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事実及び理由第3章 当裁判所の判断第4節 争点④(避難の相当性)について 【目 次】(判決書の目次に戻ります) 第1 認定事実 第2 判断 第1 認定事実 1 放射線に関する科学的知見等 (1) 放射線及び放射性物質の各性質 放射線は,不安定な原子核の崩壊や核分裂反応のときに放出される粒子や電磁波のことであり,エネルギーを有し,種類によっては,空間だけでなく,物質の中を通過する性質を有している。放射能は,放射線を出す能力であり,かかる能力を有する物質が放射性物質である。放射性物質は,エネルギー的に不安定であるため,エネルギーを放射線として放出して,安定な状態に変わろうとする性質があり,安定すれば放射線を出さなくなる。したがって,時間が経過すれば放射性物質の量が減り,放射能も弱まることとなる。また,放射線の強さ(線量率)は,放射性物質からの距離の2乗に反比例して弱くなる。 (2) 放射線量の概念・単位の違いについて 放射線量の概念及びその単位は複数ある。放射線を出す側に着目し,放射能の単位として,「ベクレル(Bq)」があり,ある物体に含まれる放射性同位元素において,1秒間に1個の原子核が変化(壊変する)放射能の強さを1ベクレル(Bq)という。放射線を吸収する側に着目すると,「グレイ(Gy)」があり,放射線のエネルギーがどれだけ物質に吸収されたかを表し,組織1キログラムにつき1ジュールのエネルギーを吸収した場合を,1グレイ(Gy)という。放射線の人体への影響に着目する場合は,等価線量や実効線量(ともに単位は「シーベルト(Sv)」)といった概念で捉えられている。臓器や組織ごとの放射線に対する感受性の違いや,放射線の種類によって,その影響が異なることから,人が受けた放射線の影響を管理するためたは,それぞれの臓器等への影響の大きさを重み付けし(等価線量),また全身への影響を考える際にはそれらを足し合わせなければならない(実効線量)。したがって,これらの線量は,吸収線量といった物理量のように直接容易に計測することは困難である。そこで,実効線量の測定に代えて,実効線量を推定するための値として,線量当量(単位は「Sv」)が定義されている。 (3) 放射線量の測定値について 空気中の放射線量を測定する方法としては,モニタリングポストやサーベイメータ等がある。モニタリングポストは,原子力施設からの放射性物質の放出を監視するため,原子力事業者や各都道府県が発電所周辺等の適切な地点に設置された放射線測定機器であり,サーベイメータは,放射線管理が必要な現場などで,放射性物質又は放射線に関する情報を得ることを目的とした小型の放射線測定器である。モニタリングポストでは空気吸収線量率を測定し,サーベイメータはおおむね周辺線量当量を測定する。いずれも,実際には測定できない実効線量を推定するために,計測した放射線の物理量から定義される実効線量の近似値である線量当量を示すものである。ここで計測される周辺線量当量(1cm線量当量。人体の1cmの深さにおける吸収線量)の値は,安全側に立って評価し,常に大きく根付けされているため,実効線量に比べて少し高い数値となる。 (4) 日常生活における放射線 日常生活においても,人は自然放射線による被ばくを受けている。宇宙や大地から受ける外部被ばくや,食品の経口摂取等による内部被ばくを合計すると,日本人は平均年間1.48~2.1mSvの被ばくを受けているものと推定されている。世界の平均は,2.4mSvである。 (5) 追加被ばく線量年間1m弱の考え方 上記のとおり,日常生活においても,人は自然放射線による被ばくを受けているところ,大地からの放射線は0.04μSv/h,宇宙からの放射線は,0.03μSv/hである。 自然放射線を除き,事故から生じる追加放射線による追加被ばく線量年間1m弱を,1日のうち,屋外に8時間,屋内(遮蔽効果0.4倍がある木造家屋)に16時間滞在するという生活パターンを仮定すると,1時間当たり,次の式により,0.19μSv/hと換算できる。 0.19μSv/h×(8h+0.4×16h)×365日=1mSv/y そして,空間線量率の測定では,事故から生じる追加被ばく線量に加え,自然界からの放射線のうち,大地からの放射線分が測定されるため,次の式により,空間線量率としては0.23μSv/hが追加被ばく1mSv/yとなる。 0.19μSv/h+0.04μSv/h=0.23μSv/h (甲共Dlの1~3,2~4,6,乙D共40~44,219,234,235,236,丙A16,D共30,71・9~76頁) 2 放射線の生体への影響 (1)放射線の生体への影響の分類 放射線の生体への影響については,メカニズムの観点から,確定的影響と確率的影響に分類することができる。確定的影響は,組織反応とも呼ばれ,臓器や組織を構成する細胞が多数死亡したり,変性したりすることで起こる症状である。これは,ある限界線量(しきい値)以上の被ばくをした場合に影響が現れるものであって,受ける線量が増加すればするほど,症状が重くなるのが特徴である。急性障害(紅斑・脱毛),白血球減少,白内障,胎児発生の障害(精神遅滞)などの身体的影響がこれにあたる。確率的影響は,細胞の遺伝子が変異することで起こる影響である。これは,低い線量でもある確率で発生すると考えられている影響であり,がん,白血病(血液のがん)や遺伝的障害(先天異常)がこれにあたる。(乙D共40,219,丙D共71・77~91頁,証人酒井) (2) がんに至る仕組み等 放射線被ばくをした際,DNAに損傷が生じる。DNA損傷は,放射線のほか,発がん性物質,たばこ,化学物質及び活性酸素によっても生じる。このようなDNA損傷が起きた際,人体にはDNAを修復する機能が備わっており,これによりDNAが完全に修復される場合もあるが,不完全である場合や修復できない場合がある。不完全な場合,細胞が突然変異して,がん化することがあるが,それに至るまでの間に,そのような細胞を除去する機能として,アポトーシスや免疫機能といった生体の防御機能が備わっている。(甲D共56,171,丙D共36,38,証人崎山,証人酒井) 100~200mSvの被ばくを受けた場合のがんのリスクは,1.08倍で,受動喫煙や野菜不足の場合(順に1.02倍~1.04倍,1.06倍)と同程度のリスクとされており,喫煙や肥満によるリスク(順に1.6倍,1.22倍)よりも小さいとされる。(乙D共219,丙D共2,20,71・126頁,129~130頁) (3) 胎児,子どもへの影響 一般に,胎児,子どもは放射線感受性が高い。組織の細胞が活発に分裂していて,放射線の傷の修復間違いが多く,また,発生した突然変異細胞のクローンが拡大するチャンスが大きいからである。また,被ばく後も長い年月を生きるので,変異細胞にさらに他の発がん物質による損傷が蓄積し,悪性化する機会も多くなる。 胎児期は,着床前なら,100mSv以上の被ばくで胚の死亡が起きる。個々の臓器の原基が形成され,細胞が活発に増殖分化する器官形成期には,被ばくにより奇形が誘発される。小頭症が主である。8週以降は脳の増殖分化が活発なときで,被ばくによって重度精神発達遅滞や知能指数の低下が起きる。これらの影響は,100mSv未満では増加しない。胎児期の被ばくは,生後に小児がんを誘発する可能性がある。 小児は,被ばくによるがんのリスクが高い。特に白血病,甲状腺,乳腺,皮膚のがんである。 (丙D共2,71・92~94頁,104頁,106頁) △ページトップへ 3 ICRP勧告 (1) 放射線防護規制作成の国際的枠組みとICRPについて 放射線影響科学は,生物学を基盤として,実験,観察を主たる手段とする基礎科学領域の学問であり,原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR,1955年創立。国連総会で設置され,加盟国が任命した科学分野の専門家で構成される。)が,放射線の影響に関する最新の研究論文をテーマ毎に収集し,その科学的健全性を評価した上で,報告書を作成して国連総会に報告するとともに,広く公開する。 国際放射線防護委員会(ICRP)は,UNSCEARが報告する科学的知見等を参考にしながら,放射線防護の基本的枠組みと防護基準について勧告している。各国・地域及び各国際機関は,ICRPの勧告を参考にして,放射線防護に関する法令や指針を策定している。近年では,1977年,1990年,2007年に勧告を行っている。1985年には声明の発表がある。 (甲D共8~11,52,55,乙D共46) (2) ICRPによる勧告 ア 1990年勧告の概要 1990年勧告は,行為(総放射線被ばくを増加させる人間の活動)における放射線防護体系として,①放射線被ばくを伴うどんな行為も,その行為によって被ばくする個人又は社会に対して,それが引き起こす放射線損害を相殺するのに十分な便益を生むのでなければ,採用すべきでない(行為の正当化),②ある行為内のどんな特定の線源に関しても,個人線量の大きさ,被ばくする人の数,及び,受けることが確かでない被ばくの起こる可能性,の3つ全てを,経済的及び社会的要因を考慮に加えたうえ,合理的に達成できる限り低く(As Low As Reasonably Achievable)保つべきである(防護の最適化,ALARAの原則),③関連する行為全ての複合の結果生ずる個人の被ばくは線量限度に従うべきであり,また潜在被ばくの場合にはリスクの何らかの管理に従うべきである(個人線量限度・個人リスク限度)という3つの基本原則に基づくものであるとする。 そして,公衆被ばくに関する線量限度は1mSv/y(実効線量)とし,特殊な状況においては,5年間にわたる平均が1mSv/yを超えなければ,単一年にこれよりも高い実効線量が許されることもあり得るとしている。 上記公衆被ばくに関する線量限度1mSv/yは,ほとんどの国が,規制の中で使っている値である。 (甲D共44の1,52,弁論の全趣旨) イ 2007年勧告の概要 2007年勧告は,放射線防護の3つの基本原則(正当化,最適化,線量限度の適用)を引き続き維持し,職業被ばくの線量限度,公衆被ばくの線量限度についても1990年勧告の基準を維持している。 2007年勧告のうち,新たに加えられた勧告の概要は以下のとおりである。 まず,従来の分類に置き換わるものとして,被ばく状況を①計画被ばく状況(平常時),②緊急時被ばく状況(非常時),③現存被ばく状況(非常事態からの復旧期等)の3つのタイプに分類している。前記基本原則のうち,正当化及び最適化はすべての被ばく状況に適用されるが,線量限度の適用の原則は,計画被ばく状況のみに適用される。 計画被ばく状況における,公衆被ばくの線量限度は1mSv/y(実効線量)とし,線量拘束値は1mSv/y以下(実効線量)で選択すべきである。また,緊急時被ばく状況における公衆被ばくの参考レベルは,状況に応じて20~100mSv/y(実効線量)の間に定め,現存被ばく状況(公衆被ばくのみ)における参考レベルは,状況に応じて1~20mSv/y(実効線量)の間に定めるべきである。ただし,線量拘束値も参考レベルも,安全と危険の境界を表すものではない。 最適化のプロセスにおいては,まず,被ばく状況を評価した上で,線量拘束値又は参考レベルの適切な値を選定し,防護選択肢を確認して,その中から最善の選択肢を選んで実行するという作業を反復継続することとなる。 (甲D共55,乙D共46) ウ 本件事故後の勧告 ICRPは,平成23年3月21日,本件事故に関し,国の機関が,緊急時の公衆の防護のために,最も高い計画的な被ばく線量として20~100mSvの範囲で参考レベルを設定するというICRP2007年勧告をそのまま変更することなしに用いることを勧告した。また,国の機関が,必要な防護措置をとる場合,長期間の後には放射線レベルを1mSv/yへ低減するとして,これまでの勧告から変更することなしに,参考レベル1~20mSv/yの範囲で設定することを勧告した。(乙D共47) (3) ICRP勧告の国内法令への取り入れ 1990年勧告は,放射線審議会の審議を経て,平成13年,同勧告を取り入れるかたちで,放射線障害防止法が改正されるなどした。これにより,同公衆被ばく線量(実効線量)が,年間1mSvを超えないことを踏まえた規制の制度となった。そして,本件事故当時,2007年勧告の国内法令への取入れが,放射線審議会において審議中であった。(甲D共20,27,33,乙D共66) (上記各証拠の他,3項(1)~(3)全体について甲D共178,丙D共36,40,証人佐々木) (4)国内法令の具体的内容(本件事故当時のもの) ア 炉規法 炉規法(平成24年改正前)の目的は,前記(第2章第2節第5の3(1))のとおりであり,同法に関する「実用発電用原子炉の設置,運転等に関する規則」の規定等に基づき定められた告示「同規則の規定に基づく線量限度等を定める告示」(平成13年3月21日経済産業省告示第187号)3条1項1号は,炉室,使用済燃料の貯蔵施設,放射性物質の廃棄等の場所を中心にした「管理区域」「保全区域」「周辺監視区域」の外側のいかなる場所においても,超えるおそれのない線量限度として,「実効線量については,1年間(4月1日を始期とする。)につき1mSv」と定めている。また,同告示9条1項6号は,放射性物質を排気・排水し「周辺監視区域外において,外部放射線及び内部放射線により被ばくする可能性がある場合には,排気・排水の放射性物質の濃度限度は,その総量が実行線量年間1m弱を超えない濃度とする旨を定めている。 イ 放射線障害防止法 (ア) 放射線障害防止法は,原子力基本法の精神にのっとり,放射性同位元素の使用,販売,賃貸,廃棄その他の取扱い,放射線発生装置の使用及び放射性同位元素又は放射線発生装置から発生した放射線によって汚染された物の廃棄その他の取扱いを規制することにより,これらによる放射線障害を防止し,公共の安全を確保することを目的としている(1条)。 (イ) 同法による同法施行令及び同法施行規則の規定に基づき定められた告示「放射線を放出する同位元素の数量等を定める件」(平成12年10月23日科学技術庁告示第5号)10条2項1号は,工場又は事業所の境界及び工場又は事業所内の人が居住する区域における線量限度として,「実効線量が3月間につき250μSv」と定めている(規制として同じ意味ではないが,1年に換算すると1mSvになる。)。また,同告示14条2項は,廃棄施設における排気・排水設備の技術基準として,同条4項は,廃棄施設における排気・排水の数量及び濃度の監視基準として,いずれも実効線量年間1mSvと定めている。 (甲D共17~21,24~27) 4 避難基準年間20m弱の採用・実施 (1) 公衆被ばくが年間1mSvを超えないとの基準とは異なり,本件事故時のような「放射線緊急時」における公衆の防護については,法令上の規定がなく,原子力安全委員会が,昭和55年6月30日決定した「原子力施設等の防災対策について」(防災指針,本件事故までに10数回の一部改訂を経ていた。)の中で,本件事故時までに,「災害応急対策の実施のための指針」の一部として,「防護対策のための指標」として,次の内容が提案されていた。 ア 自宅等屋内退避のための指標 10~50mSv(外部被ばくによる実効線量)又は100~500mSv(内部被ばくによる等価線量) イ コンクリート建家の屋内退避又は避難のための指標 50mSv以上(外部被ばくによる実効線量)又は500mSv以上(内部被ばくによる等価線量) (乙D共65,丙D共23,44) (2) 本件事故後,上記(1)の防災指針に規定された予測線量に関する指標を参照しつつ,事案の進展の可能性や緊急性に基づく予防的観点から,後記11(1)アからウまでのとおり,内閣総理大臣は,平成23年3月11日から同月15日にかけて,福島第一原発から一定距離の半径の圏内を,避難区域又は屋内退避区域に指定した。 その後,同年4月10日付けの原子力安全委員会の意見を踏まえ,内閣総理大臣は,同月22日,本件事故発生後1年間の積算線量が20mSvを超える可能性がある福島第一原発から20km以遠の地域を計画的避難区域に指定し,これに該当しない屋内退避区域については,その一部を解除等した。(乙D共32,丙D共27,49) (3) 文部科学省は,原子力安全委員会の助言を踏まえた原子力災害対策本部の見解を受け,福島県教育員会や福島県知事等に対し,平成23年4月19日付けで,「福島県内の学校の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について」の通知を発し,20mSv/yを念頭に,3.8μSv/hを超える場合は,校庭・園庭での活動を1日あたり1時間程度にするなど,学校内外での屋外活動をなるべく制限し,3.8μSv/h未満の場合は,校舎・校庭等を平常どおり利用して差し支えないなどとした。同年8月26日付けでも,同様の考えを前提に,以後の対策などを述べる通知を発した。(甲D共79~85,乙D共50,51,丙D共31,32(枝番を全て含む。)) (4) 原子力安全・保安院(保安院)は,平成23年6月16日,「事故発生後1年間の積算線量が20mSvを超えると推定される特定の地点への対応について」を定め,年間20mSvを超えると推定される地点を「特定避難勧奨地点」とする予定であるとした。(乙D共18) (5) 原子力安全委員会は,平成23年7月19日,「今後の避難解除,復興に向けた放射線防護に関する基本的な考え方について」を発表した。その概略は,次のとおりである。 前記(1)の防災指針は,短期間の避難や屋内退避を想定した国際機関の指標を参考に定めたものであり,わが国においては,長期にわたる防護措置のための指標がなく,また,原子力災害に伴う放射性物質が,長期にわたり環境中に存在(残留)する場合の防護措置の考え方も定められていなかった。前者については,計画的避難区域の設定等に係る助言において,ICRPの2007年勧告において,「緊急時被ばく状況」において適用することとされている参考レベルのバンド20~100mSv(急性若しくは年間)の下限である20mSv/yを適用することが適切であるとした。後者については,ICRPの2007年勧告において定められている「現存被ばく状況」という概念を適用するのが適切とし,新たな防護措置の最適化のための参考レベルは,同勧告に従えば,1~20mSv/yの下方の線量を選定することになるところ,状況を漸進的に改善するためには,中間的な参考レベルを設定することもできるが,長期的には1mSv/yを目標にするとした。なお,緊急時被ばく状況にある地域と現存被ばく状況にある地域は,福島第一原発の周囲に併存しているとしている。 (丙D共13,24) (6) 原子力安全委員会は,平成23年8月4日,「東京電力株式会社第一原子力発電所事故における緊急防護措置の解除に関する考え方について」において,解除日以降年間20mSv以下となることが確実であることを,避難指示を解除するための必須の要件であるとの考えを示した。(丙D共79) (7) 上記20mSvの被ばくのリスクについては,様々な議論があったことから,後記9(2)のとおり,低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ(WG)が平成23年11月から12月にかけて開催され,その報告書では,年間20mSvという数値は,今後より一層の線量低減を目指すに当たってのスタートラインとしては適切であると考えられるとした。 (8) 政府は,上記原子力安全委員会の意見や低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループの報告書などを経て,避難に関する区域見直しについても,年間20mSvの基準を用いるのが適切であるとの結論に達し,原子力災害対策本部として,平成23年12月26日「ステップ2の完了を受けた警戒区域及び避難指示区域の見直しに関する基本的考え方及び今後の検討課題について」を発表し,年間20mSvを基準にして避難指示等の区域の再編方針を示し,後記11(3)ウのとおり,平成24年4月1日以降,実施した。(甲D共37,乙D共21) △ページトップへ 5 LNTモデル (1) 低線量被ばくの生体への影響に関する議論 疫学調査等によれば,おおよそ100~200mSv又はそれを超える被ばくにおいては,被ばく線量に比例して発がんのリスクが増加することが確認されている。 他方,100mSv以下の低線量領域においては,がんのリスクが直線的に増加するか否かは見解が分かれている。この見解の中の1つが,LNTモデルであり,低線量領域においてもリスクは直線的に増加するとする説である。そのほかにも,低線量ではむしろ身体に益があるとする「ホルミシスモデル」,確率的影響でもしきい値があるとする「しきい値あり曲線モデル(下に凸モデル)」,低線量領域では,LNTモデルよりもリスクは小さくなるとする「しきい値なし下に凸モデル」,低線量領域では反対にリスクは大きくなるとの説「低線量超高感受性モデル(上に凸モデル)」などの様々な説が唱えられている。 LNTモデルの基礎にある科学的な考え方は,放射線がDNAを傷つけ,それが体を構成している細胞の突然変異を招き,これが原因となってがんとなるところ,遺伝子上の傷が,放射線に対してしきい値がなく,直線的に増えるので,がんも直線的に増えるというものである。これに対して,低線量領域においては,正確なDNAの修復,アポトーシスによる潜在的がん細胞の除去,免疫系によるがん細胞の除去などという生体防御反応が働き,がんが直線的に増えるものではないし,増えたとしても喫煙,肥満,運動不足など他の要因による発がんの影響に隠れてしまうほど小さいという考え方がある。 (丙D共1・9頁,36,38,証人酒井) (2) ICRP等によるLNTモデルの採用 このような中で,ICRPでは,1977年勧告でLNTモデルを採用し,以後,100mSv以下の領域においても確率的影響のリスクは直線的に増加するものとして放射線防護を図っている。ICRP2007年勧告には,LNTモデルは,あくまでも放射線防護体系における仮定であり,実用的な放射線防護体系において引き続き科学的にも説得力がある要素である一方,このモデルの根拠となっている仮説を明確に実証する生物学的・疫学的知見がすぐには得られそうにないということを強調する旨の記載がある。 また,UNSCEARやWHO等の主要な国際機関も放射線被ばくによるリスクの推定に当たってはLNTモデルを採用している。 (甲D共8,55,乙D共46,証人佐々木) 6 線量率効果 (1) 意義 線量率効果とは,同じ線量を受けた場合を,一度に高線量率で浴びた場合(急性被ばく)と,長期間の間に低線量率で浴びた場合(慢性被ばく)では,人体に対する健康影響は異なり,低線量率の方が低いとする考え方である。線量率効果がどの程度あるかということに関しては,DDREF(線量・線量率効果係数)が用いられている。DDREFを2とすることの意味は,低線量率で浴びた場合の人体への影響は,高線量率で浴びた場合の1/2の影響であるという意味であり,DDREFを1とすることは,低線量率と高線量率で影響は同じ,つまり線量率効果がないという意味である。 (2) 線量率効果に関する知見 国内外のマウスを用いた実験においては,同じ被ばく線量の総量であっても,緩照射(慢性被ばく)と急性照射(急性被ばく)とでは,緩照射の方が突然変異誘発の頻度が低いことなどが報告されており,線量率効果があることが確認されている。 (3) DDREFについてのさまざまな見解 DDREFをどのような値で考えるべきか,という点については,見解が分かれている。全米科学アカデミー(NAS)ではDDREFを1.5とし,UNSCEARは3より小さいとし,WHOでは1とし,ICRP1990年勧告及び同2007年勧告は2としている。 (甲D共55,乙D共46,丙D共14,62,71・100頁,75,証人酒井) △ページトップへ 7 被ばくによる健康影響に関する疫学調査及び論文 疫学とは,人間集団を対象にして,集団中の疾病異常を把握し,疾病異常の発生に関連する諸要因を検討する医学の一分野である(甲D共174,丙D共39,証人柴田)。被ばくによる健康影響に関する疫学調査及び論文として,近年のものとして,以下のものがある(多くは,証人崎山の証言及び崎山意見書(甲D共135,161,162,185)で引用する疫学調査及び論文である。)。 (1) LSS第14報 放射線影響研究所が原爆放射線の健康影響を明らかにするために行っている原爆被ばく者の集団である寿命調査集団(LSSコホート)での死亡状況に関する報告の第14報(2012年)である。 LSS第14報の要約欄には,「全固形がんについて過剰相対危険度が有意になる最小推定線量範囲は0-0.2Gy(200mGy)であり,定型的な線量閾値解析(線量反応に関する近似直線モデル)では閾値は示されず,ゼロ線量が最良の閾値推定値であった。」との記載がある。(甲D共136の1・2,丙D共3) 著者の一人である小笹晃太郎は,環境省に設置された第6回東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議において,前記部分の解釈としては,0.2Gy以上でリスクが有意になるという意味である旨述べている。また,しきい値ありのモデルの方がデータに合致するという研究結果もある。(丙D共5・29頁,36,39,証人柴田) (2) テチャ川流域住民に関する論文 1950年代に,旧ソ連のマヤークプルトニウム製造工場から排出された核廃棄物により,汚染を受けたテチャ川流域住民の固形がん死のリスクを解析した論文(2005年)である。 固形がんの放射線リスクについて,高い有意性の線量―応答関係があり,線形ERR(過剰相対リスク)推定値は0.92/Gyであった。線形二次モデルの低線量での勾配は,線形モデルのリスク推定とほぼ同じである旨の記載がある。 CLL(慢性リンパ性白血病)以外の白血病の放射線リスクについても,線量―応答関係を示す強いエビデンスがあり,線形ERR(過剰相対リスク)推定値は6.5/Gyであった。線形二次モデルの低線量での推定勾配は,線形モデルのものとほぼ同じである旨の記載がある。 また,考察において,われわれの今回の解析は,固形がんとCLL以外の白血病の両方について,有意な線量一応答関係があることを明確に実証しており長期間の被ばくに伴う放射線リスクについての重要な情報を付け加えているとの記載がある。 (甲D共137の1・2) 上記論文については,対象者の生活習慣や遺伝的な違いの各影響などが考慮されていないなどの批判がある。また,テチャ川流域住民の線量を再評価した他の論文(2015年)においては,50mSv以下の低線量域ではリスクがないことを示すとも読める図が引用されており,線形モデルのほか,純二次モデル(低線量被ばくにおいてはリスクがないことを表すモデル)にもフィットすることが述べられている。ただし,同論文は,本文では,50mSv以下の低線量域ではリスクがないことを示すとは述べておらず,全体としては,低線量では応答が不確実であることを踏まえつつも,がん率が線量に依存することを記載している。 (甲D共181の1・2,丙D共36,39,証人柴田) (3) 15か国核施設労働者に関する調査結果 15か国の核施設作業者40万7391人の疫学調査の結果を解析した論文(2005年)である。上記15か国の中には,カナダが含まれるが,カナダの放射線リスク推定値は他国の値に比べて高く,そのデータの信頼性について,批判がされていた。このため,カナダのデータを除いた新たな論文(2007年)では,「考察」の欄で,「カナダを除外して解析しても,ある特定の1ヶ国だけ解析しても,全て原爆解析からのリスク推定やBEIR VII推定よりも一貫して高いリスク推定が生じたが,それらは全て統計的には合致していた。」とし,「結論」の欄でも,「フォトン放射線に対する低線量長期間の被ばくに関して,これまでに実施された最大規模の研究から,放射線量とがんの死亡の関係を検討し,放射線リスク推定値を示した。」「白血病を除く全てのがんと肺がんによる死亡について,リスクが有意に上昇することが明らかになった。」などと記載している。 一方,2005年の論文の発表後,カナダ原子力安全委員会(CNSC)は,データの再分析を行い,2011年,1965年以前に初めてカナダ原子力公社に雇用された労働者3088人のデータが調査結果に影響を及ぼしており,それを除いた場合には固形がん死亡リスクの上昇はみられなかった旨の報告書を作成・発表している。 (甲D共138の1・2,丙D共36,39,81の1・2,証人柴田) (4) 仏英米3か国労働者に関する論文 15か国核施設労働者に関する調査結果の疫学集団からアメリカ,イギリス,フランスの3か国を選び,さらに,上記疫学集団では対象外とされた中性子被ばく,プルトニウム等の内部被ばくを伴う核兵器開発施設作業者を加えて核施設労働者30万8297人の調査結果を分析した論文(2015年)である。 同論文は,「本研究で得られた知見」欄に,「電離放射線への長期間の低線量被ばくと固形がんによる死亡との間の相関関係を直接推定したものが得られた。高線量率被ばくのほうが低線量率被ばくよりも危険と考えられているが,放射線従事者での単位放射線量あたりのがんのリスクは日本の原爆生存者の研究から得られた推定値と同様のものであった。」と,結論並びに今後の研究への意義欄に,「われわれのデータは,平均累積線量がおよそ20mGyである集団でのがんによる死亡リスクを比較的正確に推定できるのに十分な統計情報をもたらした」などと各記載している。 同論文について,放射線影響協会が,交絡因子である喫煙について,適切に調整を加えていないことや,中性子被ばくの状況が適切に考慮されていない可能性があることを指摘している。また,同論文の示唆する結果については,科学的な評価が定まっていないとの意見がある。 なお,同論文に関する調査中,白血病,リンパ腫の調査に特化して分析した論文(「放射線量モニターを受けた労働者における電離放射線と白血病及びリンパ腫による死亡リスク(INWORKS):国際コホート研究」,2015年)も執筆された。この論文の「考察」欄には,「本研究は,長期間の低線量放射線被曝と白血病による死亡の間に相関関係があることを示す強いエビデンスをもたらすものである」との記載があるが,この論文についても,疫学研究からの批判がある。 (甲D共139の1・2,140の1・2,乙D共158,159,丙D共36,39,証人柴田) (5) 自然被ばくに関する論文 ア イギリス高線量地域における小児白血病に関する論文 国の既存の小児腫瘍登録の記録から,1980年から2006年の間にイギリスで生まれ,小児がんと診断された症例群2万7447人とそのがんを発症していない症例群3万6793人とを抽出し,これらを分析した症例対照研究(2013年)である。子どもが出生した時点での母親の居住地から,その地域の放射線量を推定している。 結論において,中等度・高線量及び高線量率におけるリスクモデルの結果を低線量又は低線量率の長期被ばくに当てはめることができ,その結果,極めて低い線量や線量率では,放射線に有害作用はなく,ベネフィットさえあるという考え方に対して反対するものである旨の見解を示した記載がある。 同論文については,対象者の居住歴が把握されていないこと,社会経済因子として利用されている貧困度指数が,対象者の出生時の母親居住地の国勢調査区に基づいていること,小児白血病の原因としては,放射線以外にも化学物質やウイルスなども考えられることといった疫学研究からの批判がある。 (甲D共141の1・2,丙D共36,39,証人柴田) イ スイス国勢調査に基づく小児がんのリスクに関する論文 既存の国勢調査記録から,16歳未満の全スイスの子どものがんの発症例を特定した上で,小児がんの罹患と自然放射線の被ばくの相関関係を分析した研究論文(2015年)である。 同論文の「考察」欄には,「小児がんが稀であることを考えれば,われわれの研究で見つかった屋外放射線の累積線量が1ミリシーベルト増加することによるハザード比はリスク比と解決できる。」「われわれの研究からは,バックグラウンド放射線が小児のがんのリスクに寄与していることが示唆される。」と記載されている。 同論文についても,対象者の居住歴を調べていないなど前提となる線量推定が不確かであること,医療被ばく,遺伝子損傷など交絡因子の検討が十分ではないことなどについて,他の研究者から批判がある。 (甲D共142の1・2,乙D共160,161,丙D共36,39,証人柴田) (6) 医療被ばくに関する論文 ア イギリスにおける小児CT検査に関する論文 イギリスにおいてX線CTを受けた小児・若年成人を調査した研究論文(2012年)である。 同論文の「考察」欄には,「2-3回の頭部CTスキャンを行ったことによる累積電離放射線量(つまり~60mGy)で,脳腫瘍のリスクはほぼ3倍になり,5-10回の頭部CTスキャンを行ったことによる累積電離放射線量(~50mGy)で白血病のリスクが3倍になる場合がある。」との記載がある。 同論文に対しては,CT検査を施行した目的や基礎疾患が調査されていないなどという批判がある。そして,他の研究者が,フランスで10歳になる前に最初のCT検査を受けた6万7274人の子どもにおける放射線被ばくと脳腫瘍,白血病,リンパ腫の発症との関係を調査し,これらの疾患の素因となる基礎疾患の影響を検討したところ,基礎疾患がある患者はCT検査の回数が多く,被ばく量も多くなっていたとの結果が得られたとしている。 (甲D共144の1・2,丙D共36,39,82の1・2,証人柴田) イ オーストラリアにおけるCT検査に関する論文 オーストラリアで小児期または青年期(19歳以下)にCT検査を受けた約68万人の患者を対象として,CT検査を受けた群と受けない群と比較して発がんが多いことを報告した論文(2013年)である。 同論文のアブストラクト(要約部分)の「結果」欄には,「がんの罹患率は,年齢,性別,出生年で調整すると,被ばく群のほうが無被ばく群と比較して24%高かった。線量―応答関係があることを認め,CTスキャンが1回増すごとにIRR(罹患率比)が0.16上昇した。年少で被ばくしたほどIRRが高かった。」「1回のスキャンあたりの平均有効放射線量は,4.5mSvと推定された。」との記載がある。 同論文に対しては,CT検査をした施行した目的や基礎疾患などの患者背景を調査していないこと,また,放射線の影響がまずは放射線被ばく部位に生じるのに,調査結果としてCT検査で撮影された部位と発がん部位との関連性が低いことなどから,発がんの素因となる基礎疾患の影響が考慮されておらず,放射線被ばくの影響を過大視しているとの批判がある。 (甲D共145の1・2,丙D共36,39,証人柴田) (7) ケララ州における発がん率に関する論文 インドのケララ州に存在する高自然放射線地域の住民を対象とするコホート研究の1つ(2009年)である。同州には,トリウムを含有するモザナイト砂から高い自然放射線(年間38mSv)が存在する海岸地帯がある。 同論文においては,30歳から84歳の集団6万9958人を平均10.5年追跡して調査しており,その結果,住民の自然放射線による生涯累積線量はがん罹患率と関連する証拠は得られなかった旨述べられている。 この論文の国際的な評価は,まだ定まっていないとされている。 (甲D共172の1・2,乙D共42,丙D共36,39,証人柴田) △ページトップへ 8 福島県県民健康調査 (1) 概要 福島県は,本件事故による放射性物質の拡散や避難等を踏まえ,県民の被ばく線量の評価を行うと共に,県民の健康状態を把握し,疾病の予防,早期発見,早期治療につなげ,もって,将来にわたる県民の健康の維持,増進を図ることを目的とし,県民健康調査を実施している。 調査は,①「基本調査」として,本件事故後4か月間の外部被ばく線量の把握のための調査と,②「詳細調査」として,本件事故時におおむね18歳以下であった者を対象にした「甲状腺検査」,避難区域等の住民に対する「健康診査」や「こころの健康度・生活習慣に関する調査」,福島県で母子健康手帳を受け取った者に対する「妊産婦に関する調査」からなる。 (2) 甲状腺検査 福島県は,平成23年10月から平成26年3月にかけて,本件事故時,おおむね0歳から18歳であった者(平成4年4月2日~平成23年4月1日生に対して,先行検査を行った。その後,平成26年4月から平成28年3月にかけて,前記の対象者に加えて,本件事故後出生した者(平成23年4月2日~平成24年4月1日生)にも対象を拡大して,本格検査を行った。その後,平成28年4月以降は,対象者が20歳を超えるまでは2年ごと,それ以降は5年ごとに検査を実施することを予定している。 検査の内容は,超音波検査による一次検査を行い,A判定(二次検査が不要とされる場合であり,A1判定(結節やのう胞を認めなかった場合)とA2判定(小さな結節やのう胞が認められた場合)がある。),B判定(A2判定よりも大きな結節やのう胞を認めた場合等)及びC判定(直ちに二次検査を受ける必要がある場合)で判定される。 (3) 甲状腺検査の結果 先行検査は,30万0476人が受診し,その一次検査では,A判定が99.2%(A1判定51.5%,A2判定47.8%),B判定が0.8%,C判定が0.0%であり,二次検査受診者2128人のうち,穿刺吸引細胞診を受けた者の中で,116人が悪性又は悪性疑いの判定となり,102人(良性結節1人,乳頭がん100人,低分化がん1人)に手術が行われた。 本格検査は,27万0454人が受診し,その一次検査では,A判定が99.2%(A1判定40.2%,A2判定59.0%),B判定が0.8%,C判定が0.0%であり,二次検査受診者1685人のうち,穿刺吸引細胞診を受けた者の中で,68人が悪性又は悪性疑いの判定となり,44人(乳頭がん43人,その他の甲状腺がん1人)に手術が行われた。 なお,環境省は,平成24年度,長崎県,山梨県,青森県の3県で,3歳から18歳の4365人を対象として,福島県と同じ方法で甲状腺検査を実施したところ,A判定が99.0%(Al判定42.5%,A2判定56.5%),B判定が1.0%,C判定が0%であった。 (4) 福島県県民健康調査に関する論文 県民健康調査の結果については,スクリーニング効果や過剰診断等が議論されている。同調査の結果を考察した津田論文(2015年)には,放射線被ばくにより甲状腺がんが多発した旨が述べられている。これに対しては,推計過程における仮定の妥当性や計算式そのものに問題があるとする批判などがあり,同批判に対しては,津田論文の執筆者と批判者で論争になっている。津田論文と異なり,甲状腺がんと放射線被ばくの因果関係を示唆する所見は得られていないとする研究結果も発表されている。 なお,程度はともかくとして,本件事故と同様,放射性物質が放出された旧ソ連のチェルノブイリ原発事故では,一般住民に対する身体的影響は,原爆被ばく者の場合と大きく異なり,甲状腺がんの発生が顕著であり,特に小児甲状腺がんは大方の予想を超えて多数発生したとされている。 (甲D共122~124,126,127,129,130,167の1・2,168の1~3,169,179,180,188,乙D共222,丙D共35~37,39,56,57,72,証人柴田) △ページトップへ 9 低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ (1) 概要 低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ(WG)は,本件事故後,原発事故の収束及び再発防止担当大臣の要請に基づき,国内外の科学的知見や評価の整理,現場の課題の抽出,今後の対応の方向性の検討を行う場として設置され,有識者による検討がなされた。平成23年11月から12月にかけて,8回,検討会が開かれて,その結果が報告書としてまとめられた(甲D共35,36,40~47,乙D共31(枝番を全て含む。))。 (2) WG報告書の内容 WGでの議論の結果は,以下のとおりである。 国際的な合意に基づく科学的知見によれば,放射線による発がんリスクの増加は,100mSv以下の低線量被ばくでは,他の要因による発がんの影響によって隠れてしまうほど小さく,放射線による発がんのリスクの明らかな増加を証明することは難しい。 このことは,子ども・妊婦についても同様であるが,100mSvを超える高線量被ばくでは,思春期までの子どもは,成人よりも放射線による発がんめリスクが高いことから,100mSv以下の低線量被ばくであっても,住民の大きな不安を考慮に入れて,子どもに対して優先的に放射線防護のための措置をとることは適切である。 放射線防護の観点からは,100mSv以下の低線量被ばくであっても,被ばく線量に対して直線的にリスクが増加するという安全サイドに立った考え方に基づき,被ばくによるリスクを低減するための措置を採用すべきである。 現在の避難指示の基準である年間20mSvの被ばくによる健康リスクは,他の発がん要因によるリスクと比べても十分に低い水準であり,放射線防護措置を通じて,十分にリスクを回避できる水準であると評価できる。 年間20mSvという数値は,今後より一層の線量低減を目指すに当たってのスタートラインとしては適切であると考えられる。長期的な(ICRPでは数十年程度の期間も想定されている。)目標である年間1mSvは,原状回復を実施する立場から,これを目指して対策を講じていくべきである。 (甲D共35,乙D共31) 10 関係法令の定め(空間線量以外の放射線防護の定め,本件事故当時のもの) (1) 放射線障害防止法関係 ア 放射線障害防止法施行規則(平成24年文部科学省令第8号による改正前のもの)1条1号の定める「管理区域」は,外部放射線に係る線量,空気中の放射性同位元素の濃度,又は放射性同位元素によって汚染される物の表面の放射性同位元素の密度が基準を超えるおそれのある場所であり,同規則等に基づき定められた数量告示(平成12年10月23日科学技術庁告示第5号)によれば,上記基準は,外部放射線に係る線量につき,実効線量が3か月につき1.3mSv,表面の放射性同位元素の密度につき,α線を放出しないセシウム134やセシウム137については,4Bq/cm2と定められている(数量告示4条1号,同条3号,8条,別表第4)。 イ 同規則は,管理区域の境界には,さくその他の人がみだりに立ち入らないようにするための施設を設けることとすることを定めている(14条の7第1項8号)ほか,管理区域について制限を設けている。 (甲D共24~27) (2) 炉規法関係(クリアランス制度) クリアランス制度は,原子力施設の解体工事によって発生する大量の廃資材を,安全かつ合理的な処分及び資源の有効利用を図るため,これらのうち,放射能濃度が著しく低いことを保安院が確認した場合に再利用等を認めるという制度である(炉規法61条の2)。 また,クリアランスレベルは,年間0.01mSvを超えないよう,核種ごとに定められており,セシウム134は0.1Bq/g,セシウム137は0.1Bq/gと定められている(製錬事業者等における放射能濃度確認規則(平成17年11月22日経済産業省令第112号)2条1項,別表第一)。 (甲共D22,23,乙D共237,238) △ページトップへ 11 政府による避難指示等の区域の変遷 (1)本件事故発生から平成23年4月21日までの避難指示等の区域について ア 内閣総理大臣は,平成23年3月11日,福島第一原発から半径3km圏内を避難区域に,半径3~10km圏内を屋内退避区域にそれぞれ指定し,原災法15条3項に基づき,避難又は屋内退避を指示した(乙D共10,丙D共46の1)。 イ 内閣総理大臣は,平成23年3月12日,福島第一原発から半径20km圏内及び福島第二原発から半径110km圏内を避難区域に指定し,原災法15条3項に基づき,避難を指示した(乙D共11,12,丙D共46の2・3)。 ウ 内閣総理大臣は,平成23年3月15日,福島第一原発から半径20~30km圏内を屋内退避区域に指定し,原災法15条3項に基づき,屋内待機を指示した(乙D共13,丙D共46の4・5)。 エ 原災本部長である内閣総理大臣は,平成23年4月21日,原災法20条3項に基づき,福島第二原発に係る避難区域を半径8km圏内に変更するとともに,福島第一原発から半径20km圏内を,原災法28条2項,災害対策基本法63条1項の警戒区域に設定し,緊急事態応急対策に従事する者以外の者に対し,当該区域への立入りを禁止するとともに,当該区域からの退去を命ずる旨の指示をした(乙D共14,15)。 なお,福島第二原発から8km圏内の避難区域の指定は,平成23年12月26日に解除された(甲A3・本文編242頁)。 (2) 平成23年4月22日から平成24年4月1日までの避難指示等の区域について ア 原災本部長である内閣総理大臣は,平成23年4月22日,原災法20条3項に基づき,福島第一原発から半径20~30km圏内の屋内退避区域の指定を解除するとともに,福島県葛尾村,浪江町,飯舘村,川俣町の一部及び南相馬市の一部であって避難区域を除く区域を計画的避難区域に,福島県広野町,楢葉町,川内村,田村市の一部及び南相馬市の一部であって避難区域及び計画的避難区域を除く区域を緊急時避難準備区域に,それぞれ指定した。そして,計画的避難区域内の居住者等は,原則としておおむね1月程度の間に順次当該区域外への避難のための立退きを,緊急時避難準備区域内の居住者等は,常に緊急時に避難のための立退き又は屋内への退避が可能な準備を行い,引き続き自主的避難をし,特に子ども,妊婦,要介護者,入院患者等は当該区域内に入らないようにするなどの指示を行った。(乙D共16) 緊急時避難準備区域の指定は,平成23年9月30日に解除された(乙D共17)。 イ 一時避難要請区域の指定等 福島県南相馬市は,平成23年3月16日,市民の生活の安全確保等を理由として,その独自の判断に基づいて,南相馬市の住民に対して一時避難を要請したが,同年4月22日,一時避難要請区域から避難していた住民に対して,自宅での生活が可能な者の帰宅を許容する旨の見解を示した(乙D共1・8頁)。 ウ 特定避難勧奨地点の指定等 原災現地本部は,平成23年6月30日から同年11月25日にかけて,事故発生後1年間の積算線量が20mSvを超えると推定される,次の各地点について,住居単位で特定避難勧奨地点を指定した(乙D共19の1・2・4~7)。 (ア) 福島県伊達市霊山町,月舘町,保原町の117地点128世帯 (イ) 南相馬市鹿島区,原町区の142地点153世帯 (ウ) 川内村下川内地区の1地点1世帯 なお,福島県伊達市及び川内村の特定避難勧奨地点は平成24年12月14日に,南相馬市の特定避難勧奨地点は平成26年12月28日に,それぞれ解除された(乙D共19の3,8,弁論の全趣旨)。 (3) 平成24年4月1日以後の避難指示等の区域について ア 原災本部は,平成23年12月16日,福島第一原発について,原子炉は「冷温停止状態」に達し,不測の事態が発生した場合も,敷地境界における被ばく線量が十分低い状態を維持することができるようになったことから,「放射性物質の放出が管理され,放射線量が大幅に抑えられている」という「ステップ2」の目標達成と完了を確認し,本件事故そのものは収束に至ったと判断した(乙D共20,21)。 イ 原災本部は,平成23年12月26日,「ステップ2の完了を受けた警戒区域及び避難指示区域の見直しに関する基本的考え方及び今後の検討課題について」を発表し,年間積算線量が20mSv以下となることが確実とされた地域を「避難指示解除準備区域」に,年間積算線量が20mSvを超えるおそれがある地域を「居住制限区域」に,居住制限区域のうち,5年間を経過してもなお,年間積算線量が20mSvを下回らないおそれのある地域を「帰還困難区域」に,それぞれ設定して,避難指示区域等を再編する方針を示した(乙D共21)。 ウ 平成24年4月1日から平成25年8月8日にかけて,警戒区域,避難区域,計画的避難区域は,帰還困難区域,居住制限区域,避難指示解除準備区域に再編された(乙D共74)。 エ 平成29年4月1日,福島県富岡町の居住制限区域及び避難指示解除準備区域の指定が解除された(乙D共241)。 △ページトップへ 12 中間指針等の内容(主に原告ら関係分である。) (1)中間指針(甲D共229の4,乙D共1。該当箇所を頁数のみで表示した。) ア 中間指針の策定 本件事故後,平成23年4月,原賠法18条1項に基づき,文部科学省に,原子力損害賠償紛争審査会(審査会)が設置された。審査会は,原賠法18条2項2号に基づき,原子力損害の範囲の判定の指針その他の当該紛争の当事者による自主的な解決に資する一般的な指針として,平成23年8月5日,以下のとおり,中間指針を策定,公表した。 イ 避難指示等対象区域 以下の(ア)~(カ)の地域を「避難指示等対象区域」と定義している。(ア)から(オ)までは政府が,(カ)は地方公共団体(南相馬市)が,それぞれ定めたものである(各6~8頁)。 (ア) 避難区域 (イ) 屋内退避区域 (ウ) 計画的避難区域 (エ) 緊急時避難準備区域 (オ) 特定避難勧奨地点 (カ) 一時避難要請区域 ウ 避難等対象者 以下の(ア)~(ウ)に該当する者を「避難等対象者」として定義している(各8~10頁)。 (ア) 本件事故が発生した後に対象区域内から対象区域外へ避難のための立退き及びこれに引き続く同区域外滞在を余儀なくされた者。ただし,平成23年6月20日以降に緊急時避難準備区域(特定避難勧奨地点を除く。)から同区域外に避難した者のうち,子ども,妊婦,要介護者,入院患者等以外の者を除く。 (イ)本件事故発生時に対象区域外に居り,同区域内に生活の本拠としての住居があるものの引き続き対象区域外滞在を余儀なくされた者 (ウ) 屋内退避区域内で屋内退避を余儀なくされた者 (2) 中間指針追補(甲D共229の5の1,乙D共3,該当箇所を頁数のみで表示した。) ア 中間指針追補の策定 審査会は,平成23年12月6日,避難指示等に基づかずに行った避難にかかる損害に関して,以下のとおり,中間指針追補を策定,公表した。同追補は,本件事故と自主的避難等に係る損害との相当因果関係の有無は個々の事案毎に判断すべきものとしながら,紛争解決を促すため,賠償が認められるべき一定の範囲を示すものとして策定されたものである。 イ 自主的避難等対象区域 福島第一原発からの距離,避難指示等対象区域との近接性,政府や地方公共団体から公表された放射線量に関する情報,自己の居住する市町村の自主的避難の状況(自主的避難者の多寡など)等の要素を総合的に勘案し,福島県内の市町村の以下の地域のうち,避難指示等対象区域を除いた区域を,「自主的避難等対象区域」と定義し,少なくともこの区域においては,住民が放射線被ばくへの相当程度の恐怖や不安を抱いたことには相当の理由があり,その危険を回避するために自主的避難を行ったことについてやむを得ない面があるとした(各2~3頁)。 (ア) 県北地域 福島市,二本松市,伊達市,本宮市,桑折町,国見町,川俣町,大玉村 (イ) 県中地域 郡山市,須賀川市,田村市,鏡石町,天栄村,石川町,玉川村,平田村,浅川町,古殿町,三春町,小野町 (ウ) 相双地域 相馬市,新地町 (エ)いわき地域 いわき市 ウ 自主的避難等対象者 以下の者を「自主的避難等対象者」と定義した(各4頁)。 本件事故発生時に自主的避難等対象区域内に生活の本拠としての住居があった者(本件事故発生後に当該住居から自主的避難を行ったか,本件事故当時自主的避難等対象区域外に居り引き続き同区域外に滞在したか,当該住居に滞在を続けたかを問わない。)。また,避難指示等対象区域内に住居があった者についても,一定の期間は,自主的避難等対象者の場合に準じて賠償の対象とした。 エ 上記ウ以外の賠償の対象者 上記ウに該当しない場合においても,個別具体的な事情に応じて賠償の対象と認められ得るとした(各3頁)。 13 避難の実情 (1) 本件事故以後,福島県における避難等指示区域内の避難者と自主的避難者数(推計)の平成23年中の変化は,概略で次のとおりである(単位は人)
(2) 上記(1)の後,平成24年5月に,福島県の避難者総数は,16万4865人のピークとなり,その後避難者総数は減少している。
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