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★ 準備書面(20) −中間指針の位置づけについて− 
 第4 中間指針等の示す慰謝料についての基準は,
内容的にも極めて限定的なものであること 
2015〔平成27〕年9月18日

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第4 中間指針等の示す慰謝料についての基準は,内容的にも極めて限定的なものであること
 1 自賠責基準を参考に慰謝料の額を算定していることの不当性
 2 慰謝料の内容が極めて限定的であること
 3 被害者らに認められるべきは,被侵害利益に対する賠償であること
 4 小括



第4 中間指針等の示す慰謝料についての基準は,内容的にも極めて限定的なものであること


 1 自賠責基準を参考に慰謝料の額を算定していることの不当性

 中間指針等は,後述するように,審議の過程で自賠責保険の慰謝料算定基準を参考にして原発事故の慰謝料の金額を算定している。しかし,訴訟によって原発事故により被った精神的苦痛を損害賠償として請求する場合,同基準は全く妥当しない。理由は,以下のとおりである。

  (1) 自賠責基準を参考にした基準を裁判上の賠償基準にすべきでないこと

  ア 交通事故と本件の原発事故との違い
 そもそも,自賠責基準は,交通事故の損害賠償について用いられる基準である。交通事故においては,加害者と被害者に交代可能性があり,任意保険による補償が期待できることが前提となっている。
 しかし,原発事故については,加害者である電力事業者と被害者である住民に立場の交代可能性はない。また,原発事故においては,任意保険による補償はない。したがって,そもそも交通事故とは,全く背景が異なっているのであるから,交通事故の損害賠償における基準は,本件事故には妥当しない。

  イ 自賠責基準では完全賠償にならないこと
 自賠責保険は,基本保障といわれ,支払基準に従い保険金支払額が定められる。この支払額は,基本保障という性質から,裁判所において認定される損害賠償額よりも低額であり,完全賠償ではない。
 したがって,完全賠償を目的とする原発事故訴訟における慰謝料の算定基準として自賠責基準を参考とした基準を採用できないことは自明である。

  ウ 最高裁も自賠責保険基準に拘束されないと判示していること
 自動車事故における賠償義務者の自賠法15条請求につき,最高裁は,「法16条1項に基づいて被害者が保険会社に対して損害賠償額の支払を請求する訴訟において,裁判所は,法16条の3第1項が規定する支払基準によることなく損害賠償額を算定して支払を命じることができるというべきである」と判示し(最高裁平成18年3月30日判決),さらに「法15条所定の保険金の支払を請求する訴訟においても,上記の理は異なるものではないから,裁判所は,上記支払基準によることなく,自ら相当と認定判断した損害額及び過失割合に従って保険金の額を算定して支払を命じなければならないと解するのが相当である」と判示している(最高裁平成24年10月11日決定)。

  エ 原賠審委員も裁判外の基準であることを前提としていること
 原賠審委員である中島肇教授によれば,原賠審において自賠責保険の傷害慰謝料の基準が用いられた根拠には,自賠責制度のもとでの傷害慰謝料は「主観的・個別的事情を取捨した客観的な性質の強いもの」であって,生命・身体的損害を伴わない精神的損害(生活の阻害に伴う精神的苦痛)に対する慰謝料の基準として適しているとの理解があるようである。
 その背景には,加害者の非難性を含めた主観的・個別的事情を慰謝料で考慮することは,あくまで裁判官の裁量にゆだねられているものであって,裁判外での自主的な紛争解決規範の画一的な内容に盛り込むことには適さないとの理解がある。
 中間指針において,原発事故における慰謝料に,自賠責保険の傷害慰謝料基準が参考にされた理由が上記の点にあるのだとすれば,同じ事件が裁判に持ち込まれた場合には,責任主体(東京電力)の非難性を含めた主観的・個別的事情が斟酌されて慰謝料が算定されるべきであることを,中間指針自体が示していることになる(甲D共67・潮見佳男「福島原発賠償に関する中間指針等を踏まえた損害賠償法理の構築(上)」)。
 よって,裁判において本件のような原発事故による損害賠償として慰謝料を請求する場合には,まさに加害者の非難性を含めた主観的・個別的事情を考慮してその額を決定するべきであり,自賠責基準を参考とした賠償基準は妥当しない。

  (2) 議論が尽くされないまま自賠責基準が参考にされたこと

 2011〔平成23〕年6月9日の第7回中間指針会議において,はじめて,避難者に対する慰謝料について,具体的な算定基準が取り上げられた。そこでは,まず,大塚直委員が,「例えば交通事故の赤本(「民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準」のこと)とか」として,交通事故慰謝料基準を参照するという考え方を出している。
 これに対し,能見会長からは,「自賠責だとか,あるいは日弁連などでも慰謝料について一定の基準を示しておりますので,そういうものを参考にしたらどうか」,「交通事故などで入院した場合の慰謝料について自賠責などの基準がございますので,そんなものを参考にしながら議論するのはどうかと私などは個人的には思っております」という私見が示され,そこではいつの間にか,大塚直委員のいう赤本(裁判所)基準ではなく自賠責基準が参照基準とされている。
 その上で,自賠責の慰謝料は身体的傷害を伴うものであり,不自由な生活で避難しているとはいえ,行動自体は一応は自由である避難者の精神的苦痛とは同じではないため,自賠責より低い額になるのではないか等の問題提起がなされている。この提起に基づいて,第8回会議の資料では自賠責保険における慰謝料額月額12万6000円という参考額が示され,審査会では能見会長から月額10万円,第2期については5万円という額が提案され,特に議論もなく決定されている(甲D共65・吉村良一「原子力損害賠償紛争審査会「中間指針」の性格)。
 上記の経過のとおり,赤本(裁判所)基準で算定してはどうかという委員からの提案があったにもかかわらず,特に議論もないまま,いつの間にか自賠責基準を用いることが決定されたにすぎない。慰謝料の算定基準として自賠責基準を用いることに確たる根拠があったわけではない。

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 2 慰謝料の内容が極めて限定的であること

  (1) 日常生活阻害慰謝料

 中間指針では,避難等対象者が受けた精神的苦痛のうち,賠償対象となる精神的苦痛の内容は,避難者について「自宅以外での生活を長期間余儀なくされ,正常な日常生活の維持・継続が長期間にわたり著しく阻害されたために生じた精神的苦痛」であり,屋内退避では「屋内退避を長期間余儀なくされた者が,行動の自由の制限を余儀なくされ,正常な日常生活の維持・継続が長期間にわたり著しく阻害されたために生じた精神的苦痛」であるとする。これを,原子力損害賠償紛争解決センターの総括基準では,「日常生活阻害慰謝料」と表現している。
 中間指針は,この日常生活阻害慰謝料と避難費用のうち生活費増加分とを合算した金額の目安が一人月額10万円(避難所等では12万円)であるとした。

  (2) 見通し不安に関する慰謝料

 原子力損害賠償紛争解決センターの総括基準では,日常生活阻害慰謝料が第2期において月額10万円から5万円に減額された以降について,「避難者は,将来自宅に戻れる見込みがあるのかどうか,戻れるとしてもそれが何年先のことになるのかが不明であり,自宅に戻れることを期待して避難生活を続けるか,自宅に戻ることを断念して自宅とは別の場所に生活拠点を移転するかを決し難く,今後の生活の見通しが立たないという非常に不安な状態におかれている」として,この精神的苦痛に対する慰謝料「見通し不安に関する慰謝料」を月額5万円とした。後に,原賠審もこの上乗せを認めている。

  (3) 慰謝料の内容が「日常生活阻害慰謝料」と「見通し不安に関する慰謝料」のみであること

  ア 健康影響への懸念に関する精神的苦痛が除かれていること
 このように,避難者に対して中間指針等が定める慰謝料は,金額の低廉さもさることながら,そもそも,その対象とする精神的苦痛の内容が,日常生活阻害と見通し不安の2点のみに限定されているという問題がある。
 本件の被害者らは本件事故直後に放射線被ばくをしたことや,その後も少なからぬ被ばくを避けられなかったことによる健康影響を懸念し,不安や強い精神的苦痛を受けている。しかし,中間指針等ではこのような健康影響への懸念に関する精神的苦痛に対する慰謝料は認められていない。審議の当初は,放射線被ばくによる健康不安に対する賠償の問題も意識され議論されていたにもかかわらず,その後,福島県の健康調査が行われることから,その結果が出てからあらためて検討することにしてはという事務局提案があり,盛り込まれないこととなった。
 なお,自主的避難等対象区域内に滞在を続けた者の精神的苦痛に関し,中間指針追補では「放射線被ばくへの恐怖や不安,これに伴う行動の自由の制限等により,正常な日常生活の維持・継続が相当程度阻害されたために生じた精神的苦痛」との表現が用いられているが,これも精神的苦痛としてはあくまでも“日常生活の阻害”を問題とするものとなっている。

  イ 長期帰還困難が評価されたとは言えないこと
 中間指針第二次追補では第3期の精神的損害に関する「備考」として,「帰還困難区域にあっては,長年住み慣れた住居及び地域における生活の断念を余儀なくされたために生じた精神的苦痛が認められ(る)」と記載されている。
しかし,第2期と第3期で賠償すべきとされる金額に差はないから,単に表現をつけ足したに過ぎないのであって,別内容の精神的苦痛を慰謝料の対象としたものとは評価できない。

  ウ 故郷喪失も評価されたとは言えないこと
 第四次追補では,帰還困難区域を対象とする慰謝料の一括払い制度が定められている。原賠審の審議の際に事務局が作成,配付した資料には,この点が「故郷喪失慰謝料」と表記されている。しかし,これについても「日常生活阻害慰謝料」と「見通し不安に関する慰謝料」についての月額10万円の支払いが積み重なって「故郷喪失慰謝料」とほぼ同額になると慰謝料が頭打ちになると定められていること等からすれば,ふるさとの喪失という未曾有の事態を別個に評価したものとはほど遠く,実態は,同質の慰謝料が一括払いされるものでしかないことが指摘されている(甲D共66・除本理史「原発避難者の精神的苦痛は償われているか」)。

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 3 被害者らに認められるべきは,被侵害利益に対する賠償であること

 これに対し,被害者らが本来的に賠償を受けるべき慰謝料の内容は,これらにとどまるものではなく,遙かに大きなものである。
そもそも,本件の被害者らが被った精神的苦痛や被害は,より本質的な損害総論の議論の中で捉えられなければならない。
 原告ら準備書面(11)でも述べているとおり,被害者らは本件の原発事故により,包括的生活利益としての平穏生活権という人格的利益を害されている。
 中間指針等は,精神的損害の賠償を日常生活において個々の被害者の行動が制約されることによる精神的苦痛等と捉えている。しかし,本件における平穏生活権等の侵害は,単に日常生活における行動の自由が制限されたというだけでなく,平穏な生活が害されることで,日常生活における人格の自由な展開とそれにより得られる利益の享受をも害されていることが正しく評価されなければならない。人々が社会のなかで行動し,利益を享受するとの観点からみたとき,日常生活から得られる利益は,被害者が属していた地域社会(コミュニティー)で行動し,そこでの生活から得られる利益を享受することができるということも含まれる。その被害は,人生全体に及ぶものであり,限定的に捉えることはできない。本件の慰謝料は,包括的な生活利益が広く害されたことに対するものとして評価されなければならないのである。
 本件のこのような被害に照らして,中間指針等が慰謝料の対象とする精神的苦痛はあまりにも狭く限定されたものと言わざるを得ない。


 4 小括

 このように,中間指針等に示された精神的損害の賠償に関する基準は,その内容においても,その金額の評価においても,原告らの被った損害に照らして極めて限定されたものにとどまっていることが明らかである。

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