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★ 控訴審 因果関係 弁論要旨 
 2018年12月14日 第1回控訴審

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 因果関係に関する控訴人らの控訴理由書について要旨を告知します。

 まず,原判決の因果関係に関する判断の概要とその問題について述べます。
 原判決は避難の相当性の判断について科学的判断や政策的判断ではなく,法的な判断であり,社会通念上相当といえるかどうかによって決まるものであるとしました。
 そして,原判決は,空間線量のみで避難の相当性は判断できないとした上で,様々な事情をあげて総合勘案して避難の相当性が判断されるとしました。
 また,原判決は,本件事故から一定の期間が経過した後の避難について限定を加えました。いわゆる自主的避難については原則,平成24年4月1日までに避難したことを求めたのです。
 こうした原判決の考え方について控訴人らは,評価すべき点もあれば,評価できない点もあると考えています。

 まず,評価すべき点です。
 原判決が相当因果関係が認められるかどうかは科学的判断や政策的判断ではなく,法的な判断であり,社会通念上相当といえるかどうかによって決まるものであるとした判断は,妥当です。
 原判決が,避難を「放射線の作用による健康被害等を避けるために行われる予防的行動」と捉えたことも評価できます。
 また,原判決が空間線量年間20mSvを越える地域からの避難及び避難継続のみ相当であるともいい難いとした点も妥当な判断です。

 他方,原判決が批判されるべき点もあります。
 原判決が,空間線量が年間1mSvを越える地域からの避難及び避難継続は全て相当であるとはいえないとした点は原判決の最大の問題点であり,誤りです。
 原判決は,国内法の定めを軽視したものだからです。
 また,原判決が年間1mSvを越える地域からの避難について相当性を認めなかった理由は,ほかにもありますが,それらについても誤りがあります。

 本件事故から一定の期間が経過した後の避難について相当性を否定した点も問題です。原判決は,原則的に平成24年4月1日以降の避難について相当因果関係を否定したことは不合理であり,また,原判決の挙げる理由も根拠を欠くものです。

 原判決の判断内容が誤っている点は,上記に指摘したとおりですが,その結論自体も不合理極まりない点が問題です。
 第一に公衆被ばくの線量限度を超える放射性物質の放出は刑事罰の対象になる行為であるにもかかわらず,原判決の帰結によれば,民事責任を負わないこととなります。
 第二に公衆被ばくの線量限度を超える被ばくによる健康リスクを一方的に市民に押しつける結果となります。なぜなら,市民が被ばくによって発がんしたとしても個別の因果関係を立証することは不可能だからです。
 第三に事故時の住居によって市民に不公平をもたらします。事故時も現在も,本件事故の影響(放射性物質の拡散)を免れた地域では公衆被ばくの線量限度に関する法規範によって無用な被ばくをしないで生活できる利益を享受しています。ところが,1mSv基準が遵守されていない地域,土壌汚染が深刻な地域からの避難に対して賠償を認めないことは,これらの汚染地域の住民には,無用な被ばくをさせられない権利を故なく奪うこととなるのです。

 それでは避難の相当性を根拠づける要素について,控訴人らの考え方をご説明します。
 控訴人らは,「国内法」の定めに基づいて空間線量が年間1mSvを超える地域では避難及び避難継続の相当性が認められるべきと主張しています。
 避難の相当性判断は,あくまでも社会通念に基づいて行われなければならず,一般人の認識を基準として,各控訴人の避難行為が相当といえるかを判断しなければならないのであり,この点について原判決と控訴人らの主張に考え方の相違はないと考えられます。

 しかし,原判決には,「国内法」が最も重要な社会規範であることを看過した点で誤りがあります。
 この点,社会規範で最も重要な要素は法規範である「国内法」であり,国内法において「容認不可」とされる線量を避けることは,社会通念に照らして相当であるというべきです。
 本件事故当時における国内法は,ICRP1990年勧告を国内法に導入するかについて放射線審議会で検討され,取り入れられたものです。
 ICRP1990年勧告の導入によって改正された数量告示,線量告示における公衆被ばく線量限度は,本件事故当時はもとより,現在もなお維持されている法規範です。
 ICRPは,1990年勧告において「委員会は,年実効線量限度1mSvを勧告する。」とし,2007年勧告においても「計画被ばく状況における公衆被ばくに対しては,限度は実効線量で年1mSvとして表されるべきであると委員会は引き続き勧告する。」とされ,本件事故時の公衆被ばく線量限度は年1mSvでした。
 ICRPの勧告した公衆被ばく線量限度は容認できる死のリスクレベルに基づいて設定されたものです。
 そして,ICRPは,低線量被ばくの影響について諸説あることを前提として,LNTモデルを採用し,公衆被ばく線量限度を年1mSvと勧告しているのです。
 国内法において「容認不可」とされる線量の被ばくを避けることは,社会的に許容できないとされた被ばくを回避する行動であって,社会的にみて相当ないし合理的な行為といわなければなりません。
 よって,少なくとも,生活圏内に年間1mSvを超える線量が測定された地域から避難することは,国内法も「これを超えれば個人に対する影響は容認不可」とする線量を避ける行為であり,社会規範に照らしても相当な行為です。

 ICRPがLNTモデルを採用した趣旨について説明します。
 ICRPが放射線防護体系においてLNTモデルを採用していることについては,佐々木証人も「ICRPは,実際的な,実用的な放射線防護の目的で,LNT仮説に基づくLNTモデルを防護体系の中に採用している」と述べており,争いのない事実です。
 ICRPがLNTモデルを放射線防護体系に採用したのは,同モデルに科学的根拠が存するからで,これも争いがない事実です。

 ICRPは,低線量被ばくにおけるがん死や発がんリスクについて様々な科学的根拠を有する見解が存することを前提に,その中からLNTモデルを採用し,その上で公衆被ばく線量限度を年間1mSvに設定して,勧告したのです。
 ここで,LNTモデルを裏付ける科学的知見として,LSS第14報の意義を説明します。
 低線量被ばくの健康リスクに関する科学的知見の中でも広島,長崎の原爆に被爆した市民についての寿命調査(LSS)は,最重要な研究の一つです。
 原判決は,「LSS第14報によって,LNTモデルを裏付けているということはできない。」と判示します。
 しかし,「LNTモデルを裏付けているということはできない」との結論は,「LNTモデルが科学的に実証されている」か否かが争点であるという原判決の誤った考え方に基づくものです。
 確かにLSS第14報は,200mGy未満における健康リスクを統計学的有意差という観点から実証するものではありません。
 しかし,LNTモデルを強く示唆するという意味においてLSS第14報はLNTモデルを根拠づけています。
 「裏付ける」という言葉が根拠を与えるという意味で用いられるのであれば,まさにLSS第14報はLNTモデルを裏付けるものです。
 LSS第14報の要約には,「定型的な線量閾値解析(線量反応に関する近似直線モデル)では閾値は示されず,ゼロ線量が最良の閾値推定値であった。」と記載されているからです。

 次に土壌汚染について説明します。
 原判決は,放射線障害防止上の管理区域の指定基準4万Bq/mまたはクリアランス制度の基準値6500Bq/mを超える地点のある場所からの避難の相当性について,次の3点を理由として,独自に評価しませんでした。
  1.  土壌汚染による放射線の値は,モニタリングポスト等の空間線量率の測定値に含まれること
  2.  上記基準値は,ICRPの勧告同様に,この基準以上であれば,人体への健康影響を生じるといった基準であるとまではいえないこと。
  3.  放射線の人体への影響は,人の臓器ががんの好発部位であることから,その集中する高さである地上100cmを基準とすることの合理性が否定できないこと
 土壌汚染は,内部被ばくに関連する重要な問題です。にもかかわらず,原判決は,全判決文480頁のうち,土壌汚染についてはわずか半頁(13行)しか触れておらず,土壌汚染を軽視していると言わざるを得ません。
 土壌汚染の軽視は,内部被ばくを無視することとなってしまうという重大な問題があります。

 そこで,次に内部被ばくによる健康影響リスクについて説明します。
 内部被ばくとは,呼吸・飲食・外傷・皮膚等により体内に取り込まれた放射性物質が放出する放射線による被ばくのことをいいます。
 放射性物質が臓器に集積し,DNAに極めて近い位置から放射線を継続して発生させるという点で,内部被ばくの身体への影響は,外部被ばくよりも大きいものです。
 そしてわが国の国内法は,内部被ばくリスクを考慮しており,周辺監視区域のいかなる場所においても,外部被ばくと内部被ばくの総量で実効線量1mSv/年を超えるおそれがあってはならないと規定しています。
 国内法の考え方に照らせば,避難行為が相当といえるか,すなわち,当該生活圏内に容認できないレベルの線量があるかについても,外部被ばく量と内部被ばく量の総量から評価しなければなりません。

 また,この総量評価は,モニタリングポストによる測定値から行うことはできません。外部被ばくと内部被ばくとの総量で線量評価すべきという観点からは,モニタリングポストによる測定結果に含まれない内部被ばく線量を無視することは,リスクを過小評価するもので許されません。

 また,土壌汚染は,内部被ばく線量と強い関連性を持ちます。
 放射性物質で汚染された土壌から人体への移行経路としては,3つが考えられます。
 内部被ばくのリスクは,放射性物質の人体への移行経路がどの程度汚染されているかと密接に関連しており,土壌汚染濃度との間に強い関連性があるので,土壌汚染は,決して無視できないリスク要因です。
 土壌汚染と内部被ばくとの間に関連性があることは,チェルノブイリの被害からも確認されています。

 チェルノブイリ原発事故後の被災国において定められている,いわゆるチェルノブイリ法では,内部被ばく量と外部被ばく量を合算して住民の被ばく総量を割り出していますし,その推計に用いられる基礎的なデータとしては,土壌汚染度が用いられているのです。

 以上のとおり,内部被ばくには外部被ばくとは異なるリスクがあるのであって,国内法の規制から見ても,容認できないレベルの線量かどうかは,外部被ばくと内部被ばくとの総量で線量評価しなければなりません。

 原判決の考え方,すなわち,「土壌汚染による放射線の値は,モニタリングポスト等の空間線量率の測定値に含まれることや…,土壌汚染の事実を考慮しても,空間線量率の値で考慮すれば足りる」とする考え方は,無視してはならない内部被ばく線量を無視するもので,合算すべき内部被ばくを合算しないという過小評価となってしまい,大きく誤っていると言わなければなりません。

 原判決は,4万Bq/mという土壌の汚染濃度が社会通念上どのような意義を有しているかを考慮していません。
 4万Bq/mは放射線障害防止法により管理区域と定められる基準ですが,レントゲン等医療用の放射線については,妊娠中の女性はレントゲン撮影を控えるべきであるとか,レントゲン撮影を行う施設の周辺は管理区域の標識が貼られて立ち入りが制限されているとか,レントゲン技師もレントゲン撮影時は別室から撮影を行う等の認識は一般人にも共有されており,管理区域とされている場所は,長期間人が居てはならない危険な場所という社会通念が確立されていたといえます。
 そうであるならば,管理区域指定基準以上の地点が,生活圏内に存在するような場所から,避難しようとすることは,当事者のみならず,一般人から見てもやむをえないものであって,社会通念上相当といえます。

 土壌汚染に関する原判決には,そのほかにも誤りがあります。
 まず,実在する高濃度汚染を無視するという過小評価があります。
 原判決は,土壌汚染による放射線の値は,モニタリングポスト等の空間線量率の測定値に含まれるとしており,モニタリングポスト等の測定値をもって当該生活圏内の汚染の程度が評価され尽くしているかのような判断です。
 しかし,モニタリングポスト等の測定値は,あくまでも,当該生活圏内の一地点の空間線量率を示すものにすぎません。
 モニタリングポスト等の測定値よりも高濃度に汚染されている地点が当該生活圏内に実在します。

 また,モニタリングポストと周辺汚染状況とには乖離があります。
 モニタリングポスト等が設置されている地点は,学校や公園などが多く,綿密な除染作業が行われているからです。
 しかも,国の帰還推進政策を進めるために,モニタリングポスト周辺の除染作業は今まで以上に念入りに行われている可能性もあり,モニタリングポスト等の測定値は,当該生活圏内における最小値となっている可能性すらあります。
 グローバー報告においても,実際の線量はモニタリングポストでの測定値よりも高い可能性があることが指摘されているのです。

 また,地上100cmにおける空間線量を基準とすることの不合理性が指摘されます。
 原判決は,人の臓器ががんの好発部位であることから,その集中する高さである地上100cmに設置されたモニタリングポストのデータを基準とすることの合理性が否定できないとしています。
 しかし,放射線感受性の強い子どもは,身長が低く,臓器が集中している部位は,地上100cmより低い位置にあります。また,地面に転がったり,座ったり,直接土壌を触れる行為は,成人に比べて極めて多いです。
 したがって,地上100cmに設置されたモニタリングポストのデータを基準とすることは,合理的ではありません。

 最後に避難の相当性に関し時期的制限等を設けたことの問題性について説明します。
 原判決は,自主的避難等対象区域か区域外か,妊婦または子どもがいるか否かなどで差を設けてはいるものの,基本的には避難元の具体的状況を全く踏まえず,一律に一定期間を経過した後の避難には,相当性がないと判断しています。
 しかし,避難元の状況は,放射線被ばくが継続し,本件事故が収束したとは言えない状況だったのですから,原判決の判断は不当です。

 まず,平成24年4月1日で避難の相当性を区切ることの不合理性を説明します。

 年間1mSvを超える地域からの避難には相当性が認められるのですから,平成24年4月1日以降に避難した場合であっても,その避難は相当と言えます。
 その点はさておくとしても,原判決が平成24年4月1日までの避難に限定した理由として挙げる,①平成23年12月16日に収束宣言が出されていること,②避難指示等対象区域が平成24年4月1日に再編されていること,③同時期の子どもの避難者数は微増又は減少傾向であったという各事実は,何ら避難の相当性を画する根拠たりえません。

 まず,土壌汚染です。
 福島市など,福島第一原発から80キロメートルを超える地域でも,大量のセシウム134ないしセシウム137検出されています。
 そして,平成24年4月時点では除染は進んでおらず,同月28日時点で放射性物質汚染対処特別措置法に基づく新たな除染実施計画を策定した市町村はゼロだったのです。

 さらに海洋汚染がありました。
 平成24年4月時点において,汚染水は海洋へ流出を続けており,海底堆積物からも継続的に放射性物質が検出されています。その当時,東京湾の荒川河口でもセシウム137の濃度が増加傾向であるなど,海洋汚染は拡散していました。

 また食品汚染もありました。
 土壌汚染,海洋汚染によってもたらされた農作物や海産物などの食品汚染は,平成24年4月1日時点でも解消されていませんでした。

 さらに国によっても,除染を実施しなかった場合の試算で,平成29でも,大熊,双葉,浪江,葛尾の四町村で年間積算線量が50mSvを上回る地域が残り,福島市なども年間積算線量5mSvを上回る地域が残る見通しだったのです。

 こうした中,京都府においては,平成24年4月1日以降も福島県内からの累計受入避難者数は確実に増加しており,4月1日前後で避難者の受入状況に顕著な違いが生じていないことが確認できます。

 また,原判決は,平成24年4月1日までに避難しているにも関わらず,妊婦又は子どもを伴わないとして避難の相当性を否定しています。
 しかし,上平成24年4月1日で事故が収束したとみることはできないのであって,避難を決意することがやむを得ないものであることは,妊婦又は子どもを伴うか否かに限りません。

 原判決は,妊婦又は母子の避難時期から2年以上経過しているとして,同居のために避難をした者の避難の相当性を否定しています。
 しかし,避難できる環境が整う時期は,同一世帯であっても人により区々です。にもかかわらず,先に避難した世帯員と同居するという何ら否定されるべきでない理由・動機に基づく避難の相当性を,先の避難から2年で機械的に区切る合理的理由はありません。

 原判決は,中間指針追補によって賠償を認めた自主避難等対象区域の区域外からの避難者についても,個別事情を詳細に検討し,救済の道を拓きました。
 原判決は,個別具体的事情としては,①福島第一原発からの距離,②避難指示等対象区域との近接性,③政府や地方公共団体から公表された放射線量に関する情報,④自己の居住する市町村の自主的避難の状況(自主的避難者の多寡など),⑤避難を実行した時期(本件事故当初かその後ですか),⑥自主的避難等対象区域との近接性のほか,⑦避難した世帯に子どもや放射線の影響を特に懸念しなければならない事情を持つ者がいること等が挙げられています。

 しかし,区域外から避難した控訴人の中には,年間1mSvを超える地域から避難したにもかかわらず,避難の相当性が否定された者がいます。前述のとおり,年間1mSvを超える地域からの避難には相当性が認められるのですから,区域外の居住者であっても,当該地域が年間1mSvを超える場合には,その避難は相当と言わなければなりません。

 以上に指摘したとおり,原判決の因果関係についての判示内容は,控訴人らの主張を曲解し,証拠を正しく評価しないものであって相当でありません。
 事故と損害との因果関係は,避難元の空間線量が1mSv/年(但し,被控訴人らの主張する0.23μSv/hではなく,0.11μSv/hとするべきである)を基準に判断することを基本とすべきです。
 また,土壌汚染が4万BQ/mを超える地域からの避難はそれだけで避難の相当性を認めるべきです。
 さらに避難開始の時期等によって因果関係を判断することには理由はなく,原則的には,上記基準によって避難の相当性が認められる場合,避難目的以外の移住であることが明白なときを除いて因果関係を認めるべきです。

以上

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