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★ 京都地方裁判所 判決書 事実及び理由
 第3章 当裁判所の判断  第4節 争点④(避難の相当性)について 
(2018年3月15日)

事実及び理由

第3章 当裁判所の判断


第4節 争点④(避難の相当性)について

目 次】(判決書の目次に戻ります)

 第1 認定事実
 第2 判断



 第2 判断


  1 原子力損害と避難の相当性について

 原告らの主張する損害は,原賠法1条,2条2項にいう「原子力損害」であり,「核燃料物質の原子核分裂の過程の作用又は核燃料物質等の放射線の作用若しくは毒性的作用(中略)により生じた損害」と定義される。そしてその範囲については,原賠法に特に規定がないことから,民法の一般原則(民法416条,最高裁昭和43年(オ)第1044号同48年6月7日第一小法廷判決・民集27巻6号681頁参照)に従い,原子力損害の原因となった原子炉の運転等と相当因果関係のある原子力損害となる。もっとも,福島第一原発は,原子炉の運転等をしていたところ,本件事故に遭遇した結果,損害が生じたという関係になるため,相当因果関係は,原子炉等の運転をしている状況下での本件事故と損害の相当因果関係が必要になると解される。
 ところで,原告らは,損害のほとんどを,本件事故に伴う避難によって生じた損害であると主張している。避難は,放射線の作用による健康被害等を避けるために行われる予防的行動と解されるが,このような予防的行動であっても,放射線の作用と関係しており,実害が生じなければ賠償の対象にならないと解するのは明らかに不合理であるから,避難に伴う損害も,上記定義による原子力損害に含まれると解される。そうすると,原等らの主張する損害が,本件事故と相当因果関係があるとするためには,まず,原告らの避難が本件事故と相当因果関係があることが必要となる。これが避難の相当性の問題である。

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  2 原告らの主張する年間1mSvの基準・土壌汚染について

 (1) 原告らは,空間線量が年間1mSvを超える地域では,避難及び避難継続の相当性が認められるべきであると主張するが,権利侵害の有無(避難が相当と認められる状況にあったか否か。)や当該避難が相当であるかの判断において,本件事故当時の居住地における空間線量の数値が重要な判断要素の1つとなるとしても,年間1mSvという基準だけをもって,避難の相当性を判断することは相当ではないと考えられる。その理由は以下のとおりである。

   (2)低線量被ばくに関する知見について

 ア 原告らは,証人崎山の証言及び崎山意見書(甲D共56,135,161,162)をもとに,LNTモデルが科学的にも裏付けられたものであることが,年間1mSvを超える地域からの避難が合理性を有する理由の1つとしているから,まずこの点について検討する。

 イ 崎山は,ICRPが科学的根拠に基づいてLNTモデルを採用している旨述べるが,ICRPがそのような前提でLNTモデルを採用しているわけではないことは,下記(3)に述べるとおりである。

 ウ また,崎山は,医学的知見や各種の疫学調査の報告によれば,LNTモデルを裏付け,100mSv以下の低線量被ばくであっても,がん死や発がんリスクが増加することは実証されている旨述べる。確かに,崎山の引用する,被ばくによるがん死及び発がんリスクに関する論文や疫学調査結果は,研究が進む近年のものが多く,それらは疫学の手法を用いて,多様な国々,又は多数の国にまたがる調査等を前提にしており,その内容も,LNTモデルそのものではないにしても,100mSv以下の低線量被ばくであっても健康に影響することを裏付ける論文であるから,崎山の見解に一定の科学的根拠があることは否定できないといわざるを得ない。しかしながら,上記各論文のいずれについても,批判や異なる見解・調査結果があることに加えて,崎山の見解とは異なる論文・調査結果もあり,さらに,前記1の認定事実に掲げた証拠の他にも,反論や再反論の論文等が存在していることからすれば,本件事故当時又は現時点において,LNTモデルが科学的に実証され,100mSv以下の被ばくによっても,がん死や発がんリスクの増加が実証されているとまでいうことはできない。
 まず,LSS第14報については,著者の1人である小笹晃太郎自身が,被告国の専門家会議において,同論文の記載は0.2Gy(200mGy)以上でリスクが有意になるという意味である旨述べていることや,しきい値ありのモデルの方がデータに合致するという研究結果もあることを踏まえると,LSS第14報によって,LNTモデルを裏付けているということはできない。
 次に,テチャ川流域住民に関する論文についでも,他の研究者による論文では,LNTモデルではない純二次モデル(低線量被ばくにおいてはリスクがないことを表すモデル)に合致するという意見等もあり,テチャ川流域住民に関する論文の見解が確立した統一的見解であるということはできない。
 また,15か国核施設労働者に関する調査結果については,その元となったデータについての正確性が問題視されているし,仏英米3か国労働者に関する論文には,交絡因子の調整が不十分であること,中性子被ばくの状況が適切に考慮されていないことなどの指摘がある。また,自然被ばくや医療被ばくに関する論文は,いずれも疫学研究における検討過程において,不十分な点があることが指摘されている。福島県県民健康調査た関する津田論文についても,批判が寄せられ論争となっているところである。
 さらに,崎山の見解とは異なり,高自然放射線地域であるインドのケララ州における発がん率に関する論文においては,低線量被ばくとがんの罹患率の関係は裏付けられなかったという報告もある。
 以上のとおり,崎山の指摘する論文や疫学調査結果には,異なる見解や批判があるところである。

 エ また,生体には,突然変異した細胞を除去する機能として,アポトーシスや免疫機能といった生体の防御機能が備わっており,動物実験では,線量率効果が確認されているなど,低線量率による被ばくの場合には,高線量率の場合と比べて生体への影響が少ない可能性を示唆する研究結果もあることが指摘される。

 オ そうすると,いずれにしても,低線量被ばくにおけるがん死や発がんリスクについては,さまざまな見解があり,科学的には未解明の点もいまだ多く,疫学調査等の研究結果からも,統一的な見解を導くことはできないのであって,LNTモデルが科学的に実証されているとまでいうこともできない。

   (3) ICRPの勧告の意義について

 ア また,崎山は,ICRPが科学的根拠に基づいてLNTモデルを採用し,年間1mSvを超える被ばくを容認できないものと勧告している旨述べ,原告らもこれを引用する。しかしながら,そのような原告らの主張は採用することはできない。

イ まず,ICRPは,低線量被ばくにおいては科学的に未解明の点が多いことを前提としつつ,放射線防護という観点においては,安全側に立って考える必要があることから,科学的にももっともらしいとされる,LNTモデルを採用したにすぎないのである。ICRPの2007年勧告は,LNTモデルは,あくまでも放射線防護体系における仮定であり,実用的な放射線防護体系において引き続き科学的にも説得力がある要素である一方,このモデルの根拠となっている仮説を明確に実証する生物学的・疫学的知見がすぐには得られそうにないということを強調している。科学的にもっともらしいということと,科学的に実証されていることとは異なるのであり,低線量被ばくに関する現在の科学的知見の状況を踏まえてみても,2007年勧告にあるように,ICRPが科学的に実証されているとしてLNTモデルを採用したのではないことは明らかである。

 ウ また,ICRPは,計画被ばく状況においては,線量限度を1mSv/y(実効線量)とする勧告をし,わが国においても,炉規法や放射線障害防止法といった法会において同勧告が取り入れられているが,このことから直ちに,原告ら避難者にとっても,年間1mSvを超える被ばくが全て容認できず,これを超えれば,常に健康被害又は同被害が発生するおそれがあるとして,避難が相当になるとか損害賠償責任が生じるとまでいうことはできない。そもそも,ICRPは100mSv以下の被ばくによる健康影響があることを前提とはしておらず,線量限度を設けることの意味も,国や地域が放射線防護を政策として考える上での目安であって,そのこと自体を避難の相当性を考える上で無視はできないにしても,1mSv以上を超える被ばくが個人に健康影響を与えるという理由で線量限度を設けているわけではないというべきである。

   (4) 土壌汚染について

 原告らは,放射線又は放射性物質に関する関係法令からすれば,4万Bq/m又は6500Bq/mを超える土壌汚染がある地点からの避難についても,相当性があるとも主張する。同主張における土壌汚染の基準値は,放射線障害防止法や炉規法のクリアランス制度におけるセシウム134やセシウム137の規制値を換算したものと解される。しかし,これら法令も,ICRPの勧告同様の趣旨であると考えられ,ある基準以上であれば,人体への健康影響を生じるといった基準であるとまではいえない。また,本件事故による土壌汚染による放射線の値は,モニタリングポスト等の空間線量率の測定値に含まれることや,放射線の人体への影響は,人の臓器が,がんの好発部位であることから,それの集中する高さである地上100cmを基準にすることの合理性は否定できないことを考えれば,土壌汚染の事実を考慮するとしても,空間線量の値で考慮すれば足りると考えるのが相当である。

   (5) 小括

 以上によれば,低線量被ばくに関する科学的知見は,未解明の部分が多く,LNTモデルが科学的に実証されたものとはいえず,1mSvの被ばくによる健康影響は明らかでないことに加えて,国内法において年間1mSv等の線量の基準が取り入れられることとなったICRP勧告の趣旨からすれば,空間線量が年間1mSvを超える地域からの避難及び避難継続は全て相当であるとする原告らの主張を採用することはできない。また,土壌汚染に関する主張についても,上記のとおり,採用することはできない。


  3 政府の策定した年間20mSvの基準と避難の相当性について

 (1) 以上で述べたようなICRPの勧告の意義を前提として,国内における放射性物質や放射線等に対する各種規制が行われており,避難指示の基準として,年間追加被ばく20mSvという基準が設けられている。この基準については,WG報告書にあるとおり,年間20mSvという基準が他の発がんリスクと比べても低い水準であることや,長期的には年間1mSvとなることを目標としていることに加えて,放射線防護措置を実施するにあたっては,それを採用することによるリスク(避難によるストレス,屋外活動を避けることによる運動不足等)と比べた上で,政策的に検討すべきであることからすれば,政府による避難指示を行う基準としては,一応合理性を有する基準であるということができる。

 (2) しかしながら,政府による避難指示を行う基準が,そのまま避難の相当性を判断する基準ともなり得ないというべきである。というのも,ICRPの勧告はあくまでも,国や地域等に向けられたものであって,放射線の個々人に対する健康影響について,絶対的な指針になるものではなく,このことは,ICRP勧告が,参考レベル等が安全や危険を示す基準ではないと述べるとおり,ICRP勧告による基準以下であれば,科学的知見によっても安全であるといい切れるわけではないのである。また,政府による避難指示の基準となっている年間20mSvは,本件事故当時には存在せず,本件事故後に採用されたものであり,我が国の法令上は,公衆被ばくの線量限度として実効線量年間1mSvの基準が取り入れられている中で,緊急時の被ばく線量の限度として年間20mSvの採用又は定着前に,原告らを含む数多くの自主的避難者が生じてしまっており,後から政策的に採用及び定着した緊急時の上記基準で,健康への不安等を基にした時点での避難の相当性を判断するのも相当ではないというべきである。加えて,上記のとおり,崎山の見解及びこれと同種の見解には,一定の科学的根拠があることは否定できないから,これらの意見も参考にして避難した場合に(本件事故からある程度期間が経過してから避難した原告らの中に,これらの意見を参考にした原告らが見られる。),年間20m弱の基準に反するからとして,被侵害利益の侵害が一切認められないとすることもできないといわざるを得ない。したがって,避難指示による避難は,当然,本件事故と相当因果関係のある避難であるといえるものの,そうでない避難であっても,個々人の属性や置かれた状況によっては,各自がリスクを考慮した上で避難を決断したとしても,社会通念上,相当である場合はあり得るというべきである。以下では,具体的に原告らの避難の相当性が認められるか,検討する。

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  4 避難の意義及び避難の相当性を認める基準について

   (1)避難の意義について

 原告らは,本件事故時の住居地から,一時的に移動した場合,長期間移動した場合,避難先からさらに移動した場合,避難目的以外に目的がある場合(例:保養)などを全て避難と主張するが,避難は,放射線の作用による健康被害等を避けるために行われる予防的行動であるから,原告らの主張する移動が本件事故と相当因果関係がある,すなわち避難の相当性があるといえるためには,まず,当該移動が,核燃料物質等の放射線の作用若しくは毒性的作用の影響を避けるための移動であって「避難」と評価できるものであることが前提となる。
 そして,避難であるとの評価については,原告らの主観のみで判断することは相当ではなく,本件事故後,現居住地から移動したこと,又は本件事故時,現居住地とは異なる,一時滞在場所から現居住地に戻らなかったことを踏まえて,原告らの意図や移動の目的,移動した時期(本件事故との近接性),移動先における滞在期間の長短,移動先の場所,滞在態様(転居を伴うかどうか),移動後の経過等の事情を考慮した上で,本件事故による放射線の影響を避けるための「避難」といえるかどうかを総合的に判断すべきであると解される。
 したがって,転居にあたって下見に行く目的での移動は,居住地へ短期間のうちに戻ってくる前提のもとで移動したものであり,居住地そのものの移転を伴う避難とは区別されるし,短期間放射線を避ける目的もあって行った居住地からの移動(原告らのいう「保養」目的の移動など)についても,居住地において放射線の影響を懸念したものであるとはいえ,移動の目的がそれだけに限らない可能性があり,居住地へ短期間のうちに戻ってくる前提のもとで移動したものであることに変わりはないから,ここでいう「避難」とは区別して考えることとし,「移転」と呼ぶこととする。避難先から,生活の安定を求めて,別の居住地に移動することも,核燃料物質等の放射線の作用若しくは毒性的作用の影響を避けるためのものではないから,「移転」である。もっとも,後記のとおり,避難後の移転であっても,本件事故と相当因果関係がある場合がある。結局,原告らが本件事故以後に,居住地の場所を変える「移動」の中で,核燃料物質等の放射線の作用若しくは毒性的作用の影響を避けるための移動が「避難」であり,それ以外の移動が「移転」である。

   (2) 避難の相当性を認める基準について

 ア 次に,原告らの移動のうち,避難といえるものについて,避難の相当性を認める基準についてであるが,前記2,3で検討したとおり,低線量被ばくに関する科学的知見は,未解明の部分が多く,1mSvの被ばくによる健康影響は明らかでないことなどの理由から,空間線量が年間1mSvを超える地域からの避難及び避難継続は全て相当であるとまではいえないし,一方で,政府の策定した年間20mSvは,避難指示の基準であって,それ以下であれば,科学的知見によっても安全であるといい切れるわけではないから,空間線量が年間20mSvを超える地域からの避難及び避難継続のみ相当であるともいい難い。
 そもそも,避難の相当性の判断は,科学的判断そのものではないし,政策的判断そのものでもなく,原子炉の運転等により,原子力損害が生じたといえるか,すなわち本件事故の結果として,当該原告が避難することが相当因果関係のある避難であり,原子力事業者等に損害賠償責任を負わせるべきであるかという法的な判断であるから,社会通念に従って,低線量被ばくの場合であっても,避難者が放射線に対する恐怖や不安を抱き,放射線の影響を避けるために避難し,その避難が当事者のみならず,一般人からみてもやむを得ないものであって社会通念上相当といえる場合は,本件事故と当該避難との間には,相当因果関係が認められると解される。そのため,上記のような空間線量の値は,客観的な数値として,一般人が放射線に対する恐怖や不安を抱くに足りる事情の一つではあるものの,これのみをもって判断すべきではない。そもそも,本件地震の発生による混乱の中,真偽の明確でない様々な情報が入り乱れる状況であったことは容易に推測され,本件事故直後に,空間線量の知識や情報を正確に入手及び理解できていた者は多いとはいえないし,避難者がみな,空間線量の値が高いことだけをもって避難したというわけではないことは明らかであり,政府の避難指示等により,避難を余儀なくされたことの有無のほか,福島第一原発との距離,周囲の住民の避難状況,避難者個人が放射線の影響を懸念しなければならない特別の事情等が総合勘案されることになる。

   イ 避難指示等対象区域の居住者
 この点で,まず,中間指針において,損害賠償の対象者,すなわち避難の相当性が認められる避難等対象者とされたのは,主に避難指示等の対象区域内の居住者であり,その区域は,避難区域,屋内退避区域,計画的避難区域,緊急時避難準備区域,特定退避勧奨地点及びこれらの区域以外の南相馬市全域(いずれも中間指針策定時の区域設定)であるが,これらは,政府や地方公共団体により避難行動を強制されたか,又は自主避難の促進等がなされていた区域である。このような区域の設定は,政府等が,100mSv以下であっても,年間20mSvを基準にして,当該区域において居住する者らに対する放射線の影響を考えて避難等を促しているのであるから,このような区域から避難することは極めて合理性があるといえるし,仮に区域の指定を受ける前に避難した場合であっても,当該区域に戻ることができなくなるのであるから,避難を継続せざるを得なかったものであって,同様に極めて合理性があるといえる。したがって,本件事故時に,この区域内に居住していた者の避難は,当事者のみならず,一般人からみてもやむを得ないものであって社会通念上相当といえることは明らかであるから,避難の相当性が当然に認められる。

   ウ 自主的避難等対象区域の居住者
 次に,中間指針追補は,本件事故、と自主的避難等に係る損害との相当因果関係の有無は個々の事案毎に判断すべきものとしながら,賠償が認められるべき一定の範囲を示すものとして策定されたものである。また,自主的避難等対象区域は,福島第一原発の状況が安定しない等の状況下で,①福島第一原発からの距離,②避難指示等対象区域との近接性,③政府や地方公共団体から公表された放射線量に関する情報,④自己の居住する市町村の自主的避難の状況(自主的避難者の多寡など)等の要素を総合的に勘案して,放射線被ばくへの相当程度の恐怖や不安を抱いたことには相当の理由があり,またその危険を回避するために自主的避難を行ったことについてやむを得ない面がある地域として定められたものであり,上記勘案要素の内容からして,このような区域指定には合理性があるといえる。また,この区域指定によって,避難指示等対象区域以外の避難者と被告東電との損害賠償金の交渉や支払が直接又はADRを通じてなされており,その結果,一定の成果を上げていることは明らかであるから(前記第1の3),上記区域設定は,紛争の解決基準として社会的に受け入れられ実際に機能しているものである。したがって,自主的避難等対象区域からの避難は,原則として,当事者のみならず,一般人からみてもやむを得ないものであって社会通念上相当といえるから,避難の相当性が認められる。なお,上記区域指定には,被災者救済という政策的観点が含まれていることは,中間指針追補の性格上否定することはできないが,上記のような勘案要素の合理性や損害賠償金の交渉や支払の定着といった紛争解決基準としての機能からすると,その区域の居住者の避難については,一応の合理性を認める根拠には十分なものと解され,合理性が否定される例外的な場合は,政策上自主的避難等対象区域には入っているが,避難の相当性がない場合もあるという位置づけをすることができる。
 もっとも,自主的避難等対象区域については,政府や地方公共団体等によって避難を余儀なくされた場合とは異なり,放射線被ばくへの相当程度の恐怖や不安を抱いたことに相当の理由を認めるものであるから,このような自主的避難の性格からして,本件事故後の避難の時期も,避難の相当性の判断については考慮せざるを得ない。そして,本件事故から一定の期間経過した後になされた避難については,放射線量が,一般には低減する方向にあり,政府の避難指示等の対象区域も再編され,本件事故による影響も一定落ち着いた状況になった下の避難であるし,避難者の中で,特に放射線の影響が懸念された子どもの避難者総数は,福島県内の市町村が把握している人数で,平成24年4月1日以降,微増(平成24年4月1日~同年10月1日の福島県内避難者数)又は減少(平成24年4月1日以降の福島県外避難者数及び同年10月1日以降の福島県内避難者数)となっていること(乙共140の1~5),避難者の避難理由に,放射線の身体への影響に関する懸念があるとしても,時間の経過とともに,それ以外の事情も相対的に大きくなっていくのが通常であることといった事情を指摘せざるを得ない。そうすると,既に避難した者の避難の継続の相当性はともかくとして,本件事故から一定の期間経過した後になされた新たな避難は,本件事故と相当因果関係のある避難であるとまで認めることは困難である。具体的時期とその理由については後述する。
 そして,中間指針追補及び同第2次追補は,本件事故発生当初(本件事故から,屋内退避が解除されるとともに,計画的避難区域及び緊急時避難準備区域の設定が指示された平成23年4月22日まで。同月21日には,警戒区域の設定がなされた。)は,年齢等を問わず賠償の対象とし,本件事故当初の時期が経過してからは,子ども及び妊婦について,賠償の対象としている。これは,本件事故発生当初は,大量の放射性物質の放出による放射線被ばくへの恐怖や不安を抱くことは,年齢を問わず合理性があるし,その後においても,少なくとも子ども及び妊婦の場合は,放射線への感受性が高いことが一般に認識されていることなどから,人口移動により推測される自主的避難の実態からも,恐怖や不安を抱くことには合理性があるとの考え方を基本にしている。(以上につき,甲D共229の5の1,乙D共3・各7~8頁,甲D共229の6,乙D共5・各14頁)。この考え方自体は,妥当であり,当・裁判所も採用するところではあるが,中間指針追補及び同第2次追補においても,本件事故当初の時期が経過してからは,子ども及び妊婦については「少なくとも」賠償の対象としているにすぎず,そのほかの賠償を否定しているとまでは解されない。そのため,本件事故当初の時期を経過してからであっても,①子どもや妊婦と同居していた子どもの両親や妊婦の夫については,一般人の生活実態からして,子どもや妊婦と同居するためであれば,避難の相当性が認められるべきである。子どもや妊婦から遅れて避難する場合,自らの避難の性格は薄くなるが,別居自体が本件事故によって生じたものである以上,同居を回復するのは,本件事故と相当因果関係のある事柄であり,避難の相当性が認められると解される。しかし,子どもや妊婦の避難生活が安定し,もはや本件事故と相当因果関係がない時期になれば,子どもの両親や妊婦の夫についても,避難の相当性は認められない。また,②子どもや妊婦と関係のない場合,例えば,高齢者一人による避難の場合であっても,100mSv以下の低線量の被ばくでは,健康リスクが生じないと科学的に証明されているものではないし,本件事故から短期間で,本件事故及び低線量の被ばくによる身体への影響について,科学的な理解や確信に到達すべきであるとするのは難しい面もあること,自主的避難者数は,推計でも,平成23年5月から9月まで一時期を除き増加傾向にあること(乙D共138)からすると,本件事故から長期間経過する前であれば,この場合も,避難の相当性が認められるべきである。

   エ 個別具体的事情による場合
 中間指針追補では,上記ウに当たらない場合であっても,個別具体的事情に応じて賠償の対象と認められ得るとしている。避難の相当性の判断は,損害賠償責任の要件該当性の判断であり,本来,避難者それぞれの事情に応じたものであるはずであるから,中間指針追捕の上記方針のとおり,自主的避難等対象区域の居住者という類型に該当しない場合であっても,個別具体的事情によって,当事者のみならず,一般人からみても避難がやむを得ないものであって社会通念上相当といえる場合には,避難の相当性が認められる。実際に,被告東電も,その賠償基準で,白河市をはじめとした福島県の県南地域及び宮城県丸森町に住居があった子ども及び妊婦に対する賠償を認めて支払をしている。これは,自主的避難等対象区域外であっても,被告東電が,個別具体的事情を前提にして福島県の県南地域及び宮城県丸森町に住居があった子ども及び妊婦を,損害賠償を行うべき対象者として類型化したものと解される。
 そして,個別具体的事情は,避難者毎に様々ではあるものの,中間指針追補が自主的避難等対象区域を定めるについて,総合勘案する事情とした上記ウ①から④までの事情は,自主的避難等対象区域外の避難者の避難の相当性を判断する際にも当然考慮されるべきであるし,類型化されない避難の相当性の判断であることから,上記のほかにも,⑤避難を実行した時期が本件事故当初の時期かそれ以後か,⑥居住地の自主的避難等対象区域との近接性のほか,⑦避難した世帯に子どもや放射線の影響を特に懸念しなければならない事情を持つ者がいることなどの種々の要素を考慮して,上記ウの場合と同等の場合又は同ウの場合に準じる場合は,当事者のみならず,一般人が放射線の身体に対する影響を懸念したとしてもやむを得ないといえるから,避難は社会通念上相当であると認めるべきである。なお,上記ウの場合に準じる場合も含めたのは,自主的避難等対象区域の空間線量や避難者の多寡には市町村によって相当な幅があり(後記(4)ウ参照),個別具体的事情の場合,非定型の判断の場合で,総合評価には幅があり得ることを踏まえて,限界的事例では,相当性を否定するよりは,相当性を認めて,慰謝料等の額に差をもうけたほうが,被害者救済に適すると考えたためである。

   (3)避難の相当性の判断基準

 上記(2)の基本的な考え方を踏まえて,避難の相当性を認めるべきであるのは,下記ア~クの場合(以下「避難基準」という。)である。

 ア 本件事故時,中間指針が定める避難指示等対象区域に居住していた者が避難した場合。

 イ 本件事故時,中間指針追補の定める自主的避難等対象区域に居住しており,かつ,以下の(ア)又は(イ)のいずれかの条件を満たす場合。

 (ア) 平成24年4月1日までに避難したこと。ただし,妊婦又は子どもを伴わない場合には,避難時期を別途考慮する。

 (イ) 本件事故時,同居していた妊婦又は子どもが上記例本文の条件を満たしており,当該妊婦又は子どもの避難から2年以内に,その妊婦又は子どもと同居するため,その妊婦の配偶者又はその子どもの両親が避難したこと。

 ウ 本件事故時,自主的避難等対象区域外に居住していたが,個別具体的事情により,避難基準イの場合と同等の場合又は避難基準イの場合に準じる場合。
 個別具体的事情としては,①福島第一原発からの距離,②避難指示等対象区域との近接性,③政府や地方公共団体から公表された放射線量に関する情報,④自己の居住する市町村の自主的避難の状況(自主的避難者の多寡など),⑤避難を実行した時期(本件事故当初かその後か),⑥自主的避難等対象区域との近接性のほか,⑦避難した世帯に子どもや放射線の影響を特に懸念しなければならない事情を持つ者がいることなどの種々の要素を考慮して,判断する。なお,上記諸要素は,総合勘案すべき事情であるから,諸要素のそれぞれに,避難基準イの場合と同等の場合又は避難基準イの場合に準じる場合であることが必要とまではいえない。

   (4) 避難基準ア~ウを設定した補足的な理由は,以下のとおりである。

 ア まず,避難基準アについては,前記(2)イのとおりである。

 イ 次に,避難基準イは,前記(2)ウのとおり,自主的避難等対象区域であっても,本件事故から一定期間経過後の避難については,本件事故と相当因果関係のある避難とは認められないところ,一定期間については,次の理由により,本件事故から平成24年4月1日までの期間とした。すなわち中間指針第2次追補は,少なくとも子ども及び妊婦については,平成24年1月以降も賠償の対象としていることから,平成24年1月以降も避難の相当性が認められるべき期間があるべきであること,平成23年12月16日には,政府が福島第一原発の原子炉の安定状態が達成されたとして本件事故の収束宣言を出しており,その時点から数か月の定着期間をみるのが相当であること,避難指示等対象区域が再編されたのが平成24年4月1日であり,同年春以降は,子どもの避難者数は,微増又は減少傾向であったことなどから,平成24年4月1日までの避難について,相当性を認めることとした。そして,同月2日以後の避難については,すでに早期に子が避難しており,別居して自主的避難等対象区域に残留していた親が同居するために避難するような例外的な場合を除いて,避難の相当性は認められないこととした。なお,本件事故から当初の時期を経過すると,避難をしたのは,妊婦又は子どもを伴う家族の事例が多いが(原告らも同様である。),避難者本人を含めた避難家族で考えた場合に,妊婦又は子どもを伴わない場合には,時期について別途考慮する必要があるので,避難基準イ(ア)には,ただし書を規定した。

 ウ 避難基準ウは,前記(2)エのとおり,個別具体的事情により,避難基準イの場合と同等の場合又は避難基準イの場合に準じる場合であるところ,自主的避難等対象区域に居住していた者(避難基準イ)とは違い,一定の区域に居住していた者に類型的に相当性を認める場合とは異なるから,諸要素として本件事故から一定期間経過した後になされた避難か否かの点だけでなく,避難を実行した時期もきめ細かく勘案されるべきである。すなわち,平成23年4月22日までは,本件事故当初とみて重視すべきであるところ,その理由は,本件事故の成り行きが全く不明であったのが,本件事故後数日間から1か月程度であり,その後平成23年4月22日には,警戒区域,計画的避難区域及び緊急時避難準備区域という区域が指定されたことからすると,本件事故への対応について一定程度の方針が定まった時期であるといえ,本件.事故直後の混乱時期は,それ以前と考えられるためである。本件事故後,混乱期を脱した平成23年4月23日以降は,情報をある程度収集することが可能になった時期であるから,上記の混乱期とは異なり,放射線の影響を懸念しなければならないという,ある程度客観的な事情に裏付けられた合理的な理由が必要である。もっとも,この要素も,総合勘案の一要素であるから,他の要素との相関関係にあることはいうまでもない。
 そして,自主的避難等対象区域は,別紙7「中間指針追補における対象区域」のとおり,福島第一原発から,概ね30kmから100kmにわたる圏内(福島第一原発100km圏内)に位置しており,その大部分は概ね30kmから80kmにわたる圏内(福島第一原発80km圏内)に位置していることが,避難基準ウの①の要素を考慮する際に参考になる。また,自主的避難等対象区域の空間線量は様々であるが,別紙8「各市町村の環境放射能測定結果の推移―①,②」のとおり,審査会における自主避難等対象区域等の放射線データ(第24回審査会参考資料2,出典は福島県災害対策本部。乙D共137,丙D共65)では,本件事故当初の平成23年3月31日には,4.47μSv/h(福島県川俣町・山木屋郵便局。福島第一原発からの方向及び距離(以下同じ):西北西,約38km)~0.19μSv/h(福島県小野町・小野町役場:西南西,約39km),同日から平成24年2月16日までの10か月余の期間については,比較的値の大きな福島市役所で2.61μSv/h~0.93μSv/h(北西,約62km),福島県伊達市月形相葭公民館で2.16μSv/h~1.59μSv/h(北西,約47km)であり,比較的値の小さな福島県小野町役場で0.19μSv/h~0.09μSv/h(上記同),福島県浅川村役場で,0.24μSv/h~0.13μSv/h(南西,約67km)であったこと(全体として,福島第一原発から北西方向の場所の空間線量の値が高く,南西及び南方向の場所の同値が低く,西方向の場所の同値がそれらの中間の値となる傾向がある。)が,避難基準ウの③の要素を考慮する際に参考になる。さらに,自主的避難者の多寡も,市町村によって相当に違いがあり,審査会における自主的避難等対象区域等の放射線データ(第18回審査会参考資料2,福島県の集計。乙D共138,丙D共66)では,平成23年3月15日時点の人口に占める、自主的避難者数(地震及び津波による自主的避難者数を含む。)は,いわき市4.5%,郡山市1.5%,福島市1.1%であり,一方で,田村市0.1%,小野町0.1%,石川町0.1%であったことは,避難基準ウの④の要素を考慮する際に参考になる。

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  5 避難の相当性の判断について(各論)

 以上を踏まえた上で,各原告の避難の相当性に関する判断は,以下のとおりである(以下,【】内の数字は,各原告の原告番号を表す。)。移動が避難であることが明らかなものは,直接避難と認定した。損害の認定ともかかわるので,各原告の所帯の詳細と避難の経緯は,本項とは別に,後記第5節の第2(各原告の損害額)でも事実認定をした。別紙避難経路等一覧表は,各原告の避難経路等をまとめたものであり,避難の相当性を認める場合には,損害額欄に損害額を(後記第5節の第3(各原告の損害額)参照),避難の相当性を認めない場合には,損害額欄を0円と,それぞれ記載している。

  原告番号1~58各論


  6 まとめ

 以上まとめると,避難の相当性についての判断は,以下のとおりである。なお,枝番のない原告番号は,枝番の家族全員を示すものである。

 (1) 避難経路の全部又は一部に避難の相当性を認める原告
 避難基準アに該当する場合:【1】,【18】
 同イ(ア)本文又は(イ)に該当する場合:【1】,【2-1,3,4】,【3】~【5】,【6-1,2】,【7】,【8】,【9-1,3,4】,【10-1,3】,【11】,【12】,【14-1,2,4】,【16】,【17】,【19-1,3,4】,【20-1,3~6】,【21】,【22】,【23-1~3,5】,【24】~【30】,【31-2,3】,【32】,【33】,【35】,【36-2】,【37】,【39】,【40】,【42】~【44】,【45-2,3】,【48-1~4】,【49】,【50】,【51-2,3】,【53】,【54】,【57】
 同ウに該当する場合:【15-1,2】,【34】,【38】,【46】,【52】,【56】,【58-2,3】

 (2) 避難経路の全部に避難の相当性を認めない原告(避難していない場合又は避難の相当性を判断しない場合(避難時胎児)を含む。):【2-2】,【6-3】,【9-2】,【10-2】,【13】,【14-3】,【15-3,4】,【19-2】,【20-2,7,8】,【23-4】,【31-1】,【36-1】,【45-1】,【47】,【48-5,6】,【51-1】,【55】,【58-1,4】

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