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★ 準備書面(36) −ICRP勧告の意味,低線量被ばくの健康影響等− 
 第2 公衆被ばく線量限度の考え方 
平成28年5月24日

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第2 公衆被ばく線量限度の考え方
 1 ICRPとLNTモデル
 2 LNTモデルの科学的根拠



第2 公衆被ばく線量限度の考え方


 1 ICRPとLNTモデル

  (1)ICRPの目的とは

 ICRP(国際放射線防護委員会)は,専門家の立場から放射線防護に勧告を行う国際組織である。
 ICRPは,これまで放射線防護の基本的理念や具体的な基準を勧告してきたが,それらの勧告における考え方は,核開発と原子力利用を前提としていると言われる。
 すなわち,ICRP1999年勧告は「放射線被ばくの原因となる有益な行為を不当に制限することなく」(甲D共10号証 100項)と述べ,また2007年勧告は,「被ばくに関連する可能性のある人の望ましい活動を過度に制限することなく」(甲D共11号証 26項)と述べている。
 しかし,このような立場のICRPであっても科学的な根拠に基づいてLNTモデルを採用し,公衆被ばく線量限度としては年1mSvとしているのである。

  (2)LNTモデルの意義

 LNTモデルとは,ある線量以下では放射線のリスクがなくなる境界の線量(「しきい値」という。)がないこと及び線量とリスクとは直線的比例関係にあることを意味している。
 どんなに低い線量でも害があるがゆえに,ICRPは個人が受ける総線量に超えてはならない限度を設定している。公衆については,平常状態において容認できない線量が年間1mSvなのである。

  (3)LNTモデルが適用されないことの意味

 線量限度の原則をあくまでも平常状態にのみ適用し,緊急時やその後の状況には「適用しない理由」について,1990年勧告には,以下のように記載されている。
「勧告された線量限度,あるいは事前に決めた他の任意の線量限度を,介入決定の根拠として使うことは,得られる便益とはまったく釣り合わないような方策を含むかもしれず,正当化の原則に矛盾するであろう。」(甲D共10号証 131項) 下線は原告ら代理人)。
 緊急事態後においては,長期間にわたってより高度の汚染が残り,個人の累積線量が年間1mSvをはるかに超える地域が発生することが予想されるため,全体を一気に年間1mSv以下に減らすことできるかどうか,すなわち「介入」するかどうかについては,その時の状況によると考えられたのである。
 緊急時やその後に続く状況だからといって,ICRPは,公衆被ばく線量限度が引き上げることを勧告しているわけではない。
 なお,2007年勧告では,「現存被ばく状況」という新たな状況区分を設けている。ICRPは,この状況で段階的に個人の線量を引き下げるための参考レベルを,年間1mSvから20mSvのバンドに設定すべきとしている。そして,2009年のPubl.111『原子力事故または放射線緊急事態後の長期汚染地域に居住する人々の防護に対する委員会勧告の適用』では,さらにそのバンドの下方部分から選択すべきとし,「過去の経験は,長期の事故後の状況における最適化プロセスを拘束するために用いられる代表的な値は1mSv/年であることを示している。」(甲D共13号証 総括(IX)・(o))とされている。
 そして,自己の被害を受けていない地域では,依然として年間1mSvが容認出来る線量の基準である。

  (4)現存被ばく状況における政府対応の問題点

 年間20mSvを超える地域には現在,避難指示がでているが,その避難指示区域外には,年間20mSvには達しないものの年間1mSvを超える地域が広がっている。
 本来,当該地域の住民は,そのままでは容認できない線量の被ばくをすることになるが,他方,これを避けるために避難・移転・移住をすれば避難等に伴う弊害が生じる。
 したがって,国は,その弊害をできる限り減らすように施策を講じるべきである。ところが,実際には,弊害をどのようにしたら減らせるのかという避難区域外への避難・移転・移住のあり方の検討はまったく行われていない。これでは,避難区域外へは避難・移転・移住はするなと言っているに等しく,無用な被ばくを強要する状況が継続していると評価されても仕方がない。

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 2 LNTモデルの科学的根拠

  (1)電離放射線が影響する科学的メカニズム

 放射線は,ただ1本が細胞を貫いても細胞内の分子に傷を付けることができ,また,放射線がDNAに与える損傷は複雑であって修復する際に間違いを起こしやすく,その間違った修復によって,がんを引き起こす可能性がある。
 このように放射線のリスクにしきい値がないことは,理論的にも実験的にも裏付けられた科学的事実である。
 また,線量とリスクが直線的比例関係にあることは,DNAの複雑損傷が線量に正比例して増加することからも実験的に裏付けられている。
 この点は,ICRP2007年勧告も,遺伝子及び染色体の突然変異に対する線量反応関係(甲D共11号証 A89項)で「放射線による遺伝子及び染色体の突然変異の誘発が,がんの過程に直接重要である」ことを述べ,「最も有益なデータは,わずかではあるが,数十mGyの線量まで直線性を示唆しており,数mGyまでの低い線量域でこの単純な比例関係から外れることを示唆するよい理由はない。」としている。
 また,同細胞内DNA損傷反応(甲D共11号証 A90項)でもDNA損傷と発がんの関係を論じており,「現行のデータは,放射線の件用に特徴的な化学的に複雑なDNA二本鎖損傷の,本質的にエラーを起こしやすい修復過程が支配的であることを示している。数十mGyに至る低い線量でのエラーを起こしやすいDNA修復は,遺伝子/染色体突然変異に係わる細胞の線量反応関係がほぼ直線になることと合致し,線量とこの突然変異に関連するがんのリスクとの間の単純な比例関係が存在することを暗示している。数十mGy以下の線量におけるDNA修復の忠実さが生化学的に変化する可能性は排除できないが,そのような変化を予測する具体的理由はない。」と述べている。

  (2)放射線影響の疫学

 ICRPが採用する「しきい値なし」と「線量とリスクの直線関係」は,疫学的にも証明されている。
 すなわち,広島・長崎原爆被爆者寿命調査14報では,「ゼロ線量が最良の閾値推定値であった。」と述べてしきい値なしを明言しており,全線量域に於いて線量とがん死リスクの問に直線性が示されている。
 そして,ICRPは,2007年勧告で,人の防護体系の基礎にLNTモデルを採用した理由として「a,放射線量評価のための人の解剖学的及び生理学的な標準モデル,b,分子及び細胞レベルでの研究,c,動物実験を用いた研究,そしてd,疫学的研究の利用」に基づく」としているのである(甲D共11号証 32項)。
 この点,低線量被ばくリスク管理に関するワーキンググループ報告書(甲D共35号証。以下「WG報告書」という。)がLNTモデルについて,「科学的に証明された真実として受け入れられているのではなく(中略)公衆衛生上の安全サイドに立った判断として採用されている」と述べているのは,明らかな間違いである。
ICRP1990年勧告,ICRP2007年勧告のみに基づいても,LNTモデルは科学的理論に裏付けられたものであること,疫学的にも10mGyで発がんリスク上昇が示されていると記載されているからである。
 また被告国は,被告国第7準備書面において,LNTモデルの「根拠となっている仮説を明確に実証する生物学的/疫学的知見がすぐに得られそうもないということを強調しておく」(第7準備書面・5ページ)と主張するが,これは誤りであり,現にLNTモデルは生物学的/疫学的知見によって実証されている(後記第3参照)。
 UNSCEAR2010年報告(丙D共1号証 25項)に10mGy以上の胎児被ばくで発がんリスクが上昇すること,テチャ川流域住民では広島・長崎の寿命調査よりも線量あたりのリスクが高く,リスクとの直線関係を示していたこと,ICRPが2007年勧告(甲D共11号証 32項)でLNTモデルを採用した科学的な理由を挙げていたことに鑑みると,ICRP委員であった人物がWG報告書において,LNTモデルを「公衆衛生上の安全サイドに立った判断として採用」したと説明するのは極めて不誠実な態度というべきである。

  (3)線量・線量率効果比(DDREF)

 WG報告書は,ICRPが安全側に立っていると述べているが,DDREFを2とする考え方に現れているように,ICRPが安全側に立っているということはできない。
 線量率とは単位時間当たりの線量をいう(崎山意見書16ページ)。同じ線量でも時間をかけてゆっくり被ばく(低線量率)する場合と全量を一度に浴びる(高線量率)とでリスクは変わるか,変わらないか,変わるとすればどのくらいか,そのファクターを線量・線量率効果係数(DDREF)と言い,これをいくつにするかには専門家の間でも議論がある。
 低線量率でも高線量率でも線量あたりのリスクは同じとする考え方をとれば,DDREFは1となり,低線量率ではリスクは高線量率の1/2になると考えればDDREFは2になる。崎山意見書に述べられているように,WHO,UNSCEAR, 欧州放射線リスク委員会(ECRR)はいずれもDDREFを1とし,BEIRZでは1.5としている。ところが,ICRPはDDREFとして2を採用している。これは後述とおり(第3,9項),過小評価であるから,ICRPは安全側にたった判断をしているわけではない。

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