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★ 最終準備書面(相当因果関係)
 第9 今なお避難を継続することの相当性を基礎づける事実及び被害の深刻化 
平成29年9月22日

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第9 今なお避難を継続することの相当性を基礎づける事実及び被害の深刻化
 1 はじめに
 2 福島第一原発の現状
 3 いまだに続く放射能汚染
 4 コミュニュティ崩壊とインフラ未整備
 5 東京電力による情報隠ぺい
 6 いじめ問題
 7 社会の偏見・無理解
 8 住宅問題
 9 家族関係の崩壊
 10 福島県県民健康調査について
 11 結語



第9 今なお避難を継続することの相当性を基礎づける事実及び被害の深刻化


 1 はじめに

 本件事故の発生から6年半が経過した現在,被告国は,避難者に対して帰還を奨める政策をとっている。福島県も避難者に対する無償住宅提供を打ち切るなど,避難者に対する支援策は,もともと不十分なうえに,さらに縮小されるばかりである。
 しかし,避難者にとって,避難元に容易に帰還できない事情は今もなお存在するし,さらには,避難者の被害も回復されないばかりか,むしろ時間の経過とともに,これまで原告らが主張したものとは異なる新たな被害までも発生している。その一方で,2017〔平成29〕年4月4日には,当時の今村雅弘復興大臣福島原発事故再生総括担当が,区域外避難者が避難を続けるのは自己責任であると言い放つなど,支援策を主導すべき地位にある者が区域外避難者に対して無理解であることも明らかとなった。
 そこで,ここでは避難者の帰還が困難である事情と,近時顕在化した原告らの被害について述べ,本件事故による被害は避難を余儀なくされた時点で一回的に発生したものではなく,重層的・継続的に発生し続けているものであることを主張する。

 2 福島第一原発の現状

  (1)原発敷地内の高線量


 2017〔平成29〕年2月9日,被告東京電力は,福島第1原発2号機の原子炉格納容器の内部調査で撮影した映像を解析した結果,原子炉格納容器内で推定毎時650Svの空間放射線量を測定したと発表した。
 同日,2号機の原子炉圧力容器真下につながるレール状の堆積物を取り除くために投入されたロボットからのカメラ映像が暗くなるという事態が生じた。その原因について,福島民報によれば,被告東京電力は,同ロボットが高い放射線量を受けて故障した可能性が高いと見ているとのことである(2017〔平成29〕年2月10日付福島民報。ただし書証としての提出はない。)。
 このことに象徴されるように,福島第一原発敷地内は現在も極めて高線量の状況にあり,ロボットによる建屋内の状況把握すら不可能で,廃炉作業の見通しすらたたない状況にある。

  (2)未解決の汚染水問題

 被告東京電力は,福島第一原発敷地内で発生している汚染水対策として,凍土遮水壁による対策を打ち出している。
 しかし,凍土遮水壁について,原子力規制委員会の更田豊志委員は,「(凍土遮水壁とは)要するに,あまり水を止めるのではなく,流量を低減させるためのものだと。海側でこれだけ水を通す遮水壁だから,山側もきっと水を通してくれるに違いないと」と発言し,また,規制委員会の検討会合において,海側凍土壁の外側でくみ上げられる井戸水の量が十分減っていないことなどから遮水効果は限定的であるとの考えが示された。
 さらに,平成29年6月28日,被告東京電力が原子力規制委員会において,凍土遮水壁の効果を意図的に改ざんして発表し,原子力規制委員会の更田委員長代理が「(東京電力は)人を欺こうとしているとしか思えない。嘘だもんこれ。陸側遮水壁,なにも関係ないじゃん」と激怒する等,汚染水対策問題は混迷を極めている。

  (3)小括

 以上のように,福島第一原発敷地内は,推定毎時650シーベルトの空間放射線量が測定されたとおり現在も極めて高線量で,ロボットによる作業すらできず,また,汚染水の流出も止められていない。空気中への放射性物質の飛散も未だに続いている。福島第一原発の現状は,廃炉への道筋はおろか,封じ込めに向けた道筋すら立たないという,まったく先の見えない状況にある。
 しかも,東日本大震災の規模に至らない地震等の災害,不測の事故,テロ等により,再び事態が深刻化する可能性も指摘されている。
 このような福島第一原発の現状は,避難者が帰還せずに避難を続ける原因の一つとなっている。
 復興庁・福島県・浪江町が共同して実施した意向調査でも,浪江町(2017〔平成29〕年3月31日午前0時をもって一部で避難指示が解除された。)からの避難住民のうち,52.6%が「戻らないと決めている」と回答しており,現時点で戻らないと決めている理由として,「原子力発電所の安全性に不安があるから」が51.5%となっている。

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 3 いまだに続く放射能汚染

  (1)土壌汚染


 2016〔平成28〕年9月30日付原告ら準備書面33で主張したように,モニタリングポストにおける数値が年間1ミリシーベルトを下回る地域にあっても,放射線管理区域に指定される基準である4万Bq/m2をはるかに超える放射能表面密度の土壌が検出されている。
 例えば,福島県いわき市においては,12万9675Bq/m2,福島市においては,234万Bq/m2というような高濃度の地点があり,茨城県北茨城市においても,8万9375Bq/m2の地点がある(原告ら準備書面39別紙)。
 放射線管理区域とは,それに指定された場所については,立入制限,放射性汚染物の持出制限,管理区域に立ち入る者に対する線量測定義務,教育訓練義務,健康診断義務等様々な制限が課せられる場所であり,医療機関のレントゲン撮影室等がこれに該当する。
 原告らの避難元の生活圏には,今なお土壌から高い放射能が検出される場所が数多く存在する。

  (2)解決の見えない汚染土の問題

 また,報道によれば,東京電力福島第1原発事故による福島県内の11市町村の避難指示区域(解除済を含む)に,除染作業に伴う汚染土の仮置場が,1000ヘクタールに達する規模で存在するとのことである。これは,大阪市北区の面積(1034ヘクタール)に匹敵する。
 仮置場の数は280か所,汚染土を詰めた袋(フレキシブルコンテナバッグ=フレコンバッグ)の総数は700万袋以上である。これらフレコンバッグが巨大な壁のように並ぶ光景は,圧迫感のある異様なものである。
 もちろん,問題は,光景だけではない。環境省は,除染で取り除いた土壌を「遠ざける」「さえぎる」「管理する」としている(環境省除染情報サイト)。しかし,これらの汚染度を詰め込んだフレコンバッグの中には,一般道路沿いに並んで多数存在し,生活環境から遠ざけているとは言えない。中から植物が発芽し,破損しているバッグもあり,遮ることができているのかも疑わしい。さらに,2015〔平成27〕年9月の台風において,フレコンバックが流出し,流出数も把握できないとの報道もあり,管理されているとは言い難い状況である。
 そして,汚染土の中間貯蔵施設の設置場所も正式に決まらないなど,汚染土の問題が解決は未だに見えない。フレコンバッグの耐用年数は,3年から5年と説明されており,すでに耐用年数が経過しているフレコンバッグも多数存在しているはずである。

  (3)未だに続く食品出荷制限

 福島県等の放射線汚染はいまだに継続しており,福島県及び周辺においては,現時点においても,広範囲に渡って食品出荷制限は続いているのである。

  (4)小括

 以上のように,原告らの避難元は,いまなお土壌汚染が続き,生活環境内に置かれたままの汚染土の問題も解消のめどが立たず,食品出荷制限も続いている。前述の浪江町住民意向調査でも現時点で戻らないと決めている理由として「水道水などの生活用水の安全性に不安があるから」が42.6%となっている。


 4 コミュニュティ崩壊とインフラ未整備

  (1)アンケート・意向調査結果


 上記2で述べた福島第一原発の現状だけでなく,インフラの未修復やコミュニティの崩壊も,帰還できない理由のひとつとなっており,特に避難指示が解除された地域ではその傾向が顕著である。
 そもそも避難指示が解除された地域における帰還率は,2014〔平成26〕年4月以降に避難指示が解除された田村市,川内村,楢葉町,葛尾村,南相馬市の5市町村で,平均帰還率で約13%にとどまっている。
 前述の浪江町住民意向調査でも,浪江町からの避難住民のうち,52.6%が「戻らないと決めている」と回答している。
 そして,住民が現時点で戻らないと決めている理由として,「第2 11福島第一原発の現状」の(3)で述べたとおり,原発の安全性への不安(51.5%),生活用水の安全性への不安(46.5%),放射線量が低下していないことへの不安(42.6%)があるほか,「医療環境に不安があるから」が46.5%,「生活に必要な商業施設などが元に戻りそうにないから」が39.9%となっているなど,インフラや生活環境の未復旧も大きな理由となっている。

  (2)深刻な医師不足と看護師不足

 上記(1)のとおり,帰還しない理由として挙げられるインフラの未復旧のなかでも,医療環境への不安は46.5%にのぼっているところ,東日本大震災被災地の医療機関へのアンケートによれば,相双地区(福島県沿岸部のいわき市より北の地区)では,全体の88%の病院が医師不足,全体の75%の病院が看護師不足であると回答している(2016〔平成28〕年3月8日付朝日新聞デジタル。ただし書証としての提出はない)。
 住民の不安のとおり,実際の医療現場は,深刻な医師不足と看護師不足の状況にある。放射能汚染によりいったん崩壊してしまったコミュニティと医療インフラは,道路を整備すれば復旧するという単純なものではない。医療インフラの復旧には,コミュニティの復活と同時に医療従事者という人の帰還も必要であり,住民と医療従事者のいずれについても低い帰還率のもとでは,復旧は容易ではない。

  (3)交通インフラや雇用環境の未復旧

 上記意向調査では,交通インフラへの不安,雇用環境への不安も,避難住民が現時点で帰還しない理由として挙げられている。
 例えば,JR常磐線では浪江から竜田間はいまだに不通であるし,浪江町では,本件事故前に約1000あった事業所が,2017〔平成29〕年4月時点でもわずか51の事業所が再開しているにすぎない(なみえ復興レポート。ただし書証提出はない)。


 5 東京電力による情報隠ぺい

  (1)メルトダウンの経過


 本件事故により,福島第一原発1号機,2号機及び3号機が炉心溶融(メルトダウン)を起こした。被告東京電力は,本来であれば,本件事故の3日後である2011〔平成23〕年3月14日には,炉心溶融が発生していたことを認識することができたし,認識していた可能性が高い。
 なぜなら,被告東京電力は,本件事故の1年前である2010〔平成22〕年4月に,「原子力災害対策マニュアル」を改定したのであるが,そこには,「炉心損傷の割合が5%を超えていれば,炉心溶融と判定する」と明確に記載されていたうえ,被告東京電力は,2011〔平成23〕年3月14日の段階で,1号機の炉心損傷割合を55%,3号機のそれを30%と判断し,2号機については,同月15日の夕方には,35%が損傷したことを把握していたからである。

  (2)メルトダウン情報の隠ぺい

 しかしながら,被告東京電力が,メルトダウンを認めたのは,本件事故の2ヶ月後である2011〔平成23〕年5月24日である。
 そして,2016〔平成28〕年2月24日,被告東京電力は,本来であれば2011〔平成23〕年3月14日にメルトダウンが起きていたことを公表できていたことを発表し,2016〔平成28〕年6月21日に当時の被告東京電力の代表取締役社長の広瀬直己が,記者会見において,本件隠ぺいを陳謝した。
 福島原発が炉心溶融をおこしているか否かは,事故直後に原告らがどのような行動をとるかを判断するについて極めて重要な判断要素であるのみならず,日本国民および世界中の人類にとっても極めて重要な事実である。そうであるにもかかわらず,被告東京電力は,この事実を2か月間隠ぺいした。また,隠ぺいをした事実をさらに5年間隠ぺいした。

  (3)情報隠蔽に対する国民の不信感

 現時点の福島第一原発の状態は,被告東京電力の発表によるしかない。これまでの被告東京電力の行動に鑑みるに,被告東京電力の発表する福島第一原発の現状や見通しについて,原告らが不信感を持ったとしても無理はない。そのため,より安全性を重視して,避難を続けていたとしても不合理ではない。

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 6 いじめ問題

  (1)文部科学省の調査結果


 避難者は,本件事故により慣れ親しんだ地域やコミュニティから離れ,避難先の慣れない環境での生活を強いられている。避難者の中には,新たな環境に馴染むことが出来ず,抑うつ状態に陥る者がいる。また避難が長期化するにつれて,避難者に対するいじめ問題が顕在化してきている。2017〔平成29〕年4月11日に文部科学省が発表した調査結果によると,同年3月までに,福島県から県内外に避難した児童・生徒に対するいじめが199件あったことが判明している。
 当該調査は,小学校から高等学校までの児童・生徒を対象としたもので,かつ各学校が把握したものに限られているため,実際起きているいじめの件数はこの調査結果(199件)を相当に上回る可能性がある。

  (2)いじめに関する報道等

 神奈川県横浜市では,福島県から同市へ避難してきた当時小学2年生の児童に対して,同学級の複数の生徒により「〇〇菌」と呼んだり,多額の遊興費や食事代等の負担をさせられていたり,といういじめがあったことが大きなニュースとなった。
 被害児童が公表した手記には,次のとおり,悲惨ないじめの実態と心痛が記されている。
「てんこうしたときなんかいつもけられたりランドセルをふりまわしたりいつもこわくてなにもできなくてほんとうにつらかった。・・ばいしょう金あるだろと言われむかつくし,ていこうできなかったのもくやしい。・・・いままでなんかいも死のうとおもった。でも,しんさいでいっぱい死んだからつらいけどぼくはいきるときめた。・・・」
 いじめは,児童や生徒などの年少者に限られた問題ではない。関西学院大学では,講師が,福島県出身の学生に対して「放射能を浴びているから電気を消すと体が光る。」と発言をして懲戒処分を受けるという事件も発生した。
 2017〔平成29〕年3月11日付の河北新報では,河北新報社と民間調査企業が実施したアンケートによれば,身の回りで大人を含めた避難者に対するいじめや差別,悪口を感じたことがあるかとの質問に対し,福島県では,「実際に見た」が19.0%,「話に聞いた(報道を除く)」が,45.3%であった旨報じられている。


 7 社会の偏見・無理解

  (1)いじめ問題の原因となる社会の偏見や無理解


 上記の2017〔平成29〕年3月11日付の河北新報の記事では,前述のいじめ問題の原因として,偏見や周囲の理解不足があることを報じている。
 上記のアンケートで,原発事故で避難した子どもに対するいじめが各地で問題化していることについての原因を複数回答で聞くと,「いじめる側の家庭の問題」が56.4%と最も高かったが,「事故避難者に対する子どもの理解不足」が46.5%,「社会全体の偏見」が43.5%と続き,「補償金,賠償金へのねたみ」「世の中全体に想像力や思いやりが欠如,少数派をたたく流れがある」などの指摘もあった。
 原告の中でも,水道代が免除されていることに対して,なぜ福島の避難者は特別扱いされるのかという趣旨の批判を受けた者もいる。インターネット上では,避難者は帰れないのではなく帰らないだけである,国にたかっている,賠償金で買ったブランド品を身に付けているなどといった,福島原発事故被害者の現実を全く理解しない偏見に満ちた,目を覆うような匿名の書き込みが溢れている。

  (2)偏見・無理解を助長する被告国の政策等

 被告国は,福島原発事故は既に収束しており危険はないかの如く宣伝し,また,福島県内の放射線量については安全であるかの如く宣伝して避難者の帰還を進める政策をとっている。被告国は,福島県内に居住する者はもはや被害者ではないとするかのようであり,また,福島県内外から避難をする者は「自らの責任において避難を継続する者」であるとして切り捨てようとするかのようである。先般,問題となった今村復興大臣の「自己責任発言」は,まさに,このような被告国の政策や考えを反映した発言であると言わざるを得ない。
 被告国のこのような政策や態度こそが,福島原発事故の被害者に対する偏見や無理解を助長しているものというべきなのである。

  (3)偏見や無理解の中での生活による精神的苦痛

 福島原発事故による避難者は,本来帰ることができるにもかかわらず帰ろうとしない者との偏見を持たれ,福島原発事故の被害を訴えたり避難を継続したりすることに対する偏見や無理解のなかに居る。
 このような偏見や無理解の中で,避難者は,自らの被害を訴えるどころではなく,自らが避難者であることすら隠しながら避難生活を送らざるをえないなど,その精神的苦痛は甚大である。


 8 住宅問題

 本件事故から6年半余りが経過した現在,避難者に大きな経済的・精神的損害を与え続けているのが,生活の基盤たる住居の問題である。避難者は,避難によって,災害救助法に基づく応急仮設住宅等での生活を余儀なくされた。避難者は仕事を失ったことや,二重生活による生活費の増大によって経済的に困窮している。そのような経済状況の中で,自力で新たな住居を確保することが極めて困難であることは明白である。福島県が2016〔平成28〕年6月に発表した,「住まいに関する意向調査」では,福島県外に避難する3,453世帯のうち77.7%の2,684世帯が「平成29年4月以降の住宅が決まっていない」と回答している。
 このような状況であるにも拘わらず,福島県は,2017〔平成29〕年3月31日をもって,帰還困難区域に該当するなどの一部地域からの避難者を除き,これまで行ってきた住宅の無償提供を打ち切った。
 避難者にとって,住宅の保障は避難を継続するうえで必須のものであり,支援を打ち切られた避難者の中には,やむを得ず避難先よりも放射線量の高い避難元への帰還を選択した者もいる。
 「原発事故子ども・被災者支援法」では,「被災者の不安の解消及び安定した生活の実現に寄与することを目的と」して,被災者支援策について,被災者一人一人が自らの意思で居住・移動・期間の選択を行うことが出来るように,「そのいずれを選択した場合であっても適切に支援するものでなければならない。」と定められているが,現状は同法の目的とはかけ離れた状況にある。


 9 家族関係の崩壊

 長期間の避難生活は,避難者の精神を疲弊させ,その家族関係をも破壊している。
 避難開始当初は一致団結していた家族も,避難が長期化していくなかで,避難や放射能の危険性に対する認識・意見の違いが顕在化し,夫婦が離婚に至ってしまった家庭も少なくない。
 母子避難を選択した家庭では,父親は家族を支えるために仕事を続けるため避難元に残る決断をしたものが多い。他方で,母親も家族を被ばくから守るために避難を選択している。両者は家族を守るという共通の思いを持ちながらも,長期間離れて暮らすことで夫婦間に亀裂が生じてしまうのである。
 避難者は避難によって,既存のコミュニティからの離脱を余儀なくされ故郷を失うばかりか,避難が長期化することによって家族というもっとも大切な繋がりすら喪失する状況が生じている。
 避難者の家族関係の崩壊は決して本件事故と無関係ではない。離婚を選択した夫婦も,本件事故がなければ避難元で穏やかな生活を送っていたのであり,離婚を含む家族関係の崩壊は,まさに本件事故に起因する被害だと言える。

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 10 福島県県民健康調査について

  (1)県民健康調査


 福島県は,本件原発事故による健康影響を調べるために,県民健康調査を実施している。これは,本件原発事故後に公的に取り組まれている唯一の網羅的な健康調査である。
 県民健康調査は,事故当時の被ばく線量の推計評価を行うための自記式質問票(問診票)による基本調査と,県民の健康状態を把握するための詳細調査から成っている。詳細調査の中心となるのは,以下に述べる甲状腺検査である。

  (2)甲状腺検査

  ア 甲状腺検査の態様

 「甲状腺検査」は,本件事故当時18歳以下の福島県民約37万人を対象として,甲状腺の異常の有無を確認するため,超音波検査等をおこなうものである。
 まず,一次検査として超音波検査が実施され,甲状腺の結節や嚢胞の有無や大きさが検査される。一次検査の結果,A判定(結節又は嚢胞を認めなかったものをA1とし,5.1mm以下の結節や20.1mm以下の嚢胞を認めたものをA2とする)となった者には,原則としてそれ以上の検査をおこなわない。B判定(5.1mm以上の結節や20.1mm㎜以上の嚢胞を認めたもの)やC判定(甲状腺の状態等から判断して,直ちに二次検査を要するもの)となった者に対しては二次検査を実施しており,二次検査では,詳しい超音波検査の他,採血,尿検査を実施し,更に必要があれば,結節から細胞を採って検査する穿刺吸引細胞診が行われている。

  イ 先行検査と本格検査

 甲状腺検査は,本件原発事故による放射線被ばくの影響のない状態(自然状態)における甲状腺の状態を把握するため2011〔平成23〕年10月から2014〔平成26〕年3月までに行う計画とされた「先行検査」と,事故による甲状腺への影響を把握するため2014〔平成26〕年4月から2年かけて行い,その後20歳までは2年ごと,更に後は5年ごとに行う計画とされた「本格検査」の2段階の設計とされている(但し,実際の先行検査では,僅かではあるが2014〔平成26〕年4月以降も未受診者を先行検査として受け付けている)。
 これは,チェルノブイリでは事故後4年が経過した頃から統計上の小児甲状腺がんの有意な多発が認められたとされていることに基づき,事故後3年の間には事故による被ばくに子ども達の甲状腺への影響は無く,子どもたちの自然状態における甲状腺の状態(バックグラウンド)が把握できるとの仮説に基づく設計であった。

  (3)甲状腺がんの多発

  ア 先行検査の結果

 ところが,そのような仮説に基づいた設計はすぐに破綻した。2015〔平成27〕年6月30日までに実施された先行検査の結果,BまたはC判定を受けて二次検査を行い,穿刺吸引細胞診を行った子どものうち,実に113人もが「悪性ないし悪性疑い」の判定となったのである。そして,その113人のうち99人が同日までに手術を行い,手術後の病理診断の結果,1人が良性結節,98人が甲状腺がんと確定診断された(甲D共126・県民健康調査「甲状腺検査(先行検査)」結果概要【確定版】抜粋)。
 これは,100万人あたり376人の割合で「悪性ないし悪性疑い」と判定されたことを示しており,甲状腺検査開始前の想定を100倍近くも上回る,驚くべき割合で甲状腺がんが発見されたものであった。

  イ 本格検査の結果
 最新の公表データである2017〔平成29〕年3月31日までに実施された本格検査の結果は次のとおりである(甲D共204)。
 一次検査の検査結果はA判定が26万8271人(99.2%),B判定が2226人(0.8%),C判定は0人であった。本格検査でB判定と判断された2226人のうち1332人(59.8%)が,先行検査ではA判定(A1及びA2判定)だった。これは,先行検査を受診した後に,急速に結節や嚢胞が発生,拡大したことを示唆している。
 二次検査の対象者(B判定を受けた者)2226人のうち1748人が二次検査を終了している。その1748人のうち,418人(23.9%)は精査の結果一次検査基準でA1,A2範囲内であることが確認され,次回検査となった。
 一方,残る1330人(76.1%)のうち200名には穿刺吸引細胞診が行われた。その結果,うち71人が「悪性ないし悪性疑い」の判定となった。この71人のうち先行検査の結果は,A判定が65人(A1が33人,A2が32人)であった。
 2017〔平成29〕年3月31日までの本格検査の結果判定数は27万0497人であるから,これを母数とすると,実に100万人あたり262人が「悪性ないし悪性疑い」と判定されたこととなる。
 本格検査の検査結果は,年間4回程度開催される県民健康調査検討委員会の都度に原則として最新の情報が公表された。公表の度に甲状腺がん発見数は増加し続け,本件原発事故により被ばくした者や家族らの不安を高めることとなった。

  (4)津田敏秀教授らの論文

 岡山大学の津田敏秀教授らのグループは,2015〔平成27〕年8月,福島県が行っている県民健康調査の結果を分析し,「2011年から2014年の間に福島県の18歳以下の県民から超音波エコーにより検出された甲状腺がん」と題した論文を公表している。この論文は,査読つきの国際的な医学雑誌であり国際環境疫学会の発行する「Epidemiology」に掲載された。
 津田教授らは,日本全体の年間発生率と福島県内の比較対照地域の発生率を用いた比較により,この福島県による県民健康調査の第1巡目(先行検査)と第2巡目(本格検査)の2014〔平成26〕年12月31日時点までの結果を分析した。
 日本全国の年間発生率と比較して潜伏期間を4年としたときに,最も高い発生率比(IRR)を示したのは,福島県中通りの中部(福島市の南方,郡山市の北方に位置する市町村)で,50倍(95%信頼区間:25倍-90倍)であった。県民健康調査の受診者に占める甲状腺がんの有病割合は100万人あたり605人(95%信頼区間:302人-1082人)であり,福島県内の比較対照地域との比較で得られる有病オッズ比(POR)は,2.6倍(95%信頼区間:0.99-7.0)であった。2巡目(本格検査)では,当時において,まだ診断が確定していない残りの受診者からは1人も甲状腺がんが検出されないという仮定の下で,すでに12倍(95%信頼区間:5.1-23)という発生率比が観察されている。
 その結果,津田教授らは,福島県における小児および青少年においては,甲状腺がんの過剰発生がすでに検出されていると結論づけた(甲D共167の1)。

  (5)県民健康調査の結果等が原告らに与える影響

 当初の想定を遥かに上回る多数の甲状腺がんが発見されたことについて,福島県や県民健康調査検討委員会は,多発が被ばくによる健康影響であることを一貫して否定する姿勢をとった。この点の学術的・科学的な解明には,未だ,結論は出ていない。
 しかし,少なくとも,県民健康調査における甲状腺検査によって,小児甲状腺がんが多数発見され,本件原発事故により拡散した放射性物質に被ばくしたために発生したものである可能性が一定の論拠をもって主張されている状況は,原告らにとって,重要な意味を持っている。自ら避難し,あるいは家族を避難させた原告らにとって,やはり,リスク回避を重視して避難する選択をしておいてよかったとの確信を強めるものであったと同時に,避難した原告らにとって,未だ元の居住地へ帰還することができないとの判断を継続する大きな理由ともなるものであった。
 かかる事実は,事故後の事情の一つとして,通常の社会通念に従って,避難者らが避難生活を継続することに相当性があることを強く根拠づけるものに他ならない。

  (6)柴田義貞氏の証言

  ア 柴田義貞証人

 被告国の申請した専門家証人である柴田義貞氏は,福島県立医科大学放射線医学県民健康管理センター特命教授の地位にあった(2012年から2015年9月まで)。柴田氏は,主尋問において,「検診データとがんセンターのがん登録のデータを直接比較して,大きい小さいということを言うのは意味がない」,「(津田論文は)前後即因果の間違いを犯しています」等として,原告側専門家証人である崎山比佐子氏の意見や,津田敏秀教授の公表した論文の結論を批判した。
 しかし,柴田氏の証言内容や姿勢自体が,多くの原告らにとって,放射線被ばくによる健康リスクについて,国や県等が住民の安全に注意して,真実を語ることをせず,リスクや被害を矮小化しようとするものであるとの不信感を強めるものであったと言える。
 まず,柴田氏自身も,反対尋問において,県民健康調査で「甲状腺検査」が実施されているのは,「チェルノブイリで小児甲状腺がんが増えたから」であることは否定しなかった(柴田反対尋問調書・28頁)。そして,チェルノブイリ原発事故後に周辺住民に多発した小児甲状腺がんは,原発事故による被ばくと因果関係があると考えられていることを肯定し,福島原発事故の後に,多くの保護者が,子ども達が甲状腺がんになるのではないか,という不安を抱いたことには根拠があったことを認めている(柴田反対尋問調書・29頁)。

  イ 多発が予想されていたとの主張と当時の書面との矛盾
 しかし,連名意見書(丙D共36)には,「県民健康調査の開始当初から,健常者に対して精緻な検査を導入すれば多くの有所見者が検知されることが予想されていたといえる。」と書かれていたが,調査実施前の検討委員会の書面(甲D共179)には,「年間100万人あたり1,2名程度と極めて少ない」,「甲状腺の状態をご理解していただくことが,安心につながるものと考えております。」と書かれているのであり,実施前には予想されていなかったのではないか,との問いに対しては,「書いてないけれども,議論はあったはずです。」,「私はその当事者にないので」,「じゃないと思いますね。分かりません。」等と繰り返し,根拠を示すことのないまま,客観的書面と矛盾する主張を重ねた(柴田反対尋問調書29~30頁)。

  ウ チェルノブイリでの調査実績と福島における言動との矛盾
 そして,県民健康調査で発見されている甲状腺がんは,マススクリーニングをしたことによって発見された,いわゆるスクリーニング効果によるものであるとの考えを明らかにした(柴田反対尋問調書31頁)。
 しかし,先例となるチェルノブイリ事故後の小児甲状腺がんの多発についても,当初に研究者らが小児甲状腺がんの多発を発表した頃には,原発事故の影響ではなく,検診によるスクリーニング効果ではないかとの意見が出ていた。これに,決着をつけたとされる調査,研究の筆頭著者こそが,他ならぬ柴田氏本人だったのである(柴田反対尋問調書31,32頁,甲D共180)。柴田氏は,チェルノブイリにおいて,「事故の影響の有無に決着をつけるプロジェクト」を提案し,実施した(1996年~2001年)。同一地区に住む事故前と事故後(1987年以降)に生まれた子どもを同一プロトコールの下で検診し,甲状腺がんを含む甲状腺異常の頻度に差が認められれば,事故の影響が証明されたことになるとの仮説に基づく調査であった。
この様な方法を提案した1つの理由は,事故後の被ばく線量の推定が極めて難しいことであった。
 果たして,その調査の結果,事故以前に生まれていた子ども9720人のうち男児7人,女児24人に甲状腺がんが診断されたが,事故後である1987年以降に生まれた9472人には甲状腺がんは皆無であった(甲D共180)。
 柴田氏は,この調査結果の対比によって,チェルノブイリ事故後の小児甲状腺がんの多発は,スクリーニング効果ではなく,原発事故による放射線被ばくの影響であるという点に決着が付いたことを認めている(柴田反対尋問調書・32~33頁)。
 しかし,そうであればこそ,同じく,放射性ヨウ素に関する被ばく線量の推定が極めて難しい福島原発事故の場合においても,同じようなやり方で調査すれば,放射線の影響による多発であるのか,スクリーニング効果によるものかが明らかになるのではないか,との問いに対しては,「なりますけれども,そういうことを今の時点でというか,福島でやることは,無意味というか,危険です。」(柴田反対尋問調書33頁)と述べ,同様の検査は実施すべきではないとの考えを示した。
 その理由を改めて説明した際には,県民健康調査では子ども達に「ほとんど自覚症状がない」けど「チェルノブイリの場合は全然違います。」や「何か検証するために,悪く言えば全くのモルモット扱いになりかねない。だから,それはやめた方がいい」,「(チェルノブイリは)あの辺りは私も何回も行っていますけれども,被ばく線量は,福島辺りの今の状態よりももっと高いです。」,「福島で放射性物質が残っているんじゃないかと言われても,それは,もう甲状腺には関係ないものなんです。」(柴田反対尋問調書58頁)と述べている。
 しかしながら,このような発言は,およそ科学者の発言らしくない不合理なものである。まず,自らが過去に行ったと同様の調査をすることによって科学的な結論が得られることは明らかであるにもかかわらず,「福島でやることは無意味」,「モルモット扱い」などと述べるのは,結論ありきの非科学的な言説であると言わざるを得ない。また,県民健康調査と比較して,チェルノブイリ事故後に生まれた子ども達の調査では,子ども達に自覚症状があったかのような発言は,明らかに事実に反している。さらに,チェルノブイリでは事故後もずっと線量が高いのに対し,福島に残っている放射性物質は甲状腺には関係ないものなどと述べているが,これが半減期8日の放射性ヨウ素について述べたものであれば,チェルノブイリにおいても同様であるから,極めて不合理な比較である。

  エ 健康不安を否定する強弁
 結局,柴田氏は,県民健康調査で現に数値として表れている明らかな多発に対して,行うことのできる調査を行おうとせず,「福島では線量が低いので,考えにくい」とのデータを伴わない仮説を強調することで,根拠無く,福島原発事故との因果関係を否定する発言に終始した(もっとも,「今の段階で,多発とは思わない。これからの出方ですよ。」との留保はつけられた(柴田反対尋問調書37頁))。
 柴田氏は,チェルノブイリ原発事故後についての報告において,周辺住民への精神的影響も大きかったとし,もともと「放射線被ばくの晩発影響は長期の潜伏期間を経た後に現れるため,将来の健康に関する不安が増強される」という面があるとしていた(甲D共180)。しかし,県民健康調査において,多数発見されることが予想されるなどとは事前に説明されることなく,「安心につながるもの」(甲D共179)として実施された。そのような県民健康調査において,甲状腺がんの多数の発見例が報告されたことは,被ばくをしてしまったかも知れない周辺住民にとって,将来の健康に関する不安をますます増強するのではないか,との反対尋問に対し,柴田氏は,「そんなことはないと思います。周りで,危ない,危ないと言う人が居るから,不安になっているんですよ。」と証言した(柴田反対尋問調書38頁)。
 柴田氏は,ここでも,チェルノブイリ事故に関する言説と明らかに異なるダブルスタンダードと評すべき発言により,原発事故のために生じた放射線被ばくによる健康リスクを懸念する住民の心境が,まるで,不合理に煽られたものであるかのように述べたのである。

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  (7)崎山証人反対尋問における被告国の主張について

 被告国は,柴田氏が述べた誤った認識に基づき,原告側証人である崎山比佐子氏の反対尋問において,県民健康調査の結果に関する津田敏秀氏らの論文(甲D共168の1)に対する批判を展開した。

  ア P≒IDに関する理解不足
 その主要な批判対象は,P(有病割合)≒I(発生率)×D(平均有病期間),すなわち,有病割合は発生率と平均有病期間の積に近似するという公式に関するものであった。しかし,いずれも,柴田氏がこの公式を正しく理解していないことに起因する的外れの批判であった。
 柴田氏は,津田教授がこのP≒IDを応用したものとして,当該論文で採用したD(平均潜伏期間latent duration of disease)について,「津田氏らが津田論文で初めて定義した用語で,その定義自体が恣意的です。」と述べる(丙D共56)。被告国指定代理人は,おそらく,この柴田氏の意見に基づいて,崎山氏の反対尋問において,津田論文が採用したD(平均潜伏期間latent duration of disease)について,崎山氏に釈明を求める質問を繰り返した。
 しかし,そもそも,津田教授の論文(甲D共168の1)に対して,崎山証人に釈明を求めること自体が筋違いである。
 そして,実際に,この点は,後に原告らが提出した津田敏秀氏本人の意見書(甲D共205)によって,柴田氏の理解不足であることが示されている。
 津田教授は,同意見書において,ある人が,原因と仮定している物質等に曝露された時点(①で示しています)から,不可逆的な甲状線がんの進行状態が始まり(②),その甲状腺がんの大きさが5mmを超えた時点(③:つまりエコーで見つかれば追跡対象となる大きさになった時点)を経て,実際にエコー検診で発見される(④)か,発見されずに一般に医療機関を受診する等で臨床的に発見される(⑤)時点を経て,そして手術や死亡等(がんでなければ治療で回復することもある)でがんの状態ではなくなる時間経過とそれぞれの時点を,一本の直線にして図示した。その上で,「このような経過を整理して,導入期間(induction period:①から②),潜伏期間(latent period:②から④もしくは②から⑤),経験的導入期間(empirical induction period:①から⑤)というように,それまでは潜伏期間latency(①から⑤の経験的導入期間に相当)でおおざっぱに語られていた時間を,きちんと論文で定義したのがRothman(1981)です。その後,現代疫学と呼ばれる専門書で最も参考にされるテキストの第1版から現在の第3版に至るまで掲載され続けています(Rothman 2008)。」として,このような時間間隔の整理や定義が,津田教授らの独自のものではなく,Rothmanらによる確立された手法であることを示した。
 そして,柴田氏が「疫学で確立されている」とする平均有病期間は,時間の流れの⑤から⑥までの時間の長さの対象者全員の平均値であり,津田教授らが採用した平均潜伏期間(latent duration)は,③から⑤までの時間の長さの対象者全員の平均値であるから,理論的には,時間の幅の取り方を,どちらもがん細胞が発見されている「腫瘍の大きさが小さい方向にずらしただけ」のことであることを解説している。
 そもそも,この津田論文(甲D共168の1)は,Epidemiologyという疫学理論と環境疫学では最も厳しい医学雑誌の査読を通過して,巻頭に掲載された論文なのであるから,疫学理論的には認められたことが明らかで,恣意的な概念が用いられているなどとは考えられないものである。

  イ 平均潜伏期間4年に関する理解不足
 また,被告国指定代理人は,津田教授らの論文において,この平均潜伏期間に4年を割り当てていることについても,繰り返し崎山氏への反対尋問において釈明を求めていたが,これも同様に,そもそも筋違いであり,かつ誤った指摘である。
 津田教授らが当該論文において平均潜伏期間として割り当てた数字は4年であったが,この数字がより多かったり,少なかったりした場合に,結果や結論にどの程度の影響を与えるかを見積もるために,様々な値を割り当てることを感度分析という。津田教授は,平均潜伏期間に,現実的な数字である1年から20年を当てはめても,また非現実的な数字である100年までを当てはめても,やはり,甲状腺がんが多発しているとの結論にはかわりがないことを確認している(甲D共168の3・訳注2)。これは,それだけ,県民健康調査により確認された甲状腺がんの多発の程度が著しいことを意味する。
 感度分析において,平均潜伏期間に4より大きな数字を入れることは,小児甲状腺がんにおける一般的な平均潜伏期間に様々な数字を当てはめてみているのであって,県民健康調査によって確認された甲状腺がんの潜伏期間の平均を算出しているのではない。
 被告国指定代理人は崎山証人に対して,「先行検査の結果を分析するのに,Dに4より大きい数値を入れるということは,そのがんが本件事故前からあったことを認めることになるんじゃないですか。」と質問したが,これは,明らかにこの点を誤解したものであった。

  ウ 属性の異なる剖検例との的外れの比較
 さらに,被告国は,甲状腺がん以外で死亡した人の剖検例に数パーセントから30パーセント近くの乳頭がん(甲状腺がんの種類)が含まれることも指摘したが,的外れである。
 崎山証人が指摘したとおり,それらの報告例には確かに甲状腺がんが発見されているが,そもそも5mm以下のがんが多く,また,若年者には見つからないからである。

  エ UNSCEAR2016年白書による津田論文の評価
 被告国は,UNSCEAR2016年白書が津田論文について「このような弱点と不一致があるため,本委員会は,Tsuda et al.による調査が2013年報告書の知見に対する重大な異議であるとはみなしていない」との記載をしていることを指摘した。
 しかし,崎山証人が指摘するようにUNSCEARは純粋な学術団体ではない(崎山反対尋問調書53ページ)。
 崎山証人は,「UNSCEARというのは科学的にきちっとしたことではなくて,ある意味,ほかの政治的なプレッシャーというかそういう影響がある組織だということを言いたかったんです。」と説明をしている(崎山反対尋問調書55ページ)。
 UNSCEARについては,チェルノブイリ原発事故の際の甲状腺がん多発を認めた経緯も重要である。
 崎山証人は,この点,「(チェルノブイリ)事故が起きたのは1986年ですから,(事故による甲状腺がん多発を認めるまで)14年もたっていると。4年後ぐらいから,がんは増えているわけです。ですから,そういうのが『Nature』に出たのは千九百九十何年でしたか。要するに科学的なジャーナルに出てからUNSCEARがそれを承認するまで,かなりな時間が掛かっているということです。」とUNSCEARについて証言した(崎山反対尋問調書55ページ)。

  (8)小括

 このように,県民健康調査では,事前の想定より遙かに多数の小児甲状腺がんが発見されている。国や福島県は,これが原発事故による放射線被ばくによって生じたものであることを一貫して認めていない。得られた調査結果から,様々な可能性を慎重に検討しようとせず,健康影響は無いとの結果ありきの評価姿勢が保たれているようであることによって,却って,住民等の不安感や不信は増大してしまっているといえる。
 この様な状況は,原告らにとって,未だ元の居住地へ帰還することができないとの判断を継続する大きな理由となっており,避難生活を継続することに相当性があることを強く根拠づける事情であると言える。


 11 結語

 以上のように,避難が長期化することによって避難者の被害は深刻化の一途を辿っている。避難者は慣れ親しんだ故郷に帰り,本件事故前には当たり前だった生活を取り戻したいと切実に願っている。
 しかしながら,避難元は依然として高線量の地域もあり安全が確保されているとは到底言えない状況である。また,福島第一原発の状況が再び深刻化しないとする保証はどこにもないのである。安心して暮らせる環境も整わないままに進められる帰還政策を受け入れられないとすることは不合理とはいえない。
 また,これまでの被告国や被告東京電力の行動を鑑みるに,被告国や被告東京電力の発表する情報や今後の見通しについて原告らが不安を感じるのも無理からぬところであり,原告らがそれらを信用できないことにも合理的な理由がある。原告らが避難を継続せざるを得ないと判断することは不合理とはいえない。
 上述したように,本件事故から6年以上が経過した現在においても,未解決の種々の問題が山積みの状態であり,避難者が避難を選択したこと,また現在においても避難を継続していることが社会的相当性を有することは明らかである。本件事故による被害は避難を余儀なくされた時点で完結するのではなく,重層的・継続的に発生し続けているのである。

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