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★ 準備書面(54) ―高橋意見書について― 
 第2 津田論文の意義と内容 
平成29年8月18日

 目 次(←準備書面(54)の目次に戻ります。)

第2 津田論文の意義と内容
 1 津田論文の意義
 2 Epidemiology誌に掲載される意義
 3 因果関係の認識
 4 多発の確認方法
 5 点推定値と区間推定値
 6 検診データと年間発生率データ



第2 津田論文の意義と内容


 1 津田論文の意義

 福島県の実施した県民健康調査の概要等は、原告ら準備書面(28)で説明した。すなわち、福島県民健康調査において甲状腺がんが多数発見されている事実を指摘し、かつ、これが甲状腺がんの多発であるとする津田論文の分析結果の概要等についても、津田教授が和文で公表した雑誌記事(甲D共130)に基づいて指摘したところである(同準備書面第3、4項(3))。
 高橋意見書は、津田論文について根拠のない批判を内容とするものであるから、津田論文が高い権威を持つ雑誌に掲載されていること及び同論文が明らかにした内容について詳細に主張をし、もって、高橋意見書の批判が的を得ないものであることを指摘する。
 なお、津田論文は、疫学の専門誌に掲載されたことから、疫学が当然の前提としている事実については触れられていないので、こうした点は、一般人向けに書かれた津田教授の雑誌記事(甲D共130)等に基づいて説明し、然る後に、津田論文の内容について高橋意見書の批判に関連する部分を詳しく指摘する。


 2 Epidemiology誌に掲載される意義

 津田論文は、Epidemiology誌に掲載された。同誌は、国際環境疫学会(INTERNATIONAL SOCIETY FOR ENVIRONMENTAL EPIDEMIOLOGY)の公式ジャーナルであり、疫学分野では極めて高い権威を有する。
 当然のことながら、同一領域研究者による査読(ピアレビュー)を経て選ばれた極めて高いレベルの論文だけが掲載されている。
 津田論文は、こうした査読を経てEpidemiology誌に掲載されただけではなく、その後、国際環境疫学会会長は、津田論文をふまえ、日本政府に対してレターを発出し、早期発見、早期治療のためのスクリーニングをさらに進め、住民のために放射線による健康影響のデータを示すよう求めた。
 なお、津田論文については、多くの批判的コメントが寄せられたが、津田氏は、必要な反論をEpidemiology誌に投稿している(内容については後述)。
 また、津田論文に関連して、国際環境疫学会は、意見交換のためにブログを設置した。そこにおける議論についても、津田教授による反論ないし説明に対して、さらなる再反論、指摘等はなされていない。議論には決着が付いていると評価される。

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 3 因果関係の認識

 原因(たとえば被ばく)と結果(たとえば甲状腺がん)との因果関係は、概念であるために直接、観察することができない。
 直接観察が不可能であっても、観察可能なデータに基づいて定量的に議論することは可能であり、それこそが科学の役割である。
 ある病気のある原因が作用するとき、その病気のその原因が作用しないときに比べてその病気は多発する。したがって、ある病気の「多発」を知ることは、その原因とその病気の因果関係を推論するための第一歩である。
 そして、多発が観察され、問題となっている原因以外の説明がどうやら成り立たない、もしくは成り立ったとしてもその多発をせいぜい一部しか説明できないときに、この原因に見られる因果関係により、この程度の多発が起こっているのではないかと推測できるのである。


 4 多発の確認方法

 多発は、その原因が作用した人々におけるその病気の発生率と、その原因が作用しなかった人々のその発生率を比べることによって示される。この比較は、引き算(差)または割り算(比)によって行われる。
 福島県での甲状腺がんの発生を比較するときは、日本全国の発生率と比較する方法と(外部比較)、福島県内での発生率を相互に比較する方法(内部比較)がある。
 津田論文では、外部比較については発生率比という指標を用い、内部比較については有病オッズ比が用いられた。


 5 点推定値と区間推定値

 統計学は科学の文法とも言われ、科学的推論に用いられるデータは、統計学によって科学的定量的概念が導かれるが、この科学的概念には統計的推論が加えられる。

(甲D共130号証91ページより)【図省略】

 統計的推論とは、簡単に言えば、上記図2に示すような確率分布の山を示して、多発の程度のどのあたりの確率が高そうで、確率のどの部分を把握出来るのは多発の程度で言えばどの範囲なのかということを把握することである。
 通常、確率分布の山の頂上部分の発生率比と95パーセント(90パーセントでも80パーセントでもよく、どの値を採用するかは研究者の任意である)の確率を把握出来る範囲の発生率比二つ、あわせて3つの比が論文で示されることになる。前者が点推定値、後者の二つは区間推定値(95パーセント信頼区間)と呼ばれる。
 確率分布の山は、95パーセント信頼区間の内側と外側で段差があるわけではなく、その境目(区間推定値)の前後は確率が連続していることが図2からも理解できる。
 いわゆる統計的有意差検定は、このような確率分布の山の裾野に引かれた縦線で示されるこの境目の内側にいるのか外側にいるのかを、確率値(P値)を用いて判断していることになる(以上については原告ら準備書面(51)第3においても説明した)。

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 6 検診データと年間発生率データ

  (1)地域分け

 津田論文では、平成23年度の原発近隣地域の市町村の受診者数は約4万人であって、これを一つにまとめている。
 また、平成24年度の中通りの人口集中地域の市町村は、北部の福島市とその北側の町、中部の市町村、郡山市、南部の白河市と周辺の町村、平成25年度の残りの市町村は、いわき市、いわき市の西側の県南東部の市町村、会津地方、県北東部の相馬地方、の計9つに区分している。
 福島市、郡山市、いわき市の人口の多い市を独立させることを考えると誰でもこのような分け方になる。

  (2)外部比較の方法

 外部比較に用いられた日本の年間データは発生率であるのに対し、福島県民健康調査での検診データは有病割合であって、このままだと指標が異なっていることから直接に比較することができない。
 一般に発生率と罹病期間がずっと変わらない状況(定常状態)において、有病割合が小さい場合には、「有病割合≒発生率×平均有病期間」という関係が成り立つ。
 有病割合が小さいとは、たとえば0.1より小さいような場合のことである。
 津田論文は、このよく知られた式を県民健康調査の結果に応用した。
 すなわち、定常状態における有病プールのモデル(上記)を検診における潜伏期間に応用したのである。
 津田論文では、潜伏期間(latent duration)は、がんが検診と細胞診により検出可能となった期日から、検診ではなく臨床現場で診断される期日もしくは手術の期日までの時間を示す概念として用いている(甲D共168号証の3 6頁以下)。後述の通り、ここで潜伏期間は、平均有病期間に対応するものとして設定されたものであるから、特に断りがなくても、「平均」潜伏期間であることには注意が必要である(実際には後記のとおり、平均であることは明示的に示されている)。
 そして、応用された式をもとに、津田論文では、曝露グループ(検診対象者)における発生率を算定し、これを日本全体の発生率と外部比較したのである。

  (3)外部比較のための平均潜伏期間の設定

 福島県内で行われている超音波エコーを用いた甲状腺検診の第一次検査では、超音波エコーでみえる結節(内部が充実した塊)が直径5.1ミリメートル以上、嚢胞(内部が液状の袋)が直径20.1ミリメートル以上でないと精密検査となる第二次検査に廻されない。
 したがって、上記の「平均潜伏期間」とは、甲状腺の異変が少なくとも5.1ミリメートル以上となってから、通常の外来受診や手術による摘出となるまでの期間となる。
 但し、甲状腺の異変が結節で5.1ミリメートル以上、嚢胞で20.1ミリメートル以上となる瞬間は誰にも観察できない。そこで、津田論文では、この「平均潜伏期間」に様々な現実的な年数を考慮して与え、検診データの有病割合から日本の年間発生率データと比較可能な発生率を導こうとしている。
 このように現実的に可能な値を与えて目的の指標を推定する方法は感度分析と呼ばれる。すなわち、感度分析とは割り当てた数字(津田論文では4年)がもし異なり多くなったり、少なくなったりした場合、結果や結論に影響をどの程度変化を与えるかを見積もるために、様々な値を割り当てて、結果や結論に変化が生じないことを確かめる標準的な分析手法である。
 津田論文では、平均潜伏期間を4年としているが、実際的にはその上限は20年までであると考えられるし、実際には津田教授らは1年から100年まで確認し、結論に変化がないことを確認している(甲D共168号証の3 訳注2)。

  (4)内部比較における有病割合の比較

 内部比較である福島県内の検診データどうしの比較にあたっては、有病割合どうしを比較するのであるが、有病割合の比ではなく、有病オッズを比較している。

  有病オッズ=有病割合÷(1−有病割合)

 このようにするのは、外部比較において発生率どうしの比較を行って得た発生率比と同じ意味合いを持たせるためである。
外部比較である発生率比と内部比較である有病オッズ比の結果を示したのが、後記の表である。
 1巡目(平成27年6月30日締めの確定版)は、外部比較で20倍から50倍の多発を生じており、福島県内の内部比較でも最大で2.6倍の違いがみられた。
 また2巡目検診(本格検査)の結果は、多発の原因が、いわゆるスクリーニング効果のみで、事故の影響がないのであれば、殆ど甲状腺がんが検出されないはずであるのに(また、本格検査の検診結果の判明は途上であるのに)、すでに1巡目の倍率や有病割合を上回り始めている。
 2巡目からは、対象者の年令が若干上がってきているので比較する発生率を年間100万人に5人に引き上げているが、それでもそのような結果となっている。
これに原発事故から検診までの期間を考慮すれば(すなわち潜伏期間を考慮すれば)、原子力発電所に近い地域ほど多発していることがわかる。

(甲D共130号証89頁)【表省略】

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