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★ 準備書面(10) ―シビアアクシデント対策2― 
 第4 国の規制権限不行使の違法(SA対策) 
平成26年12月25日

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第4 国の規制権限不行使の違法(SA対策)
 1 省令制定権限の不行使
 2 行政指導権限の不行使の違法



第4 国の規制権限不行使の違法(SA対策)

 福島第一原発事故以前にはSA対策を規定する省令は存在しなかった。しかし,被告国は,電気事業者に対し,SA対策を義務づける省令を制定すること,又は,行政指導を行うことで事故を回避することが可能であった。
 以下,SA対策に関する被告国の規制権限不行使の違法について述べる。


 1 省令制定権限の不行使

  (1) 省令制定権限不行使が国家賠償法1条1項の適用上違法となること

 国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は,その権限を定めた法令の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,具体的事情の下において,その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは,その不行使により被害を受けた者との関係において,国家賠償法1条1項の適用上違法となる。
 これを本件について見ると,電気事業法は,「電気工作物の工事,維持及び運用を規制することによって,公共の安全を確保し,及び環境の保全を図ること」を目的として(1条),「事業用電気工作物を主務省令で定める技術基準に適合するように維持しなければなら」ず(39条1項),その主務省令において,「事業用電気工作物は,人体に危害を及ぼし,又は物件に損傷を与えないようにすること」とされている(39条2項1号)。
 これを受け,通産省令により,発電用水力設備,発電用火力設備,電気設備,発電用原子力設備等に関する技術基準及び発電用原子力設備に関する放射線による線量当量等の技術基準が定められている。すなわち,電気事業法による細かな技術的規制内容は,包括的,網羅的に省令に委任されている。
 このように電気事業法が,事業用電気工作物の維持のために電気事業者が講ずるべき措置の内容を省令に包括的,網羅的に委任した趣旨は,当該措置の内容が,多岐にわたる専門的,技術的事項であること,また,その内容を出来うる限り速やかに,技術の進歩や最新の技術的知見に適合したものに改正していくためには,これを主務大臣に委ねるのが適当とされことによるものである。
 上記の通り,法の趣旨及び規定の趣旨に鑑みると,電気事業法の主務大臣たる経済産業大臣の電気事業法に基づく規制権限は,公共の安全を確保し,及び環境の保全を図ることを目的として,できる限り速やかに,技術の進歩や最新の技術的知見に適合したものに改正すべく,適時にかつ適切に行使されるべきものである(最高裁平成13年(受)第1760号同16年4月27日第三小法廷判決・民集58巻4号1032頁。最高裁平成26年(受)第771号同26年10月9日第一小法廷判決・裁時1613号2頁)。
 なお,最新の技術的知見には,設備に影響を与えうる地震,津波等の外的要因に関する科学的知見やSA等の規制手法に関する知見をも含むと解するべきである)
 したがって,適時かつ適切に省令を改正しない場合,電気事業法の趣旨,目的やその権限の性質等に照らし,著しく合理性を欠くものであって,国家賠償法1条1項の適用上違法となるものである。

  (2) シビアアクシデント対策に関する状況

 原告ら準備書面(8)で指摘した通り,昭和54年3月28日の米国スリーマイル島2号機事故及び昭和60年4月26日の旧ソ連チェルノブイリ4号機事故を契機としてシビアアクシデント対策の必要性が広く認識された。
 これらの事故を受けて,米国では,原子炉に関する確率的安全評価(PSA)を検討し,昭和62年2月,その成果を「NUREG−1150」(初版)と題する報告書にして公表した。同報告書においては,外的事象に起因する炉心損傷は,内的事象に比べて決して小さくないことが指摘されていた。
 原安委は,昭和62年7月,原子炉安全基準部会に共通問題懇談会を設置した。同懇談会では,シビアアクシデントに対する検討を行っており,NUREG−1150も,その検討対象とされていた。
 日本国内では,シビアアクシデントがなかなか規制に結びつかなかったものの,米国では,規制当局(NRC)が,平成3年,事業者に対し,地震等の外的事象を対象とした個別プラント毎の解析(IPEEE)実施を指示した。
 日本原子力研究所(現,独立行政法人日本原子力研究開発機構)は,平成7年5月に公開した「原子力発電所のシビアアクシデント−そのリスク評価と事故時対処策−」と題する報告書において,前記NUREG−1150を検討した上で,原子力発電所のPSAは,内的事象及び外的事象の両方を評価する必要性があると述べた。
 その後も,平成11年12月にはフランスのルブレイエ原発で洪水を原因とするSBO事故が,また,平成13年3月には,台湾の第三(馬鞍山)原発でも霧害を原因とするSBO事故が発生し,現実の問題としてシビアアクシデント対策の重要性が再認識された。
 さらに平成13年9月には米国で航空機テロが発生し,翌14年2月には,暫定補償措置命令(いわゆるB.5.b項)が出されたが,その内容が日本国内でも実施されていれば,本件事故の発生を防止し得たと評価されている。
 この間,日本国内では内的事象についてのみ行政指導により事業者に対策を求めたが,通産省課長通知「発電用軽水型原子力発電施設におけるアクシデントマネジメントの整備について」が平成8年9月に発出されてから事業者が「アクシデントマネジメント整備報告書」を提出するに至ったのは,ようやく平成14年5月のことであった。また,被告東電を含む電気事業者は,この間,外的事象によるシビアアクシデントの検討の必要性を認識しながらも,実際には対策を怠っていた。

  (3) 小括

 以上の通り,被告国は,平成14年以降,シビアアクシデント対策として内的事象のみならず,地震,津波等の外的事象の対策も必要であること,及び,事業者の自主的な取組では必要なシビアアクシデント対策が進まないことを認識していた。
 したがって,被告国は,その時点でできるだけ速やかに,電気事業法に基づく省令制定権限を適切に行使し,事業者に対し,発電用原子力設備について外的事象も含めてシビアアクシデント対策を行うよう義務づけを行ない,前記「第3」のような電源対策・最終ヒートシンク(崩壊熱除去系)の整備を行わせるべきであった。

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 2 行政指導権限の不行使の違法

  (1) 被告国の行政指導権限

 前述のとおり,電気事業法は,「電気工作物の工事,維持及び運用を規制することによって,公共の安全を確保し,及び環境の保全を図ること」を目的として(1条),「事業用電気工作物を主務省令で定める技術基準に適合するように維持しなければなら」ず(39条1項),その主務省令において,「事業用電気工作物は,人体に危害を及ぼし,又は物件に損傷を与えないようにすること」(39条2項1号)とされている。
 被告国は,同条に基づき,事業用電気工作物が「人体に危害を及ぼし,又は物件に損傷を与えないようにする」ために,政令を制定し電気事業者を規制する権限を有していたのであるから,同条に基づき行政指導を行う権限をも当然に有していた。
 そして,電気事業法39条1項に基づく行政指導権限は,人体に対する危害及び物件に対する損傷を防止することを主要な目的として,できる限り速やかに,事業用電気工作物が技術の進歩や最新の技術的知見等に適合するよう,適時にかつ適切に行使されるべきものであった。

  (2) 原子炉施設に対しては規制的行政指導がなされていたこと

 被告国は,行政指導の法形式で原子炉施設の規制を行ってきた。以下実例を挙げる。

  ア 耐震性の規制

  (1) 平成4年の耐震バックチェック(甲A1国会事故調添付資料7頁)
 平成4(1992)年5月18日,通商産業省資源エネルギー庁公益事業部(当時)は,電気事業連合会原子力部長宛てに,「耐震設計審査指針適用以前の原子力発電所に係る耐震安全性のチェック〈バックチェック〉結果の報告について」と題する文書を発出した[10]
 当該文書は,「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」(昭和56(1981)年7月原子力安全委員会決定)適用以前の原発について,関係電気事業者に対し,平成4(1992)年度末までに「バックチェック報告書」の提出を求めるものである。そして,報告書には「1.耐震重要度分類の新旧比較,2.基準地震動の新旧比較,3.地震応答解析結果の新旧比較,4.床応答スペクトルの新旧比較,5.建屋のバックチェック結果,6.機器・配管類のバックチェック結果,7.屋外構築物のバックチェック結果,8.動的機器のバックチェック結果」を盛り込むことを求め,「耐震設計審査指針適用以前の原子力発電所に係る耐震安全性のチェック(バックチェック)結果の報告に係る具体的評価方法等の考え方について」を添付している。
 これに対して東電は,平成6(1994)年3月に,「福島第一原子力発電所第1(乃至6)号機耐震性評価結果報告書」を提出した。
 以上の「バックチェック」とは,行政指導のことである。すなわち規制庁は,電気事業者に対し,行政指導の法形式にて,耐震安全設計審査指針適用以前の既存原子炉を対象とする耐震安全性の報告を要請し,電気事業者は積極的に従ったということである。

[10] 甲A1-7国会事故調参考資料によれば「この文書は,原子力発電安全企画審査課長と原子力発電安全管理課長の名前で出されており,押印も両名の私印であり,規制当局としての正式のものではない」ものとされる。

  (2) 平成18年の耐震バックチェック
 平成18年9月19日,原子力安全委員会は耐震設計審査指針等の耐震安全性に係る安全審査指針類を改訂した。原子力安全・保安院はこれを受けて,翌9月20日,「新耐震指針に照らした既設発電用原子炉施設等の耐震安全性の評価及び確認に当たっての基本的な考え方並びに評価手法及び確認基準について」と題する文書により,各電力会社等に対して,稼働中及び建設中の発電用原子炉施設等について耐震バックチェックの実施とそのための実施計画の作成を求めた(甲A2-388 政府事故調中間報告 甲A1-515国会事故調)。これも,被告国が,行政指導により,電気事業者に対し平成18年改正後の指針に基づく耐震安全性の評価を命じたものである。
 これに対し,平成18年10月18日,被告東電は,上記行政指導に応じて,保安院宛に耐震安全性評価実施計画書を提出した。同日付けの被告東電のプレスリリースには「当社は,平成18年9月19日付けで「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」(以下「新耐震指針」という)が改訂されたことに伴い,9月20日に経済産業省原子力安全・保安院より既設プラントの耐震安全性評価の実施に関する指示を受けました。本日,この指示に基づき,同院に耐震安全性評価実施計画書を提出いたしましたのでお知らせいたします。今後,実施計画書に基づき,新耐震指針に照らした耐震安全性評価を計画的に実施していくとともに,必要に応じて適切な措置を講じてまいります。」(甲A11:被告東電プレスリリース)との記載があり,積極的に被告国の行政指導に従い詳細な報告書を提出したことがわかる(甲A12:報告書概要)。

  イ 「残余のリスク」(設計基準外事象)に対する規制
 被告国は,上記平成18年9月19日付「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」において基本設計の段階のみならずそれ以降の段階も含めて,「残余のリスク」を「実行可能な限り小さくするための努力」を払うことを指示した。同指針は,「残余のリスク」を「策定された地震動を上回る地震動の影響が施設に及ぶことにより,施設に重大な損傷事象が発生すること,施設から大量の放射性物質が放散される事象が発生すること,あるいはそれらの結果として周辺公衆に対して放射線被ばくによる災害を及ぼすことのリスク」と定義している。いいかえれば,「残余のリスク」とは,地震における設計基準外事象(基準地震動を上回る地震)をさすものである(甲A13-2)。
 また,原子力安全委員会は,同日公表した「『発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針』等の耐震安全性に係る安全審査指針類の改訂等について」と題する文書(甲A14-2:18安委第59号平成18年9月19日原子力安全委員会決定)において,「当委員会としては,「残余のリスク」について定量的な評価を実施することは,将来の確率論的安全評価の安全規制への本格的導入の検討に活用する観点からも意義のあることと考え,安全審査とは別に,行政庁において,「残余のリスク」に関する定量的な評価を実施することを当該原子炉設置者に求め,その結果を確認することが重要と考える。なお,これらの評価の実施に際しては,確率論的安全評価(PSA)に代表される最新の知見に基づいた評価手法を積極的に取り入れていくことが望ましいと考える。」と述べ,電気事業者に対し「残余のリスク」の定量的な評価のために確率論的安全評価の実施を要請した。
 すなわち,被告国は,上記指針において地震における設計基準外事象(基準地震動を上回る地震)の発生可能性を認め,電気事業者に対し,確率論的安全評価(PSA)を取り入れたリスク対策を求めているのである。
 これに対し,被告東電も,保安院からの指示に従い,残余のリスクを定量的に評価する旨プレスリリースにて報告している(甲A11,12)。
 以上のとおり,保安院が,電気事業者らに対し,行政指導の形式でシビアアクシデント対策(設計基準外事象に起因する重大事故)を行い,被告東電はこれに積極的に従っていた。

  ウ AM対策に対する規制
 原告準備書面(8)25頁以下で述べたとおり,福島第一事故以前,被告国は,日本のシビアアクシデント対策(アクシデントマネジメント)について,法規制ではなく行政指導により電気事業者に対策を促した。

[原告準備書面(8)より]【図省略】

 平成19(2007)年,IAEAの総合的規制評価サービス(IRRS)報告は,日本のシビアアクシデント規制について,「設計基準を超える場合の考慮については,法的な規制は存在しない。」「原子力安全・保安院は,リスク低減のための評価プロセスにおいて設計基準事象を超える事故の考慮,補完的な確率論的安全評価の利用及びシビアアクシデントマネジメントに関する体系的なアプローチを継続すべきである。」と指摘し,日本政府に対しシビアアクシデント対策の法規制化を促していた(甲C42-21,23:日本に対する総合原子力安全規制評価サービス(IRRS))。これを受けて,保安院基本政策小委員会報告書は「規制制度の中の位置づけや法令上の取り扱い等について検討することが適当である」と報告した。また,原子力安全委員会班目春樹委員長は,SA対策の規制化を表明し,平成23(2011)年3月には,「AMに関する原安委決定(平成4(1992)年5月)」を廃止し,新たな決定を行う意向であった(甲A1-516,517,甲C43-1,2:「事故を経て原子力規制はどのようにかわったか」)。すなわち,本件事故時には,シビアアクシデント対策について,海外の機関からも国内機関からも法令により規制することが必要であると指摘されていたのである。
従って,被告国は,本来法令により規制すべき事項を行政指導により規制してきたのである。

  エ 小括
 以上のとおり,日本の原子力行政において規制庁は「行政指導」の法形式により,電気事業者に対し耐震安全性チェック及びAM対策を促してきた。これらは,通達により発出され,その内容も詳細かつ厳密な規定に基づくものである。そして,電気事業者はこれら行政指導に積極的に応じてきた。本来これらは,バックフィットすなわち法令に基づき行われるべき重要な規制である。
 従って,日本の原子力行政は,事業者の任意の協力を超えた規制的行政指導により電気事業者に対する規制を行ってきたものと評価できるのであり,被告国には適時に適切な行政指導による規制を行うことが期待されていた。

  (3) 本件事故を避けることので た行政指導

 本件事故の事故シーケンスから想定すると,被告国が電気事業者に対し,前記「第3」のような電源対策・最終ヒートシンク(崩壊熱除去系)の整備を行うよう行政指導を行っていれば,本件事故を回避することが可能であった。
そして,被告国は,遅くとも平成14年の時点で,国内外の事故故障情報等の知見より(原告準備書面(8)第2参照),外部事象に起因するシビアアクシデント(含SBO)対策・規制の必要性について予見していた。
 しかし,被告国は,SA対策について何ら適切な行政指導を行わなかった。

  (4) まとめ

 以上のとおり,被告国は,電気事業法39条1項に基づく行政指導権限を適時かつ適切に行使したものとは到底言えず,権限の不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くものである。そのため,被告国に行政指導権限の不行使は,国家賠償法1条1項の適用上違法である。

以 上

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