がんリスクの明らかな増加を証明することは難しいとされて」いることが国際的に合意された科学的知見であるなどと主張している。
 しかし,被告東京電力が資料として引用するWG報告書,放射線影響協会,経済産業省相互の関係をみれば,WGの共同主査である長瀧重信は放射線影響協会の元理事長であり,経済産業省の説明資料(平成25年3月付)もWG報告書に依拠して作られている。そのため,これら3つの組織の見解は,出所の同じ情報の使いまわしに過ぎない。
 本準備書面第2で述べたとおり,そもそも国内法は,科学的知見として諸説あることを織り込み済みで公衆被ばく線量限度を定めているのであって,社会通念に基づく避難の相当性を判断するにおいて,科学的知見について論じる意義は乏しいところではある。
 もっとも,被告東京電力の科学的知見に関する主張には偏頗な点や不正確な点が多々存するため,以下では,被告東京電力の主張する国際的に合意された科学的知見や,被告東京電力が整理した「科学的知見」と異なる見解があることを論じておく。

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  (2) 被告東京電力による偏頗的ないし不正確な科学的知見の挙げ方

  ア LNT仮説と統計学的証明
 被告東京電力は,100ミリシーベルトを超える被ばく線量では被ばく量とその影響の発生率の間に比例性があると認められるが,100ミリシーベルト以下では,がんリスクが見込まれるものの,疫学的手法によってがん等の確率的影響のリスクを直接明らかにできないという見解を挙げる。
 この見解は,100ミリシーベルトを超える被ばく線量に限り被ばく量とその影響の発生率の間に比例性があるかのような表現であるが,ICRPも採用するLNT仮説によれば,100ミリシーベルト以下の領域においても,被ばく量とその影響の発生率の間に比例性がある。ICRP2007年勧告では,「放射線防護の目的には,基礎的な細胞過程に関する証拠の重みは,線量反応データと合わせて,約100mSvを下回る低線量域では,がん又は遺伝性影響の発生率が関係する臓器及び組織の等価線量の増加に正比例して増加するであろうと仮定するのが科学的にもっともらしい,という見解を支持すると委員会は判断している」(甲D共55・17頁64項),「UNSCEAR(2000)が示した見解と一致する」(同17頁・65項)とされている。
 また,低線量放射線による発がん調査結果(甲D共56・崎山意見書・9ページ)からもわかるように,がんの発生率は,100ミリシーベルト以下の領域であっても,「他の要因に隠れてしまうほど小さく」はなく,統計学的に有意に発がんが証明されている。
 例えば,イギリスにおいては,5ミリシーベルトで小児白血病が1.5倍に,オーストラリアのCT検査では,4.5ミリシーベルトでがんが1.25倍となっている(甲D共56・25ページ)。また,ドイツにおけるKiKK調査は,大規模で適切に行われたもので科学的に正確なものであるところ,ドイツのすべての原発から5km以内に居住する乳児と5歳以下の子供に白血病で120%の増加,全がんでは60%の増加が見つかっている(甲D共56・14ページ)。

  イ 低線量被ばくによる影響の度合い
 被告東京電力は,同じ量の放射線でも,急激に受けた場合と少しずつ時間をかけて緩やかに受けた場合では,後者の方が影響の度合いが少ないとの見解を挙げる。
 しかし,この考えも,国際的に合意された説ではない。ICRPは,前者と後者の影響の比を2:1としているが,欧州放射線リスク委員会(ECRP)や世界保健機構(WHO)は,線量率によるリスクの差はないとしている。また,米国科学アカデミー電離放射線の生物影響に関する委員会の報告書においては,この比率を1.5:1としている(甲D共56・16〜17ページ)。

  ウ 広島・長崎やチェルノブイリの調査
 被告東京電力は,人については,広島・長崎の原爆で大量の放射線を受けた場合でも,放射線の遺伝への影響は認められていないとして,放射線の遺伝的影響はないとの見解を挙げる。
 この見解についても,原爆被爆者の調査は,原爆投下後5年から始まったため,その間に放射線感受性の高い人が死亡した可能性があり,選択バイアスがかかっていることも否定できない。このことは,第1回WGにおいて,有識者として意見を述べた児玉和紀も指摘している(甲D共40の1・第1回議事録)。
 また,チェルノブイリにおいては,被ばくした父親あるいは母親を持つ子供に,染色体異常や形態異常が増加していることが報告されている(甲D共56・20ページ)。

  エ 年齢層の違いによる発がんリスクの差
 被告東京電力は,低線量被ばくにおいて,年齢層の違いによる発がんリスクの差を明らかにした研究はないとの見解を挙げる。
 しかし,この点については,イギリスの高線量地域(他の地域に比べて高線量という意味であり,被ばく量としては低線量被ばくにあたる)では小児白血病が増え,イギリス,オーストラリアでのCT検査による白血病や全がんの増加は,小児にも見られているとの事実がある。(甲D共56・,9ページ,26ページ)。

  オ 放射線リスクと他の生活習慣リスクとの比較
 放射線と生活習慣によるがんのリスクの比較表を挙げ,低線量被ばくの影響を小さく見せる努力をしている。
 しかし,自発的に選択できない原発事故による被ばくリスクと,自発的に選択することができる他のリスク要因と比較すること自体ナンセンスであり,科学的知見に値しない。

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 3 WGとWG報告書の位置付けについて

  (1) WGの設置目的

 被告東京電力は,被告東京電力準備書面(5)の15頁以降において,WG報告書において科学的知見と国際的合意が整理されているかのように論じる。
 しかし,そもそも,WGは,科学的知見を整理し,国民に提示するために設置された組織ではない。この点,被告東京電力準備書面(5)の15頁では,「低線量被ばく…のリスク管理を適切に行うため」WGが設置されたとするも,極めて曖昧な主張である。
 WG開催の趣旨も,原告準備書面(9)で述べたとおり,「政府は年間20ミリシーベルトを一つの基準として,避難指示を判断してきた。この年間20ミリシーベルトという基準について,健康影響という観点からどのように評価できるのか」というテーマが第一であった。あくまでも「政府が」「避難指示を出す(それは強制的に,その場所からの退去を命令するものである)」基準として20ミリシーベルトとすることがよいかどうかを評価することを目的としていた。これは,本準備書面第2で述べたところの,参考レベルの議論に過ぎない。

  (2) WGの構成及びWG報告書の問題点

 原告準備書面(9)で述べた通り,WGの構成員には,これまで国の原子力政策を推進してきた者が多く選任されているのであって,立場の偏りが見られる。
 また,議論の過程において,WGの説明者及び有識者である出席者らは,低線量被ばくや内部被ばくについていまだ明らかになっていないことが多いと発言しているにもかかわらず,それらを黙殺し,恰もそれらについて危険性がないという印象付けをしようとしている。すなわち,WG報告書は,8回にわたってなされた議論における議事内容を公平に反映しているとは言えないものである。
 さらに,被告東京電力は,WG報告書を根拠として「科学的知見」「国際的合意」などと抽象的に論じるが,その内容は曖昧である。例えば,被告東京電力準備書面(5)の17頁では,「チェルノブイリ原発事故における甲状腺被ばくに比べても,本件事故による小児の甲状腺被ばくは限定的であり,被ばく線量は小さく,発がんリスクは非常に低いと考えられる」との主張があるが,甲状腺被ばくの程度は推測にとどまるものであって,これが科学的知見であるとか国際的合意であるなどとは到底言えない。

  (3) 被告東京電力による恣意的引用

 上記(2)で述べたとおり,WGの構成及びWG報告書には多くの問題点があるが,そのようなWGにおいてすら,内部被ばくについては科学的に明らかにされていないことが多く,完全に解明されている訳ではない旨が議論されているのであって,しかも,LNTモデルの考え方と科学的知見の限界から,公衆限度が定められたことも確認されている。しかし,被告東京電力は,これらの自己に不都合な事実については引用しておらず,恣意的である。


 4 小括

 以上のとおり,国内法は科学的知見として諸説あることを織り込み済みで公衆被ばく線量限度を定めており,社会通念に基づく相当性判断において,科学的知見における対立を論じる意義は乏しい。
 しかも,被告東京電力の引用する科学的知見は不正確ないし偏頗であるうえ,WGないしWG報告書の位置付けも適格ではなく,相当因果関係の主張として失当である。

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