TOP    裁判資料    会報「原告と共に」   げんこくだより   ブログ   リンク

★ 準備書面(3)避難の社会的相当性
 第2章 放射線被ばくの危険性 
平成26年6月27日

目 次 (← 準備書面(3)の目次ページに戻ります)

 第1 放射線とは
  1 放射線,放射能,放射性物質,被ばく
  2 放射線の働き
  3 電離放射線の種類と特徴
  4 放射線・放射能の単位

 第2 電離放射線の人体への影響
  1 DNAについて
  2 放射線の作用
  3 細胞への影響
  4 放射線によるDNA傷害の特性
  5 高LETと低LET

 第3 外部被ばくと内部被ばく
  1 外部被ばく
  2 内部被ばく
  3 半減期

 第4 被ばくによる健康被害
  1 確定的影響と確率的影響
  2 急性障害と晩発障害
  3 低線量被ばくとLNT仮説



第2章 放射線被ばくの危険性

 第1 放射線とは

  1 放射線,放射能,放射性物質,被ばく

 物質は原子からできており,原子は原子核と負の電荷を帯びた電子によって構成されている。原子核は,正の電荷を帯びた陽子と中性の粒子である中性子が結合したものである。原子の中心には原子核があり,その周囲を電子が飛び回っている。通常の原子は,陽子と電子の数が同じで電気的に中性であるが,電子の数が多ければ負,少なければ正に荷電することとなる(甲共D1の1及び甲共D2・5頁)。
 陽子と中性子の数のバランスが悪い不安定な原子核の種類(核種)は,過剰なエネルギーを放出して,安定した別の核種に変化する。このとき放出されるのが,放射線である。つまり,「放射線」とは,運動エネルギーをもって空間を飛び回っている小さな粒(素粒子)のことである(甲共D1の1及び甲共D2・6頁)。
 「放射能」とは不安定な原子核が放射線を出しながら別の原子核に変わっていく性質のことであり,放射能をもつ物質を「放射性物質」といい,放射線を浴びることを「被曝」(被ばく)という(甲共D1の1,甲共D2・4頁)。

  2 放射線の働き

 放射線には,物質中を通過した際に,原子から電子をはじき出す作用を及ぼすものがある。この作用を電離作用(あるいは,イオン化)という。このように電離作用を持つ放射線を電離放射線といい,一般的に放射線といった場合,この電離放射線のことを指す(甲共D2・8頁)。
 一方,電子がはじき出されず,放射能により原子中の電子が外側の軌道に跳び移るとき,原子は電気的に中性のまま興奮状態になる。このことを励起という(甲共D2・9頁)。
 すなわち,放射線被ばくにより,放射線エネルギーはそれを吸収する物質の中に放出され,それにより電離または励起が生じる(甲共D1の1)。

  3 電離放射線の種類と特徴

 電離放射線には,アルファ線,ベータ線,ガンマ線,エックス線,中性子線がある。
 アルファ線は陽子2個と中性子2個からなるヘリウム原子核による粒子の流れであり,ベータ線は電子の流れである。いずれも透過性は低いものの,身体の内部に入り,様々な臓器に取り込まれた場合,短い飛行距離の間にすべてのエネルギーを放出し,細胞を強く傷害する。
 ガンマ線は放射性物質から放出される電磁波であり,透過性が高く,人や様々な物質を通過して遠くに飛び,後述の外部被ばくの中心的な放射線である。人体の中でも,肺など空気が多い部位はエネルギーが吸収されずに通り抜け,水分の多い肝臓などの部位ではエネルギーが吸収され,特に骨は通り抜けにくくなる。エックス線もガンマ線と同じ特徴をもつ。
 中性子線は中性子の流れであり,ガンマ線以上に透過性が強い上に重いので,人体の外部から中性子線を受けると人体を完全に通過し,組織や臓器を傷害する。人体には,その70%を占める水分子の構成物質として大量の水素があり,中性子が原子核すなわち正の電荷を帯びた陽子にぶつかると,陽子は弾き飛ばされて体内で電離を引き起こし,種々の障害を誘発する。吸収された線量が同じであればガンマ線よりも中性子の方が人体に重度の障害を引き起こす(以上,甲共D1の2,甲共D3・3〜4頁)。

  4 放射線・放射能の単位

電離放射線により物質に与えられた単位質量当たりのエネルギー量の単位のことを「グレイ(Gray,Gy)」という。「グレイ」は組織内に放出されたエネルギーの総量で,組織1キログラムにつき1ジュールのエネルギーである。電離放射線は人体を通過する時,エネルギーの一部を周囲の組織に放出する(甲共D1)。
 放射線防護の目的に用いられている放射線量の単位を「シーベルト(Sv)」という。種々の放射線に被ばくした際,線量の合計は各放射線量の物理的線量(グレイ)にそれぞれの放射線の生物学的な影響の強さに対応する係数を掛けて合計する(甲共D1の3)。
 なお,放射性物質が放射線を出す能力(放射能)の強さを表す単位として用いられる「ベクレル(Bq)」とは,放射性原子核が1秒間に何個崩壊して放射線量子を放出したかの回数を表す単位であるが,後述する内部被ばくに関して適切な換算はできない(甲共D4・33頁ないし34頁)。

 △ページトップへ

 第2 電離放射線の人体への影響

  1 DNAについて

 すべての生物は細胞から構成されている。人体の場合,もともと1個の細胞(受精卵)が次々と細胞分裂を繰り返した結果,組織・器官が形成され,約60兆個もの細胞から成り立っている。それぞれの細胞の中には自分と同じ細胞をコピーするための情報が含まれており,その設計図がDNA(デオキシリボ核酸)で,それぞれの細胞にDNAが収められている。細胞はエネルギーや有用な化合物を生産したり,分裂して別の細胞をつくったりすることにより生命維持を行っており,このような細胞の役割はすべてDNAに記録されている。

  2 放射線の作用

 電子が細胞の中を通過する場合,電子が走る道筋(「トラック」)に沿って,周辺の分子との間に相互作用が働いてエネルギーがばらまかれる。ここで放出されたエネルギーはトラックの近傍にある原子や分子に吸収されて,その結果上述した電離(イオン化)・励起が起こる(甲共D1の1,2)。
 通常の化学反応によるイオン生成と基本的に異なる点は,放射線によって原子がエネルギーを吸収した場合にはどんな電子(最も外側の軌道にあるもの以外の電子)でも放出される点である。そうした原子や分子は「ラジカル」と呼ばれ,大変不安定な性質を持ち化学的に極めて反応性が高い(甲共D1の2)。

  3 細胞への影響

 放射線による影響は,細胞の構成分子に直接ラジカルが生じることもあれば,放射線がまず細胞の70%を占める水分子に作用してラジカルを生じ,そのラジカルが間接的に細胞構成分子を攻撃する場合もある(甲共D1の2)。
 ラジカルと周囲の分子との間の反応は極めて短時間に起こり,その結果化学結合が切断されたり,分子の「酸化」(酸素分子が付加される)が生じたりする。
 細胞における主たる影響は,DNAの切断である。DNAは相補的な2本の鎖から成っているので,1本鎖だけの切断と2本鎖の切断の両方が起こる。生物学的に重要なのは2本鎖切断の方である。大半の1本鎖切断は元通りに修復される。2本の鎖は写真のポジとネガの関係になっているので,傷の付いていない方の鎖を手本にして傷の付いた鎖を修復できるからである。ところが2本鎖切断の場合にはそうした手本がないので,修復は難しく誤りを伴う確率が高くなる(甲共D4・79頁以下)。
 こうした修復の誤りによって細胞に突然変異,染色体異常,細胞死が生じると考えられている(甲共D1の1)。

  4 放射線によるDNA傷害の特性

 放射線被ばく後生き残った細胞に見られる主たる傷害はDNAの欠失である。これは1本のDNA鎖に離れて生じた2カ所の2本鎖切断(4個の切断端)が修復する際,間違って最も外側の端同士がくっつき,中間の部分が失われて起こる場合(大欠失)と,1カ所の2本鎖切断を修復する際,2カ所の切断端を酵素で消化してつなぎやすい形にする際,部分的にDNAが失われる場合(小欠失)とがある(甲共D1の2)。

  5 高LETと低LET

 放射線はその構成成分(電子,陽子,中性子など)だけでなく,そのエネルギーによっても作用の強度が異なる。「トラック」に沿って密にラジカルを生成する放射線のことを「高LET放射線」と呼ぶ。なお,LET(linear energy transferの略)とは,線エネルギー付与すなわちトラック1マイクロメーター(1000分の1ミリメートル)当たりに付与される線エネルギーのことである。これに対して「低LET放射線」は,トラックに沿ってまばらにしかラジカルを生成しない放射線を指す。したがって,細胞はほぼ均等に傷を受ける(甲共D1の2)。
 このことは,「低LET放射線」であるエックス線・ガンマ線が,細胞にほぼ均一に傷害を作るのに対して,中性子線やアルファ線のような「高LET放射線」の場合には,同じ線量(すなわち同じ量のラジカル生成)でも細胞の局所に傷害がかたよって生じることを意味している。つまり,「高LET放射線」によって細胞の一部に集中して生じた傷は,「低LET放射線」によって細胞にまんべんなく生じた傷よりも修復が難しい,すなわち細胞に与える影響が大きい,ということである(甲共D1の2)。

図. 両方とも生じたラジカルの合計数は同じなので,放射線の量は同じであるが,「高LET放射線」の場合には傷のでき方が細胞の一部に集中している点で異なる。【図省略】

 △ページトップへ

 第3 外部被ばくと内部被ばく

  1 外部被ばく

 外部被ばくは,体外にある線源(放射性物質,放射線発生装置)から発生した放射線による被ばくや,体表面に付着した放射性物質による被ばくのことである。皮膚等の体表に当った放射線は,体内に進んでいくに従ってエネルギーを減らしていくので,一般に,体表の被ばくの線量の方が,体の中心部の被ばくよりも大きくなる(甲共D2・76〜77頁)。

  2 内部被ばく

 内部被ばくとは,呼吸・飲食・外傷・皮膚等により体内に取り込まれた放射性物質が放出する放射線による被ばくのことをいう(甲共D5・64頁)。
 内部被ばくについては,(1)ガンマ線の線量は線源からの距離に反比例するため,同一の放射線核種による被ばくであっても,外部被ばくより被ばく量は格段に大きくなる,(2)外部被ばくではほとんど問題にならない高LET放射線であるアルファ線やベータ線を考慮する必要があり,しかもこれらは飛距離が短いため,そのエネルギーのほとんどすべてが体内に吸収され,核種周辺の体内組織に大きな影響を与える,B放射性核種が体内に沈着すると,体内被ばくが長期間継続することになるといった外部被ばくと異なる特徴があり,一時的な外部被ばくよりも身体に大きな影響を与える可能性がある等と指摘されている(甲共D5・65頁,甲共D2・79頁,甲共D4・78頁)。

  3 半減期

 体内に取り込まれた放射性核種が体外に排出されるまでには相応の日数を要する。このような体内に取り込まれた放射性物質の量が代謝・排泄により体内で半分になるまでの時間を「生物学的半減期」という。一方,放射性物質は,放射線を放出すると別の物質に変化する性質があるため,時間が経つにつれて,放射能は弱まっていき,放射性物質が別の物質に変わり,放射性物質そのものが半分になることを「物理学的半減期」という(甲共D3・11頁)。
 生物学的・物理学的半減期の期間は,放射性物質の種類によって異なり,人体の臓器や年齢によっても異なる。例えばストロンチウム90の場合,物理学的半減期は28.6年,成人の生物学的半減期は49.3年であり,その間延々と臓器に放射線を浴びることとなる。実際,長崎原爆で死亡した被ばく者の体内に取り込まれたプルトニウムは,被ばくから60年以上たってもアルファ線を放出していることが確認されている(甲共D3・11頁及び甲共D7)。

(長崎原爆で死亡した被ばく者の体内に取り込まれた放射性降下物が,被ばくから60年以上たっても放射線を放出している様子 中国新聞 夕刊 2009年8月7日)【図省略】

 半減期が短い放射性物質ほど,短期間に体内で放射線を出し尽くすことから,同じ時間内に出される放射線の量は多くなる。しかも,食事等で次々と摂取することにより,体内に放射性物質は蓄積されていくのである(甲共D3・12頁)。

 △ページトップへ

 第4 被ばくによる健康被害

  1 確定的影響と確率的影響

 放射線による健康被害には,確定的影響と確率的影響がある。
確定的影響とは,ある限界線量(しきい値)を超えると初めて影響が現れる場合のものである(甲共D2・65頁)。
 確定的影響では,放射線の被ばく線量が大きければ大きいほど臨床症状が重くなる。後述する急性障害,白血球減少,白内障等の身体的影響が確定的影響としてあげられる。同程度の被ばく線量であれば,誰にでも同じ症状があらわれる(甲共D2・65頁)。
 これに対して,確率的影響とは,影響が現れるのにしきい値がない場合のものである。言い換えれば,被ばく線量がどんなに低くてもそれに応じた確率で影響が生じるというもので,白血病を含む発がんリスクや遺伝的影響のことである(甲共D2・65〜66頁)。

  2 急性障害と晩発障害

 また,放射線障害には,急性障害と晩発障害がある。
 急性障害とは被ばく後数週間以内に現れる影響で,食欲不振・悪心・嘔吐・倦怠感等の初期症状にはじまり,骨髄障害,脊髄障害,消化管の障害が発生し,貧血・紅斑や脱毛・潰瘍・壊死・腹痛・嘔吐・下痢という症状が現れ,数十グレイ以上の被ばくでは,中枢神経系の障害が発生し短時間で死亡する(甲共D2・66〜67頁)。
 これに対して,晩発障害は,被ばく後,数か月から数十年で現れる影響であり,白血病やがん等の悪性腫瘍,白内障,老化の促進等が挙げられる(甲共D2・68頁)。
 この点,原爆症認定義務付請求事件に関する大阪地方裁判所平成25年8月2日判決においては,被告国も,チェルノブイリ原発事故後十年後辺りから甲状腺がんの有意な増加がみられると認めている(甲共D5・66頁)。
 なお,妊娠時に被ばくした場合には,胎児に影響し,流産,小頭症の発生,発育の遅れ,精神遅滞発生等をもたらすこともある(甲共D2・68頁)。

  3 低線量被ばくとLNT仮説

 1シーベルト以上の高線量の被ばくで,確定的影響としての急性障害を生じる。
 また,100ミリシーベルトから1シーベルトでは,晩発障害が発生する確率(過剰相対リスク)が被ばく線量に比例して直線的に増加する確率的影響がある。
 これに対して,100ミリシーベルト以下のいわゆる低線量被ばくについては,確率的影響として,同様の直線的比例関係が成り立つという「しきい値なし直線仮説」すなわちLNT(Linear Non−Threshold)仮説の他,ヒトの自然治癒力による「修復効果」や「ホルミシス効果」によって影響は小さくなるという「下に凸」説,むしろ低線量被ばくの方が影響が大きいとする「上に凸」説がある(甲A1・403頁,甲共D15・14〜15頁)。
 この点,低線量放射線による継続的被ばくが高線量放射線の短時間被ばくよりも深刻な障害を引き起こす可能性を指摘する見解もあるところ,平成16年3月,当時の原子力安全委員会放射線障害防止基本専門部会に設けられた低線量放射線影響分科会がとりまとめた「低線量放射線リスクの科学的基盤−現状と課題−」においても,同じ被ばく量であれば長期にわたって被ばくした場合の方がリスクも上昇するという逆線量率効果,被ばくした細胞から隣接する細胞に被ばくの情報が伝わるバイスタンダー効果,放射線被ばくを受けた細胞集団に長期間にわたる様々な遺伝的変化が非照射時の数倍から数十倍の高い頻度で生ずる状態が続くゲノム不安定性等の可能性が指摘されている(甲共D6・18〜20頁,甲共D15・17頁)。
 しかし,現在,国際放射線防護委員会(ICRP)を初めとする国際的な知見も,いずれもLNT仮説を採用しているし,平成24年7月5日に公表された「東京電力福島原子力発電所事故調査委員会」(いわゆる国会事故調)の報告書でも前提とされている(甲A1・402頁)。
 そこで,以下では,章を改めて,ICRPの知見を検討する。

 △ページトップへ

原発賠償訴訟・京都原告団を支援する会
  〒612-0066 京都市伏見区桃山羽柴長吉中町55−1 コーポ桃山105号 市民測定所内
   Tel:090-1907-9210(上野)  Fax:0774-21-1798
   E-mail:shien_kyoto@yahoo.co.jp  Blog:http://shienkyoto.exblog.jp/
Copyright (C) 2017 原発賠償訴訟・京都原告団を支援する会 All Rights Reserved. すべてのコンテンツの無断使用・転載を禁じます。