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★ 原告準備書面(21) ―中間指針追補および同第二次追補の位置づけについて― 
 第7 被告東京電力指摘の裁判例は本件には当てはまらない 
2015〔平成27〕年9月18日

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第7 被告東京電力指摘の裁判例は本件には当てはまらない
 1 被告東京電力の主張
 2 放射線被害は過去の裁判例の事故とは全く異なる
 3 乙D共33記載の裁判例について
 4 乙D共29記載の裁判例について
 5 まとめ



第7 被告東京電力指摘の裁判例は本件には当てはまらない


 1 被告東京電力の主張

 被告東京電力は,中間指針における一人月額10万円又は12万円の避難等に係る慰謝料額の賠償基準は,過去の裁判例との整合性の観点からも合理性・相当性を有するとして,乙D共29記載の裁判例を指摘する(被告東京電力共通準備書面(1)・49〜51頁)。また,原賠審においては,自主的避難等対象者の損害額を定めるに当たって,平穏生活権の侵害が問題となったこれまでの裁判例を参考にしているとして,乙D共33記載の裁判例を指摘する(被告東京電力共通準備書面(1)・62〜65頁)。
 しかしながら,以下の通り,被告東京電力が指摘する裁判例は,いずれも本件とは,被侵害利益等が異なるものであって,本件における被害者の慰謝料を算定するに当たって参考にはならない。


 2 放射線被害は過去の裁判例の事故とは全く異なる

 本件事故によって発生した放射線物質拡散による被害は、我が国においては類例のないほど大規模であり(本件事故によって放出された放射性物質は、日本全国に拡散し、追加被ばく線量が1ミリシーベルトを超える面積は、我が国の面積の3%にあたる約1万3000平方メートルに及ぶと推計されている。)、また、放射性物質の特性から、被害は長期間継続する上、被害の予測や把握が極めて困難である。
 本件事故の被害者は、その地域や家庭における生活を根底から破壊され、かつ、その被害は、上記のとおり、大規模かつ長期に亘り、被害の全容や終わりの見えないものである。また、本件事故の被害者は、生涯に亘り放射線被ばくによる健康被害の不安を持ちながら生活を続けなければならない。このような被害の特質を考えれば、本件事故による被害は、過去の公害・環境事件において例を見ない未曾有の被害といわなければならない。
 そうすると、被告東京電力が指摘する過去の裁判例は、本件における被害者の慰謝料を算定するに当たって参考にはならない。

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 3 乙D共33記載の裁判例について

 乙D共33記載の裁判例は,騒音,振動,悪臭,虫害,日照被害,煙害等の被害についての裁判例である。
 これらの裁判例は,被害者がそれまでの間に個々人で築き上げてきた人間関係,地位,財産,習慣や思い出等の被害者を取り巻く社会生活関係がそのまま継続していることを前提とした,騒音,振動,悪臭,日照被害等の生活妨害についての慰謝料を判断したものである。
 他方,本件事故の被害者は,本件事故により社会生活関係を分断されたことから,被害者の生活における,住み慣れた居所や地域の喪失,就労環境と働く自由の喪失,学校生活環境の喪失,子どもらしく遊ぶ自由の喪失,家族の交流の喪失等の被害を受けているのである。本件事故の被害者は,それぞれの社会生活関係を基盤とした人生の発展可能性を回復不可能に奪われたのであって,人格発達権を侵害されている。このように,本件は,乙D共33記載の裁判例とは,そもそも被侵害利益が異なるのであって,被害関係が全く異なる。
 また,本件における被害者は,避難元では放射線に被ばくし,避難先においても生涯にわたって放射線被害がいつどのような形で発現するかわからないという不安に怯え続けており,被害者は,放射線被害への不安のない平穏な生活を将来にわたって奪われていて,平穏生活権を侵害されている。騒音,振動,悪臭等の場合,侵害態様は耳で聞いたり臭いを嗅いだりすることにより感じることができるのであり,それ故に,これらの侵害がなくなれば(これらの侵害を感じなくなれば)元の平穏な生活に戻ることができる。しかし,放射線被害は五感で感じることができないのであって,本件の被害者は,生涯にわたり放射線被害への不安な生活を余儀なくされるのである。平穏生活権の侵害についても,本件は,乙D共33記載の裁判例とは,被害内容,被害期間等が全く異なるのである。
 また、乙D共33記載の裁判例は、いわゆる受忍限度論が問題となる生活妨害についての事案である。しかし、受忍限度論は、権利侵害行為そのものが権利行使といえる場合における被侵害権利との調整理論であるところ,本件事故によって放射性物質を拡散させたことは権利行使とはいえず、本件は受忍限度論が適用される場面ではない。この点でも、本件は、乙D共33記載の裁判例とは異なるのであり、権利行使による被害の場合よりも高額の慰謝料が認められるべきである。

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 4 乙D共29記載の裁判例について

 確かに,居住不能となり転居を余儀なくされたという意味では,乙D共29記載の地滑り事故や擁壁の崩落事故と本件は,共通している部分がある。
しかし,以下の通り,乙D共29記載の裁判例も,本件事故の被害者の慰謝料を算定するに当たって参考にはならない。

  (1) 本件事故と地滑り事故・擁壁崩落事故との違い

 そもそも,本件事故と地滑り事故・擁壁崩落事故では,被侵害利益,被害内容,被害期間等が異なる。
 地滑り事故・擁壁崩落事故では自宅が居住不能になっているが,被害者がそれまでの間に個々人で築き上げてきた人間関係,地位,習慣や思い出等の被害者を取り巻く社会生活関係の全部が奪われたわけではない。居所を失っても,被害者が生活していた地域が失われたわけではないのである。
 他方,本件事故の被害者は,本件事故により社会生活関係を分断されたことから,被害者の生活における住み慣れた居所だけではなく,住み慣れた地域の喪失,就労環境と働く自由の喪失,学校生活環境の喪失,子どもらしく遊ぶ自由の喪失,家族の交流の喪失等の被害を受けているのである。本件事故の被害者は,それぞれの社会生活関係を基盤とした人生の発展可能性を回復不可能に奪われたのであって,人格発達権を侵害されている。このように,本件は,地滑り事故・擁壁崩落事故の事案とは,被侵害利益が異なるのであって,被害関係が全く異なる。
 また,地滑り事故・擁壁崩落事故の場合,被害者は,転居した上で生活を立て直すことができる。ところが,本件原発事故の被害は,極めて長期間にわたって継続するという特質があり,原告らが長期にわたって継続する苦難を抱えている点に本件事故の被害の深刻さがある。本件事故自体がおよそ収束したとは言えず,多くの避難者にとって避難元への帰還の見通しはたたないままである。また,滞在者は放射線被ばくを受け続ける生活に強い苦痛と不安を感じている。避難者にとっても,既に受けた放射線被ばくによる健康影響への恐怖・不安は生涯にわたる永続的なものとならざるを得ない。本件事故の被害者は,生活面でも,健康面でも,先行きの見通しの持てない極めて長期間の継続した不安にさらされているのである。このように,本件は,地滑り事故・擁壁崩落事故の事案とは,被害内容及び被害期間も全く異なるのである。
 以上の通り,本件事故と地滑り事故・擁壁崩落事故では,被侵害利益,被害内容,被害期間等が異なるので,被害関係が全く異なるから,乙D共29記載の裁判例は,本件における被害者の慰謝料を算定するに当たって参考にはならない。

  (2) 長崎地裁佐世保支部判決昭和61年3月31日について

 被告東京電力は,長崎地裁佐世保支部判決昭和61年3月31日(乙D共29の「身体的損害なし」の4番。甲D共76。以下「昭和61年長崎地佐世保支判」という。)について,避難期間が約7年7か月の地滑り事故事案では,財物喪失による慰謝料として50万円,仮設プレハブ住宅に居住していた者には150万円の慰謝料が認容されていると主張している(被告東京電力共通準備書面(1)・49,50頁)。このような被告東京電力の主張からは,裁判所が,避難期間7年7か月についての慰謝料を150万円であると判断したかのように読める。
 しかしながら,昭和61年長崎地佐世保支判はそのような判断をしたものではない。
 昭和61年長崎地佐世保支判において,被告東京電力が仮設プレハブ住宅に居住していた者として指摘している被害者は,甲D共76の原告山下正(以下「原告正」という。)であると思われる。昭和61年長崎地佐世保支判は,確かに,原告正について,慰謝料150万円を認定している(甲D共76の52頁)。しかし,原告正は,そもそも慰謝料を150万円しか請求していないのである(甲D共76・41頁)。しかも,原告正が請求している慰謝料は,原告正が本件事故により開放性頭蓋骨骨折,脳挫傷等の重大な傷害を負い,63日間入院して6日間通院したことの慰謝料100万円と,地滑り事故により自宅の家屋及び家財道具を全て失い,その後仮設プレハブ住宅での不便な生活を余儀なくされていることの慰謝料50万円である(甲D共76の41頁)。つまり,原告正は,自宅を失って仮設プレハブ住宅で避難生活をしたことの慰謝料として50万しか請求しておらず,裁判所はその満額を慰謝料として認めたに過ぎない。長崎地方裁判所佐世保支部は,約7年7か月もの仮設プレハブ住宅での避難生活の慰謝料について50万円が相当であると判断したわけではないのであり,昭和61年長崎地佐世保支判が本件における被害者の慰謝料を算定するに当たって参考にならないことは明白である。

  (3)長野地裁判決平成9年6月27日について

 被告東京電力は,長野地裁判決平成9年6月27日(乙D共29の「身体的損害なし」の2番。甲D共77。以下「平成9年長野地判」という。)について,避難期間約1週間から約3年9か月の事案において,避難生活期間に関わらず概ね300万円〜400万円の慰謝料が認容されていると主張している(被告東京電力共通準備書面(1)・50頁)。被告東京電力は,約3年9か月の避難期間でも400万円の慰謝料しか認められていないという点を強調したいのかもしれない。
 しかし,以下の通り,平成9年長野地判は,避難期間の長さに応じて慰謝料額を算定したものではない。
 平成9年長野地判において,被告東京電力が避難期間約1週間として指摘している被害者は,甲D共77の原告番号17の原告西脇博であると思われる。原告西脇博については,平成9年長野地判は,地滑り事故が発生した昭和60年7月26日から同月末まで小学校に避難し(避難期間は5日程度である),その後は賃貸アパート暮らしになったことを認定し,財産的被害の内容・程度,避難生活の態様,家族構成等の諸般の事情を斟酌して,慰謝料を300万円とした(甲D共77の131,132頁)。
 他方で,被告東京電力が避難期間約3年9か月として指摘している被害者は,甲D共77の原告番号7の原告小松次郎であると思われる。原告小松次郎については,平成9年長野地判は,地滑り事故が発生した昭和60年7月26日から同年8月17日まで姉のアパートで生活し,その後新築の現住居に入居した平成元年4月までの間は県営住宅での暮らしとなったことを認定し,財産的被害の内容・程度,避難生活の態様,家族構成等の諸般の事情を斟酌して,慰謝料を300万円とした(甲D共77の124,125頁)。
 このように,避難期間が5日程度の被害者でも避難期間が3年9か月の被害者でも,慰謝料は300万円なのであって,平成9年長野地判は,避難期間の長さに応じて慰謝料額を算定したものではないのである。平成9年長野地判は,避難にかかる精神的損害について十分に評価したものではなく,本件における被害者の慰謝料を算定するに当たって参考にはならない。

  (4) 徳島地裁判決平成17年8月29日について

 被告東京電力は,徳島地裁判決平成17年8月29日(乙D共29の「身体的損害なし」の3番。甲D共78。以下「平成17年徳島地判」という。)について,避難期間約8年の擁壁崩落事案において,慰謝料額として300万円が認容されていると主張して,約8年の避難期間でも300万円の慰謝料しか認められていないという点を強調している(被告東京電力共通準備書面(1)・49頁)。
 しかし,以下の通り,平成17年徳島地判も,本件における被害者の慰謝料を算定するに当たって参考にはならない。
 平成17年徳島地判は,原告がローンを組んで自宅を取得し,自宅建物で生活を始めてから3か月が経たないうちに擁壁崩落事故が発生したこと及びそのローンの支払を継続していることを重視して,慰謝料300万円を認定している(甲D共78・95頁)。平成17年徳島地判は,避難期間が約8年であることを認定した上でその点について慰謝料を算定したわけではなく,避難期間の長さに応じた慰謝料額を算定しているわけではない。平成17年徳島地判も,避難にかかる精神的損害について十分に評価したものではなく,本件における被害者の慰謝料を算定するに当たって参考にはならない。


 5 まとめ

 本件における被侵害利益は,包括的生活利益としての平穏生活権等の複合的な人格権である。とりわけ,本件では,被害者は,生まれ育ちあるいは住み慣れた土地を奪われた上,これまで築いてきた地域生活や地域社会を崩壊させられているのであって,このような地域生活を根こそぎ奪われるという損害を被っている。本件ではこのように人格権が侵害されているのであって,被告東京電力が指摘する裁判例とは被害関係が全く異なるのであり,これらの裁判例は本件における被害者の慰謝料を算定するに当たって参考にはならない。

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