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★ 京都地方裁判所 判決書 事実及び理由
 第2章 事案の概要等
  第4節 当事者の主張 第2 争点②(被告東電の責任)について 

第4節の目次 (判決書の目次はこちら)
 第1 争点①(予見可能性の有無)について
 第2 争点②(被告東電の責任)について
 第3 争点③(被告国の責任)について
 第4 争点④(避難の相当性)について
 第5 争点⑤(損害各論)について



第2 争点②(被告東電の責任)について

 原告らの主張
 被告東電の主張


 (原告らの主張)


  1 民法709条の責任について

 (1) 原賠法自体は,民法上の不法行為に関する規定の適用を排除する旨の規定を設けておらず,同法の趣旨から考えても民法規定の適用を排斥するものではない。すなわち,原賠法上の無過失責任規定(3条1項)は,「被害者の保護」(1条)の見地から民法上の不法行為責任(民法709条)に関する過失の立証負担を軽減するものであり,その限りで特別規定と言うことができるが,加害者の故意又は過失の立証か十分可能な場合に,被害者側の判断で民法上の不法行為責任を追及するとの選択まで否定するというのは,原賠法の目的である被害者保護の趣旨に反するものであって,このような解釈は許されないというべきである。そうとすれば,原賠法3条1項の存在は,故意又は過失ある原子力事業者が不法行為責任を負う場合,被害者において立証責任を軽減された当該規定の適用を主張することもできるが,さらに民法上の不法行為規定の適用を主張・立証することを妨げるものではないと解すべきである。

 (2) 民法上の不法行為責任の特則とされる自賠法をはじめとする特別法においては,各法律の趣旨及び目的を踏まえた上で,当該特別法に基づく賠償規定が民法上の不法行為規定を排除するか否かを検討する必要があり,本件でも民法規定の適用排除を明言していない原賠法(同法4条3項)において,原子力事業者の無過失責任を定める原賠法3条1項の規定が,民法上の不法行為責任に基づく請求を排除する趣旨を含むものか否かによって結論が異なるのである。

 (3) 原賠法では,①原子力事業者に対する損害賠償措置の強制(同法6条,24条),②原子力損害の賠償に関する国の介入(原賠法16条等),及び③原子力事業者による第三者への求償権の制限(同法5条)が規定されている。しかし,これらの規定は,その趣旨からして,原子力事業者自身が原賠法3条1項の他に民法709条によって賠償責任を負うことを排除するものではない。なぜなら,先に例として挙げた自賠法との目的・構造の類似性にかんがみれば,本件の場合も自賠法におけると同じく,原子力事業者に原子炉の運転等による原子力損害について民法上の不法行為責任が成立する場合には,これと並存して,当然に原賠法3条1項に基づく責任も成立する(請求権の競合)と考えることができるからである。その結果,被害者による賠償請求について民法上の不法行為規定が適用されたとしても,同時に原賠法の上記諸規定の要件も充足されることになり,これらの規定に基づく保険金等の支払や国による援助が否定される理由はないから,「原子力事業の健全な発達」の目的を何ら阻害することはないのである。

 (4) 原賠法では,①原子力事業者の無過失責任(同法3条1項)及び②原子力事業者への賠償措置の強制(同法6条)を規定している。この点については,原賠法上の規定と民法上の規定のどちらに基づいて請求するかは,被害者保護の観点からすれば被害者自身が選択すれば足りるのであり,ことさら民法規定の適用を排除すべき理由は認められない。


  2 過失の有無は慰謝料の増額事由となりうること

 (1) 一般に不法行為に基づく損害賠償(慰謝料)請求事件においては,故意又は過失が認められること自体が成立要件になっているが,さらに損害を評価する場面においても,当該実情に合った損害額を算定するため加害者の故意・過失の有無,種類,程度が斟酌されている。その典型的な例が交通事故による損害賠償請求事案であり,そこでは,例えば加害者に故意又は重過失や著しく不誠実な態度が認められる場合,そのことが慰謝料の増額事由とされることに異論はないはずである。

 (2) 以上からすれば,原告らが民法709条の適用を求めた場合,損害の大きさを判断する上でも被告東電の「過失」の有無,種類,程度が審理されなければならないのである。

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  3 津波対策に関して過失が認められること

   (1) 平成14年時点で敷地高を超える津波が予見可能であったこと

 被告東電は,平成20年3月ころ,平成14年に公開されている「津波評価技術」と「長期評価」を用いて,福島第一原発第1号機乃至第4号機の敷地高(O.P.+10m)を超える津波が生じることを推定計算した。しかしながら,上記試算の根拠となる「津波評価技術」と「長期評価」はいずれも,平成14年に発表されている。従って,被告東電は,平成14年段階でこれらに基づく試算結果を知り得たものである。
 したがって,被告東電は,平成14年の時点で,長期評価と津波評価技術を組み合わせることで,福島第一原発において,O.P.+15.7mの津波の到来を予見できた。それのみでなく,被等東電は,平成21年9月には,上述のとおり,貞観津波の波源モデルに基づく試算によっても福島第一原発の敷地高を超える津波が到来することを具体的に認識していたし,平成20年3月にはその予見可能な程度の知見があった。

   (2) 結果回避の手段について

 ア 防潮堤の設置
 原告らは,結果回避の方法として,防潮堤の設置を主張する。なお,結果回避可能な防潮堤は「O.P.+10mの敷地上に約10m」の防潮堤を設置することである。具体的には,10mの敷地上に1号機から4号機の原子炉・タービン建屋につき,敷地南側側面だけでなく,南側側面から東側全面を囲う10m(O.P.+20m)の防潮堤(鉛直壁),5号機及び6号機の原子炉・タービン建屋を東側全面から北側側面を囲う防潮堤(鉛直壁)である。また,防潮堤の高さに対応した,必要な強度を要するものである。
 被告東電の土木調査グループは東電設計株式会社に対し,明治三陸沖地震の津波波源モデルを福島県沖海溝沿いに設定した場合の津波水位を試算するよう依頼し,東電設計株式会社は,平成20年3月18日,福島第一原発の敷地南側で津波水位が最大でO.P.+15.7mとなる旨の解析結果を報告した。この結果を受けて,被告東電の土木調査グループは,東電設計株式会社に対し,原子炉建屋が設置された敷地に対する津波の遡上を防ぐことのできる防潮堤に関する解析を依頼し,平成20年4月,東電設計株式会社から,O.P.+10mの高さの敷地上に,さらに約10m(O.P.+20m)の防潮堤を設置する必要があるとの解析結果を得ていた。すなわち,原告らが主張する防潮堤の仕様は,実際に平成20年推計を行った東電設計株式会社が,当該推計をもとに解析した結果に基づくものであり,平成20年推計の津波を回避する手段として合理的なものである。
 そして,平成20年の推定結果を前提に東電設計株式会社が解析した防潮堤「10mの敷地上に1号機から4号機の原子炉・タービン建屋につき,敷地南側側面だけでなく,南側側面から東側全面を囲う10m(O.P.+20m)の防潮堤(鉛直壁),5号機及び6号機の原子炉・タービン建屋を東側全面から北側側面を囲う防潮堤(鉛直壁)」は天端がO.P.+20mに達するものであり,実際に生じた津波に対しても十分な裕度があり浸水を防ぎ得た。
 なお,防潮堤の建設に関しては,3年7か月間を要するとの検察官の認定がなされている。しかしながら,平成25(2013)年3月29日付け被告東電作成の「福島原子力事故の総括および原子力安全改革プラン」によれば,事故後の対策として①福島第一原発においては,敷地全体について,北防波堤,東防波堤,南防波堤の設置,余震津波対策用仮設防潮の設置がされた旨,②柏崎刈羽原発においては防潮堤の設置が完了した旨,③福島第2原子力発電所においては,土嚢による防潮堤の設置が報告されている。したがって,被告東電は以上の措置を2年程度で完了しているのであり,予見対象津波の予見を受けて速やかに回避措置を実施すれば防潮堤の設置が可能であった。また,「津波評価技術」及び「長期評価」が作成された平成14年を予見の時期とすれば,防潮堤を設置する十分な期間があった。

 イ 防潮堤によらない結果回避措置について
 (ア) 結果回避について,防潮堤の設置によるほか,本件の事故原因は①「全交流電源の喪失」,「直流電源の喪失」,及び②「最終排熱系の破損」であり,防潮堤の設置以外でも,これらを回避する手段がある。「失敗学会報告書」及び「政府事故調中間報告書」によれば,防潮堤によらない回避方法として,水密化,高所化等による回避策及び代替設備で対応する方法が考えられる。

 (イ) 水密化及び高所化等による回避策
 政府事故調査報告書中間報告は,①電源喪失(直流電源,非常用DG本体の機能喪失),及び②海水による冷却機能の喪失(崩壊熱除去系の喪失)を本件事故の原因と分析し,本件の津波に対して冷温停止を実現するためには,「非常用電源(電源盤等の関連設備を含め)と非常用海水系ポンプが1系統でも生き残っていれば,あるいは非常用電源が1系統でも生き残りAMにより水中ポンプが迅速に設置されていれば,冷却機能を保持することができる。」「いずれにしても,直流電源,非常用交流電源,電源盤,非常用海水系ポンプを津波から守ればよいわけだが,海側に設置される非常用海水系ポンプを守るためには,既設の原子力発電所においては建設場所の余裕があるか等の課題はあるが,波力に対する耐力と水密性を備えた建屋を設ける等により実現可能と考えられる。」と整理している。
 具体的には,①SBO対策として,直流電源,非常用電源及び電源盤の水密化,高所化,又は電源車から電力供給,②崩壊熱除去系対策として水中ポンプの水密化,または,水中ポンプが損傷した場合の補修措置や仮設水中ポンプの設備,手動によるベントや消防車を用いた注水によって結果回避可能であった。

 (ウ) 代替設備で対応する方法
 交流電源(AC電源)及び直流電源(DC電源)の喪失の後,冷却機能を回復させるには,まず原子炉停止後2時間以内に,直流電源を復旧し,1号機の非常用復水器(IC),2~5号機の原子炉隔離時冷却系(RCIC)又は高圧注水系(HPCI)を手動で起動させることが必要である。この作業をおこなうために必要な対策は十分な容量と個数の125Vバッテリーと250Vバッテリー(DC)を用意しておくことである。また,RCICとHPCI,の水密化も必須ではないが必要である。RCLIC(又はIC)若しくはHPCIのどちらかが稼働できた場合,少なくとも10時間~18時間程度は冷却が可能である。その後,水中ポンプまたはRHRSループの予備モーター等を用意しておけば,最終排熱系(SHC,RHR)が復旧できる。海水ポンプが高圧交流電源(AC)を要することから,高圧電源車を用意しておく必要がある。最終排熱系の復旧に時間がかかる場合には,PCVスプレーで格納容器内の圧力を凝縮して圧力抑制プールから水を循環させて冷却する方法がある。この場合,交流電源(AC)の復旧と,循環させる水源が必要である。PCVスプレーによる凝縮での冷却期間は1日程度であり,1~2日の間に最終排熱系の回復を要する。早期の最終排熱系の回復が困難な場合には,格納容器ベントにより減圧する。ベントができれば,水源がある限り冷却を継続することができる。この場合,炉心スプレー(要交流電源)の水源,又は消防車,ディーゼル駆動消火ポンプ(D/DFP)が必要である。
 以上より,①十分な容量と個数の125Vバッテリーと250Vバッテリー,②高圧電源車,③水中ポンプ(RHRS代替用),④全交流電源喪失(SBO),直流電源喪失,海水ポンプモーター喪失を想定した訓練を用意しておけば福島原発事故は回避できた。また,この対策には安全審査は不要で,殆どは運転中の対策工事も可能であり,1~2年で完了できる。
 また,以上の対策案をより確実に実施して冷温停止に到達するには,⑤RCICとHPCIの水密化,⑥1号機については,ICのPCV内交流駆動弁用の可搬式交流発電機,⑦ベント用AO弁駆動用圧縮空気が無くなった時のための小型コンプレッサー,⑧消防車の準備も必要である。

 ウ これらの結果回避措置は,被告東電の事故後の対応からして,事故前の知見でも対策可能であった。また,被告東電は,本件事故後わずか2年程度で防潮堤を設備しており,期間の点を考慮しても防潮堤の設置は実施可能である。失敗学会の提示した対策は安全審査を不要とするものであり,1~2年間で実施可能である。政府事故調中間報告が示した水密化,高所化を主体とした対策も,下記述べる通り,許認可を不要,ないしは,実質的に不要とするものであり,短期間に実施可能であった。

   (3) 小括

 原告らが主張する回避手段は,いずれも事故前に知見の集積があり,平成14年段階で実施可能なものである。したがって,被告東電は,適時かつ適切な津波対策を行うことにより,本件事故を回避可能であったのであるから,これを怠った被告東電には結果回避義務違反が認められる。

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  4 シビアアクシデント対策について

 (1) 昭和54年3月28日の米国スリーマイル島2号機事故及び昭和61年4月26日の旧ソ連チェルノブイリ4号機事故を契機としてシビアアクシデント対策の必要性が広く認識された。これらの事故を受けて,米国では,原子炉に関する確率的安全評価(PSA)を検討し,昭和62年21月,その成果を「NUREG-1150」(初版)と題する報告書にして公表した。同報告書においては,外的事象に起因する炉心損傷は,内的事象に比べて決して小さくないことが指摘されていた。原子力安全委員会は,昭和62年7月,原子炉安全基準部会に共通問題懇談会を設置した。同懇談会では,シビアアクシデントに対する検討を行っており,NUREG-1150も,その検討対象とされていた。その後も,平成11年12月にはフランスのルブレイエ原発で洪水を原因とするSBO事故が,また,平成13年3月には,台湾の第三(馬鞍山)原発でも霧害を原因とするSBO事故が発生し,現実の問題としてシビアアクシデント対策の重要性が再認識された。さらに平成13年9月には米国で航空機テロが発生し,翌14年2月には,暫定補償措置命令(いわゆるB.5.b項)が出されたが,その内容が日本国内でも実施されていれば,本件事故の発生を防止し得たと評価されている。この間,日本国内では内的事象についてのみ行政指導により事業者に対策を求めたが,通産省課長通知「発電用軽水型原子力発電施設におけるアクシデントマネジメントの整備について」が平成8年9月に発出されてから事業者が「アクシデントマネジメント整備報告書」を提出するに至ったのは,ようやく平成14年5月のことであった。また,被告東電を含む電気事業者は,この間,外的事象によるシビアアクシデントの検討の必要性を認識しながらも,実際には対策を怠っていた。

 (2) 原告らが主張するシビアアクシデント対策の不作為の過失の予見対象となる起因事象は「全交流電源喪失」および「崩壊熱除去系」(の損傷)であり,そこから導かれる回避措置は直流電源,交流電源の復旧,及び,崩壊熱除去系の復旧である。SBO(外部電源喪失+非常用ディーゼル発電機の停止)が生じた場合でも,「直流電源」「交流電源の復旧」及び「崩壊熱除去系」が機能すれば,安全停止することが可能であった。
 被告東電は,本件事故後,再稼働を申請した柏崎刈羽原発において,SBOに備え,①全電源喪失時の冷却系の維持のための可搬式蓄電池,代替ポンプ,予備ボンベの配備及び既設蓄電池の容量増加,②電源設備の代替手段の確保のための可搬式電源(電源車,電源設備の高所化,蓄電池強化)の設置の電源対策を行うものとしている。これらはいずれも,平成14年段階で実施可能な対策である。
 また,被告東電は,柏崎刈羽原発における最終ヒートシンク対策として,非常用海水ポンプに対して,可搬設備である海水ポンプ予備モーター,代替水中ポンプ及び代替熱交換器を準備して,崩壊熱除去系損傷時にも対応することとした。これらは,いずれも事故前に設置することが容易かつ可能な施設である。

 (3) 被告東電は,予め以上の回避措置すなわち「電源対策」及び「崩壊熱除去系対策(最終ヒートシンク対策)」を講ずることにより,SBOに至っても本件事故を回避することが可能であった。また,福島第二原発,福島第一原発5,6号機は,海水ポンプが損傷したにもかかわらず,「外部電源」又は「非常用ディーゼル発電機及び高圧配電盤」が損傷を免れたため,号機間で電源融通を行い,仮設ポンプを敷設すること等により冷却系を維持し炉心損傷を免れた。以上を参考にすれば,「電源対策」が適切に行われてさえいれば,ポンプ修復等の現場対応により崩壊熱除去系を維持し,炉心損傷を免れる可能性があった。
 また,失敗学会の検証する回避措置は,原告らが主張する津波対策及びシビアアクシデント対策に共通する実現可能なものであり,現に事故後に実現されているものである(当該準備を平成14年段階でできたことについては,前記のとおりである。)。
 よって,これらの対策・準備によって炉心溶融という結果を回避する可能性があったにもかかわらず,これらの準備・対策を行わなかった被告東電には,結果回避義務違反が認められる。

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 (被告東電の主張)


  1 民法709条の責任について

 (1) まず,原賠法に基づく原子力事業者の原子力損害の賠償責任は,民法709条に比して単に責任要件を厳格化する(無過失責任とする)にとどまるものではない。同法の原子力損害の賠償責任は,被害者保護と原子力事業の健全な発達を2つの目的として,原賠法3条に基づき責任を負う原子力事業者への責任集中,原子力事業者以外の者の責任免除,第三者への求償権の制限,損害賠償措置の強制,国の援助等も含めて,その全体として民法上の不法行為責任に対する特則として立法されているものである。仮に,被害者が民法709条に基づく損害賠償を重畳的に請求することができると解するとすれば,責任集中,求償権の行使制限,政府による援助等の原賠法の規定の趣旨が没却されることになり,相当でなく,他方で民法上の不法行為に基づく請求を排除したとしても被害者保護に欠けることはない。

 (2) したがって,原子炉の運転等に起因する原子力損害に係る賠償責任については,専ら原賠法に基づいて規律されることが想定されており,民法上の不法行為に基づく請求は排除されていると解するのが相当であるから,原子力損害の賠償責任については,民法709条は適用されない。ゆえに,民法709条に基づく原告らの主張は,その余の点を判断するまでもなく,全て失当である。


  2 慰謝料額の算定に当たっても過失の有無は問題とならないこと

 (1) 原告らは,本件事故の発生について被告東電に故意とも同視し得る重大な過失があり,そのような事情は慰謝料額の算定に影響を及ぼすと主張する。被告東電としても,一般論として,精神的損害の慰謝料の額の算定に当たり加害者の故意・過失の有無・程度が影響を及ぼし得るとの考え方があることについては否定しない。しかしながら,以下に述べるとおり,本件地震及び本件津波は原告らが予見可能性の根拠となる知見として主張している長期評価を公表した地震本部を含め,我が国の地震に関する専門家機関がいずれも想定外であったとしているものであり,被告東電に故意と同視し得るあるいは僅かな注意を払えば容易に結果発生を防止し得たのにこれを漫然と怠ったという重大な過失はない。

 (2) 本件事故は,専門家の想定すらもはるかに上回る天災地変の発生によって引き起こされたものであるから,原告らの主張するように,その発生について被告東電に慰謝料の増額事由を基礎付けるような故意ないし重大な過失があったなどとはおよそいうことができない。
 本件事故が上記のとおり専門機関においても当時想定されていなかった本件地震及び本件津波によりもたらされたことに照らせば,本件事故による避難等による慰謝料額の算定については,その被害の実情を踏まえて行われるべきであるし,それで足りる。なお,本件事故に関して原子力損害賠償紛争審査会が策定した中間指針等では,後述するとおり,過去の過失責任に基づく類似の裁判例等にづいても十分に検討を行った上で,裁判になった場合も視野に入れて慰謝料額の基準を定めている。
 したがって,同指針等に定める慰謝料額は,被告東電の過失の有無にかかわらず,もとより原告らの精神的損害を慰謝するのに十分足る金額となっている。この点を以てしても,いずれにせよ原告らの上記主張に理由がないことは明らかである。

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  3 結果回避可能性について

 (1) 2008年試算が被告東電の具体的な結果回避義務を基礎付けるものでないことは前述したとおりであるが,その点を措いて,仮に被告東電がかかる2008年試算に基づき具体的な津波対策を講じていたとしても,本件事故を防ぐことはできなかった。
 すなわち,2008年試算の結果としては,敷地北側ないし南側から遡上した津波は,5号機及び6号機の各建屋の北側敷地(建屋自体は存在しない。)でO.P.+13.7m,1~4号機の各建屋の南側敷地(同じく建屋自体は存在しない。)でO.P.+15.7mに至るものの,福島第一原発の1号機ないし6号機の前面においては敷地高には遡上しないというものであったことから,かかる評価に基づき対策を講ずるとすれば,福島第一原発の南側敷地及び北側敷地上に防潮堤設置を検討することが合理的である。

 (2) また,2011年(平成23年)3月11日に襲来した本件津波は,上記2008年試算と異なり福島第一原発の前面から圧倒的な水量と水圧で遡上した。また,本件津波の規模は2008年試算の結果得られた津波に比して非常に大きいものであった。そのため,仮に被告東電が2008年試算を踏まえて上記のような防潮堤を設置していたとしても,インバージョン解析結果のとおり,本件事故時と同様に建屋内への浸水を免れることはできなかった。
 したがって,仮に被告東電が2008年試算に基づき具体的な対策を講じたとしても,本件津波に起因する本件事故という結果を回避できたということはできないものである。

 (3) さらに,上記の検討は,2008年試算に基づいて,本件事故発生以前までに防潮堤の設置工事が完了していたことを所与の前提として試算をしたものであるが,実際には,2008年(平成20年)の時点で対策検討を開始したと仮定しても,以下の事情を考えると,本件津波が発生するまでに,上記対策を完了することは困難であったというべきである。
 すなわち,被告東電の担当部署が実施した試計算のみに基づく対策工事を行うこととした場合には,我が国における津波に関する専門家集団である土木学会の津波評価部会の判断を経ておらず,むしろ「津波評価技術」とは異なる考え方に基づいて津波対策を導入することとなることから,原子力安全委員会や保安院による確認を受ける過程において,当該津波対策の必要性・有効性について,必ずしも十分な根拠に基づくものとして受け止められるとは限らない。
 また,新潟県中越沖地震以降,同地震の発生を受けた保安院の指示により,更なる調査・解析が全国のプラントで同時に実施されることになったため,技術者が全国的に不足するに至ったこと等から,耐震バックチェックのスケジュールは大幅に遅延することが予想されているなかで,原子力安全委員会等の確認にどのような説明・資料等が要求され,いかなる審議がどの程度の時間をかけて行われるかについても不明であったこと,また,津波対策の工事が,周辺の海域等に与える影響をも考慮し,防潮堤の設置は周辺の集落にかえって津波の影響を大きくするなどの問題があること等も踏まえ,被告東電の担当部署が実施した試計算の結果しかない状況のもとで,周辺地域への説明及び港湾関係の諸手続への対応等の観点からも,直ちにその工事に着手することができたなどとはいうことができない。
 したがって,これらの事情を踏まえれば,たとえ2008年試算の結果を確定論的安全評価手法に取り込んで対策を講ずると仮定しても,本件事故時までに上記対策を完了することは困難であったというべきである。

 (4) 以上のとおり,2008年試算に基づく合理的な津波対策を採ったとしても,本件津波が建屋内に浸水し,従って本件事故の発生を防止できなかったと考えられ,結果発生を回避することはできなかった。

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  4 結果回避義務違反の有無について

 (1) 原告らは,被告東電が,2002年(平成14年)以降,遅くと.も2008年(平成20年)3月ころまでには,敷地高を超える津波の襲来により福島第一原発が全交流電源を喪失し,炉心冷却機能を維持できなくなる事態に至ることを予見できたにもかかわらず,これを回避するための措置を怠ったと主張し,具体的には,本件事故後に各所の原子力発電所において緊急的にとられている対応内容も参考に,福島第一原発においても適切な津波対策を行うことにより,本件事故を回避可能であったと主張する。

 (2) しかし,前提として,被告東電に結果回避義務が成立するには,当該結果を生じさせる事象の発生(本件では本件津波ないしはそれと同程度の津波)を予見し得たことが必要であるが,前記第1で述べたとおり,本件では,原告らの主張する2002年(平成14年)ないしは2006年(平成18年)時点で,被告東電において,本件津波又はそれと同規模の津波はおろか,敷地高を超えるような津波の発生すら予見できなかったものであるから,当該結果を回避するための義務自体観念できない。なお,原告らは,予見の対象を全交流電源喪失に至る津波と主張しながら,全交流電源喪失後にも結果回避が可能であったと主張しており,その位置づけが不明確であるので,慰謝料の増額事由として主張しているものと善解し,全交流電源喪失後の対応に何ら非はなかったことを明らかにする。

 (3) 被告東電は,本件事故時点に至るまで,津波に関する科学的合理的知見を踏まえ,確定論的津波評価手法である「津波評価技術」に基づき,必要十分な対策を講じてきた。そして,その対外的評価としても,福島第一原発については津波に対し十分な安全性が確保されていると考えられていた。
 すなわち,福島第一原発における設計想定津波は,原子炉設置許可を得た1966年(昭和41年)の時点において,過去に観測された最大の津波であるチリ地震津波の潮位をもとに設計想定潮位をO.P.+3.122mと定められていた。その後,2002年(平成14年)には,土木学会により津波評価技術が公表されたことから,被告東電がかかる津波評価技術により福島第一原発における津波水位を計算したところ,O.P.+5.4~5.7mとなり,チリ地震津波の潮位に基づく福島第一原発の既往津波を上回ったため,被告東電は,かかる評価結果に基づき,O.P.+4mの高さに位置する海水系ポンプ用モーターの嵩上げや建屋貫通部等の浸水防止対策等の知策を行っている。
 さらに,2009年(平成21年)2月に,被告東電において最新の海底地形データ等を踏まえて津波評価技術に基づく津波評価を行ったところ,O.P.+5.4~6.1mとの評価結果を得たことから,被告東電はこの結果に基づきポンプ用モー夕ーのシール処理対策等を講じている。

 (4) 2002年(平成14年)に公表された長期評価の見解は,この分野における確立され広く受け入れられた科学的知見になっていたものではなく,むしろ多数の地震学者は長期評価の見解に消極的な見解を有していたという事情にあった。そのため,福島第一原発の「確定論」的安全評価において直ちにこれを取り入れるべきものとして受け止められてはおらず,津波評価部会においても,かかる知見については,あくまで「確率論的津波ハザードの研究」の中で検討が進められていた。このような状況下,被告東電は,前述したとおり,2008年(平成20年)に,耐震バックチェック対応の社内準備として,長期評価の見解を踏まえた仮定的な試算を行っている。
 もっとも,かかる試算の結果によって,その前提となる長期評価の見解の科学的合理性が確認・検証されるという関係に立つものではなく,被告東電においては,かかる試算結果も踏まえ,長期評価の見解に基づき津波評価をするための具体的な波源モデルの策定について本件事故の約1年9か月前である2009年(平成21年)6月に,他の電気事業者10社とともに電力共通研究として土木学会・津波評価部会に対し審議を依頼して専門家による専門的・科学的な検証を求めるとともに,同年,福島県相馬市以南の福島県沿岸5箇所における津波堆積物調査を実施するなどしており(その結果,福島第一原発の位置する福島県南部では津波堆積物を確認できなかった。),より精度・確度の高い試算結果を得るべく検証を続けていた。
 被告東電においては,このように2008年試算の精度やその前提の想定自体の評価が分かれているという事情の下,企業として不合理な対策を講ずることは企業統治の観点からも問題があることから,合理的に根拠の認められる対策の必要性を確認するために,専門家に検討を委託して考え方を整理した上で速やかに対処する方針をとっていたものであり,かかる方針については,本件事故発生以前の科学的知見の状況を踏まえれば十分に合理性を有するものであった。

 (5) 本件地震は,こうした検討過程において発生したものであるが,同地震に伴って発生した本件津波の浸水高は,福島第一原発の1号機~4号機側でO.P.+約11.5~約15.5m,浸水深で約1.5~約5.5mであり,最新の海底地形データ等も踏まえ既往最大津波にパラメータスタディを行って算出された福島第一原発の設計想定津波(O.P.+5.4~6.1m)を遥かに上回るものであり,まさしく本件事故以前における科学的知見に基づく想定を大きく超える事象が発生したものである。被告東電としては,前述したとおり,本件事故に至るまで事故が起こるリスクを合理的な範囲まで小さくするための設計想定を実施していたものであるが,本件津波の規模は,本件事故以前における合理的・科学的な想定を大きく上回るものであった。そのため,かかる実際に生じた本件津波の襲来に備えての結果回避の備えをすべき法的義務が本件事故発生以前に生じていたなどということはおよそできない。

 (6) また,結果回避義務違反の有無は本件事故時点を基準に判断されるべきである。本件事故の過失の成否の判断基礎となる注意義務違反については,あくまで本件事故から得られた知見や教訓を抜きにして,本件事故が発生する前の事情を前提として注意義務違反が認められるか否かを判断する必要がある。そして,本件事故.以前においては,福島第一原発の敷地を大きく超える津波の襲来を予測すべき知見があったとはいえず,そのような中で,確定論に基づく津波対策を講ずることを超えて,福島第一原発の敷地を大きく超える津波の襲来に備えての施設対策を講ずるべき結果回避義務があったとはいうことができない。

 (7) また,原告らの指摘する各種対策は,いずれも津波が福島第一原発の敷地高まで遡上することを前提にしたものであるが,そもそも,本件事故発生以前においては,「津波評価技術」に基づき,確定論的安全評価手法に従って慎重に設定した想定津波については,それに対する安全性を絶対的に確保する(主要建屋のある敷地高への遡上自体を防ぎ,ドライサイトを維持する)というのが基本思想であり,津波が遡上することを前線に対策を講じるという発想自体存在しなかった。
 言い替えれば,本件事故以前においては,敷地への浸水自体が確実に避けるべき非常事態であると認識されていたことから,仮に津波対策の検討において敷地への浸水を想定すべきときは,防潮堤の設置等によってそのような敷地への浸水自体を防ぐという発想に繋がるのであって,それとは別に,敷地に浸水した状態を前提に対策を講ずるという発想自体が存しなかったのである。
 そのため,原告らが主張するような福島第一原発への浸水があり得ることを前提とする各種の対策については,本件事故を踏まえて初めてその概念が生じたものであり,本件事故以前においては,そもそもそれ自体が現実的かつ有効な対策としては全く認識されていなかったものであった。
 したがって,かかる措置を講ずべき結果回避義務が生じていたとはいうことはできない。

 (8) 以上のほか,原告らは,失敗学会作成の「福島原発における津波対策研究会・報告書」に依拠して,あらかじめ十分な容量と個数の125ボルトバッテリーと250ボルトバッテリー,原子炉隔離時冷却系(RCIC)又は高圧注水系(HPCI)の水密化,水中ポンプ又はRHRSループの予備モーター等,高圧電源車,水源や消防車,ディーゼル駆動消火ポンプなどを用意しておけば,後述する措置により,たとえ本件津波により全電源を喪失しても本件事故を回避することができたと主張する。
 しかしながら,こうした事前の用意は,津波が福島第一原発の敷地高まで遡上することを前提にしたものである点において上記と同様であり,津波の襲来に備えてかかる用意を講ずるべき結果回避義務があったとはいうことができない。
 そもそも,失敗学会報告書が提言する結果回避措置は,各号機のICやHPCI,RCICの駆動弁を開くための直流バッテリーや交流発電機を各非常用冷却設備の近くに備置しておけば,全電源喪失から起算して2時間以内に各非常用冷却設備の駆動弁(実際には「現場盤」)に電源を直接接続して弁を開くことができ,結果として本件事故を防ぐことが出来た,というものであるが,かかる提言は,実際の事故時の状況や現実的可能性を度外視して机上計算をしているに過ぎない。同提言は,こうした電源の接続先の把握はおろか,実際に本件津波の襲来後にいつの時点から行動を開始できるのか,具体的にどこに何人派遣するのか,どの作業にどれほどの時間を要するのか,必要となる直流バッテリーの数や電力容量,運搬可能性や起動可能性を検討することもなく,とにかく事前に直流バッテリーや交流発電機を弁の数だけ弁の近くに用意しておき,全電源喪失するや何も考えずに事前の状況把握をすることもなく,各自の判断で現場まで行って全ての弁を開くための作業を行えばよいと証言するものであるが,かような証言が極めて現実離れしたものであり,少なくともおよそ被告東電の結果回避義務違反を基礎付けるものとならないことは明らかである。

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  5 時機に後れた攻撃防御方法として却下されるべきであること

 (1) 原告らが結果回避の方法として主張する防潮壁の設置について,最終準備書面において,「10mの敷地上に1号機から4号機の原子炉・タービン建屋につき,敷地南側側面だけでなく,南側側面から東側全面を囲う10mの防潮堤(鉛直壁),5号機及び6号機の原子炉・タービン建屋を東側全面から北側側面を囲う防潮堤(鉛直壁)」であって,「防潮堤の高さに対応した,必要な強度を要するものである」などと主張している。しかし,原告らは従前,防潮堤の設置位置,形状,強度などについては何ら主張していなかったものであり,原告らの抽象的主張に対し,被告東電は反論していたところ,結審直前の平成29年9月22日になって,上記主張を新たにするに至った。このような結審直前の主張の追加は,本件訴訟のこれまでの訴訟経過及び審理計画に基づく当事者間の攻撃防御に関する訴訟上の信義に明らかに反するものであり,被告東電としても,これに対し反論反証せざるを得ないから,かかる主張の追加を許せば,平成29年9月29日に結審することはできず,訴訟の完結を遅延させることが明白である。
 したがって,上記主張は,明らかに故意又は重大な過失により時機に遅れて提出された攻撃防御方法に当たるから,民事訴訟法157条1項に基づき,却下されるべきである。

 (2) 仮に,却下されなかった場合に,以下のとおり,反論する。東電設計株式会社が行った解析結果は,津波対策の要否を検討する初期の段階で行われた内部的な検討資料の一つに過ぎず,それによって法的な措置義務が生じていたとはいえない。解析結果は,長期評価の見解を踏まえた津波対策の要否を内部で検討する過程における津波対策の要否を検討する上での一検討資料にすぎない。また,原告らが結果回避措置として主張する防潮堤は,現実に建てることができるか否かについては検討されていないため,机上の想定にすぎず,工学的な実現可能性がない。したがって,原告らの主張は失当である。


  6 過失に関するまとめ

 以上のとおり,被告東電が全交流電源喪失に至る津波を予見することができる合理的科学的な知見は本件事故前に存在しなかったし,原告らが主張する予見対象津波に対応した津波対策を仮に採っていたとしても本件事故を防止することはできなかったのであるから,原告ら主張の予見対象津波は結果発生の具体的危険性がある事象とはいえず,かかる観点からも予見可能性がないことは明らかである。
 また,事前のシビアアクシデント対策も当時の知見を前提として十分行っていたし,全交流電源喪失後の対応にも不十分な点は無い。
 したがって,予見可能性及び結果回避義務のいずれの面からしても,重過失はおろか,過失自体が認められる余地は皆無であり,被告東電との関係で慰謝料を増額すべき事情はない。

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