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★ 京都地方裁判所 判決書 事実及び理由
 第2章 事案の概要等
  第4節 当事者の主張 第5 損害各論(争点⑤)について 

第4節の目次 (判決書の目次はこちら)
 第1 争点①(予見可能性の有無)について
 第2 争点②(被告東電の責任)について
 第3 争点③(被告国の責任)について
 第4 争点④(避難の相当性)について
 第5 争点⑤(損害各論)について



第5 損害各論(争点⑤)について

 1 総論
  原告らの主張
  被告東電の主張
  被告国の主張

 2 各論
  原告らの主張
  被告東電の主張
  被告国の主張


 1 総論


 (原告らの主張)

  (1) 賠償されるべき損害

 本件事故によって侵害されているのは原告らの生活全体であり,その被害は多様で,しかも,それらが相互に絡み合う重層的なものであり,回復までに長期間を要するものであるため,損害を個別に切り離して把握するのではなく,その損害をありのままに包括的かつ総合的に評価する必要がある。いわゆる「包括慰謝料」として損害を一括して算定・請求することは,住宅の有無や生業の有無等,原告らの個別性・多様性を無視することになり,かえって損害を総体として漏れなく把握する妨げとなるため,原告らは,個別損害の積み上げを基本としつつ,慰謝料については精神的損害に対する賠償とともに,個別の損害項目を積み上げるだけでは捉えられない被害の賠償につき,補完的機能を持つものとして請求している。原告らは,被侵害利益を「包括的生活利益としての平穏生活権」とした上で,生活全体が侵害されたことによる損害を,①避難に伴い生じた客観的損害(移動費用,生活費増加分等),②避難生活に伴う慰謝料,③滞在生活に伴い生じた客観的損害(除染や放射線防御・対策のための費用等),④滞在生活に伴う慰謝料,⑤自らが所有する財物を喪失または毀損したことの損害,⑥就労不能損害,⑦地域コミュニティ侵害による損害という項目化をして,定額を基礎にしつつ(抽象的損害計算),実額による立証も排除していない。すなわち,生活全体を侵害する本件損害は,個別的に①~⑥の項目化をした上で,それを補完的にとらえるものとして⑦を設定することで,包括的かつ総合的に評価される。
 原告らは,本件事故によって各種の共同体から享受する利益の全て,あるいはその多くの部分が同時に侵害されたことで,およそ回復不可能かつ甚大な不利益を被っている。⑦の地域コミュニティ侵害による損害は,各種の共同体から受けている利益の全て或いはその多くの部分を同時に侵害されたことに関し,これらの利益を総体的に捉え,それに対する侵害を損害として捉えるための費目である。

  (2) 損害の算定方法について

   ア 各賠償基準による賠償が最低限保障されるべきであること
 個別の損害費目の算定においては,①直接請求に際して被告東電が策定した賠償基準,②被告国の機関である原子力損害賠償紛争解決センター(以下「センター」という。)が策定した「ADR総括基準」,③同じく被告国の機関である原子力賠償紛争審査会が原賠法18条2項に基づいて策定した「審査会指針」,④ADR手続の運用上の基準として存在している「ADR適用基準」に基づく賠償が最低限度保障されるべきである。これは,直接請求やADR手続を利用した者と利用しない者とで,不公平な結果となることを避けるためでもある。

   イ 原告らに厳格な損害立証を要求すべきでないこと
 また,以下の事情からすれば,本件訴訟において,原告らに厳格な損害立証を要求するべきではないことからしても,各賠償基準による賠償が認められるべきである。
 本件事故による損害は,その殆どが原発事故による避難から生じたものである。避難とは生活そのものが根こそぎ奪われることを意味しており,生活そのものが圧迫を受けている状況において,その際に発生した損害の証拠を適切に収集保管することは著しく困難である。また,避難や避難生活によって生じる損害は,日々の日常生活の中で不断かつ広範に発生し,一つ一つの損害は相対的に小さいものであるから,その損害を証する証拠の収集保管には不相当なコストが発生する。つまり,逐一,領収書を保管し,それがどの出捐に結びつくものであったかを整理しておくことは,大変な作業と困難を被害者である原告らに負わせるものであって相当でない。加えて,こうした立証困難な状況の発生について原告らにはいささかの落ち度もなく,こうした立証困難な状況を自ら故意に作出した被告らが,裁判において,立証の不十分さを主張し,厳格な立証を求めることは信義則に反する。

   ウ 被告らもこれらの各賠償基準の適用を拒否できないこと
 審査会指針及びADR総括基準は,全額賠償ではないことを当然の前提として策定されているもので,原子力災害における最低限度の金額を画する機能が要請されているところ,かかる審査会指針及びADR総括基準を策定したのは,被告国自身の機関たる審査会ないしセンターである。にもかかわらず,被告国が審査会指針及びADR総括基準によることを否定することは,原賠法18条ないしその趣旨に反する行為であり,また,信義則や禁反言の法理にも反し,許されないし,相当因果関係ある損害については最低限度の基準として公平に適用されなければならず,被告国が審査会指針,ADR総括基準の採用を拒絶することは,憲法14条にも反する不合理な差別である。
 また,賠償義務者たる被告東電が審査会指針やADR総括基準を否定してこれらの基準以下の損害額しか賠償しないという態度をとることについても,原賠法の趣旨に反するだけでなく,審査会指針やADR総括基準に依拠し自ら策定した東電基準の正当性を主張している以上,その依拠する審査会指針及びADR総括基準の適用を否定することは,信義則ないし禁反言の法理に反する。このことは,ADR運用基準においても同様である。
 さらに,被告東電自ら,東電基準に正当性があると主張していることなどからすれば,被告東電が東電基準の採用を拒絶することは信義則ないし禁反言の法理に反し許されない。また,被告国において,本件訴訟において東電基準の採用を拒絶することは,被害者の意見や実情を伺ったうえで政府の考えを反映させて被告東電に策定させた賠償塞準を自ら否定するに等しく,信義則ないし禁反言の法理から許されないし,憲法14条に反する不合理な差別である。

   エ 自主的避難区域においても前記基準が適用されるべきであること
 被告らは,これらの基準が,避難指示区域や,いわゆる「自主的避難区域」からの避難者に適用されるものであって,区域外の避難者については適用されないと主張する。しかし,被告らの区域設定が合理的なものではないのであるから,区域の内外を問わず適用すべきである。

  (3) 各損害項目の算定について

   ア 避難移動費,一時立入移動費
 基本的には,移動区間や移動方法により算出される定額を損害額とし,定額を上回る実額の立証が可能な場合は,実額を損害額とする。避難指示区域内の避難者を対象とする直接請求において,被告東電自身が前記の考え方に基づいて賠償を行っており,自主的避難者を対象とするADR手続においても,基本的に,上記考え方に準拠した運用がなされている。

   イ 生活費増加費用
 基本的には,「家財道具購入費」,「避難継続中の毎月の生活費増加分」,「避難継続中の避難雑費」を損害項目として,それぞれ定額を損害額とし,定額を上回る実額の立証が可能な場合は,実額を損害額とする。前記損害項目は,自主的避難者を対象とするADR手続の運用にならったものである。「避難継続中の毎月の生活費増部分」とは,家族の一部が避難し,生活拠点が複数になるために生じる生活費の増加分を填補するものである。「避難継続中の避難雑費」とは,避難している家族の中に妊婦または子どもが含まれている場合の生活費増加費用を填補するものである。
 ADR手続における運用は,以下のとおりである。
 家財道具購入費は,家族全員で避難をしている場合は定額で15万円,家族の一部で避難をしている場合は定額で30万円を賠償する。避難継続中の毎月の生活費増加分は,家族分離後,少ない人数で生活するグループの人数が一人の場合は月額3万円,2人の場合は月額4万円,3人の場合は月額5万円を賠償する。避難継続中の避難雑費は避難している家族の中に妊婦または子どもが含まれる場合,平成24年以降,月額で妊婦・子ども一人あたり2万円を賠償するというものである。

   ウ 動産
 避難後の住居が避難前の住居に比べて狭小である等の理由により,避難前の家財の大半を避難前の住居に残置してきたような事情がある場合,世帯構成に応じて算出される定額を損害額とする。避難指示区域内の避難者に対しては,被告東電は,区域の区分に応じて,世帯構額に基づき一定の金額を賠償している。たとえば,避難指示解除準備区域内の避難者に対しては,単身世帯の場合,学生以外には245万円,学生には30万円を,複数世帯の場合,世帯基礎額の355万円に加えて,加算額として大人一人あたり45万円,子ども一人あたり30万円を賠償している。避難後の住居が避難前の住居に比べて狭小である等の理由により,避難前の家財の大半を避難前の住居に残置してきたような事情がある場合,家財道具の喪失という事情において避難指示区域内であるか,区域外であるかによって異なるところがない。よって,上記事情がある場合は,上記基準により算出される額を損害額とした。

   エ 就労不能損害
 基本的には,避難前の収入をもとに損害額を算出し,避難後の収入は控除しない。避難者が,遠方の避難先において行う営業又は就労は,将来の生活再建の見通しを立てなければならない,或いは将来の生活再建の見通しも立たない状況の下で,勤労に当てることができる時間の全部又は就労に当てることができず,また,重い精神的負担を伴うものであるのが通常である。
 政府指示による避難者を対象としたものであるが,平成24年4月19日付ADR総括基準は,上記の考え方のもと,避難先における営業・就労によって得た利益や給与等に関しては,その額が多額である等の場合を除き,営業損害や就労不能損害から控除しないものとしている。

   オ 精神的損害(避難に伴う慰謝料)
 本件事故発生以降,原告1名につき月額35万円とする。同金額(月額35万円)は,交通事故における入院慰謝料(むちうち症で他覚症状がない場合における,入院慰謝料1月分。)を念頭に置いたものである。これは,原発事故により避難を余儀なくされることで生活基盤を奪われ,避難先で不自由な生活を強いられている原告らの精神的苦痛は,入院によって不自由な生活を強いられている入院患者が受ける精神的苦痛と同程度と考えられるためである。また,避難の有無にかかわらず,原発事故発生時を始期としたのは,避難により生活の拠点を奪われることを余儀なくされた者と,被ばくのリスクや恐怖に晒されながら避難を選択しなかった者とで,その精神的苦痛の程度に異なるところがないためである。

   カ 精神的損害(コミュニティ侵害に基づく慰謝料)
 原告1名につき,2000万円とする。本件事故発生により,これまでの生活を失い,コミュニティを喪失した原告らの精神的苦痛は筆舌に尽くしがたく,また金銭に評価することも困難であるが,これを敢えて評価すれば,2000万円を下らない。

  (4) 既払金の充当について

 各原告の被った損害について、費目に関係なく損害総額から控除する形で被告東電からの既払金を充当することに異論はない。

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 (被告東電の主張)

  (1) 相当因果関係の認められる損害の範囲

 本件訴訟で原告らが請求している損害は,原賠法3条に基づく,本件事故による放射線に起因する「原子力損害」(原賠法2条2項)であるから,本件原発から放出された放射性物質の放射線の作用若しくは毒性的作用(以下「放射線の作用等」という。)と相当因果関係がある損害であり,かかる損害は法的な保護に値する利益であることが前提となる。
 また,相当因果関係については,本件事故によって放出された放射線の作用等及びこれによる客観的な健康リスクの程度を起点として,原告らの生命,身体,財産に対して具体的にどの程度の危険が生じていたのかを検討する必要があり,当該放射線の作用等による危険を踏まえ,原告らが主張する損害の間に相当因果関係があるかどうかが検討されなければならない。けだし,本件事故による放射線によって,原告らに具体的な健康リスクが生じていないにもかかわらず,損害賠償を認めるというのであれば,具体的危険の存在を捨象した抽象的な不安感を法的保護の対象とすることになってしまい,妥当でないからである。そして,100mSv以下の低線量被ばくにより健康影響のリスクがあるとの生物学的,疫学的な証明がなく,原告らに具体的な健康リスクが生じているものでないことは前記第4のとおりである。

  (2) 中間指針等に定める賠償額及び被告東電公表の賠償方針の相当性・合理性

   ア 被告東電が十分な賠償を行っていること
 被告東電は,審査会の定めた中間指針等に基づいて,避難者の旧居住地の区域ごとに被告東電公表の賠償方針を策定した上で,避難者への賠償を実施しているところ,以下のとおり,中間指針等及び被告東電公表の賠償方針は,合理的に定められたものであり,これらの基準に基づく被告東電の賠償は相当なものであるといえるから,これを超える原告らの請求にはいずれも理由がない。

   イ 中間指針等が裁判上も尊重されるべきであること

 (ア) 中間指針等は,①中立的な専門家からなる審査会が,原賠法に基づき,原子力損害の範囲の判定に関する一般的な指針として定めたもので,法令上の根拠に基づく指針であり,②本件事故による広範かつ膨大な被害の全体像を把握した上で,多数の被害者が生じているという本件事故の特徴にも鑑み,多数の被害者間において公平かつ適切な原子力損害賠償を実現しようとする観点から策定されている。また,③中間指針等の策定の過程においては,審査会における法律専門家による過去の裁判例等の審議・検討も行われ,裁判上の解決の場合をも視野に入れて賠償水準が検討,設定されているものであり,かつ,そのような結果としての中間指針等の内容については裁判上の解決規範としてみても十分に合理性・相当性を有するものとなっている。

 (イ) そして,本件事故による類例のない膨大な被害者に対する公平かつ適切な賠償の実現が求められている状況にあるところ,同様の被害を受けた被害者に対しては同様の賠償が実現されるべきであるという公平の見地からは,いかに多数の被害者間の賠償を公平に実現するかという点が極めて重要であり,審査会の定める指針の果たす機能は極めて重要である。実際,被告東電は,ADR手続における和解及び裁判上の和解も含めて,中間指針等に基づき,既に多くの被害者との間で合意に至っており,中間指針等は本件事故の賠償規節として既に定着している実情にある。

 (ウ) これらの事情を踏まえれば,審査会の策定した中間指針等の賠償基準は,裁判上の手続においても,十分に尊重されるべき実質を有するものである。

 (エ) なお,中間指針等に定められた慰謝料の額について,原告らは,最低限の賠償額であるかのように主張するが,中間指針等にはそのような記載はなく,むしろ「合理的に算定した一定額の賠償」としての位置付けが明らかにされているところであり,また,そうでなければ多数の被害者が生じている本件事故の賠償指針として機能し得ないことは明らかであるから,原告らのかかる主張は失当である。

  (3) 各区域における賠償額の相当性

   ア 避難等対象者に係る賠償について

  (ア) 居住制限区域内に旧居住地がある原告について

   a 被告東電の賠償方針
 本件事故時の住所地が居住制限区域(既に平成29年4月1日に解除されている。)に指定されている原告(原告番号1,福島県富岡町)に対しては,中間指針等及び政府復興指針を踏まえて,平成23年3月11日から平成30年3月末まで,逓減なしで精神的損害の賠償として月額10万円の賠償をすることとししており,一人当たり総額850万円を支払っている。
 また,被告東電は,精神的損害とは別途に,就労不能損害の賠償,財物価値の喪失に係る賠償,避難生活に伴う体調悪化などの場合の生命身体的損害の賠償,避難費用等の賠償を行っている。

   b 中間指針等に基づく上記方針が合理性を有していること
 月額10万円の慰謝料額について,審査会においては,対象となる精神的苦痛は身体的な負傷を伴わないが,自賠責保険における慰謝料額を参考にし,過去の裁判例等も参照して定められた。また,当該慰謝料額は,コミュニティ侵害(地域コミュニティ等が広範囲にわたって突然喪失し,これまでの平穏な日常生活とその基盤を奪われ,自宅から離れ不便な避難生活を余儀なくされた上,帰宅の見通しもつかない不安を感じるなど)の精神的苦痛も考慮の上で,「合理的に算定した一定額の賠償」として定められているものであり,賠償指針として合理性を有する。
 また,身体的負傷を伴う交通事故の損害賠償では,時間の経過とともに精神的損害の賠償額が逓減するものとされることが一般であるが,被告東電においては逓減することなく一人月額10万円の賠償を維持していることや,生活の本拠における財産的損害についても別途賠償が行われることを踏まえると,居住制限区域の被告東電の賠償額は合理性・相当性を有する。
 さらに,避難に係る精神的損害の賠償終期について,中間指針等によれば,避難指示等の解除等から1年間を当面の目安として,その後に生じた精神的損害は,特段の事情がある場合を除き,賠償の対象とならないとされている。この指針は合理性を有するところ,富岡町の帰還困難区域を除く地区内の放射線量の状況,事業再開状況や復興計画の策定及び復興に向けての取組状況等も踏まえれば,放射線量も年間20mSv(3.8μSv/hに相当)を大きく下回り,避難指示解除後は年間1mSv前後の水準である中で,原告らがこの区域に客観的に帰還し得ない状態にあるとはいうことはできない。したがって,避難指示の解除後からさらに相当期間(1年間)の経過後において,本件事故の放射線の影響に起因して相当因果関係の認められる避難を余儀なくされたことに係る精神的損害の賠償責任は,その終期を迎えると解することには十分合理性がある。
 また,生活環境の整備がなされることによって帰還する住民が相当数いると認められ,国や自治体による復興支援策も期待できる中で,帰還した者によるコミュニティが新たに形成されることも期待できるのであるから,仮に帰還しない住民が相当数存在することにより,帰還した住民にとって本件事故以前とはコミュニティのあり方が異なることとなるとしても,それは本件事故後の状況を踏まえての,旧コミュニティを構成する住民個々人の選択によるものといわざるを得ず,住民個々人は帰還するか否かについて誰にも強制されず,自由に選択できることからすれば,避難指示が解除され,客観的に帰還し得る状況に至ってから合理的な相当期間(1年)の経過後においては,本件事故と相当因果関係のある避難に係る精神的損害の賠償責任は終期を迎えると解するのが相当である。

   c 小括
 以上からすれば,慰謝料に関する被告東電の賠償指針は,本件事故により避難を余儀なくされた原告(原告番号1)に対する精神的損害の賠償として,上記原告の精神的苦痛を包括的に慰謝するに足りる賠償額であって,その他の財物損害についても合わせて,既に賠償済みであるから,被告東電公表賠償額を超える原告らの請求には理由がない。

   (イ) 旧緊急時避難準備区域内に旧居住地がある原告について

   a 被告東電の賠償方針
 本件事故時の住所地が旧緊急時避難準備区域に指定された原告(原告番号18)に対する賠償額(精神的損害)については,中間指針等に基づいて,避難指示区域に準じて,一人月額10万円(通常の範囲の生活費の増加費用を含む。)を目安とし,賠償終期については,緊急時避難準備区域が平成23年9月30日をもって解除されたこと等を踏まえ,平成24年8月末までとしている。
 また,被告東電は,精神的損害とは別途に,就労不能損害の賠償,避難費用等の賠償も行っている。

   b 中間指針等に基づく上記方針が合理性を有していること

   (a) 精神的損害について
 月額10万円の慰謝料額の妥当性については,上記居住制限区域内に旧居住地がある原告に対する賠償で述べたとおりであり,合理的に定められた中間指針等に基づいて,コミュニティ侵害に対する賠償にも配慮した上で定められていること,また,精神的損害のほかにも,その他の財産的賠償等も行っていることを踏まえると,旧緊急時避難準備区域における被告東電賠償基準は合理性・相当性を有する。
 また,旧緊急時避難準備区域の精神的損害について,中間指針第二次追補によれば,平成24年8月末までをもって終期の目安とするとしており,これはインフラ復旧が平成24年3月末までに概ね完了する見通しであったこと,平成24年9月までには関係市町村において当該市町村内の学校に通学できる環境が整う予定であること,避難者が従前の住居に戻るための準備に一定の期間が必要であること等を考慮したものとされ,かかる指針には合理性・相当性がある。原告番号18の旧居住地のあった南相馬市の地域は平成23年9月30日に緊急時避難準備区域の指定が解除された後は,政府による避難指示等の対象となっておらず,平成23年12月に策定された除染実施計画に基づき,優先順位を決めて除染が実施され,同地域は,平成23年9月30日の測定では0.3μSv/hである。以上のような原告番号18の旧居住地のあった南相馬市の地域の実情を踏まえれば,上記原告が本件事故後に同地域に帰還し得ず,また,移住を余儀なくされたという客観的な事情にはないから,平成24年8月末までをもって賠償の終期とする被告東電の賠償指針は合理性・相当性を有する。

   (b) 財物賠償について
 旧緊急時避難準備区域での行動や立入は制限されておらず,避難指示区域内とは事情が異なることからすれば,財物について,本件事故前と同等の水準で生活の本拠として利用できる状態を維持することが可能であったことから「管理の不能等による財物価値の喪失又は減少分」という損害を観念することはできない。また,旧緊急時避難準備区域内においては,本件事故直後の時期から復旧・復興が進んでおり,避難した場合であっても,同地域に随時立ち入って財物を管理することは可能であり,一時立入費用の賠償がなされていることも相俟って,財物価値が毀損しない程度の管理を行うことは可能であった。そして,本件事故後の旧緊急時避難準備区域における社会的活動の実情に照らせば,同区内における財物は本件事故後もそのまま使用されている実情にあるから,同区内に存する財物が本件事故によってその財物価値を減少・喪失したと評価することができないことは明らかである。
 なお,旧緊急時避難準備区域において,財物価値の減少・喪失は認められないものの,避難にあたって建物等の一定程度の毀損が生じ得ることも想定されることから,被告東電は,旧緊急時避難準備区域内の住民に対して,必要かつ合理的な範囲において,住宅等に生じた損傷を原状回復するために要した費用として,定額30万円を賠償している。
 以上より,旧緊急時避難準備区域において,「財物の管理が不能等になった」という実情はなく,財物価値の減少・喪失は認められない上,仮に実際に避難をすることにより従前どおりの財物の管理が困難となり財物価値の減少・喪失が認め得るとしても,被告東電は,そのことによる損害については相当な範囲で補修費用を賠償していることから,これを超えて,財物価値の減少・喪失の損害が現実に生じているということはできない。また,原告らにおいて財物価値の減少・喪失について何ら立証されていない。

   (c) 小括
 以上のとおりであり,中間指針第二次迫補に基づき,一人月額10万円の精神的損害の賠償額を平成24年8月末まで賠償する被告東電の精神的損害の賠償額は合理性・相当性を有するものであり,その他の損害に対する賠償も実施しているから,被告東電公表賠償額を超える原告(原告番号18)の請求には理由がない。

   イ 自主的避難等対象者に係る賠償について

   (ア) 被告東電の賠償方針
 中間指針追補が定める自主的避難等対象区域に旧居住地がある原告らについては,中間指針等において,「本件事故発生当初の時期」(概ね平成23年4月22日まで。)を対象として,滞在者・避難者の別を問わず,一人当たり8万円の賠償額が定められ,妊婦及び子どもに関しては,賠償対象時期を本件事故発生から平成23年12月31日までとして,かつその賠償額は40万円とされている。
 被告東電は,前記中間指針追補に沿って賠償を行っており,妊婦及び子どものうち実際に自主的避難を行った方に対しては,同指針に定める40万円に加えてさらに追加的費用として20万円を上乗せし,合計60万円の賠償を行っている。
 さらに,平成24年1月から同年8月末までについても,一人当たり4万円の追加的費用の賠償を行っており,子ども及び妊婦について,精神的損害として8万円の賠償も行っている。

   (イ) 中間指針等に基づく上記方針が合理性を有していること

   a 中間指針等の考え方について
 本件事故後における自主的避難等対象区域の空間放射線量の状況は,放射線の健康影響に関する国際的にも合意された科学的知見に照らしても,かかる放射線被ばくによって住民の健康に対する具体的な被害を及ぼす客観的なおそれがあるとはいえず,そのような科学的知見や認識は広く専門機関や新聞報道によって周知され,実際に,自主的避難等対象区域においては,本件事故後においても様々な社会的活動や生活が行われている実情に照らすと,本件事故の放射線の作用によって自主的避難等対象区域に居住している住民の健康等に対する客観的な法益侵害又はそのおそれが生じていると解することはできない。
 しかしながら,中間指針追補において,自主的避難等対象区域の住民に対する賠償の方針が示されている。これは本件事故後の状況や情報の錯綜等の事情などを踏まえて,主観的な不安についても一定の範囲で賠償の対象とすることも不合理ではないと考えられるからであって,このような考え方に立つとしても,客観的な危険に基礎付けられない不安感や危惧感をもって無限定に法的保護の対象と解することはできないから,賠償されるべき範囲については自ずと合理的な制約が存する。すなわち,本件事故によって放出された放射性物療による健康リスクの有無・程度に関して政府,自治体及び専門家より情報発信され,周知されたと認められる時期以降は,そもそも客観的なリスクにさらされているとはいえない以上,その後においても引き続き住民が抱くことがあり得る不安感や危惧感をもって,当該住民の具体的な法益侵害に当たると解することはできない。

   b 被告東電公表の賠償額の合理性
 中間指針等を定めるにあたっては,音(空港・近隣騒音),悪臭,煙害等により平穏な生活が侵害された事案の裁判例も検討されており,中間指針追補が定めた自主的避難等対象者に対する賠償期間及び賠償額は,上記裁判例における賠償額の月額及び総額と比較しても同等かそれ以上といい得る水準であるから,過去の裁判例の賠償水準に照らしても,中間指針等の定める賠償額は相当かつ合理的である。
 また,審査会においては,自主的避難等対象者は,政府による避難指示に基づいて避難を余儀なくされたものではないことから,避難対象者と同等の額を賠償すべきとはいえないとの共通認識のもと審議を行いつつ,本件事故発生当初の時期(平成23年4月22日ころまでの時期を目安とする。)においては,自らの置かれている状況についての十分な情報がない中で,本件原発の原子炉建屋において水素爆発が発生したことなどから,大量の放射性物質の放出による放射線被ばくへの恐怖や不安を抱き,その危険を回避しようと考えて避難を選択することも合理的であるとして,一人当たり8万円の損害額を認定している。かかる損害額については,屋内退避区域に生活の本拠を有している避難等対象者に対する慰謝料が一人当たり10万円であるところ,自主的避難等対象区域では屋内退避指示等の避難指示が出されていないことにも鑑みれば,自主的避難等対象者(妊婦及び子どもを除く。)に対する本件事故発生当初の時期の賠償として8万円という金額は合理性を有するものである。
 また,妊婦及び子どもに関しては,それ以外の者と比較して放射線への感受性が高い可能性があることが一般に認識されており,放射線被ばくへの恐怖や不安を抱くことについて一定の合理性が認められることから,賠償対象時期は本件事故発生から平成23年12月31日までとされ,かつその精神的損害等の賠償額は40万円とされている。ただし,これは,より高い線量での被ばくを受けた場合の放射線感受性において妊婦・子どもが成人より高いという一般的な認識がなされていることから,実際には年齢による影響の差が認められていない低線量被ばくであっても,妊婦・子どもが一定の合理的な期間においては不安を抱くことにも合理性があるという認定・判断を基礎とするものであり,妊婦・胎児の健康に対する客観的・具体的な危険が生じているということを基礎とするものではない。この点については,政府による避難指示等を受けた避難等対象者についての本件事故発生から平成23年12月31日まで慰謝料額は80万円とされていることとの対比で考えた場合においても均衡を失するものではなく,妊婦及び子どもの自主的避難等対象者に対する賠償額を40万円とすることには合理性がある。

   c 就労不能損害について
 本作事故後の自主的避難等対象区域内の放射線の状況を踏まえれば,原告らが仕事を辞めることを余儀なくされ,又は就労することができないという状況に置かれたとは認められず,休職・退職等することを選択・判断をした原告がいたとしても,それはあくまで当該原告の自主的な判断に基づく休職・退職等であると評価せざるを得ないから,それによる収入の喪失は本件事故と相当因果関係のある原子力損害に当たるということはできない。
 また,この理は,原告らの家族に妊婦・子どもがおり,これに大人が同伴した場合においても同様であり,原告らが自主的な判断により子どもを避難させることとし,自らもこれに同伴するという選択・判断をしたとしても,それは本件事故の放射線の影響によって,当該原告らが退職・休職をせざるを得ない状況に至ったとか,客観的に就労し得ない状況に置かれるに至ったということを何ら意味するものではないのである。
 仮に,自主的避難後の職場から得られる収入が,本件事故以前に比して減収となったとしても,そうなることを本件事故によって余儀なくされたとは評価できない。自主的避難等対象区域内では放射線の影響によって客観的に就労ができない状況にはなく,実際に大多数の自主的避難等対象者は自主的避難をせずに,引き続き就労をしており,自主的避難後に,どのような収入水準の職場に就職するかについても原告らが自ら選択していることからすれば,仮に本件事故以前との比較で減収が生じたとしても,その差額をもって,本件事故と相当因果関係のある原子力損害に当たるということはできないからである。
 以上より,自主的避難等対象者である原告らの就労不能損害の請求については,本件事故との相当因果関係を欠くものであり,いずれも理由がない。

   d 避難費用・生活費増加費用について
 自主的避難等対象区域に居住していた原告らにおいては,自主的に避難をする必要性や合理性は認められない。原告らが請求する避難費用及び生活費増加費用は,そもそも原告らの自主的な避難に係る費用であるから,原告らの避難の合理性が認められない以上本件事故と相当因果関係を有する損害と認めることはできない。
 もっとも,本件事故発生の当初時期(平成23年4月22日ころまで)は,情報が錯綜していることもあり,自らが置かれている状況について十分な情報がない中で,本件原発において水素爆発などが発生したことなどから,同時期に放射線被ばくへの恐怖や不安を抱き,その危険を回避しようと考えて自主的避難をした場合があり得るところである。しかしながら,そのような場合であっても,自主的避難等対象区域と避難指示等対象区域の状況は大きく異なり,自主的避難等対象区域の住民が避難行動によって被った損害は合理的な範囲に収まるものと考えられるところ,被告東電は既に一定の範囲で賠償を実施している(実施することを明らかにしている)から,これを超える原告らの請求には理由がない。

   e 財物(不動産,家財)の賠償の考え方について
 自主的避難等対象区域における客観的状況等諸般の事情に鑑みると,旧緊急時避難準備区域においても財物価値の減少・喪失は認められないから,自主的避難等対象地域においても,財物価値の減少・喪失は認められるものではない。

   (ウ) 小括
 上記のとおり,被告東電は,中間指針迫補に基づいて,これを上回る賠償の方針を公表しており,同方針に基づく自主的避難等対象者に対する精神的損害等の賠償額を超える自主的避難等対象者である原告らによる慰謝料請求には,いずれも理由がない。

   ウ 前記ア及びイの区域外に旧居住地がある原告らの賠償について

   (ア) 被告東電の賠償方針
 政府による避難指示等に基づかずになされた避難による損害については,原則として,現に健康被害を生じさせ或いはその危険が差し迫っているというのでない限り,本件事故との間に相当因果関係は認められないというべきであるところ,100mSvを下回る空間放射線量の下では,日常生活を送ることで健康に影響があるとの証拠及び科学的知見はない。健康影響を生じさせるとは客観的に認められない状況下であっても,避難の合理性が認められるのは,本件事故直後において自主的に避難を行った者が恐怖や不安を抱いたことについて相当の理由があり,自主的に避難を行ったことについてもやむを得ない面があるといえる場合に限られるところ,放射線量に関する情報,居住地域の避難者の多寡など諸般の事情を踏まえ,中間指針追補において自主的避難等対象区域に指定されていない区域(区域外)については,やむを得ない事情は認めがたく,避難の合理性は認められない。
 ただし,中間指針追補に定める自主的避難等対象区域には含まれておらず,本件原発より60km以上離れているが,被告東電においては,自主的な判断に基づき,福島県県南地域における自主的避難等の賠償基準を公表しており,子ども・妊婦に対し,平成23年12月未までを対象期間として,一人当たり20万円の精神的損害等の賠償を行うこととするとともに,平成24年1月1日から同年8月31日までを対象として,4万円の精神的損害の追加賠償を行う旨公表し,賠償している。

   (イ) 上記方針が合理性を有していること
 中間指針追補においては,政府による避難指示の対象とならなかった区域の住民の精神的苦痛について検討し,①政府による避難指示等対象区域の周辺地域では自主的避難をした者が相当数存在していることが確認されたが,②同時に,当該地域の住民はそのほとんどが自主的避難をせずにそれまでの住居に滞在し続けているという現状を踏まえて「自主的避難等対象区域」が設定された。この区域の設定に当たっては,本件原発からの距離や空間放射線量の状況のみで線引きをするのではなく,避難指示等対象区域外の住民に生じ得る放射線被ばくへの恐怖や不安については,同発電所からの距離,避難指示等対象区域との近接性,政府や地方公共団体から公表された放射線量に関する情報,自己の居住する市町村の自主的避難の状況(自主的避難者の多寡など)等の複合的な要素を総合的に考慮の上で自主的避難等対象区域を設定し,本件事故と相当因果関係のある区域外住民への賠償範囲を定めたものであり,このような中間指針追補の考え方は,本件事故後の状況を踏まえれば,合理性・相当性がある。  そうすると,被告東電は,中間指針追補に定める自主的避難等対象区域には含まれていない福島県県南地域においても賠償を行っており,被告東電の賠償対象区域及び損害額に関する方針は相当である。

   (ウ) 小括
 以上のとおり,本件事故後の状況を踏まえても,被告東電が自主的に定めた賠償基準に基づく精神的損害に係る賠償額を超える原告らのいずれの請求においても,理由がない。

  (4) 各損害項目の算定について

   ア 交通費又は移動費

 (ア) 個別具体的な実費の立証を要すること
 原告らは,被告発電が直接請求において公表・使用している標準交通費に基づいて,避難,面会,一時帰宅などに要した各種の交通費ないし移動費を算定している。しかしながら,被告東電が直接請求において公表・使用している基準は,中間指針等を踏まえて多数の被害者の方(延べ260万件以上支払総額6兆4500億円以上)に対して迅速に賠償を実現するために設けたものであって,本件訴訟においては,個別具体的に主張立証が必要であるから,標準交通費に基づく上記主張には理由がない。また,避難等対象者に関する中間指針においてさえ,現実に負担した費用が賠償の対象となるとされているのだから,標準交通費は,避難等対象者に関するものであって,原告らのうち避難等対象者ではない者には適用ないし参考とすべきではない。

 (イ) 標準交通費や和解仲介手続の運用は本件訴訟と無関係であること
 標準交通費については,避難等対象者以外の方に標準交通費を用いて交通費や移動費を賠償することは想定されていないし,原告らが援用する「原子力損害賠償紛争解決センターにおける現時点の標準的な取扱いについて」からも,和解仲介手続において,標準交通費×回数などといった単純な運用がなされていないことは明らかである。いずれにせよ,和解仲介手続は,相互の互譲により原子力損害に係る紛争を早期に解決するための手続きであって,それ故に必ずしも個別具体的な立証を経ることなく和解案が示されている実情にあるが,当事者が攻撃防御を尽くして権利義務に関する紛争を終局的に解決するための訴訟手続における損害の立証と上記和解仲介手続の運用は全く無関係である。

 (ウ) したがって,被告東電が直接請求で採用していた標準交通費に依拠し,個別具体的な損害(実費)の主張立証を放棄する原告らの上記主張は明らかに失当である。

   イ 生活費増加費用(避難継続中の生活費増加費用,避難雑費)

 (ア) 原告らは,自主的避難により各種の生活費が増加したとして,家財道具購入費用,食費,通信費など各種の生活費増加分のほか,避難雑費を請求しており,例えば一人月額1万円×避難月数などの定型的な算定方法を用いている。しかしながら,本件訴訟においては個々の避難行動と本件事故との相当因果関係及び個別具体的な損害の主張立証を要すること等は前述のとおりである。

 (イ) なお,避難等対象者に関する中間指針においてさえ,精神的損害と生活費の増加費用とを合算して一定の金額をもって両者の損害額と算定するのが合理的な算定方法であるとされ,例外的に,特に高額の生活費の増加費用の負担をした場合に,そのような高額な費用を負担せざるを得なかった特段の事情があるときは,必要かつ合理的な範囲において,その実費が賠償すべき損害と認められるとされているにとどまる。

 (ウ) 慰謝料の補充的性格を踏まえれば,細かな生活費の増加分一つ一つを逐一損害と認定することは必ずしも合理的でない反面,原告らが主張するように定型的な算定方法を採用するとなれば,その実質において慰謝料の補充的な性格によって慰謝料に含めて賠償している生活費増加費用と重複し,二重払いとなる面があることを否めない。したがって,原告らの上記請求には理由がない。

   ウ 財物損害
 原告らの中には動産(家財等)又は不動産に係る財物損害の発生を主張する者がいるが,通常,自主的避難等対象区域の財物について管理不能や放射性物質の汚染による価値の喪失又は減少が発生するとは考えられず,そのような事実に関する具体的な主張立証をも欠くから,理由がない。

   エ 就労不能損害
 自主的避難等対象者である原告らの就労不能損害の請求については,上記のとおりであり,本件事故との相当因果関係を欠くものであるから,いずれも理由がない。

   オ コミュニティ侵害
 原告らは,避難に係る精神的損害とコミュニティ侵害に係る精神的損害を峻別し,前者につき一人月額35万円,後者につき一人2000万円の損害を主張しているが,①中間指針等が定める慰謝料の水準が合理的かつ相当なものであり,また,②避難に係る精神的損害とコミュニティ侵害に係る精神的損害を峻別することも相当でないから,原告らの上記主張には理由がない。避難等対象者に関する中間指針は,避難等対象者に生じた精神的苦痛を様々な事情をも総合的に評価する趣旨であることが明らかである。過去の裁判例においても,特定の原因事実によって各種・多様な形での精神的損害を被ることが想定される場合に,それぞれの精神的苦痛のあり様を格別に区分して一慰謝料額を算定することは行われていないのであって,個々人の主観的事情を格別に細分化して賠償額を算定することは,かえって全体としての評価が不十分になったり,事案による不均衡が増大することにもなって,相当でない。結局,中間指針が定める慰謝料は,原告らが列挙するような事情をも総合的に考慮した上で,合理的かつ相当な金額として定められており,別途,コミュニティ侵害に係る慰謝料として追加的な慰謝料が発生するものではないと解される。
 本件でも,中間指針等が定める精神的損害額を超える損害は発生していないから,原告らの上記主張には理由がない。

 (5) 既払金の充当(弁済の抗弁)について

 ア 被告東電は,直接請求において,子ども及び妊婦の自主的避難者に対し,中間指針等に基づき,①精神的損害と生活費の増加費用等を一括した一定額として,平成23年分の40万円及び平成24年1月から同年8月分の8万円(一人あたり合計48万円)を賠償するとともに,②中間指針等に定める考え方をさらに一歩進めて,妊婦・子どものうち実際に自主的避難を実行した者に対しては,「追加的費用」として平成23年分の20万円及び平成24年1月から同年8月分の4万円(一人あたり合計24万円)を賠償している。したがって,上記①の「精神的損害と生活費の増加費用等を一括」した一定額のうち,本件訴訟において認定される妊婦・子どもの慰謝料額を超える部分,及び上記②の「追加的費用」については,妊婦・子どもが現実に費用を負担していなければ,実際に費用を負担したと認められる同伴者や保護者たる原告の損害に充当されるべきである。

 イ 本件訴訟において,原告らは,精神的損害に対する賠償,生命身体損害に対する賠償及び就労不能損害に対する賠償など特定の賠償項目以外の損害項目については,出捐者若しくは世帯代表者の損害として整理し請求しており,このような整理をすることについては,裁判所及び全当事者間において共通認識とされているものである。このような状況においては,原告らが,精神的損害に対する賠償,生命身体損害に対する賠償及び就労不能損害に対する賠償など特定の賠償項目以外の損害項目について,出捐者ないし世帯代表者の損害として請求している以上,被告東電が同一世帯の構成員に支払った費用についてはその全額が弁済の抗弁の対象とされるのが相当である。

 ウ したがって,子どもに支払った上記①②のうち,精神的損害に対する賠償を除く部分については,その全額が出捐者もしくは世帯代表者が請求する損害に充当されるべきである。また,本作訴訟において,原告とされていない世帯構成員に対し支払った追加的費用に相当する賠償金についても同様にその全額が出捐者若しくは世帯代表者が請求する損害に充当されるべきである。

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 (被告国の主張)

  (1) 中間指針等の合理性について

 100mSv以下の低線量被ばくについては,健康への影響があるとしても,その健康影響は,他の要因による影響に隠れてしまうほど小さいため,原告らが主張する「年間1mSvを超える線量が測定された地域から避難すること」により生じた損害ほ,本件事故との間に相当因果関係が認められない。
 また,中間指針等は,審査会における法律,医療又は原子力工学等に関する学識経験を有する者による審議を経た上で策定されたものであり,低線量被ばくに関する合理的な知見を基に設定した避難区域等を前提として,自動車損害賠償責任保険における慰謝料や民事交通事故訴訟損害賠償額算定基準による期間経過に伴う慰謝料の変動状況等を参考に賠償額を定めていることから,裁判規範ではないものの,合理性を有する。
 それに加えて,中間指針等に関する策定経過からすれば,被災者救済に力点を置いた政策的判断も加味されていることから,一般的に認められている損害賠償の範囲や額と比較してみると,中間指針等には賠償の範囲や額として,被災者に配慮したものであり,被災者ごとに生じた個別の特別事情についても,中間指針等で示された賠償範囲や額で,十分補填されているといえ,中間指針等で示された賠償の範囲を超える部分については,特段の事情がない限り,本件事故との間に相当因果関係が認められる損害とはいえない。なお,被告国が二次的かつ補先的責任を負うにすぎないことに照らせば,被告国の賠償責任の範囲や額も,被告東電のそれと常に同額になるとは限らない。

  (2) 被告国が定めた避難指示区域等の設定基準に合理性があること

 被告国は,本件事故後,年間積算線量20mSvをもって,避難指示区域等を指定したり,解除したりする基準としているが,これは,被告国が平成23年3月21日のICRPによる勧告を踏まえ,2007年勧告の緊急時被ばく状況の参考レベルである20~100mSvの下限値を適用することが適切であるとの原子力安全委員会の判断(ICRPは,2007年勧告で示したかかる考え方が本件事故後の状況にも適用されることを平成23年3月21日にコメントしている。)を踏まえて決定した基準であって,合理性を有する。

  (3) 裁判例においても,単なる漠然とした不安感は直ちに賠償の対象とはされていないこと

 最高裁判例や下級審裁判例は,客観的根拠を伴わない主観的利益侵害を認めることに消極的であって,人格権や,法的保護に値する利益への侵害を認めるに当たって客観性を求めており,健康リスクに対する侵害を認めるに当たっては,抽象的な危険では足りず,具体的な危険,すなわち,客観的ないし科学的根拠により被害の生じる蓋然性を求めているということができる。

  (4) 各地域における賠償の考え方について

    ア 自主的避難等対象区域の居住者に対する賠償の考え方について

 (ア) 自主的避難等対象区域は,福島県内にあって,1年間の積算線量が20mSvに達するおそれのない地域であり,平成23年12月6日,中間指針第一次追補において,賠償の指針を示すために設定された。これは,損害賠償の対象とするという観点から設定された一定の地域であり,平成23年3月から同年4月にかけて,住民の家全を確保すべく,避難のために設定された,避難指示等対象区域とはその性質を異にする。

 (イ) 自主的避難等対象区域の住民について,本件事故前以上の放射線に被ばくしたとしても,このような低線量被ばくによる健康影響は,他の要因による影響に隠れてしまうほど小さいと考えられることからすると,本件事故により自主的避難等対象区域の住民が放射線に被ばくしたことについて不安感を抱き,精神的苦痛を感じたとしても,一般不法行為法のみの観点から検討した場合には,自主的避難等対象区域の住民が受けたであろうと推測される放射線の被ばくは極めて小さいと評価すべきものであるから,慰謝料の発生を認める程度の精神的損害が直ちに発生するとはいえない。

 (ウ) まず,自主的避難等対象区域内の住民が,本件事故により放射線に被ばくしたことに対して何らかの不安感を抱いたとしても,その健康影響が他の要因による影響に隠れてしまうほど小さいと考えられるような低線量被ばくに対するものである上,地震・津波による自主的避難者も含め,平成23年3月15日時点における人口に占める自主的避難者数(地震・津波による自主的避難者数を含む。)割合は,いわき市4.5%,郡山市1.5%,二本松市1.1%,福島市1.1%であり,田村市0.1%,小野町0.1%など1%に満たない市町村も含まれていた。

 (エ) 中間指針等は,原賠法18条に基づき,文部科学省に設置された審査会が,福島第一,第二原子力発電所事故に係る原子力損害について策定した,原子力損害の賠償に関する紛争について原子力損害の範囲の判定の指針その他の当該紛争の当事者による自主的な解決に資する一般的な指針である。このような指針の公表は,当事者の自主的な紛争解決を促進し,被害の早期画復に資するとともに,裁判所に民事訴訟が殺到することによる民事司法全体の機能不全を予防することができるなどといわれている。センターは,審査会のうち和解の仲介の手続を実施する組織の呼称であるが,センターが和解の仲介を行うに際して,審査会が定める指針を適用するに当たり,多くの申立てに共通すると思われる問題点に関して,統一的な解決を図ることを確保し仲介委員が和解の仲介に当たって参照するための基準となる総括基準が策定され,これを示して和解仲介が行われている。

 (オ) 被告東電は,中間指針等や総括基準を十分尊重し,適切な賠償をしており,対象者の要望に応じて対象者が被告東電から賠償を受けるに当たって必要な請求書類を送るなどして,迅速かつ公平な賠償に努めている。中間指針等を踏まえ,多数の和解が成立している現在,中間指針等の果たしている役割は大きい。そして,中間指針等は,原賠法に基づく本件事故に関する損害賠償の範囲について,一般の不法行為に基づく損害賠償請求権における損害の範囲と特別に異なって解する理由はないとして,被災者の早期救済のため等の政策的観点も加味された上で,相当因果関係があるものとされる損害の範囲について指針を示している。
 このため,本件においては,中間指針等の前記性質を十分に踏まえた上で,別途,相当因果関係の存否や損害額が認定されるべきであるし,既払金のある場合には,これを損害額から控除するとともに,慰謝料の算定に当たって,早期に十分な被害回復のなされたことが考慮されるべきである。

 (カ) 以上のとおり,自主的避難等対象区域の住民についての賠償は,本件事故当初の特殊性を考慮すべきであり,少なくとも避難に伴う高額な損害の賠償を認めるのは相当でない。

   イ 避難指示等の対象区域の居住者に対する賠償の考え方について

 (ア) 避難指示等対象区域は,福島第一原発から30km圏内にあったり,本件事故発生から1年間の積算線量が20mSvを超えると推定される空間線量率が続いている地点等であって,政府により,避難指示等が出されたり,自主的に避難することが求められた区域である。これまで述べてきたとおり,100mSv以下の放射線に被ばくすることにより,健康被害の生じることが科学的に証明されていないことによれば,本件事故前以上の放射線に被ばくしたことのみをもって,避難指示等対象区域の住民が,通常避難するとはいえないが,これらの地域については,政府の指示等があるため,これを踏まえると,当該区域内の住民は,通常の場合,避難することになると考えられる。

 (イ) そのため,仮に,被告国の行為に違法性が認められた場合には,避難に伴って生じた精神的損害は,避難に必要かつ相当と認められる限り,被告国の行為との間に相当因果関係のある損害と認められるとしてもあながち不合理とはいえない。このため,本件においては,精神的損害について,中間指針等の内容を踏まえつつも,適切な慰謝料額が算定されるべきである。また,被告国の支援の下,被告東電が,中間指針等を尊重し,適切な賠償を早期に行っていることや,対象者の要望に応じて,対象者に請求書類を送付するなどして早期の賠償に努めていることは,慰謝料の算定に当たっても,十分に考慮されるべきである。

 (ウ) 避難者は,突然の事故によって,平穏な日常生活とその基盤を失い,避難による不便な生活を余儀なくされるとともに,帰宅の見通しが不透明なことについて不安を抱くため,精神的苦痛を受けると考えられる。他方,避難者は,本件事故による身体的傷害や健康被害を負っておらず,これらに伴う肉体的苦痛や精神的苦痛を受けていない。また,避難者は,実際に,入通院等を余儀なくされていないので,入通院を余儀なくされる場合に比し,時間や行動の制約は小さい。さらに,避難生活の長期化に伴い,当面の間避難を継続することを前提とした生活基盤が整備され,避難者が避難先の生活に徐々に適応することにより,前記のような精神的苦痛は相当に軽減されていくと考えられる。これらの事実に照らすと,避難者の受ける精神的苦痛は,交通事故のため入通院を余儀なくされた被害者に比しても,相当に小さいはずであり,自動車損害賠償責任保険における慰謝料(日額4200円,月額換算12万6000円)より低額であっても不合理ではない。

 (エ) 中間指針等では,避難指示等の対象区域住民の受けた,避難に伴う精神的苦痛の損害額として,福島第一,第二発電所事故から6か月間(第1期)は一人月額10万円(避難所等における避難生活をした期間は,一人月額12万円),その後の避難指示区域の見直し時点まで(第2期)は一人月額5万円,その後の終期まで(第3期)は避難指示解除準備区域,居住制限区域に設定された地域は一人月額10万円を目安として賠償することとされている。なお,第2期については,実際には,一人月額10万円が支払われている。このような中間指針等の内容は,通常はさほど高額となるものではないとされている生活費増加費用が含まれているとしても,十分なものである。加えて,前記の損害算定期間の終期について,中間指針等では,①避難指示区域については,解除等から1年間を当面の目安とする,②平成23年9月に区域指定が解除された緊急時避難準備区域については,支払終期は平成24年8月末までを目安とする,③特定避難勧奨地点については,避難指示等の解除後3か月間を当面の目安とするとされており,帰還やその後に安定した生活を営むために一定の期間を要することを踏まえても,中間指針等では,十分な慰謝料額が認められているということができる。

   ウ 区域外居住者の精神的苦痛に対する賠償の考え方について

 (ア) 中間指針第一次追補は,その策定の段階で自主的避難等対象区域内に住居があった者等に対する損害賠償を検討するに当たり,福島第一原発の状況が安定していない状況下で,放射線被ばくへの恐怖や不安,同発電所からの距離,避難指示等対象区域との近接性,政府や地方公共団体から公表された放射線量に関する情報,自己の居住する市町村の自主的避難の状況等を踏まえ,総合的に考慮され,被災者救済という政策的観点も加味した上で賠償が認められるべき一定の類型とその場合の賠償額等を示したものである。中間指針第一次追補は,可能な限り早期に一定の指針を示すという観点から示したものであり,同追補以降において,自主的避難等対象区域の追加設定や,区域外居住者に対する賠償については,新たな指針として示されていない。

 (イ) 避難指示等対象区域及び自主的避難等対象区域以外の区域では,自主的避難等対象区域と同様,1年間の積算線量が20mSvに達するおそれがなく,本件事故前以上の放射線に被ばくしたとしても,このような低線量被ばくによる健康影響は,他の要因による影響に隠れてしまうほど小さいと考えられることを前提とすると,前記のような科学的根拠を伴わない主観的利益や,現実化する客観的な蓋然性を欠くような生命・身体に対する危険を保護していない裁判例の枠組みと整合的なものということができる。従前の裁判例の枠組みに照らせば,このような区域外居住者が放射線被ばくによる健康被害に対する精神的苦痛を感じたとしても,それは危険が現実化する客観的な蓋然性を伴わない漠然とした恐怖感や不安感程度のものにはかならず,慰謝料の発生を認める程度の精神的苦痛とはいえない。

 (ウ) したがって,区域外居住者に対する相当因果関係のある損害に基づく賠償として直ちに認めることはできない。

  (5) 本件訴訟に率いて,直接請求やADR手続における運用を根拠として財産的損害の損害額を算定する原告らの主張は理由がないこと

 ア 原告らは,被告国が審査会指針,ADR総括基準,ADR手続における運用基準及び直接請求の基準によることを否定してこれを下回る損害額算定を主張することは,原賠法18条の予定するところではないことや,信義則や禁反言の法理にも反していることから,許されないなどとして,本件訴訟においても,これら基準に基づいて損害額を算定すべきである旨主張する。

 イ しかしながら,ADR手続は,飽くまで,当事者が和解を目的とするなど自主的に紛争を解決することに同意している場合の解決方法であり,相手方の意思に反してでも強制的に紛争を解決しようとする民事訴訟とは全く性質の異なるものであるから,ADR手続における運用が,民事訴訟手続においても当然に妥当するものではない。また,審査会は,原子力損害の賠償に関する紛争について,和解の仲介を行う事務及び当該紛争の当事者による自主的な解決に資する一般的な指針を定める事務を行うものであり,センターは,審査会のもとで,原子力損害の賠償に関する紛争について和解の仲介の手続を実施する組織である。このような審査会及びセンターの法的な位置づけからすれば,審査会が定めた中間指針等及びセンターが定めた総括基準はいずれも自主的な紛争解決手段であるADR手続において迅速かつ柔軟に紛争を解決するための指針ないし基準としての性質を有するにすぎず,その内容が合理的であるとはいえ,強制的な紛争解決手段である民事訴訟手続において当然に適用されるわけではない。
 また,前記の点をおいたとしても,中間指針等及び総括基準の各規定のうち,政府による避難等の指示等があった区域の居住者又は避難等対象者とみるべき特段の事情を有する者を適用対象とするものを,自主的避難等対象区域や区域外からの避難者である原告らにも一律に適用して,その損害額を算定すべきとするものであり,中間指針等及び総括基準の適用対象を明らかに誤ったものである。

 ウ また,ADR手続における運用基準についても,ADR手続における和解事例は,飽くまで当該事案の具体的内容を踏まえた仲介委員の個別判断の結果であるから,ADR手続において,中間指針等及び総括基準のほかに,原告らが主張するような仲介委員が一律に参照すべき基準は存在しない。また自主的な紛争解決手段であるADR手続における和解事例が,強制的な紛争解決手段である民事訴訟手続における損害額算定の基準となるものではないことは前述のとおりである。

 エ さらに,直接請求についても,飽くまで,当事者が自主的に合意することを前提とした紛争解決方法であり,相手方の意思に反してでも強制的に紛争を解決しようとする民事訴訟とは全く性質の異なるものであるから,直接請求における運用が,民事訴訟手続においても当然に妥当するものではない。また,経済産業省資源エネルギー庁が平成24年7月20日に発出した「避難指示区域の見直しに伴う賠償基準の考え方」において,「より多くの住民が簡便かつ迅速に賠償金の支払いを受けるための選択肢を提供するもの」と記載されていることからも明らかなとおり,直接請求基準は,直接請求において,被告東電及び請求者が簡便かつ迅速に合意するための基準を示したものであって,合意によらずに紛争を解決する民事訴訟手続において適用されることはそもそも予定されていないというべきである。
 さらに,避難指示等対象者を適用対象とする直接請求基準を,自主的避難等区域や区域外からの避難者である原告らにも適用して,その損害額を算定すべきとするものであり,直接請求基準の適用対象を明らかに誤ったものである。

 オ 小括
 以上のとおり,ADR手続や直接請求における運用は,本件訴訟において適用されるものではない。

  (6) 原告らにおいて,現実に出捐した金額(実費)を個別具体的に主張立証しなければならないこと

 ア 原告らが,本件訴訟において,積極損害の発生を主張する場合,領収証等による損害額の立証が不可能ないし著しく困難であるといった特段の事情がない限り,現実に出捐した金額(実費)を個別具体的に主張立証する必要があるというべきであるし,前記特段の事情が認められる場合であっても,可能な限り客観的な証拠たよる立証がされ,これを踏まえた損害額の推認がされるべきである。

 イ これに対し,原告らは,避難生活の際に発生した損害の証拠を適切に収集保管することは著しく困難であって,逐一,領収書を保管し,それがどの出捐に結びつくものであったかを整理しておくことは,大変な作業と困難を被害者である原告らに負わせるものであって相当ではないなどと主張する。
 しかしながら,積極損害の発生を主張する場合,領収証等による損害額の立証が不可能又は著しく困難であるといった特段の事情がない限り,現実に出捐した金額(実費)を個別具体的に主張立証する必要があるというべきところ,原告らの主張によっても,原告らが避難をしたことそれ自体をもって,直ちに領収証等の収集が不可能ないし著しく困難であると認められるものではない。また,原告らは,領収証等の証拠の保管及び整理に大変な作業と困難が伴うとも主張するが,このような原告らの主張が証拠の収集の困難性をいうものでないことは明らかであるし,ここで指摘された点は,不法行為によって被害を受けた被害者が損害賠償請求をする場合を含め,民事訴訟手続にすべからく当てはまるのであって,本件訴訟においてのみ具体的な証拠を不要としてよいと解することができる理由となっていない。
 もとより,原告らが主張する積極損害に係る事実関係は,被告ら側で当然に把握できる性質のものでなく,積極損害に係る証拠は,被告らが保有していないことはもちろんのこと,収集すること自体が不可能な性質のものであり,被告らにおいて不利益を甘受すべき実質的理由はない。
 したがって,原告らの前記主張は理由がない。

 ウ なお,原告らは,直接請求やADR手続では,被害者側の立証責任を軽減しているとした上で,本件訴訟においても原告らに厳格な損害立証を要求すべきでない旨主張するが,本件訴訟の原告らの中には,ADR手続の申立てをした者も含まれているところ,かかる原告らがADR手続において提出した資料によれば,前記原告らが,ADR手続において多数の領収書等の証拠を提出していることが認められる。このことからすれば,ADR手続において,領収書等の証拠を提出することなく和解が成立しているとは到底認められず,むしろ,同手続においても,相当程度厳格な損害立証が要求されていることがうかがわれるところである。

  (7) 積極損害の各費目について

   ア 交通費,一時帰宅費用について
 避難等対象者を対象とする直接請求において被告東電が使用している標準交通費一覧表等は,被告東電が,中間指針等を踏まえて,避難等対象者に対する賠償を迅速に実現するために設けたものであり,原告らのうち避難等対象者でない者に当然に適用ないし準用されるものではない。
 また,仮に,原告らが主張するように,ADR手続において,前記標準交通費一覧等に基づいた内容の和解が成立しているとしても,前記で述べたとおり,ADR手続及び直接請求における運用が,これらの手続とは全く異質の民事訴訟手続においても当然に妥当するものではない。
 むしろ,原告らが,本件訴訟において,交通費,一時帰宅費用に係る損害の発生を主張する場合,領収証等による損害額の立証が不可能ないし著しく困難であるといった特段の事情がない限り,現実に出捐した金額(実費)を個別具体的に主張立証する必要があるというべきである。このことは,中間指針において,実費を損害額とするのが合理的な算定方法と認められるなどとされていることからも裏付けられるものである。
 そして,本件の場合,原告らは,交通費,一時帰宅費用の各損害額を立証するに当たり,前記のような特段の事情があることを何ら主張立証していないのであるから,これら損害額の算定方法に係る原告らの前記主張に理由がないことは明らかである。

   イ 生活費増加費用について
 原告らが主張するように,ADR手続において,原告らが主張するような運用に基づく内容の和解が成立しているとしても,前記のとおり,ADR手続における運用が,ADR手続とは全く異質の民事訴訟手続において当然に妥当するものではなく,領収証等による損害額の立証が不可能ないし著しく困難であるといった特段の事情がない限り,現実に出捐した金額(実費)を個別具体的に主張立証する必要があるというべきである。
 したがって,生活費増加費用の損害額の算定方法に係る原告らの前記主張に理由がないことは明らかである。

   ウ 財物損害について
 被告東電が避難指示等対象区域内に存在する財物について定めた基準は,中間指針において,財物の管理が不能等となったため,当該財物の価値の全部又は一部が失われたと認められる場合のほか,財物の種類,性質及び取引態様等から,平均的・一般的な人の認識を基準として,本件事故により当該財物の価値の全部又は一部が失われたと認められる場合について指針が示されたことを踏まえて定められたものである。したがって,そもそも,避難後の住居が避難前の住居に比べて狭小である等の理由により,避難前の家財の大半を避難前の住居に残置してきたような事情がある場合の賠償基準を定めたものではない。したがって,原告らの前記主張は,その前提を欠くものというほかなく,理由がない。
 また,仮にこの点をおいたとしても,避難指示等対象区域外に存在する財物の場合,避難指示等によってその管理が不能等になったとは認められず,また,避難指示等対象区域外において通常想定される程度の量の放射性物質へのばく露をもって,直ちに財物の価値が喪失又は減少するともいえないのであるから,原告らが,本件訴訟において,避難指示等対象区域外に存在する財物につき,財物損害を主張する場合,少なくとも,財物の種類,性質及び取引態様等から,平均的・一般的な人の認識を基準として,本件事故により当該財物の価値の全部又は一部が失われたと認められることを個別具体的に主張立証する必要があるというべきである。

   エ 就労不能損害(逸失利益)について
 ADR手続における運用が,ADR手続とは全く異質の民事訴訟手続において当然に妥当するものではないことは前記のとおりであって,就労不能損害の損害額の算定に当たり,避難先等における就労によって得た利益や給与等は控除されるべきである。そうすると,前記総括基準は,政府指示による避難者を対象・射程として,避難を余儀なくされたことによる営業損害や就労不能損害についての取扱いを認めたものにすぎないということができるから,同基準に基づき,原告らのうち避難等対象者でない者についても,就労不能損害の損害額の算定において,避難後の収入を控除すべきでないとする原告らの主張に理由がないことは明らかである。
 したがって,避難等対象者でない者に係る就労不能損害の損害額の算定に当たっては,原則どおり,避難先等における就労によって得た利益や給与等は控除されるべきである。

   オ 地域コミュニティ侵害による慰謝料について

 (ア) 国家賠償は,現実に被害者に生じた損害を金銭で填補する制度であるから,その損害額は,現実に生じた損害を正当に評価,算定したものでなければならず,原告らは,請求原因事実として,個々具体的な損害の内容を摘示し,損害項目ごとに損害額を明示すべきものである。また,訴訟における防御の観点から見ても,損害の発生原因事夷が具体的に主張立証されなければ,被告は適切な防御を尽くすことができない。
 これを本件についてみると,原告らが本件事故前に属していた「地域コミュニティ」の内実は個別の原告ごとに異なるはずであり,そうである以上,原告らが地域コミュニティ侵害による損害を請求するに当たっては,個別の原告ごとに侵害された「地域コミュニティ」の内容を具体的に主張立証する必要があるというべきところ,本件訴訟において,原告らは,地域コミュニティ侵害による損害の内容につき,「地域の各種の共同体は,生活費代替機能,相互扶助・共助・福祉機能,行政代替・補完機能,人格発展機能,環境保全・自然維持機能等,広範,多面的,複合的な役割・機能を果たしており,地域住民は,個人として,或いは,集団として,これら各種の共同体が果たす機能から得られる利益を享受している。地域住民にとっては,これらの利益の総体が保護の対象となるべき法的利益となる。しかし,本件事故の発生により,避難した住民は,この総体としての法的利益を享受することができなくなった。また,地域に滞在した住民は,共同体が果たすこれらの機能が低下した中での生活を余儀なくされたり,これらの機能を維持し又は回復するための様々な負担を強いられたりすることとなった。と抽象的に主張するにとどまっている。
 そもそも人が生活する上で,生活空間である地域との結付きを否定することはできない。原告らの主張は,原告ら各自の生活利益の一面を殊更に強調するものであって,その本質は,原告ら各自の生活利益に解消されるべき性質のものである。
 結局のところ,原告らが主張する地域コミュニティ侵害なるものは,これを生活利益の侵害と切り離して独立に取り上げる必要はなく,原告らの主張は,主張自体失当というべきである。

 (イ) 原告らが主張するコミュニティ侵害なるものによる精神的損害は,既に中間指針尊で示している精神的損害に含まれていること
 仮に,前記の点をおいたとしても,以下に述べるとおり,原告らが主張するコミニティ侵害による精神的損害は,既に中間指針等で示している精神的損害に含まれていると考えられる。
 すなわち,中間指針は,「本件事故においては,少なくとも避難等対象者の相当数は,その状況に応じて,①避難及びこれに引き続く対象区域外滞在を長期間余儀なくされ,あるいは②本件事故発生時には対象区域外に居り,同区域内に住居があるものの引き続き対象区域外滞在を長期間余儀なくされたことに伴い,自宅以外での生活を長期間余儀なくされ,あるいは,③屋内退避を余儀なくされたことに伴い,行動の自由の制限等を長期間余儀なくされるなど,避難等による長期間の精神的苦痛を被っており,少なくともこれについて賠償すべき損害と観念することが可能である。したがって,この精神的損害については,合理的な範囲において,賠償すべき損害と認められる。」とし,避難等による長期間の精神的損害について包括的に考慮した上で,精神的損害の内容と賠償額等を示している。そして,中間指針では,第1期における避難等対象者の精神的損害について,「地域コミュニティ等が広範囲にわたって突然喪失」したことなども挙げられている上,中間指針第二次追補では,第3期における避難等対象者の精神的損害の内容として,「帰還困難区域にあっては,長年住み慣れた住居及び地域における生活の断念を余儀なくされたために生じた精神的苦痛が認められ」るとされ,さらに,中間指針第四次追補では,帰還困難区域又は大熊町若しくは双葉町の居住制限区域若しくは避難指示解除準備区域からの避難等対象者に対して言故郷を喪失する者への精神的苦痛部分を慰謝料として一括して賠償することとされた。中間指針に定める避難等に係る精神的損害は,避難等対象者が,避難を余儀なくされ,いつ自宅に戻れるか分からないという不安な状況に置かれることをも踏まえて策定されたものであり,中間指針第四次追補において賠償の対象となっている精神的苦痛,すなわち「長年住み慣れた住居及び地域が見通しのつかない長期間にわたって帰還不能となり,そこでの生活の断念を余儀なくされた精神的苦痛等」には,原告らが地域コミュニティ侵害による慰謝料として損害賠償の支払を求める精神的損害が含まれると考えられる。

 (ウ) このように,原告らが主張する地域コミュニティ侵害による精神的損害は,中間指針等で示された賠償の対象となっている精神的損害に含まれていると考えられるため,原告らは,特段の事情がない限り,中間指針等の範囲を超えて,地域コミュニティ侵害による慰謝料の支払を求めることはできない。

  (8) 被告国の責任の範囲は,第一次的責任者である被告東電に比して,相当程度限定されたものになるべきであること

 福島第一原発を管理・運営し,その利益を享受しているのは被告東電であり,被告国ではない。そして,被告国は,その設置等に際し,許認可をしたり,定期検査等をしているものの,これらは,被告東電の安全管理義務を軽減したり,免責するものではない。したがって,福島第一原発の安全管理は,一次的には,被告東電において行われるべきものであり,被告国は,これを,後見的・補充的に監督するにとどまる。
 そして,民法719条1項前段の共同不法行為が成立するためには,客観的に一個の共同行為があるとみられることが必要と解されるところ,被告国の規制権限の行使は,対象者の自由な活動に一定の制約を課し,不利益を与えるものであって,対象者に対し,責任や注意義務を軽減し,免責するという性格のものではなく,両者は次元を異にする責任である。また,被告国と被告東電では,安全対策の要否を検討するために必要な情報の収集や,これを分析する能力に大きな差があり,同じ情報を把握していたとしても,被告国と被告東電では検討に要する時間を異にする上,何らかの対策が必要との結論に達したとしても,それから,規制権限の行使に至るためには,様々な過程を経る必要のあることも考慮すると,被告国の規制権限行使と規制対象者である原子力事業者の不法行為との間に,客観的に一個の不法行為があるとみることはできない。
 そうすると,仮に被告国の規制権限不行使について,国賠法1条1項の違法が認められるとしても,これと被告東電の不法行為は,共同不法行為とはならず,単に不法行為が競合しているにすぎないこととなる。
 このような場合において,損害の公平な分担という損害賠償の基本理念に照らし,上記諸事情を勘案すると,被告国の責任の範囲は,第一次的責任者である被告東電に比して,相当程度限定されたものになるべきである。

  (9)まとめ

 以上のとおり,原告らは,本件訴訟において平穏生活権を侵害されたなどと主張して慰謝料の支払を求めているが,中間指針等は,裁判規範ではないものの合理的であって,被災者救済に力点を置いた政策的観点も加味されていることから,中間指針等は賠償の範囲や額としても被災者に十分配慮されたものであり,被災者ごとに生じた個別の特別事情についても,中間指針等で示された賠償範囲や額で,十分填補されているといえる。
 したがって,中間指針等で示された賠償の範囲を超える部分については,特段の事情がない限り,本件事故との間に相当因果関係が認められる損害とはいえないし,被告国が二次的かつ補完的責任を負うにすぎないことに照らせば,万が一,被告国の賠償責任が認められた場合にも,その責任の範囲は,被告東電に比して相当程度限定されたものになるべきところ,これまで被告東電が支払ってきた賠償額を超えるものではなく,既に弁済により填補されているというべきである。

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 2 各論


 (原告らの主張)

 原告らが具体的に主張する損害費目ごとの損害額及び既払額等は,別紙損害額等一覧表の各「原告(ら)主張」欄記載のとおり【省略】であり,精神的損害(慰謝料)の考慮要素として主張する事情は,別紙「原告ら個別主張一覧表」のとおりである(ただし,平成28年3月時点の事情である。)。


 (被告東電の主張)

 被告東電の主張は,前記1の総論で述べたとおりであり,各原告らに対する既払金についての主張は,別紙損害額等一覧表の「既払額」「被告東電主張」欄記載のとおりである。以下,各原告について,個別に認否又は反論を要する点について補充する【省略】。


 (被告国の主張)

 被告国の主張は,前記1の総論で述べたとおりである。その他,各原告に対する主張については,被告東電の各論における主張を概ね援用する。

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