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★ 準備書面(9) ―WG報告書と因果関係―
 第4 WGの役割 −WGに求められたものは何だったのか− 
平成26年11月7日

目 次(←準備書面(9)の目次に戻ります)

第4 WGの役割 −WGに求められたものは何だったのか−
 1 はじめに
 2 WGの設置目的
 3 ICRPの述べる放射線防護の考え,最適化原則の意味



第4 WGの役割 −WGに求められたものは何だったのか−


 1 はじめに

 冒頭に述べたとおり,WGは「社会的に許容される被ばく線量」を決定する為に設置されたものではない。本準備書面・第3で述べたとおり,WGのメンバーの構成やWG報告書の内容には多くの批判がなされているところであるが,その点を措くとしても,WG報告書の内容は,区域外避難の社会的相当性を否定するものではない。


 2 WGの設置目的

 本準備書面・第2・2で述べたとおり,WG報告書が作成された4日後の12月26日,原子力災害対策本部は,「ステップ2の完了を受けた警戒区域及び避難指示区域の見直しに関する基本的考え方及び今後の検討課題について」を発表し,同発表の中で,原子力災害対策本部は,
「この度の区域見直しの検討に当たっては,年間20ミリシーベルトの被ばくリスクについては様々な議論があったことから,内閣官房に設置されている放射性物質汚染対策顧問会議の下に「低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ」を設け,オープンな形で国内外の幅広い有識者に意見を表明していただくとともに,低線量被ばくに関する国内外の科学的知見や評価の整理,現場からの課題抽出などを行った。」
と述べている(甲共D38・3頁)。
 この記載からも明らかなとおり,WGは政府による区域再編を念頭に置いて設置されたものであり,WG報告書は区域再編の判断資料として作成されたものである。より端的に言えば,避難を命じる地域を政治的に決断する上での科学的知見の整理を求められたのである。
 また,このこと(WGがただ単に科学的知見の整理を行っただけでないこと)は,ワーキンググループの議事録を読めば,一層明らかである。すなわち,科学的に正しいものや社会的に許容される基準を定めようとしたわけではなかったのである。
 例えば,第1回会議の冒頭において,このWGの設置を要請した細野豪志原発担当大臣は以下のように述べている(甲共D40の1・第1回議事録・2頁)。
「・・・・・・このワーキンググループでお願いをしたいのは,その警戒区域の変更というものをこれから考えていく中で,低線量被ばくというのをどのような考えでこれから捉えていったらいいのか,それを是非皆さんにご議論いただきたいと思っております。もう皆さん,釈迦に説法ですので,改めて私から言う必要は無いかと思いますけれども,100ミリシーベルト以上につきましては,確定的な影響というのが既に証明されております。しかし,一方で100ミリシーベルト以下につきましては,確率的な影響ということで,ICRPからは提示をされているものの,確たる見解がコンセンサスになっているという状況ではございません。その中で,私どもとしては,1ミリから20ミリという基準を作って,また20ミリシーベルトを一つの目安といたしまして,これまで警戒区域や計画的避難区域についての判断を提示してまいりました。いよいよこれから私どもが考えていかなければならないのは,この20ミリシーベルトという基準をどのように考えたらいいのか,これがまず第一点でございます。ですので,是非皆様にそういったことについて検討していただいて,いろんな方からご意見出していただきたいと思っております。そして,もう一つ,是非ともご検討いただきたいのが,子供や妊婦というような,放射線に対して影響を受けやすい方々に対して,どういった配慮が必要なのか,これが2点目でございます。・・・・」
 要は,国が『その地域からは出て行って下さい』と避難を命じる地域を,この時点までは年間20ミリシーベルトの空間放射線量を基準として定めていたが,それをどう評価すべきか(今後も維持すべきか,改変すべきか),また,子どもや妊婦への影響をどう考えたらよいのかという差し迫った問題,政治的決断を要する問題についての判断材料を提示してもらいたいということだったのである(そして,その際,細野大臣は敢えて「1ミリから20ミリ」という数字も持ち出している。)。
 そもそも,国が『出て行ってください』と命じれば,住民に選択の余地はない。そういった地域を決定する為の材料をWGに求めたのであって,科学的な知見の整理だけを求めたのでもなければ,ましてや社会的に許容される放射線量が年間何ミリシーベルトであるかを定めてくれと要請したわけでもない。
 したがって,被告東京電力が,あたかもWGが社会的に許容される年間放射線量を定めることを期待され,そのために科学的知見を整理し社会的許容基準を定めたと主張することは曲解も甚だしい。
 そもそもICRPの示す基準や,その基準の根底にある理念たる最適化の原則(この点については後述する)自体,他の社会的利益と比較考量する考え方であって,極めて「政治的」「社会的」なものである。純粋な科学的議論や,そこから導かれる科学的に争いのない結論ではなく,一定の幅がある中での決断である。この点について,細野大臣は,第6回会議において以下の通り発言している(甲共D45の1・第6回議事録・13頁)。
「このワーキンググループというのは,プロセスも含めて全部オープンにして,今,先生がおっしゃったように白か黒かどこかで線が引けている問題ではなくて,グレーゾーンもある中で,それでもどこかに線を引かなければならないということに我々は直面していて,そこは皆で悩みながらも結論を出そうと努力しているところをちゃんと見てもらおうというのが第一歩かなと思ってこれを始めたのです。」
 この発言こそが,当該WGに求められたものが何であったのかを端的に示すものである。避難区域の指定基準に絶対的な正解などはなく,それにもかかわらず「線引き」をするのであり,報告書は「決断」ないしは「決断」を補助するものに過ぎない(科学的知見に基づき一義的に導かれる結論ではない)ということである。

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 3 ICRPの述べる放射線防護の考え,最適化原則の意味

  (1) はじめに

 被告東京電力の主張がWGの位置づけや同報告書を曲解したものであること,同報告書が避難指示区域を決定するにあたっての資料を提供したものであること,放射線量の社会的許容水準を定めたものではないことについてこれまで述べてきたが,その際に重要なのは「放射線防護」という考え方,その際に用いられる「最適化の原則」という考え方である。
 この点については,すでに第2項でも述べたが,放射線の社会的許容水準とは全く別個のものであり,被告東京電力の主張の根本的な誤りに関連するところであるので,念のため改めて触れておく。

  (2) 放射線防護と最適化原則・参考レベル

 既に第2項で述べたとおり,LNT仮説を前提として,「一定期間に受ける線量がいかなるレベルを超えると考えられる人に対して優先的に防護措置を実施するか」という政治決断の問題が,ICRPのいう「参考レベル」の問題である。そして「参考レベル」については,「経済的及び社会的要因を考慮しながら,被ばく線量を合理的に達成できる限り低くする“最適化”の原則に基づいて措置を講じるための目安である。」とされている。
 そして,「参考レベルは,ある一定期間に受ける線量がそのレベルを超えると考えられる人に対して優先的に防護措置を実施し,そのレベルより低い被ばく線量を目指すために利用する。また,防護措置の成果の評価の指標とするものであ」って,「被ばくの“限度”を示したものではない。また,“安全”と“危険”の境界を意味するものでは決してない。」のである。
 この点に関し,第2回の会議で佐々木康人氏は以下のように述べている(甲共D41の1・第2回議事録・32頁)。
「緊急事態が起こった時に,どこで防護対策をとるかということは,平常の状態では公衆の被ばくは何とかして1mSv,年間1mSvに抑えようとしているわけでありますけれども,一旦,事故が起こった場合には,まずは重篤な確定的影響が起こる可能性が出てまいります。これを絶対起こさないようにした上で,確率的影響はある程度増えることはやむを得ない。それをICRPは,非常事態の時には公衆の被ばくは年間にして20〜100mSvの間で状況に応じて適切な線量を選んで,それを目安にして防護活動をいたしましょう。そういう勧告であります。それを守ればよいという話ではなくて,最適化の指標であります。最適化というのは,つねに少しでも線量を下げる,余計な線量を浴びないように下げる努力をするというのが,先ほどからお話に出ているALARAの概念です。ですから,先ほど5mSvでいいのだとおっしゃっているのは,一つの目安で,5mSvでやることはいいんですけれども,それでいいわけではなくて,できればさらに下げる努力はしていかなければいけない。そのどこまで下げるのかというのは,平常状態の年間1mSvに下げる努力はしていかなければならない。しかし,現状でどこが適切かというのは,選ぶことはできる。その時に実際の人の受ける,例えば住民の方の受ける線量を推定して,それからいろいろな状況を見定めて,その中で適切な線量を選んで防護活動をしましょう。これがICRPの基本的な防護の考え方でありますので,そのことを申し上げておきたいと思います。」
 第4回の会議においても,甲斐倫明氏が以下のように述べている(甲共D43・第4回議事録・30頁)。
「計画被ばく,通常の原子力発電所であったり,通常の病院であったりしても1ミリまで被ばくしてもいいとは考えていません。現に,日本の原子力発電所の通常時の目標というのは50マイクロシーベルトが使われている。1ミリを安全基準として考えているわけではない。あくまでもリスクとして,リスクを下げるという考え方をとっている。では,今回のような一旦ほぼ事故が収束したような時に,国際的にはここを目指しなさいという考え方をとっています。では,1ミリを目指すのか,なぜ20ミリをスタートとしていいのか。20ミリなら被ばくしてもいいよと国際機関はどこも言っておりません。一つの目安として,20ミリを超える状況があれば20ミリ以下に下げなさいと,そこから順次下げるためのスタートとして使うということです。次のスライドをお願いします。それはどういうことかと申しますと,ICRPパブリケーション111で示しておりますけれども,今の状況でこういう線量,こういう人たちを下げていかなければならない。参考レベルといいますが,国際的に参考レベルを設けて,これを超える人を下げるようにしようと,だんだん下がってくれば更に参考レベルを下げていく。つまり,最初から1ミリにしていたら,それこそ誰を優先すればいいのかということで,対応そのものが混乱する。20というのは,まず20を超える人を優先的に対応するということ。20を超えてなければ例えば10というように,徐々に参考レベルを下げることでリスクを下げていく。そういう考え方をとってきているわけです。」
 すなわち,非常事態・緊急事態のなか,国が避難を命じる(『出て行ってください』と述べる)範囲をどうするかについて,それによる社会的なデメリットも考慮しながら決定する,優先的に除染等の対策を講じる場所をどうするかについて,優先する範囲を広げすぎることによる混乱も考慮しながら決定するというものなのである。
 「20ミリなら被ばくしてもいいよと国際機関はどこも言っておりません」と説明されていることからも明らかなとおり,このような「放射線防護」や「最適化の原則」の概念は,公衆被ばく線量限度とはまったく異質であり,個々の避難行為の社会的相当性とは関連性がなく,公衆被ばく線量限度を越える地域から避難することの社会的相当性を否定するものではない。
 当然ながら,被告東京電力が主張するような「社会的に許容される水準」を根拠付ける概念でもない。
 原告準備書面(3)でも述べたとおり,公衆被ばく線量限度は実効線量年間1mSvであり,国内法は,公衆が線量限度を超えて被ばくしないよう,刑罰をもって徹底的に保護している。それゆえ,どんなに少なくとも,生活圏内に年間1mSvを超える線量を含む地域からの避難には,社会的相当性が認められなければならない。

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