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★ 控訴審 損害の弁論要旨 
 2018年12月14日 第1回控訴審

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 原判決の損害額認定の問題について申し述べます。


低額に過ぎる

 まず、原判決の損害額認定は低額に過ぎる、特に、区域外避難者の損害額認定が低額に過ぎます。
 避難指示を受けた者の慰謝料は月額10万円。これに対して、区域外避難者の慰謝料は月額に引き直すと、わずか12,500円です。原則30万円とされ、2年分とされていますから、24分の1で12,500円。慰謝料が認められる期間の問題もあるのですが、それを除けて考えても、区域外避難者の精神的苦痛は8分の1と評価されました。京都訴訟の原告たちが、事実上全員で控訴したのは、原判決の損害額認定が余りに低額、受けた被害と余りにかけ離れていて納得できなかったからでした。


被害実態

 では、区域外避難者の被害実態は、本当に8分の1に過ぎないのでしょうか。
 私たち弁護団は、何世帯かずつ原告を担当しておりますが、私が担当している原告さんについて紹介し、決してそんなことはないことを申し述べます。
 原告29-1は、被災当時3才の原告の娘さんと一緒に、いわき市から京都市に避難し、原判決は原発事故とこの避難との間に相当因果関係を認めました。避難元では、ご両親・ご親族と一緒に生活し、愛情に囲まれ、サポートを受けて生活していました。しかし京都では、孤独と過労からうつと摂食障害を発症し、治療を続けていますが軽快に至っていません。
 被災当時14才で中学生であった原告30-3は、原告のお母さん、訴外の高校生のお兄さんと一緒に、福島市から京都府に避難し、原判決は原発事故とこの避難との間に相当因果関係を認めました。避難までは、勉強もスポーツもよくでき、友人もたくさんいて、希望する大学もありましたが、避難先の学校になじめず、そのためあらゆることに意欲を失い、身心に日常生活を送るに支障となる不調を来たし、未だに立ち直れずにいる。
 原告34-1は、いずれも原告の夫、3才の長女、被災当時はお腹の中にいた長男と一緒に白河郡西郷村から京都市に避難し、原判決は原発事故とこの避難との間に相当因果関係を認めました。原告34-1は元気な若いお母さんでしたが、避難後PTSDと診断され、その後ずっと治療を受けていますが、ふるさとに帰りたいという思いと、汚染されたふるさとには帰れないとの思いとの葛藤を抱えたまま全く軽快していません。
 原告49は、福島市でお菓子の製造卸とお菓子作り教室の自営業を営んでいましたが、当初大阪、その後京都へ避難し、原判決は原発事故とこの避難との間に相当因果関係を認めました。49は避難先で、お菓子に関連する仕事に就くことができましたが、無理がたたってメニエールを発症し、その後も体調がすぐれずに、2度福島県の実家での静養を経て、この体調の不調と経済的な理由で福島への帰還を余儀なくされました。福島に帰還して、事業を再開しましたが、大変な労力と費用はかかりましたが、顧客は避難前の半数に及びませんでした。
 私の担当原告は、いずれも区域外避難の6世帯ですが、その中で4人が身心に深刻な不調を来たしました。原発事故のもたらす被害は、誰が病んでもおかしくない、それ程に過酷なものです。
 区域外避難者も、被害の実態は深刻であり、区域外避難者の精神的苦痛が8分の1だとする、被害実態とかけ離れた原判決は変更を免れません。


低額に過ぎ、格差が大き過ぎることの是正が必要であること

 同じ事故で避難し、同じく避難に相当性が認められたのに、区域外避難者の慰謝料は30万に過ぎず、8分の1とされましたが、こんなに低額、こんなに大きな格差を認めて良いものか、率直に申し上げて疑問です。
 軽々に比較はできないのですが、交通事故で通院8ヶ月の慰謝料金額が100万円を超えるとされていることと比較して30万の慰謝料は余りに低額に過ぎる、また交通事故慰謝料額にも一定の幅はありますが、せいぜい2倍程度までと考えられることと比較して、8分の1は余りに極端な格差です。
 原判決は、これまで判例の認めてきた慰謝料の枠組みを、大きく逸脱しており、是正を免れません。


2年に限ることの不当

 原判決は、避難から2年で避難先での生活が安定するとしました。
 しかし、この2年限定には、何の根拠もありません。
 原判決は「一般的に移転した場合」を想定したと言っており、普通の引越しを想定したと思われますが、転勤に伴う引越は、移転先に生活の拠り所である仕事があり、仕事関係者がいて住居や子育て等様々な情報も援助も期待できますが、原告らの避難に、仕事がないのはもちろん、何のゆかりもなく、代わりに、残念なことですが、原発避難者への差別やいじめがありました。「一般的に移転した場合」を基準に考えることは誤りです。
 現に被告東電は、避難先の家賃を2018年3月迄保障し、その後も国等の要請を受けて福島県が実施する家賃補助の財源を負担しており、被告国も、被告東電も、避難者の生活が安定しているとは扱っておりません。2年限定の原判決は変更を免れません。


不安や恐怖だけでない

 原判決は、慰謝料について、避難に伴う苦痛の外に、原発事故による不安と恐怖を評価すると言いました。
 しかし、原発被災者が被った精神的苦痛は、避難に伴う苦痛と、原発事故による不安と恐怖に止まるものではありません。
 もちろん、大量に拡散させられた放射性物質を浴びたこと、浴びさせてしまったことへの不安と恐怖がベースにありますが、
 それだけではなく、放射性物質や放射線を浴びることの評価、すなわちそれが危険なのかどうかについての情報収集と判断が必要であり、
 何が食べられて何は食べてはいけないのか、外遊びはさせていいのか悪いのか、マスクは必要なのかいらないのか、また保養はどうか、そして避難したほうがいいのか避難までする必要はないのか等、我が身と家族の安全を守るために何をなすべきかについて、情報収集と決断が必要であり、
 その中で家族間・親族間・友人間で選択や意見に対立が生じました、
 対立の中で選択した対処行動が、しかし今度は生活の質の低下をもたらし、特に避難は生活の質の著しい低下をもたらしました、
 その生活の質の低下に直面する中で、避難や帰還や避難継続等、一旦下した決断についての、それでよかったのかの自問を絶えず繰り返し迫られました、
 こうしたストレス、精神的負担の全てが、原発被災者の精神的苦痛の中味であって、恐怖と不安に止まらないところをしっかり見ていただきたい。


コミュニティ侵害

 原判決は、コミュニティ侵害について、固有の損害とは認めず、慰謝料算定で考慮すれば足りるとしました。
 しかし、コミュニティ侵害は慰謝料算定の一要素ではありませんし、仮に慰謝料算定の要素ととらえるのであれば原判決認定の慰謝料額が余りに低額であることは既に述べたとおりです。
 本件事故は、大量の放射性物質を避難元に撒き散らし、その結果、避難元のコミュニティ、自然、人間関係、文化等など有形無形のあらゆる権利利益を包含するコミュニティが、不可逆的に変容させられ、決して事故前には戻れなくなりました。
 その結果、例えば、原告48-4は、その「生きがい」として、避難元で30年近く自ら古着屋を経営しつつ行政と連携して年に数回の音楽祭やファッションショー等を主催するという地域活性化に尽力してきたが、本件事故によりそのコミュニティの一切が壊されてしまい、これを継続することができなくなりました。
 コミュニティは、平穏生活権の基盤であり、何物にも代えがたい価値あるものです。コミュニティの侵害について正面から認める判決を求めます。

 以上の事実を立証するため、被告控訴理由書への反論とともに、被害実態について大規模なアンケート調査結果やその評価についての学者意見書や論文を提出して、主張の補充を予定しています。

 以上

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