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★ 準備書面(33) ―被告東京電力共通準備書面(7)に対する反論― 
 第3 本件事故発生後の事実 
平成28年3月22日

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第3 本件事故発生後の事実
 1 はじめに
 2 本件事故発生後の事実



第3 本件事故発生後の事実
―避難を決断し,かつ今日まで継続することの相当性を裏付ける事実―



 1 はじめに

 原告らは,これまで,避難の相当性を論じる上で公衆被ばく線量限度である1ミリシーベルトが重要な数値であることを繰り返し述べてきた。
 しかし,避難した原告らの多くは,事故直後或いは避難時に当該数値を明確に意識していたものではない。原告らは,事故の内容や放射性物質の拡散状況について具体的かつ正確な情報を知らされず,放射性物質が漏れているという事態から避難したのである。
 そもそも被告国は,SPEEDIに基づく結果を公表せず,被告東京電力は,原発がメルトダウンしていると判断しなければならなかったのに,その事実を隠ぺいしたのであって,原告らが十分な情報が開示されないなか,最悪の事態を考え避難したことには十分合理性が存する。
 しかも,その後,被ばく線量が「シーベルト」という単位であらわされること,ICRPが公衆被ばく線量限度として1ミリシーベルトと定めていること,被告国がこの数値を超え20ミリシーベルトまで受忍させようとしたこと,それに対し専門家から強い抗議がなされたことなどの情報が拡散していくなかで,原告らは避難を決断し,また避難の継続を決意したのである。

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 2 本件事故発生後の事実

  (1) 本件事故発生後の主だった事実

 原告らの多くは,放射能汚染とそれによる健康被害を避けるため,住み慣れた地域からの避難を決断したのであるが,本件事故発生後の事実として,避難の決断及び避難継続の決断に大きな影響を及ぼした事実は多岐に渡る。
 そのうち,低線量被ばくによる健康被害に関する知見の集積については,別途書面にて詳細に論じる予定である。本件事故発生後の事情については,これまでも準備書面(22)において「事後の事情に基づく避難と継続の相当性」を論じ,本準備書面とあわせて提出する準備書面(28)においてグローバー報告と福島県県民健康管理調査について論じているが,それ以外にも影響を与える事実は多数存するので,改めて主だったものとして以下の事実を挙げておく。

2011年 3月11日  東日本大震災発生,原発事故発生
 以後避難指示に関する区域の指定・追加
同年 3月14日〜15日  放射線ヨウ素 が大量放出
同年 4月22日  警戒区域,避難指示区域,計画的避難区域の指定
同年 5月 1日  小佐古敏荘内閣官房参与辞任会見…
同年11月 9日  低線量被ばくの管理に関するワーキンググループ設置,議論を開始(11月9日から同年12月15日にかけて,合計8回開催)…
同年12月22日  上記ワーキンググループ報告書公表
同年12月16日  野田首相原発事故収束宣言
同年12月26日  原子力災害対策本部が「ステップ2の完了を受けた警戒区域及び避難指示区域の見直しに関する基本的考え方及び今後の検討課題について」(甲D共37)を発表
同年12月28日
 NHK「低線量被ばく 揺らぐ国際基準」放映…
2012年 6月21日  子ども・被災者支援法成立…
2013年 2月13日  第10回県民健康調査検討委員会において甲状腺検査の結果,悪性または悪性疑いが10例,うち3例が甲状腺がんと確定診断されたことの報告(以後、ほぼ3ヶ月毎に症例数の増加が報告されている)
2013年 5月27日  アナンド・グローバー氏国連人権理事会で発表
同年10月11日  子ども・被災者支援法の基本方針確定…

 改めて述べるまでもないが,以上に列挙した事実のみが,避難の決断および避難継続の決断に影響を及ぼした事実ではない。これら以外にも,(野田首相(当時)の収束宣言以降も生じている)本件事故発生後の制御過程における相次ぐトラブルや増え続ける汚染水,進まない除染作業,被告東京電力・被告国の隠ぺい事実の発覚,学識者の発言等様々な事実が存する。更に,各原告において個別に重視される事実も存するところである。
 もっとも,以上に列挙したものは,特に多くの原告らに対して強いインパクトを与えたものであるので,若干補足して論じておく。


  (2) 小佐古敏荘内閣官房参与の辞任

 まず,Aの小佐古敏荘内閣官房参与の辞任であるが,これは,子どもを持つ親にとって極めて衝撃的な事件であった。福島県の小学校等の校庭利用の線量基準を20ミリシーベルトにしようとした政府に対し,内閣官房参与に任ぜられていた専門家が涙を流して抗議し,辞任したのである。同会見において,小佐古氏は以下のように発言した。

「今回,福島県の小学校等の校庭利用の線量基準が年間20mSvの被曝を基礎として導出,誘導され,毎時3.8μSvと決定され,文部科学省から通達が出されている。これらの学校では,通常の授業を行おうとしているわけで,その状態は,通常の放射線防護基準に近いもの(年間1mSv,特殊な例でも年間5mSv)で運用すべきで,警戒期ではあるにしても,緊急時(2,3日あるいはせいぜい1,2週間くらい)に運用すべき数値をこの時期に使用するのは,全くの間違いであります。警戒期であることを周知の上,特別な措置をとれば,数カ月間は最大,年間10mSvの使用も不可能ではないが,通常は避けるべきと考えます。年間20mSv近い被ばくをする人は,約8万4千人の原子力発電所の放射線業務従事者でも,極めて少ないのです。この数値を乳児,幼児,小学生に求めることは,学問上の見地からのみならず,私のヒューマニズムからしても受け入れがたいものです。年間10mSvの数値も,ウラン鉱山の残土処分場の中の覆土上でも中々見ることのできない数値で(せいぜい年間数mSvです),この数値の使用は慎重であるべきであります。
小学校等の校庭の利用基準に対して,この年間20mSvの数値の使用には強く抗議するとともに,再度の見直しを求めます。」
  (3) 低線量被ばくの管理に関するワーキンググループ

 次に,Bの低線量被ばくの管理に関するワーキンググループの設置と同グループでの議論も重要である。この点については,既に準備書面(9)で詳細に論じたところであるが,WG報告書だけでなく,その議論過程が極めて重要である。
 例えば,細野大臣(当時)は,第6回会議において以下のとおり発言している(甲D共45の1・13頁)。
「このワーキンググループというのは,プロセスも含めて全部オープンにして,今,先生がおっしゃったように白か黒かどこかで線が引けている問題ではなくて,グレーゾーンもある中で,それでもどこかに線を引かなければならないということに我々は直面していて,そこは皆で悩みながらも結論を出そうと努力しているところをちゃんと見てもらおうというのが第一歩かなと思ってこれを始めたのです。」
 この発言は,(いかなる線量を基準として対策を講じるかの政策決定の問題として)避難区域の指定基準に絶対的な正解などはなく,それにもかかわらず「線引き」をするという事実を端的に示している。しかも,当該時点で現存被ばく状況だというのであれば,20ミリシーベルトという数字は,その上限であり,1ミリシーベルトもあり得たということになる。
 この点,被告国も被告東京電力も,現在が緊急時被ばく状況(その際は参考レベルの下限が20ミリシーベルトである)なのか,現存被ばく状況(その際は参考レベルの下限が1ミリシーベルトである)なのかについて,いまだ明らかにしていない。先の小佐古氏発言からすれば,既に緊急時被ばく状況ではなく現存被ばく状況に至っているはずであり,その場合には1ミリシーベルトから20ミリシーベルトの間でレベルを決めることになるのであって,被告国は,最も緩やかな(住民にとって最も酷な)基準を採用したことになる。
 更に,同ワーキンググループの第7回会議では,以下のようなやりとりも行われている(甲D共46の1・39頁)。

「(細野大臣)
 内部被ばくが外部被ばくと全く同等に比較できるものだというのは,私がずっと持っていた疑問の1つで,ここでかなりわかりやすく説明していただいていると思うのです。あえてそれでも,ちょっと疑問を投げかけて,お答をいただければ幸いなのは,例えば核種ごとにいろいろと,係数のようなものを掛けて,それぞれの核種ごとに影響を測っているわけですね。これはもう確たるものなのか,変わり得るものなのか。つまり,…係数なり,計算の仕方というのは間違いのないものだと本当に言い切れるのかどうか,そこについては,この説明を受けてもいまだ全く払拭できないのですけれども,どんなものでしょうか。

(丹羽太貫氏)
 これはあくまで数値で,これは実際の吸収線量から計算して,線質係数や組織荷重係数で重み付けをしています。吸収線量は絶対なのです。これはまず間違いない。…
次の問題としては,子どもさんなんかも,個人によって排泄する速度が変わります。それのバリエーションは入っていないから,そこでまず実際のSvに直す過程で,不確実性がある。それから一番大きいのは,そこのところで使っている組織加重係数です。この荷重は,30代の方の平均の数値でやっているのです。子どもさんで出るがんの種類と,50歳で出るがんの種類は違うのですけれど,それを全部ならした形で使っているので,これはある意味で言うと,非常にばらつきが多い。しかもこれは被ばく者の方,日本人に特化した数値からスタートしまして,それを西洋化しているという非常に複雑な考え方を使っていますし,またそれに加えて,2つの異なるモデルを,バランスを取りながら入れ込んでいるという,非常に複雑なやつです。だから,これは下手したら,数倍はすぐぶれるというふうなものである。ただ,それを含めて考えても,実際これが1mSvであるのが10mSvになる,0.1になるとか,そういう変動である限りは余り気にする必要がない。」
 上記のやりとりにおいて,内部被ばくについてのリスク評価には,まだまだ不確実な点が多いこと,数値を算定するうえでかなり幅が認められる(誤差がある)こと,それにもかかわらず1ミリシーベルトと10ミリシーベルトとの間に大差はないという発想がワーキンググループのメンバー(丹羽氏)のものであることが明らかになっている。
 なお,これらの議論過程と対比すれば,WG報告書の記載があまりに雑駁な整理であって,誤解を招きやすいことは明らかである。WG報告書は,それのみで文意を十分理解できるものではない。8回に渡ってなされた議論も踏まえ理解されるべきものである。議論のうち重要な部分が共同主査の意向により恣意的に省略されている点も認められるのであり,丁寧に会議録を読む者なら,そのことに気付くはずである。

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  (4) NHK「追跡!真相ファイル『低線量被ばく 揺らぐ国際基準』」

 また,CのNHK「追跡!真相ファイル『低線量被ばく 揺らぐ国際基準』」という番組では,
「1980年代後半,ICRPが「政治的な判断」で,被ばくでガンになるリスクを実際の半分に減らしていた事実が浮びあがってきた。当時ICRPには,原子力産業やそれを監督する各国の政府機関から,強い反発が寄せられていたのだ。そしていま,世界各地で低線量被ばくの脅威を物語る,新たな報告や研究が相次いでいる。アメリカでは原発から流れ出た微量の放射性トリチウムが地下水を汚染し,周辺地域でガンが急増。25年前のチェルノブイリ原発事故で,大量の放射性セシウムが降り注いだスウェーデンでは,ICRP基準を大きく上回るガンのリスクが報告されている。いま,誰もが不安に感じている「低線量被ばく」による健康被害。国際基準をつくるICRPの知られざる実態を追跡する。」
 として,低線量被ばくによる健康被害が,ICRPの評価以上に深刻な可能性がある旨を放送した。そして,番組の中で出演者は次のように語っている。
「西脇: ICRPというと日本では科学的な情報を提供してくれるイメージがあるんですけれども,彼ら自身も繰り返し言っていたんですけれども,彼らは政策的な判断をする集団だと。どこまでが許容できて許容できないのかを,政治的に判断する組織だと。
室井: ということは,自分で判断していくしかないと思うんです。しかも安全な方に。どれだけ取らないようにするか,自分で決めていった方がいいのかなと思いますね。
鎌田: 低線量でも実は被害が出ているんじゃないかという海外のケースをこれまで見てきたんですけれども,いまの我々と決定的に違うのは,彼らはこういうことだと全く知れなかったわけですね。その基準自体も曖昧だ,あるいは基準に沿っていればいいわけではないということを彼らは知らなかった。
  (5) 子ども・被災者支援法

 更に,Dの子ども・被災者支援法では,第1条において以下のように定められた。
「この法律は,…福島第一原子力発電所の事故(以下「東京電力原子力事故」という。)により放出された放射性物質が広く拡散していること,当該放射性物質による放射線が人の健康に及ぼす危険について科学的に十分に解明されていないこと等のため,一定の基準以上の放射線量が計測される地域に居住し,又は居住していた者及び政府による避難に係る指示により避難を余儀なくされている者並びにこれらの者に準ずる者(以下「被災者」という。)が,健康上の不安を抱え,生活上の負担を強いられており,その支援の必要性が生じていること及び当該支援に関し特に子どもへの配慮が求められていることに鑑み,子どもに特に配慮して行う被災者の生活支援等に関する施策(以下「被災者生活支援等施策」という。)の基本となる事項を定めることにより,被災者の生活を守り支えるための被災者生活支援等施策を推進し,もって被災者の不安の解消及び安定した生活の実現に寄与することを目的とする。」
 そして,同法第8条において,
「国は,支援対象地域(その地域における放射線量が政府による避難に係る指示が行われるべき基準を下回っているが一定の基準以上である地域をいう。以下同じ。)で生活する被災者を支援するため,医療の確保に関する施策,子どもの就学等の援助に関する施策,家庭,学校等における食の安全及び安心の確保に関する施策,放射線量の低減及び生活上の負担の軽減のための地域における取組の支援に関する施策,自然体験活動等を通じた心身の健康の保持に関する施策,家族と離れて暮らすこととなった子どもに対する支援に関する施策その他の必要な施策を講ずるものとする。」
と定め,更に第5条において,基本方針を定めること,そのなかには第8条第1項の支援対象地域に関する事項も定めることとしている。
 すなわち,避難の指示が出されていない地域においても放射線量が一定以上の地域においては,避難の相当性が認められたものと評価できるのであって,避難者は基本方針の策定を待ち続けたのである。
 なお,日本学術会議は,東日本大震災以後,精力的に提言を行っており,特に福島第一原発事故による被害の回復を図るため多数の提言を行っているが,2014年(平成26年)9月30日には「東京電力福島第一原子力発電所事故による長期避難者の暮らしと住まいの再建に関する提言」を公表し,子ども・被災者支援法について以下のとおり指摘している。

「警戒区域以外からも多数の住民が避難したことから,「被ばくを避ける権利」として広く避難者の権利を擁護しようと,2012年6月に原発事故子ども・被災者支援法が議員立法によって国会で成立した。同法は,原発事故によって放射性物質が広範囲に拡散した一方で,放射線が人々の健康に及ぼす危険性の程度は科学的に十分解明されていないことを背景に,被災者の健康上の不安や生活上の負担の解消,子どもに配慮した支援,被災者の安定した生活の実現に向けた包括的な支援の必要性から作られた。同法では,災害の状況等に対する正確な情報の提供,支援対象地域での居住,他地域への移動・帰還を自らの意思で行えるよう,いずれを選択したとしても適切に支援すること,健康上の不安解消への努力,子ども・妊婦に対する特別の配慮などを基本理念として示した。これに伴って,「自主避難者」が家族と離散している際に使用する高速道路の無料化を行うなど,被災者への支援パッケージが示されたが,更に被災者のニーズや意見を反映した支援策の具体化が求められる。特に求められるのは,自主避難者の住居の確保と就労の支援である。自主避難者の中には,放射能への不安からすぐの帰還が困難と考える者も少なくない。その場合,原発事故子ども・被災者支援法によって,安心して居住生活が避難先でも送ることができるよう支援することが必要である。
  (6) 避難継続の相当性

 2011年(平成23年)11月から12月にかけて開催された低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループでも,内部被ばくについてはまだ十分理解が進んでいないこと,被ばく線量については個人差が大きいこと,特に子どもについては分からない旨が述べられており,現在でもこれらが解明されたわけでもない。小佐古氏発言に対しても何ら具体的な応答はなされていない。
 また,子ども・被災者支援法の成立にもかかわらず,基本方針がまがりなりにも定められたのは2013年(平成25年)の10月であり,それまで基本方針は一向に定められないままであった。
 さらに,2013年(平成25年)にはグローバー報告が,2014年(平成26年)以降には県民健康管理調査の結果が報告され始めるのであって,これらの点については,準備書面(28)で詳細に論じた。
 公衆被ばく線量限度が1ミリシーベルトと定められていること,そのことを念頭に被告国らは「介入」をし続けなければならないこと,それまでの間1ミリシーベルトを超える地域の住民が被ばくを受忍しなければならない理由はないこと,それにこれら本件事故発生後の事情を考慮すれば,今日に至るまで,区域外からの避難を継続することには社会通念上の相当性が認められる。

以上

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