TOP    裁判資料    会報「原告と共に」   げんこくだより   ブログ   リンク

★ 準備書面(4) 津波の予見について 
 第4 長期評価 
平成26年8月29日

 目 次(← 準備書面(4)の目次に戻ります)

第4 長期評価
 1.地震調査研究推進本部の設置
 2.長期評価の公表
 3.長期評価に政治的観点からの修正が加えられた可能性が高いこと
 4.プレート運動との整合性の観点から巨大地震の存在が指摘されていたこと



第4 長期評価


 1.地震調査研究推進本部の設置

  (1)地震調査研究推進本部設置の経緯

 平成7年1月17日に発生した阪神・淡路大震災は,6,434名の死者を出し,10万棟を超える建物が全壊するという戦後最大の被害をもたらすとともに,我が国の地震防災対策に関する多くの課題を浮き彫りにした。
 これらの課題を踏まえ,平成7年7月,全国にわたる総合的な地震防災対策を推進するため,地震防災対策特別措置法(以下「特措法」という。)が議員立法によって制定された。
 地震調査研究推進本部(以下「推進本部」という。)は,地震に関する調査研究の成果が国民や防災を担当する機関に十分に伝達され活用される体制になっていなかったという課題意識の下に,行政施策に直結すべき地震に関する調査研究の責任体制を明らかにし,これを政府として一元的に推進するため,同法に基づき総理府に設置(現・文部科学省に設置)された政府の特別の機関である(特措法7条1項)。

  (2)地震防災対策特別措置法

 地震防災対策特別措置法の目的は,「地震による災害から国民の生命,身体及び財産を保護するため,地震防災対策の実施に関する目標の設定並びに地震防災緊急事業五箇年計画の作成及びこれに基づく事業に係る国の財政上の特別措置について定めるとともに,地震に関する調査研究の推進のための体制の整備等について定めることにより,地震防災対策の強化を図り,もって社会の秩序の維持と公共の福祉の確保に資すること」である(特措法1条)。

  (3)地震調査研究推進本部の基本的な目標

 推進本部の基本的な目標は,地震防災対策の強化,特に地震による被害の軽減に資する地震調査研究の推進にあり,その役割は,大きく次の5つとされる(特措法7条2項)。
  1. 地震に関する観測,測量,調査及び研究の推進についての総合的かつ基本的な施策の立案
  2. 関係行政機関の地震に関する調査研究予算等の事務の調整
  3. 地震に関する総合的な調査観測計画の策定
  4. 地震に関する観測,測量,調査又は研究を行う関係行政機関,大学等の調査結果等の収集,整理,分析及び総合的な評価
  5. 上記4の評価に基づく広報

 △ページトップへ

 2.長期評価の公表

  (1)「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」の公表

 推進本部は,平成14年7月31日,その時点までの研究成果及び関連資料を用い,調査研究の立場から評価した「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」と題する報告書を公表した(甲B9,以下「長期評価」という。)。
 長期評価は,日本海溝沿いのうち三陸沖から房総沖までの領域を対象とし,長期的な観点で地震発生の可能性,震源域の形態等について評価してとりまとめたものである。

  (2)地震の発生領域及び震源域の形態

 日本海溝沿いに発生する地震は,主に,本州が載っている陸のプレートの下へ太平洋側から太平洋プレートが沈み込むことに伴って,これら2つのプレートの境界面(以下「プレート境界面」という。)が破壊する(ずれる)ことによって発生する(プレート間地震)。また,時によっては1933年の三陸地震のように太平洋プレート内部が破壊することによって起こることもある(プレート内地震)。

  (3)過去の震源域について

 長期評価において対象とする過去の震源域は,過去に存在した全ての地震ではなく,限定的である。
 すなわち,三陸沖北部〜房総沖の日本海溝沿いに発生した大地震については,869年の三陸沖の地震まで遡って確認された研究成果がある。しかし,16世紀以前については,資料の不足により,地震の見落としの可能性が高い。長期評価ではこのことを考慮し,基本的に,1677年以降に発生した地震に限って評価されている。
 そして,1677年以降現在までに4回の津波(最大の高さ約6m)が襲来したと推定された大地震が発生したと考えられるところ,三陸沖北部以外の三陸沖から房総沖にかけては,同一の震源域で繰り返し発生している大地震がほとんど知られていない。
 これを踏まえて,長期評価では,震源域を図1(以下,本章においては,「図」「表」は,いずれも「長期評価」のものを示す)のような領域に分けて設定した。

[図1「長期評価」1−16頁]【図省略】

  (4)長期評価が想定する次の地震の発生位置及び震源域の形態

 長期評価においては,三陸沖北部等,一部の地震については,同一震源域で繰り返して発生すると想定している(いわゆる固有地震モデル。長期評価においては,「固有地震をその領域内で繰り返し発生する最大規模の地震」と定義されている。)。
 そして長期評価において,三陸沖から房総沖にかけての大型の固有地震として認められるのは,三陸沖北部のプレート間大地震のみである。

  (5)過去の地震について

  ア.三陸沖北部から房総沖の海溝寄りのプレート間大地震(津波地震)
 日本海溝付近のプレート間で発生したM8クラスの地震は17世紀以降では,1611年の三陸沖,1677年11月の房総沖,明治三陸地震と称される1896年の三陸沖(中部海溝寄り)が知られており,津波等により大きな被害をもたらした。よって,三陸沖北部〜房総沖全体では同様の地震が約400年に3回発生しているとすると,133年に1回程度,M8クラスの地震が起こったと考えられる。

  イ.三陸沖北部から房総沖の海溝寄りのプレート内大地震(正断層型)
 過去の三陸沖北部から房総沖にかけてのプレート内正断層型大地震で,津波等により大きな被害をもたらしたものは,三陸沖で1933年に発生したものが唯一知られているだけである。したがって,過去400年間に1933年の地震が1回のみ発生したことから,このような地震は400年以上の間隔を持つと推定される。一方,世界の沈み込み帯で発生する正断層型地震の総モーメントの推定から,このようなプレート内の正断層型の地震については,三陸沖北部〜房総沖全体では750年に1回程度発生していると計算される。これらから長期評価においては,三陸沖北部〜房総沖全体ではこのような地震は400〜750年の間隔をもって発生したと考えられた。

  (6)次の地震の発生確率

  ア.三陸沖北部から房総沖の海溝寄りのプレート間大地震(津波地震)
 M8クラスのプレート間の大地震は,過去400年間に3回発生していることから,この領域全体では約133年に1回の割合でこのような大地震が発生すると推定される。ポアソン過程により(発生確率等は表4−2に示す),今後30年以内の発生確率は20%程度,今後50年以内の発生確率は30%程度と推定された。
※ポアソン過程とは,ランダムに発生する事象を,確率変数を用いて記述したもの。確率過程の一つ。故障・災害の発生,店舗への来客,電話の着信,タクシーの待ち時間などの事象のモデル化に用いられる。
 重要なのは,長期評価においては,プレート間のM8クラスの大地震は,三陸沖で1611年,1896年,房総沖で1677年11月に知られているが,これら3回の地震は,同じ場所で繰り返し発生しているとはいいがたいため,固有地震としては扱われず,同様の地震が,三陸沖北部から房総沖の海溝寄り(図1)にかけてどこでも発生する可能性があると考えられていることである。
 被告東京電力は,平成20年,明治三陸沖地震の波源モデルを福島県沖の海溝沿いに置いた場合の津波水位を試算し,1〜4号機側の主要建屋敷地南側の浸水高は最大でO.P.+15.7メートルという結果を得ている(「第5」にて詳述する)。
 これは,長期評価の考え方に忠実な試算である。
 なお,被告東電は,これをもって「試し計算」であると主張するが,もし,当時,そのように考えていたとすれば,長期評価の理解を根本的に誤っていたのであり,かつ,その誤謬の程度は悪意に匹敵する重過失を含むものであると言わざるを得ない。

[甲B9−13頁]【表省略】

  イ.三陸沖北部から房総沖の海溝寄りのプレート内大地震(正断層型)
 プレート内の正断層型の地震については,過去400年間に1933年の昭和三陸地震の1例しかないことと三陸沖海溝外縁の断層地形及び正断層型地震の総モーメントの推定から,三陸沖北部〜房総沖の海溝寄りの全体について400〜750年の間隔で発生していると考えられる。ポアソン過程を適用することにより(発生確率等は表4−3に示す),今後30年以内の発生確率は4〜7%,今後50年以内の発生確率は6〜10%と推定されている。

[甲B9−13頁]【表省略】

 △ページトップへ

 3.長期評価に政治的観点からの修正が加えられた可能性が高いこと

 長期評価は,推進本部の地震調査委員会から提出されたものであるが,長期評価公表当時の長期評価部会長は,島崎邦彦氏(以下「島崎部会長」という。)であった。
長期評価には,下記パラグラフが存在するが,長期評価原案にかかるパラグラフは当初,存在しなかった。これは,島崎部会長の反対にもかかわらず,内閣府の事務方が島崎部会長の了承を得ずに挿入したものである(以下「挿入パラグラフ」という。甲B23:記者クラブでの講演録)。
(挿入パラグラフの表示)
「なお,今回の評価は,現在までに得られている最新の知見を用いて最善と思われる手法により行ったものではあるが,データとして用いる過去地震に関する資料が十分にないこと等による限界があることから,評価結果である地震発生確率や予想される次の地震の規模の数値には誤差を含んでおり,防災対策の検討など評価結果の利用にあたってはこの点に十分留意する必要がある。」
 挿入パラグラフの記載により,せっかく作成された長期評価の結果が,そのまま尊重されず,中央防災会議においても不当にその内容を軽視されることにつながった。
 科学的に策定された長期評価であっても,その利用法について,行政側の恣意を許すような留保が付されては,到底,真摯な対応は期待できない。換言すれば,長期評価に挿入パラグラフを付け加えようとした行政側の意図は,防災の重い責任を負うことを回避しようとした点にあると解せざるを得ない。
 原発事故だけでなく,被告国が,広く津波被害の拡大に責任を負うことは明らかである。


  4.プレート運動との整合性の観点から巨大地震の存在が指摘されていたこと

 長期評価は,いわゆる貞観津波については評価対象とはしていなかったが,かかる巨大地震の存在については示唆をしていた。
 すなわち,東北・北海道の太平洋岸は測地学的時間スケールでの地殻の歪速度が,地質学的時間スケールの歪速度より一桁大きいことを示しており,この歪を解消するためには日本海溝沿いで今まで知られている規模以上の巨大地震が発生した可能性があることが指摘されていた(甲B9:22頁)。
 しかし,平成14年の時点では,未解明の部分が多いため,この巨大地震リスクは,評価対象外とされていた。
 すなわち,長期評価の指摘する津波のリスクは,平成14年の時点で解明されている事象のみに基づくものであって,その意味で最低限度のものである。

 △ページトップへ

原発賠償訴訟・京都原告団を支援する会
  〒612-0066 京都市伏見区桃山羽柴長吉中町55−1 コーポ桃山105号 市民測定所内
   Tel:090-1907-9210(上野)  Fax:0774-21-1798
   E-mail:shien_kyoto@yahoo.co.jp  Blog:http://shienkyoto.exblog.jp/
Copyright (C) 2017 原発賠償訴訟・京都原告団を支援する会 All Rights Reserved. すべてのコンテンツの無断使用・転載を禁じます。