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目 次(←最終準備書面(相当因果関係)の目次に戻ります) 第5 WG報告書における問題点 1 はじめに 2 WGの設置目的は避難区域の再編を行うためであったこと 3 WG構成員についての問題点 4 WG報告書における科学的知見の問題点 5 議論の過程で出された意見が公平に拾われていないこと 6 小括 第5 WG報告書における問題点 1 はじめに 低線量被ばくの管理に関するワーキンググループにおいて,いくつかの重要な指摘や議論がなされてきたことについては,原告ら準備書面(9)で述べたとおりである。しかしWG報告書ではその多くが無視され,或いは同グループでの議論過程において出された意見とは異なるまとめ方がされており,WG報告書自体には多くの問題が存するところである。 しかし,被告らが科学的知見を主張する際にWG報告書を錦の御旗のように根拠とするため,WGのそもそもの設置目的や,WG報告書のまとめ方が恣意的であることについて本項で論じておく。 2 WGの設置目的は避難区域の再編を行うためであったこと そもそもWGの設置目的は,避難区域の再編を行うためであった。 WG報告書が作成された4日後の2011年12月26日,原子力災害対策本部は,「ステップ2の完了を受けた警戒区域及び避難指示区域の見直しに関する基本的考え方及び今後の検討課題について」を発表した。 この発表の中で,原子力災害対策本部は, 「この度の区域見直しの検討にあたっては,年間20ミリシーベルトの被ばくリスクについては,様々な議論があったことから,内閣官房に設置されている放射性物質汚染対策顧問会議の下に『低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ』をもうけ,オープンな形で国内外の幅広い有識者に意見を表明していただくとともに,低線量被ばくに関する国内外の科学的知見や評価の整理,現場の課題抽出などを行った」としている。 当該記述からも明らかなように,WGの設置目的や役割は,政府のとった事故当初の放射線防護策の評価と,その後の区域再編を行うにおいての問題整理であり,低線量被ばくによる健康影響について,充分な議論がなされたわけではない。 当然ながら,「個々の住民が区域外から避難することの相当性」という観点から検討されたものではない。 3 WG構成員についての問題点 (1)選任手続の問題点 WGの構成員は9名で,長瀧重信と前川和彦が共同主査である。 これらの人選は,すべて顧問会議座長である近藤俊介の指名によるものであった。このように,顧問会議の座長が一方的に指名できるという選任手続方法自体に問題がある。 日弁連会長声明においても, 「事故後の政府の対応は,既に国民の間に抜きがたい不信感を形成しており,今回のような方法を採ること自体が更なる不信感を招くことは明白である。」と批判されているところである(甲D共38・「低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ」の抜本的見直しを求める会長声明)。 (2)構成員に低線量被ばくのリスクに対する見解の偏向があること さらに,実際にWGの構成員に選任された者は,これまで国の原発政策を推進してきた者であったという意味で立場の偏りがみられた。 WG報告書では,既に述べたように,LNTモデルを採用することが明言されている。したがって,WG報告書の内容についても,低線量被ばくによる健康影響があるという見解を前提としてまとめられるべきである。 しかし,WGの構成員については,その多数が低線量被ばくの健康影響に関して否定的な見解をとっている。特に,共同主査である長瀧氏,前川氏は,自身の著書や発言の中で,低線量被ばくの健康影響を軽視する発言を明確にしている。この点については,原告ら準備書面(9)で述べたとおりである。 日弁連会長声明も,以下のとおりWGの構成員について,問題点を指摘している(甲D共38)。 「本件WGの構成員には,広島・長崎の原爆被爆者の健康影響の調査研究に携わる研究者が多く,低線量被ばくの健康影響について,これに否定的な見解に立つ者が多数を占めている。」「本件WGに参集した委員が含まれた審査会で策定された方針では,低線量被ばくのリスクを十分に評価していない可能性がある。」△ページトップへ 4 WG報告書における科学的知見の問題点 ワーキンググループにおける説明者の発表や有識者である出席者らの中には,低線量被ばくについて危険性がないという印象付けをし,議論を聞いた者にあたかも危険性がないかのように偏った説明をしている者も存する。 また,最終的にまとめられたWG報告書についても,複数の問題点がある。 (1)前提となるICRPの勧告,特に現存被ばく状況について正確な説明がなされていないこと ア WG報告書作成当時の原発事故被災地の状況は,緊急時被ばく状況ではなく,ICRPが現存被ばく状況と呼称する状態である。ICRPは緊急時被ばく状況については,参考レベルを20~100ミリシーベルトとしている。しかし,緊急時被ばく状況から現存被ばく状況に移行する際には,緊急時被ばく状況における参考レベルよりも低い線量が設定されることが想定されている。 それにもかかわらず,WG報告書では漫然と緊急時被ばく状況と同じ参考レベルを維持することを認めている。緊急時に採用した20ミリシーベルトを,現存被ばく状況になった状況下においてもとり続けることは,ICRPの勧告内容に反するものである。 イ また,ICRPは,現存被ばく状況においては,年間1~20ミリシーベルトの「下方に」参考レベルを設定することとしている。 すなわち,ICRP109(116)には, 「政府と規制当局またはどちらかが,ある時点で,現存被ばく状況を管理するため,通常,委員会によって勧告されている1~20mSv/年の範囲の下方に,新しい参考レベルを特定することになる。」とあり,現存被ばく状況における参考レベルは,「下方」に設定されることとされている(甲D共48・44頁)。 本件に照らせば,当初の緊急時被ばく状況における参考レベルが20ミリシーベルトだったのであるから,本来的には,より低い値が参考レベルとなるべきところである。ところが,WG報告書では漫然と緊急時被ばく状況と同じ参考レベルを維持することを認めている。 (2)低線量被ばくのリスクを不当に軽視していること WG報告書は,「4.まとめ」において,与えられた3つの課題に答えている。その一つ目の課題とは,「20mSvという低線量被ばくについて,その健康影響をどのように考えるか」である。 これに対するWG報告書の見解は,放射線による発がんリスクの増加は,100ミリシーベルト以下の低線量被ばくでは,他の要因による発がんの影響によって隠れてしまうほど小さく,放射線による発がんリスクの明らかな増加を証明することは難しい,というものである。WG報告書は,LNTモデルに基づくとした上で,「20mSvの被ばくによる健康リスクは,他の発がん要因におけるリスクと比べても充分に低い水準である。」として,政府が採用する参考レベルとして適切であるとしたのである。 しかし,WG報告書に述べる低線量被ばくリスクの評価は,国内法に反する不当なリスク軽視である。 本準備書面第4で述べたとおり,国内法は,LNTモデルに立ち,個々の国民にとって,年間1ミリシーベルトを超える被ばくによる死のリスクを「容認不可」とする立場である。すなわち,国内法は,年間1ミリシーベルトを超える被ばくによって生じる死のリスクは,当該リスク単体だけで「容認不可」なものであって,決して,WG報告書にいうような「他の発がん要因におけるリスクと比べても充分に低い水準」などとは捉えていない。 したがって,WG報告書における被ばくリスク評価は,国内法に明らかに反した,不当なリスク軽視といわなければならない。 また,100ミリシーベルト被ばくの発がんリスクは運動不足,野菜不足のリスクよりも低く,受動喫煙と同じレベルとも記載されているが,そもそも,その根拠となる論文も,そのリスクの程度も示されていない。 安全かどうかは印象によって決められる問題ではなく,少なくとも原発事故に起因して放射線防護について述べる場合,2003〔平成15〕年に策定された安全目標に基づいて検討されるべきである。 この点については,本準備書面の第6・3(5)において詳細に論じることとする。 (3)非がん性疾患のリスクについて 低線量被ばくの健康影響は,発がんだけにとどまるものではないにもかかわらず,発がんのリスクばかりに言及がなされている。この点,政府側からの出席者である森文科副大臣の発言が的確に指摘をしている(甲D共41の1・第2回議事録・31頁) 「あの,申し訳ないのですが,もちろんガンもありますし,それ以外の影響についても報告はされている訳です。私は先ほどチェルノブイリフォーラムの全文について内容をお聞きしたのはそういうことです。」ところが,こうした正当な指摘に対して,両主査を含む有識者出席者当から誠実な対応があったとは言い難い。 (4)科学的不確実性を「ないもの」として軽視していること また,WG報告書は,科学的知見について 「科学的知見は,今回の東電福島第一原発事故による放射線の影響及びその対策を考える上ですべての基本になる。放射線の影響に関しては様々な知見が報告されているため,国際的に合意されている科学的知見を確実に理解する必要がある。」と述べている(甲D共35・3頁)。 しかし,不確実性の多い状況で,科学的確実性にこだわると,科学的に立証されるまでは,何もしないという判断に結びつくことになる。低線量被ばくの影響について,仮に現時点では信憑性のあるデータに乏しく,分かっていないことが多かったとしても,将来発がん以外の健康影響が明らかになる可能性が払拭できないのである(しかも,本準備書面第3で述べたとおり,低線量被ばくの健康に対する影響については,同WGが議論している時期以降にも次々と新たなデータが集積されている。)。 科学的に事実が明らかになるまで,危険性がない前提として振る舞うことの誤りについては,次の児玉氏の発言が明快に述べている甲D共43の1・第4回議事録・13頁)。 「私が申し上げたいのは,リスクがあるかもしれないという時に,例えばチェルノブイリでもそうですが,リスクはないかもしれなということで何もしないでいたら,やっぱり甲状腺がんの子どもやなんかは見放されてしまうんです。」(5)予防的観点が欠落していること 既に述べたように,低線量被ばくによる健康影響について,未だ科学的に充分には解明されていない。このような状況下においては,予防的に措置を講じるべきである。 森文科副大臣が指摘する部分が,そのことを明快に示している(甲D共41の1・第2回議事録)。 「要するに,これはICRPも言っていることなのですが,低線量被ばくの影響というのは,ないというのではなく,よくわからないというのが正しいわけでして,これこそが科学的なのであって,分からないからこそ,その中でどの数値で避難を,移住をさせるあるいは短期の移転をさせる,色んなあらゆることをやらなければいけない訳で,ALARA(As Low As ReasonablyAchievable)の精神に基づいて合理的に達成可能な限りの放射線防護策を取らなければならない訳でして,我々は,少なくとも私は,科学的,科学的にと先ほどからおっしゃられておりますが,私がこれが極めて科学的であるという風な思いで発言させていただいているところです。」このことは,細野大臣もワーキンググループの報告書を検討する段階において指摘をしている(甲D共46・第7回議事録・36頁)。 「今の状況で,疫学的に,もしくは様々な調査結果として,それこそ発がんリスクというのは極めて限定されているというのは,今の科学のコンセンサスであることは,私も大分議論を聞いて分かりました。ただ,すべてが解明されているわけではないという,ある種科学に対する謙虚さから考えても,こういう事態というのはこれまで経験したことがないわけですから,そこは予防的な対策を取るべきであるというのが,私は本当の意味で,あるべき姿ではないかと思うのですが,これはいかがでしょうか。」しかしながら,WGでは,低線量被ばくによる健康影響は自明であるものとの誤った前提に立ち,予防的な観点を全く欠落させた意見のみが採用され,報告書がとりまとめられているのである。 △ページトップへ 5 議論の過程で出された意見が公平に拾われていないこと ワーキンググループにおいては,既に本準備書面第3で述べたLNTモデルに基づく低線量被ばくによる健康影響の他に,公衆被ばく線量限度についての議論,内部被ばくについての議論がなされている。しかし,WG報告書の作成過程には,これらの議論についての意見の取捨選択に恣意が入り内容が歪められているという大きな問題点がある。 (1)公衆被ばく線量限度以下でも,無用な被ばくを避けるべきであるという観点の欠落 WG構成員である佐々木康人氏は,以下のとおり,第2回ワーキンググループにおいて,公衆被ばく線量限度を超える被ばくを公衆は容認できないこと,さらに線量限度を守ればいいだけではなく,それ以下でもリスクはあり,線量限度以下であっても無用な被ばくをさせないように努力しなければならないと説明している(甲D共41の1・第2回議事録・35頁)。 「それで公衆の被ばく,これもいろんな考え方が,一つだけではないんですが,限度として,公衆の被ばく限度を定めなければならない状況になった時に,職業人の約10分の1にしましょうということから,1mSv,年間1mSvが出てきております。これは,平時の線量限度であります。これは仮に100年生きたとしますと生涯で100mSvになります。そのくらいであれば,もちろん確定的影響も起こらないし,それから先ほど申し上げましたように,発がんのはっきりとしたデータも無いくらいの線量であって,これは公衆も容認できるのではないか。こういう考えに基づいています。これはあくまでも,平時の線量限度でありまして,その線量限度を守ればいいというわけではなくて,その上でさらにできるのであれば,無用な被ばくを起こさないようにしよう。それは何らかのリスクはやっぱり低い線量でもあるので,それは少しでも下げましょう。そういう努力をいつもやりましょうというのが,ALARAの精神,あるいは最適化の精神であります。」このような意見が述べられていたにもかかわらず,WG報告書においては,線量限度以下であっても,無用な被ばくを避けるべきであるという観点が全く欠落している。 (2)内部被ばくの評価には,まだまだ不確実な点が多いことに言及されていないこと WG報告書は,内部被ばくに関して, 「内部被ばくは外部被ばくよりも人体への影響が大きいという主張がある。しかし,放射性物質が身体の外部にあっても内部にあっても,それが発する放射線がDNAを損傷し,損傷を受けたDNAの修課程での突然変異が,がん発生の原因となる。そのため,臓器に付与される等価線量が同じであれば,外部被ばくと内部被ばくのリスクは,同等と評価できる。」とする。ただし,欄外には,小さな字で, 「放射性の感受性を定めるに当たっては,性と年齢について平均化して検討している。そのため,実際のリスク値は,子どもの方が高い等の変動を含みうる。」と注釈をつけている。 報告書のまとめ方は以上のとおりであるが,他方,ワーキンググループの第7回会議では,以下のようなやりとりが行われているのである(甲D共46の1・第7回議事録・39~40頁)。このやりとりからは,内部被ばくについての評価には,まだまだ不確実な点が多いこと,しかも数値を推定するうえで,かなりの幅が認められる(誤差があること)が分かる。 つまり,被ばく線量を推定するとは言っても,数倍はすぐぶれる,1ミリシーベルトが10ミリシーベルトになる可能性もある旨を述べているのであり,この丹羽氏の指摘も含め,低線量被ばくについては,まだまだ解明されていないところ,分からない点が多いこと,更に今回の事故によって生じた被ばく線量の推定に関しても,かなりの幅が存する。このこと自体については法廷で柴田氏自身も認めているところである(柴田反対尋問調書・45頁)。 しかし,WG報告書においては,内部被ばくの不確実性については触れられてない。 6 小括 被告らは,WG報告書をあたかも科学的知見の到達点のように主張している。 しかし,これまで述べたように,WGについてはその設置目的が区域再編を検討するところにあり,低線量被ばくによる健康影響について充分な議論がなされていない。また,WGの構成員は低線量被ばくによる健康影響についての考え方に偏りがみられること,WG報告書の内容についても科学的知見に問題があり,ワーキンググループで出された意見の取捨選択の仕方も恣意的であり,極めて問題点の多いものである。 △ページトップへ 原発賠償訴訟・京都原告団を支援する会 〒612-0066 京都市伏見区桃山羽柴長吉中町55-1 コーポ桃山105号 市民測定所内 Tel:090-1907-9210(上野) Fax:0774-21-1798 E-mail:shien_kyoto@yahoo.co.jp Blog:http://shienkyoto.exblog.jp/ |
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