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★ 京都地方裁判所 判決書 事実及び理由
 第2章 事案の概要等
  第4節 当事者の主張 第3 争点③(被告国の責任)について 

第4節の目次 (判決書の目次はこちら)
 第1 争点①(予見可能性の有無)について
 第2 争点②(被告東電の責任)について
 第3 争点③(被告国の責任)について
 第4 争点④(避難の相当性)について
 第5 争点⑤(損害各論)について



第3 争点③(被告国の責任)について

 原告らの主張
 被告国の主張


 (原告らの主張)


  1 津波対策にかかる被告国の権限不行使が違法であること

   (1)規制権限不行使と国賠法上の違法性

 国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は,その権限を定めた法令の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,具体的事情の下において,その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは,その不行使により被害を受けた者との関係において,国賠法1条1項の適用上違法となるものと解するのが相当である(最高裁平成元年11月24日第二小法廷判決・民集43巻10号1169頁,最高裁平成7年6月23日第二小法廷判決・民集49巻6号1600頁,最高裁平成16年4月27日第三小法廷判決・民集58巻4号1032頁,最高裁平成16年10月15日第二小法廷判決・民集58巻7号1802頁参照)。
 本件では,原子力安全規制に関わる被告国の規制権限の不行使が問題とされているところ,通常の事業者規制と異なり,被告国に認められる裁量の範囲は極めて狭いと解するべきである。

   (2)原子力発電所の安全規制にかかる各法律の趣旨等

 原子力基本法は,原子力の利用にあたっての基本方針を,安全を旨とすることを明記しており,しかも,そこで謳われる安全の確保とは,国民の生命,健康及び財産の保護を直接の目的とするものである。加えて,この安全性確保は国際的な規準を踏まえるべきものとされていた。さらに,原子力発電所の設置許可の根拠法規である炉規法は,原子力基本法の精神に則って必要な規制を行うこととされている。発電事業者の原子力発電所は,電気事業法上の事業用電気工作物にあたるが,電気事業法は,その目的の中に公共の安全を確保することを明記しており,この公共の安全の中には国民の生命,健康及び財産の保護が含まれているものである。
 一旦,原子力発電所において事故が発生し,放射性物質が外部に拡散すると広範囲に深刻かつ不可逆的な損害を与える特性があるのであるから,上記各法律によって,被告国には,実用発電用原子炉について,その安全性確保のために,国際的な規制のあり方を踏まえて,自ら積極的に情報収集等に努めるべき責務があった。すなわち,本件事故当時,被告国は,原子力発電所の設置許可等にあたって専門家によって構成される原子力安全委員会を設置して,その意見を聞くことを義務づけていたのみならず,被告国は,独立行政法人原子力安全基盤機構(現在は原子力規制委員会に統合)を設置し,原子炉の安全性の解析及び評価を行わせていた。これは,原子力発電所が高度の専門性を持っており,かつ,事故が発生した場合の影響が極めて大きいことから,被告国が,その規制にあたり,その安全性確保のために二重に専門性を有する組織をあたらせていたことを意味する。さらに,後述するように炉規法24条1項3号,4号の規制は,原発事故を万が一にも起こらないようにするために,科学的,専門科学的見地から十分な審査をなさしめる趣旨であると解されている。
 このように,原子力発電所の規制においては,被告国の規制権限の根拠法規が安全性確保を強く求めているのであるから,その裁量の範囲は極めて狭いというべきである。

   (3)被告国の責務が重いこと

 原子力発電所の安全性確保については,電力事業者が,安全性に関わる重要事実を隠蔽しがちな体質であること,一般私人には差止等の手段を講じることが著しく困難であること等の点に鑑みれば,被告国に負託された責任には極めて重いものがある。
 したがって,事故の予見可能性があるにも関わらず,結果回避につながる規制権限を行使しない不作為があった場合,基本的に被告国のかかる不作為は国賠法上の違法にあたると認めるべきである。

   (4)設置許可後の安全規制について

 伊方原発訴訟(最高裁平成4年10月29日第1小法廷判決・民集46巻7号1174頁。以下「伊方最判」という。)は,原発設置許可の審査が,多角的・総合的見地から検討するものであり,しかも,原子力工学はもとより,多方面にわたる極めて高度な最新の科学的,専門技術的知見に基づく総合的判断が必要とされると指摘した。その上で,このような原子炉施設の安全性に関する審査の特質を考慮し,炉規法24条1項3号,4号所定の基準の適合性については,各専門分野の学識経験者等を擁する原子力委員会の科学的,専門技術的知見に基づく意見を尊重して行う内閣総理大臣の合理的な判断に委ねられているとし,被告国には,専門家による科学的,専門技術的知見に基づく意見に依拠する限りは,裁量が認められるというのである。
 しかし,専門家の意見に依拠していれば,常に裁量が認められるわけではなく,専門家による調査審議,判断過程に看過しがたい過誤または欠落があれば,その専門家意見に依拠した被告国には,当然にその判断の不合理さが認められるのである。この考え方は,原子炉施設の設置許可だけに妥当するものではない。多方面において様々な知見の進展があるのであるから,設置許可後における原子炉の安全性確保における被告国の規制権限行使においても,同様の枠組みで,被告国の権限不行使に違法性がないか否かが検討されるべきである。

   (5)規制権限を有していたこと

   ア 電気事業法による規制

 (ア) 事業用電気工作物(当然,発電用原子炉も含まれる)を設置する者は,当該事業用電気工作物を主務省令で定める技術基準に適合するように維持しなければならない(電気事業法39条1項)。この主務省令が通商産業省令第62号,いわゆる技術基準省令である。また,主務大臣は,事業用電気工作物が前条第一項の主務省令で定める技術基準に適合していないと認めるときは,事業用電気工作物を設置する者に対し,その技術基準に適合するように事業用電気工作物を修理し,改造し,若しくは移転し,若しくはその使用を一時停止すべきことを命じ,又はその使用を制限することができる(電気事業法40条)。
 本件においては,技術基準省令4条及び5条のいずれによっても,本件において予見対象となる津波の予見義務及び回避義務が定められていたと評価できる。したがって,被告東電は,この技術基準に適合するよう措置を講じる義務があり,また,被告国は,福島第一原発が技術基準に適合していなかったのであるから,電気事業法40条に基づく権限行使として技術基準適合命令を発することができ,また,そのようにすべきであった。

 (イ) 技術基準省令第4条(防護措置等)は,津波を含む想定される自然現象により原子炉の安全性を損なう恐れがある場合には,防護措置等,適切な措置を講じなければならないとしている。技術基準省令4条の関連指針は,安全設計審査指針2,3であり,その解説によると下記の通りとされている。

 ①「自然現象によって原子炉施設の安全性が損なわれない設計」とは,設計上の考慮を要する自然現象又はその組合わせに遭遇した場合において,その設備が有する安全機能を達成する能力が維持されることをいう。
 ②「予想される自然現象」とは,敷地の自然環境を基に,洪水,津波,風,凍結,積雪,地滑り等から適用されるものをいう。
 ③「自然現象のうち最も苛酷と考えられる条件」とは,対象となる自然現象に対応して,過去の記録の信頼性を考慮の上,少なくともこれを下回らない苛酷なものであって,かつ,統計的に妥当とみなされるものをいう。
 本件に照らしてみれば,福島第一原発は,その立地条件から当然に津波を予想されるものである。したがって,安全設計審査指針に忠実に最も過酷な条件を考慮すれば,本件津波が到来したとしても,設備が有する安全機能を達成する能力が維持されるように安全対策をするべきであったというべきである。

 (ウ) 技術基準省令5条1項,2項は,原子炉施設等に対し,地震力による損壊により公衆に放射線障害を及ぼさないようにすることを求めている。
 地震は,当然,津波等の随伴事象を伴うものであって,このことは,平成18年9月‘19日,原子力安全委員会によって決定されたいわゆる新耐震設計審査指針においても指摘されており,新耐震設計指針は,「8.地震随伴事象に対する考慮」において施設は,地震随伴事象について,次に示す事項を十分考慮した上で設計されなければならないとし,その考慮事項の(2)として,「施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があると想定することが適切な津波によっても,施設の安全機能が重大な影響を受けるおそれがないこと。」を定めていることからも明らかである。

 (エ) 電気事業法は同法39条において発電用原子炉が技術基準に適合するよう維持することを事業者に対して求め,同法40条は技術基準に適合していないと認めた場合に技術基準適合命令を発動できることを定めている。原子炉設置後に詳細設計の内容が最新の科学的,専門技術的知見に照らして,原子炉の安全性という観点から技術基準に適合しなくなるような事態も当然に上記規律の対象となる以上,技術基準は省令によってその内容が定まっているところ,規制当局は,省令改正を行っており,その都度,事業者は原子炉施設を改正後の省令に合致させるべきであった。
 電気事業法39条2項1号は,技術基準について,「人体に危害を及ぼし,又は物件に損傷を与えないようにすること」とのみ定めており,その原因が詳細設計にあるのか基本設計にあるのかを区分していない。また,そもそも何が基本設計であって,何が詳細設計であるかは一義的に明らかになるものではないのであるから,基本設計に関わる事項について技術基準適合命令を発することに明文上の障害はないし,そもそも,安全性確保のための規制において,原子炉の安全性に関わる問題が基本設計,詳細設計のいずれから生じようとも,災害防止の観点からは,法は行政庁に必要な規制権限を付与していると考えるのが合理的,整合的である。
 したがって,設置許可後の科学的,専門技術的知見の進展によって安全性に問題が生じ,その結果,「人体に危害を及ぼし,又は物件に損傷を与えないようにすること」が懸念される事態に至れば,それが基本設計部分に関わる事項であったとしても,当然,電気事業法は当該原子炉の安全性確保を求めていると解される。

 (オ) 上記に述べたとおり,最新の科学的,専門技術的知見に照らして,原子炉設置許可後に当該原子炉が安全性を欠くに至った場合,経済産業大臣は電気事業法に基づいて技術基準適合命令を発動することが可能である。

   イ 炉規法による規制

 (ア) 発電の用に供する原子炉,すなわち実用発電用原子炉(電力事業者の設置する原子力発電所は,これに当たる)の設置には,炉規法に基づく設置許可が必要である(炉規法23条1項1号)。そして,当該許可の基準としては,炉規法24条1項3号及び4号に規定されている。また,原子炉設置者は,原子炉施設の保全,原子炉の運転について,「保安のために必要な措置を講じなければならない」(同法35条第1項)と定めている。

 (イ) 伊方最判は,設置後に安全性を欠いていることが判明したような場合,当該許可が取り消されることを認めているが,これは,炉規法の趣旨からすれば当然のことを指摘したに過ぎない。この取消権限は炉規法に明文化されてはいないが,明文がなくてもその権限は行政庁に認められているのである。そして,取消権限の分量的一部として原子炉の運転を一時停止させ,安全性を確保するよう措置を講じるよう求める権限(仮に「一時停止権限」という。)も行政庁にあると解釈するのが,炉規法の趣旨に合致する。

 (ウ) 行政行為によって法律関係が形成等したとき,なんらかの事情によってその法律関係を旧に復せしめる必要性が生ずることがあり,その行政行為自体に瑕疵がある場合,行政行為の取消しによって当該行政行為の効力を喪失させることとなる。そして,行政行為の取消の実質的根拠は適法性の回復あるいは合目的性の回復にあるから,法律の特別の根拠は不要であると解されている。
 伊方最判は現在の知見に照らして設置許可要件該当性を判断すべきことを明らかにしており,したがって,本件のように原子炉設置許可後に最新の科学的,専門技術的知見に照らして,原子炉設置許可後に当該原子炉が安全性を欠くに至った場合,経済産業大臣は原設置許可の取消しをすることが可能であり,それには法規上の根拠規定は不要である。

 (エ) 経済産業大臣には前記のとおり炉規法に基づく設置許可の取消権限があっただけでなく,取消権の分量的一部として,炉規法に基づいて原子炉施設の運転について一時的な停止を命じる権限も有していたと解すべきである。
 これに対して,被告国は,既設の原子炉施設が原子炉設置許可の要件を欠くような事態となれば,経済産業大臣は,事業者に対し設置変更許可処分の申請を促す行政指導を行い,当該申請があればこれを許可するか否かを判断し,あるいは容易に想定しがたいことではあるが,これに応じて申請しない場合には設置許可処分の取消しにより是正しうるほかないと主張する。しかし,設置許可の取消しかできないという考え方は,当該行政行為が受益的行政行為であることに鑑みると相手方の保護に著しく欠けると言わざるを得ない。設置許可の取消権限は全体的かつ永続的に設置許可が取り消された原子炉施設の運転を停止することとなるが,取消権限が与えられた行政庁は,権限行使をする否かの択一的判断を迫られると解すべき必然性はない。すなわち,事後的に安全に関する設置許可要件が欠けるに至った事業者の利益を擁護しながら,最初から審査するという手続的な不経済を回避することができ,かつ,安全性の確保という法の趣旨を短期間に満たすことが可能となるのであるから,設置許可を再び満たすように当該原子炉施設の運転を一時的に停止する規制権限を取消権限の分量的一部として有すると解すべきであり,これにより受益的行政行為の相手方との利益の調整を図りうる。
 電気事業法に一時停止権限が技術基準適合命令という形で明記されているが(電気事業法39条,40条),明文規定がなくとも炉規法の趣旨から行政庁に一時停止権限が認められるべきである。

   ウ 段階的安全規制論について

 (ア) 被告国は,「段階的安全規制論」に依拠して,事故当時の法体系においては経済産業大臣が技術基準適合命令を発することはできなかったと主張する。
 しかし,段階的安全規制論は,原子炉設置許可処分の段階における安全審査の対象が基本設計に限定されることの根拠として論じられたものである。すなわち,伊方最判が,原子炉の設置の許可の段階においては,専ら当該原子炉の基本設計のみが規制の対象となるとしたのは,第一に炉規法が核燃料物質,核原料物質,原子炉の利用のそれぞれについて分野毎に安全規制をとっているから,原子炉設置許可に際しての安全性の審査は原子炉自体の安全性に関する事項に限定されること,第二に発電用の原子炉の利用に関する炉規法及び電気事業法による安全規制の特色は,原子炉施設の設計から運転に至るまでの過程を段階的に区分し,それぞれの段階に応じて原子炉施設の許可,工事計画の認可,使用前の検査,保安規定の認可,定期検査等の規制手続を介在せしめ,それらを通じて安全確保を図るという,いわゆる段階的安全規制の体系がとられているから,原子炉の設置許可の段階では,その基本設計のみを審査すればよいことにあるとされている。

 (イ) このような考え方は,原子炉の設置の許可の段階において規制の対象となる範囲を限定するためのものである。被告国の段階的安全規制の主張は設置許可をする時点における安全審査の対象の議論を,設置許可がなされた後の時点における安全性の問題にすり替えたところに誤りがある。したがって,設置の許可がなされた後に新たな技術的知見が生じたことによって,設置の許可の要件を欠くに至った場合,被告国においてどのような規制をすることができるのかという問題については,段階的安全規制から論理必然的に結論が出るものではない。

 (ウ) 段階的安全規制論に依拠して,設置許可後に許可にかかる原子炉施設が基本設計レベルでの安全性を欠いた場合の規制権限について述べる被告国の主張は論理的に飛躍しており誤りである。

   エ 小括

 以上のとおり,被告国は,炉規法または電気事業法に基づいて設置許可を受けた既設原子炉に対し,最新の知見に基づいて当該原子炉の安全性が欠如するに至ったと思量する場合,事業者に対し,安全性を確保するように求めて当該原子炉を一時的に運転停止させる等の規制権限を有していた。

   (6)結果回避可能性について

 ア 結果回避については,前記被告東電の責任で述べたとおりである。しかし,被告国は,回避措置には,①省令62号の改正,②技術基準規則の改訂,③許認可に要する期間,④安全協定に基づく地元了解,のために「5年間」は必要であると述べるため,この点について反論する。

 イ 原告らは津波対策に関して,既存の規則によって対応可能であると主張するものであり省令及び規則の改正は不要である。また,③に関しては,許認可と関わりなく平成14年に「水密化」,「非常用ディーゼル発電機のかさ上げ」(高所化)等が実施されてきた実例からこれらを期間として評価するのは不合理である。
 なお,仮に許認可に関する期間を算入すべきとしても,被告国が「原子炉設置変更許可申請が必要な変更工事等」を引用し本件に必要な許可処分までに2年間を要するとの主張は誤りである。本件各設備は「安全上重要な機器の設計変更に係るもの」として標準処理時間は「長くとも」1年間と捉えるべきであるし,また,「標準処理時間」とは規制機関に対する「制約」でありこれよりも早く審査すべきことを定めたものであるから,仮に許可を要するとしても安全上必要な機器に関する許可処分は早期になされるべきである。

 ウ さらに,被告国は,工事計画認可について申請から処分まで標準処理時間は「3か月」,使用前検査について申請から処分まで標準処理時間は「3か月」とするが,前者については,安全機器に関して早期に実施されるべきは同様であるし,後者については,すでに設備施設後,使用前の検査であるから,これを結果回避のために要する期間として算入することは誤っている。④「地元の了解」はそもそも技術基準適合命令等行政権限の不行使の理由とはなりえず,これを,必要な期間として評価の対象とすべきではない。

 エ 防潮堤の設置には他の手段と異なり実施に時間がかかることも予想されるが,前述のとおり,被告東電が事故後わずか2年間程度で,防潮堤を設置していることから,長期間が必要と評価すべきではない。以上のとおり,期間の点でも,結果回避可能性を肯定できる。

   (7)小括

 以上からすれば,被告国は,平成14年時点(ないし遅くとも平成20年3~6月)で,津波の予見が可能であったのであるから,被告東電に対し,電気事業法40条に基づく技術基準適合命令を発し,または,炉規法に基づいて一時的に運転停止させる等必要な安全対策をとり,本件結果を回避すべきであった。
 そして,最新の科学的,専門技術的知見に照らして,原子炉設置許可後に当該原子炉が安全性を欠くに至った場合,経済産業大臣は,適時に電気事業法に基づいて技術基準適合命令を発動すること,及び炉規法に基づいて運転停止させる等必要な安全対策をとることが可能である。
 したがって,被告国が津波の予見が可能となった平成14年時点(ないし遅くとも平成20年3月ころ)には,既に規制権限不行使の違法が認められる。

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  2 シビアアクシデント対策にかかる被告国の権限不行使が違法であること

   (1)省令制定権限不行使が違法であること

   ア 規制権限について
 本件事故以前にはシビアアクシデント対策を規定する省令は存在しなかった。しかし,被告国は,電気事業者に対し,シビアアクシデント対策を義務づける省令を制定すること,又は,行政指導を行うことで事故を回避することが可能であった。
 電気事業法は,「電気工作物の工事,維持及び運用を規制することによって,公共の安全を確保し,及び環境の保全を図ること」を目的として(1条),「事業用電気工作物を主務省令で定める技術基準に適合するように維持しなければなら」ず(39条1項),その主務省令において,「事業用電気工作物は,人体に危害を及ぼし,又は物件に損傷を与えないようにすること」とされている(39条2項1号)。これを受け,制定当時の通産省令により,各技術基準が定められ,電気事業法による細かな技術的規制内容は,包括的,網羅的に省令に委任されている。
 このように電気事業法が,事業用電気工作物の維持のために電気事業者が講ずるべき措置の内容を省令に包括的,網羅的に委任した趣旨は,当該措置の内容が,多岐にわたる専門的,技術的事項であること,また,その内容を出来うる限り速やかに,技術の進歩や最新の技術的知見に適合したものに改正していくためには,これを主務大臣に委ねるのが適当とされことによるものである。
 上記のとおり,法の趣旨及び規定の趣旨に鑑みると,電気事業法の主務大臣たる経済産業大臣の電気事業法に基づく規制権限は,公共の安全を確保し,及び環境の保全を図ることを目的として,できる限り速やかに,技術の進歩や最新の技術的知見に適合したものに改正すべく,適時にかつ適切に行使されるべきものであり,最新の技術的知見には,設備に影響を与えうる地震,津波等の外的要因に関する科学的知見やSA等の規制手法に関する知見をも含むと解するべきである。
 したがって,適時かつ適切に省令を改正しない場合,電気事業法の趣旨,目的やその権限の性質等に照らし,著しく合理性を欠くものであって,国賠法1条1項の適用上違法となるものである。

   イ シビアアクシデント対策に関する状況
 昭和54年3月28日の米国スリーマイル島2号機事故及び昭和61年4月26日の旧ソ連チェルノブイリ4号機事故を契機としてシビアアクシデント対策の必要性が広く認識された。これらの事故を受けて,米国では,原子炉に関する確率論的安全評価(PSA)を検討し,昭和62年2月,その成果を「NUREG-1150」(初版)と題する報告書にして公表した。同報告書においては,外的事象に起因する炉心損傷は,内的事象に比べて決して小さくないことが指摘されていた。原子力安全委員会(当時)は,昭和62年7月,原子炉安全基準部会に共通問題懇談会を設置した。同懇談会では,シビアアクシデントに対する検討を行っており,NUREG-1150も,その検討対象とされていた。
 その後も,平成11年12月にはフランスのルブレイエ原発で洪水を原因とするSBO事故が,また,平成13年3月には,台湾の第三(馬鞍山)原発でも霧害を原因とするSBO事故が発生し,現実の問題としてシビアアクシデント対策の重要性が再認識された。
 さらに,平成13年9月には米国で航空機テロが発生し,翌14年2月には,暫定補償措置命令(いわゆるB.5.b項)が出されたが,その内容が日本国内でも実施されていれば,本件事故の発生を防止し得たと評価されている。
 この間,日本国内では内的事象についてのみ行政指導により事業者に対策を求めたが,通産省課長通知「発電用軽水型原子力発電施設におけるアクシデントマネジメントの整備について」が平成8年9月に発出されてから事業者が「アクシデントマネジメント整備報告書」を提出するに至ったのは,ようやく平成14年5月のことであった。また,被告東電を含む電気事業者は,この間,外的事象によるシビアアクシデントの検討の必要性を認識しながらも,実際には対策を怠っていた。

   ウ IAEAの安全基準について
 IAEA安全基準は,法的拘束力を有するものではないが,その一方で,「加盟各国がその活動に応じてそれぞれの判断により,国の規制に取り入れるもの」であり,「IAEA自身の活動及びIAEAによって支援された活動については,安全基準の適用が義務付けられている」。また,以下の理由により,加盟各国の原子力安全規制の妥当性評価の一つの指標と見なされる。したがって,IAEA安全基準の適用は「国際的慣行」であり,かつ,加盟国である日本は当該基準の国内法適用を要請されていた。
 2000(平成12)年公開の安全要件NS-R-1:「原子力発電所の安全:設計」は,5層の深層防護概念を前提に,所外に起因する事象(外的事象)を含む防護策の具備を加盟国に要請し,設計基準事故を越える事象(深層防護第4層)に対し,「工学的判断と確率論的手法の組み合わせを用いて,合理的で実効可能な発生防止策及び影響緩和策を特定するため事象推移を決定しなければならない」「確率論的手法,決定論的手法及び適切な工学的判断を組み合わせて,シビアアクシデントに至る重要な事象推移を同定しなければならない」とする。これは,原告らの主張する,確率論的評価,事故シーケンスの同定を指すものである。
 また,NS-R-3:「原子炉等施設の立地評価」(2003(平成15)年刊行)は,外部事象として,「地震に起因する水波」,すなわち津波を挙げ,「有史以前及び歴史上のデータの収集」して確率論的安全評価を行うことを要請している。
 さらに,IAEAは2009(平成21)年に,NS-G2.15:「原子力発電所のシビアアクシデントマネジメント計画」を作成し,洪水を含む外部事象設計基準を越える事故のPSA評価を推奨した。さらに,「外部事象により提起される具体的な脅威」として,「電源喪失,制御室や電源開閉装置室の喪失」を挙げている。被告国は同基準の作成に関与しており,2005(平成17)年に同基準の草案を知り得た。

   エ 省令制定権限の不行使が違法となる時期
 外部事象に対する確率論的評価を含むシビアアクシデント対策を規制要件化すべき根拠となるIAEA安全基準が公刊されていた平成12年,もしくは,(遅くとも)日本においてNS-R-3:定期安全レビューが法制化された平成15年には,被告国は外部事象の確率論的評価を含むシビアアクシデント対策を規制要件とする省令を制定すべきであったのであり,この時期以降の不作為は違法状態と評価できる。
 なお,本件原発事故後,平成24年9月19日,原子力規制員会設置法に基づき原子力規制委員会が環境省の外局として設置された。そして,原子力規制委員会は,平成25年6月19日,実用発電用原子炉及びその附属施設の技術基準に関する規則(以下「原子力規制委員会規則第6号」という。)を策定し,いわゆる新規制基準を設けシビアアクシデント対策を要求している。原子力規制委員会は発足後わずか9か月間で規則を制定しているのであり,被告国が早急に着手すれば同程度で省令改正が可能であったといえる。

   オ 小括
 以上のとおり,被告国は,平成14年以降,シビアアクシデント対策として内的事象のみならず,地震,津波等の外的事象の対策も必要であることを認識していた。また,IAEAから国際的慣行からの遅れを指摘されていた。
 したがって,被告国は,速やかに,電気事業法に基づく省令制定権限を適時かつ適切に行使し,事業者に対し,発電用原子力設備について外的事象も含めてシビアアクシデント対策を行うよう義務づけを行なうべきであった。

   (2)行政指導権限の不行使の違法

   ア 被告国の行政指導権限
 被告国は,電気事業法39条1項,2項1号に基づき,事業用電気工作物が「人体に危害を及ぼし,又は物件に損傷を与えないようにする」ために,政令を制定し電気事業者を規制する権限を有していたのであるから,同条に基づき行政指導を行う権限をも当然に有していた。
 そして,電気事業法39条1項に基づく行政指導権限は,人体に対する危害及び物件に対する損傷を防止することを主要な目的として,できる限り速やかに,事業用電気工作物が技術の進歩や最新の技術的知見等に適合するよう,適時にかつ適切に行使されるべきものであった。

   イ 原子炉施設に対しては規制的行政指導がなされていたこと
 被告国は,行政指導の法形式で原子炉施設の規制を行ってきた。例えば,耐震性の規制として,平成4年に通商産業省資源エネルギー庁公益事業部(当時)は,耐震バックチェックを行い,報告書の提出を求め,被告東電は,平成6(1994)年3月に,「福島第一原子力発電所第1(ないし6)号機耐震性評価結果報告書」を提出したり,平成18年にも耐震バックチェックを行ったりしており,これらに対して被告東電は積極的に従っていた。
 また,残余のリスク(設計基準外事象)に対する規制として,被告国は,原子力安全委員会の「残余のリスク」に関して確率論的安全評価(PSA)等の評価手法を取り入れるべきであるとの見解に基づき,各事業者に対して指示を行い,これに対し,被告東電も,残余のリスクを定量的に評価する旨プレスリリースにて報告しており,保安院が,電気事業者らに対し,シビアアクシデント対策に関する行政指導を行い,被告東電はこれに積極的に従っていた。
 さらに,平成19年(2007年)7月の新潟県中越沖地震の際には,柏崎刈羽原発は全面停止したが,経済産業省は耐震バックチェックで安全性が確認できるまで,原子炉の運転を再開しないよう指示を出した。これは,被告国が規制的行政指導により運転を停止させた例であるといえる。
 以上のとおり,日本の原子力行政において規制庁は「行政指導」の法形式により,電気事業者に対し耐震安全性チェック及びAM対策を促してきた。これらは,通達等により発出され,その内容も詳細かつ厳密な規定に基づくものである。そして,電気事業者はこれら行政指導に積極的に応じてきた。本来これらは,バックフィットすなわち法令に基づき行われるべき重要な規制である。従って,日本の原子力行政は,事業者の任意の協力を超えた規制的行政指導により電気事業者に対する規制を行ってきたものと評価できるのであり,被告国には適時に適切な行政指導による規制を行うことが期待されていた。

   ウ 小括
 被告国は電気事業者に対し,電源対策・最終ヒートシンク(崩壊熱除去系)の整備を行うよう行政指導を行っていれば,本件事故を回避することが可能であった。そして,被告国は,遅くとも平成14年の時点で,国内外の事故故障情報等の知見より,SBO及び崩壊熱除去系に対する対策・規制の必要性について予見可能であった。しかし,被告国は,シビアアクシデント対策について何ら適切な行政指導を行わなかった。
 以上のとおり,被告国は,電気事業法39条1項に基づく行政指導権限を適時かつ適切に行使したものとは到底いえず,権限の不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くものである。そのため,被告国の行政指導権限の不行使は,国賠法1条1項の適用上違法である。

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  3 被告国の二次的補完的責任との主張について

 (1) 被告国は,規制権限の不行使の違法を判断した各種判例においては,事業者の一次的かつ最終的責任を前提としていると主張し,原子力利用に関する各種法令の規定も,原子炉の利用及び安全確保については,事業者の一次的かつ最終的責任を前提とし,被告国が高度の結果回避義務(情報収集義務,調査義務)を負担するものではないこと,及び,被告国の責任の範囲は,第一次的責任者である被告東電と比して相当程度限定されたものになるべきであることを主張する。

 (2) しかし,被告国は,クロロキン最高裁判決を引用するが,同判決は,国の二次的,補完的責任に触れるものではない。そもそも,薬事法に基づく権限不行使については,いわゆる薬害肝炎事件において国の責任を認めた東京地裁平成19年3月23日判決(判例時報1975号72頁)等は,国に被告製薬企業と同一範囲での責任を認容している。また,筑豊じん肺福岡高裁判決(平成13年7月19日 判例時報1785号89頁)も,労働者の安全確保は一次的には使用者にあるという当然の事理に基づいたものであって,原子力利用にあたって,被告国が国民に対して負っている責任とは全く事案を異にする。
 というのも,労働者には,使用者との労使協議を通じて自らの身の安全を守ることがある程度期待することができるが,原子力発電所における住民の安全性確保は,そのようなことが一切期待できない。そもそも,原子力安全は高度の専門性を有しなければ,その妥当性を判断することしはできないのであり,このように高度の専門性に基づかなければ,その安全性を確認できない原子力発電所については,むしろ被告国こそが,率先してその規制権限を行使して,安全性確保に努力することが求められているのである。
 したがって,本件において被告国に補完的,二次的責任の名の下にいささかでも免責を認めることは妥当ではない。

 (3) 原子炉の利用及び安全確保に関する法的規制は,国の規制権限は広範にわたる。その上,被告国は,規制権限を行使するためにその技術的支援を受けるために独立行政法人原子力安全基盤機構(JNES)を設置する等して,主体的に原子炉利用及び安全確保に当たっていた。また,被告国が規制権限を行使する前提として,被告国は,被告東電ら電気事業者,電事連,土木学会など利害関係者に指示して報告を求める方法,外部団体に委託して調査研究を行う方法被告国の機関が調査(「立入検査」,「安全解析・評価」,「安全関連情報の調査」,「試験・研究」)を行うなど,様々な行政調査を行っている。このように労働者安全の確保一般を目的とするじん肺のケースと本件とは全く異なる。

 (4) 被告国は,JNESを通じて原子力の安全確保のための基盤整備を行っており,地震津波等についても,地震調査研究推進本部の長期評価を通じて,常に主体的にその危険性を知り得る立場にあった。そもそも,被告国に与えられていた規制権限の根拠となる法令は,原子力施設からのリスクを極めて低い水準に抑制することを求めていたと解釈すべきである。したがって,被告国には,かかる観点から高度な結果回避措置を講じる責任を負っていたものである。
 また,原子炉の利用については,国策民営といわれる実態があったのであり,その責任を企業の責任に比して限定することには一切理由がない。


  4 相互主義(国賠法6条)について

 大韓民国については国賠法に相互保証の規定があるため,韓国籍の原告に対しても日本の国賠法の適用がある。

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 (被告国の主張)


  1 被告国の権限不行使が違法となる場合について

   (1)違法性の判断は職務行為の時点を基準として判断されるべきこと

 国賠法上の「違法」とは,公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背することをいう。すなわち,公権力の行使に当たる公務員の行為が国賠法1条1項の適用上「違法」と評価されるためには,当該公務員が,損害賠償を求めている個別の国民との関係で職務上の法的義務を負担し,かつ,当該行為がその職務上の法的義務に違背してされた場合でなければならない。
 本件では,高度の科学知識と科学技術を結集して設計,維持,管理がなされる原子炉施設における,核物理学,原子力工学,機械工学,放射線医学,地震学,地質学等多方面にわたる専門分野の知識経験を踏まえた将来の事象に係る予測判断が問題とされている。このような予測判断の場面において,これら専門分野における通説的見解においても想定することができなかった事象を予見し,これに対する作為・不作為を義務付けるとすれば,内閣総理大臣や経済産業大臣に不可能を強いる結果となることが明らかである。
 したがって,本件においても,被告国の作為・不作為が問題とされる当時において,学識経験者の間でどのような知見が形成,確立され,通説的見解とされていたのか,取り分け地震予測や津波予測といった,いまだに未解明の事項が多く残り,なお発展過程にある学術分野において,過去のデータの解析,予測条件や予測手法の評価等について,どのような研究成果が通用性を有するものとして専門家において広く受容され,どのような事項が今後の研究の継続により解明されるべき課題として認識されていたかを慎重かつ謙虚に吟味する必要がある。当時の科学的知見に照らした評価を離れ,現時点から回顧的に結果回避措置を措定した上で予見可能性の有無を判断するかのような原告らの主張は誤りである。

   (2)公権力の行使の内容及び性質について

 行政を担う公務員の行政行為であっても,国賠法1条1項の対象となる行為には,当該行為をするに当たって当該公務員に裁量が認められる裁量処分もあれば,それが認められない羈束処分もあり,また,規制権限といった行政行為の不作為が国賠法1条1項の対象となることもある。
 したがって,これらが国賠法上違法となるかについて判断するに当たっては,当該行政行為の内容及び性質を踏まえ,当該行政行為の根拠法令上,当該公務員が当該行政行為を行うに当たって個別の国民に対し,どのような職務上の法的義務を負っており,これに違背したといえるかが探求されなければならない。

  (3)規制権限の不行使が国賠法1条1項の適用上違法とされる場合

 ア 規制権限の不行使という不作為が国賠法上違法であるというためには,当該公務員が規制権限を有し,規制権限の行使によって受ける国民の利益が国賠法上保護されるべき利益である(反射的利益ではない)ことに加えて,右権限不行使によって損害を受けたと主張する特定の国民との関係において,当該公務員が規制権限を行使すべき義務(作為義務)が認められ,右作為義務に違反することが必要である。そして,「規制権限行使の要件が法定され,右要件を満たす場合に権限を行使しなければならないとされているときは,右要件を満たす場合に作為義務が認められることになる」が,「規制権限の要件は定められているものの,権限を行使するか否かにつき裁量が認められている場合や,権限行使の要件が具体的に定められていない場合には,規制権限の存在から直ちに作為義務が認められることにはならない。」と解決されている。

 イ このように規制権限を行使するかどうかについて裁量が認められている事項や,権限行使の要件が具体的に定められていない事項については,第一次的には行政機関の判断が尊重されるべきであって,その規制権限の不行使が国賠法1条1項の適用上違法となるのは,その権限を定めた法令の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,具体的事情の下において,その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときに限られるところ,原告らが主張する電気事業法についても,行政庁に専門技術的な裁量がある。
 すなわち,規定の文言からも明らかなとおり,技術基準適合命令に関する電気事業法の規定は,その内容が一義的に明確に定められているものではなく,しかも,事業用電気工作物(本件では,その中でも現代の科学技術を結集した原子力発電施設)という性質上,「人体に危害を及ぼし,又は物件に損傷を与え」るか否かの判断は,高度の専門技術的判断を要するから,同規定は行政庁の専門技術的裁量を許容しているというべきである。さらに,省令の制定・改正については,一般の行政処分と同様の意味での要件規定はなく,行政庁は,諸般の事情を考慮しつつ,その合理的な裁量に基づき,その要否,具体的な内容等について判断すれば足りることや,その内容が公益的,専門的及び技術的な事項にわたることからすれば,行政庁の裁量は裁量的行政処分の場合よりも更に広いというべきである。
 したがって,原告らの主張する規制権限の不行使が,国賠法1条1項の適用上達法となるのは,炉規法や電気事業法の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,権限を行使すべきであったとされる「早ければ平成14年頃,遅くとも平成20年3月」当時の具体的事情の下において,その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くときに限られる。

 ウ 規制権限の不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くか否かの判断に当たって考慮されるべき事情としては,被害結果の重大性やその予見可能性,回避可能性のほか,権限不行使が問題となる当時の一切の事情が評価対象となり,その判断を行うに当たっては,行政権限の行使を行政庁の裁量に委ねた根拠法規及び権限根拠規定の各趣旨・目的,裁量の幅の大小,規制ないし監督の相手方及び方法についての当該法規の定め方を前提として,権限行使を義務化する上で積極的に作用する事情のみならず,消極に作用する事情も含めた諸般の事情が総合考慮されているというべきである。
 この点については,規制権限不行使の違法に関する各裁判例で述べられているとおり,規制権限不行使の違法性の判断は,規制権限の行使が問題となる当時の具体的事情の一切が斟酌されるため,本件訴訟においても,原告らが問題とする時期の前後において,原告らが行使すべきと主張する規制権限とは別に,行政庁において実際に講じた措置がある場合には,原告らが主張する規制権限の不行使が「許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠く」と認められるか否かは,行政庁が当該措置に代えて,あるいは当該措置に加えて,原告らが主張する規制権限を行使しなかったことの不合理性が問われなければならない。
 したがって,規制権限の不行使が「許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠く」か否かは,権限不行使が問題とされる当時の一切の事情を考慮して判断すべきであり,その際,行政庁において実際に講じた措置がある場合には,その内容も考慮される必要があるから,あたかも本件においては,予見可能性の存在ないし結果回避可能性の存在のみが規制権限不行使の違法性判断の考慮要素となるかのような原告らの前記主張は誤りである。また,その判断に際しては,被告国が負っている責任が二次的かつ補完的責任であることを踏まえても,なお,規制権限を行使しなかったことが不合理であると評価されるか否かが検討されるべきである。

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  2 経済産業大臣には行使すべき規制権限が認められないこと

   (1)経済産業大臣は被告東電に対し,原告らの主張するような措置を講ずるよう是正させる規制権限を有していなかったこと

 ア 原告らは,本件事故前において,①「想定すべき津波より高い防潮堤,盛土構造物及び防潮壁などの設置」,②「非常用ディーゼル発電機や配電盤などの高所配置」,③「非常用ディーゼル発電機及び配電盤の設置されているタービン建屋の水密化等」の結果回避措置(原告ら主張に係る結果回避措置)を講じるべきであったとして,平成24年改正前の電気事業法40条に基づき,これらの措置を講じることを内容とする技術基準適合命令を発令するか,あるいは新たに省令を制定することにより,結果を回避することが可能であった旨主張する。
 しかし,実用発電用原子炉に関する安全規制は,段階的な安全規制の考え方を前提としているところ,原告らが規制権限として念頭に置いている電気事業法40条に基づく技術基準適合命令又は省令制定権限は,詳細設計に関わる事項のみが対象になっており,基本設計ないし基本的設計方針の安全性に関わる問題を対象とするものではない。
 したがって,経済産業大臣は,技術基準適合命令を発令するか,あるいは省令を制定することによって,被告東電に対し,原告ら主張に係る結果回避措置を講じるよう命じることはできなかったのであり,原告らが行使すべきであったとする規制権限をそもそも有していなかった。

 イ 実用発電用原子炉施設に関する炉規法及び電気事業法による安全規制は,原子炉施設の設計から運転に至るまでの過程を段階的に区分し,それぞれの段階に応じて,各規制を設け,炉規法における安全規制は,原子炉施設の設計から運転に至る過程までを段階的に区分し,それぞれの段階に対応して,一連の許認可等の規制手続を介在させ,これらを通じて原子炉の利用に係る安全の確保を図るという,段階的安全規制の体系が採られている。
 したがって,実用発電用原子炉に関する炉規法及び電気事業法による安全規制は,設置許可処分に当たっての安全審査により,その土台となる基本設計ないし基本的設計方針の妥当性が審査され,これに続く後段規制では,基本設計ないし基本的設計方針が妥当であることを前提として,詳細設計の安全性に問題がないか否か,更には具体的な部材,設備,機器等の強度,機能の確保が図られているか否かといったより細緻な事項へと段階を踏んで審査がされる方法が採用されているのである。ここで,具体的な安全審査の基準あるいは判断基準の策定について処分行政庁に専門技術的裁量が認められることに照らせば,基本設計ないし基本的設計方針としていかなる事項をいかなる程度まで審査すべきかの具体的な判別についても,処分行政庁の専門技術的な見地からの合理的な判断に委ねられているというべきである。
 本件では,福島第一原発1号機から4号機の設置許可処分における基本設計ないし基本的設計方針に係る安全審査については,いずれも,原子炉設置(変更)許可処分時に行われる基本設計ないし基本的設計方針の安全審査において,津波に対する安全性が確保されていることが確認されていた。

 ウ そして,後段規制の段階では,技術基準が,事業用電気工作物としての原子炉施設の工事計画認可から運転開始後に至るまでの全段階にわたり,当該原子炉施設の具体の部材,設備等の安全性を確保するための基準として位置づけられ,機能していたことや,平成24年改正前の電気事業法40条の文理に照らせば,事業用電気工作物が技術基準に適合していないと認められる場合に,これを技術基準に適合させるための措置を命ずることを規定した趣旨であることは明らかである。同条はもとより電気事業法のその他の規定を見ても,原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針が平成24年改正前の炉規法24条1項4号の設置許可の基準に適合しないことが明らかになった場合に,技術基準適合命令を発して当該基本設計ないし基本的設計方針の是正を命ずることができると解し得るような規定は存在しない。
 このように,本件事故当時の法令上,技術基準は,飽くまで後段規制において,事業用電気工作物の具体の部材,機器等の機能や安全性等を維持するための基準として位置づけられているものであり,技術基準適合命令は,後段規制により原子炉施設の安全確保を図る方策として,この技術基準の不適合を是正するものとしてのみ規定されていたのである。

 エ これに対し,原告らは,技術基準適合命令は,設置許可段階で確認された具体的な基本設計等が,現在の科学技術水準を踏まえた技術基準に適合しないときにも,発することができる旨主張する。しかしながら,電気事業法39条,40条に規定する技術基準は,炉規法24条1項4号に基づく基本設計ないし基本的設計方針に係る基準を前提に経済産業大臣が現に策定している技術基準,すなわち実定的な技術基準を指すのであって,これを離れて抽象的にあるべき科学技術水準が問題となるわけではないから,原告らの主張は,失当というべきである。

 オ そして,原告ら主張に係る結果回避措置は,いずれも基本設計ないし基本的設計方針に関わる事項である。すなわち,津波に対する事故防止対策については,基本設計ないし基本的設計方針において,敷地高さを想定される津波の高さ以上のものとして津波の侵入を防ぐことを基本とし(ドライサイト),津波に対する他の事故防止対策も考慮して,津波による浸水等によって施設の安全機能が重大な影響を受けるおそれがないものとすることを求めている。
 また,福島第一原発の原子炉設置許可処分における安全審査においては,立地条件として「海象」について調査審議され,潮位の記録として,小名浜港(敷地南方約50km)における観測記録によれば,チリ地震津波(昭和35年)の最高3.1mがあることが指摘されているとおり,申請者(被告東電)は,主要建屋の敷地高さがO.P.+10mであるのに対し,設置許可処分当時の想定津波はチリ地震津波によるO.P.+5.1mであり,津波の性質上,波高等に不確定な要素があることを考慮しても,敷地高さと想定津波との間に十分な高低差があることをもって,津波対策に係る基本設計ないし基本的設計方針としており,被告国は,このような申請者(被告東電)が採用した津波対策に係る基本設計ないし基本的設計方針が妥当なものであると評価した上で原子炉設置許可処分を行っている。なお,想定津波はその後,確立した科学的知見に基づく津波評価技術が発表されたことから,被告東電が,かかる知見に基づいて平成14年に近地津波でO.P.+5.4から+5.7mに変更し,さらに,平成21年にはO.P.+5.4から+6.1mに変更したものである。もっとも,それでもなお敷地高さが想定津波を十分上回り,また,津波の浸水等によって原子炉施設の安全機能が重大な影響を受けるおそれのないものであったことは,前記設置許可処分時と同様であった。
 原告らの主張する,①防潮堤の設置は,安全審査において,原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針について確認すべき事項の一つである,自然的立地条件との関係をも含めた事故防止対策を根本的に変更することになるし,②非常用ディーゼル発電機や配電盤などの高所配置及び③非常用ディーゼル発電機及び配電盤の設置されているタービン建屋の水密化等についてみても,いずれも福島第一原発の建屋の敷地高さを超えて津波が到来することを前提とした措置であり,自然的立地条件との関係をも含めた事故防止対策を根本的に変更することになるから,当該措置は,いずれも基本設計ないし基本的設計方針に関わる事項であって,設置許可処分において,安全性が確認された基本設計ないし基本的設計方針に係る措置となる。
 そのため,設置許可処分において安全性が確認された基本設計ないし基本的設計方針を前提として,その詳細設計について規制すべき省令62号について,これを改正することにより,あるいは,これを改正した上で電気事業法40条に基づく技術基準適合命令により,これを是正することはできなかったものである。

 カ 本件事故前まで経済産業大臣が,原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針の安全性に関わる問題につき,技術基準適合命令により是正する規制権限を有していなかったことについては,事故後の法改正を見ても明らかである。すなわち,本件事故の発生を受けて改正された平成24年改革後の炉規法43条の3の23において,発電用原子炉施設の位置,構造及び設備が核燃料物質若しくは核燃料物質によって汚染された物又は発電用原子炉による災害の防止上支障がないものとして原子力規制委員会規則で定める基準に適合しないと認める場合にも,使用停止等処分をなし得ることを明文で規定した。したがって,この改正により,基本設計ないし基本的設計方針に基づく是正を図ることが可能となったのである。
 このように,平成24年に炉規法が改正されるに至るまで,設置許可処分に当たって審査の対象となる基本設計ないし基本的設計方針に関わる事項について技術基準適合命令を発令する権限は経済産業大臣に授権されていなかった。

 キ なお,この点について,原告らは,原子炉施設設置許可後に,最新の科学的,専門技術的知見に照らして,当該原子炉が安全性を欠くに至った場合,経済産業大臣は,炉規法に基づき,設置許可の取消権の分量的一部として,原子炉施設の運転について一時的に停止を命じることもできる旨主張する。
 しかしながら,原告らは,設置許可の取消権の分量的一部として,原子炉施設の運転について一時的に停止を命じることができると主張するのみで,前記の「既存の原子炉施設が原子炉設置許可の要件を欠くような事態とな」った事実を何ら主張立証していない。したがって,原告らの前記主張は,主張自体失当である。
 また,この点をおいても,後述するとおり,本件事故までの多くの科学的知見を踏まえても,福島第一原発の原子炉が,同事故までにその安全性を欠くに至ったとは認められないから,経済産業大臣が,設置許可の取消権(撤回権)を行使すべき理由はないし,また,その分量的一部としての運転の一時停止を命じるべき理由もない。したがって,原告らの前記主張は,福島第一原発の原子炉が安全性を欠くに至ったことを前提とする点で誤りであり,理由がない。

 ク 以上のとおり,原告らの主張に係る結果回避措置は,いずれも本件津波と同程度の津波又は福島第一原発の建屋の敷地高さを前提にした津波の到来に対する対策を講じることを求めるものであるから,いずれも基本設計ないし基本的設計方針の変更を要するものである。しかしながら,経済産業大臣は,本件事故前までは,基本設計ないし基本的設計方針の安全性に関する問題を対象として,省令62号を改正したり,これを改正したりした上で電気事業法40条に基づく技術基準適合命令を発出するという規制権限をそもそも有していなかったのであるから,原告らの主張は失当である。

   (2)経済産業大臣は,技術基準適合命令によりシビアアクシデント対策をさせる規制権限を有していなかったこと

 ア 原告らは,「被告国は,平成14年以降,シビアアクシデント対策として内的事象のみならず,地震,津波等の外的事象の対策も必要であること,及び,事業者の自主的な取組では必要なシビアアクシデント対策が進まないことを認識していた。したがって,被告国には,その時点でできるだけ速やかに,電気事業法に基づく省令制定権限を適切に行使し,事業者に対し,発電用原子力設備について外的事象も含めてシビアアクシデント対策を行うよう義務づけを行い(中略)電源対策・最終ヒートシンク(崩壊熱除去系)の整備を行わせるべきであった」と主張する。
 しかしながら,以下に述べるとおり,シビアアクシデント対策は,平成24年法律第47号による炉規法の改正(平成24年改正)により法規制の対象とされたものであり(現行炉規法43条の3の6第1項3号等),同改正前においては,我が国の法制度上,シビアアクシデント対策は法規制の対象とはされていなかったから,炉規法及び原子力安全委員会が定めた指針類を前提とし,それと整合的,体系的に理解されるべき省令62号においてシビアアクシデント対策を規定することはできなかったものである。

 イ 本件事故前まで,シビアアクシデント対策は法規制の対象外であった。シビアアクシデントについては,昭和54年に発生したスリーマイルアイランド原子力発電所事故及び昭和61年に発生したチェルノブイリ原子力発電所事故を受けて検討が進められたものであり,炉規法が制定された昭和32年当時は「シビアアクシデント」として整理された概念自体が存在しなかった。そのため,制定当時の炉規法上,原子炉の規制において,シビアアクシデント対策を要求する規定は置かれていなかった。

 ウ 原子力安全委員会は,前記各事故を受けてシビアアクシデント対策の検討を進め,平成4年5月28日,「発電用軽水型原子炉施設におけるシビアアクシデント対策としてのアクシデントマネージメントについて」を決定し,シビアアクシデント対策を事業者の自主的取組と位置づけた。そして,被告国は,同決定における位置づけの下,行政指導により,種々のシビアアクシデント対策に係る施策を講じており,本件事故時に至るまで,炉規法上,シビアアクシデント対策を要求する規定が新設されることはなかった。

 エ 本件事故後の法改正によって,炉規法1条を改正し,設計基準の範ちゅうの事象を防止するだけでなく,それを超える重大事故が生じた場合に放射性物質が原子力施設外に大量に放出されることを防止することを法の目的に含めた上,発電用原子炉の設置許可基準の一つを「重大事故(発電用原子炉の炉心の著しい損傷その他の原子力規制委員会規則で定める重大な事故をいう。(中略))の発生及び拡大の防止に必要な措置を実施するために必要な技術的能力その他の発電用原子炉の運転を適確に遂行するに足りる技術的能力があること」(平成24年改正後の炉規法43条の3の6第1項3号)と改正し,重大事故対策についても審査の対象とした。
 また,シビアアクシデント対策については,従前は法令上の規制要件として定めていなかったところ,改正後の炉規法は,43条の3の6第1項4号の規定を定め,発電用原子炉施設の位置,構造及び設備,すなわち,発電用原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に関する事項についても,シビアアクシデント対策を新たに求めている。
 したがって,平成24年改正前の炉現法24条1項3号における「原子炉の運転を適確に遂行するに足りる技術的能力があること」には,「その者に重大事故(中略)の発生及び拡大の防止に必要な措置を実施するために必要な技術的能力」(現行炉規法43条の3の6第1項4号)は含まれていなかったのであり,平成24年改正によって創設的に規定されたものであることは明らかである。

 オ 以上のとおり,炉規法制定時において,いまだシビアアクシデントとして整理された概念はなく,その後も,本件事故に至って,同法が改正されるまで,シビアアクシデント対策は同法による規制の対象とされていなかったものである。
 電気事業法の委任に基づき技術基準について定める省令62号は,炉規法に基づく設置許可段階における原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に関わる事項について原子力安全委員会が定めた安全設計審査指針を前提として,原子炉施設の詳細設計にl係る審査基準を定めたものであるから,段階的安全規制の下,基本設計ないし基本的設計方針の妥当性を判断するための指針類と詳細設計の妥当性を判断するための省令62号は,整合的,体系的に理解されるべきものである。そして,炉規法上,シビアアクシデント対策は法規制の対象とされていなかったのであるから,炉規法及び原子力安全委員会が定めた指針類を前提とした省令62号においてシビアアクシデント対策を規定することは法令の委任の範囲を超えてできなかったのであり,省令62号を改正してシビアアクシデント対策を規制すべきであったとする原告らの主張は失当である。

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  3 仮に権限があるとしても権限不行使の違法が認められないこと

   (1)原子力規制に関する法令の趣旨・目的(求められる安全性の程度)

 原子力基本法等の原子力規制に関する法令の規定からすれば,原子力規制に関する法令の趣旨・目的に,原子炉の安全性を確保することで,原子炉施設の周辺住民の生命・身体や財産を保護することが含まれることは否定できないものの,これらの規定は,飽くまで原子力技術という科学技術を受け入れて利用することを前提として,これを規制するものである以上,これらの規定が想定する安全性は,科学技術を利用した施設に求められる安全性を意味していると解するのが相当である。そして,科学技術の分野においては,「絶対的な安全性」,すなわち,どのような重大かつ致命的な人為ミスが重なっても,また,どのような異常事態が生じても,原子炉内の放射性物質が外部の環境に放出されることが絶対にないといった達成不可能な安全性をもって安全と評価しているのではなく,「相対的安全性」,すなわち,科学技術を利用した施設などでは,常に何らかの程度の事故発生等の危険性を伴っているものであるが,その危険性の程度が科学技術の利用により得られる利益の大きさとの対比において,社会通念上容認できる水準であると一般に考えられる場合には,これをもって安全と評価するという考え方に依拠しているのであるから,これらの規定が想定する安全性は,このような「相対的安全性」を前提とした一定レベルの安全性を意味していると考えられる。

   (2)規制権限行使における専門性及び裁量性(被害の重大性を踏まえた行政庁の裁量の広さ)について

 規制権限の行使の判断(原子力発電所の設置許可段階の安全審査や後段規制の工事計画認可段階の技術基準への適合性審査における原子力発電所の安全性の判断)は,「相対的安全性」を前提とする判断であり,その当時の科学技術水準に基づく原子力発電所の安全性の判断にとどまらず,我が国の社会がどの程度の危険性であれば容認するかという観点をも踏まえた判断ということになる。そして,この原子力発電所における科学技術水準に基づく安全性(裏返せば危険性)の判断は,原子力工学を始め,核物理学,機械工学,放射線医学,地震学,地質学等多方面にわたる専門分野の知識経験を踏まえた将来予測となるところ,地震予知,津波予測といった未解明の事項が多く残る学術分野においては,その当時の知見の到達点を前提とせざるを得ない上,将来予測には工学的知見に基づいた安全解析も要することになる。
 以上に照らすと,本件における規制権限行使の判断(原子炉の安全性に係る判断)は,規制行政庁の高度な専門技術的な判断を必要とするものであるから,前記(1)のとおり,原子力規制に関する法令の趣旨・目的に,原子炉施設の周辺住民の生命・身体といった重要な法益の保護が含まれていることや,原子力発電所事故は,その性質上,被害が重大なものとなりやすいことなどを考慮しても,その裁量は高度の専門性に裏付けられたものであって,本来,法的評価とは異質の専門技術的判断を行うことについての適格性を有しない司法権による審査が及ぶ範囲は極めて限られたものになるといわざるを得ない。
 しかも,被害が発生する危険性が高度にかつ切迫しているといえないような場合には,必ずしも優先して津波対策をとることまでは求められないというべきである。特に,福島第一原発における事故と同程度の事故はこれまでに我が国では発生していなかったところ,将来の自然災害を予測して規制を考える場合,これまで規制権限の不行使が問題となった事例のように,過去において既に発生した被害を基にした判断とはおのずから異なるアプローチにならざるを得ない。このような場合,行政庁には,行政庁や原子力事業者の投資できる資源(資金や人材等)が有限であることに照らして,いかなる対策から実施していくのかという点についての裁量も認められてしかるべきであり,その判断には,「リスクの大きさに基づいてリソース(資源)を割く」という「グレーデッドアプローチ」に基づく専門技術的な判断が必要になる。そのため,仮に,一定の合理性がある知見を前提に予見可能性の検討を行うような場合があり得るとするならば,被告国の裁量の幅はグレーデッドアプローチに基づく専門技術的判断を踏まえた広範なものになるというべきである。

   (3)結果回避可能性の前提となる予見可能性の有無を基礎づける知見

 違法性判断の考慮要素たる予見可能性の有無,結果回避可能性及び同容易性等の事情は,以上に述べた法の趣旨・目的や権限の性質に照らし,当時の確立した知見を前提に,検討される必要がある。この点,結果回避可能性の前提となる予見可能性に関しては,前記第1で述べたとおりであり,当時の知見によれば,作為義務を導出する予見可能性が認められないことは明らかである。

   (4)予見内容及び程度に応じた結果回避措置について回避可能性及び同容易性を検討すべきこと

 仮に予見可能性を肯定したとしても,違法性判断に当たり,認められるとする予見可能性の内容及び程度には種々の異論があり,精度,信頼度に欠ける見解等に基づく仮の想定にすぎないことや,実際に生じた被害と同程度の被害(ないしこれをもたらす災害)が発生する可能性か高度にかつ切迫していなかったことなどが斟酌されなければならない。
 また,この場合に検討すべき結果回避可能性及び同容易性は,飽くまでこのような予見内容及び程度に応じた回避措置についての回避可能性及び同容易性である。なぜなら,結果回避措置は,予見し又は予見し得た被害(リスク)に対する規制措置としてしか措定し得ないからである。実際にはより小さなあるいは可能性の低い被害(リスク)しか予見していないのに,より大きなあるいは可能性の高い被害(リスク)を前提とする規制措置の必要性が基礎づけられることはなく,そのような規制措置を採る作為義務を認めることがあれば不可能を強いるものである。本件において,結果回避可能性は,実際に予見し,予見し得た被害(リスク)に対し,回避措置を講じていれば,現に生じた被害(事故)を防げたとの関係が認められるか否かか問われることになる。
 この点において,本件は,権限不行使が問題とされた当時,既に深刻な被害が発生し,これを規制当局が認識していた筑豊じん肺最高裁判決や大阪泉南アスベスト最高裁判決等の事案とは大きく異なる。当然,このことは,経済産業大臣としての将来的な被害発生の蓋然性・切迫性についての予見の内容や予見の程度に大きく差があることを意味するとともに,規制権限の行使に当たっては,比例原則の観点から謙抑的に臨むべきことをも意味することに注意すべきである。本件事故前,津波のリスクは,被害発生の蓋然性・切迫性が乏しいものであって,地震や火災,内部溢水等ほか様々想定し得る,いまだ現実化していないリスクの一つにすぎなかった。このようなリスクに関する情報が存在するからといって,そのことから直ちに本件事故の発生によりリスクが現実化し,単なるリスクにとどまっていた当時と比較してはるかに多くの地震及び津波の知見情報が集積された後に講じられた規制措置と同様の規制措置を,所与の結果回避措置として措定するのは論理が飛躍している。まずは,かようなリスクに関する情報に基づき何らかの規制措置を講じる必要性が基礎づけられ,作為義務が生じるか否かを検討する必要があるし,仮に何らかの規制措置を講じるべき場合には,当該リスクから防護するために,どのような規制措置をどのような期間や手順で講じることが必要となるかを検討することになる。
 そして,このような規制措置の必要性や,必要とされる場合の措置の内容や期間,手順は,当該リスクに関する情報の内容やその信頼度に応じ,当時の技術水準,他の施設で講じられている措置,他に想定し得るリスクと比較した優先度等の事情を考慮して判断されるべきものである。

   (5)本件における結果回避措置として,本件事故後に講じられたのと同様の規制措置を措定することはできないこと

 仮に,津波のリスクに対する何らかの規制措置が必要と解した場合にも,それが本件事故後に講じられたのと同様の規制措置であったとは到底認められないし,様々採り得る規制措置,手段のうち,本件事故後と同様の規制措置を講じるべき作為義務が一義的に導かれると解すべき根拠はない。本件事故後に講じられた規制措置は,巨大地震及び巨大津波により重大事故が実際に発生したことにより,事故後に得られた科学的知見を前提に,事故による教訓を踏まえ,「世界一厳しい基準」とも評される規制基準を策定し,津波対策として,防潮堤の設置のほか,主要施設の水密化,非常用電源・配電盤・高圧注水系等へ接続するための各種ケーブル等の高所配置等を規制要求化したものである。本件事故前において,国内外の原子力発電所で,その全ての措置を講じていた施設は見当たらない。このような事故後の厳格な規制措置を,前記で指摘した程度の津波のリスクに関する情報に対応する回避措置として措定することを根拠づける事情はない。
 むしろ,本件事故前の知見を前提にして津波対策を講じる場合には,防潮堤を設置するのが工学的に妥当な発想であり,これを求める規制措置が措定されるところ,長期評価及び2008年試算を踏まえて防潮堤を設置しても本件事故を回避できなかった。また,実際には,平成18年に改訂された耐震設計審査指針では,津波対策の必要性が明確化され,保安院は,原子力事業者に対し,耐震バックチェックを実施する中で,津波対策についても検討することを求めていた。これまで述べた当時の知見に照らせば,被告国が,耐震バックチェックを最優先課題とし,その中で津波対策についても検討を求めることとした規制判断は,原子力安全規制に関する国際的な共通概念としてのグレーデッドアプローチの観点からも,著しく合理性を欠くと評価される状況になかったことは明らかである。

   (6)結果回避可能性がないこと

 ア 本件事故前の科学的・工学的知見に照らした場合,原告ら主張に係る本件結果回避措置のうち,非常用電源等の高所移設等及び主要施設の水密化等の措置を講ずべき義務が導かれることはなく,原告らが主張するこれらの結果回避措置は,本件事故後の知見を前提にした後知恵に基づくものである。
 すなわち,後知恵を排除して,本件事故前の科学的・工学的知見に照らした場合,敷地高さを超える津波が予見された場合に導かれる対策は,防潮堤・防波堤等の設置によってドライサイトを維持するというものであり,原告ら主張に係る結果回避措置のうち,非常用電源等の高所移設等及び主要施設の水密化等という,主要施設の敷地高さを超えて津波が到来することを前提とした設備上の措置が導かれることはあり得ない。

 イ また,仮に,当時の科学的・工学的知見を踏まえて,被告東電の前記試算を前提とした防潮堤を設置したとしても,本件地震による津波の遡上を防げず,本件事故は回避できなかった。
 本件事故前の科学的・工学的知見に照らした場合,敷地高さを超える津波が予見された場合に導かれる対策は,防潮堤・防波堤等の設置によってドライサイトを維持するというものになる。そして,被告国において,福島第一原発の敷地地盤面を超える何らかの津波の予見が可能となったために,ドライサイトコンセプトの下で何らかの規制権限を行使し,事業者が防潮堤・防波堤等の設置によってドライサイトを維持する対策を講じたとしても,津波の規模(継続時間の違いを前提にした水量,水圧のほか浸水域や浸水域ごとの浸水深,津波の遡上方向等)が異なってくれば,これらに対してドライサイトを維持するための対策として必要となる防潮堤の高さ・強度などの仕様や設置位置は大きく異なってくる。
 したがって,「長期評価の見解」に基づく被告東電の試算によって福島第一原発1~4号機前面からの遡上が認められない以上,同対策としては,試算の結果として浸水源となり得る敷地南側に防潮堤を設置するのが合理的であり,福島第一原発1号機から4号機の敷地前面に「高さ10メートルの防潮堤を設置」することは,「長期評価の見解」に基づく被告東電の試算の津波対策として合理的であるとはいえない。
 そして,被告東電が行ったシミュレーションによれば,2008年試算による津波で高い波高が予測される場所に防潮堤を設置してドライサイトであることを維持する対策を講じた場合では,東側からO.P.+10m盤への津波の流入を防ぐことができず,福島第一原発1~4号機の主要建屋付近の浸水深は,本件事故時の現実の浸水深と比べ,ほとんど変化がないことが明らかとなっているのであり,本件事故は回避できなかったことは明らかである。

 ウ さらに,原告らの結果回避措置の主張は具体性を欠き不十分なものであって,理由がない。すなわち,各個別の措置についても,津波対策を考えるに当たっては,別途地震等による損傷防止対策も検討した上で,全体の安全性を判断する必要があるにもかかわらず,原告らの指摘する前記各措置は,例えば,防潮堤の材質・厚さ・全体構造,電源盤の配置箇所・他の施設との位置関係等には全く目を向けずに,それらの高さの点だけを問題にしていること,また,扉の水密化については,扉の耐水圧を指摘するだけで,大きさ・材質・配置などについては何ら主張がなく,水密化のための方法としての具体性を全く欠いたものといわざるを得ず,いずれの点でも,結果回避措置の主張として不十分であることは明らかである。この点は,個々の措置の具体的内容如何によって,本件津波による全交流電源喪失ないし本件事故という結果回避の可否に対して決定的な差を生じさせるものであり(例として考えれば,水密扉については,厚さや材質次第では本件津波による波力によって破損する可能性もある。これによって破損しない程度の厚さや材質でよいとすれば,そのような重厚な作りをすることによる全体の安全対策の再審査が必要となり,また,別の問題が生じる。),本件の結論を大きく左右するという意味においても,重要な問題である。
 原告らの主張する措置が具体的でない以上,当時の工学的知見から想定される措置とのかい離の有無も不明であり,結果回避の可否もまた不明というほかない。

 エ 当然のことながら,被告東電が採り得た具体的結果回避措置については,当時の科学的知見に従ったものでなければならず,特に全体の安全性に関わるような問題については,単に物理的・技術的に可能か否かという点だけでは検討は不十分であり,原子力工学的に見ても問題のないような内容でなければならないところ,原告らが証拠として提出する失敗学会報告書は,地震動による影響についての検討が明らかに不十分であり,問題である。
 なお,失敗学会報告書には,それ以外にも,水中ポンプや高年電源車については,どこに設置するかについての記載がない。この点は,津波の前提として起きる地震による設置箇所の破損ないし設置箇所への確実なアクセス確保の関係でも,また,津波による漂流物の衝突による破損防止の観点からも重要であるが,具体的な記載がないと,最終的な全体の安全性が確保されるか判断できない。その他の措置についても,具体的な設置箇所やその手法等が明らかとはされていないし,その数も一つでよいのか,何個用意すべきであったというのかも不明であるし,それが地震による影響を受けるか否かについて言及がない。このような意味においても,原子力工学的な配慮が十分なされていないという問題がある。

 オ 前記の点をおくとしても,水密扉や電源の高所化によっても,本件事故を回避できたとはいえない。被告東電の試算(2008年試算)における4号機側からの回込みによる津波は,海側に面しているタービン建屋大物搬入口の扉に直接の波力や漂流物の衝撃力が作用する方向にはないことから,仮に被告東電の試算に基づき,4号機側からの回込みによる津波を防ぐ目的で,タービン建屋大物搬入口に水密扉を設置したとしても,本件津波による波力等に耐え得るようなものであったかどうかも不明であり,本件事故を回避することが可能であったとはいえない。
 また,非常用ディーゼル発電機や配電盤を高台に設置する場合には,同所と建屋との間にケーブル等を敷設する必要が生じるなど,より多くの設備が必要になるのであり,津波やそれに先立つ地震によってケーブル等の設備が破損して機能を喪失したり,地震動で敷地が破損し,電源の供給が維持できたとは,必ずしもいえない。さらに,非常電源設備等,具体的には非常用ディーゼル発電機は,本件当時の耐震設計審査指針で最高のSクラスの耐震安全性を備えることが規制上要求され,それを支持する建屋については,非常用ディーゼル発電機の耐震設計用の地震力に対して,それらの機器を支持する機能が求められるところ,被告東電が福島第一原発の立地地点の本来の地盤(O.P.+35m)の上部が比較的崩れやすい砂岩であるため,安定した基礎を得る目的で地盤を掘り下げて主要地盤(O.P.+10m)を造成したことに照らすと,果たして原告らの主張する建屋が前記規制要求を満たす耐震安全性を確保できるのか大いに疑問であり,その建屋あるいは内部に設置された非常用ディーゼル発電機等そのものが本件津波に先立つ地震によって破損する危険性もあるから,原告らが主張する非常用ディーゼル発電機や配電盤などの高所配置は,地震動対策の観点からも容易にできるものではなかった。そして,非常用ディーゼル発電機を高台に設置し,これらの被水を免れたとしても,電源の供給を再開するには,再度,ケーブル等の敷設を行う必要があるところ,津波後にケーブルを接続する作業をするとすれば津波到達後のがれきの散乱した敷地の状況では,道路の状況等敷地の状況を確認してがれきを撤去して敷設経路を確保する作業なども必要となってくる。実際,本件事故時には,各原子炉建屋への通路が確保されたのは3月11日午後7時から翌12日未明にかけてのことであったのであり,1号機を皮切りに3月11日午後6時頃以降に炉心が露出し,炉心損傷に至っているものと推測されるところ,状況確認すら困難を極めた本件事故当時の状況下で,3月11日午後7時以降に再度ケーブルの敷設作業等を開始したとしても,本件事故が回避できたとは限らない。

 カ 仮に,本件において,被告国に,どこかの時点で,「長期評価の見解」に基づいて,福島第一原発に到来する可能性のある津波の高さを自ら試算し,又は事業者に対して試算を求める義務があるとした場合,以下のとおり,被告国が,①福島第一原発に敷地高を超える津波が到来する具体的可能性を認識できるまでには,その試算を開始又は指示してから相当長期間を要する上,②原告ら主張に係る結果回避措置を講じるまでには更に5年を超える期間を要したと考えられる。
 被告国が,福島第一原発に到来する可能性のある津波の高さを自ら試算する義務又は事業者に対して試算を求める義務を負う余地があるとしても,福島第一原発の試算がされるのは,全国の他の原子炉施設よりも後になった可能性が高い上,専門家による試算の評価に相当長時間を要したと考えられる。したがって,被告国が,福島第一原発に敷地高を超える津波が到来する具体的可能性を認識できるまでには,試算を開始又は指示してから相当長期間を要することになると考えられる。
 また,本件事故前において,経済産業大臣が,被告東電をして,津波の遡上により長時間の全交流電源が喪失することを前提とした対策を講じさせるためには,省令62号の改正及び技術基準規則の策定等により規制権限を整備した上で,福島第一原発の各号機について,同対策に係る許認可手続を履践する必要がある。そうすると,経済産業大臣が,規制権限を整備した上で,被告東電に対し,津波の遡上により長期間の全交流電源が喪失することを前提とした対策を講じさせるためには,少なくとも,規制権限の整備(技術基準規則の策定)に2年3か月以上,許認可手続(設置変更,工事計画,使用前検査)に2年6か月を足し合わせた4年9か月以上を要したと考えられる。そして,実際には,ここに上で述べた地元の了解を得るための期間や被告東電による対策工事の設計,施工に要する期間等が加わることから,それらを含め,全体として,優に約5年を超える期間を要したと考えられる。

 キ 以上のとおり,原告らは,「長期評価の見解」に基づく被告東電の試算(2008年試算)を根拠として,るる結果回避可能性を主張するが,2008年試算が被告国(保安院)に報告されたのは,本件地震の4日前である平成23年3月7日であり前記試算を根拠とする規制権限行使によって本件事故の発生を回避することは不可能であった。
 また,原告ら主張に係る結果回避措置のうち主要施設の水密化等及び非常用電源等の高所移設等については,本件事故前の科学的・工学的知見に照らして,これらの措置を講ずべき義務が導き出されることにはならず,また,防潮堤等の設置については,当時の科学的・工学的知見に照らして,2008年試算による津波を前提にした防潮堤を設置したとしても,本件津波の遡上を防げず,本件事故は回避できなかった。
 さらに,原告ら主張に係る防潮堤以外の結果回避措置を検討したとしても,これらの主張は結果回避措置の主張として不十分であることなどから,原告らの主張には理由がない。

   (7)その他権限不行使の違法性判断において考慮されるべきこと

 ア 本件において,一次的かつ最終的な責任を負うのは,福島第一原発の設置・運営に当たっていた被告東電であり,被告国の規制権限不行使の責任は二次的かつ補完的なものにとどまる。そのため,規制権限の主体である国は,飽くまでも,事業者が行う活動について,当該規制権限を定めた法令の趣旨,目的や権限の性質等に照らして,保護されるべき被害者との関係において,危険な行為をそのまま放置することが著しく合理性を欠く場合に初めて規制権限を行使することが義務付けられるというべきである。また,被告国は,被害に対して一次的かつ最終的な責任を負う事業者に対して認められるような高度の結果回避義務(情報収集,調査義務)を負担するものではない。

 イ 被告国は,耐震設計審査指針の改訂やこれに基づく耐震バックチェックを指示するなどしてきたほか,新潟中越沖地震を踏まえた指導を追加したり,被告東電に対してバックチェックの最終報告提出を促すなど,確立したと認められた科学的知見については,これに基づいた安全対策を講ずるよう行政指導を繰り返してきたものであり,その中には,新潟県中越沖地震後の経済産業大臣の指示とこれによる設備の追加整備など,本件事故の被害低減に大きな効果が認められたものもあった。
 これに加え,被告国は,「原子力施設の耐震安全性に係る新たな科学的・技術的知見の継続的な収集及び評価への反映等について(内規)」を定めるとともに,この内規に基づく対応(科学的・技術的知見の収集,整理及び報告等)を原子力事業者(被告東電を含む。)及びJNESに対して指示したり,文部科学省研究開発局において,長期評価によっても明らかになっていない知見の解明を目標として,業務を委託するなどして知見の収集に努めてきたほか,原告らが指摘する平成14年までの知見や長期評価,溢水勉強会,貞観津波など,規制権限を行使すべき作為義務が生じる前提としての予見可能性が認められるに足りる程度に確立していない知見に対しでも,更なる知見の収集を促すなど,適宜,行政指導を行ってきたものである。
 また,被告国は,シビアアクシデント対策を電気事業者の自主的な取組とした後も継続的に行政指導等を行っており,当該指導等が不十分であったとはいえないし,諸外国においては,例えば,米国において,既設炉について,シビアアクシデント対策を事業者の自主的な取組とするなど,シビアアクシデント対策について各国で対応が異なっており,シビアアクシデント対策について世界的にみて共通の確立した見解があったとは認められず,かかる被告国の取扱いは合理性を欠くものではなかった。

 ウ 被告国は,単に規制権限を行使した方が望ましいというだけでは規制権限を行使することが常に正当化されるとは限らず,規制権限を行使するための十分な根拠があることによって,初めて規制権限の行使が正当化されることになるのである。正当化の可否が不十分な段階で規制権限を行使することになれば,その適法性に疑義が生じることになりかねないのであって,事後的な判断として,当該規制が裁量権の逸脱・濫用と評価される場合には,その規制権限の行使の行政法上の違法が問題となるのである。そして,本件においては,事故前に,福島第一原発に敷地高を超える津波が到来する可能性があるという知見は確立していなかったのであるから,被告国が,そのような根拠が十分に備わっていない状況で,被告東電に対して,技術基準適合命令を発したり,規制権限を背景とした行政指導を実施するなどして,津波対策の実施を法律上命じたり,事実上要請したとすれば,そのような規制権限の行使こそが被告国め裁量権を逸脱・濫用したものとして,違法と評価される可能性すらあったのである。

   (8)小括

 したがって,以上で述べた要素を考慮すれば,本件において,被告国の規制権限の不行使が国賠法1条1項の適用上違法と評価されることはない。

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  4 被告国の責任の範囲は,第一次的責任者である被告東電に比して,相当程度限定されたものになるべきであること

 福島第一原発を管理・運営し,その利益を享受しているのは被告東電であり,被告国ではない。そして,被告国は,その設置等に際し,許認可をしたり,定期検査等をしているものの,これらは,被告東電の安全管理義務を軽減したり,免責するものではない。したがって,前記で述べたとおり,福島第一原発の安全管理は,一次的には,被告東電において行われるべきものであり,被告国は,これを,後見的・補充的に監督するにとどまる。
 そして,民法719条1項前段の共同不法行為が成立するためには,客観的に一個の共同行為があるとみられることが必要と解されるところ,被告国の規制権限の行使は,対象者の自由な活動に一定の制約を課し,不利益を与えるものであって,対象者に対し,責任や注意義務を軽減し,免責するという性格のものではなく,両者は次元を異にする責任である。また,被告国と被告東電では,安全対策の要否を検討するために必要な情報の収集や,これを分析する能力に大きな差があり,同じ情報を把握していたとしても,被告国と被告東電では検討に要する時間を異にする上,何らかの対策が必要との結論に達したとしても,それから,規制権限の行使に至るためには,様々な過程を経る必要のあることも考慮すると,被告国の規制権限行使と規制対象者である原子力事業者の不法行為との間に,客観的に一個の不法行為があるとみることはできない。そうすると,仮に被告国の規制権限不行使について,国賠法1条1項の違法が認められるとしても,これと被告東電の不法行為は,共同不法行為とはならず,単に不法行為が競合しているにすぎないこととなる。
 このような場合において,損害の公平な分担という損害賠償の基本理念に照らし,上記諸事情を勘案すると,被告国の責任の範囲は,第一次的責任者である被告東電に比して,相当程度限定されたものになるべきである。


  5 まとめ

 本件事故前まで,シビアアクシデント対策は法規制の対象外であったものであるし,経済産業大臣は,基本設計ないし基本的設計方針の安全性に関する問題を対象として,省令62号を改正したり,これを改正した上で電気事業法40条に基づく技術基準適合命令を発出するという規制権限を有していなかった。
 また,仮に,被告国に何らかの規制権限が認められるとしても,規制権限の不行使は,その権限を定めた法令の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,具体的事情の下において,その不行使が許容された限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められる場合にのみ,その不行使により被害を受けた者との関係において,国賠法1条1項の適用上違法となるのであるから,違法性の判断に当たっては,予見可能性や結果回避可能性が認められた場合に,直ちに規制権限の不行使が違法となるものではなく,規制権限の行使が問題となる当時の具体的事情の一切が斟酌されるところ,そもそも,本件事故前の知見を前提にした場合には,被告国には作為義務が生じるための前提となる予見可能性や結果回避可能性が認められないし,規制権限不行使の違法の有無について考慮されるべきその他の事情も併せ考えれば,被告国に,規制権限不行使の違法はおよそ認められない。

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