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★ 最終準備書面(結審にあたって) 
平成29年9月22日

  最終準備書面(結審にあたって)(PDF)



第1 はじめに


1 原告らが本件訴訟(第1次)を提訴したのは,平成25年9月17日である。
 そのちょうど10日前の9月7日,わが国の総理大臣はIOC総会において,2020年オリンピックの招致プレゼンテーションを行い,その中で,「フクシマについて,お案じの向きには,私から保証をいたします。状況は,統御されています。東京には,いかなる悪影響にしろ,これまで及ぼしたことはなく,今後とも,及ぼすことはありません。」と述べた。さらにその直後の記者会見では,「汚染水問題でありますが,まず,健康に対する問題は,今までも,現在も,これからも全くないということははっきりと申し上げておきたいと思います。」と述べた。
 フクシマに少しでも関心を持っている者にとっては到底信じられない事実の無視であり,虚偽の言葉である。国内外から批判がわき起こったのは当然である。その虚偽性の証明はそれから4年経った今,すなわち2017年9月時点では改めてする必要がなく,福島第1原発の状況を客観的に示せば,それで十分であると思われる。
 福島第1原発の廃炉作業そのものが毎日6000人もの人たちが注ぎ込まれ,懸命に作業しているにも拘わらず,未だに1~3号機内の核燃料デプリの状況すら殆ど掌握することができていない。従って,政府の作成した廃炉ロードマップによれば,2017年に決定しなければならない筈の核燃料デブリの取り出し方法,処分方法は,未だに暗闇のままであり,いつになったら決定することができるかさえも分からない状況である。汚染水の海への流出が防止できず(凍土遮水壁の遮水効果は未だ発揮されていない),1日130トンの汚染水が海へ流出されている。そういう状況の下で「福島県の沿岸漁業は,事故から6年を経過した現在でも操業が自粛されています。福島県では,魚介類への放射能の影響を詳細に調べ,これまでに得られた科学的データに基づき,安全が確認された魚介類から試験的な操業を開始しています」(福島県ホームページより)。今なおこのように操業自粛,試験操業,出荷制限等が何故に続けられているのか。ひとえに漁獲物が国民の健康に与える影響を顧慮しての措置であることは誰が考えても明らかである。
 福島原発の状況はこのように事故後6年経った今でもむしろ全然コントロールされていないと言うべきであるし,海に流失されている汚染水が健康に与える影響が心配されて,福島県沿岸の漁獲は操業自粛,出荷制限がずっと継続されたままなのである。
 日時の経過によってますます事実に反することが鮮明になっている総理大臣発言内について,その後の調査によって見ると事実に反していたとか,勘違いをしていたとか,あるいはせめて言葉が足りなかったので誤解を招いたとかの言い訳がなされた事実はないし,もちろん訂正された事実もない。それどころかこのプレゼンテーションや記者会見の模様はそのまま動画で政府の「官邸ホームページ」に掲載・アップされている。つまり今なお,全世界の誰もが安倍首相のプレゼンテーションや記者会見の内容を閲覧することができる状態になっているのである。そうすると,上記虚偽発言は総理大臣の勘違いとか勇み足などでは決してなく,わが国政府の基本的見解と理解するしかないわけである。嘘の内容もその嘘を押し通す方針もわが国政治の基本方針でなされていると言わざるを得ないわけである。実に恥ずかしく,悲しい限りである。
 被災者たちの多くは,3・11の原発爆発事故の後,政府や地方自治体のこういう嘘に次々にぶつかった。その最たるもののひとつは当時の官房長官がテレビ等で,原発爆発事故によって放出された放射線量は「いま直ちに人体や健康に影響を与える数値ではありません」と繰り返したことである。多くの原告がこの発言によって安堵し,事故後も子どもを外で遊ばせたりしていた。それが今原告らをどんなに悲嘆させ,後悔させていることか。もう一つを挙げれば,昨日までは年間1mSvを超える放射線量は人体にとって危険だとして法律で規制していたのに,その値を維持していたのでは学校の再開ができないこと等から,一転して年間20mSvまでは安全だとハードルをひきあげてしまったことである。2011年4月11日,小佐古.勝東大教授が「この数値(年間積算放射線量20ミリシーベルト)を乳児,幼児,小学生に求めることは学問上の見地からのみならず,わたしのヒューマニズムからしても受け入れ難い」と涙を流して内閣参与を辞任したニュースは未だに生々しい。
 本件原告のうち何人もの人が,行政のやっていることは信用できませんし,信用していませんと法廷で供述した。それは上述したようなエピソードが山ほどあって,自分の命と健康を守るためにたどり着かざるを得なかった一つの結論なのである。
 前記安倍発言によれば,フクシマはもはや何の問題もないパラダイスのようであるが,フクシマの現実はそんな能天気な状況では決してなく,廃炉作業は前述したように未だ核燃料デブリの取り出し方法も処分方法も定まらないし,汚染水の流出も防げていないのである。まさに薄氷を踏む作業が毎日続けられている。1センチ1ミリ間違えば,あるいはもう一度爆発事故を引き起こし,大量の放射線物質が放出されるかも知れないのである。避難者はそんな危険きわまりないフクシマに帰還を促されているのである。こんな福島にどうして帰還できようか。中には,確かに地での生活に疲れてフクシマに帰還した被災者もいる。それは,このまま自滅はできないこことからの苦渋の判断である,とどまるのか,帰るのか。その是非は避難者自身の判断を優先して決められるべきである。

 2 次に,こういうなりふり構わない原発推進に対して,司法は抑制の機会を持たなかったのかと言えば,そうではない。
 原発が国策として推進されてきた歴史の中で,命と健康を守るために止むに止まれぬ思いで住民たちが起こした原発稼働停止,設置許可の取消を求める民事,行政上の裁判は,全国各地の16の原発について行われてきた。その中で,原発の危険性を指摘して住民側勝訴の判決を出した判決はたったの2件しかない。しかもその2件はともに上訴審で取り消されている。
 住民敗訴の判決の中でも,福島第2原子力発電所の設置許可取消訴訟において示された仙台高裁平成2年3月20日付判決は,原子力に対する裁判所の容認姿勢を露骨に示したものだった。「原子力発電は核分裂によって生ずるエネルギーによって発電するもので,燃焼を伴わないから,二酸化炭素や硫黄酸化物・窒素酸化物を発生させず,火力発電のように地球環境を汚染することはない。ただし,原子力発電は放射性廃棄物の処理,使用済核燃料の再処理という困難な問題を生じている。
 結局のところ,原発をやめるわけにはいかないであろうから,研究を重ねて安全性を高めて原発を推進するほかないであろう」(最高裁判所ホームページ・裁判例情報参照)。 何と言うことだ,始めから原発ありきの考え方が何のてらいもなく露骨に示されている。これがチェルノブイリ爆発事故直後の判決と言うのだから,全く驚きと言うしかない。 伊方原発(設置許可取消)訴訟・最高裁平成4年10月29日判決は次のように判示した。「原子炉設置許可の基準として,右のように定められた趣旨は,原子炉が原子核分裂の過程において高エネルギーを放出する核燃料物質を燃料として使用する装置であり,その稼働により,内部に多量の人体に有害な放射性物貫を発生させるものであって,原子炉を設置しようとする者が原子炉の設置,運転につき所定の技術的能力を欠くとき,又は原子炉 施設の安全性が確保されないときは,当該原子炉施設の従業員やその周辺住民等の生命,身体に重大な危害を及ぼし,周辺の環境を放射能によって汚染するなど,深列な災害を引き起こすおそれがあることにかんがみ,原子炉を設置しようとする者が原子炉の設置,運転につき所定の技術的能力を欠くとき,又は原子炉施設の安全性が確保されないときは,当該原子炉施設の従業員やその周辺住民等の生命,身体に重大な危害を及ぼし,周辺の環境を放射能によって汚染するなど,深刻な災害を引き起こすおそれがあることにかんがみ,/右災害が万が一にも起こらないようにするため,/原子炉設置許可の段階で,原子炉を設置しようとする者の右技術的能力並びに申請に係る原子炉施設の位置,構造及び設備の安全性につき,科学的,専門技術的見地から,十分な審査を行わせることにあるものと解される。」(最高裁ホームページ・裁判例情報所収)
 この伊方原発最高裁判決は,電力会社や国の事故発生責任の範囲を万が一の場合まで広げたことで注目されるが,その外にも原告適格を広げたこと,立証責任の事実上の転換を示したこと等において評価されている。
 しかしながら,底に流れている考え方は裁判所全体に共通していた。要するに,原発の安全性が欠如するに至った時は,重大な災害を付近住民や労働者に及ぼすことは必定であるから,政府は万が一にもこうした災害が起こることのないようにするため,高度に科学的専門的な知識を有する審査機関において十分審査している,だから,その審査によほどの不合理性が見つからない限り,国民は安心して良いと言うのが裁判所のこれまでの態度であった。そういう論理で裁判所全体が国民を安心させ,まさに司法が国策の原発推進を側面から支援してきたと言わざるを得ないのである。
 3・11の原発爆発事故の法的責任は,後に責任論の箇所で詳しく述べるように被告東電と被告国が負うべきなのは間違いないところである。それでは裁判所には責任はなかったのだろうか。
 法的にはもちろん裁判所に責任はなかったであろう。しかし,国民の人権を守る最後の砦たる裁判所の役割からすれば,政,官,業が一体となって国民を欺きながら国策として進めてきた原発推進に対し真っ正面から立ち向かうことを避け,側面的に支援にまわってしまった点において,歴史上・憲法上の責任は免れないのではないだろうか。多くの被災者がこう思っていることを敢えて申しあげたが,裁判所には是非受け止めて頂きたい。

 3 3・11福島第一原発爆発事故は,「万が一にも起こってはならなかった事故である」。本件原告の方々は万が一にも起こってはならなかった本件事故のため,大変な苦労をし,京都に避難してきた。ある人は会社を辞め,ある人は購入したばかりの家を売り,ある人はようやく軌道に乗ってきたお店を捨てて,そしてふるさとを捨て,コミュニティから離れて,自分の人生をかけて自分と家族の健康を守るために京都に避難してきたのである。
 原告らは,被告国や地方自治体から厄介がられ,見捨てられた存在である。棄民現代版といっても決して過言ではない。前記総理大臣の発言には,今なお避難生活を余儀なくされ,ふるさとに帰還できないでいる原告ら被害者も被害そのものも全く存在していない。
 その被害のすべては被告東電と被告国に十分に賠償してもらわなければならない。幸福追求権(憲法13条)を保証している日本国憲法の下では当たり前の要求である。原告らは,今度こそ裁判所が正義を貫き,正しい裁判をしてくれることに満腔の期待を込めて裁判を提起したのである。裁判所におかれては,その熱き思いを十分に受け止めていただきたいと思う次第である。そういう意味での「希望の裁判所」であって欲しいと思う次第である。

 4 最後に本件訴訟の審理を通じて,当裁判所が本件複雑困難な訴訟に真剣に立ち向かい,懇切丁寧な審理を続けてこられたことに心から感謝申しあげます。
 判決もまた原告らの期待を裏切らないものであることを確信して原告弁護団を代表しての弁論と致します。

以上

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