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★ 準備書面(11) ―損害論総論― 
平成26年12月25日

  原告提出の準備書面(11)(PDF)

目 次

第1 はじめに

第2 包括的生活利益としての平穏生活権の意義
 1 各種の共同体から享受する利益
 2 共同体の侵害による被侵害利益
 3 包括的生活利益としての平穏生活権の意義

第3 包括的生活利益としての平穏生活権の性質
 1 原状回復するまで侵害が続くこと
 2 原状回復までに長時間を要すること

第4 小括

第5 原告らの賠償されるべき損害
 1 はじめに
 2 避難者に生じた賠償されるべき損害
 3 滞在者に生じた賠償されるべき損害
 4 まとめ




第1 はじめに

 本準備書面においては,訴状及び準備書面(1)において述べた原告らの被侵害利益を詳述する。
 すなわち,原告らは,本件事故により,包括的生活利益としての平穏生活権を侵害され,かつ,その侵害は避難後も継続している。
以下,包括的生活利益としての平穏生活権の意義について詳述した上で,権利の性質上,権利侵害が避難の前後を通じて継続していること及び賠償すべき損害の範囲について明らかにする。



第2 包括的生活利益としての平穏生活権の意義


 1 各種の共同体から享受する利益

 現代社会において,人は,居住する場所を選択し,その地域で,家庭を築き,また,学校・職場・地域社会などを通じて,様々な人間関係を築くことにより,各種の共同体を形成し,それらの共同体から多くの利益を受けて生活している。
 原告らは,本件事故前,自然豊かな地域で,家族・地域と繋がり,共同体を形成してきた。原告らは,自ら選んだ土地に家を建て,密接な人間関係の下で職業を選んで生計を立て,栽培した野菜や果物を近隣の住民と交換しあい,近隣住民や近くに居住している親戚等の協力を得て子育てを行うなど,平穏で安全な日常的社会生活を送り,人間関係・地位・財産・習慣や思い出等を築きあげてきた。

 2 共同体の侵害による被侵害利益

 この点,きわめて強大な脅威により,このような各種の共同体から享受する利益の全て,あるいはその多くの部分が同時に侵害された場合,従来のように個別の利益を分析的に把握することだけでは実態に副わない。なぜなら,これらの利益の全て,あるいはその多くの部分が同時に侵害されてしまうと,個々の利益の制約に止まらず,そもそも日常生活が成り立たなくなり,あるいは日常生活そのものに深刻な支障を生じてしまうからである。そのダメージの深刻さは,個々の利益の侵害を個別に評価してそれらを合算した場合とは比較にならず,従来の定形的被害類型を想定してたてられた個別の損害項目では,被害者に生じた差を的確に表現することができず,既存の損害項目とこれに対応する金額を積み上げただけでは差額を十分に捕捉することはできない。また,従前の被害類型を想定して建てられた個別の損害項目と同じ名目の損害項目を,本件事故の損害において用いたときは,生活の総体・事業活動の総体を破壊する権利・法益侵害であるという要素が反映されずに金銭評価がされるおそれがあるといえる。
 そこで,このように各種の共同体から受けている利益の全て,あるいはその多くの部分を同時に侵害された場合には,これらの利益を総体的に捉える必要がある。

 3 包括的生活利益としての平穏生活権の意義

  (1)生活利益そのものの侵害を表していること

 本件事故によって,原告らは,本件事故前の生活を奪われ,原告らが生活していた各種の共同体から受けている利益の全て,あるいはその多くの部分を侵害された。このような原告らの現況に照らすと,原告らは,原告らが居住していた地域において平穏で安全な日常的社会生活を送ることができる生活利益そのものを侵害されたといえ,このような利益は包括的生活利益としての平穏生活権ということができる。訴状及び準備書面(1)において述べた原告らの被侵害利益は,包括的生活利益としての平穏生活権の中核にあたるものである。

  (2)原告らが負った損害の特徴

 本件事故によって原告らが負った損害の特徴としては,淡路剛久次名誉教授が分析されているとおり(淡路剛久「福島原発事故の損害賠償の法理をどう考えるか」(環境と公害43巻2号)),次の点が挙げられる。
 すなわち,(1)放射線被ばくの恐怖感・深刻な危惧感を覚えたこと,(2)避難所・仮設住宅・その他仮住まい等で避難生活を余儀なくされ,帰還できない間の精神的損害を受けたこと,(3)本件事故前に居住していた地域社会に戻れないことによる土地・家屋に関わる損害を受けたこと,(4)地域生活の破壊と損失の損害を受けたこと(5)純粋な環境損害(生態的損害ないしエコロジカル損害)を受けたこと,である。
 この点,既に原告ら準備書面(5)にて主張したとおり,家族・地域・社会生活等における分断等原告らの受けた損害はこれらに留まるものではないが,原告らが侵害された包括的生活利益としての平穏生活権を考えるにあたっては上記観点が重要となる。この点は,第5以降で詳述する。

  (3)各種の権利を包摂していること

 包括的生活利益としての平穏生活権は,上記(1)で述べたとおり,原告らが居住していた地域において平穏で安全な日常的社会生活を送ることができる生活利益そのものであることから,各種の権利を包摂するものである。この点,淡路剛久次名誉教授は,精神的平穏が侵害された場合に精神的人格権が,生命・身体に被害をこうむるのではないかという深刻なおそれ・危惧によって人格権が侵害された場合に身体的人格権に接続した平穏生活権が,それぞれ侵害されるとした上で,「本件原子力事故(「・・・作用等」)によって侵害された法益は,地域において平穏な日常生活を送ることができる生活利益そのものであることから,生存権,身体的・精神的人格権―そこには身体権に接続した平穏生活権も含まれる―及び財産権を包摂した」ものであると分析されている。(淡路剛久「包括的生活利益としての平穏生活権」の侵害と損害」(法律時報86巻4号)

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第3 包括的生活利益としての平穏生活権の性質

 1 原状回復するまで侵害が続くこと

 包括的生活利益としての平穏生活権に対する侵害は,金銭賠償措置も含めた原状回復が行われるまでの間,継続しているものと考えなければならない。なぜなら,平穏に日常生活を送ることは,憲法第13条等から当然に導かれるべき人格権的な利益であり,必ず原状回復がされなければならないからである。包括的生活利益としての平穏生活権は,それが侵害されている間は,日常生活においてきわめて深刻な負担が続いているのであり,必ずそこからの回復が図られなければならない。したがって,包括的生活利益としての平穏生活権は,侵害された時点でその権利が消滅して後は金銭賠償が図られるという性質の権利ではなく,原状回復がなされるまでは権利侵害が継続する性質の権利ということができる。


 2 原状回復までに長時間を要すること

 包括的生活利益としての平穏生活権は,共同体等から享受する利益が同時に丸ごと奪われるような場合に侵害されるものであるから,これを侵害する脅威は,本件事故のように非常に強大かつ広域に及ぶものである。
 また,包括的生活利益としての平穏生活権は地域社会から享受する利益を重要な一部としているところ,地域社会は,特定の地域において日々の生活の積み重ねによって形成されたものであるため,その地域での再生を希求する性質がある。
そのため,包括的生活利益としての平穏生活権の原状回復は,広範な地域の再生,復興と密接に関連するため,必然的に原状回復までに長時間を要することになる。本件事故においては,その被害の大きさ,特徴等に照らすと,原状回復はほぼ不可能であるといわざるをえない。


第4 小括

 上記のとおり,包括的生活利益としての平穏生活権は,原告らが居住していた地域において平穏で安全な日常的社会生活を送ることができる生活利益そのものを表しており,多数の権利を包摂し,それらが複合的に関連しあっている権利であるといえる。また,その性質上,原状回復がされるまで,権利侵害が続いているといえる。にもかかわらず,本件事故の被害は,現状を見る限り,原状回復はほぼ不可能であるといわざるをえない。
 原告らは,このような包括的生活利益としての平穏生活権を侵害されているため,その損害は他の事故に比して非常に深刻なものであるといえる。

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第5 原告らの賠償されるべき損害


 1 はじめに

 以下では,原告らに生じている権利侵害や損害,そして賠償されるべき損害の範囲について述べる。


 2 避難者に生じた賠償されるべき損害

  (1)避難者は包括的生活利益としての平穏生活権を侵害されている

 避難者は,本件事故により放出された放射性物質の影響を避けるべく,自らの故郷もしくは愛着ある場所であって住み続けることを希望していた場所から離れざるをえなくなり,本来であれば住むことも希望せず必要もなかったはずの場所で苦しい生活を強いられている。学校や職場,地域社会を通じて築いてきた様々な人間関係で構成される各種の共同体から享受してきた利益―すなわち相互扶助・共助・福祉の利益や,人格を豊かに発達させるための人的ないし物的環境等―を失ったことが,避難者の日常生活に深刻な支障を生じさせているのである。そして,被ばくによる健康被害への不安もまた,その状況を一層悪化させている。
 詳細は,原告ら準備書面(5)に記載したとおりであるが,たとえば,避難せざるをえないことによって職を失い,職場における人間関係も途絶えた者がいる。家族の一部が避難せざるをえないことによって,それまで当たり前に出来ていた家族の交流ができなくなっている家庭も多い。子どもたちは,通いなれた学校から見知らぬ土地の学校へ移り,肩身の狭い思いをしている。避難に対する考え方の違いから故郷の人間関係に軋轢を生じ,帰還しても元には戻れないと喪失感に苛まれる一方,避難先にもなかなか馴染むことができずに孤立している者も多い。そして誰もが,本件事故によって被ばくし,将来における健康被害の発生に怯えながら生活をしている。これらはまさに,第2で述べた包括的生活利益としての平穏生活権が侵害された状態である。
 そして,第3で述べたとおり,包括的生活利益としての平穏生活権が,憲法13条から導かれる人格的権利であることからして,その被害は必ず原状回復されなければならない。しかし,本件事故が収束せず―すなわち除染が進まず,汚染水の漏出も止まらない状態で―人々も戻れず従前のコミュニティーが破壊されたままでは,原状回復がなされたとは到底言えない。したがって,避難者の包括的生活利益としての平穏生活権は,今なお継続的に侵害されているのである。

  (2)避難者の被った損害

 この継続的な権利侵害により,避難者は仕事の喪失で収入を失う一方,避難費用や生活費等の増加で家計を圧迫されている。そして何より,放射性物質への恐怖の中で逃げ惑った避難行為そのものからくる苦痛,平穏な生活を営んできた環境や人間関係・家族関係から切断されたことによる苦痛,住みなれない避難先で孤立した生活を送らなければならない苦痛,被ばくによる健康被害に怯えながら生活を送らなければならない苦痛等,その精神的損害の大きさははかり知れない。

  (3)賠償されるべき損害

 本件事故によって放出された放射性物質で被ばくすることを回避するための避難行動及びその継続から生じた損害は,それが相当なものである限り,賠償されなければならない。
 ここにいう「相当な」損害とは,被ばくの危険を感じて避難行動にでることが通常人ないし一般人を基準として相当と認められるものであり,かつ,その避難行動によって通常生ずべき損害のことを意味する。

  (4)区域内避難者と区域外避難者とで差はない

 そして,避難行動にでることが通常人ないし一般人を基準として相当と認められるかどうかは,政府の指示如何によって異なってくるものではない。過去の放射線被ばく事故等によれば,放射線被ばくによる人体への影響が甚大かつ不可逆的なものであり,たとえ低線量であっても健康被害を生じさせうること,ICRPも「しいき値なし直線仮設」を採用し,広く容認されないレベルの公衆被ばく線量として年間1ミリシーベルトと勧告していること,その勧告を受けて事故前の国内法規制における公衆被ばく線量限度も年間1ミリシーベルト以下とされていたこと等からして,最低限,年間1ミリシーベルトを超える放射線に晒される地域からの避難行動は,通常人ないし一般人を基準として相当と認められるというべきである。

  (5)避難の時期によって差が生じるものでもない

 また,避難を決意できるだけの情報―すなわち,放射線に関する知識,各地域の放射線量,低線量被ばくの危険性,原子力発電所の状況等―を早期に入手できるかどうかは各人の置かれた状況によって異なるほか,避難を決意しても経済状況や家庭の状況によってはすぐに避難できない場合もある。したがって,避難の時期によって賠償されるべき損害に差異が生じるものでもない。
 もちろん,未だに原状回復がなされず権利侵害が継続している以上,今なお避難を継続していることも当然相当である。

  (6)小括

 したがって,少なくとも年間1ミリシーベルトを超える放射線に晒される地域からの避難行動及び避難の継続により通常生ずべき損害については,政府による避難指示区域内からの避難行動であるか否かを問わず,また,避難行動の時期に関わりなく,等しく賠償されなければならない。


 3 滞在者に生じた賠償されるべき損害

  (1)滞在者も包括的生活利益としての平穏生活権を侵害されている

 汚染水や除染の問題等,本件事故はいまだに収束しておらず,避難者も帰還することができない状態で,被災地に本件事故前と同様の地域コミュニティーが再現されたとは到底言えない。滞在者もまた,従前の共同体から享受していた種々の利益を失い,日常生活に深刻な支障を生じているのである。そして何より,被ばくによる健康被害への不安を抱きながらの生活は,滞在者を更に苦しめている。
 具体的には,滞在者の多くが,友人や近隣住民の離散で,これまでに築き上げた人間関係を失っている。また,被ばくを恐れて母子が避難するも,様々な事情により父が避難できず一人取り残されて分断が生じている家庭が多いことは先にも述べたとおりである。そして皆,刻々と被ばくし続けている恐怖に怯えながらも,自らではいかんともしがたい事情により避難することができず,被ばくを恐れて外出を控える等の不自由な生活を強いられている。滞在者も避難者と同じく,包括的生活利益としての平穏生活権を継続的に侵害されているのである。

  (2)滞在者の被った損害

 この継続的な権利侵害により,滞在者もまた,離ればなれになった家族と交流するための費用がかさむ等の経済的な損害を被っている。そして何より,事故直後の情報不足の中で放射能に怯えた苦痛や,平穏な生活を営んできた環境・人間関係が多数の人の避難によって失われたことによる苦痛,家族と離ればなれの生活をせざるをえない苦痛,自らではいかんともしがたい事情によって避難したくても避難できず,日々刻々と被ばくし続けていることによる健康被害に不安を抱きながら不自由な生活を送らなければならない苦痛等,精神的損害の大きさは想像を絶する。

  (3)賠償されるべき損害

 そして,前述のとおり,「包括的生活利益としての平穏生活権」が継続的に侵害されている以上,そこから生ずる種々の損害は通常生ずべき損害として賠償されなければならない。

 4 まとめ

 以上より,原告各人の被害のあらわれ方に違いはあるが,原告らはみな被告国及び東電が引き起こした本件事故によって包括的生活利益としての平穏生活権を今なお継続的に侵害されているのである。よって,包括的生活利益としての平穏生活権が継続的に侵害されていることから生ずる種々の損害は等しく,そしてすべからく賠償されなければならない。
 なお,賠償されるべき損害の算定方法については追って主張する。

 以上

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