TOP    裁判資料    会報「原告と共に」   げんこくだより   ブログ   リンク

★ 準備書面(8) ―シビアアクシデント対策― 
 第3 知見の進展 
平成26年11月6日

目 次(← 準備書面(8)の目次に戻ります)

第3 知見の進展
 1 概要
 2 海外の知見(PSAの進展)
 3 国内の設計基準を超える外部事象の事例
 4 溢水勉強会の知見



第3 知見の進展


 1 概要

 通産省通達を受けて,被告東京電力が実施したAMは,過酷事故の原因事象をもっぱら内的事象に限定したものであり,自然災害などの外的事象への対応は,AMの対象外とされていた。
 平成22年時点においても,電気事業連合会は,「外的事象の評価は,内的事象の評価に比べ不確実さが大きいため」という理由で,外的事象を対象とするPSAを先送りしている(甲A1―110頁:国会事故調)。規制庁においても,原子力安全委員会委員長班目春樹氏(事故当時)は,「(確率論的な考え方を取り入れる国際的な安全基準に対して,日本の安全基準は)全く追いついていない。ある意味では,30年前の技術か何かで安全審査が行われている実情があります。」と述べ,日本の安全審査の遅れを自認している(甲C32-6:国会事故調第4回議事録)。
 他方,海外においては,外的事象に対応したPSA手法が進展した。また,海外において外的事象に起因する事故が相次いだ。これらの情報から,日本における知見は深まっていたにもかかわらず,外的事象についてのPSAは実行されず,したがって,外的事象を想定したSA対策(SBO対策を含む)は具体化しなかった。


 2 海外の知見(PSAの進展)

  (1) 米国における知見の進展(甲C2-51頁〜)

[甲A1-110:国会事故調]【図省略】

  ア 米国におけるPSAの進展
 世界で最初のPSAは,昭和50年(1975年),米国のWASH-1400報告「原子炉安全研究(RSS:Reactor Safety Study)」である。
 その後,米国では,TMI事故後のシビアアクシデント研究の成果を取り入れて,NUREG-1150が実施された。これは,加圧水型プラント3機,沸騰水型プラント2機を対象として,RSSの結果を改訂することを図ったものである。NUREG-1150では,外部事象(ここでは火災と地震)についても,PSAを行い「地震や火災に起因する炉心損傷は,内的事象に比べて決して小さくはない」と報告している(甲C2―57)。
 その後,NRC(米国原子力規制委員会)は,昭和60(1985)年に「シビアアクシデント政策声明書」(50FR32138)を公表した。この政策声明書においては,既設の原子力発電所に対しては直ちに新たな規制措置を講じる必要はないとしながらも,(1)今後,必要があれば規制措置を講じること,(2)既設の全原子力発電所について個別プラントごとの解析を実施することが示された。SAに対する脆弱性を把握するため,昭和63(1988)年に内的事象を対象とした個別プラントのごとの解析(IPE:Individual Plant Examination)の実施を事業者に要請し平成4(1992)年に終了する。
 また,NRCは,平成3(1991)年に地震等の外的事象を対象とした個別プラントのごとの解析(IPEEE:IPE for External Events)の実施を事業者に要請し,1996年に終了する。IPEEEの実施により,シビアアクシデントの原因として,地震と溢水などの複合原因の相互作用が問題となることが判明した。

「近年のPSA技術の進歩」と題する表(平成7年時点)
[甲C2-52:「原子力発電所のシビアアクシデント-そのリスク評価と事故時対処策-」]【図省略】

 △ページトップへ

  イ 平成13(2001)年同時多発テロ後の規制「B.5.b」
 平成13(2001)年の同時多発テロを受け,平成14(2002)年2月,NRCは,事業者に対し,暫定保障措置命令(Order for Interim Safeguards and Security Compensatory Measures)を発出した(甲A3-326頁)。
 上記命令の第「B.5.b」節は,設計基準を超えた航空機衝突を含め,あらゆる要因による大火災や大爆発により,施設に大きな損傷を受けた場合に対処するため,炉心冷却,格納容器閉じ込め機能,使用済燃料プールの冷却能力を保ち又は回復するために,容易に利用可能なリソースを使った緩和方策を採用するよう要求するものであった(甲A3-327頁)。なお,テロ対策であることから,「B.5.b」は,平成15年当初公開されなかった。

[甲C15-21頁:原子力安全保安院発電用軽水型原子炉施設におけるシビアアクシデント対策規制の基本的考え方に係る意見聴取会(第1回)の配布資料2より引用]【表省略】

 平成18(2006)年3月,青山伸原子力安全・保安院審議官らが,NRCを訪問し,原子力発電所に対する航空機衝突に係る米国の取組の聴取りを行い,保安院は 平成19(2007)年1月の訪問時にNRCより資料[33]を入手したが,他の機関には伝えなかった(甲A3:政府事故調326頁)。

[33] 但し,B.5.b本文等の資料そのものではない(甲A3-327:政府事故調)。

  ウ 被告東電は,「B.5.b」の内容を知り得た
 では,被告東電は,「B.5.b」の内容を知り得たか。
 この点,被告東電は,総括文にて,「運転開始後にも米国のテロ対策(B.5.b)に代表される海外の安全性強化策や運転経験の情報を収集・分析して活用」しなかったこと」を反省し(甲A5-6頁),「米国のテロ対策(B.5.b)は,テロ対策という性格から公式には情報が公開されていなかったが,注意深く海外の安全強化対策の動向を調査していれば,気づくことができた可能性があった」とのべ,「B.5.b」の規制内容を知り得た契機として,具体的に以下の5点を指摘している(甲A6-「1-1」頁)。

 (1) 米国議会における使用済燃料プールのリスク論争
 (2) NRC SOARCAプロジェクト
 (3) EPRI/ASMEの関連研究
 (4) ICM等の法制化の動向
 (5) EUR

 (1)は,同時多発テロ後の,テロ攻撃による燃料プールの水が喪失した場合についての議論である。2006年,議会の要請を受けた研究評議会(National Research Council)は,米国の燃料プールはテロ攻撃及び壊滅的火災に対して脆弱であると報告した。また,同報告書は,「プールが深刻な被害を受けた場合でも,緊急水噴霧による冷却が可能である(emergency water spray systems)」と報告[34]した。これは,「B.5.b」の内容の1つである。

 (2)は,米国原子力規制委員会における最先端技術に基づく原子力災害解析SOARCA[35](State-of-the-Art Reactor Consequence Analyses)の研究であり,平成23(2011)年夏にNUREG-1935として公開された。同報告によれば,地震起因のSBOでは水素がMark-I型のトップヘッドフランジ(沸騰水型軽水炉の格納容器本体とその上蓋の合わせ面)から漏洩し,建屋内で燃焼するが,B.5.b対策により回避できるとされた。これは,水素爆発を起こした本件事故の機序をすでに解析していたものと評価できる。
 同研究は,平成19(2007)年より開始されており,被告東電は,同研究成果について,「NRCのHPでも部分的に公開されていた(注意していれば気付いたかもしれない。)」として,本件事故前に,「B.5.b」の内容を知り得た契機としている。

(3)は,米国電力中央研究所EPRI(The Electric Power Research Institute ),及び,米国機械学会SME(The American Society of Mechanical Engineers)における研究のことである。被告東電は,同時多発テロ後に公表された,上記機関の関連レポートにより,米国における対策を知り得たと述べる。
一例として,米国電力中央研究所が平成16(2004)年4月に公開した,セキュリティの確率解析の報告(Probabilistic Consequence Analysis of Security Threats-A Prototype Vulnerability Assessment Process for Nuclear Power Plants, 1007975, Final Report, April 2004[36])によれば,テロ事件後,米国電気事業者が4億ドルの追加セキュリティ対策をおこなったこと,確率論的安全評価の重要性を報告している。

 (4)は,米国における,暫定防護・安全補償措置ICM (Interim Safeguards and Security Compensatory Measures) が法制化されたことを指す。
 平成20(2008)年4月10日付け官報において法律案[航空機脅威通報への対応と火災及び爆発に対する緩和措置要件]10CFR50.54(hh)が,提案された(後述)。同法は,B.5.bの要求事項を規制化したものであり,これに着目すれば,「B.5.b」の内容を知る契機となりえた。

 (5)は,平成13(2001)年4月改訂の,欧州における,軽水炉発電所使用者への要求事項「EUR(European Utility Requirements)」である。同要求は,2001年4月改訂Cの時点で,すでに,可搬式機器を使ったAMを考慮済みであると報告されている。被告東電は,この事実も,事故前に可搬式設備に着目すべき契機であったと位置づけている。

 従って,被告東電自ら,米国等での議論を通じ,「B.5.b」そのものは知り得ないが,「B.5.b」と同様の規制内容を知り得たことを認めている。

 また,この「B.5.b」の内容は,平成19年9月,米国NRCの航空機衝突の影響評価として,セキュリティ規制案に反映され公開された。平成21年3月,同内容をふまえ,セキュリティ規制案を,原子力の安全確保の要件としても位置付けた(上記(4))。当該要件においては,爆発や火災によってプラントが大きく損傷した状況下において,炉心冷却,格納容器閉じ込め機能,使用済燃料プールの冷却能力を保ち又は回復することを目的とした準備として,(1)消火活動,(2)燃料損傷緩和策,(3)放射線放出を最小限に抑えるための措置,の三つに分類される14点[37]を考慮した方策が要求された。
 従って,福島第一原発事故当時,「B.5.b」そのものは公開されていなかったが,「B.5.b」同様の規制内容は公開されており,被告らは,その内容を容易に知り得た(甲A3-327,328頁)。

[34] http://www.nap.edu/catalog.php?record_id=11263
[35] http://www.nrc.gov/about-nrc/regulatory/research/soar.html 平成22年10月ドラフト版発行。
[36] http://www.epri.com/abstracts/Pages/ProductAbstract.aspx?ProductId=000000000001007975
[37] (1)としては,事前に調整済みの火災時対応方針と手引,相互に融通できる消火用資材の評価,設備・資材の待機場所の指定,指揮統制の系統,対応要員の訓練が,(2)としては,人員の保護と利用,通信環境,延焼の最小化,統合火災対応策を実施するための手順,容易に利用可能で事前に設定された機器の確認,統合火災対応策の訓練,使用済み燃料プールにおける影響緩和が,(3)としては,水スプレーによるスクラブ,現場対応員の被ばく線量が列挙されている。

  エ 「B.5.b」規制による結果回避の可能性について

  (1) NRCの元委員長 Nils J. Diaz 氏らの発言(甲A3-329,330頁)
 平成23年10月に開催された第19回原子力工学国際会議(ICONE-19) において,NRCの元委員長である Nils J. Diaz 氏は,講演にて,
「もし仮に,日本でB.5.b 型の安全性強化策を効果的かつタイムリーに実施していれば,福島第一原子力発電所の運転員が直面した事態は軽減されていたであろうし,とりわけ,SBO並びに炉心及び燃料プールの冷却への対処がなされていたであろう」旨発言した。
 また,この発言を受けて,平成16年より原子力委員会委員長をつとめた近藤駿介氏は,政府事故調のヒアリングに対して「Nils J. Diaz氏の発言が本当なら,大事故が防げたかもしれないが,米国の B.5.b について,昨年(2011(平成 23) 年)のNRCの委員会会合で,米国は日本を含む国々に考え方を伝えたとの発言があったので,関係者に聞いたところ保安院に伝えたと分かった。」,「保安院は,あの情報を入手したら,原子力安全の人とちゃんと共有し,安全の立場から見ても利益のある追加対策を使用済燃料プール等に施しておく,少なくともそういう観点からの取扱いをどうするのがよいか内部で協議するべきだったのではないか」と述べた。
 さらに,原子力安全委員会委員長班目春樹氏(事故当時)は,第4回国会事故調査委員会(平成24年2月15日)において,「B5bなんかに至っては,安全委員会は全く知らなかった。今回初めて知って,ああ,これをもっとちゃんと読み込んでおくべきだった。」,「(核セキュリティ-の話は…)安全委員会の所掌ではなくて原子力委員会の所掌で,安全委員会は(情報の伝達を受けなかった)」旨述べている(甲C32-6:国会事故調第4回議事録)。
 以上の事実から,「B.5.b」が指摘する対策を実施していれば,事故を防ぎ得たこと,及び,保安院が「B.5.b」内容を把握していたことがわかる。

  (2) 被告東電の総括(甲A5-6頁)
 被告東電は,事故後の総括文の中で,以下の通り述べ,「B.5.b」に示された対策を行えば事故を(少なくとも)緩和できた可能性を認めている。
「米国では9・11テロ以降,2002年に米国原子力規制委員会(NRC:Nuclear Regulatory Commission)よりテロ対策を実施するよう命令が出された。今回の事故対応において現場で緊急に行われた消防車による注水,仮設バッテリーによる水位計や主蒸気逃がし安全弁の機能回復等の作業は,テロ対策で要求された対策と極めて類似したものであった。したがって,もし当社においても予め同様の対策が実施されていれば,事故の進展を少しでも緩和できた可能性がある(甲A5-12)。」
 △ページトップへ

  (2) IAEA(国際原子力機関)の安全指針

 平成21(2009)年に発行されたIAEAの安全指針NS-G-2.15「原子力発電所のシビアアクシデント計画」(甲C16 同安全指針の策定前の安全基準案はDS385としてコード化されていたため,同安全基準案については,以下「DS385」という)においては,「外部事象を考慮すべき」「外部事象のAM資源(水源等)に対する影響を考慮すべき」「外部及び内部の人為事象を考慮すべき」として,停止時,及び,低出力時を含む内的事象並びに外的事象の全事象を含み,また,使用済燃料プールにおける燃料損傷事故に対するAM整備を求めている。
 DS385は,平成17(2005)年5月の第19回NUSSC[38]会合,同年6月の第17回CSS[39]会合において,安全基準策定計画が承認され,その後,平成20(2008)年9月の第24回CSS会合において承認された。
 NS-G-2.15を含む「IAEA安全基準シリーズ」[40]は,日本においても国際的な整合性を取りつつ,統一のとれた規制を推進していく上で参考とすべき文書であり,その策定に関しては日本(担当機関は,原子力安全・保安院)も立案段階から参画している。DS385に関しては,平成19(2007)年3月,国内検討会である,第4回IAEA国際安全基準検討会[41]を開催し,NUSSC会合に向けた対処方針案,及び,コメント案の検討を行った(甲A3-301,319,320頁)。
 従って,被告国は,遅くとも平成17年には,国際基準として外的事象を考慮したAM整備が議論されていたことを認識していた。

[甲C16-8頁:NS-G-2.15]【図省略】

[38] IAEAの原子力安全基準委員会
[39] IAEAの安全基準委員会
[40] IAEAが策定する原子力安全基準文書
[41] 「IAEA国際安全基準検討会」は,独立行政法人原子力安全基盤機構が主催し,原子力安全委員会,文部科学省,原子力安全保安院,国土交通省が参加し,立案段階から関与する(甲A3-301,302頁)。

  (3) 国外における外部事象を起因とする事故の発生

 福島第一原発事故発生までに,国内外において,外部事象起因の過酷事故の予兆となる事故が発生していた。これらは,被告らに,外部事象を原因とするシビアアクシデント対策(規制)の必要性を予見させる契機となる事実である。
 また,被告東電は,以下のフランス,台湾,及び,インドの原発事故を契機として,SA対策を実施すれば,福島第一事故を(少なくとも)緩和できた可能性があると総括した(甲A5-13頁)。

  ア 平成11(1999)年12月 フランス・ルブレイエ原発電源喪失事故
 平成11(1999年)12月,ルブレイエ原子力発電所において,洪水による電源喪失事故が起きた(INESレベル2の事故)。
 ルブレイエ原子力発電所は,ボルドー地方ジロンド河口に位置し,当時4プラント中3プラントが稼働中であった。平成11年12月27日から28日夜にかけて,強い低気圧による吸い上げと非常に強い突風(約56m/s)による高波が, 満潮と重なり,ジロンド河口に波が押し寄せた。波により堤防内は氾濫し,原子力発電所の一部が浸水した(侵入水量約100,000m3)。風と波の方向から,1号機と2号機が洪水の影響を最も受け,3号機と4号機は内部に僅かの水が浸水した。洪水の影響により,全号機の225kV補助電源が24時間喪失し,2号機と4号機の400kV送電網が数時間喪失した。400kV送電網が復旧するまで,ディーゼル発電機による非常用電源が正常に供給された。
 平成19(2007)年,JNESが行った,ルブレイエ原子力発電所の電源喪失事例についての事故解析には,日本においても,「外部事象(津波)による溢水,及び,内部溢水の両方に対する施設側の溢水対策(水密構造等)の実態を整理しておく必要がある」との記載がある(甲C17[42])。
 しかし,かかる海外事例からの教訓は,国内(溢水勉強会)で検討されたにもかかわらず,規制内容に反映されなかった。(原告準備書面(4)「溢水勉強会」の項を参照)
 被告東電は,同事故に関し,「洪水防止壁は最大潮位を考慮していたが,これに加わる波の動的影響を考慮していなかったために防止壁が押し流されたことが原因であり,国内の施設の設計では津波,高潮等について最も過酷と考えられる条件を考慮していることを確認していた。この分析では,事故が生じた原因のみに着目し,洪水が全電源喪失を容易に引き起こすという結果,そしてどのような対策が実施されたのかに着目していなかった」と総括している(甲A5-13)。

[42] 同事故解析には,複数の版があり,上記の記載があるのは,「34-2-2」版,「35-5-2」版,「37-2-3(甲C17)」版

  イ 平成13(2001)年3月 台湾第三(馬鞍山)原発の電源喪失事故
 平成13(2001)年3月18日 台湾第三原子力発電所(以下「馬鞍山原子力発電所」という)は,塩霧害を原因とする送電線事故により外部電源喪失事故が発生し,更に非常用ディーゼル発電機の起動失敗が重なったため,全交流電源喪失事故となった(甲C18)。
 原子力安全委員会は,平成13(2001)年7月,上記全交流電源喪失事故について検討を行ったが,同事故が外部事象を原因とするSBOの事例であるにも拘わらず,日本におけるSBO対策の対象に,外部事象に起因するSBOを含めることには繋がらなかった。また,原子力安全委員会,及び,原子力安全・保安院は,被告東電に対し,同事故の検討・確認を指示したが,被告東電は,同事故に関し,「適切に点検・保守管理を行なっていることから,同様の事態が発生する可能性は極めて小さく,また発生しても早期に対応可能」として検討を終了し,安全委員会らもその内容を了承した。
 被告東電は,総括文において,同事例において「事故が生じた原因のみに着目し,全交流電源喪失が生じた場合の影響や採られた対策に着目しなかった。背後要因も,ルブレイエ原子力発電所の分析結果と同様である。」と総括している(甲A5-14頁)。

  ウ 平成16(2004)年12月 インド・マドラス原発事故
 平成16(2004)年12月,スマトラ沖津波が原因で,インド・マドラス原子力発電所の非常用海水ポンプが浸水し運転不能になった。
 しかし,被告東電は,同事故が海水ポンプを除いてプラント被害がなく,INESレベル0であることから,検討の対象としなかった。
 被告東電は,総括文において,『当時「原子力発電所の津波評価技術」による津波高さの評価結果が十分保守性を有していると考えていたため直ちに対策は実施されず,長期的な対応としてポンプ・モーターの水密化の検討に取り組んでいた。しかしながら,本情報については海水ポンプの機能喪失という原因だけへの対策ではなく,最終ヒートシンクの喪失という結果への対策という観点から着目すべき事故であった。』と総括した(甲A5-14)。

 △ページトップへ

 3 国内の設計基準を超える外部事象の事例

 以下,日本国内において,設計基準を超える外部事象により原子炉が自動停止をした事例[43]について述べる。これらは,被告国及び被告東電が,外部事象によるシビアアクシデント対策の契機とすべき事例である。

[43] 志賀原発は,地震時には点検のため停止中であった。

  (1) 平成17年8月16日宮城県沖地震(東北電力女川原発)

 平成17年8月16日に発生した宮城県沖地震の影響で,東北電力女川原子力発電所(宮城県牡鹿群女川町所在)は,設計基準を超える地震動により,1,2及び3号機が自動停止した。
 同地震は,設計基準を超える外部事象であり,被告らが,外部事象に起因するシビアアクシデント対策の契機とすべき事例である。

[甲C19:女川原子力発電所における宮城県沖の地震時に取得されたデータの分析・評価及び耐震安全性評価について(報告)添付資料より]【図省略】

  (2) 平成19年3月25日能登半島沖地震(北陸電力志賀原発)

 平成19年3月25日能登半島沖地震(マグニチュード6.9)が発生し,志賀町では震度6弱を記録した。当時志賀原子力発電所1,2号機はともに点検のため停止中であったが,長周期側[44]の一部の周期帯で基準地震動を超える地震動が記録された(甲C29:北陸電力株式会社「能登半島地震を踏まえた志賀原子力発電所の耐震安全性確認に係る報告について」)。
 同地震も,設計基準を超える外部事象であり,被告らが,外部事象に起因するシビアアクシデント対策の契機とすべき事例である。

[甲C29-4頁]【図省略】

[44] 地震波には様々な周期の波が含まれており,短周期の波もあれば長周期の波もある。長周期地震動は,地震発生時に約2-20秒周期で揺れる震動のことである。

  (3) 平成19年7月16日新潟中越沖地震(東京電力柏崎刈羽原発)

 平成19年7月16日新潟中越沖地震(マグニチュード6.8)が発生し,この地震動により,東京電力柏崎刈羽原発の運転中の3,4,7号機及び起動中の2号機が自動停止した。この際,設計時の加速度値を超える地震動が記録された。

[甲C20:「新潟県中越沖地震を踏まえた 原子力安全・保安院の対応」より]【図省略】

 柏崎刈羽原発は,同地震の際,発電所対策本部を設置する予定であった事務本館が損壊する被害を受けたため,しばらくの間,発電所対策本部を事務本館内に設置することができず,事務本館の外で緊急時対応を行わざるを得なかった。また,発電所内変圧器で火災が発生した際,その消火に長時間を要する事態となった。
 被告東電は,かかる柏崎刈羽原発における教訓から,平成20年2月までに,福島第一原発に,化学消防車2台,及び,水槽付消防車1台を配備するとともに,防火水槽を複数箇所に設置し,平成22年6月には, 福島第一原発の各号機のタービン建屋等に消火系につながる送水口を増設した。
 さらに,平成22年7月頃,発電所対策本部を設置する緊急時対策室を事務本館から免震重要棟に移転させた。免震重要棟は,災害発生時等に発電所対策本部を設置する建物で,震度7クラスの地震が発生しても初動対応に必要な設備の機能を確保できるよう,地震の揺れを抑える免震構造を採用した。
 しかし,被告東電は,以上のような水平展開を実施したが,かかる受動的な対策を超えて,あらゆる不測の事態の想定に努め,かかる不測の事態に備えるための積極的かつ継続的な AM 策の充実化等の取組を行ってはこなかった(甲A2-438頁:政府事故調中間報告)。

  (3) 新潟中越沖地震を経ての被告東電の外部事象に対する認識

 政府事故調査委員会によれば,新潟中越沖地震後の被告東電の認識は,以下の通りである。同地震が外部事象に起因するシビアアクシデント対策の契機であったにもかかわらず,被告東電が,漫然これを怠ったことがわかる。
 武藤栄顧問(取締役副社長兼原子力・立地本部長等を歴任),小森明生常務取締役(元原子力・立地副本部長(原子力担当)(以下「小森常務」という。)及び,吉田昌郎福島第一原発所長(元原子力設備管理部長)(以下「吉田所長」という。)を始めとする幹部や耐震技術センターのグループマネージャーらは,「設計基準を超える自然災害が発生することや,それを前提とした対処を考えたことはなかった。」旨述べたが,設計基準を超える自然災害が発生することを想定しなかった理由について明確な説明をした者はおらず,「想定すべき外部事象は無数にあるので,外部事象を想定し始めるときりがない。」旨供述した幹部もいた。吉田所長は,「平成19年7月の新潟県中越沖地震の際,柏崎刈羽原発において事態を収束させることができたことから,ある意味では設計が正しかったという評価になってしまい,設計基準を超える自然災害の発生を想定することはなかった。」旨述べており,かかる供述は,東京電力において,設計基準を超える自然災害が発生することを想定した者がいなかったことの一つの証左といえる。
 (甲A2-438,439頁:政府事故調中間報告)

 △ページトップへ

 4 溢水勉強会の知見

 保安院,及び,原子力安全基盤機構(JNES)は,平成18年1月,「溢水勉強会」を立ち上げ,内部溢水及び外部溢水に関する原子力施設の設計上の脆弱性の問題を検討した。この点,詳細は原告ら準備書面(4)で述べたので,以下,必要な限度で再論する。
 平成18年5月11日,溢水勉強会にて,被告東京電力は,代表プラントとして選ばれた福島第一原発5号機について,第5号機の敷地高さO.P.+13mよりも1メートル高い,(1)O.P.+14m,及び,設計水位であるO.P.+5.6mとO.P.+14mの中間である,(2)O.P.+10mを,津波水位と仮定し,津波水位による機器影響評価を報告した(甲B18:溢水勉強会第3回での東電報告書)。
 被告東電は,この報告書にて,O.P.+14mの津波,すなわち5号機の敷地高を超える津波が生じた場合には,海側に面した,T/B(タービン建屋)大物搬入路,及び,S/B(サービス建屋)入口から海水が浸水し,非常用海水ポンプが使用不能に陥ることを報告した。(非常用海水ポンプが使用不能になれば,原子炉を冷却できなくなり炉心損傷(メルトダウン)に至る。)
 また,この場合,T/Bの各エリアに浸水し,電源設備の機能を喪失する(全電源喪失)可能性があること,さらに,電源の喪失に伴い,原子炉の安全停止に関わる電動機,弁等の動的な機器が機能を停止すると報告した。
 以上の事実から,被告国,及び,被告東電は,外部事象(津波)に起因するSBO,及び,SA対策の必要性を認識していた。

 △ページトップへ

原発賠償訴訟・京都原告団を支援する会
  〒612-0066 京都市伏見区桃山羽柴長吉中町55−1 コーポ桃山105号 市民測定所内
   Tel:090-1907-9210(上野)  Fax:0774-21-1798
   E-mail:shien_kyoto@yahoo.co.jp  Blog:http://shienkyoto.exblog.jp/
Copyright (C) 2017 原発賠償訴訟・京都原告団を支援する会 All Rights Reserved. すべてのコンテンツの無断使用・転載を禁じます。