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★ 京都地方裁判所 判決書
 事実及び理由 第2章 事案の概要等 
(2018年3月15日)

事実及び理由

第2章 事案の概要等

【目 次】(判決書の目次のページに戻ります)

 第1節 事案の概要
 第2節 前提事実
 第3節 本件における主たる争点
 第4節 当事者の主張



 第1節 事案の概要

 以下,略語又は説明の必要な用語を使用する場合の各略語又は各用語の意味は,別紙略語・用語一覧表記載のとおりである。ただし,初出の場合など,理解のため併せて正式名称を用いる場合がある。

第1 本件は,平成23年3月11日,被告東電が設置し運営する福島第一原子力発電所(福島第一原発)1~4号機において,東北地方太平洋沖地震(本件地震)及びこれに伴う津波(本件津波)の影響で,放射性物質が放出される事故(本件事故)が発生したことにより,原告らがそれぞれ本件事故当時の居住地(本件事故後出生した者については,その親の居住地。以下同じ。)で生活を送ることが困難となったため,避難を余儀なくされ,避難費用等の損害が生じたとともに,精神的苦痛も被ったと主張して,原告らが,被告東電に対しては,民法709条及び原賠法3条1項に基づき,被告国に対しては,国賠法1条1項に基づき,それぞれ損害賠償を求める事案である。

第2 原告らは,被告東電に対して,本件事故に関し,被告東電に過失があったと主張しており,被告東電の過失は,原賠法によっても排除されない民法709条の不法行為責任の要件であるとともに,慰謝料の増額事由に当たるものと位置づけている。その過失の内容は次のとおりである。すなわち,被告東電は,①平成14年頃,遅くとも平成20年3月頃の時点においては,大規模地震や津波の最新の知見を得ており,地震や津波による原発事故の発生を予見し,又はその予見が可能であったにも関わらず,地震及び津波対策を怠ったこと,②平成14年頃までには,大規模災害等による全電源喪失事故の発生を予見すべきであったにもかかわらず,これを怠り,シビアアクシデント(SA,過酷事故)への対策を行う義務を怠ったことであり,これら義務違反により,本件事故は発生した。
 また,被告国に対しては,原告らは,公権力の行使に当たる公務員である経済産業大臣に,権限不行使の違法な行為があったと主張している。その違法行為の内容は,次のとおりである。すなわち,被告国は,①平成14年の時点,遅くとも平成20年3~6月頃までの間に,地震又は津波による原発事故の発生を予見可能であり,それを踏まえれば,福島第一原発は安全性が欠如した状態であったのであるから,電気事業法40条に基づき技術基準適合命令を発し,又は炉規法に基づいて一時的に運転停止させる等の対策をとるべきであったにも関わらず,同原発の不適合状態を放置して規制権限を行使しなかったこと,②上記の頃までには,大規模災害等による全電源喪失事故の発生を予見可能であったのであるから,電気事業法に基づく省令制定権限を適切に行使して,事業者である被告東電に対し,SA対策を行うよう義務付けをすべきであったにもかかわらず,その制定を怠って規制権限を行使しなかったこと,又は電気事業法に基づく行政指導権限を適切に行使して,電源対策の整備等を行うよう指導すべきであったにも関わらず,これを行使しなかったことであり,これら違法行為により,本件事故は発生した。

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 第2節 前提事実

 以下は,当事者間に争いがないか,証拠(特記しない限り,枝番号・孫番号を全て含む。以下,同様である。)及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実である。そのうち,個別の証拠番号を付さない事実については,当事者間に争いがない事実である。


  第1 当事者

1 原告らは,本件事故により,自ら(本件事故後に出生した者も含む。)が,福島県のほか,宮城県,栃木県,茨城県及び千葉県における本件事故当時の各居住地から京都市等に避難したか,又は,同居していた家族が,上記各居住地から上記同様に避難した者らである。(弁論の全趣旨)

2 被告東電は,電気事業等を営み,平成28年4月1日まで,東京電力株式会社の商号を使用していた株式会社である。福島第一原発の各原子炉の設置許可を受けた者であり,原賠法の原子力事業者に当たる(原賠法2条3項)


  第2 福島第一原発の概要

   1 位置及び発電量等

 福島第一原発は,福島県双葉郡大熊町及び同郡双葉町の境で,同県いわき市の北約40km,同県郡山市の東約55km,福島市の南東約60kmに位置し,その東側は太平洋に面している。敷地は海岸線に長軸を持つ半長円状の形状となっており,敷地全体の広さは約350万m2である。もともと35mの丘陵をO.P.(小名浜港工事基準面)+10mに切り下げている。また,福島第一原発は,被告東電が初めて建設・運転した原子力発電所であり,合計6基の沸騰水型原子炉(BWR)が設置されている。昭和46年3月に1号機の運転を開始し,本件事故当時,1号機から6号機までの総発電量が469万6000KWとなっていた。なお,平成22年3月未時点の日本国内の原子力発電所(全54基)の総発電量は合計4884万7000KWであった。
(甲Al・83頁,甲A2・本文編9頁・資料II-3,丙A16・131頁)

   2 発電及び安全確保の仕組み

 福島第一原発に設置されている沸騰水型原子炉(BWR)は,原子炉の中で直接蒸気を発生させ,発生した蒸気をタービンに送り,タービンを回転させ,そのタービンの回転が発電機に伝えられることにより発電が行われるという仕組みとなっており,減速材や冷却材として軽水(普通の水)を使用している。
 原子炉には,強い放射能をもつ放射性物質が存在することから,何らかの異常・故障等によって,放射性物質が施設外へ漏出することのないよう,①異常を検出して原子炉を速やかに停止する機能(止める機能。原子炉の緊急停止等),②原子炉停止後も発熱を続ける燃料の破損を防止するために炉心の冷却を続ける機能(冷やす機能。給水系,注水系等),③燃料から放出された放射性物質の施設外への過大な漏出を抑制する機能(閉じ込める機能。原子炉圧力容器,格納容器,建屋の三重構造等)が備え付けられている。
(甲A2・本文編11~14頁・資料II-2,丙A16・19~26頁)

   3 原子炉の設置許可・運転開始時期

 福島第一原発1~4号機の設置許可処分又は変更許可処分は,以下のとおりなされ,その後各機の運転開始がなされた。
  1. 1号機 昭和41年12月1日設置許可処分 昭和46年3月運転開始
  2. 2号機 昭和43年3月29日変更許可処分 昭和49年7月運転開始
  3. 3号機 昭和45年1月23日変更許可処分 昭和51年3月運転開始
  4. 4号機 昭和47年1月13日変更許可処分 昭和53年10月運転開始
 そのほか,5号機は昭和53年4月に,6号機は昭和54年10月に,それぞれ運転を開始した。
 本件事故により,放射性物質が放出された1~4号機は,それぞれの設置変更許可処分の前に,敷地が標高約10mであり,潮位がO.P.+3.1m(1960年のチリ地震時)が最高値であることなどを立地条件として,原子炉安全専門審査会の審査を受け,原子炉の設置にかかる安全性は十分確保し得ると認められていた。
(甲A2・資料II-1,丙A26~29,弁論の全趣旨)

   4 施設の配置,敷地及び設備

(1) 福島第一原発の各号機は,原子炉建屋(R/B),タービン建屋(T/B),コントロール建屋(C/B),サービス建屋(S/B),放射性廃棄物処理建屋等から構成されており,これらの建屋のうち一部については,隣接プラントと共用となっている。各施設の位置等は,別紙1「福島第一原子力発電所配置図」のとおりである。
 原子炉格納容器を格納する原子炉建屋及びタービン建屋の敷地高さは,1~4号機は各O.P.+10m,5,6号機は各O.P.+13mである。各号機の取水のための海水ポンプが設置されている海側部分の敷地高さは,いずれもO.P.+4mである。

(2) 前記「冷やす機能」(給水系,注水系等)は,何らかの異常・故障等によって,放射性物質が施設外へ漏出することのないよう,炉心の冷却を続ける機能であって重要であるが,福島第一原発では,冷却設備の駆動源には,原子炉運転中は所内発電,同運転停止時は外部からの交流電源又は隣接号機の主発電機(併せて外部電源),外部電源が停止した場合は,非常用ディーゼル発電機(非常用D/G)としていた。
 非常用ディーゼル発電機は,1~4号機の場合,タービン建屋地下1階(O.P.+1.9m,2m,4.9m)又は共用プール1階(O.P.+10.2m)に設置されており,敷地高よりも低いか,又はほぼ同等であった。5号機は,タービン建屋地下1階(O.P.+4.9m),6号機は原子炉建屋地下1階(O.P.+5.8m),ディーゼル発動機建屋1階(O.P.+13.2m)にそれぞれ設置されていた。非常用ディーゼル発電機の多くは,いずれも海水を利用して機関の冷却を行う構造(水冷式)になっており,海水を取り込むための非常用海水ポンプが海側エリアに設置されており,その設置場所の敷地高は,O.P.+4.0mであった。
 外部電源及び非常用ディーゼル発電機の電力は,高圧電源盤(M/C),低圧電源盤(P/C,MCC)を経由して,各機器に供給される仕組みであった。通常運転時に使用される設備に接続される「常用」,隣接号機への送電に用いられる「共通」,非常用ディーゼル発電機からの電力が供給される「非常用」の3種類があり,各号機の電源盤のほとんどが,地下1階又は1階に設置されていた。
 なお,電源には,上記のほかに,直流電源がある。非常用の注水系の一つであり,高低温差を利用する非常用復水器(IC)の電動弁等に用いられていた。
(甲A2・本文編25~34頁,資料II-12,II-21,甲A3・本文編111~113頁,乙B3の2・添付8-6(1))

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  第3 本件事故に至る経緯

   1 地震の発生,津波の到達

 平成23年3月11日午後2時46分,牡鹿半島の東南東約130kmを震源とするM9.0の地震(本件地震)が発生した。Mt(津波マグニエチュード)は9.1であった。本件地震の震源域は,岩手県沖から茨城県沖に及び,長さは約450km,幅は約200kmとされる。本件地震は,複数の震源域が連動して発生し,日本国内で観測された最大の地震,世界でも観測史上4番目の規模の地震であった。
 本件地震に伴う津波(本件津波)が,平成23年3月11日午後3時27分頃及び同日午後3時35分頃,福島第一原発に到達し,その後も断続的に到達した。本件津波により,福島第一原発1~4号機海側エリア及び主要建屋設置エリアはほぼ全域が浸水した。1~4号機主要建屋設置エリアの敷地高はO.P.+10mであるところ,同エリアの浸水高はO.P.+約11.5~15.5m(浸水深約1.5~5.5m)であった。

   2 1号機の状況

 1号機の原子炉は,本件地震発生時,運転中であったところ,本件地震のため,自動的に緊急停止(原子炉スクラム)した。本件地震によって,発電所側受電用遮断器等が損傷したため,平成23年3月11日午後2時47分,新福島変電所からの外部電源を喪失したが,その後,非常用ディーゼル発電機が起動した。なお,非常用ディーゼル発電機は2系統あり,ともにタービン建屋(T/B)地下1階に設置されていた。しかし,本件津波により,非常用ディーゼル発電機が被水して機能を喪失し,同日午後3時37分,全交流電源を喪失した。前後して,直流電源も喪失し,全電源喪失に至った。
 このため,非常用冷却設備である非常用復水器(IC),高圧注水系(HPCI)のいずれも機能を喪失し,炉心の冷却が不可能になった。その結果,1号機の原子炉水位が低下して炉心損傷を生じ,さらに炉心溶融に至った。
 平成23年3月12日午後2時30分頃には,格納容器圧力の異常上昇を防止し,格納容器を保護するため,放射性物質を含む格納容器内の気体(ほとんどが窒素)を一部外部環境に放出し,圧力を降下させる措置(ベント)が実施され,1号機から大気中に放射性物質が放出された。さらに,同日午後3時36分頃,1号機原子炉建屋内で水素爆発が起きたため,建屋が激しく損壊し,放射性物質が大量に放出されるに至った。
(甲A2・本文編19~43頁,丙A18の1・IV-31,32,36~49頁)

   3 2号機の状況

 2号機の原子炉は,本件地震発生時,運転中であったところ,本件地震により自動的に緊急停止(原子炉スクラム)した。本件地震によって,1号機と同様の理由により,平成23年3月11日午後2時47分,新福島変電所からの外部電源を喪失したが,その後,非常用ディーゼル発電機が起動した。なお,非常用ディーゼル発電機は2系統あり,1系統はタービン建屋地下1階に設置され,1系統は連用補助共用施設1階に設置されていた。しかし,本件津波により,非常用ディーゼル発電機が被水するなどしたため,同日午後3時41分,全交流電源を喪失した。前後して,直流電源を喪失し,全電源喪失に至った。
 このため,非常用冷却設備である高圧注水系(HPCI)及び,原子炉隔離時冷却系(RCIC)は機能を喪失し,炉心の冷却が不可能になった。その結果,2号機の原子炉水位が低下し,炉心損傷を生じ,さらに,炉心溶融まで至っていた可能性が指摘されている。
 遅くとも,平成23年3月15日午前6時頃,水素爆発によるものと思われる衝撃音が確認され,それ以降,大気中に放射性物質が放出されるに至った。
(甲A2・本文編19~43頁,丙A18の1・IV-31,32,50~62頁)

   4 3号機の状況

 3号機の原子炉は,本件地震発生時,運転中であったところ,本件地震により自動的に緊急停止(原子炉スクラム)した。本件地震前から工事停電していたことに加えて,本件地震により,送電線の鉄塔が倒れるなどしたため,平成23年3月11日午後2時47分,外部電源を喪失したが,その後,非常用ディーゼル発電機が起動した。なお,非常用ディーゼル発電機は2系統あり,ともにタービン建屋地下1階に設置されていた。本件津波により,非常用ディーゼル発電機が被水するなどしたため,同日午後3時38分,全交流電源を喪失した。直流電源盤は被水を免れため,原子炉隔離時冷却系(RCIC)で原子炉を冷却していたが,その後自動停止し,高圧注水系(HPCI)が自動起動した。しかし,高圧注水系も手動停止され,その後,直流電源の枯渇により再起動ができず(全電源喪失),炉心の冷却が不可能になった。その結果,3号機の原子炉水位が低下し,炉心損傷が開始し,さらに炉心溶融が生じた。
 同月13日午前8時から9時頃にかけて,ベントにより,放射性物質が放出さよれた。同月14日午前11時01分頃,3号機原子炉建屋で水素爆発が起きたため,建屋が激しく損壊し,放射性物質が大量に放出されるに至った。
(甲A2・本文編19~43頁,丙A18の1・IV-31,32,63~75頁)

   5 4号機の状況

 4号機は,本件地震発生時,定期検査のため運転停止中であり,全ての燃料は原子炉建屋4,5階の使用済燃料プールに取り出されていた。本件地震前から工事停電していたことに加えて,本件地震により,3号機と同様の理由により,外部電源を喪失したが,その後,非常用ディーゼル発電機が起動した。なお,非常用ディーゼル発電機は2系統あったが,1系統は点検中のため使用不能であり,ほか1系統は運用補助共用施設1階に設置されていた。本件津波により,電源盤が被水するなどしたため,全交流電源を喪失した。このため,使用済燃料プールの冷却が不可能となった。
.平成23年3月15日午前6時頃,4号機原子炉建屋で,3号機からの水素の流入が原因と思われる水素爆発が起きて建屋が激しく損壊し,4号機原子炉建屋開口部を通じて,3号機由来の放射性物質が大気中に放出された。
(甲A2・本文編19~43頁,丙A18の1・IV-31~32,76~81頁)

   6 放射性物質の飛散状況

 これら一連の本件事故により,大気中に放出された放射性物質の量は,保安院による平成23年6月6日の推定でヨウ素131が約16万TBq及びセシウム137が約1.5万TBqであり(ヨウ素換算値は約77万TBq),原子力安全委員会による同年8月24日公表の値でヨウ素131が約13万TBq及びセシウム137が約1.1万TBqであり(ヨウ素換算値は約57万TBq),被告東電の福島原子力事故調査報告書によればヨウ素131が約50万TBq及びセシウム137が約1万TBqである(ヨウ素換算値は約90万TBq)などと推計されている。
(甲A2・本文編37~38,345~346頁,乙B3の1・294頁)

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  第4 本件事故までの原子力発電所事故

   1 スリーマイルアイランド原子力発電所事故

 昭和54年3月28日,アメリカペンシルバニア州スリーマイル島の原子力発電所2号炉(加圧水型原子炉(PWR))が,給水喪失という事象から炉心損傷にまで至った。格納容器内での局所的な水素爆発もあった。事故の重大さを0から7の8段階にレベル分けした国際原子力事象評価尺度(INES)のレベルは5(広範囲な影響を伴う事故)とされた。この事故における核燃料の損傷により,大量の放射性物質が一次冷却水中に漏出され,環境へ放出された。この事故は,設計基準事故を逸脱する事故であった。

   2 チェルノブイリ原子力発電所事故

 昭和61年4月26日,当時のソビエト連邦ウクライナ共和国のチェルノブイリ原子力発電所4号機において,外部電源喪失の実験中,原子炉出力が異常に上昇し,燃料の過熱,激しい蒸気の発生,圧力管の破壊,原子炉と建屋の構造物の一部破損,燃料及び黒鉛ブロックの一部飛散,火災に進み,原子炉内の放射性物質がウクライナ,ベラルーシ,ロシア等へ飛散した。この事故で,消防士が大部分を占めるが,死者31名,急性放射線障害で入院した者203名である。半径30km圏内の住民約13万5000人が避難した。INESのレベルは7(深刻な事故)とされた。

   3 フランスのルブレイエ原子力発電所事故

 平成11年12月27日,フランスのルブレイエ原子力発電所において,暴風雨(風は最大約56m/S)の影響で,高潮と満潮が重なりジロンド河口に波が押し寄せた結果,河川が増水し,川の水が洪水防水壁を越えて浸入し,発電所1号機と2号機でポンプと電源設備が浸水して冷却機能が喪失した。外部電源が喪失し,非常用電源が作動した。また,当時停止していた4号機の再起動等で所内の電源は復旧し,過酷事故には至らなかった。INESのレベルは2とされた。洪水防水壁は最大潮位を考慮していたが,これに加わる波の動的影響を考慮していなかったために洪水防止壁が押し流されたことが原因だと分析された。事故後,堤防の高さを1m,うねり波防護壁2.3mを堤防の上に築き,最大高さを8.5mとした。

   4 馬鞍山原子力発電所の全交流電源喪失事故

 平成13年3月18日,台湾にある馬鞍山第三原子力発電所において,全交流電源喪失事故が発生した。季節性の塩霧害の影響により,345kVの外部電源が喪失し,さらに所内の安全交流電源系統が故障し,予備のディーゼル発動機による給電も不能となった。これにより,1号機の2系統の主電源母線が同時に電源喪失となり,2系統の安全系統が同時に2時間8分にわたって機能を喪失した。もっとも,現場の作業員が速やかに処理を行ったため,放射能漏れには至らなかった。

   5 スマトラ沖津波によるインドのマドラス原子力発電所の非常用海水ポンプ水没
 平成16年12月26日,スマトラ沖地震が発生した。インド南部の海岸線にあるマドラス原子力発電所において,2号炉は当時ほぼ定常運転中であったところ,海水が地下水路を通ってポンプハウス内に入り込み,冠水したために当該ポンプが機能喪失した。原子炉も停止した。しかし,押し波が主要建屋の敷地高を超え,全電源喪失に至ったものではなかったため,それ以上の被害はなかった。
(申A5,甲C2,17,18,丙B74,78,弁論の全趣旨)

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  第5 関係法令の定め(平成14年以降。以下,法令及び各種指針類は,特記しない限り,平成14年末又は平成18年末の各時点に効力を有するものである。別紙「略語・用語一覧表」参照。)

 1 我が国の原子力安全に関する法体系は,最も上位にあって,我が国の原子力利用に関する基本的理念を定義する原子力基本法の下,原子力安全規制に関する法律として,核原料物質,核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(炉規法),電気事業法,放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律等が整備されている。炉規法,電気事業法は,我が国における原子炉等の安全規制,電気事業全体をそれぞれ包括的に取り扱う法律である。また,原子力防災体制に関する法律として,原子力災害対策特別措置法(原災法)等の必要な法律が整備されている。
 法律以外にも,原子力委員会又は原子力安全委員会が安全審査を行う際に用いるために策定された各種指針類があり,それは規制機関の安全審査においても用いられていた。以下,便宜のため,証拠も記載する。
(甲A2・本文編363頁,丙A18の1・II-1~5)

   2 原子力基本法

   (1)趣旨・目的(1条)
 原子力の研究,開発及び利用を推進することによって,将来におけるエネルギー資源を確保し,学術の進歩と産業の振興とを図り,もって人類社会の福祉と国民生活の水準向上とに寄与することを目的とする。

   (2)基本方針(2条(平成24年改正前))
 原子力の研究,開発及び利用は,平和の目的に限り,安全の確保を旨として,民主的な運営の下に,自主的にこれを行うものとし,その成果を公開し,進んで国際協力に資するものとする。
(丙A1の1・2)

   3 炉規法

   (1)趣旨・目的(1条(平成24年改正前))
 原子力基本法の精神にのっとり,核原料物質,核燃料物質及び原子炉の利用が平和の目的に限られ,かつ,これらの利用が計画的に行われることを確保するとともに,これらによる災害を防止し,及び核燃料物質を防護して,公共の安全を図るために,製錬,加工,貯蔵,再処理及び廃棄の事業並びに原子炉の設置及び運転等に関する必要な規制を行うほか,原子力の研究,開発及び利用に関する条約その他の国際約束を実施するために,国際規制物資の使用等に関する必要な規制等を行うことを目的とする。
 なお,平成24年改正(同年法律第47号による。)後は,原子力施設において重大な事故が生じた場合に放射性物質が異常な水準で当該原子力施設の外へ放出されること等の災害を防止すること,及び大規模な自然災害及びテロリズムその他の犯罪行為の発生も想定した必要な規制を行うことを明記している。

   (2)原子炉設置の許可(23条1項(平成24年改正前))
 原子炉を設置しようとする者は,原子炉の区分に応じて,主務大臣の許可を受けなければならないこととしており,福島第一原発に設置されている原子炉のような,発電の用に供する原子炉(実用発電用原子炉)については,経済産業大臣の許可を必要としていた。

   (3)設置許可の基準(24条(平成24年改正前))
 主務大臣(実用発電用原子炉の場合、経済産業大臣)が設置許可する基準として,①原子炉が平和の目的以外に利用されるおそれがないこと,②許可をすることによって原子力の開発及び利用の計画的な遂行に支障を及ぼすおそれがないこと,③事業者に原子炉を設置するために必要な技術的能力及び経理的基礎があり,かつ,原子炉の運転を適確に遂行するに足りる技術的能力があること,④原子炉施設の位置,構造及び設備が核燃料物質,核燃料物質によって汚染された物又は原子炉による災害の防止上支障がないものであることを挙げていた(24条1項)。
 また,主務大臣は,許可をする場合においては,あらかじめ,上記①,②,及び③(経理的基礎に係る部分に限る。)に規定する基準の適用については原子力委員会に,上記③(技術的能力に係る部分に限る。)及び④に規定する基準の適用については原子力安全委員会の意見を聴かなければならないものとしていた(24条2項)。

   (4)炉規法の一部適用除外(73条(平成24年改正前))
 電気事業法の適用による検査等を受ける実用発電用原子炉については,炉規法の定める設計及び工事の方法の認可,使用前検査等の規定(27~29条)適用を除外していた。
(丙A3の1~3)

   4 電気事業法

   (1)趣旨・目的(1条)
 電気事業の運営を適正かつ合理的ならしめることによって,電気の使用者の利益を保護し,及び電気事業の健全な発達を図るとともに,電気工作物の工事,維持及び運用を規制することによって,公共の安全を確保し,及び環境の保全を図ることを目的とする。

   (2)技術基準維持義務(39条1項(平成24年改正前))
 事業用電気工作物を設置する者は,事業用電気工作物を経済産業省令で定める技術基準に適合するように維持しなければならない。
 福島第一原発に設置されている原子炉は,事業用電気工作物に当たるところ,経済産業省令において,技術基準が定められており,同原子炉の場合,発電用原子力設備に関する技術基準を定める省令(省令62号)がこれに当たる。

   (3)技術基準適合命令(40条(平成24年改正前))
 経済産業大臣は,事業用電気工作物が前条第1項の経済産業省令で定める技術基準に適合していないと認めるときは,事業用電気工作物を設置する者に対し,その技術基準に適合するように事業用電気工作物を修理し,改造し,若しくは移転し,若しくはその使用を一時停止すべきことを命じ,又はその使用を制限することができる。
(丙4の1~3)

   5 省令62号

   (1)電気事業法による委任
 電気事業法39条1項(平成7年法律第75号改正前は48条1項)による委任に基づき,発電用原子力設備に関する技術基準を定める省令(昭和40年通商産業省令第62号)が定められている。なお,福島第一原発は,発電用原子炉のうち実用発電用原子炉に当たり,同原子炉については,平成25年6月,「実用発電用原子炉及び附属施設の技術水準に関する規則」(原子力規制委員会規則第6号)が制定されており,実用発電用原子炉に関しては,省令62号の内容は,上記規則に引き継がれている。

   (2)4条1項(防護施設の設置等,防護措置等)

   ア 平成17年経済産業省令第68号による改正前(平成14年時点)
 原子炉施設並びに一次冷却材又は二次冷却材により駆動される蒸気タービン及びその附属設備が地すべり,断層,なだれ,洪水,津波又は高潮,基礎地盤の不同沈下等により損傷を受けるおそれがある場合は,防護施設の設置,基礎地盤の改良その他の適切な措置を講じなければならない。

   イ 平成23年経済産業省令第53号による改正前(平成20年時点)
 原子炉施設並びに一次冷却材又は二次冷却材により駆動される蒸気タービン及びその附属設備が想定される自然現象(地すべり,断層,なだれ,洪水,津波,高潮,基礎地盤の不同沈下等をいう。ただし,地震を除く。)により原子炉の安全性を損なうおそれがある場合は,防護措置,基礎地盤の改良その他の適切な措置を講じなければならない。

   ウ 現在(本件事故後)
 原子炉施設並びに一次冷却材又は二次冷却材により駆動される蒸気タービン及びその附属設備が想定される自然現象(地すべり,断層,なだれ,洪水,高潮,基礎地盤の不同沈下等をいう。ただし,地震及び津波を除く。)により原子炉の安全性を損なうおそれがある場合は,防護措置,基礎地盤の改良その他の適切な措置を講じなければならない。
 なお,津波については,5条の2に規定が新設された。
 原子炉施設並びに一次冷却材又は二次冷却材により駆動される蒸気タービン及びその附属設備が,想定される津波により原子炉の安全性を損なわないよう,防護措置その他の適切な措置を講じなければならない(5条の2第1項)。
 津波によって交流電源を供給する全ての設備,海水を使用して原子炉施設lを冷却する全ての設備及び使用済燃料貯蔵槽を冷却する全ての設備の機能が喪失した場合においても直ちにその機能を復旧できるよう,その機能を代替する設備の確保その他の適切な措置を講じなければならない(5条の2第2項)。

   (3)5条(耐震性)
 原子炉施設並びに一次冷却材又は二次冷却材により駆動される蒸気タービン及びその附属設備は,これらに作用する地震力による損壊により公衆に放射線障害を及ぼさないように施設しなければならない。
 (丙5の1~3)

   6 原賠法

   (1)趣旨・目的(1条)
 原子炉の運転等により原子力損害が生じた場合における損害賠償に関する基本的制度を定め,もって被害者の保護を図り,及び原子力事業の健全な発達に資することを目的とする。

   (2)定義(2条)
 原子力損害とは,核燃料物質の原子核分裂の過程の作用又は核燃料物質等の放射線の作用若しくは毒性的作用(これらを摂取し,又は吸入することにより人体に中毒及びその続発症を及ぼすものをいう。)により生じた損害をいう(2条2項本文)。
 原子力事業者には,炉規法23条1項の許可を受けた者を含む(2条3項1号)。

   (3)無過失責任,責任の集中等(3,4条)
 原子炉の運転等の際,当該原子炉の運転等により原子力損害を与えたときは,当該原子炉の運転等に係る原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる(3条1項本文)。
 前条の場合においては,同条の規定により損害を賠償する責めに任ずべき原子力事業者以外の者は,その損害を賠償する責めに任じない(4条1項)。

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  第6 規制機関等(平成14年以降)

   1原子力委員会・原子力安全委員会

 平成14年から平成24年改正前まで,原子力基本法に基づき,内閣府に原子力委員会及び原子力安全委員会が設置されていた。原子力安全委員会には,原子力の研究,開発及び利用に関する事項のうち,安全の確保のための規制の実施に関する事項について,原子力委員会は安全確保にかかる事項以外の事項についてそれぞれについて企画,審議,及び決定することとされていた(4,5条(同年法律第47号による改正前のもの))。
 原子力委員会は,原子力研究,開発及び利用の基本方針を策定すること,炉規法に規定する許可基準の適用について主務大臣に意見を述べること等について企画し,審議し,決定することを所掌している。原子力安全委員会は,原子力施設の設置許可等の申請に関して,規制行政庁が申請者から提出された申請書の審査を行った結果について,専門的,中立的立場から,①申請者が原子力関連施設を設置するために必要な技術的能力及び原子炉の運転を適確に遂行するに足る技術的能力があるか,②施設の位置,構造及び設備が核燃料物質又は原子炉による災害の防止上支障がないかについて確認を行うなどを所掌していた。(原子力委員会及び原子力安全委員会設置法2条,13条1項(平成24年法律第47号による改正前のもの)。
 なお,原子力基本法の平成24年改正によって,原子力規制委員会が新たに設置され,原子力安全委員会は廃止された。

   2 原子力安全・保安院(保安院)

 我が国の発電用原子炉施設は経済産業大臣が所管しているが,経済産業省資源エネルギー庁の特別の機関として発電用原子炉施設の安全確保等のために設置されたのが,原子力安全・保安院(保安院)である。保安院は,炉規法に基づく設置許可や電気事業法に基づく工事計画の認可や使用前検査など経済産業大臣の規制活動を,同大臣の付託を受けて,独立して意思決定を行うか,又は同大臣に対して意思決定の案を諮ることができることになっていた。保安院の技術支援機関として,独立行政法人原子力安全基盤機構(JNES,平成15年10月設立)があり,法律に基づく原子力施設の検査を保安院と分担して行うほか,原子力施設の安全審査や安全規制基準の整備に関する技術支援を行っている。
 なお,原子力規制委員会の発足により,保安院は廃止された。JNESも,平成26年3月1日,解散して,その業務を原子力規制委員会に引き継いだ。
(甲A2・本文編368頁,丙A18の1・II-3頁,弁論の全趣旨)



 第3節 本件における主たる争点

 第1 予見可能性の有無について(争点①)
 第2 被告東電の責任について(争点②)
 第3 被告国の責任について(争点③)
 第4 避難の相当性について(争点④)
 第5 損害各論について(争点⑤)

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