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★ 準備書面(28) ―事故後の事情に基づく避難と継続の相当性その2― 
 第3 福島県県民健康調査 
平成28年3月16日

 目 次(←準備書面(28)の目次に戻ります。)

第3 福島県県民健康調査
 1 県民健康調査とは
 2 甲状腺検査
 3 甲状腺検査の検査結果
 4 甲状腺検査結果の評価
 5 北茨城市における甲状腺超音波検査事業
 6 県民健康調査の結果等が原告らに与える影響



第3 福島県県民健康調査


 1 県民健康調査とは

  (1)福島県による県民健康調査

 福島県は,東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故による放射性物質の拡散や避難等を踏まえ,県民の被ばく線量の評価を行うとともに,県民の健康状態を把握し,疾病の予防,早期発見,早期治療につなげ,もって,将来にわたる県民の健康の維持,増進を図ることを目的として,「県民健康調査」を実施している(甲D共122 県民健康調査検討委員会設置要綱)。
 県民健康調査は,2011(平成23)年5月から福島県において取り組まれている調査であり,本件原発事故による健康影響を調べるために公的に取り組まれている唯一の網羅的な健康調査である(但し,網羅的と評価することには批判もある。)。
 調査主体は福島県であるが,その調査は福島県立医大に委託されている。また,調査の助言や評価のために被ばく問題に関わる専門家による「検討委員会」が設置されている。検討委員会の初代座長は福島県立医大副学長の山下俊一氏が務めていたが,後述する批判を浴びて2013(平成25)年2月に辞意を表明して辞任し,その後,同年6月5日に開催された第11回検討委員会で選任された福島県医師会の星北斗氏が現在に至るまで座長を務めている。

  (2)県民健康調査の概要

 県民健康調査は,事故当時の被ばく線量の推計評価を行うための基本調査と,県民の健康状態を把握するための詳細調査から成っている。
 基本調査は,事故直後4か月間の外部被ばく線量を評価するための調査である。自記式質問票(問診票)により,2011(平成23)年3月11日〜2011(平成23)年7月11日までの期間中,「いつ」「どこに」「どのくらいいたか」などを回答させ,その回答から推計をおこなう方法による調査であり,2011(平成23)年6月30日から取り組まれている。しかし,回答の煩雑さや,調査の意義の周知不足もあり,回答率は3割にも満たない(2015(平成27)年12月31日現在で27.4%)。また,回答の時点では,記憶も曖昧で,もはや事故直後2週間の1時間単位での詳細な行動記録を正確に回答することが困難であったという県民も多く,その調査結果の信用性には疑問が残る。
 他方,詳細調査には,後述する甲状腺検査の他,健康診査,こころの健康度・生活習慣に関する調査,妊産婦に関する調査がある(甲D共124 第3回検討委員会資料最終頁 概要図【図省略】)。

  (3)調査目的を巡る批判,秘密会報道と不信の広がり

  ア 調査目的を巡る批判
 県民健康調査については,当初から,その調査の目的について強い批判が寄せられてきた。
 2011(平成23)年6月18日に開催された第2回福島県県民健康管理調査検討委員会では,県民健康調査の目的を「原発事故に係る県民の不安の解消,長期にわたる県民の健康管理による安全・安心の確保」とすることが決められた。
 しかし,調査の目的を「不安の解消」とすることは,放射線の健康影響が出ないか極めて少ないことが前提となっている。放射線の影響を受けたかも知れない県民の健康状態を把握し,健康影響の恐れがあれば,疾病の予防,早期発見,早期治療につなげるという観点とは異なり,被害を矮小化しようとする結論ありきの調査ではないかとの批判を招いた。

  イ 秘密会に関する報道
 2012(平成24)年10月3日には,福島県県民健康調査検討委員会が発足以前から1年半にわたって秘密裏に「準備会」を開き,「見つかった甲状腺がん患者と被ばくとの因果関係はない」などの見解をすりあわせていたことや,県事務局が発覚を恐れて検討委員らに口止めしていたことなどを,毎日新聞がスクープ報道した(甲D共125 『県民健康管理調査の闇』日野行介)。
 この報道の後,福島県は不適切であったことを認め,今後は,非公開の準備会合を開かないことなどを表明した。

  ウ 検討委員の刷新等
 2013(平成25)年6月5日に開催された第11回検討委員会では秘密会報道等により県民の不信が高まったことを受けた措置として,山下俊一座長を含む4人の検討委員が入れ替わり,体制が刷新された。
 また,同日の検討委員会終了後の記者会見で,福島県は,同年4月17日に福島県「県民健康管理調査」検討委員会設置要綱を改正し,調査目的を「県民の健康不安の解消や将来にわたる健康管理の推進等を図ること」から「県民の被ばく線量の評価を行うとともに,県民の健康状態を把握し,疾病の予防,早期発見,早期治療につなげ,もって,将来にわたる県民の健康の維持,増進を図ること」に改めたこと(甲D共123)を強調した。

  エ 調査結果の評価についての不信感に繋がっていること
 このように,県民健康調査の目的や姿勢には当初から強い疑問が投げかけられていた。
 このことは,その後,徐々に明らかとなってきた甲状腺検査の結果の評価に対する不信感にも影響を及ぼしている。すなわち,本件事故により放出された放射性物質による健康影響があったと評価すべきか否かを巡って,福島県や検討委員会の公表する後述する否定的意見は,当初から一貫した被害を矮小化しようとする姿勢によるものではないかとの疑念や不信感が拭えないのである。

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 2 甲状腺検査

  (1)甲状腺検査の内容

 県民健康調査の詳細調査の一つである「甲状腺検査」は,本件事故当時18歳以下の福島県民約37万人を対象として,甲状腺の異常の有無を確認するため,超音波検査等を行うものである。
 チェルノブイリ原発事故後には周辺地域において小児甲状腺がんの多発が報告された。これは,放射性ヨウ素の内部被ばくによるものであり,原発事故による健康被害であるとの評価が確立されている。そのため,本件事故後においても子どもたちの健康を長期に見守るため,甲状腺の状況の調査が行われることになった(甲D共124,15頁 甲状腺検査について)。
 甲状腺検査では,まずは,一次検査として超音波検査が実施されている。超音波検査では,甲状腺の結節や嚢胞の有無や大きさが検査される。一次検査の結果,A判定(結節又は嚢胞を認めなかったものをA1とし,5.1mm以下の結節や20.1mm以下の嚢胞を認めたものをA2とする)となったものには,原則としてそれ以上の検査を行わない。B判定(5.1mm以上の結節や20.1mm以上の嚢胞を認めたもの)やC判定(甲状腺の状態等から判断して,直ちに二次検査を要するもの)となった者に対しては二次検査を実施しており,二次検査では,詳しい超音波検査の他,採血,尿検査を実施している。更に必要があれば,結節から細胞を採って検査する穿刺吸引細胞診が行われている。

  (2)先行検査と本格検査

 甲状腺検査は,本件原発事故による放射線被ばくの影響のない状態(自然状態)における甲状腺の状態を把握するため2011(平成23)年10月から2014(平成26)年3月までに行う計画とされた一巡目の「先行検査」と,事故による甲状腺への影響を把握するため2014(平成26)年4月から2年かけて行い,その後20歳までは2年ごと,更に後は5年ごとに行う計画とされた二巡目の「本格検査」の2段階の設計とされている(但し,実際には,僅かではあるが2014(平成26)年4月以降も末受診者を先行検査として受け付けている)。
 これは,チェルノブイリでは事故後4年が経過した頃から統計上の小児甲状腺がんの有意な多発が認められたとの見解があることに基づき,事故後3年の間には事故による被ばくの子ども達の甲状腺への影響は無く,子どもたちの自然状態における甲状腺の状態(バックグラウンド)が把握できるとの仮説に基づく設計であった。
 但し,後述するように,先行検査により想定を遙かに上回る甲状腺がんが発見されたことから,このような仮説に基づいた設計自体が既に破綻しているとの強い批判がある。


 3 甲状腺検査の検査結果

  (1)検査開始前の想定

 2011(平成23)年7月24日に開催された第3回福島県県民健康調査検討委員会の配付資料(甲D共124,15頁)には「基礎知識として,放射線の影響がない場合・・・小児甲状腺がんは年間100万人あたり1,2名程度と極めて少なく,結節の大半は良性のものです。」と明記されている。
 従って,県民健康調査を実施するにあたって,検討委員会は,子どもたちの自然状態における甲状腺の状態(バックグラウンド)について,小児甲状腺がんは,年間100万人あたり1,2名程度の発生率と想定していたことが明らかである。発生率と有病割合を単純に比較することはできないが,平均有病期間を考慮しても発生率がこの程度であれば,さほど大きな数となることはない。

  (2)先行検査の結果

 ところが,既に実施され終了した2015(平成27)年6月30日までの先行検査の結果,BまたはC判定を受けて二次検査を行い,穿刺吸引細胞診を行った子どものうち,113人が「悪性ないし悪性疑い」の判定となった。
 さらに,113人のうち99人が同日までに手術を行い,手術後の病理診断の結果,1人が良性結節,98人が甲状腺がんと確定診断されている(甲D共126 県民健康調査「甲状腺検査(先行検査)」結果概要【確定版】)。
 2015(平成27)年6月30日までの先行検査の結果判定数は30万0476人であるから,これを母数とすると,実に100万人あたり376人が「悪性ないし悪性疑い」と判定されたこととなる。
 検査開始前に想定された発生率を100倍近く上回る割合で甲状腺がんが発見されたことは驚くべき事実であり,事故後3年以内に既に事故による放射線被ばくの影響が生じてしまっているとも考えられることから,先行検査における調査結果をバックグラウンドと位置づけようとした仮説自体が既に崩壊している。

  (3)本格検査の結果

 2015(平成27)年12月31日までに実施された本格検査の結果は次のとおりである(甲D共127 県民健康調査「甲状腺検査(本格検査)」実施状況)。
 一次検査の検査結果はA判定が218,269人(99.2%),B判定が1,819人(0.8%),C判定は0人であった。
 二次検査の対象者1,819人のうち1,087人が二次検査を終了している。そのうち,292人は精査の結果A判定の範囲内であることが確認された。
 一方,残る795人は概ね6か月後または1年後に通常診療が必要とされた。そのうち157名には穿刺吸引細胞診が行われた。その結果,うち51人が「悪性ないし悪性疑い」の判定となった。この51人のうち47人は先行検査の際にはA判定(Alが25人,A2が22人)であった。これは,先行検査を受診した後に,急速に甲状腺の結節や嚢胞が発生,拡大した者が多いことを示唆している。
 2015(平成27)年12月31日までの本格検査の結果判定数は22万0088人であるから,これを母数とすると,実に100万人あたり213人が「悪性ないし悪性疑い」と判定されたこととなる。

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 4 甲状腺検査結果の評価

  (1)甲状腺がんが多数発見されているという動かしがたい事実

 上述のように,福島県の県民健康調査では,先行検査により100万人あたり376人が,本格検査により100万人あたり213人が「悪性ないし悪性の疑い」と判定されている。
 これに対し,国立がん研究センターがん対策情報センター発表の甲状腺がんについての年齢別罹患率(全国推計値)2011年(男女計)は,次のとおりである(甲D共128但し,数値を100万人あたりに補正した)。

【年齢】 【率(人口100万対)
0−4
5−9 0.55
10−14 4.74
15−19 9.38

 また,既に述べたように,県民健康調査検討委員会自身が,調査開始前には「小児甲状腺がんは年間100万人あたり1,2名程度」(甲D共124,15頁)の発生率であることを基礎知識として公表していた。
 これらの数値と比べても,県民健康調査によって実際に得られた甲状腺がん症例の調査結果が,異常に高い数値となっていることが一目瞭然である。

  (2)検討委員会の結論ありきの姿勢

  ア 検討委員会の一貫した否定的態度
 このように,県民健康調査により福島県内の子ども達に小児甲状腺がんが多数発見されている理由としては,当然ながら,本件原発事故により拡散した放射性ヨウ素等の放射性物質に被ばくしたことによって小児甲状腺がんが多発したものである可能性が考えられる。調査が実施された経緯に照らせば,まずは,その可能性を検討することが最も自然な姿勢と言えよう。
 しかし,この点につき,県民健康調査検討委員会や福島県は,本件事故の影響による過剰発生であるとは評価できないと,一貫して頑なな否定的姿勢を保っている。
 そして,他の理由,例えば調査による「スクリーニング効果」や「過剰診断」等の考え方によって想定を遥かに上回る甲状腺がん多発の調査結果を説明しようとしている。

  イ 被ばくの影響による多発であることを否定する見解について

   (ア)スクリーニング効果
 スクリーニング効果とは,網羅的に検査をしたことによって,本来,将来的に発症した時点で検出されるはずであったがんの症例を早期に発見してしまっているために発見数が増えたように見えるという効果である。
 しかし,このような効果は,ある程度あったとしても,一巡目の先行検査の際に出尽くしているはずであって(刈り取り効果),二巡目の本格検査においても甲状腺がんが多数発見されている事実を説明できるものではない。

   (イ)剰過断診
 過剰診断とは,病理組織学的にはがんだが,検診がなければ症状も出ず,診断されなかったであろうと考えられるがんが,検診を実施したことによって過剰に見つかっている状態のこととされる。
 もしも,県民健康調査における甲状腺検査によって発見されているがんが非常にゆっくりと大きくなる,そのままの大きさで留まる,縮小していくなどのシナリオが想定されるような安心できるがんばかりなのであれば,このような考え方も成り立つかも知れない。
 しかし,甲状腺検査を実際に担当している福島県立医科大学付属病院甲状腺内分泌外科部長の鈴木眞一医師は,2015(平成27)年3月31日までに二次検査の結果「悪性または悪性疑い」の判定となり手術を実施した96例のうち軽度甲状腺外浸潤pEX1は38例(39%)に認め,リンパ節転移は72例(74%)が陽性であったと報告している(甲D共129 なお,pEX1は浸潤の程度を示す分類である)。すなわち,実際に発見されている甲状腺がん例のうち,かなりの割合が早期に転移を起こしている侵襲性の高いがんであることが明らかなのであり,過剰診断との考え方はあてはまらない。

   (ウ)その他の健康影響による多発を否定する見解
 この他にも,本件事故の影響による甲状腺がんの多発であることを否定する見解として,チェルノブイリ原発事故との比較により,事故後3年以内に発見されたがんは被ばくとは無関係とする見解((1))や,がんが発見されている年齢層が違うため無関係とする見解((2)),本件事故の周辺地域ではチェルノブイリ事故よりも被ばく線量が少ないから無関係とする見解((3))等が述べられている。
 しかし,(1)については,チェルノブイリにおいて被災地では事故後2年目に甲状腺がんが増え,4〜5年後に大幅増加したものであるとの指摘がある。
 また,(2)についても,チェルノブイリにおいても事故直後数年間においては,事故時10代後半の層に甲状腺がんが増えているのであり,事故時5歳以下のグループに甲状腺がんが多発したのは事故から10年後頃に彼らが10代になった後であることも指摘されている。
 さらに,(3)についても,放射性ヨウ素の動向など事故直後のモニタリングが十分にされていないことや内部被ばくの評価を含め,本件事故における被ばく線量が少ないとする推定自体に根拠が乏しい。それ故,不確かな推定を根拠に,原因に基づき結果との因果関係を考え,否定するアプローチ自体に批判が強い(甲D共130 福島・甲状腺がん多発の現状と原因 津田敏秀)。と同時に,チェルノブイリでは比較的被ばく線量が低いと推定される地域でも,甲状腺がんが増えていたことが報告されているから,その意味でも推定被ばく線量は因果関係を否定する根拠に欠けることとなる((1)ないし(3)につき,いずれも甲D共131「チェルノブイリ被災国」の知見は生かされているか 尾松亮)。
 したがって,(1)ないし(3)は,いずれも,県民健康調査において観察されている甲状腺がんの多発が,本件原発事故により拡散した放射性物質に被ばくしたことによって発生したものである可能性を否定する根拠とは言えない。

  ウ 検討委員会に対する不信感の影響
 前述したように,県民健康調査に対しては,当初から,原発事故による健康被害は生じないことを前提に「不安の解消」を目的としているとの批判があり,秘密会による事前の口裏合わせも問題視されていた。これらは,福島県や検討委員会が,放射線被ばくによる健康影響をできる限り否定しようとする意図をもって県民健康調査の結果を評価しようとしているのではないか,との不信感を抱かせる背景事情となっている。
 そして,実際に,調査の結果,当初の想定を遥かに上回る多数の甲状腺がんが発見されていることに対し,検討委員会は,被ばくによる健康影響のため多発している可能性を真摯に慎重に見極めようとする姿勢に乏しく,一貫して,被ばくにより多発したものであることに否定的な立場を取り続けている。
 このような検討委員会の頑なな姿勢は,批判を浴びて改正した後の目的である「県民の健康状態を把握し,疾病の予防,早期発見,早期治療につなげ,もって,将来にわたる県民の健康の維持,増進を図る」姿勢に乏しく,放射線の健康影響が出ていないか極めて少ないことを前提に,当初,目的とされていた「県民の健康不安の解消」に注力しているように映る。
 得られた調査結果から,様々な可能性を慎重に検討しようとせず,健康影響であることに否定的な,結果ありきの評価姿勢が維持されていることによって,却って,住民等の不安感や不信感は増大している。

  (3)津田教授らの疫学的分析

  ア 津田教授らの論文発表
 岡山大学大学院環境生命科学研究科の津田敏秀教授らのグループは, 2015 (平成27)年8月,福島県が行っている県民健康調査の結果を分析し,「Thyroid Cancer Detection by Ultrasound Among Residents Ages 18 Years and Younger in Fukushima, Japan: 2011 to 2014 (2011年から2014年の間に福島県の18歳以下の県民から超音波エコーにより検出された甲状腺がん)」と題した論文を公表している。この論文は,国際環境疫学会の発行する査読つきの国際的な医学雑誌である「Epidemiology(疫学)」に掲載された。

  イ 津田教授らの疫学的分析の概要
 津田教授らは,福島県がインターネットを通じてホームページ上で公開している県民健康調査の集計結果データを分析して,「Epidemiology(疫学)」に掲載されたものと同様の疫学方法論を用いた分析結果を発表し続けている(甲D共130)。
 分析にあたっては,福島県における甲状腺がんの発生状況を日本全国の発生率と比較する方法(外部比較)と福島県内での発生率を地域に分けて相互に比較する方法(内部比較)とがとられている。外部比較では発生率比を指標とし,内部比較では有病オッズ比[2]を指標としている。
 津田教授らは,この方法により,2015(平成27)年6月30日までの先行検査の結果を分析することにより,先行検査では,外部比較において約20から50倍の多発が生じており,内部比較でも有病オッズ比に最大26倍の違いが生じていることが分かるとする。
 また,2015(平成27)年9月30日までの本格検査の結果の分析により,結果判明は未だ途上であるにもかかわらず,既に先行検査の倍率や有病割合を上回る結果が出始めており,スクリーニング効果では説明できない多発が生じているとしている。そして,これに事故から検診までの期間を考慮すれば(すなわち潜伏期間を考慮すれば),福島第一原発に近い地域ほど多発していることが分かるとの分析結果を発表している(甲D共130)。
 先に紹介した津田教授らの論文は,このような分析を踏まえて,福島県における小児および青少年においては,本件事故の影響による甲状腺がんの過剰発生が超音波診断によりすでに検出されていると結論づけている。それが,国際的な権威ある学会誌に掲載されたのである。

[2] オッズ比(オッズひ、Odds ratio)は、ある事象の起こりやすさを2つの群で比較して示す統計学的な尺度である。

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 5 北茨城市における甲状腺超音波検査事業

 茨城県北茨城市では,平成25,26年度の2年間で「甲状腺超音波検査事業」を実施している(甲D共132)。
 その対象者は,福島第一原発事故の当時,0歳から18歳までの市民であり,2013(平成25)年度は,そのうち0歳から4歳までの子どもを対象に検査を実施し,2014(平成26)年度は,それ以降の子どもの検査を実施した。
 2013(平成25)年度は,1184名が受診し,そのうち要精密検査(B判定)は11名(全体の0.9%),至急要精密検査(C判定)は0名であった。
 これに対し,2014(平成26)年度は,3593名が受診し,そのうち要精密検査(B判定)は72名,至急要精密検査(C判定)は2名(B・Cを合わせて全体の2.06%)であった。精密検査の結果,実に3名が甲状腺がんと診断されている。
 このように福島県いわき市の南に接する茨城県北茨城市においても要精密検査の子どもたちが割合として増えており,さらには前年までは見つからなかった甲状腺がんの子どもが3名も発生している。100万人あたりでは実に835名もの高頻度である。
 北茨城市は市内の小中学校・幼稚園における放射線量について定期的に測定を行っており,その結果については,「健康に影響のあるレベルではありません。冷静に対応してください。」と市のホームページで告知している。また,実際に測定されている小中学校・幼稚園における放射線量も空間線量だけをみれば毎時0.1マイクロシーベルト未満の箇所がほとんどである。
 しかし,それにも拘わらず,要精密検査と判定される子どもの比率が増え,かつ,甲状腺がんが発生している。
 このことから,環境中の空間線量が低線量であっても,本件事故は内部被ばくを伴っていること等のために,子どもたちに重大な健康上の影響を与えている可能性が示されている。


 6 県民健康調査の結果等が原告らに与える影響

 県民健康調査の結果等を巡る議論状況は以上のとおりであり,当初の想定を遥かに上回る多数の甲状腺がんが発見されていることについて,福島県や検討委員会は,被ばくによる健康影響であることを一貫して否定する姿勢を保っているものの,その姿勢には批判や不信感が強く,被ばくによる多発である危険性を踏まえた予防措置を早急に講じるべき等との意見を述べる論者も多い。
 もとより,この点の学術的・科学的な解明には,結論が出ているわけではない。
 しかし,少なくとも,県民健康調査における甲状腺検査によって,小児甲状腺がんが多数発見されていること,しかも本件原発事故により拡散した放射性物質に被ばくしたことによって発生したものである可能性が一定の論拠をもって議論されており,その中には福島原発事故との因果関係が証明されていると結論づける学術論文まで発表されている状況にあることは事実である。さらには,県境を越えた北茨城市でも3例の甲状腺がん例が発見されたとの報告がなされている。
 住民にとって,被ばくによる健康被害から自らや家族を守るためには,学術的・科学的な最終結論が確立されるのを待つことなどできない。
 原告らの多くは,本件事故による放射線被ばくの影響により,自己や子ども達に健康被害が生じることを強く懸念して,自ら避難し,あるいは家族を避難させて,困難を抱えながら生活している。
 その原告らにとって,福島県の実施した本件事故による健康影響を調べるための唯一の網羅的な健康調査である県民健康調査により,甲状腺がんが多数発見されていること,そして,その検査結果の評価を巡る議論があり,本件原発事故により拡散した放射性物質に被ばくしたことによって発生したものである可能性が一定の論拠をもって主張されているというこの現状自体が,自らの行動を考える上で重要な意味を持つと言える。
 すなわち,県民健康調査のこのような甲状腺がん多発の結果やその評価に関する議論状況は,避難した原告らにとって,やはり,リスク回避を重視して避難する選択をした判断は正しかったとの確信を強めるものである。と同時に,より早く避難すべきであったとの苦悩と共に,現在も避難先で暮らす原告らにとって,末だ元の居住地へ帰還することはできないとの判断を継続する大きな理由ともなっている。
 このような事実は,事故後の事情の一つとして,通常の社会通念に従って,避難者らが避難生活を継続することに相当性があることを強く根拠づけるものに他ならないのである。

以 上

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