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★ 準備書面(12) ―シビアアクシデント対策についての予見可能性の対象― 
平成27年2月26日

  原告提出の準備書面(12) (PDF)

目 次

第1 SA対策についての予見可能性の対象

第2 SA予見対象事実の根拠及び被告東電の認識
 1 SA予見対象事実の根拠
 2 被告らがシビアアクシデント対策の必要性を認識していたこと

第3 予見の程度

第4 津波に対する予見可能性との関係
 1 深層防護のレベルが異なること
 2 深層防護における二つの原則
 3 民法709条との関係




第1 SA対策についての予見可能性の対象

 原告らは,被告らのSA対策についての過失(すなわち「津波対策についての過失」とは別個の原因にもとづく過失)の予見可能性の対象たる事実を以下の通りであると主張する(以下「SA予見対象事実」という。)。
「設計基準事象を大幅に超える事象であって,安全設計の評価上想定された手段では適切な炉心の冷却または反応度の制御ができない状態であり,その結果,炉心の重大な損傷に至る事象」(甲C1号証4頁「シビアアクシデント対策としてのアクシデントマネージメントに関する検討報告書−格納容器対策を中心として−」)
 SA予見対象事実を上記のように考えるべき根拠及びSA予見対象事実が予見義務及び結果回避義務の対象たり得る程度に具体的であることについて,以下に論じる。



第2 SA予見対象事実の根拠及び被告東電の認識


 1 SA予見対象事実の根拠

 上記第1記載のSA予見対象事実が予見の対象とされるべき理由は原告らの準備書面(10)の第2,3項において述べた通りである。
 すなわち,SA対策としての電源対策をとるべき契機としては,前記準備書面において「ア 米国SBO規則の策定  イ 仏ルブレイエ原発事故  ウ 馬鞍山原発事故  エ 米国同時多発テロ後の対策オ溢水勉強会」を指摘した。
 また,最終ヒートシンク対策をとるべき契機としては,「ア インド・マドラス原発事故イ溢水勉強会」を指摘した。
 上記に加えて,設計基準外事象を想定することができ,また,そうすべきであった理由として,さらに下記の2点を追加して主張する。


  (1)過去に発生した過酷事故は,いずれも「想定外」であったこと

 「シビアアクシデント対策」は,チェルノブイリ事故,TMI事故等の設計基準外事象を原因とする重大事故を踏まえた対策として発展してきた経緯を有する(甲C44号証「我が国のシビアアクシデント対策の変遷」原子力eye平成23年9月号)。
 また,原告ら準備書面(8)55頁以下で詳述した,フランスルブレイエ原子力発電所事故(1999(平成11)年12月),台湾第三原子力発電所事故(2001(平成13)年3月),インドマドラス原発事故(2004(平成16)年12月)も,いずれも外部事象に起因する設計基準外事故である。
したがって,過去の経験に照らして,SA予見対象事実が生じることは,公知の事実であった。
 さらに,海外のみならず,日本においても,基準地震動を超える地震動が記録されている(2005(平成17)年8月16日宮城県沖地震,2007(平成19)年3月25日能登半島沖地震,2007(平成19)年7月16日新潟中越沖地震,原告ら準備書面(8)59頁以下参照)。
 以上から明らかなとおり,設計基準事象は設計を行うための基準にすぎないため,設計時の想定が誤った場合や,適切な安全裕度(余裕)を考慮しない場合等に設計基準を超える事象は常に起こりうるのである。
 これらのことから,SA予見対象事実を予見すべき義務が被告東電には存したのである。

  (2)深層防護概念が設計基準事故を超えるシビアアクシデントを想定していた

 IAEAは,1988(昭和63)年に「原子力発電所のための基本安全原則」として原子力発電所の安全を確保する上で考慮すべき項目をまとめ(INSAG−3),それを1999(平成11)年に改訂し(INSAG−10),深層防護の考え方を明らかにした。
 深層防護とは,原子力施設の「事故の防止」及び「事故の影響緩和」のための主要な手段として,多重に安全防護のための障壁を備えることをいい,5層からなる。
 この深層防護の考え方は,原子力施設の設計・建設・運転管理等を含めたすべての安全確保活動に適用されるものとして,諸外国でも用いられている(甲C45)。
 5層の深層防護の各層の概要は,以下の通りである。
第1層
 運転時に異常や故障が発生するのを予防するため,安全を重視した余裕ある設計を行い,建設・運転における高い品質を保つ。
第2層
 異常な運転を制御したり,故障の発生を検知したりするため,管理・制御・保護のシステムやその他監視機能を導入する。
第3層
 設計基準事故(設計時に考慮された想定事故)を起こさないよう,また設計基準事故がシビアアクシデント(設計基準事故を大幅に超える事故)に進展しないようにするため,工学的安全施設(非常用炉心冷却設備,原子炉格納容器等の放射性物質の放出を防止・抑制する設備)を導入するとともに,事故時の対応手順を準備する。
第4層
 事故の進展防止,シビアアクシデント時の影響緩和等,発電所の過酷な状況を制御し,閉じ込めの機能を維持するため,補完的な手段及びアクシデントマネジメント(設計基準事故を超える事態に備えて設置された機器等による措置)を導入する。
第5層
 放射性物質が外部環境に放出される事による放射線の影響を緩和するため,オフサイト(発電所外)での緊急時対応を準備する。
 以上の通り,深層防護の考え方は,第4層において設計基準事故を超えるシビアアクシデントを想定するものであった。
 海外においては深層防護の思想のもとシビアアクシデント対策(5層の防護の第4層目)が法規制化されていたにもかかわらず,日本においては,深層防護の第3層までしか法規制化されなかった。これは伊方原発訴訟をはじめとする原発差止訴訟が相次ぐ中で設計基準を超える事故は炉規法の対象外という原子炉安全の思想の変更は困難との認識から,それまでの構造強度重視の規制を変えられず,世界の規制の潮流に乗り遅れたことが指摘されている(甲C44号証7頁)。
 しかし,規制がないことは事業者が対策を実施しないことの理由とはならない。
むしろ,被告東電は,IAEAの基本安全原則に基づいて,自ら第4層以降の対策を進んで行うべきであったし,その対策の必要性は認識し,または認識すべきであったと評価すべきである。

  (3)原子力安全委員会が,SA予見対象事実に基づき実際に規制措置を実施していること

 1992(平成4)年5月28日,原子力安全委員会は,同年3月5日付原子炉安全基準専門部会共通問題懇談会報告書をうけて,「発電用軽水型原子炉施設におけるシビアアクシデント対策としてのアクシデントマネージメントについて(決定)」(甲C1)を発表した。ここで,共通問題懇談会報告書は「シビアアクシデント」を,「設計基準事象を大幅に超える事象であって,安全設計の評価上想定された手段では適切な炉心の冷却または反応度の制御ができない状態であり,その結果,炉心の重大な損傷に至る事象」と定義され,上記安全委員会決定においても同じ定義が用いられた。
 上記原子力安全委員会決定は,日本における過酷事故対策の基本的な方向を定めたものであり,1992(平成4)年7月,資源エネルギー庁公益事業部長通達「アクシデントマネジメントの今後の進め方について」(甲C7)においても,同定義に基づいたシビアアクシデント対策が,不十分ではあるが,進められた。
 以上の経緯から,上記SA予見対象事実が被告国により定められたものであること,及び,被告国及び被告東電らがシビアアクシデント対策を講ずることが可能な程度に同SA予見対象事実が具体的であることが指摘できる。
すなわち,SA予見対象事実は,日本における原子力政策の方針に関わるものとして運用されてきたのであり,これが抽象的(ないし不明確又は過度に広範)であるとの批判は当たらない。


 2 被告らがシビアアクシデント対策の必要性を認識していたこと

  (1)原子力安全委員会の決定

 シビアアクシデント対策が「原因」を問わないことは,すでに1992(平成4)年5月28日,原子力安全委員会が決定した「発電用軽水型原子炉施設におけるシビアアクシデント対策としてのアクシデントマネージメントについて」(甲C1)においても明確に指摘されている。
 「フェーズIのアクシデントマネージメントは,何らかの原因で喪失した炉心冷却等の安全機能を回復させるための様々の操作から構成される。これらの操作が的確に行われるためには,施設の状態が事象の全段階を通して把握しやすいように配慮された測定・表示・記録設備を整備するとともに,起因となる事象が容易に識別できないような複雑な事象の発生に際しても,プラント状態の表示内容に基づき,プラントを安全な状態に復帰させるために適切な操作を行えるように配慮された手順書等を整備すること,さらにアクシデントマネージメン卜の実施に携わる者の教育・訓練を実施することが重要である。」(甲C1号証3頁。下線及び太字による強調は原告ら代理人)
  (2)溢水勉強会における指摘

 ルブレイエ原発事故,マドラス原発事故等を契機として,2006(平成18)年1月から原子力安全・保安院が主催する溢水勉強会が開かれた[1]。同勉強会第1回資料には「想定を超える津波(土木学会評価超)」に対する安全裕度等について,代表プラントを選定し,以下のスタディを実施する」との記載があり(甲C46),同第2回資料には,添付資料として「想定外津波に対する機器影響評価の計画について(案)」との表題のもと「1.概要津波に対するプラントの安全性は,設計条件にて十分確保されているという考えの下,念のためという位置づけで,想定外津波に対するプラントの耐力について検討を行う。最終的には,リスクとコストのバランスを踏まえた合理的な対策を立案することを目的とするが,想定外津波に対するプラントの耐力・対策コストについて概略的なイメージを持つため,代表プラントにて確定論的な検討を行うこととする」との記載がある(甲C47)。

[1] 溢水勉強会については、「原告準備書面(4)第6」にて詳述

  (3)被告らの認識

 以上から,被告国及び被告東電ら電気事業者らが「想定外津波」が生じうることを前提に既存プラントの安全裕度を確認する必要性を認識していたことがわかる[2]。すなわち,被告らも設計基準外事象が起こることを前提とした対策の必要性を認識していたのである。
 よって,そもそも設計基準外事象であるからとの一事のみで過失責任を問えないとすることは「シビアアクシデント対策」の歴史的経緯からみて妥当ではない。
設計基準外事象を前提に重大事故の結果発生に至るシナリオを仮定し対策を講ずることは可能であり,現に行われていることだからである。

[2] 溢水勉強会を経て、被告東電は非常用海水ポンプをO.P+6.1mにかさ上げし水封化をはかるにとどまった(詳細は原告ら準備書面(4)36頁以下参照)

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第3 予見の程度

 原子力発電所の事故の予見義務,言い換えれば注意義務としてどの程度の水準が求められるか。
この点,伊方原発訴訟最高裁判決は,原子炉等規制法(当時)の原子炉設置許可基準について
「原子炉が原子核分裂の過程において高エネルギーを放出する核燃料エネルギーを放出する核燃料物質を燃料として使用する装置であり,その稼働により,内部に多量の人体に有害な放射性物質を発生させるものであって,原子炉を設置しようとするものが原子炉の設置,運転につき所定の技術的能力を欠くとき,又は原子炉施設の安全が確保されないときは,当該原子炉施設の従業員やその周辺住民等の生命,身体に重大な危害を及ぼし,周辺の環境を放射線によって汚染するなど,深刻な事態を引き起こす恐れがあることにかんがみ,右災害が万が一にもおこらないようにするため,原子炉設置許可の段階で,原子炉を設置しようとする者の右技術的能力並びに申請に係る原子炉施設の位置,構造及び設備の安全性につき,科学的,専門技術的見地から,十分な審査を行わせることにあるものと解される。」
と判示した(下線は原告ら代理人)。
 上記判示内容は,運転段階における電気事業者の技術的能力及び当該原子炉施設の安全性に関する司法審査においても妥当する。なぜならば,「原子炉の設置,運転につき所定の技術的能力を欠くとき,又は原子炉施設の安全が確保されないときは,当該原子炉施設の従業員やその周辺住民等の生命,身体に重大な危害を及ぼし,周辺の環境を放射線によって汚染するなど,深刻な事態を引き起こす恐れがあること」は原子炉の許可申請時のみならず許可後運転中においても,また,行政審査のみならず,司法審査においても共通するからである。
そしてこの判例法理を実体法に反映させるならば,電気事業者は運転中においても「右災害が万が一にもおこらないようにするため」と比喩的に表現される非常に高度な注意義務を負い,裁判所は電気事業者がこの高度の注意義務に違反したか否かの観点から司法審査を行うべきである。

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第4 津波に対する予見可能性との関係


 1 深層防護のレベルが異なること

 前述したとおり,深層防護の考え方においては,想定される津波事故は,いわゆる設計基準事象であり,深層防護レベル第3層の問題である。
 これに対し,シビアアクシデント対策は,深層防護レベル第4層の問題である。
 このように,津波対策とシビアアクシデント対策は,全く異なるレベルの問題である。そして,被告東電には,深層防護の考え方に基づく安全対策を実施すべき法的な意味での義務があったのであり,第1層から第3層までの対応だけでなく,第4層以下の対策を事前に講じることが求められていた。


 2 深層防護における二つの原則

 深層防護を有効に機能させるためには,次の(1)「階層間の独立」と(2)「前段否定の論理」の二つの考え方を理解する必要がある(甲C45)。
(1) 階層間の独立
 深層防護の各階層で、前後の階層に依存することなく最善の安全対策を尽くすべきであるという考え方である。各階層が依存して対応が不十分になると、深層防護はかえって有害に働く恐れもある。
(2) 前段否定の論理
 各階層で最善を尽くして完璧に近い防護対策がなされているところに、あえて防護対策が破られると仮定し、防護対策を講じるべきであるという考え方である。
 階層間の独立という考え方の帰結として,発生することが予見される津波に対して対策をしていることはSA対策をしないことの理由とはならないこととなる。
 また,前段否定の論理の帰結として,また,津波対策が十分になされていたとしても,SA対策を行うべき義務に消長を来すことはないこととなる。


 3 民法709条との関係

 想定できないものを予見の対象とすることは,従来の民法不法行為法の原則に照らして論理矛盾との指摘が予想されるので,予めその点について主張する。
 「予見可能性」とは,単なる事実ではなく,法的な義務を前提にしたところのすぐれて法的な評価である。「予見義務」も,事実ではなく法的判断ないし評価である。
 予見義務の判断については,問題となる加害行為の危険性と相関的な関係があるのであり,原発のように極めて高い危険性を有する設備を運用する場合,高度の予見義務が課されるのは当然である。
 その意味で,全世界的にみて,現実に想定外の事故が数多く発生しているという事実から,被告東電においては,自らが運用する原発についても,原因を問わずシビアアクシデントが生じることを予見すべき義務があり,そのことによる結果を回避すべき義務がある。
 したがって,本件においても,被告東電には,SA予見対象事実について予見義務が課される。
 なお,設計基準事象自体が自然科学的に予想される事象とは合致しないことには留意される必要がある。例えば地震動について言えば,予想される地震動の3倍の強度を持たせるようにする等,そもそも発生することが予見される地震をベースにそれを超える安全性確保(安全裕度)という観点から設計を行っているのである。
 これは自然科学的に予想される事象を超える事象を予見すべき義務,ひいては結果回避の義務を原発事業者に課しているみることができる。

以 上


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