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★ 準備書面(52) ―原告主張の損害について― 
平成29年5月31日

  原告提出の準備書面(52)(pdf)

 目 次

第1 包括的生活利益としての平穏生活権
 1 被侵害利益と損害に関する原告ら主張の経緯
 2 包括的生活利益としての平穏生活権の意義
 3 平穏生活権侵害による損害の性質(準備書面(11)第3)
 4 本件被害における損害の把握
 5 本件被害における原告らの主張

第2 既払い金の充当について



第1 包括的生活利益としての平穏生活権


 1 被侵害利益と損害に関する原告ら主張の経緯

 原告らは提訴段階から、賠償されるべき損害として、慰謝料、避難に伴う客観的損害及び財産的損害を主張してきた(訴状第8章第1)。
 そして、原告らが被った損害の被侵害利益を「包括的生活利益としての平穏生活権」と構成したうえで(準備書面(11))、避難者・滞在者に生じる損害の具体的費目を提示した(準備書面(19)/詳細は★第5項(1)で後述)。
 そのうえで、費目ごとの損害額に関する基本的な考え方と算定根拠についても説明している(準備書面(37))。
 さらに、包括的生活利益としての平穏生活権の侵害により各原告に生じた個別の損害額についても、損害一覧表により摘示している(準備書面(32))。
 この主張に対して、被告東電は、原告の個別費目ごとの損害について相殺の抗弁を含む認否反論を行っている(被告東電個別準備書面)。


 2 包括的生活利益としての平穏生活権の意義

(1)包括的生活利益としての平穏生活権とは、居住地域において平穏で安全な日常的社会生活を享受できる生活利益そのものを指し、生存権、身体的・精神的人格権及び財産権を包摂したものである(準備書面(11)第2)。

(2)人が日常生活において享受する生活利益は、居住する場所を選択し、その地域で家庭を築き、学校・職場・家庭・地域社会などを通じて多様な人間関係・共同体を構築し、それらのコミュニティから多くの利益を継続的に受けて生活している。
 原告らは、本件事故前、自然豊かな地域に居住し、自ら選んだ土地に家を建て、密接な人間関係の下で職業を選択し、近隣の住民や親族と協力し合って子育てを行い、栽培した野菜や果物を交換するなど、平穏で安全な日常生活の下で人間関係・地位・財産・慣習や思い出を築き上げてきた。

(3)本件被害の特質は、本人尋問において各原告が、その一部に過ぎないものの自ら語ったように、我が国において前例のない大規模な原発事故により、原告らが生活の本拠から長期間避難することを強いられたことで、原告らの生活の一部にとどまらず、以上のような生活全体にわたる法益が長期にわたり今なお侵害され続けている点にある。


 3 平穏生活権侵害による損害の性質(準備書面(11)第3)

 このように生活全般にわたって継続的に享受する法益について、その全てあるいは多くの部分が極めて大きな脅威により侵害された場合、その損害は以下のような性質を有する。

  (1)原状回復するまで侵害が続くこと

 平穏に日常生活を送ることは、憲法13条等から当然に導かれるべき人格権的な利益であり、必ず原状回復されなければならない。
 したがって、侵害された時点でその権利が消滅して後は金銭賠償が図られるという性質の権利ではなく、原状回復がなされるまでは権利侵害が継続する性質の権利である。

  (2)原状回復までに長時間を要すること

 包括的生活利益としての平穏生活権の侵害は、共同体等から享受する利益が同時に丸ごと奪われるような場合に生じ、これを侵害する脅威は、本件事故のように非常に強大かつ広域に及ぶものである。
 また、包括的生活利益としての平穏生活権は地域社会から享受する利益を重要な一部としているところ、地域社会は、特定の地域において日々の生活の積み重ねによって形成されたものであるため、その地域での再生を希求する性質がある。そのため、包括的生活利益としての平穏生活権の原状回復は、広範な地域の再生、復興と密接に関連するため、必然的に原状回復までに長時間を要することになる。

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 4 本件被害における損害の把握

  (1)損害の把握

 そうすると、本件事故によって侵害されているのは原告らの生活全体であり、その被害は多様で、しかも、それらが相互に絡み合う重層的なものであり、回復までに長期間を要するものであるため、損害を個別に切り離して把握するのではなく、その損害をありのままに包括的かつ総合的に評価する必要がある。

  (2)損害の評価・算定

 ただし、これは、原告らの住宅や家財の損失といった個別の事情を取り出して、それを損害評価の対象とすることを否定することを意味しない。
 従来の公害訴訟では、被害の中心が生命・健康被害であり、損害に生命・健康被害という同質性があって、一律請求と組み合わせて包括慰謝料を請求することに適合的であることから、いわゆる「包括慰謝料」のような形で損害を一括して算定し請求する方式が取られてきた。
 しかし、本件損害は、放射能汚染により住宅や家財の損失、営業上・生業上の財産的損失等、原告らの個別性も大きくみられるから、これらの個別性や多様性も考慮しなければ、かえって損害を総体として把握することの妨げになり、原告らの完全救済には結びつかないことにもなってしまう。
 そこで、原告の多様な損害を十分に評価するため、損害の算定については、以下の通り、個別損害の積み上げ方式を基本としたうえで、慰謝料については補完的機能として損害を包括的・相対的に把握している。


 5 本件被害における原告らの主張

(1)準備書面(19)で述べた通り、原告らは、被侵害利益を「包括的生活利益としての平穏生活権」とした上で、生活全体が侵害されたことによる損害を、(1)避難に伴い生じた客観的損害(移動費用、生活費増加分等)、(2)避難生活に伴う慰謝料、(3)滞在生活に伴い生じた客観的損害(除染や放射線防御・対策のための費用等)、(4)滞在生活に伴う慰謝料、(5)自らが所有する財物を喪失または毀損したことの損害、(6)就労不能損害、(7)地域コミュニティ侵害による損害という項目化をして、定額を基礎にしつつ(抽象的損害計算)、実額による立証も排除していない。
 すなわち、生活全体を侵害する本件損害は、個別的に(1)〜(6)の項目化をした上で、それを補完的にとらえるものとしてFを設定することで、包括的かつ総合的に評価される。
 
(2)原告ら準備書面(11)で主張したとおり、原告らは、本件事故によって各種の共同体から享受する利益の全て、あるいはその多くの部分が同時に侵害されたことで、およそ回復不可能かつ甚大な不利益を被っている。Fの地域コミュニティ侵害による損害は、各種の共同体から受けている利益の全て或いはその多くの部分を同時に侵害されたことに関し、これらの利益を総体的に捉え、それに対する侵害を損害として捉えるための費目である。

(3)なお、具体的健康被害についての請求を除外していることは、準備書面(19)第2の第2項(1)で述べた通りである。

 6 以上の主張を補充する資料として、吉村良一教授の論文「福島原発事故賠償訴訟における損害論の課題」(甲D共189号証)を提出する。


第2 既払い金の充当について

 各原告の被った損害について、費目に関係なく損害総額から控除する形で被告東電からの既払い金を充当することに異論はない。

以上

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