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★ 京都地方裁判所 判決書 事実及び理由
 第2章 事案の概要等
 第4節 当事者の主張 第1 争点①(予見可能性の有無)について 

 別冊当事者の主張 (pdf)

第4節の目次 (判決書の目次はこちら)
 第1 争点①(予見可能性の有無)について
 第2 争点②(被告東電の責任)について
 第3 争点③(被告国の責任)について
 第4 争点④(避難の相当性)について
 第5 争点⑤(損害各論)について



第1 争点①(予見可能性の有無)について

 原告らの主張
 被告東電の主張
 被告国の主張



 (原告らの主張)


  1 予見可能性の対象津波について

(1) 福島第一原発は,全交流電源喪失事象(SBO)を機序として炉心損傷,放射性物質の漏出に至った。全交流電源喪失事象は,地震で外部電源が喪失したのち,津波の浸水(外部溢水)により,建屋地下1階に設置されていた非常用D/G,高圧配電盤等の電気機器が損傷し,非常用の電源が使用できなかったことを原因とする。そして,福島第一原発1号機ないし4号機の敷地高であるO.P.+10mを超える津波高の津波が到来すれば,敷地内が溢水し炉心損傷に至る。したがって,原告らは,予見の対象として,「福島第一原発1乃至4号機の敷地高O.P.+10mを超える津波(以下,「予見対象津波」という。)の発生」を主張する。予見の対象は,福島第一原発の敷地が溢水する現実的危険性のある津波である。そして,津波の到来により現実的危険が生じるには福島第一原発が存する面としての敷地であって,1地点ではない。そのため,「ある地点における〇メートルの津波」という特定ではなく,O.P.+10mを越える津波を予見できていれば,敷地が溢水する現実的危険性があり,予見の対象としては十分特定されている。

(2) 被告らは,当該予見の対象について,本件地震及びこれに伴う津波(O.P.+約11.5m~約15.5m),またはこれと同規模の地震及び津波が福島第一原発に発生,到来することと主張している。
 しかしながら,予見可能性は,あくまで被告らに被害に対する適切な結果回避措置を取ることを法的に要求するための前提であり,被告国との関係でいえば,「適時にかつ適切に」規制権限を行使して結果回避の現実的な可能性のある措置を取るべきという,作為義務の導出のための考慮要素である。したがって,予見の対象についても,被害の発生を防止する行為としての結果回避行為を義務づけるために必要な限度で特定されることが求められる法的な判断にすぎない。被告国の主張するような,現実に生じた事実経過を前提に結果発生の原因となる事象を予見するというのでは,まさに結果発生のメカニズムや事後た生じたことの因果を遡ってその原因事象の発生経緯や因果の流れを予見することまでを求めているものであって,何故に予見可能性の判断が求められているのかを正解していない主張といわざるを得ない。
 また,被告国の指摘する「波高」「浸水高(痕跡高)」又は「遡上高」は,実際に測定された,あるいは到来した津波の高さを表すものであるから,「予見対象津波」を津波高ではなく「波高」「浸水高(痕跡高)」又は「遡上高」で測ることは相当ではない。そして,「敷地高O.P.+10m」は,福島第一原発の護岸前面の高さを指すものではない。なぜなら,敷地が溢水する現実的危険性を有する津波は護岸前面から到来するとは限らず,護岸の周りから津波が回り込んでくることもあり,このように回り込んだ水により敷地が溢水する可能性があるからである。

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  2 津波の予見の時期について

 平成20年3~6月ころ,被告東電は,福島第一原発敷地南部でO.P.+15.7mの津波が到来することを試算した。しかしながら,この試算は,平成14年2月土木学会発表の津波シミュレーションの手法(津波評価技術)に,同年7月地震調査研究推進本部(以下「推進本部」という。)発表の「三陸沖北部から房総沖にかけての海溝沿い」の地震の知見(長期評価)をあてはめただけのものであり,試算に時間を要するものではない。
 従って,被告東電は,①平成14年内に,「予見対象津波」の発生を予見することが可能であった。また,被告国も,津波評価技術及び長期評価の策定に強く関わっており,同時期に「予見対象津波」の発生を予見可能であった。また,被告東電は,遅くとも②平成20年3~6月には「予見対象津波」の発生を認識予見していたし,被告国も予見可能であった。両者(①,②)は選択的主張の関係である。

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  3 平成14年に「予見対象津波」の予見が可能であったこと

   (1) 津波評価技術について

 平成5年北海道南西沖地震津波発生を契機に関係省庁により津波対策の再検討が行われ,一般の海岸施設の防災対策のために平成9年3月に「太平洋沿岸部地震津波防災計画手法調査報告書」(農林水産省ほか3省庁),及び「地域防災計画における津波対策強化の手引き」(以下,「手引き」という。農林水産省ほか6省庁)が公表された。「手引き」の発表以前においては,原子力発電所において既往最大の歴史津波および活断層から想定される最も影響の大きい津波を対象に設計津波を想定していたが,「手引き」は,「現在の知見により想定し得る最大規模の地震津波を検討し,既往最大津波との比較検討を行った上で,常に安全側の発想から沿岸津波水位のより大きい方を対象津波として選定するものとする。」とされた。
 以上の事情のもと,平成11年,原子力発電所の津波に対する設計の信頼性向上を目的として,土木学会原子力土木委員会の中に津波評価部会が立ち上がり,平成14年2月,同部会が,津波の波源や数値計算に関する知見,及び,技術進歩の成果をとりまとめ,原子力施設の設計津波の標準的な設定方法である「原子力発電所の津波評価技術」(以下「津波評価技術」という。)を公表した。「津波評価技術」は,「(電気事業者等)利用者が,対象地点に応じて,その時々の最新の知見・データなどに基づいて震源や海底地形などの計算条件を設定して,推計計算を実施することで」個別地点の津波水位を推計できるものである。従って,「津波評価技術」は,地震等の知見の進展に伴い,利用者が津波水位の再試算を行うことを予定していたものである。
 津波評価部会には,電力事業者のみならず,文部科学省防災科学研究所,経済産業省工業技術院地質調査所,及び,国土交通省土木研究所所属の委員が在籍し,「津波評価技術」の策定に関与した。また,「津波評価技術」の公表前,保安院原子力発電安全審査課技術班は,津波評価部会に対し,その内容の説明を求め,平成14年1月29日,津波評価部会の幹事会社であった被告東電が,回答を行っている。「津波評価技術」公開後,各電力事業者は,自主的に津波評価を行い,電気事業連合会にて取りまとめの上,保安院に対し報告するなどし,「津波評価技術」は,具体的な津波評価方法を定めた基準として定着し,電気事業者が規制当局に提出する評価に用いられており,「津波評価技術」は,被告国の関与のもと策定され,策定後は,単なる学会報告書を超えて,被告国の評価基準として使用されていたといえる。
 したがって,平成14年2月時点で,想定津波に基づき設計津波水位を評価する標準的手法である「津波評価技術」が策定され,当該「津波評価技術」は,地震等の知見の進展に伴い,利用者(電気事業者等)が津波水位の再試算を行うことを予定していたものである。もっとも「津波評価技術」自体は,せいぜい過去400程度の歴史記録に残っている既往最大地震・津波のみに依存しており,適切な想定ができないものであり,上記のとおり,知見の進展により再試算が予定されていたものである。

   (2) 長期評価について

   ア 長期評価の公表
 平成7年1月17日に発生した阪神・淡路大震災による甚大な被害を踏まえ,同年7月,全国にわたる総合的な地震防災対策を推進するため,地震防災対策特別措置法が議員立法によって制定された。推進本部は,地震に関する調査研究の成果が国民や防災を担当する機関に十分に伝達され活用される体制になっていなかったという課題意識の下に,行政施策に直結すべき地震に関する調査研究の責任体制を明らかにし,これを政府として一元的に推進するため,同法に基づき総理府に設置(現・文部科学省に設置)された政府の特別の機関である(特措法7条1項)。
 推進本部は,平成14年7月31日,その時点までの研究成果及び関連資料を用い,調査研究の立場から評価した「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」と題する報告書を公表した。長期評価は,日本海溝沿いのうち三陸沖から房総沖までの領域を対象とし,長期的な観点で地震発生の可能性,震源域の形態等について評価してとりまとめたものである。
 長期評価において,三陸沖北部から房総沖の海溝寄りのプレート間大地震(津波地震)の発生確率について,以下のとおり述べられている。すなわち,M8クラスのプレート間の大地震は,過去400年間に3回発生していることから,この領域全体では約133年に1回の割合でこのような大地震が発生すると推定される。ポアソン過程により,三陸沖北部から房総沖の海溝寄りのプレート間でM8クラスの地震が今後30年以内に発生する確率は20%程度,今後50年以内の発生確率は30%程度と推定された。重要なのは,長期評価においては,プレート間のM8クラスの大地震は,三陸沖で1611年,1896年,房総沖で1677年11月に知られているが,これら3回の地震は,同じ場所で繰り返し発生しているとはいいがたいため,固有地震としては扱われず,同様の地震が,三陸沖北部から房総沖の海溝寄りにかけてどこでも発生する可能性があると考えられていることである。
 被告東電は,平成20年3月,明治三陸沖地震の波源モデルを福島県沖の海溝沿いに置いた場合の津波水位を試算し,1~4号機側の主要建屋敷地南側の浸水高は最大でO.P.+15.7mという結果を得ている。これは,長期評価の考え方に忠実な試算といえる。
 このように,長期評価は2002(平成14)年の段階で日本海溝付近の広域において地震津波の発生の可能性があることを明らかにしていた。

   イ 長期評価の信用性
 長期評価は,①地震についての知見を一元的に集約し,地震防災に活かすために設置された被告国の推進本部が,②近代的観測に基づく地震・津波についての研究・分析,及び歴史記録に基づく歴史地震及び津波についての知見を土台として,③当時の第一線の地震及び津波の専門家を集めた海溝型分科会における充実した議論を経て,④1896年の明治三陸沖地震のような地震が三陸沖北部から房総沖の日本海溝寄りの領域内のどこでも発生する可能性があるとの結論に至ったものであり,高度の信頼性を有する。すなわち,長期評価は,著名な地震専門家が結集し,地震・津波の専門家が公の場で議論した末に合意に至った内容であって,信用性は極めて高い。
 この点,被告国は,長期評価における津波地震の整理には種々の異論が示されているなど信頼度にも限界があったから,長期評価に基づいて,被告国に予見可能性があったと認めることはできないなどと主張する。また被告東電も,長期評価の見解について専門家の間でも評価が分かれていたなどと主張する。
 しかし,既に述べたとおりであるが,そもそも推進本部は,地震に関する調査研究の成果が国民や防災を担当する機関に十分に伝達され活用される体制になっていなかったという課題意識の下に,行政施策に直結すべき地震に関する調査研究の責任体制を明らかにし,これを政府として一元的に推進するため,同法に基づき総理府に設置(現・文部科学省に設置)された政府の特別の機関である(特措法7条1項)。推進本部の設置の経緯,目的に基づいて公表された長期評価は,地震防災対策の観点から,防災を目的として集約した行政文書である。法令に基づいて被告国により設置され,地震防災対策の観点から調査研究がなされて公表された,公的な判断である長期評価に基づいて,被告国及び被告東電に予見可能性が認められることは明らかである。

   ウ 長期評価の見解を活用すべきであったこと
 万が一にも重大事故を起こしてはならない原子炉施設の地震・津波に対する防護対策においては,長期評価の知見を重視し,速やかに原子炉施設の地震・津波に対する防護対策に反映させるべきであったことは言うまでもない。さらに,原子炉施設の地震・防護対策で要求される安全目標については,平成15年8月4日,原子力安全委員会安全目標専門部会が「安全目標に関する調査審議状況の中間取りまとめ」を公表したことがあげられる。「中間取りまとめ」において,安全目標として「原子力施設の設計・建設・運転においては,リスクが年あたり百万分の1を超えないように合理的に実行可能な限りの対策が計画・実施されるべき」ことが要求されている。長期評価の知見を,万が一にも重大事故を起こしてはならない原子炉施設の地震・津波に対する防護対策に反映させるべきであったことは「中間取りまとめ」からも明らかである。

   (3) 津波評価技術と長期評価について

 津波評価技術は,地震の波源モデル(断層モデル)を,解析コードに入力して,ある地点における津波水位を試算する方法論である。したがって,津波評価技術は地震に関する、新しい知見が発見されれば,これをもとに再計算を行うことが予定されている。そして,平成14年7月に公表された長期評価は,地震に関する新知見であった。被告東電は,後述するとおり,平成20年3月頃に,この知見に基づき,敷地南部でO.P.+15.707mの津波を試算している。そして,平成14年には同じ試算が可能であった。

   (4) 平成14年段階で試算が可能であったこと

 被告東電は,平成20年3月ころ,平成14年に公開されている「津波評価技術」と「長期評価」を用いて,福島第一原発第1号機乃至第4号機の敷地高(O.P.+10m)を超える津波が生じることを推定計算した。しかしながら,上記試算の根拠となる「津波評価技術」と「長期評価」はいずれも,平成14年に発表されている。従って,被告東電は,平成14年段階でこれらに基づく試算結果を知り得たものである。
 また,被告国及び被告東電は,平成14年の時点で,長期評価と津波評価抜術を組み合わせることで,福島第一原発において,O.P.+15.7mの津波の到来を予見できただけでなく,平成21年9月には,貞観津波の波源モデルに基づく試算によっても福島第一原発の敷地高を超える津波が到来することを具体的に認識していたし,平成20年3月にはその予見可能な程度の知見があった。
 また,被告東電は,平成14年3月には「津波評価技術」に基づく津波高試算を行い,平成18年には,「長期評価」の知見をもとに確率論的津波ハザード解析を行っていた。これらの事情からすれば,被告東電が,平成20年以前の段階で,平成14年2月の「津波評価技術」,及び,同年7月の「長期評価」の知見をもとに,津波高を試算することは極めて容易に可能であった。

   (5) その他の津波に関する知見の集積

   ア 貞観津波に関する知見の進展について
 貞観11年5月26日(869年7月13日)に発生した貞観地震に関しては,『日本三大実録』巻十六に記載がある通り,古くからその存在及び規模の大きさについて指摘されていた。そして,平成2年,東北電力(株)女川原子力発電所建設所の研究員による調査研究や平成13年の津波堆積物調査の調査により,平成14年までには,貞観津波の土砂運搬・堆積作用が仙台平野のみならず福島県相馬にかけての広い範囲で生じたこと,海岸線から3kmの地点まで津波が押し寄せていたこと,波高が極めて大きかったことが明らかになっていた。
 その後も調査研究があり,平成17年以降,文部科学省の委託による重点調査が行われ,東北大学などが福島第一原発の北約4kmで平成19年度に実施した津波堆積物の調査において,貞観津波を含む過去に5回の大津波が起きていたことが判明した。そして,平成20年ころには,貞観津波による石巻平野と仙台平野における津波堆積物の分布といくつかの波源モデルからシミュレーションを行った結果,プレート間地震で断層の長さを200km,幅100km,すべり7m以上の場合,津波堆積物の分布をほぼ完全に再現する研究結果が発表された。
 平成20年8~9月ころ,被告東電が,貞観津波(地震)の断層モデルを基に,津波評価技術を使用して,福島第一原発の波高を試算したところ,同年10月,福島第一原発でO.P.+8.6~9.2mという結果が出た。上記試算は平成20年3月には可能になっていた。

   イ 津波浸水予測図について
 平成11年に国土庁等は「津波浸水予測図」を作成しており,この予測図は,O.P+8.7mの津波によって福島第一原発敷地が広範囲に浸水することを明示していたのであるから,被告国は自ら津波水位の調査及び津波浸水予測をしていた。このように,被告国が,平成9年の「4省庁報告」「津波災害予測マニュアル」を経て,「津波浸水予測図」により,福島第一原発の建屋周辺がO.P.+8.7mの津波によって広範囲に浸水することを認識していた。津波浸水予測図は公開されており,当然に被告東電も該当事実を認識していた。

   (6) 被告国も被告東電と同様であること

 「長期評価」に基づき「津波評価技術」の波源モデルを流用することにより,平成14年段階で津波高の試算は可能であり,それは被告国にも妥当する。すなわち,「長期評価」及び「津波評価技術」のいずれも,被告国はその内容を認識し,知見を利用することが可能であった。
 また,被告国は,平成18年耐震設計審査指針改正を契機として,平成18年には調査を開始していたのであり,耐震設計審査指針の改訂は予見の契機となりえた。被告国による行政調査権限の行使方法は,平成18年9月19日「発電用原子炉に関する耐震設計審査指針」改訂による耐震バックチェックのみではなく,平成18年9月19日の「発電用原子炉に関する耐震設計審査指針」改訂以前より,津波に関する行政調査を行っていた。具体的には,被告東電を含む電気事業者,電事連,土木学会など利害関係者(規制される側)に指示して報告を求める方法,被告国の機関が調査を行う方法,外部団体に委託して調査研究を行う方法である。また,委託先には東電設計株式会社も含まれている。被告国は,以上の調査方法を駆使すれば,電気事業者である被告東電と同等以上の調査が可能であったといえる。
 平成18年5月11日に開催された溢水勉強会において,被告東電は,福島第一原発5号機が,O.P.+14mの津波により,電源喪失並びにメルトダウンに至る旨の報告を行っている。溢水勉強会は,国の機関である保安院と,独立行政法人である原子力安全基盤機構が立ち上げたものであり,溢水勉強会で報告された事項は,当然に被告国が認識した事項であるといえる。その上で,被告国は,海水ポンプを止めるような津波が来ればほぼ100%炉心損傷に至るという認識を示している。従って,被告国は,遅くとも平成18年5月11日の時点で,外部溢水により,全電源が喪失する事実並びに炉心損傷(メルトダウン)が生じる事実を,検証し認識していた。
 以上より,被告国は,平成14年には(遅くとも平成20年3~6月には)「福島第一原発1乃至4号機の敷地高O.P.+10mを超える津波の発生」を予見可能であった。

   (7) 小括

 以上のとおり,平成14年の時点までの間において,各知見が集積しており,被告国及び被告東電は,平成14年時点で(遅くとも平成20年3~6月には),長期評価と津波評価技術を組み合わせることで,福島第一原子力発電所において,O.P.+15.7mの津波の到来を予見できた。

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  4 シビアアクシデント(SA)の予見可能性

   (1) シビアアクシデントの定義

 シビアアクシデントとは,「設計基準事象を大幅に超える事象であって,安全設計の評価上想定された手段では適切な炉心の冷却または反応度の制御ができない状態であり,その結果,炉心の重大な損傷に至る事象」であり,シビアクシデント対策懈怠の過失についての予見の対象となる事実である。

   (2)シビアアクシデント対策の概要

 シビアアクシデント対策は,その事象を引き起こす特定の原因(地震,津波など)を予見することにあるのではなく,特定の施設について起こりうるシビアアクシデントを定量的に評価し,もって当該施設の安全性を評価するところにある。起因事象を想定する際,それを惹起する事実については,確率論的に評価を行う(確率論的安全評価,PSA)。原子力発電所で発生し得るあらゆる事故を対象として,その発生頻度と発生時の影響を定量評価し,その積である「リスク(危険度)」として把握する。

   (3)確率論的安全評価手法により,福島第一原発の起因事象である①SBO及び②崩壊熱除去系の損傷を予見できたこと。

 本件事故発生までに,国内外において,外部事象による過酷事故の予兆となる事故が発生していた。①平成11(1999)年12月 フランス・ルブレイエ原発電源喪失事故,②平成13(2001)年3月 台湾第三(馬鞍山)原発の電源喪失事故,③平成16(2004)年12月 インド・マドラス原発のスマトラ沖津波が原因による非常用海水ポンプが浸水し運転不能になった事故により,確率論的安全評価手法で津波PSAを実施していれば起因事象が①SBO及び②崩壊熱除去系の損傷であることを予見可能であった。
 また,保安院及び原子力安全基盤機構(JNES)が,平成18年1月,「溢水勉強会」を立ち上げ,内部溢水及び外部溢水に関する原子力施設の設計上の脆弱性の問題を検討したが,この勉強会での報告によると,津波PSAを行えば,溢水により,崩壊熱除去系の損傷及びSBOが生じる.可能性が高いことが予見できていた。
 事故時までに,日本において炉心損傷確率まで示した津波PSAは作成されていない。しかし,既に,SBO及び崩壊熱除去系の損傷に起因する事故,又は事故に至る可能性が高い旨の知見の蓄積があることから,仮に津波PSAを行っていれば,原告が本件事故の起因事象であると特定する起因事象SBO及び崩壊熱除去系の損傷が予見できていた。同起因事象とする炉心損傷も予見できていた。

   (4)予見可能の時期(被告東電,被告国)

 平成14年4月,原子力安全・保安院(平成13年1月発足)は,「アクシデントマネジメント整備上の基本要件について」を策定し,他方,被告東電ら電気事業者は,同年5月に,「アクシデントマネジメント整備報告書」を被告国に提出し,日本のシビアアクシデント対策は終了する。この段階では,事業者らは内的事象PSAしか行わなかった。
 国内外の知見の進展,事故事例の報告等により,遅くとも平成14年までには,被告らに,外部事象に起因するシビアアクシデント対策・規制の必要性についての予見義務が生じていたが,仮に被告らが津波PSAを行っていれば,福島第一原発第1号機乃至第4号機においては,SBO及び崩壊熱除去系の損傷により炉心損傷に至る可能性が高いことが予見できていた。

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 (被告東電の主張)


  1 予見可能性の対象津波について

 (1) 原告らは,本件における予見の対象として,本件津波ないしそれと同程度の津波の発生まで予見し得る必要はなく,敷地高である、O.P.+10mを超える津波が予見できれば,全交流電源喪失から炉心損傷等に至る現実的危険性があると主張する。しかしながら,原告らが主張する津波と実際に生じた本件津波とは程度も規模も異なるものであり,そのような仮想的な津波によって全交流電源喪失に至ることについての具体的な主張・立証はない。被告東電としても,配管破裂等に起因する内部溢水対策を講じるという見地から,本件原発について原子炉建屋階段開口部への堰の設置,原子炉建屋1階電線管貫通部トレンチハッチの水密化,原子炉建屋最地下階の残留熱除去系機器室等の入口扉の水密化に加え,タービン建屋についても,非常用電気品室エリアの堰の嵩上げ,非常用ディーゼル発電機室入口扉の水密化及び復水器エリアの監視カメラ・床漏えい検知機の設置等の様々な溢水対策を実施し,また,安全性向上という見地から,津波による浸水対策としても津波が発生した場合の浸水ルートになると考えられる海水配管ダクト内への止水壁の設置,海水配管ダクト内の配管及びケーブルトレイの止水処理等も講じたりしていた。
 したがって,仮に本件津波が敷地高を僅かに超える程度に遡上したとしても,それによって直ちに建屋開口部から内部に浸水し,水密化,堰等の溢水対策を超えて電源を被水させ,電源喪失に至るものではない。津波が本件原発の運転にどのような影響が生じるかは,遡上した津波が本件原発の設備・機器にどのような影響を与えるかによって決まるものであり,本件津波の程度に至らない津波が遡上したと仮定した場合に,いかなる場合に全電源喪失という本件事故と同様の事象に至るかについては不明であるといわざるを得ない。

 (2) また,溢水勉強会は無限時間の津波継続を仮定しており予見対象津波による機能喪失を基礎付けるものではないし,原告らの主張は結果回避可能性の観点からも問題がある。すなわち,本件事故は,まさに過去に想定されていなかった連動型巨大地震の発生により,最大でO.P.+15.5m,局所的にはO.P.+17mにも及ぶ浸水高をもたらした津波により,相当量の海水が圧倒的な水圧で一気に建屋地下まで浸水・冠水したことにより引き起こされたものであるから,たとえ被告東電において,原告らがいうような実際に起こった本件津波よりも規模の小さなO.P.+10m超の高さの津波を想定して何らかの対策を仮にとっていたとしても,そのような対策によって本件事故を回避することが可能であったとは到底いえない。

(3) したがって,本件において被告東電の結果回避義務を基礎付ける予見可能性
の対象としては,あくまで本件津波ないしそれと同程度の津波の発生と考えるべきである。

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  2 津波の予見可能性の程度

 (1) 予見可能性は,具体的な結果回避義務を導き出す程度の具体性が必要であり,津波の予測という不確かな自然現象に対する予見可能性について,単に抽象的な漠然とした危惧感や不安感で足りると解することはできない。原子炉施設の安全性評価においては,一定の代表的な事故発生原因(これを「設計基準事象」という。)を確定的に想定し,それに対してどれだけ十分な裕度をもって安全対策が講じられているかという見地からの評価がなされる。かかる評価手法は,想定する事故発生原因の発生確率を問題にすることなく(定量化することなく),常にその発生を前提にして安全性を検証することから,「確定論的安全評価手法」という(「決定論的安全評価手法」ともいう。)。地震や津波の予測については,試験や実験をすることができないため,専門家間においても様々な見解があり得るが,あくまで原発の安全性を評価する場面においては,上記確定論的安全評価手法の考え方に従って,後述する土木学会の策定した「津波評価技術」に基づき設計想定津波を確定的に想起することが必要となる。また,確率論的安全評価を行うためには,確率を算出するためのデータが一定数収集されていることが必要となるが,津波は発生頻度が低く,過去の津波の規模や態様を正確に再現することも極めて困難であるから,確率論的安全評価を行うにはデータの集積が不十分であると考えられていた。

 (2) したがって,かような原子炉施設の安全性評価の基本思想からしても,被告東電の結果回避義務を基礎付けるほどの予見可能性があったといえるためには,原告らの主張するような津波発生についての漠然とした危惧感や不安感では足りず,少なくとも,客観的かつ合理的根拠をもって設計基準事象として取り込めるほどの科学的知見が存したことが認められる必要がある。このことは,原子力委員会(当時)の定めた安全設計審査指針の解釈や,津波工学の専門家である今村文彦教授の見解からも裏付けられる。

 (3) これに対し,原告らは,本件訴訟において予見可能性を基礎づけるものとして各種の知見を挙げるが,一定の知見が集積されていたからといって,直ちに当該知見を設計基準事象として取り込むべきであったとか,その法的義務があったなどということはできない。この点については,原子力工学の専門家である山口彰教授も,知見が学問的に多数の学者による信頼を得ておらず,多数の学者に共通認識として浸透していなかったのであれば,その知見は,工学上は「Practically eliminated」として,実質的に考慮から排除されるリスクとして取り扱われ,事業者はこの知見に基づく措置を求められない旨述べている。被告東電も,長期評価の見解等については土木学会等とも協力しながら知見の深化のために不断の研究努力を重ねていたのであるが,本件訴訟において問題とされるべきは,当該知見が「被告東電をして客観的かつ合理的根拠をもって具体的な法益侵害の危険性を予見させるものであったか否か(それを踏まえて,直ちに設計基準事象として取り入れるべき法的義務を生じさせる程度のものであったか否か)」である。

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  3 津波の予見可能性がないこと

   (1)津波評価技術について

   ア 津波評価技術は合理的であると評価されていたこと
 「津波評価技術」は,2002年(平成14年)以降,本件事故以前の時点において「原子力発電所の設計基準としていかなる津波を想定すべきか」という観点から策定された津波評価方法を体系化した唯一の基準であり,以降,国内原子力発電所の標準的な津波評価方法として定着し,被告東電以外の原子力事業者も含めて,規制当局へ提出する際の評価にも用いられてきている。
 実際,IAEAなどに,国際的にも十分な科学的合理性を有するものとして認められている。本件事故後の現在でも,原子力発電所における津波に対する安全性評価はかかる「津波評価技術」に基づき行われており,本件事故後の現在でも,原子力発電所における津波に対する安全性評価はかかる「津波評価技術」に基づき行われている。

   イ 波源モデルについて
 (ア) 目本海溝沿いの震源については,沖合の日本海溝寄りの震域と陸寄りの領域に分け,さらに陸寄りの領域をいくつかの震源域に分けて考えるのが一般的である。そして,一般に地震とは過去に起きたものが繰り返し発生し,過去に発生しなかった地震は将来も起こらないとする考え方が一般的であり,東北地方南部のように1億年以上もの古いプレートが沈み込んでいる場所では,比較沈み込み学の見地から,M9クラスの地震はおろか,M8クラスの地震についても滅多に起こらないと考えられていた。加えて,地震時に大きなすべりを生じる場所は予め決まっているという考え方(アスペリティ・モデル)が1980年代に提唱され,福島県沖の海溝付近では,小さなアスペリティでさえ存在しないと考えられていた。なお,津波地震の発生メカニズムについては様々な議論があり,そのメカニズムはよくわからないというのが実情であり,本件事故後の今なお定説はない。
 したがって,福島県沖の海溝沿い領域で明治三陸沖地震と同規模の津波地震が発生するかどうかを判断,予見する上での理論的な基盤についても確立されているとはいえないものであった。

 (イ) そのため,「津波評価技術」では,以上のような科学的合理的知見に基づき,福島県沖海溝沿い領域は,大きな地震・津波をもたらす波源の設定領域として設定されていなかった。
 これは,原子力発電所の設計基準としてどの程度の津波を想定すべきかという観点から策定された「津波評価技術」の目的,性質に照らせば,当該領域から発生する津波について,設計上考慮する必要はない(当該領域に基準断層モデル(波源モデル)を設定する必要はない)と考えられていたことを示している。そして,福島県沖で発生する可能性のある地震の波源としては,陸寄りの領域である塩屋崎沖で発生した福島県東方沖地震(M7.5クラス。陸寄りの領域で発生する地震は海溝沿いの領域で発生する地震と比較してさほど大きな津波を生じさせない。)が最大であると考えられていた。

   ウ「津波評価技術」が過去400年の記録上の既往最大地震・津波しか考慮しておらず,不十分であるとの点について
 原告らは,「津波評価技術」が,せいぜい過去400年程度の歴史記録に残っている既往最大地震・津波のみに依存しており,適切な想定ができないという問題点があると主張する。
 しかしながら,まず前提として,特定地点における津波評価を行うにあたり,過去の客観的記録から確認できる既往最大地震・津波の波源モデルを基にすること自体は何ら不合理ではない。この点については,原告らも依拠する日本原子力学会が本件事故後に発表した事故調査報告書においても,「土木学会が歴史津波に基づいて津波高の評価式を策定したことはごく普通のこと」とされている上,国際原子力機関(IAEA)も,「津波評価技術」が「文献調査による対象地点の主要な既往津波の抽出」からスタートすることを含めてIAEA基準に適合する基準の例として参照しているところである。また,前述したとおり,原子力安全委員会が定めた安全設計審査指針においても,原子炉の設計基準事象として考慮すべき「自然条件」の定義として「過去の記録の信頼性を考慮の上,少なくともこれを下回らない苛酷なものであって,かつ,統計的に妥当なものとみなされるもの」とされている。長期評価も,たとえば三陸沖中部の領域について「この領域については,現在知られている資料からは,規模の大きな地震は知られていないため,将来の大地震の発生の可能怪もかなり低い」と評価するなど,軌を一にする考え方に則っている。
 また,原告らは,あたかも「津波評価技術」が,過去400年間の既往地震・津波を超える津波を一切想定していないかのように主張するが,この点も全く事実に反する。むしろ,「津波評価技術」は,4省庁報告書等が既往最大津波のみならず想定最大津波も考慮すべきとしたのを受けて,まさにそこにいう想定最大津波を評価するための手法として策定されたものである。実際,「津波評価技術」では,既往最大津波の波源パラメータを幾重にも変動させて評価地点に最もシビアとなる組み合わせを選定する過程を経ることとしており,その結果導き出される設計想定津波水位は,平均的に既往最大津波の痕跡高の約2倍となることが現に確認されているのである。したがって原告らがあたかも「津波評価技術」が極めて限定的で不合理な条件下で津波評価を行っているかのような主張をしているのは,明らかに誤りである。

   (2)津波の予見可能性に関する知見について

   ア 津波浸水予測図について
 原告らは,国土庁が1999年(平成11年)に作成・公表した「津波浸水予測図」において,6.7m又は8.7mの津波によって本件原発の敷地が浸水することが示されていたと主張する。
 しかしながら,「津波浸水予測図」は,格子間隔を100mとし(津波評価技術では5m),遡上計算において防波堤や水門等の防災施設や沿岸構造物を考慮していないなど,その精緻さは津波評価技術より大幅に劣るのであって(本件原発には高さ10mの防波堤があり,一般に浸水深は低くなる。),かかる津波浸水予測図に基づき敷地高を超える津波の襲来を予見し得たとの原告らの主張に無理があることは明らかである。また,どのようなデータからどのような判断過程でモデルを設定したのか不明であり,福島県沿岸の浸水実績・地震断層パラメーターの具体的な数値及び計算式も不明であり,設定したモデルの検証過程及び検証結果も不明であって,本件原発の浸水深をどのように算出したのか不明である。
 したがって,かかる津波浸水予測図は本件原発立地点において敷地高を超える津波襲来の予見可能性を基礎付けるものでない。

   イ 長期評価について

   (ア) 長期評価の不確定性
 長期評価は,あくまで海溝沿い領域における過去の既往地震の発生箇所が特定できず,「どこで起こったかわからない」ということを根拠として,どこでも起こり得るとして発生確率を計算したというにとどまり,それ以上の積極的・科学的な根拠に基づいて示されたものではなかった。
 また,地震発生の確率についても,ポアソン過程に基づき,北側の三陸沖も南側の房総沖も含めて全体で過去400年に3回発生しているから400÷3=133年に1度発生する,特定の領域で言えば,発生する地震の断層の長さが200kmとすると全体の領域の長さ(800キロm)の4分の1であるから,133年に1度×1/4=530年に1度発生する,という概括的な把握にとどまるものであり,本件原発への津波の影響を評価する上で必要となる波源モデルも何ら明らかにしていなかった。
 もとより,長期評価において「海溝沿い領域のどこでも起きる」とされた既往地震(1896年の明治三陸沖地震に加えて1611年の慶長三陸沖地震,1677年の延宝房総沖地震の計3つ)については,慶長三陸地震及び延宝房総地震については,「その発生場所がよくわからない」という中で,防災行政上の観点から「ひとまとめ」にされたものに過ぎず,実際には海溝沿い領域で起きた津波地震であるかどうか自体についても不明であるというのが実情であった。

   (イ) 信頼度について
 また,かかる長期評価を公表した地震本部も,長期評価公表の翌年3月に行った当該長期評価の信頼性に関する自己評価において,「評価に用いられたデータは量および質において一様ではなく,そのためにそれぞれの評価結果についても精粗があり,その信頼性には差がある」と前置きし,「三陸沖北部から房総沖の海溝寄りのプレート間大地震(津波地震)」の項目については,「発生領域」及び「発生確率」の各評価の信頼度をいずれも「C」(下から2番目)とするに留まった。そして,このような評価(信頼度C)については,地震本部がそれから6年後の本件事故直前に公表した2009年(平成21年)3月9日の長期評価の改訂版においても変更されていなかった。

   (ウ) 長期評価が採用されなかったこと
 さらに,長期評価の示した仮説(海溝沿い領域のどこでも起こり得る)は,上記のとおり積極的な科学的根拠に支えられたものではなかったことから,実際の防災対策において直ちに取り込めるようなものでもなく,政府の中枢機関である中央防災会議も,長期評価の公表から約3年半が経過した2006年(平成18年)1月に公表した日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する報告書において,具体的な防災対象の検討に当たって,長期評価の見解を採用しておらず,防災的な視点から対象地震を選定するという方針のもと,福島県沖海溝沿い領域における地震は,防災対策の検討対象とする地震とは扱われなかった。
 前掲「津波評価技術」を策定した土木学会の専門家の間でも,長期評価の見解を受けて「津波評価技術」を改訂すべきであるといった議論は特にされていなかった。
 また,長期評価の見解による影響を直接受ける可能性がある福島県も,津波想定において長期評価の見解を採用せず,茨城県の津波浸水想定においても,最終的には同県にとっての既往最大津波にあたる延宝房総沖地震について,中央防災会議のモデルに基づき独自のモデルを設定しており,長期評価の見解を踏まえていなかった。

   (エ) 波源を検討していないこと
 長期評価は波源について言及しておらず,津波評価技術は波源を全く異なる領域に移動させるなどという考え方に立脚していないから,長期評価と津波評価技術を組み合わせることはできないし,組み合わせても何らかの具体的な津波を予見しうるものではない。
 原告らは,長期評価と津波評価技術とを組み合わせればO.P.+10m以上の予見対象津波を予見することができた旨主張するが,そもそも長期評価は波源について検討しておらず,津波評価技術は波源の位置を自由に移動させるなどという考え方を採用しておらず,当然,本件事故前に明治三陸沖津波の波源を福島県沖海溝沿いに移動させるなどという考え方を公表している学者もいなかったのであり,長期評価と津波評価技術を組み合わせるなどという考え方は合理的でないばかりか,本件事故当時存在していない。

   (オ) まとめ
 長期評価が行った確率計算は,以上述べてきたとおり,福島県沖の日本海溝沿いに関して,過去に津波地震は発生しておらず,かつ,これが発生し得ることを示す具体的な学術的研究成果がない中で,防災的な観点から日本海溝沿いの南北の細長い区域をひとくくりにしてポアソン過程という手法を用いて確率計算を及ぼしたというものであって,「どこで起きたかわからないため,どこでも起き得ると仮定して確率計算をする」という認識をその基礎にしている。この点からも,長期評価は極めて一般的・抽象的な可能性に言及したにとどまり,福島県沖の海溝沿い領域において本件津波を招来するような大きな津波地震が発生することについての法的な予見義務を基礎付けるに足りる科学的知見であったとは評価し得ないものであった。したがって,長期評価の見解があくまで防災上の観点から構築されたもので,科学的合理的観点から地震・津波学者のコンセンサスを得たものでなかったことは明らかである。

   ウ 確率論的津波評価手法の研究とマイアミ論文について

 (ア) 原子炉施設の安全性評価においては,一定の代表的な事故発生原因、(設計基準事象)を確定的に想定し,それに対してどれだけ十分な裕度をもって安全対策が講じられているかという見地からの評価がなされる。かかる評価手法は,想定する事故発生原因の発生確率を問題にすることなく(定量化することなく),常にその発生を前提にして安全性を検証することから,「確定論的安全評価手法」(「決定論的安全評価手法」ともいう。)と呼ばれ,津波については前述した「津波評価技術」を用いて設計想定津波を導き,安全性を評価している。

 (イ) これに対して,シビアアクシデント対策と,その安全性を評価するための手法である「確率論的安全評価手法」は,元来,スリーマイル島原発事故やチェルノブイリ原発事故を契機として,機器の故障や人為的ミスといった「運転時の内的事象」を前提に研究・開発が進められてきたものである。かかる「運転時の内的事象」については,運転実績の蓄積により機器の故障確率や人為的操作ミスの発生確率の統計処理が可能であったことから,我が国においても平成4年頃には既に確率論的安全評価手法が確立されていた。しかし,自然現象のような「外的事象」については,過去の発生実績が乏しい上,手法の確立も不十分であったことから,津波と比較して相対的に研究の進んでいた地震ですら,本件事故時点でなお「確率論的安全評価手法」に基づく安全性評価の研究は未発達の状況にあった。ましてや,より研究未発達の状況にあった津波については,そのような「残余のリスク」としてすら考慮することは言及されていなかったというのが実情であり,かような状況は国際的にも特に変わるものではなかった。

 (ウ) また,マイアミ論文における確率論的安全評価手法に基づく津波解析は,前述のとおり同手法が研究・開発途上にある中で,あくまで確率論的津波ハザードの試行的な解析の域を出るものではなかった。したがって,かかるマイアミ論文も,被告東電の結果回避義務を惹起させるような津波の予見可能性を基礎付ける知見の進展であるということは出来ない。

   エ スマトラ沖地震とマドラス原発での溢水事故について
 スマトラ沖地震については,同地震はいくつかの陸寄りの領域で地震が複数連動したものであり,海溝寄りの領域と陸寄りの領域で異なるタイプの地震が連動して発生した本件地震とは性質が全く異なるものであった。したがって,スマトラ沖地震の発生後も「比較沈み込み帯」論自体は本件事故時に至るまでなお通説的な見解であった。さらに,マドラス原発での事故についても,低位置にあった海水ポンプを除いてプラント被害は発生しておらず,国際原子力事象評価尺度もレベル0(安全上重要でない事象)に分類されているに留まる。かかるスマトラ沖地震の発生やマドラス原発での事故は,本件原発立地点とは全く異なる場所で発生したものであり,本件原発における設計基準津波の考え方に何らかの変更を及ぼすものではなかった。

   オ 溢水勉強会について
 2006年(平成18年)5月の溢水勉強会では,代表プラントとして選定された本件原発5号機について,O.P.+14mの津波水位が長時間継続すると仮定した場合に,タービン建屋大物搬入口やサービス建屋入口から海水が流入し,非常用海水ポンプや電源設備が影響を受けることが報告された。もっとも,この溢水勉強会は,配管破断による内部溢水,津波による外部溢水を問わず,一定の溢水が生じることを所与の前提として溢水の経路や安全機器の影響の度合い等を検証したものであり,溢水の前提となる想定外津波の発生可能性自体については検討されていない。実際,溢水勉強会において想定することとされた津波は,いずれも一様に敷地高+1mの高さの津波が想定されており,かつ当該津波は無限時間継続することとされている。
 したがって,かかる溢水勉強会についても,本件原発における設計基準津波の考え方に何らかの変更を及ぼすものではなかった。溢水勉強会はO.P.+14mの津波水位が長時間継続すると「仮定」して浸水経路や機器への影響を研究したに過ぎず,何れかの領域で発生する地震から具体的な津波の発生を検討したものではないから,全交流電源喪失に至る津波を予見したものではない。

   カ 土木学会が実施したアンケートについて
 直近の2008年(平成20年)のアンケートでは,「海溝沿い領域のどこでも明治三陸沖地震と同様の津波地震が発生する」との選択肢に25パーセントの重みをおくべきとの結果が得られたが,この選択肢以外の選択肢の重み付けについては75パーセントという結果であった。もっとも,このアンケートは,あくまで確率論的安全評価手法の検討過程において,各種の選択肢についてそれぞれどの程度の重みを付けるかという観点から専門家にその割付を尋ねたものであり,そもそも確定論的(決定論的)安全評価手法に関して行われたものではない。
 したがって,このような確率論的津波評価手法を検討する場面において様々な見解を考慮するためのアンケート上の重み付け配分がなされたことをもって,確定論的な津波評価の根拠とすることはできないものであり,実際にも,被告東電が試算を行った明治三陸沖地震と同程度の津波地震が福島県沖でも起き得るとの選択肢については,各種の可能性に目配りをすることを目的とし,様々な見解の相違を評価に取り込もうとする確率論的安全評価手法の重み付け評価においても25パーセントの重みが与えられたにとどまっているのである。

   キ 耐震バックチェックの実施と2008年試算

   (ア) 保安院による耐震バックチェックの指示
 2006年(平成18年)9月に耐震設計審査指針が改訂されると,保安院は,原子力事業者に対し原子力発電所の耐震バックチェックを指示し,津波に対する安全性の評価方法として,津波の評価に当たって,「既往の津波の発生状況,活断層の分布状況,最新の知見等を考慮して,施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があると想定することが適切な津波を想定し,数値シミュレーションにより評価することを基本とする」とし,その具体的な評価方法としては,「津波評価技術」と同様の手法により行うことが明記されている。
 被告東電は,これまで一貫してかかる「津波評価技術」に基づき津波対策を講じていたが,耐震バックチェックの指示時点においても,なお福島県沖海溝沿い領域に関する「津波評価技術」の考え方を覆すような新たな知見が判明したわけではなかった。他方で,バックチェックルールにおいては,「津波評価技術」と同様の方法で津波評価を行うに当たり,「最新の知見等」を考慮することが求められていたため,「福島県沿岸津波浸水想定検討委員会」や「茨城沿岸津波浸水想定検討委員会」が用いた波源モデルをそれぞれ入手し,本件原発立地点における設計想定津波の評価を実施したが,その結果はいずれもO.P.+4.1~5m程度となり,本件原発の設計想定津波高を上回らないことを確認している。また,中央防災会議の「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会」が公表した波源モデルに基づく津波評価も行ったが,その結果は最大でもO.P.+4.8m(本件原発6号機の取水ポンプ位置)となり,やはり設計想定津波高を上回るものではなかった。
 以上に加えて,「津波評価技術」におけるパラメータスタディも考慮すれば,本件原発の津波に対する安全性については,本件事故当時十分な裕度を持って確保されていると考えられていた。

   (イ) 2008年試算に関する原告らの主張に理由がないこと
 原告らは,長期評価が公表された2002年(平成14年)時点で,明治三陸沖地震の波源モデルを用いて津波試算を行っていれば,本件原発立地点において敷地高を超える津波が襲来する危険は十分に察知することができたと主張している。
 しかしながら,本件訴訟でまず問題となるのは,当該試算の前提となる知見が原子力発電所の津波対策上の基礎とするべき客観性・合理性を有する確立された科学的知見であったか否か,という点にある。そして,2002年(平成14年)時点で上記試算の基礎となった科学的知見は確立されていなかったことは既に繰り返し述べてきたとおりである。
 もとより,2002年(平成14年)と2008年(平成20年)とでは海底地形データ等も変化しており,2002年(平成14年)時点で2008年(平成20年)と同様の精度での試算が可能であったものでもないし,同じ地震マグニチュードでも,動く地盤の面積,地盤のすべり量,地盤が滑る速度,地盤が動く角度,地盤の堅さ等によって,発生する津波の高さや津波の周波数は全く異なるため,明治三陸沖地震の波源パラメータをそのまま福島県沖に持ってきて試算をすれば客観的な評価が可能であるというようなものではない。

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  4 シビアアクシデントを予見の対象とする主張は失当であること

 原告らは,シビアアクシデント対策懈怠の過失の予見の対象は「起因事象」であり,これはPSAや前兆事象評価により具体的に特定されるのであるから,設計基準事故を超える事象は確率論的安全評価手法等を用いて予見可能であると主張し,これに基づいて被告東電は結果回避義務をも負うと主張する。
 仮に原告らの主張を前提としても,「起因事象」とは「PSAや前兆事象評価により具体的に特定される」というのであり,仮に「起因事象が特定できれば,その事故シーケンスを検討することにより結果回避の方法が明らかになる」,「ここで同定された予見対象は結果回避可能性を基礎づける」というのであるから,原告ら自身も「起因事象」そのものによって予見可能性や結果回避可能性が基礎づけられると考えているわけではなく,起因事象をさらにPSAや前兆事象評価によって具体的に特定してはじめて予見可能性が基礎づけられるものと解しているにほかならない。しかるに,原告らは,本件事故の「起因事象」や「事故シーケンス」に即して,これを事前に特定して本件事故の発生を回避することができたという事実や,それを根拠づける客観性・合理性を有する知見を提示していない。
 原告らが援用するJNESの報告書も,フランスのルブレイエ原子力発電所事故を参考としつつ,種々の解析条件を所与の前提とした上で幾つかの型式のBWR(沸騰水型原子炉)について条件付き炉心損傷確率を解析したものに過ぎないところ,確率論的手法により外部事象を評価するためには原因事象ごとに異なる評価手法が必要であるのに対し,同報告書は,地震や津波といった具体的な外部事象の発生頻度等を不問とし,所与の条件下で影響を評価したに過ぎない。実際,IAEAにおいてさえ,本件事故後の2011年(平成23年)11月に発表した報告書において,確率論的評価手法について「津波ハザードを評価するために各国で適用されている現在の実務ではない。確率論的アプローチを用いた津波ハザード評価の手法は提案されているが,標準的な評価手順はまだ開発されていない。」と評価していたというのが実情である。特に津波に関わるシビアアクシデント対策と,その評価に必要な確率論的津波評価手法が未だ研究・開発途上にあり,今なおそのような状況にあることは繰り返し述べているとおりである。そうした中においても,被告東電は,前述したマイアミ論文としての成果発表を含め,土木学会による「津波評価技術」の後継研究と並行してその知見を深めるため不断の努力を重ねていたものであり,むしろ日本における津波対策の研究は他国をリードしていたのが実情である。したがって,そうした被告東電の活動について,原告らがあたかも国際的にも劣後しているかのような主張をしていることについては全く理由がない。
 また,被告らが「起因事象」や「事故シーケンス」自体を予見の対象とするのであれば,かかる事象に対応する具体的な結果回避措置を導くことができず,ひいては予見対象と主張するものが抽象的に過ぎて予見可能性を導くことができないことになる。津波を予見対象とするのであれば,津波自体を予見の対象とする主張と別個独立の予見対象とする意味がない。したがって,かかる観点からもシビアアクシデントを予見の対象とする主張は失当である。

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  5 まとめ

 以上のとおり,被告東電は,本件事故に至るまで,本件原発について,我が国において定着し国際的にも認められている「津波評価技術」に基づき津波対策を講じてきたとともに,最新の科学的・専門的知見についても評価・検討の上で必要な対策を講じてきたものである。また,長期評価や貞観津波といった未確立の知見についても不断の調査を続けるとともに,確率論的津波評価手法の研究を続けていた。
 こうした本件事故以前の科学的知見を踏まえれば,客観的・合理的な根拠に基づき,本件原発の所在地において本件津波ないしこれと同程度の津波はおろか,敷地高を超えるような津波ですら,その発生を予見することはできず,本件原発が全電源喪失に至るというような事態も予見することはできなかった。
 長期評価は波源について言及しておらず,津波評価技術は波源を全く異なる領域に移動させるなどという考え方に立脚しておらず,したがって長期評価と津波評価技術を組み合わせることはできないし,組み合わせても何らかの具体的な津波を予見しうるものではない。
 2008年東電試算は,明治三陸沖津波の波源を福島県沖海溝沿いに移動させて基準断層モデルとしたものであるが,日本海溝沿い領域の北側と南側はプレートの固着の程度などが全く異なり,南側海溝沿いの大地震が発生した形跡はないのであるから,明治三陸沖津波の波源を移動させるという考え方は不合理であり,長期評価からも津波評価技術からも導かれないものである。
 しかも2008年試算が計算した津波について合理的な津波対策を採っていたとしても本件事故を防止することができないのであるから,過失の成立には結果回避義務を基礎づけるに足りる予見可能性が要求される以上,かかる津波は予見の対象としては不十分である。
 したがって,被告東電は,本件事故前に何らかの合理的な知見に基づいて全交流電源喪失に至る津波を予見することはできなかったことは明らかである。

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 (被告国の主張)


  1 予見可能性の対象について

   (1)津波に関する予見可能性について

 ア 規制権限は,結果発生の原因となる事象について行使されるものであり,規制権限不行使の国賠法上の違法は,結果発生の原因となる事象に対する防止策に係る法的義務違背を問うものということになるから,その前提となる予見可能性も,結果発生の原因となる事象について判断されるべきである。したがって,本件で問題とされるべきは,飽くまでも現実に生じた事実経過を前提に,被害を受けたとされる原告らとの関係で,原告らの主張に係る損害発生の原因となった本件地震及びこれに伴う津波による全交流電源喪失を未然に防止するために,被告国が電気事業法に基づく規制権限を行使する職務上の法的義務を負担していたか否かである。そのため,およそ本件事故の原因と関連しない事象や経過に対する防止策を講じなかったことが,原告らに対する被告国の法的義務違背の有無を判断するに当たって問題となる余地はない。

 イ 本件事故は,本件地震及びこれに伴う津波により,福島第一原発が全交流電源喪失に陥り,直流電源も喪失又は枯渇するなどして炉心冷却機能を失った結果生じたものであるところ,実際に福島第一原発に発生,到来した本件地震及びこれに伴う津波と同規模の事象ではなく,このような規模に至らない,単に敷地高さを超える津波が到来したというだけで,本件事故が発生したと認めるに足る証拠はないから,「O.P.+10mを超える津波」の到来が本件の予見可能性の対象となるものでもない。したがって,単に敷地高さを超える津波が到来したというだけでは,本件事故が発生したと認めるに足りない。

 ウ そもそも,予見可能性は,被告国において具体的な防止策に係る規制権限を行使することが可能な程度に一定規模の範囲の具体的な事象として予見可能であることが必要であるところ,「O.P.+10mを超える津波」というだけでは,いったいどの程度の規模を想定して対策を講じることを要するのか判断することができない。単に津波が敷地を超える可能性があることを想定するだけでは,それに対する対策としてある程度の措置を講じることが技術的には可能であるとしても,それが,複数の領域が連動し,震源域が広範で岩盤破壊も大きかった未曾有の本件地震によって惹起された津波の襲来に際して,全交流電源喪失を回避できるだけの性能を有していたとは限らず,その結果,それに伴う本件事故を回避できる保証はないから,同事故に対する被告国の責任を基礎づける上で必要とされる予見可能性の対象としては,十分なものとはいえない。

 エ 以上より,本件における予見可能性の対象は,本件地震及びこれに伴う津波と同規模の地震及び津波(O.P.+約15.5m)が福島第一原発に発生又は到来することというべきであって,原告らが主張するように,単に福島第一原発の敷地高さ(O.P.+10m)を超えて建屋内に浸水を及ぼし得る程度の津波が予見可能性の対象となるものではない。

   (2)シビアアクシデントに関する予見可能性について

 ア また,シビアアクシデント対策に係る予見可能性についての原告らの主張は,違法性の判断枠組みを誤り,違法性判断の前提となる予見可能性と安全評価や確率論的評価における技術的評価上仮定される概念を混同するものであって失当である。本件において問われているのは,本件地震及びこれに伴う津波による全交流電源喪失が原因となって発生した本件事故により損害を被ったとする原告らとの関係において,被告国が電気事業法に基づく規制権限を行使しなかったことが職務上の法的義務に違背するものであったか否かである。

 イ したがって,被告国による規制権限の不行使が違法とされる前提として予見可能性があると評価されるためには,原告らに対して損害を与えた原因とされる本件地震及びこれに伴う津波と同規模の地震,津波の発生又は到来についての予見可能性が必要である。そして,設計基準事象としていかなる自然現象を想定し,あるいはすべきであったか,シビアアクシデント対策としていかなる対策を施し,あるいは施すべきであったかといった事情は,前記予見可能性が認められることを前提に,違法性判断の考慮要素になり得るにすぎない。

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  2 予見可能性の程度等について

 (1) 原告らは,被告国が電気事業法40条の技術基準適合命令を発令しなかったことの違法を主張するが,技術基準適合命令は刑事罰をもって強制されるなど被規制者の大きな負担となるのであるから,同命令を発令するためには,客観的かつ合理的な根拠をもって発令を正当化できるだけの具体的な危険性が存在し,かつそれを認識していることが必要であり,更にかかる規制権限の行使が作為義務にまで高まるのは,この客観的かつ合理的な根拠としての科学的知見が確立している場合に限られると解すべきである。

 (2) 規制権限不行使の違法が問われた最高裁判例を見ても,規制権限を行使すべき作為義務を導くのに必要な予見可能性が存在すると認められた事案は,いずれも規制権限の不行使が違法とされた時点で,被害が現実に発生し,かつ,当該規制権限の行使が正当化でき,さらにその行使が作為義務にまで至っているといえるだけの科学的知見が既に形成,確立し,具体的な法益侵害の予見可能性があった事案であるということができる。
 とりわけ,本件では,事前に,福島第一原発において,放射性物質の大量拡散とそれによる周囲住民の財物価値の滅失や具体的な健康被害といった具体的被害が生じていないのであるから,被害に対する認識が抽象的であることとの関連においても,被害に対する予見の程度は相当に高度なものが要求されてしかるべきである。

 (3) 仮に,予見可能性の対象について,規制権限行使が客観的かつ合理的な根拠をもって正当化できるだけの具体的な法益侵害の危険性が認められるに至っていないにも関わらず,薄弱な根拠に基づいて被告国が技術基準適合命令を発した場合,かかる行政処分に対しては,被告東電などの事業者側から行政処分の取消訴訟が提訴されかねないほか,その行政処分が裁量権を逸脱したものであり,かかる行政処分によって事業者側に営業損害等が生じた場合には,事業者側からの国家賠償請求訴訟が提訴されることにもなりかねないのである。さらにいえば,事業者に一定の措置を講じることを強制した場合,その原資は電気料金値上げ等により消費者である国民の負担に帰することもあり,また,当該措置を講じるための一時停止,減産により電力の安定供給が損なわれれば,国民生活,産業・経済活動にも影響を及ぼし,混乱を招きかねないため(この点は,本件地震後の計画停電等による混乱を見ても明らかである。),これらの事情からしても,薄弱な根拠による規制権限の行使は許されるものではない。

 (4) したがって,予見すべき被害の内容が,行使すべき規制権限の内容を特定できないような抽象的なものにすぎなかったり,実際の被害の内容からかけ離れていたりする場合や,予見すべき被害が確立した科学的知見に基づかないような場合には,行政庁に規制権限を行使すべき法的義務(作為義務)が発生することはないというべきである。特に,津波のような自然災害においては,抽象的な内容の被害の発生のおそれや,確立した科学的知見に基づかない被害発生のおそれによって安易に予見可能性が肯定されることになってしまうと,現在の地震学及び津波学の到達水準によっても,我が国のほとんど全ての海岸が,その敷地高に関係なく,敷地高を超える津波が到来することの予見可能性があることになってしまうなど,予見可能性が法的義務(作為義務)導出のための基準として意味をなさなくなってしまうことになるから,そのような考えが採り得ないことは明らかというべきである。

 (5) また,本件訴訟において,予見可能性を考えるに当たっては,本件地震及びこれに伴う津波が発生したことや,これらの地震・津波の発生に基づく地震学・津波学の分野における科学的知見の進展を除外し,平成14年頃又は平成20年3月当時の地震学・津波学の知見のみによって予見可能性が判断されなければならない。また,ある事象が予見可能であることを前提に導かれる結果回避措置といえるためには,種々の措置を講じることによる他の安全面への影響といった多角的な検討抜きにして全体の安全評価をすることはできない以上,原子力工学分野に関する専門的な科学的知見に依拠される必要があるのであって,単に物理的,技術的にそのような措置が可能であったかが問題とされるべきものではない。飽くまでも,各時点においてどのような結果回避措置が一次的に導かれるのか,また,当該措置が合理的といえるかという点についても,本件事故の発生に基づく原子力工学分野における科学的知見の進展を除外し,平成14年頃又は平成20年3月当時の原子力工学の知見のみによって判断されなければならない。

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  3 本件事故前の科学的知見に照らせば予見可能性が認められないこと

 (1) 原告らは,本件訴訟において,被告東電が津波対策を行うに当たり土木学会が策定した津波評価技術(平成14年2月「原子力発電所の津波評価技術」)に基づいた津波対策を行ってきたことを繰り返し批判し,平成14年頃又は平成20年3月までの知見や長期評価に基づけば,平成14年頃又は平成20年3月までに福島県沖で明治三陸沖地震と同程度の地震が発生することが予見できたことから,本件津波を含む福島第一原発の主要建屋が設置されている敷地面(O.P.+10m)を超えて非常用電源設備等の安全設備を浸水させる規模の津波の予見可能性が認められる旨主張している。
 しかしながら,土木学会が策定した津波評価技術は,当時,地震学・津波学の科学的知見として確立していた知見に基づいて作成された手法であり津波対策として十分な合理性を有するものであった一方,原告らが指摘する知見はいずれも規制権限を行使すべき作為義務が生じる前提としての予見可能性が認められるに足りる程度に確立した知見ではない。また,原告らが主として依拠している長期評価に基づいて予見可能であったとする福島県沖での明治三陸沖地震と同程度の地震と本件地震は全く規模が異なるものであったことから,長期評価の存在によって本件津波を含む福島第一原発の主要建屋が設置されている敷地地盤面(O.P.+10m)を超えて非常用電源設備等の安全設備を浸水させる規模の津波が予見可能であったということもできない。

   (2) 本件地震は規模が異なること

 本件地震は,規模及び発生領域のいずれから見ても,原告らが主として依拠している長期評価に基づいて予見可能であったとする福島県沖での明治三陸沖地震と同程度の地震や貞観地震とは全く規模が異なるものであったし,試算に基づいて算出される津波の規模も全く異なるものであったことから,長期評価の存在によって本件津波を含む福島第一原発の主要建屋が設置されている敷地地盤面(O.P.+10m)を超えて非常用電源設備等の安全設備を浸水させる規模の津波が予見可能であったとはいえない。

   (3)津波評価技術に設計津波水位の評価手法が合理的であること

 ア 津波評価技術による設計津波水位の評価手法は,パラメータスタディにより津波の不確定性による種々の誤差を考慮したものであり,その津波伝播計算の手法も,非線形の基礎方程式を用いて適切な格子間隔を設定した上で行われるものであり,かかる評価手法は,「原子力施設の設計津波の設定について,これまでに培ってきた知見や技術進歩の結果を集大成して,標準的な方法」として取りまとめられたものであり,安全側の発想に立って計算される,合理性を有する評価手法である。そして,かかる津波評価技術による設計津波水位の評価手法が妥当性を有することは,その基本的な考え方が本件事故後においても変わりがないことからも明らかである。

 イ 津波評価技術は,この津波想定における補正係数として1.0を採用しているところ,数値解析等に伴う不確実さの取り入れ方について科学的根拠を伴った手法が存在しなかった平成14年当時において,津波評価技術が世界で初めて津波水位計算に数値解析等に伴う不確定性を考慮する手法としてのパラメータスタディを取り入れたのであって,この手法に基づく津波想定こそが不確実さを補うために事業者に求めることができる科学的根拠を伴った唯一の手法であったのはもとより,現時点においてもなお,その手法が唯一の手法なのであって,数値解析の結果に伴う不確実さの考慮のために一律の補正係数をかけるという考え方は全く採用されていないのである。
 したがって,本件事故前の津波想定において1.0を上回る補正係数を設けていなかったことが不合理であるとは到底いえない。

 ウ また,津波評価技術は個々の原子力施設における具体的な設計津波水位を求めるための評価手法を取りまとめたものであり,津波評価技術によって求められた設計津波水位は,具体的な津波対策を講じるためのものであるから,精緻な計算が求められるのは当然であり,そのためには過去の記録から客観的に明らかになっている情報に基づき基準断層モデルを設定する必要がある。
 したがって,津波評価技術において過去の記録から客観的に明らかになっている既往最大の地震・津波に基づき設計津波水位を求めたことは,原子力発電所の設計想定津波を定めるという津波評価技術の目的に照らして不合理であるとはいえない。

 エ さらに,工学的に妥当な津波対策を行うためには理学的根拠を伴って対象とする津波を選定する必要があるところ,津波評価技術に基づく数値計算に用いる基準断層モデル(波源モデル)は,既往津波を考慮して設定されるものであるが,その波源位置については地震地帯構造の知見に従い,既往地震が発生していない領域に設定することも考慮されているものであった。また,地震は過去に起きたものが繰り返し発生するという考え方自体は,本件地震後も妥当する地震学者の一般的な考え方であったと認められるのであり,かかる考え方によれば,既往最大の地震を検討対象とした津波評価における基準断層モデルの設定手法は,地震学者の一般的な考え方に照らしても十分な合理性を有していた。

 オ 原告らは,津波評価技術の波源設定が恣意的に行われたなどと主張する。
 しかし,長期評価が策定された平成14年当時のみならず,本件地震当時においても地震学者の間で支持を集めていた比較沈み込み学や,GPS観測の観測結果に基づいて,福島沖においては巨大地震が発生するとは考えられていなかった。また,津波評価技術において,当時の津波地震に関する知見等を踏まえ,過去の地震津波の発生状況に即して基準断層モデルを設定したことは十分合理的であって,当時の知見としては古く,かつ津波地震の知見も考慮されていない萩原マップを基に福島沖に延宝房総沖地震の基準断層モデルを設定してなかったことが不合理であるとはいえない。

 カ 以上のとおり,津波評価技術による設計津波水位の評価方法は原子力施設の具体的な設計津波水位を求めるための評価手法として合理性を有するものであり,基準断層モデルの設定についても合理的な根拠に基づくものであり,恣意的なものとはいえないのであって,津波評価技術の問題点をるる指摘する原告らの主張は失当である。

   (4)原告らの主張する見解はいずれも確立した見解でなかったこと

   ア 長期評価について
 (ア) 日本海溝沿いの北部と南部が同様の地形・地質であるとはいえず,地形・地質を根拠に福島沖で明治三陸沖地震と同様の津波地震が起こるとはいえないこと
 三陸沖から房総沖にかけての日本海溝沿いの領域と日本列島寄りの領域とを比較して,低周波地震や微小地震が起こり方に違いが見られることを根拠として,三陸沖から房総沖にかけての日本海溝沿いの領域を一つの領域とすることができるという島崎氏の供述はそもそも比較の対象を誤っており,失当である。この点をおいても,三陸沖から房総沖の日本海溝沿いの領域内では,北部と南部とで低周波地震及び微小地震の起こり方に違いが見られることは明らかであるから,これらの地震の起こり方を根拠として同領域を一つと捉えることはできない。
 また,「長期評価の見解」において,三陸沖北部から房総沖までの日本海溝沿いを1つの領域とし,1896年の明治三陸沖地震,1611年の慶長三陸地震,1677年の延宝房総地震の3つがその領域内で発生した津波地震であると整理したことは,必ずしも地震学的に明確に根拠があるものではなく,防災行政的な観点をも加味してポアソン過程により発生確率を算出するための便宜的なものであったことは明らかである。

   (イ) 「長期評価の見解」における津波地震の整理には種々の異論が示されていたこと
 長期評価策定当時,津波地震の発生メカニズムについては十分解明されておらず,その発生場所や規模等について種々の見解が存在していた上,「長期評価の見解」については,それが議論された地震本部の地震調査委員会長期評価部会海溝型分科会において異なる見解が示されていたものであり,地震調査委員会及び同委員会長期評価部会においてもそれぞれ問題点が示されていたのであり,「長期評価の見解」が地震学者の間の統一的な見解であったとはいえない。

   (ウ) 「長期評価」における地震の予測に対する評価は,信頼度が「やや低い」とされた部分があること
 地震本部は,「プレートの沈み込みに伴う大地震に関する長期評価の信頼度について」を公表し,「三陸北部から房総沖の海溝寄りのプレート間大地震(津波地震)」については,「発生領域の評価の信頼度」,及び「発生確率の評価の信頼度」を「C」と評価している。このことは,「福島県沖」で起きるといえるだけの十分な根拠がなかったこと,その結果,領域内において過去の最大規模と同様の規模の地震はどこでも起きるという見解にコンセンサスは得られなかったということを裏付けている。

   (エ) 中央防災会議において長期評価の見解が採用されなかったこと
 我が国の防災対策を担っているのは,中央防災会議であり,同会議が長期評価の作成後に設置した「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会」では,地震学,地質学,土木工学,建築学などの専門家14名が,福島第一原発も対象となった防災対策を協議しているところ,ここにおいても福島県沖の長期評価の考え方は採用されていないのである。かかる事実をもってしても,長期評価が,各地における地震及び津波対策に資する,十分に成熟した見解ではないことは,明らかである。

   (オ) 国家機関の一部である地震本部が表明した見解であることをもって,その予見可能性を基礎付ける知見と評価することが誤りであること
 「長期評価の見解」が,国家機関の一部である地震本部が表明した見解であることをもって,その科学的知見としての確立の程度に対する評価を誤ってはならないし,検討なしに規制権限不行使の前提となる予見可能性を基礎づける見解と評価してはならない。むろん,規制権限の所管行政庁と異なる行政庁の見解であっても,当該所管行政庁の予見可能性を基礎づける場合があり得ること自体は否定しないが,そうであるとしても,本件では,前記で詳述したとおり,長期評価発表後において,経済産業省や文部科学省全てを含めた当局全体で,原子力防災を含めた防災対策を検討した場面において,「長期評価の見解」については取り入れないこととしたのであって,結局,「当該規制に関わる専門的研究者の間で是認され」なかったのである。また,規制権限不行使に関する各最高裁判決では,判決理由中において,併せて,表明された意見等の内容についても言及があることにも留意すべきである。すなわち,最高裁判決が,当時のじん肺発症の危険性やその健康被害の重大性に関する医学的知見や,水俣病の原因物質についての結論について,確定的な内容として記載されているのであって,単に国家機関の表明した見解であるかどうかを,予見可能性を肯定する事情として検討していないことからすると,その知見の確定の程度が重要視されているというべきなのである。

   (カ) 小括
 以上のとおり,本件事故前の知見では,日本海溝沿いの北部と南部が同様の地形・地質であるとはいえず,地形・地質を根拠に福島沖で明治三陸沖地震と同様の津波地震が起こるとはいえないことや津波地震の発生メカニズムについては十分解明がなされておらず,長期評価における津波地震の整理には種々の異論が示されていた。
 また,長期評価における地震の予測に対する評価は,信頼度が「やや低い」とされた部分があることや中央防災会議が設置した日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会においても「長期評価の見解」が採用されなかった。
 さらに,合同WGでも「長期評価の見解」に基づく検討を要求されなかった上,土木学会津波評価部会のアンケート結果,多数の専門家が「長期評価の見解」を十分な理学的根拠を伴わないものとして懐疑的な評価をし,実際に保安院内部でも「長期評価の見解」は「最新の科学的,技術的知見を踏まえた合理的な予測」によってリスクを示唆する知見と評価されていなかった。
 これらの事情からすると,当時の福島県沖に関する長期評価は科学的知見として確立したものではなく,規制に関与する専門家による正当化がされる段階になかったことは明らかであって,「長期評価の見解」は,被告国において規制権限を行使すべき義務を導く前提となる予見可能性を認めるに足りる知見とはいえない。
 したがって,「長期評価の見解」を前提にした予見可能性を主張する原告らの主張には理由がない。
 なお,被告東電は,「長期評価の見解」に依拠して福島第一原発への影響を見る試算(2008年試算)を行っているが,その理由は,耐震バックチェックの最終報告書を提出するに当たり,「長期評価の見解」をどのように扱うか検討するための社内準備の一資料とするため,福島県東側沿岸部に最も厳しくなるように明治三陸沖地震の波源モデルを福島県沖海溝沿い領域にそのまま移動して津波高の試算を行ったにすぎない。つまり,被告東電は,「長期評価の見解」が確立した知見であることを認めた上で,かような試算を行ったわけではない。したがって,2008年試算が存在するからといって,これを根拠に予見可能性を肯定することはできない。

   イ 4省庁報告書,7省庁手引きについて
 4省庁報告書から導き出される津波高さは,そもそも本件原発の主要建屋の敷地高さを超えないものであった上,同報告書自体が,「最新の科学的,技術的知見を踏まえた合理的な予測」とするには精度が足りず,「合理的な予測」を行うに当たっては,4省庁報告書の考え方をベースに,精緻なモデルの設定や計算を行うべきことを求めているのであるから,4省庁報告書は本件事故の予見可能性を基礎づける知見とはならない。また,7省庁手引きも,具体的な津波評価方法までは定めておらず,4省庁報告書同様に,「最新の科学的,技術的知見を踏まえた合理的な予測」によって津波対策を行うべき津波高さを導き出すためには,別途,7省庁手引きの考え方をベースに,理学的根拠に基づいた対象津波の設定を行う必要があった。したがって,これらの報告書は,やはり本件事故の予見可能性を基礎づける知見とはなり得ないというべきである。

   ウ 津波浸水予測図について
 「津波浸水予測図」は,その作成経緯や目的,作成手法からして,福島第一原発の沿岸部に「設定津波高」の津波が到来することを具体的に予測して作成されたものではない上,その作成に当たっては地震学的根拠に基づく断層モデルを設定した上での数値計算がされていないことや,格子間隔が100mとされ,それ以下の地形を考慮されておらず,防波堤等による遮蔽効果が十分に考慮されていないなど,相当程度,抽象化された調査手法が用いられていることから,個々の地点における浸水範囲及び浸水深を具体的に特定したものとはいえない。したがって,「津波浸水予測図」を根拠に,本件津波を含む福島第一原発の主要建屋が設置されている敷地地盤面(O.P.+10m)を超えて非常用電源設備等の安全設備を浸水させる規模の津波の予見可能性があったとする原告らの主張は失当である。

   エ 溢水勉強会について
 溢水勉強会は,そもそも津波が到来する可能性の有無・程度や,津波が到来した場合に予想される波高に関する知見を得る目的で設置されたものではなく,実際にも,前記の各知見が獲得・集積されたことはなかったのであり,飽くまでも仮定された水位の津波が到来し,かつ,それが無限時間継続したと仮定した場合における原子力発電所施設への影響を検討したにすぎないものである。しかも,最終的には,外部溢水に係る津波に関する事項があえて検討対象から外されていたのであって,当時の専門家は,溢水勉強会で得られた知見によって,津波に関する再検討を必要と考えた形跡すらない。したがって,平成18年から平成19年にかけて行われた溢水勉強会において,当時の専門家ですら再検討を要すると判断しなかった津波に関する再検討を,被告国において,独自に行って再評価するというようなことは,到底不可能であり,溢水勉強会の検討結果は,規制権限を行使すべき作為義務が生じる前提としての予見可能性を認めるに足りる知見ではなかったことは明らかである。

   オ マイアミ論文
 マイアミ論文おいて考察の対象とされている確率論的津波ハザード解析の手法については,同論文自体において,確率論的津波ハザード解析の手法が未だ研究途上にあって確立した手法でないことが示されており,このような発展途上の試行的な論文の存在をもって,被告国が福島第一原発にO.P.+10mを超える津波が到来する危険性を認識していたとはいえない。

   カ 貞観地震に関する知見について
 主要な知見においても貞観地震の断層モデルが確立されていなかったことは明らかであることから,平成18年から本件事故までの貞観津波に関する知見は,規制権限を行使すべき作為義務が生じる前提としての予見可能性を認めるに足りる程度に確立した知見ではなかった。

   キ まとめ
 土木学会が策定した津波評価技術は,当時,地震学・津波学の科学的知見として確立していた知見に基づいて作成された手法であり津波対策として合理性を有するものであったため,被告東電が津波評価技術に基づいた津波対策を行ってきたことについては十分な合理性が認められる。一方で,原告らが主として依拠している「長期評価の見解」に基づいて予見可能であったとする福島県沖での明治三陸沖地震と同程度の地震や貞観地震と本件地震は全く規模が異なるものであったことから,「長期評価の見解」の存在によって予見可能であったということもできない上,そもそも,原告らが指摘する平成14年までの知見や「長期評価の見解」,溢水勉強会や貞観津波に関する知見の進展というものは,いずれも規制権限を行使すべき作為義務が生じる前提としての予見可能性が認められるに足りる程度に確立した知見ではなからたのである。
 また,原告らが主張するような,IAEA事務局長報告書や,その付属文書の一部であるIAEA技術文書2の記載も被告国の予見可能性を認める根拠にはなり得ない。そうすると,本件事故前の知見に照らし,被告国において,規制権限を行使すべき作為義務が導き出されるまでの予見可能性は認められない。

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