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★ 準備書面(9) ―WG報告書と因果関係― 
 第1 はじめに(本書面の位置づけ) 
平成26年11月7日

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第1 はじめに(本書面の位置づけ)
 1 相当因果関係に関する原告らの主張の確認
 2 被告東京電力の主張
 3 本準備書面の位置付け



第1 はじめに(本書面の位置づけ)

 1 相当因果関係に関する原告らの主張の確認

 本件訴訟の原告の多くは,国の避難指示が出されていない区域から避難した人たちである。このような区域外避難者に生じた損害について,相当因果関係の評価根拠事実は公衆被ばく線量限度との対比に尽きるものではないが,原告準備書面(3)で述べたとおり,どんなに少なくとも,公衆被ばく線量限度1mSvを超える地点が生活圏内に含まれる場合には避難の社会的相当性があり,相当因果関係が認められる。
 この公衆被ばく線量限度1mSvは,「規則的で継続する被ばくについて,これを超えれば個人に対する影響は容認不可と広くみなされるであろうようなレベルの線量」としてICRPが勧告し(甲共D10・44頁・149項),国内法も,刑罰をもって,公衆が線量限度を超えて被ばくしないよう徹底的に保護しているものである。

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 2 被告東京電力の主張

 他方,被告東京電力は,区域外からの避難は被告らの不法行為とは相当因果関係の存しないものであり,それゆえ損害賠償義務はないと主張するかのようである。具体的には,被告東京電力は,「原告らが避難の必要性の前提として主張している放射線被ばくの影響については」と述べ,放射線被ばくの危険性,被ばくに対する不安が避難の動機であると捉えたうえで,「年間20ミリシーベルトまでの被ばくについては学校の校舎・校庭利用の観点からも支障がないものである(すなわち,社会的に許容される水準である)」から,年間20ミリシーベルトを下回る地域からの(すなわち避難の指示が出されていない区域からの)避難に対しては一切損害賠償責任が生じないと主張したいようである。
 そして,上記主張の根拠(前提)となっているのが,低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ(以下「WG」という。)が2011年(平成23年)12月22日に作成した,『低線量被ばくリスク管理に関するワーキンググループ報告書』(以下「WG報告書」という。)である。被告東京電力は,WG報告書を一部引用しながら以下のように述べている(被告東京電力答弁書25頁以下)。

『(1) 「第1 本件事故と避難による損害についての因果関係」(76頁)について
 本件事故と原告らの主張する損害との因果関係の有無については,原告らによる個別の損害の具体的立証を待って改めて認否するが,原告らが避難の必要性の前提として主張している放射線被ばくの影響については,政府の要請に基づき放射性物質汚染対策顧問会議の下に設置された「低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ」(以下「WG」という。)の場において,それまでにおける国内外の放射線被ばくと健康影響に関する科学的知見の整理が行われ,その結果を取りまとめた報告書が公表されており,このWGの報告書によれば,低線量被ばくの健康管理について次のように整理されている。
  • 現在の科学でわかっている健康影響として,国際的な合意では,放射線による発がんのリスクは100ミリシーベルト以下の被ばく線量では,放射線リスクの明らかな増加を証明することは難しいとされている。
  • この100ミリシーベルトは短時間に被ばくした場合の評価であり,低線量率の環境で長期間にわたり継続的に被ばくし,積算量として合計100ミリシーベルトを被ばくした場合は,短時間で被ばくした場合よりも健康影響は小さいと推定されている(なお,ICRPは,長期にわたる低線量被ばくリスクを考慮する際には,低線量での健康影響の程度は高線量の場合の半分になるとして評価を行っている。)。この効果は動物実験においても確認されており,本件事故によって環境中に放出された放射性物質による被ばくの健康影響は,長期的な低線量率の被ばくであるため,瞬間的な被ばくと比較し,同じ線量であっても発がんリスクはより小さいと考えられる。
  • 年間20ミリシーベルト被ばくするとした場合の健康リスクは,喫煙,肥満,野菜不足などの他の発がん要因によるリスクと比べても低い。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このような科学的知見も踏まえて,文部科学省においても,一般公衆の年間被ばく限度に関して,本件事故後の復興時において,福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断の暫定的な目安について,原子力安全委員会の意見も踏まえて,年間上限20ミリシーベルトを目安とするものとしている(2011(平成23)年4月19日付け「福島県内の学校の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について(通知)」)。これは,ICRPが本件事故後の2011(平成23)年3月21日に改めて「今回のような非常事態が収束した後の一般公衆における参考レベルとして,1〜20MSV/年の範囲で考えることも可能」とする内容の声明を公表していることを受けてのものであり,このことは,我が国の政府(文部科学省)の取り扱いにおいても,WG報告書にあるような科学的知見に基づき,また,国際的な専門機関であるICRPの見解も踏まえ,復興時において,年間20ミリシーベルトまでの被ばくについては学校の校舎・校庭利用の観点からも支障がないものである(すなわち,社会的に許容される水準である)との考えが明らかにされていることを意味する。』
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 3 本準備書面の位置付け

 被告東京電力が最も言いたいことは,「年間20ミリシーベルトまでの被ばくは社会的に許容される水準である」という点である。
 しかし,まず,被告東京電力の引用する文科省通知は,一般公衆の年間被ばく限度について一切言及していない。また,同通知に対しては,公衆被ばく線量限度を勧告したICRP1990年勧告を国内法規制に取り入れるべきとした放射線審議会平成10年意見具申における放射線審議会基本部会専門委員(甲共D33・34頁)でもあった小佐古敏荘内閣官房参与が「私のヒューマニズムからしても受け入れがたいものです。」と会見で涙を流しながら辞任し(甲D34),さらに核戦争防止国際医師会議が「有害であり,撤回すべき」という書簡や勧告書を当時の文部科学大臣や菅総理に送付し,米国の「社会的責任のための医師の会」も20mSvという学校利用基準を記者会見で批判するなど,国内のみならず,国際的にも大きな批判が浴びせられた(甲A1・404頁)。
 さらに,より根本的な問題は,被告東京電力の上記主張が,当該WGが何を求められたかについての「位置づけ」や同報告書の「理解」の仕方が誤っており,また,「参考レベル」,「安全」,「リスク」,「限度」といった概念を混同させて,自己に都合よく曲解したものと言わざるを得ない,という点である。
 そもそもWGについては,構成メンバーや報告内容自身についても強い批判があるうえ,WGにおいて8回に渡って議論した内容が報告書に正確に反映しているとは言えないものであり,最後に報告書を取りまとめた共同主査である2名の意向が強く反映され恣意的にまとめられたものであるが,それらを措くとしても,「社会的に許容される」放射線量の水準を決定したものでないことは明らかである。
 よって,本書面では,WGやWG報告書の内容を概観し,WGの構成や報告書の問題点についても触れた上,同WGに期待された役割や位置づけを正確に述べるものである。そして,それとともに,WGでなされた議論過程を整理し,同議論内容と最後にまとめられた報告書との間に著しい乖離があることも指摘し,WG報告書によっては区域外からの避難の社会的相当性を否定することが到底できないことを述べる。
 なお,上記主張を行うにあたってICRP勧告等についても必要な範囲で触れるが,本書面の目的は,WGの報告書によって区域外からの避難の社会的相当性が否定されることはないこと,区域外から避難してきた原告らの行為が社会的に相当である(被告らの不法行為との間に相当因果関係が存する)ことを裏付ける点に存するのであり,科学的知見の是非を論じるものではないことを改めて述べておく。

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