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★ 京都地方裁判所 判決書 事実及び理由
 第3章 当裁判所の判断  第2節 争点②(被告東電の責任)について 
(2018年3月15日)

事実及び理由

第3章 当裁判所の判断

第2節 争点②(被告東電の責任)について

目 次】(判決書の目次のページに戻ります)

第1 判断
第2 まとめ



第1 判断


 1 過失の有無

 (1) 原告らは,被告東電は,福島第一原発1~4号機付近において,O.P.+10mを超える津波が到来することを予見することができたのであるから,事故発生を防止するために,①防潮堤の設置,②代替施設の設置,③非常用電源及び電源盤の水密化並びに高所配置等の結果回避措置等の対策をとるべきであったにもかかわらず,これを怠った旨主張している。

 (2) 前記のとおり,被告東電は平成14年末頃には,福島第一原発1~4号機付近において,O.P.+10mを超える津波が到来することを予見することができたといえる。しかしながら,前記のとおり,被告東電はこの時点において,本来であれば,長期評価の見解に基づいてシミュレーション等を行わなければならなかったところ,同見解を取り入れることなく,津波評価技術のみによる試算を行ったにとどまっていたため,実際に予見していたのは,最大O.P.+5.7mの津波にすぎなかった。そのため,O.P.+10mを超える津波への対策は何ら行われていなかった。前記で述べたとおり,原子炉施設は万が一にも事故が発生して,周辺住民等へ被害が及ぶことのないように,万全の対策を講じるべきであるから,O.P.+10mを超える津波を予見し得た場合には,これを予見した上で,これに対する措置を講じる義務が生じることが考えられるところ,その前提として,本件事故において,そのような措置を講じた場合に,結果を回避することが可能であったかが問題となる。

 (3) 結果回避可能性について

 ア ここで,結果回避可能性の対象となるべき津波について検討するに,前記のとおり,被告東電は,長期評価の見解を取り入れた試算を行わなければならなかったのであり,そのような試算をした場合には,福島第一原発1~4号機敷地南側においてO.P.+15.7mの津波が予測されたのであるから,これを対象として,結果回避可能性の有無を検討する。実際には,それ以上の津波が到来して本件事故に至ったことは,過失行為と結果との因果関係の問題となる。

 イ 原告らは,結果回避するための津波対策として,①O.P.+10mの敷地上に約10mの防潮堤を設置すること,②代替施設を整備すること及び③電源設備の水密化及び高所配置である旨主張する。また,①の防潮堤は,具体的には,10mの敷地上に1~4号機の原子炉・タービン建屋につき,敷地南側側面だけでなく,南側側面から東側全面を囲う10m(O.P.+20m)の防潮堤(鉛直壁),5号機及び6号機の原子炉・タービン建屋を東側全面から北側側面を囲う同様の防潮堤(鉛直壁)であり,防潮堤の高さに対応した,必要な強度を要するものを設置すれば,結果を回避することが可能であった旨主張する。これに対して,被告東電は,試算に基づいて上記津波対策を設置したとしても,本件事故を防ぐことはできなかったし,本件事故時までに津波対策を完成させることは困難であった旨主張する。

 ウ まず,防潮堤の点であるが,被告東電による平成20年4月の試算(福島第一原発1~4号機の敷地南側で,O.P.+15.7mの津波高の予測)を前提として検討するとなれば,津波による浸水を避けるために,必要かつ合理的な方法として,最適な高さや設置位置を検討した上で,当該措置を講じるということとなり,被告東電の会社規模や人的物的設備等からすれば,そのような検討を行う能力は十分あったということができる。そして,実際に,被告東電の土木調査グループは,東電設計株式会社に対し,平成20年4月の試算をもとに,原子炉建屋が設置された敷地に対する津波の遡上を防ぐことのできる防潮堤に関する解析を依頼し,平成20年4月,同社から,O.P.+10mの高さの敷地上に,さらに約10m(O.P.+20m)の防潮堤を設置する必要があるとの解析結果を得ていることが認められる(甲B85・5頁,弁論の全趣旨)。また,被告東電の平成20年4月の試算を,福島県沿岸(南相馬~いわき)に広げて考察した場合,津波高O.P.+10mを超す地点及びO.P.+10m以下でも,O.P.+10mに近い地点がそれぞれ多数あったことが認められる(乙B26・13頁)。さらに,津波の特徴として,津波が防潮堤に達すると,大量の海水がせき止められるため,後ろの津波が重なっていき,その結果,防潮堤を越える高さに達することが考えられ,実際,設定津波高が6m又は8mであっても,福島第一原発1~4号機のタービン建屋及び原子炉建屋は,ほぼ建屋の全体において浸水深1~4mで浸水すると津波浸水予測図(平成11年3月)で予想されていたことを指摘することができる。
 これらの事実によると,被告東電が,平成20年4月の試算を踏まえて,必要かつ合理的な方法として,防潮堤の最適な高さや設置位置を検討した場合には,敷地南側側面や敷地北側側面など,試算によりO.P.+10mを超える津波が到来するとされた部分のみに高さ10mの防潮堤(O.P.+20m)を設置することになるとは考えにくいところである。むしろ,上記試算の内容や後ろの津波が重なっていく津波の特徴等のほか,津波高予想には不確実性が伴うことから安全裕度を前提とすべきこと,津波対策をするとなるとさらにシミュレーションをして可能性のあるあらゆる場合を想定することが予想されることなどからすると,南側側面から東側全面,北側側面を囲う高さ10m程度の防潮堤(O.P.+20m)を,必要な強度で設置すると考えることは,十分あり得ることであって,これであれば,平成20年4月の試算による津波を防ぐことができ,結果回避可能性はあったと認めることができる(試算の津波よりも規模の大きな本件津波を防ぐこともできたと認められるので,本件事故との因果関係も否定されない。)。なお,平成14年末頃には,被告東電が,O.P.+10mを超える津波の到来を予見できたことを踏まえると,上記防潮堤の建設が本件事故までに時間的に不可能であったとは到底いえないし,仮に平成20年4月の上記試算の頃を基準にしたとしても,本件事故後の被告東電による各原子力発電所における防潮堤,防潮堤の設置実績(甲A5,6)からすると,本件事故が生じたことによる迅速さという点を割り引いたとしても,高さ110mの防潮堤(O.P.+20m)の建設が本件事故までに不可能であったとはいえない。
 この点について,被告東電は,平成20年4月の試算に基づいて,福島第一原発1~4号機敷地南側などに防潮堤を設置する対策では,同試算よりもはるかに大きな本件津波による浸水を防ぐことはできないなどと主張し,それに関する証拠(乙B26)を提出する。しかし,上記認定説示からすると,平成20年4月の試算に基づく対策としては,南側側面から東側全面を囲う高さ10m程度の防潮堤(O.P.+20m)等を必要な強度で設置することと考えられるから,これによると,結果回避可能性の点でも,因果関係の点でも,本件事故を回避できるのであって,被告東電の上記主張を採用することはできない。

 エ 次に,防潮堤の設置が工期や費用面において,合理的ではない,又は現実的ではないなどと判断される場合には,防潮堤の設置と重複して,または同設置に代えて,電源設備の水密化や高所配置を検討することが考えられるのであるから,そうだとすれば,本件事故を回避できた可能性は高いというべきである。
 この点についても,被告東電は,原子力工学の視点から,仮に長期評価の見解を前提とした試算を行っていたとしても,本件原発の南側敷地及び北側敷地上に防潮堤設置を検討するのが合理的であり,平成14年当時の知見では,浸水防護に問題が生じた場合,まず防潮堤のかさ上げや防潮壁の増設によって浸水防護を図るという発想に立っていたため,施設の水密化や非常用電源・配電盤・高圧注水系等へ接続するための各種ケーブル等の高所移設等をすべきという発想には立っていなかった旨主張し,同趣旨の岡本孝司(現・東京大学大学院工学系研究科教授)の意見書(丙B74,78,79)を引用する。
 しかし,平成14年の段階において,長期評価の見解に基づいた津波の試算を行い,それに基づいた対策を真摯に検討し始めていれば,敷地高を上回る津波の到来に対して,施設の水密化や高所配置の対策を想起し,実際に施すことが,物的人的設備を有する被告東電にとって想定できない困難な対策であったとまでは認められない。実際,被告東電は,平成14年の津波評価技術に基づく試算の後,電動機ポンプのかさ上げや内部溢水への対策として水密化を講ずるなどしているし,過去にも,平成3年10月の福島第一原発1号機タービン建屋地下1階で発生した補機冷却海水系配管からの海水漏えい対策として,原子炉最地下階の残留熱除去系機器室等の各入口扉の水密化,原子炉建屋階段開口部等への堰の設置やかさ上げなどの水密化対策を実施した実績があるとされている(乙B3の1・38頁)。また,被告東電は,平成平成21年2月には,津波対策として,ポンプ用モーターのシール処理対策等も行っているが(乙B3の1・19頁),平成14年から平成21年までに,津波対策についての知見が特に進んだと認めるに足りる証拠はないことから,上記シール対策等は,平成14年当時でも可能であった津波対策であると推測することができる。以上のとおりであるから,敷地高を越えて浸水するような津波への対策を考えるにあたって,平成14年当時において,施設の水密化や高所配置の対策がおよそ考えられないものではないし,費用面や時間面を考えれば,電動機ポンプのかさ上げや水密化の事例等があるだけに,むしろ当然検討されるべきものであったと考えられる。
 なお,上記岡本孝司の意見書だけでなく,そもそも,本件事故発生以前においては,確定論的安全評価手法に従って設定した想定津波については,それに対する安全性を確保する(主要建屋のある敷地高への遡上自体を防ぎ,ドライサイトを維持する。)というのが基本思想であり,津波が遡上することを前提に対策を講じるという発想自体存在しなかった,津波の越流を前提とした様々なレベルでの津波防護に関する工学的な検討は,本件事故までほとんどなかった,いわば後知恵的なものである旨の意見もある(丙B83・38~39頁,丙C15・6~7頁)。しかし,確定論的安全評価手法自体がそもそも完全なものとはいえないし,長期評価という公式見解により,設計事象には含まれていなかったが,新たな地震及び津波の発生の予見可能性が生まれており,確率論的安全評価手法の必要性が高まっていたということができる。そして,長期評価後には,スマトラ沖地震が起き,非常用海水ボンプのモーターが水没し,運転不能になる事態が発生し,その対策として,溢水勉強会や土木学会による確率論的津波評価手法の研究も実際に行われるなどしていた。こうした事情によると,本件事故前に,確定論的安全評価手法による基本思想で,津波が遡上することを前提に対策を講じるという発想自体存在しなかったなどとはいえず,仮に研究者の間でそうした考えが強かったとしても,それによって被告東電の結果回避可能性を否定することにはならないと解される。
 上記のとおり,電源設備の水密化や高所配置を含めた対策を講じれば,本件事故を回避できた可能性が高いというべきであるから,被告東電の主張は採用できない。

 オ さらに,被告東電は,仮に対策を行おうとしても,被告東電の試算結果だけの状況では,原子力安全委員会や保安院による確認を受ける過程において,当該津波対策の必要性・有効性について,必ずしも十分な根拠に基づくものとして受け止められるとは限らず,原子力安全委員会等の確認にどのような説明・資料等が要求され,いかなる審議がどの程度の時間をかけて行われるかについても不明であったこと,また,津波対策の工事が,周辺の海域等に与える影響をも考慮して,周辺地域への説明及び港湾関係の諸手続への対応等を行うことを考えれば,直ちにその工事に着手することができたとはいえず,本件事故までに工事を完了することはできなかった旨主張する。
 しかしながら,被告東電が長期評価による見解を取り入れる前提で,真摯に検討した場合には,資料等が不十分とはいえないし,対策としても,周囲の影響を考えた上でのものを施すことも十分可能である。実際,被告東電が,平成14年に冷却系海水ポンプ電動機かさ上げなどをした際には,保安院から,評価内容を踏まえた特段の指導等はなされておらず(甲A2・本文編381頁),保安院の理解が得られていたことがうかがえる。また,保安院等による審議には一定の期間を要すると仮定したとしても,平成14年頃から被告東電が対策に取り組んでいれば,少なくとも,本件事故までに8年以上の期間があることからしても,本件事故までに対策を講じることは十分可能であると考えられる。
 被告東電が,結果回避可能性に関し,津波対策に必要な期間等についてする上記主張は採用することができない。

 カ なお,被告東電は,原告らが具体的な防潮堤の設置位置や形状,強度については,弁論終結時に至ってから初めて主張されたものであるとして,時機に後れた攻撃防御方法として却下されるべきであることを主張する。しかしながら,O.P.+10mの敷地上に約10mの防潮堤を設置すべきであることについては,従前より主張されていたものであって,この主張は予測される津波を防ぐために必要な防潮堤であることを前提として主張されていることからすれば,弁論終結時に至って防潮堤の位置等の詳細な主張がされたとしても,時機に後れたとはいえないし,これによって訴訟の完結を遅延させると認めることもできない。

 (4)過失の程度と慰謝料の増額事由

 ア 原告らは,被告東電の過失を理由として,原告らの慰謝料の増額事由になる旨主張する。しかしながら,加害者に過失が存在するとしても,過失の程度はさまざまであるところ,それだけで慰謝料を増額すべきということはできず,故意又はそれと同視できる重過失がある場合には増額事由になると解される。

 イ 本件においては,前記(1)から(3)で検討したところによると,被告東電は,長期評価の見解を取り入れた試算を行うことがなかった結果,本来,これを予見した上でO.P.+10mを超える津波への対応をすべきであったのに,これを怠ったとして過失が認められるところ,被告東電が具体的に試算を行ったのは平成20年4月に至ってからであることからすると,長期評価がなざれた平成14年7月を基準にすると,約5年9月もの長期間にわたって,津波の試算をせず,試算すれば得られた結果への対応(回避措置)もしなかったことが認められる。前記のとおり,遅くとも,平成14年末頃には予見可能性があったとする時点を基準にしても,約5年4か月という期間となる。また,平成20年4月の試算により,O.P.+10mを超える津波の予見をしたにもかかわらず,その後約2年11月の間,同予見への対応(回避措置)をすべきであったのに,しなかったことも認められる。回避措置をとらなかった期間は,始点をいずれとみても,合計8年を超える期間となる。前記のとおり,被告東電は,原子炉施設の安全性を常に万全に整えるべき義務(津波対応に関しては,電気事業法39条,後記省令62号4条1項「津波」‥「により損傷を受けるおそれがある場合は,防護施設の設置,基盤地番の改良その他の適切な措置を講じなければならない」参照)を負っているにもかかわらず,そのように長期間にわたって,出発点である津波高の試算さえすることを怠って,これを放置し,合計8年余の期間,回避措置をとらなかったことは,許されないというべきである。
 しかしながら,被告東電が原子炉施設を安全に保つために果たすべき義務は,津波への対応だけでなく,多種多様のものが含まれており,高度な注意義務を負っていることに加えて,前記のとおり,内部溢水への対応を講じたり,溢水勉強会をはじめとした勉強会や津波防災の検討を行ったりしており被告東電が津波に対する対応を怠ったことが,前記義務を果たすには十分ではなかったとはいえても,故意と同視できる重過失にあたるとまで認めることはできない。

 (5) 小括

 したがって,被告東電には,福島第一原発1~4号機付近において,O.P.+10mを超える津波が到来することを予見することができ,同津波を回避することができたにもかかわらず,平成20年4月までは予見義務及び回避義務に反し,その後は回避義務に反して合計約8年余の間,同津波を回避する対応(防潮壁の設置や電源設備の水密化・高所配置)を怠ったということができるところ,この点については,被告東電には,重過失ではなく,通常の過失が認められる。

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 2 民法709条の責任の成否

  (1) 原告ら及び被告東電の主張要旨

 原告らは,被告東電は,原子力事業者としての原賠法3条に基づく損害賠償請求権のほか,民法709条に基づく損害賠償請求権も併存する旨主張しているのに対して,被告東電は原賠法の規定の趣旨等からすれば,原子力損害の賠償責任については,民法709条は適用されないと主張している。

  (2) 原賠法の趣旨

 この点について,原賠法は,被害者の保護及び原子力事業の健全な発達を目的として,原子力事業者に対する無過失責任(3条1項)や責任集中(3条2項,4条),求償権の制限(5条)をそれぞれ定めている。これらの規定は,民法の特則として定められているものと解することができるが,仮に民法709条の責任が原賠法上の責任と併存しうると考えると,原子力事業者が一般不法行為に基づく請求に対して支払った賠償金について,軽過失しかない第三者に対しても求償が可能になるなど,これらの規定を定めた趣旨を没却することになりかねない。そうすると,原賠法は原子力損害については,一般不法行為責任の規定の適用を排除しているものと解するのが相当である。

  (3)小括

 したがって,被告東電が,原賠法に基づく責任を負うことがあったとしても,原子力損害に関し,民法上の一般不法行為責任を追及することはできないから,原告らの民法709条に基づく請求には理由がない。


第2 まとめ

 以上のとおりであるから,被告東電は,本件事故による原子力損害に関して,原賠法上の責任を負うにとどまるものと解される。また,上記のとおり,被告東電に重過失があるとまでは認められないから,慰謝料の増加事由にあたるとはいえず,この点に関する原告らの主張には理由がない。

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