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★  京都地方裁判所 判決書 事実及び理由
 第3章 当裁判所の判断  第5節 争点⑤(損害各論)について 
(2018年3月15日)

事実及び理由

第3章 当裁判所の判断


第5節 争点⑤(損害各論)について

目次】(判決書の目次に戻ります)

 第1 認定事実(賠償基準に関する事実)
 第2 損害各論の総論
 第3 各原告の損害額【省略】



 第1 認定事実(賠償基準に関する事実)


  1 中間指針等の内容

   (1) 中間指針(甲D共229の4,乙D共1,該当箇所を頁数のみで表示した。)

   ア 中間指針の策定
 前記第4節第1の12(1)のとおり,審査会は,原子力損害の範囲の判定の指針その他の当該紛争の当事者による自主的な解決に資する一般的な指針として,中間指針を策定,公表した。

   イ 避難等対象者の賠償額の目安
 政府による避難指示にかかる損害について,以下のとおり,損害項目ごとに賠償すべき損害を示すとともに,精神的損害については,賠償の対象となる期間を3期(第1期:本件事故発生から6か月間,第2期:第1期終了から6か月間,第3期:第2期終了から終期まで)に分け,賠償額の目安を示した(各10~23頁)

   (ア) 検査費用(人)
 本件事故の発生以降,放射線への曝露の有無又はそれが健康に及ぼす影響を確認する目的で必要かつ合理的な範囲で検査を受けるために負担した検査費用(検査のための交通費等の付随費用を含む。)。

   (イ) 避難費用
 必要かつ合理的な範囲で負担した,①対象区域から避難するために負担した交通費,家財道具の移動費用,②対象区域外に滞在することを余儀なくされたことにより負担した宿泊費及びこの宿泊に付随して負担した費用,③避難等対象者が避難等によって生活費が増加した部分があれば,その増加費用。
 ①,②については,避難等対象者が現実に負担した実費を損害額とするのが合理的な算定方法であるが,領収証等による損害額の立証が困難な場合には,平均的な費用を推計することにより損害額を立証することも認められるべきである。③については,原則として後記精神的損害の額に加算し,その加算後の一定額をもって両者を損害額とするのが公平かつ合理的な算定方法と認められる。
 避難指示等の解除等から相当期間経過後に生じた避難費用は,特段の事情がある場合を除き,賠償の対象とはならない。

   (ウ) 一時立入費用
 警戒区域内に住居を有する者が,市町村が政府及び県の支援を得て実施する「一時立入り」に参加するために負担した,必要かつ合理的な範囲の交通費,家財道具の移動費用,除染費用等。

   (エ) 帰宅費用
 対象区域の避難指示等の解除等に伴い,対象区域内の住居に最終的に戻るために負担した,必要かつ合理的な範囲の交通費,家財道具の移動費用等。

   (オ) 生命・身体的損害

 本件事故により避難等を余儀なくされたため,傷害を負い,治療を要する程度に健康状態が悪化し(精神的障害を含む。),疾病にかかり,あるいは死亡したことにより生じた逸失利益,治療費,薬代,精神的損害等。
 本件事故により避難等を余儀なくされ,これによる治療を要する程度の健康状態の悪化等を防止するため,負担が増加した診断費,治療費,薬代等。

   (カ) 精神的損害

   a 本件事故から6か月間(第1期)
 一人月額10万円。ただし,避難所,体育館,公民館等における避難生活等を余儀なくされた者については,一人月額12万円。

   b 第1期終了から6か月間(第2期)
 一人月額5万円。第2期の終期は,警戒区域等が見直される等の場合には,必要に応じて見直すものとされた(各18頁)。なお,後述の中間指針第二次追補において,避難指示区域見直しの時点まで,第2期の終期は延長されている(乙D共5・3頁)

   c 第2期終了から終期までの期間(第3期)
 第3期については,今後の本件事故の収束状況等を踏まえ,改めて損害額の算定方法を検討するとされた。なお,中間指針第二次追補において損害額の算定方法が示された。

   (キ) 就労不能等に伴う損害
 対象区域内に住居又は勤務先がある勤労者が避難指示等により,その就労が不能等となった場合には,かかる勤労者について,給与等の減収分及び必要かつ合理的な範囲の追加的費用。

   (ク) 財物価値の喪失又は減少等
 財物(動産及び不動産)につき,現実に発生した以下の損害

① 避難指示等による避難等を余儀なくされたことに伴い,対象区域内の財物の管理が不能等となったため,当該財物の価値の全部又は一部が失われたと認められる場合の,現実に価値を喪失し又は減少した部分及びこれに伴う必要かつ合理的な範囲の追加的費用(当該財物の廃棄費用,修理費用等)。

② 当該財物が対象区域内にあり,財物の価値を喪失又は減少させる程度の量の放射性物質に曝露したか,そうではないものの,財物の種類,性質及び取引態様等から,平均的・一般的な人の認識を基準として,本件事故により当該財物の価値の全部又は一部が失われたと認められる場合の,現実に価値を喪失し又は減少した部分及び除染等の必要かつ合理的な範囲の追加的費用

③ 対象区域内の財物の管理が不能等となり,又は放射性物質に曝露することにより,その価値が喪失又は減少することを予防するため,所有者等が支出した費用。

   (2) 中間指針追補(甲D共229の5の1,乙D共3,該当箇所を頁数のみで表示した。)

   ア 中間指針追補の策定
 前記第4節第1の12(2)のとおり,審査会は,避難指示等に基づかずに行った避難にかかる損害に関して,中間指針追補を策定,公表した。同追補は,相当因果関係の有無は個々の事案毎に判断すべきものとしながら,紛争解決を促すため,賠償が認められるべき一定の範囲を示すものとして策定されたものである。

   イ 自主的避難等対象者の賠償額の目安
 自主的避難等対象者の賠償額の目安を以下のとおりとしている。損害の中身は,自主的避難を行った場合は,①生活費の増加費用,②正常な日常生活が相当程度阻害されたために生じた精神的苦痛,③移動費用である。自主的避難等対象区域に滞在を続けた場合は,①放射線被ばくへの恐怖や不安,これに伴う行動の自由の制限等により,正常な日常生活の維持・継続が相当程度阻害されたために生じた精神的苦痛,②生活費の増加費用である。(各6~8頁)。

 (ア) 自主的避難等対象者のうち子ども(対象期間において満18歳以下の者。乙D共4・11頁)及び妊婦(対象期間に妊娠していた者)については,本件事故発生から平成23年12月末までの損害として一人40万円。
 平成24年1月以降に関しては,今後,必要に応じて検討することとした(各8頁)。なお,後述のとおり,中間指針第二次追補において,平成24年1月以降に関しても,一定の場合には,賠償の対象となることが示された。

 (イ) その他の自主的避難等対象者については,本件事故発生当初の時期(概ね本件事故発生から平成23年4月22日頃までが目安。乙D共4・13頁)の損害として一人8万円。

 (ウ) 自主的避難等対象者が避難を行った場合と,自主的避難等対象区域に滞在し続けた場合の損害額を同額と算定する。

   (3) 中間指針第二次追補(甲D共229の6,乙D共5,該当箇所を頁数のみで表示した。)

   ア 中間指針第二次追捕の策定
 審査会は,政府が平成24年3月末日を目途として,新たな区域が設定されること等を踏まえ,平成24年3月16日,以下のとおり,中間指針第二次追補を策定,公表した。

   イ 第2期の終期変更
 第2期の終期を中間指針の「第2期」を避難指示区域見直しの時点まで延長し,当該時点から終期までの期間を「第3期」とした。

   ウ 第3期の賠償額の目安
 引き続き,賠償すべき避難費用及び精神的損害は中間指針のとおりとし,第3期における精神的損害の賠償額(避難費用のうち,通常の範囲の生活費の増加費用を含む。)の目安を以下のとおりとしている(各4~10頁)

 (ア) 居住制限区域については,一人月額10万円を目安とした上,概ね2年分をまとめて一人240万円の請求をすることができるものとする。ただし,避難指示解除までの期間が長期化した場合は,賠償の対象となる期間に応じて追加する。

 (イ) 旧緊急時避難準備区域については,一人月額10万円。ただし,中間指針で示した「避難指示等の解除から相当期間経過後」の「相当期間」は,平成24年8月末までを目安とする。

   (4) 中間指針第四次追補(甲D共229の10,乙D共7,該当箇所を頁数のみで表示した。)

   ア 中間指針第四次追補の策定
 審査会は,平成25年12月26日,以下のとおり,中間指針第四次追補を策定,公表した。

   イ 第3期の賠償額の目安
 引き続き,避難費用及び精神的損害は,中間指針及び中間指針第二次追補で示したとおりとし,第3期における精神的損害の賠償額の目安を以下のとおりとしている(各4~8頁)

 (ア) 帰還困難区域,大熊町・双葉町の居住制限区域・避難指示解除準備区域以外の地域については,引き続き一人月額10万円。

 (イ) 中間指針で示した「避難指示等の解除等から相当期間経過後」の「相当期間」は,避難指示区域については1年間を当面の目安とし,個別の事情も踏まえ柔軟に判断するものとする。

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  2 被告東電の賠償基準

 被告東電は,中間指針等に基づいて,(1)~(3)の区域ごとに賠償基準を定めた上,基準に沿った賠償を行っている。(4)については,被告東電が自主的に基準を定めて賠償を行っている。そのうち,精神的損害を中心とした賠償基準は以下のとおりである(主に原告ら関係分である。)。

   (1) 居住制限区域の旧居住者

 平成23年3月11日から平成30年3月31日まで一人月額10万円(第1・2期において,避難所における生活の期間は月額12万円)(乙D共22,25,28)

   (2) 旧緊急時避難準備区域旧居住者
 避難の有無を問わず,平成23年3月11日から平成24年8月31日まで一人月額10万円(中学生以下は増額あり)(乙D共23,26,134)

   (3) 自主的避難等対象区域旧居住者

 ア 子ども(18歳以下:平成4年3月12日生から平成23年12月31日生)及び妊婦(平成23年3月11日から同年12月31日までの間に妊娠していた期間がある者)に対し,平成23年3月11日から同年12月31日までの損害として一人40万円(避難を実施している場合には,一人20万円を加算。)。上記以外の者に対し,避難の有無を問わず,平成23年3月11日から4月22日までの損害として一人8万円(乙D共34)

 イ 子ども(18歳以下:平成5年1月2日生から平成24年8月31日生)及び妊婦(平成24年1月1日から同年8月31日までの間に妊娠していた期間がある者)に対し,精神的苦痛のほか,生活費増加費用や避難した場合の移動費用を含めて,平成24年1月1日から同年8月31日までの損害として一人8万円(乙D共37)

 ウ 追加的費用等に対する賠償として,上記ア,イの賠償対象者から事故後出生した者(平成23年3月12日生から平成24年8月31日生)も含めて,一人4万円(乙D共37)

 エ 福島県の県南地域,宮城県丸森町旧居住者

 (ア) 福島県の県南地域(福島県白河市,西郷村を含む地域)及び宮城県丸森町に居住していた,子ども(18歳以下:平成4年3月12日生から平成23年12月31日生)及び妊婦(平成23年3月11日から同年12月31日までの間に妊娠していた期間がある者)に対し,避難の有無を問わず,平成23年3月11日から同年12月31日までの損害として一人20万円(乙D共35)

 (イ) 子ども(18歳以下:平成5年1月2日生から平成24年8月31日生)及び妊婦(平成24年1月1日から同年8月31日までの間に妊娠していた期間がある者)に対し,精神的苦痛のほか,生活費増加費用や避難した場合の移動費用を含めて,平成24年1月1日から同年8月31日までの損害として一人4万円(乙D共37,38)

 (ウ) 追加的費用等に対する賠償として,上記ア,イの賠償対象者から事故後から出生した者(平成23年3月12日生から平成24年8月31日生)も含めて,一人4万円(乙D共37,38)

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  3 前記1,2以外の賠償基準等

 前記1,2以外にも,本件事故の損害賠償に関しては,以下のとおり,賠償基準等が策定,公表されている。

   (1) 審査会による第一次指針,第二次指針,同指針追補(甲共229の1~3)

 審査会が,中間指針より前の時期(平成23年4月28日,同年5月31日,同年6月20日)に公表したもので,その後の検討事項を加えて,中間指針が定められた。

   (2) 被告東電による,被害者からの直接請求に関する「補償の具体的な算定基準」(甲D共224)

 審査会の指針を踏まえ,同指針に示された損害の範囲に対する算定基準を定め,避難指示等対象区域からの避難者などの直接請求に対する補償を実施するとしたもの。その中には,次のような基準項目がある。

   ア 避難,帰宅費用(交通費)

 (ア) 同一都道府県内の移動は,移動手段にかかわらず一人につき,移動1回当たり5000円。

 (イ) 都道府県を越える移動(自家用車)は,車1台につき,移動1回当たり「標準交通費一覧表(自家用車)」の該当する標準金額(カッコ内は,後述するその8割の金額)。
 例:福島~京都 2万8000円(2万2400円)
   福島~山形 1万3000円(1万0400円)
   福島~新潟 1万4000円(1万1200円)
   福島~東京 1万3000円(1万0400円)
   東京~京都 2万5000円(2万円)

 (ウ) 都道府県を越える移動(自家用車以外の手段による移動)は,一人につき,移動1回当たり「標準交通費一覧表(その他交通機関)」の該当する標準金額(カッコ内は,後述するその8割の金額)
 例:福島~京都 2万6000円(2万0800円)
   福島~大阪 4万円(3万2000円)
   福島~東京 1万4000円(1万1200円)
   東京~京都 1万9000円(1万5200円)

   イ 一時立入費用(交通費)
 1か月当たり1回までで,避難等の指示が解除された後,合理的な期間まで。1回当たりの金額は,上記アと同じ。

   (3) 原子力損害賠償紛争解決センター(センター)による総括基準(甲D共226の1・2,227の1~24(孫番号を含む。))

 審査会の下には,原賠法18条2項1号に基づき,任意の和解仲介手続を進めるための機関として,センターが設置された。センターは,総括委員会を設け,裁判外紛争解決(ADR)手続を申し立てられた多くの案件に共通する問題点に関して,一定の基準(総括基準)を示し,仲介委員が行う和解の仲介にあたって,参照されるものとした。その中で,総括基準2では,避難指示等に基づく避難について,精神的損害の増額事由として,要介護状態にあること,身体又は精神の障害があること,重度又は中等度の持病があることなどを挙げている。

   (4) ADR手続の運用実績(甲D共222,弁論の全趣旨)

 前記1,2及び3(1)~(3)の各基準にない事項について,センターが仲介した和解事例から窺える基準として,福島県弁護士会の「原子力発電所事故被害者救済支援センター運営委員会」が分析,公表した。その中には,センターが平成25年8月3日に福島弁護士会に提供したという「センターにおける現時点での標準的な取扱いについて」があり,自主的避難実行者について,次のような記載がある。

 ア 生活費増加分(定額を上回る実績の立証があった場合は,実績を賠償)

 (ア) 家財道具購入費
 家族全員で避難実行・・・・定額15万円
 家族の一部で避難実行・・・定額30万円(避難先が親戚等の場合は定額15万円)

 (イ)避難継続中の毎月の生活費増加分
 家族全員で避難実行・・・・定額0円
 家族の一部で避難実行・・・定額月額3万円(父親一人が福島県内に残るような場合)。なお,家族分離後,少ない人数で生活するグループの人数が2人の場合は定額として月額4万,3人の場合は定額5万円とする。

 (ウ) 避難継続中の避難雑費・・・平成24年以降につき,定額として子ども・妊婦一人当たり月額2万円(平成23年分は避難雑費の加算をしない。)

 イ 避難交通費・面会交通費(定額を上回る実績の立証があった場合は,実額を賠償する。ただし,面会交通費を実額で賠償する場合は,月2往復分までを賠償の限度とする。)

 (ア) 被告東電への直接請求で,避難交通費として認められている金額の8割を基準とする。

 (イ) 別離家族の面会交通費は,(ア)による金額の2往復分までを賠償の目安とする。


  4 中間指針等に基づく賠償の実施状況

 (1) 被告東電による直接請求手続での賠償総額は,平成29年9月22日時点で,避難等対象者である個人に対する賠償件数約92万6000件(世帯単位の延件数),自主的避難等対象者である個人に対する賠償件数約129万5000件(世帯単位の延件数),法人・個人事業主等への賠償件数約39万8000件,合計約7兆5448億円となっている(弁論の全趣旨)

 (2) センターにおけるADRの実施状況は,平成29年6月30日現在の速報値で,次のとおりである(甲D共226の1)
 ア 申立件数:2万2498件
 イ 既済件数:2万0433件(うち全部和解成立:1万6845件,取下げ:2003件,打切り:1584件,却下:1件)
 ウ 現在進行中の件数:2065件(うち現在提示中の和解案:160件)
 エ 全部和解成立件数:1万6845件

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 第2 損害各論の総論


  1 相当因果関係を認める損害について

   (1) 避難生活に伴う損害

 ア 避難が相当と認められた場合には,避難行動それ自体によって生じた損害のほか,その後の避難先における生活を継続したことにより生じた損害も,本件事故がなかったならば発生しなかったであろう状態と現状との差額に当たるとして,本件事故と相当因果関係のある損害と認めるべきである。
 一旦,ある世帯が避難すれば,避難先における生活を安定させようとするのが通常であり,そのように安定しつつある世帯が容易に帰還することは困難である。このことは,避難指示等による避難の場合と,避難指示等によらない自主的避難の場合とで異なることはない。避難指示等による避難の場合と,避難指示等によらない自主的避難の場合とでは,政府や地方公共団体により避難を余儀なくされたか否か,同様に避難を続けることを余儀なくされたのか否かの点において性質の異なる面があるものの,この性質の違いは,避難先での損害の相当な範囲(期間,額など)に違いを生じさせることになるとしても,避難指示等によらない自主的避難の場合に,避難先の損害が一切相当因果関係を欠くということにはならないと解される。このように解しないと,自主的避難の場合に,避難の相当性を認めつつ,避難後直ちに帰還すべき結果を強いることとなり,避難の相当性を認めることと矛盾することになる。したがって,避難指示等の有無にかかわらず,上記のとおり,避難が相当の場合には,避難先での生活継続による損害も,本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。

 イ 避難指示等による避難の場合には,本件事故によって,生活の本拠からの立ち退きを余儀なくされ,生活の本拠たる土地において平穏に生活する利益の享受を物理的に阻害されただけでなく,生活の本拠たる土地における不動産や動産の利用を強制的に不可能にさせられたという点において,直接財産権を侵害されたものといえる。したがって,避難指示が続く限りは,財産権や生活の本拠において平穏に生活する利益が侵害され続けており,その間の避難生活に伴う損害は,当然本件事故と相当因果関係のある損害ということができる。また,前記のとおり,避難指示等が解除され,自由に立入りできる状況になったとしても,一定期間避難生活を継続していた者が,直ちに帰還できるとはいえない。このことは,平成29年4月に居住制限区域が解除された富岡町において,同年5月1日現在で帰還した者が全住民登録者数の1%にも満たないことからも裏付けられている(乙D1の6)。したがって,避難指示等の解除後も相応の期間の避難生活による損害は,やむを得ないものであって,本件事故と相当因果関係のある損害と評価することができる。

 ウ 他方で,自主的避難の場合であったとしても,上記のとおり,避難後,避難生活を継続することはやむを得ないから,それによって生じた損害も,本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。そして,避難者は放射線に対する恐怖や不安によって,家族全員又は子どもを伴うなどして避難したものであり,低線量被ばくの影響や土壌汚染に関して,様々な考え方がある中で,避難まで生じさせた恐怖や不安による心理的影響から抜けることにはもともと困難な面があることは否定できない。また,避難後は,新たな土地で就職や学校生活などの日常生活が始まり,避難先であっても,避難者が日常生活を安定化させようと努力する中で,元の居住地に再度戻るには,経済的,社会的な負担等が再度生じることから,どの時点までの避難継続が相当であるかを判断することは困難が伴い,元の居住地の空間線量は重要要素であるとしても,それだけで判断することもできないというべきである。しかし,ある程度避難生活を継続した場合,その避難先における生活が,時間とともに安定し,新たな生活の本拠ができることとなる。そうすると,避難者は生活の本拠において平穏に生活する利益の享受を本件事故によって阻害されたために,避難先での生活を送ることとなったのであるが,前記のように時間が経過して新たな生活が安定し始めると,避難者の主観面はともかくとして,安定し始めた新たな生活は,もはや生活の本拠において平穏に生活する利益の享受を阻害されている状態ではないと法的には評価できるから,そのような状況において,避難者が避難先における生活に関して支出を行ったとしても,それは本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできない。具体的に,避難先における生活が安定する時期は,個々の避難者の生活状況や世帯状況等の個別事情に左右されるものの,一般的に移転した場合などを想定すれば,おおむね避難時から2年程度であるとするのが相当である。したがって,自主的避難の場合には,避難の相当性で認定した避難時から2年経過するまでに生じた損害について,本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

 エ 原告らは被告東電が直接請求において使用する基準や,ADR手続で認められている損害は最低限の賠償とされるべきであると主張する。
 しかし,訴訟においては,個別の証拠によって損害を立証することが求められるのであって,直接請求やADR手続において認められた額がそのまま最低限の賠償につながるとまで認めることはできない。少なくとも,被告国との関係では,直接請求やADR手続において認められた額が,法的な拘束力を有するとする根拠はない。ただし,直接請求やADR手続において,本件事故による多くの避難者に対して賠償が行われ,社会的にも定着していることや,同一の事故である本件事故による損害であることに鑑みれば,そのような賠償額に相当する損害が原告らにも生じているであろうことが事実上確認されるという限度においては,これらの手続において利用されている基準等を基にすることは許されるものというべきである。特に,避難の事実と相当性を認めるのであれば,避難交通費や世帯分離による生活費増加費用など一定の費用が発生することが経験則上当然の場合(避難指示等の区域については,中間指針でも前提としていると解される。)には,損害の発生は認めざるを得ないところから,損害額についての証拠の提出が困難である事例かあることもやむを得ない面がある訴訟であり,上記のような社会的にも定着した同一事故の基準等を用いることは,民訴法248条の精神にも合致する。ただし,ADR手続等で,個別の証拠を求めているのは当然であって,訴訟においてもその原則は該当するから,上記の基準等を用いる場合であっても,その位置づけは補充的なものに過ぎず,又基準等に政策的な要素が加味されていることが明らかな場合には,基準等を変更して用いることとする。
 また,既にADR手続において損害と認められた損害については,ADR手続が訴訟外の手続で柔軟に行われる和解であるとはいえ,何らの資料もなく損害と認められているのではなく,一定の資料に基づいてなされており,法律家(弁護士)の仲介委員による和解案の提示を踏まえて和解に向けた話合いが行われていることに鑑みれば,ADR手続において認められた損害額は,原告らに生じた損害を認定するにあたり,前提として考慮するのが相当である。
 なお,ADR手続においては,避難時から2年を超える損害を認めている事例や,当裁判所の下記認定方針を超える損害を認めている事例がある。例えば,面会交流費,一時立入費用及び避難雑費などの項目についてである。そうした事例においては,資料と事情聴取等によって,仲介委員が,避難時から2年を超える損害や当裁判所の下記認定方針を超える損害についても,当該事例においては,その発生と本件事故との相当因果関係を認める事情があるとの判断をし,その内容の和解案を提示し,被告東電が同和解案を了解したとみることができるから,損害の発生及び本件事故との相当因果関係について,事実上の推定が働き,それを覆すに足りる証拠がない場合には,事実上の推定どおりに認めるのが相当である。ただし,ADR手続において,認められた損害の内実は,和解契約書等の証拠によっても明らかではないことから,和解契約書等によって,損害発生の期間等の詳細までを認定することはせずに,当裁判所の認定する損害額が,ADR手続で認められた損害額であるとの認定にとどめる。もっとも,期間等を含めて,ADR手続で認められた損害額を認定しても,認定額の結論は変わらない。

 オ 一方で,被告東電は,審査会が定めた中間指針等及び被告東電公表の賠償方針は,合理的に定められたものであり,これらの基準に基づく被告東電の賠償は相当なものであるといえるから,これを超える原告らの請求にはいずれも理由がない旨,被告国は,中間指針等で示された賠償の範囲を超える部分については,特段の事情がない限り,本件事故との間に相当因果関係が認められない旨それぞれ主張する。確かに,中間指針等は,法令上の根拠を有する指針であり,その内容からして,多数の被害者間において,公平妥当な賠償を実現するために策定されていることが認められ,被告東電公表の賠償方針にも,同様の内容が窺われるから,いずれも合理的な内容であると評価することは十分可能である。しかし,上記のとおり,訴訟においては,個別の証拠によって損害を立証することが求められ,その立証が中間指針等及び被告東電公表の賠償方針を超えるのであれば,本件事故との相当因果関係が当然認められ得るし,中間指針等でもそれを予定しているといえる。したがって,被告らの上記各主張のうち,審査会が定めた中間指針等及び被告東電公表の賠償方針を超える損害賠償は認められないとか,中間指針等で示された賠償の範囲を超える部分については,特段の事情がない限り,認められないといった部分は,理由がないというべきである。

   (2) 放射線検査費用等

 避難交通費など,避難に伴う損害のほか,原告らは,身体への放射線の影響を調べるための検査費用や,空間放射線量を計測するためのガイガーカウンターの購入費用を支出している。避難指示等による避難をした者にとっては,放射線の身体への影響を心配することはいわば当然であるから,本件事故と相当因果関係のある損害ということができる。しかし,そうでない者,また避難していない者であっても,放射線の影響は目に見えるものではなく,確定的な身体への影響があると明らかになっていないとはいえ,いまだ研究段階であることを踏まえれば,今後どのような影響があるかは不明なのであるのだから,将来の身体への影響を不安に思うことは十分理解できるし,そのような不安を払拭するための費用として,前記検査費用等は必要な支出であるから,前記不安を抱くことが相当と認められる範囲にある者については,本件事故と相当因果関係のある損害ということができる。当該費用については,避難に伴うものではないから,前記の2年の期間に制限されることはないというべきである。

   (3) 精神的損害(慰謝料)

 避難指示等に基づく避難者は,居住地を放射性物質の飛散のため避難を余儀なくされ,自宅等への立入りを制限されるなどして,居住地での生活そのものを奪われたということができ,平穏に生活する利益の享受を阻害されたといえる。本件原告のうち,緊急時避難準備区域に居住していた原告(原告番号18)でも約6か月にわたり制限され,居住制限区域に居住していた原告(原告番号1)にいたっては,6年もの長期にわたって阻害され続けたのであるから,それにより被った精神的苦痛に対しては,相応の慰謝料を認めるのが相当である。
 また,避難指示等に基づかずに避難した避難者のうち,避難を実行し,それが相当と認められた者は,避難実行の決定に自主的な面があることは否定できないにしても,放射線に対する恐怖や不安による避難が,一般人からみてもやむを得ないのであるから,避難指示等に基づく場合と程度は異なるとはいえ,居住地で平穏に生活する利益を侵害されたといえる。したがって,それによる精神的苦痛に対しては,慰謝料を認めるのが相当である。
 ここで,前記で認定した避難の相当性との関係が問題となるところ,避難が相当と認められる場合には,平穏に生活する利益が侵害されたために避難を実行したといえるから,避難者らが避難前に抱いた本件事故やそれにより放出された放射性物質に対する不安や恐怖が,主観的なものにとどまらず,客観的で法的保護に値すると評価できることが前提となっている。したがって,このような場合には,避難を実行した後の避難生活に伴う苦痛だけでなく,避難前に避難者が抱いたであろう不安・恐怖も,本件事故により被った精神的苦痛として評価すべきである。
 他方で,避難を実行していない者や,個別の検討において避難の相当性が認められなかった者であっても,精神的損害が認められる場合もある。すなわち,避難を実行していない者も,本件事故後継続して生活し続けている間,本件事故やそれにより放出された放射性物質に対する不安や恐怖を抱き,かつ行動まで制限されることが,主観的なものにとどまらず,客観的で社会通念上相当と認められ,法的保護に値する場合があるし,避難の相当性が認められなかった者も同様であっても,避難の時期という要素によって,相当性の判断が変わり得ることからすれば,その者の居住地や家族構成等によっては,その者が避難前に抱いた不安や恐怖が,上記と同様に法的保護に値する場合も想定されるのである。こうした法的保護に値する場合は,避難を実行していない者や,個別の検討において避難の相当性が認められなかった者であっても,平穏に生活する利益が侵害されたと評価すべきである。
 このように,原告らの平穏に生活する利益の侵害の態様はさまざまであるから,慰謝料を算定するにあたっては,避難の相当性における判断と同様,その者の旧居住地と福島第一原発の距離や空間線量の数値を中心とし,家族構成(子どもの有無)や周囲の避難状況等を考慮して,その者が本件事故により抱いた不安や恐怖,そして,その後の避難生活における苦痛等が法的保護に値するといえるかを検討すべきである。
 また,原告らは,各種の共同体から受けている利益の全て又はその多くの部分を同時に侵害されたとして,これらの利益を総体的に捉え,地域コミュニティ侵害にかかる損害として,一人あたり2000万円の慰謝料の支払を求めている。しかし,前記のとおり,原告らがそれぞれの居住地において,それぞれの共同体において享受している利益を侵害されている事情があったとしても,それはまさに包括的な意味での平穏に生活する利益を侵害されていることそのものであり,これとは別に固有の損害が生じたと観念することまではできないから,そのような事情は慰謝料算定の際に考慮することで足り,原告らが主張するように,避難に伴う慰謝料と全く別個の慰謝料が発生すると解することはできないというべきである。中間指針等においても,精神的損害の算定にあたって,地域コミュニティ等が広範囲にわたって突然喪失し,これまでの平穏な日常生活とその基盤を奪われたことを考慮要素としており,同様の考えに立っているものといえる。

  (4) 以下では,各原告におおむね共通する損害費目ごとに,本件事故と相当因果関係のある損害と認めた理由及びその算定方法を述べる。なお,下記の損害費目は,必ずしも原告ら主張の損害項目に合致したものとはなっていない。

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  2 各損害費目について

   (1) 避難交通費

 ア 当該項目は,避難が相当であると認められた移動に関して発生した交通費をいうものである。避難が相当である場合に,当該避難に要した交通費(居住地に戻る費用も含む。)は,基本的に本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。そして,当該交通費の算定にあたっては,原告らが負担したであろう実費が賠償されるべきであるところ,避難をするためには何らかの移動手段を利用する必要があり,その費用が発生することは明らかであるから,一般的に交通費として相当と認められる額を実費とすることも認められる。

 イ 原告らは,避難交通費等の交通費の算定にあたっては,被告東電が直接請求において使用している標準交通費一覧表(自家用車,公共交通機関。甲D共147)記載の額によるべきである旨主張する。しかし,当該標準交通費一覧表は,あくまでも,被告東電が賠償を迅速に行うために,自主的に作成したものであり,そのようなものを作成したからといって,本件訴訟においても,被告東電が一律にそれに拘束されるべき理由はない。また,標準交通費一覧表記載の額は,一般的に自家用車又は公共交通機関を利用したときに必要とされる額よりも相対的に高額となっている傾向があり,また移動距離に応じた額となっていない部分も多くみられることに加えて,公共交通機関では大人料金と小人料金で差があるのが一般的であるにもかかわらず,そのような区別も設けられていない。

 ウ そうすると,前記のような事情を踏まえ,標準交通費一覧表の額を基本として,修正を加えるべきであるところ,自家用車の場合の交通費は,1台あたり5名まで乗車できる前提で,1台につき標準交通費一覧表の額×0.8の費用を,自家用車以外の場合の交通費は,大人料金に値する交通費は,標準交通費一覧表の額×0.8の費用を,小人料金に値する交通費(避難時6歳以上12歳未満)は,標準交通費一覧表の額×0.4の費用を,それぞれ避難交通費として相当と認める。なお,幼児(避難時6歳未満)については,通常,公共交通機関では幼児1名で利用しない限り,費用は発生しないから,避難交通費においても費用は発生しないと認めるべきである。

   (2) 移転交通費

 避難後に,転居するなどして移転をした場合には,移転の目的,時期及び回数などからして,生活を安定させるために必要と認められる場合など,移転する理由が合理的といえる範囲においては,避難生活にとってやむを得ないものとして本件事故と相当因果関係があるものと認める。

   (3) 一時帰宅・面会交流交通費

 ア 当該項目は,避難先から避難元へ帰宅するための交通費(以下「一時帰宅交通費」ともいう。)及び,避難したことによって,親が子に面会するために移動が必要となった場合のその交通費(以下「面会交流交通費」という。)をいうものである。

 イ 被告東電は,一時帰宅交通費とは,避難指示等により直ちに避難を余儀なくされた者が一時立入りを余儀なくされた場合の費用をいうから,自主的避難に伴う一時帰宅交通費は本件事故と相当因果関係はないと主張する。しかし,前記のとおり,避難指示等によらずに避難したとしても,避難が相当と認められた場合には,一般的には,一時帰宅交通費も本件事故と相当因果関係があるというべきである。もっとも,避難指示等により避難を余儀なくされた場合には,市町村が実施する「一時立入り」に参加する場合に限られるが,自主的避難の場合は,一時立入り(帰宅)できる日時や範囲,理由等について制約がなく,本件事故と相当因果関係があるというためには,一時帰宅する必要性があって,その理由が合理的である場合,必要最低限において,損害と認めるべきである。このように解しなければ,恐怖や不安を感じたとして避難した事例でも,頻繁に一時立入り(帰宅)が可能となることになるが,これでは,そもそも当該移動が,恐怖や不安を感じた避難であるのか,避難の相当性が認められるべきなのかについて,いずれも疑問が生じ得るからである。例えば,避難者が避難元に自宅を残したまま避難し,誰も住人や管理者がいないというような場合は,その維持管理が定期的に必要と考えられるから,大人1名分の帰宅費用を年4回の限度において,認めることは相当であるが,その余の冠婚葬祭や,帰省のための帰宅費用は,避難したことによって費用が増額している可能性があるとはいえ,帰宅の目的が複数の趣旨を含んでいることが多いことからすれば,一時帰宅費用すべてが本件事故と相当因果関係があるとは認められない。また,そのような帰宅費用のうち,本件事故と相当因果関係がある範囲を算定するととは困難である。したがって,前記のとおり,本来支出しなければならなかった額よりも増額したであろう事情を踏まえ,そのような増額分のうち,相当と認められる範囲については,避難したことによって生じた経費として,後記(10)の避難雑費に含めて,損害と認める。

 ウ 次に,面会交流交通費については,未成年の子,ことに年少者の子が親に面会することは,子の権利として当然認められるべきであり(民法766条1項参照),親も当然それに応じるべきであって,避難によって必要かつ合理的な面会をするのに生じた交通費は,本件事故と相当因果関係のある損害と認める。また,その前提として,避難前には同居していた親子が避難を理由に別居(世帯分離)したことが必要であると考えられる。
 そして,避難者らが放射線の影響を懸念して避難したことに鑑みれば,面会のためとはいえ,避難した者が避難元に帰る費用を損害と認めることは相当とはいえないから,面会のために必要な費用としては,避難元において別居している親(又は子)が,避難先の子(又は親)の元へ移動し,帰宅するのに要した費用として認める。また,必要かつ合理的な頻度としては,通信機器等の発達によって補充的な手段も十分活用できることも考慮して,平均して月1回程度が相当であると認める。したがって,世帯分離した月数×月1回の回数分の面会に必要な交通費の限度において,本件事故と相当因果関係のある損害と認める。
 祖父母や親戚縁者等との面会交流は,未成年者,特に年少者の情緒や発育への好ましい影響は否定できないとしても,親との面会交流とは法的な意味合いが異なるから,その費用が,本件事故と相当因果関係のある損害とまでは認めがたい。

 エ これらの一時帰宅・面会交流交通費の具体的な交通費の算定については,前記避難交通費と同様の算定方法により計算すべきである。

   (4) 引越費用,宿泊費等

 避難するにあたって交通費以外に出費した引越費用や宿泊費は,個別に費用を支出したことが認められる場合には,相当と認める範囲において,損害と認める。ただし,引越費用や宿泊費等は,避難すれば,それに伴って当然支出するものであるから,前記のような立証に至らない場合でも,後記個の避難雑費に含まれる範囲で損害と認める。

   (5) 世帯分離による生活費増加費用

 前記1で述べたとおり,避難先における避難生活に伴う出費についても,損害と認めるべきであるところ,避難前には同居していた世帯が,避難元と避難先で分離することとなった場合には,水道光熱費などの生活費が重ねて必要となる部分があると認められる。そのような費用については,ADR手続の運用実績(第1の3(4)ア(イ))も踏まえて,世帯の人数に応じた額を生活費増加費用として損害と認め,分離した少ない方の世帯が1名の場合は2万円を損害としさらに1名増えるごとに1万円ずつ増加させることとする。なお,避難者の中には,短期間の避難をした後自宅に戻り,後に長期間の避難生活に入る者が存在するが,1か月に満たない短期間の避難生活では,1か月の生活費用ほどは費用が増加しないし,長期間の避難の場合には,最初の避難日が当該月の何日かにかかわらず,一月単位で生活費増加を認めることから,短期間の避難の生活費増加費用は,長期間の避難の生活費増加費用に包括評価されたものとみなすこととする。

   (6) 家財道具購入費用

 避難先において,新たな生活をするためには,生活を送るための種々の家財道具や生活用品が必要となる。そのような種々の生活に必要な家財道具等は,世帯分離することとなった場合には,避難元の家財とは別に,分離した世帯が避難先で生活するのに必要な家財道具等の購入が必要であるから,ADR手続の運用実績(第2の4(4)ア例)も踏まえて,このような費用として30万円を限度として損害と認めるのが相当である。また,世帯全体で避難した場合においても,家財道具等の引越費用を支出するより新たに購入した方が低額となる場合等も想定されるから,このような家財道具等を購入する費用として,15万円の限度で本件事故と相当因果関係のある損害として認める。

   (7) その他の生活費増加費用(賃料,自治会費,学用品購入費増加など)

 (5)の世帯分離による生活費増加費用のほか,賃料,自治会費,学用品購入費増加など,個別具体的に,これらの増加した費用を支出したと認められる場合には,相当な範囲において損害と認める。

   (8) 就労不能損害・営業損害

 ア 避難指示等により避難した場合,強制的に就労や営業をすることができなくなったのであるから,本件事故がなければ得られたであろう収入は損害と認められる。

 イ 避難指示等によらずに避難した自主的避難の場合であっても,避難したことによって,避難前に就いていた仕事を辞め,又は廃業・休業をすることとなれば,避難先において直ちに同等の仕事ができる就職先を見つけたり,営業を再開したりすることは,その性質上容易とはいえないから,避難後一定期間については,避難しなければ得られたであろう,避難前の収入を就労不能損害として認めるべきである。就労しなかった期間が長期に及ぶ場合は,その理由も考慮し,減収の割合を認定する。
 被告東電は,自主的避難等対象者の就労不能損害は,就労を継続できない客観的状況があるというわけではなく,休職や退職は原告らの自主的な判断に基づくものであることからすれば,収入減があったとしても本件事故と相当因果関係を欠くと主張する。しかし,避難が相当と認められた場合においては,避難指示等により強制的に避難した場合とは異なって,避難者による避難の決断というプロセスを挟んでいるものの,それ自体は相当な判断であることになり,避難すれば仕事や営業を継続することができなくなることには変わりないから,そのような判断を介在しているからといって,相当因果関係がないということはできない。したがって,避難指示等によらずに避難し,当該避難が相当と認められる場合にも,通勤に支障が生じるなどの理由で,従前の仕事を継続することが困難になり,退職又は廃業等をした結果として得られなかった収入については,避難に伴う損害として,本件事故と相当因果関係のある損害ということができる。この場合においては,前記期間に新たな収入を得ていた場合は,得られたであろう収入と新たに得た収入の差額を相当因果関係のある損害と認める。

   (9) 不動産損害・動産損害

 原告らは,避難指示等の対象区域でない場所においても,避難をきっかけとして,所有していた不動産や動産に関して売却や廃棄したことに伴う損害や,放射性物質により汚染されて価値が減少又は喪失したとする損害を,本件事故と相当因果関係のあるものとして主張している。しかしながら,避難指示等の対象区域にある不動産や動産とは異なり,避難元の地域における経済活動は継続されており,不動産については自主的避難等対象区域には避難指示等により避難してきた者が移住するなどして,不動産の取引が成立していると認められるし,動産についても,避難指示等により避難した場合とは異なって搬出する機会を制限されている等の状況にはない。それにも関わらず,売却や廃棄をしなければならない理由は認められないから,その結果として損失が発生したとしても,特段の事情のない限り,本件事故による損害とはいえない。
 したがって,避難指示等の対象区域でない場所における不動産損害や動産損害は,本件事故と相当因果関係のある損害とは認められない。

   (10) 避難雑費

 ア 避難交通費や一時帰宅・面会交流交通費のほか,ある世帯が避難することによって,避難のための下見費用,宿泊費や引越費用,本来は不要又は少額であった帰省費用が増額するなど,さまざまな出費が生じることが明らかである。そのような費用の内訳は,世帯の内情によって個々に異なるものの,ある一定程度の支出については,本件事故と相当因果関係のある損害として,認めるべきである。

 イ このような費用として,ADR手続の運用実績(第1の3(4)ア(ウ)も参考にして,世帯のうち,避難した者1人につき月額1万円の限度で避難雑費として,損害を認める。なお,避難者の中には,短期間の避難をした後自宅に戻り,後に長期間の避難生活に入る者が存在するが,1か月に満たない短期間の避難生活では,1か月の避難雑費ほどは,費用は発生しないし,長期間の避難の場合には,最初の避難日が当該月の何日かにかかわらず,一月単位で避難雑費を認めることから,短期間の避難の避難雑費は,長期間の避難の避難雑費に包括評価されたものとみなすこととする。

   (11) 放射線検査費用

 ア 避難元において被ばくし,そのことが身体に何らかの影響があるのではないかという不安を抱くことが,一般人から見て相当といえる場合には,低線量被ばくによる健康への影響が確定的にあるとまではいえないという前提に立ったとしても,その不安を解消するため,被ばく量測定や甲状腺検査を受けることは合理的であるというべきである。

 イ 検査を受けるのに必要な費用は,本件事故と相当因果関係のある損害と認めることができる。なお,この検査費用については,避難に伴う損害ではないから,上記で述べた2年の範囲にとどまらず,当面の間は本件事故と相当因果関係のある損害として認めるべきである。

   (12) 精神的損害(慰謝料)

   ア 避難指示等による避難をした者について

   (ア) 居住制限区域
 居住制限区域においては,本件事件後,立入りを制限されるなどしていたが,平成29年4月1日に解除されている。前記のとおり,居住制限区域は年間積算線量か20mSvを超えるおそれがある地域として指定されていること,また,本件事故後,旧居住地から立ち退きを余儀なくされ,6年を超える長期間にわたって,立入りを制限されていたことに鑑みれば,現在においてはその制限が解除され,町が徐々に復興しつつあると推測されることを踏まえても,本件事故に対する恐怖,放射性物質の飛散による身体影響に対する不安や,本件事故による避難生活の結果,生活の本拠たる土地において平穏に生活する利益の享受を長期間阻害され続け,場合により,自宅も仕事も失わざるを得なかったことによる精神的苦痛は,帰還困難区域とほぼ同様に,相当大きいものであるというべきである。したがって,これらの精神的苦痛に対する慰謝料は,中間指針等の定める月額10万円を下回るものではなく,政府の復興方針や被告東電の賠償指針からすれば,その終期はどれだけ早くみても平成30年3月30日より前とはいえない。

   (イ) 緊急時避難準備区域
 緊急時避難準備区域は,避難が強制されていた区域に隣接しており,自主的な避難を求め,子どもや妊婦等は事実上立入りを制限されていたが,平成23年9月30日に解除されている。同区域は,福島第一原発から20~30km以内の地域であり,約6か月後には解除されたとはいえ,本件事故当初は事故の収束の見通しが不透明な状態が続いていたのであり,本件事故による不安や恐怖は,帰還困難区域や居住制限区域に準じて大きいものであったといえるし,放射性物質の飛散による身体影響に対する不安や,本件事故による避難生活における精神的苦痛は,区域指定解除後も一定の期間は継続していたとみるべきである。これら精神的苦痛に対する慰謝料は,前記居住制限区域に準じて,月額10万円程度とするのが相当であり,その終期はどれだけ早くみても,平成24年9月30日より前とはいえない。

   イ ア以外の地域から自主的避難等をした者について

   (ア) 自主的避難等対象区域
 自主的避難等対象区域は,中間指針追補において,福島第一原発からの距離,避難指示等対象区域との近接性,政府や地方公共団体から公表された放射線量に関する情報,自主的避難者の多寡などを考慮の上,設定されていることからすれば,そのような地域に居住していた者が,本件事故や放射線に対する恐怖や不安を感じたことについては,社会通念上相当であるといえる。また,そのような恐怖や不安を感じて避難を実行し,それが相当と認められた場合においては,避難生活における苦痛についても,慰謝の対象となるというべきである。この点で,慰謝の対象が,本件事故当初の時期だけに限られるわけではない。そして,避難せずに滞在し続けた者は,放射線に対する恐怖や不安が継続し,少なくとも心理的には行動が制限されるという苦痛が存在する一方,避難した者は避難生活による様々な苦痛を被っており,どちらであっても,その内容は異にするものの,総合考慮すれば,これらの精神的苦痛に対する慰謝料としては,同額を定めるのが相当であり,一人あたり30万円を慰謝料として認める。
 そして,本件事故発生時から避難時の間のいずれかの時点において,妊婦・子どもであった者については,一般的に妊婦・子どもは放射線に対する感受性が高いといわれていることに鑑みて,その他の者に対する額の倍を相当な慰謝料と認め,一人あたり60万円とする。
 また,前記の額を前提として,特に放射線の健康に対する影響を懸念しなければならない特別の事情や,避難が困難となる特別の事情がある場合などは,個々の事情を考慮して,慰謝料を定めることとする。なお,本件事故及び放射性物質に対する恐怖及び不安の程度は千差万別であるし,後記認定に表れているように,避難によって,離婚や学校でのいじめ,家族との葛藤,体調不良など,各原告に生じた事態も千差万別であることが窺えるところ,これらの事態が生じたことについて本件事故の影響がどの程度であったかを個々に認定するのは極めて困難が伴う上,同一の事故によって多数の損害賠償請求権者が生じた事態からして,個別事情によって慰謝料額に差をもうけ過ぎることは相当ともいい難い。そのため,被侵害利益が平穏に生活する利益という包括的な利益であるから,侵害の内容は様々であることを全体として理解するにとどめ,少なくとも自主的避難者については,上記のとおり,基準を設けた上で,精神的苦痛を大きくする特別の事情がある場合のみ,個々の事情を考慮して,慰謝料額を算定(増額)することとした。この特別の事情については,総括基準2の事由の一部(避難指示等に基づく避難について,要介護状態にあること,身体又は精神の障害があること,重度又は中等度の持病があることなどを慰謝料の増額事由とする。)を斟酌した。

   (イ) 自主的避難等対象区域外について
 自主的避難等対象区域外であっても,福島第一原発との距離,空間線量の値,周辺住民の避難の多寡や世帯構成(当該世帯に妊婦・子どもがいるかどうか)などの事情を総合考慮して,自主的避難等対象区域に居住していた者と同等の場合には,前記自主的避難等対象区域における額と同額を慰謝料とする。
 また,同様の要素を考慮して,自主的避難等対象区域と同等とはいえないにしても,それに準じる場合と認められる場合には,一人あたり15万円を慰謝料として相当と認め,妊婦・子どもに対してはその倍額の一人あたり30万円を慰謝料として認める。ただし,上記準じる程度など個々の事情を考慮して,慰謝料を定める場合がある。

   (ウ) 胎児に対する慰謝料について
 本件事故当時胎児であり,避難時までに出生した者については,胎児の期間における放射線に対する不安や恐怖は,妊婦に対する慰謝料において評価されているとみることができることを踏まえれば,これらの者に対する慰謝料は,それぞれの居住区域に対応する子どもに対する慰謝料の半額(生まれて以後の慰謝料に限る。額として,妊婦・子ども以外の者に対する慰謝料と同額となる。)を相当とする。
 また,避難時において未出生であり,避難先において出生した者については,放射線に対する不安や恐怖が,前記のとおり,胎児の間において,妊婦に対する慰謝料において評価されており,また,避難元での生活が全くなく,それとの比較で避難先での生活の苦痛が観念しにくいことから,避難時において未出生の者に対して慰謝料を認めることはできない。

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  3 既払金の充当について

 (1) 原告らのうち一部は,直接請求及びADR手続において,被告東電から支払を受けており,多くの場合は,世帯ごとに支払がなされていることから,各原告にどのように充当するかが問題となる。

 (2) 前記認定事実のとおり,中間指針追補等に基づいて,被告東電は一定額の賠償を行っているが,いずれも一人あたりの金額を決めた上で支払を行っているのであるから,実際の支払が世帯毎であったとしても,また,妊婦及び子どもについても,それぞれの原告個人に支払をしたものとして,各原告に既払金を充当すべきであって,もとから,妊婦及び子どもに支払われた費用の一部について,実際に費用を支出したであろう同伴者や保護者に充当すべきだと認めることはできない。
 ただし,上記充当方法の場合においても,当事者の合理的意思を解決すると,実際に支出した者に対しての支払であると解することができる場合については,実際に支払を受けた者ではなく,実際に支出した者に対して既払金を充当すべきである。これにより,多くの場合には,原告の主張及び家族構成も勘案して,避難の同行者や世帯主等,実際に支出したと認められる者の損害に既払金の多くを充当することになる。また,支払を受けた者の認定損害額を超える支払がある場合(子の場合に多い。)は,その超える支払額を,避難の同行者や世帯主等,実際に支出したと認められる者の損害に充当することとなる。具体的には,被告東電への直接請求により,子が合計72万円の支払をされており,当裁判所の認定では,慰謝料額60万円のみが認定されている場合は,上記72万円のうち,60万円を当該子の損害に対して充当し,残り12万円を,実際に支出したと認められる者の損害に充当することとなる。ただし,この扱いには限度があり,本件事故当時に胎児であり,避難時にも未出生で,避難先で出生した場合,当裁判所の認定では,慰謝料は認められないが,実際には,直接請求で72万円が支払われていたとしても,その全額である72万円を費用の支出者の損害に充当できるわけではなく,被告東電が胎児分の慰謝料として主張する48万円の限度では,被告東電が胎児分として支払ったと意思解釈せざるを得ず,残金24万円のみを,実際に費用を支出した者に対しての支払であると解することができるにすぎない。したがって,上記72万円のうち,24万円の範囲で,実際に費用を支出した者に対して既払金を充当することになる。

 (3) なお,既払金の額について,多くの場合において,各原告と被告東電との間では争いがなく,これを踏まえて,同原告と被告国との間でも,弁論の全趣旨により同じ額が認められるから,上記の場合には,単に「争いがない。」とのみ記載する。既払金の額について,原告の認否が不明確な場合は,被告国との関係もあるので,証拠及び弁論の全趣旨による認定とし,その旨記載する。


  4 弁護士費用について

 弁護士費用は,基本として,各損害費目の合計額から,上記3の方法により算出した各原告に対して充当すべき既払金の額を控除した額の1割を相当な額として認め,ADR手続を行っている場合には,ADR手続において認められた弁護士費用を前記1割の額に加算した額を,相当な額と認める。家族でADR手続を利用している場合は,ADR手続において認められた弁護士費用を,実際に費用を負担しているとみられる者(通常は,親のどちらかであり,親の両方が負担している可能性がある場合でも,より多く負担しているとみられる者)に加算した。

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