TOP    裁判資料    会報「原告と共に」   げんこくだより   ブログ   リンク

★ 準備書面(31) ―検察審査会の議決及び被告東電社内文書について― 
 第2 被告東電が長期評価に基づいて津波対策を行う方針であったこと 
平成28年3月22日

目 次(←準備書面(31)の目次に戻ります。)

第2 被告東電が長期評価に基づいて津波対策を行う方針であったこと
 1 検察審査会の議決
 2 長期評価の公表
 3 耐震バックチェックと長期評価(甲B71 9ページ以下)
 4 被告東電内での検討(甲B71 10ページ以下)
 5 小括



第2 被告東電が長期評価に基づいて津波対策を行う方針であったこと


 1 検察審査会の議決

 平成27年7月17日,東電元経営陣らに対する業務上過失致死傷被疑事件について東京第五検察審査会は被告東電の代表取締役会長(本件事故時。以下,同様)であった被疑者勝俣恒久,代表取締役副社長であった被疑者武黒一郎及び取締役副社長であった被疑者武藤栄らに対し,起訴すべきであるとの議決を行った(以下「本件議決」という。甲B71)。
 本件議決には,検察庁から提供した資料に基づいて認定された事実が記載されているが,その中には驚くべき事実の指摘があった。
 すなわち,これまで被告東電は長期評価に基づく津波水位の計算について,「試みの計算を行ったもの」(被告東京電力準備書面(3)21ページ5行目)と主張し,その経緯について何ら具体的に明らかにしなかった。
 その経緯が本件議決によって明らかにされた。
 すなわち,被告東電は,いったんは耐震バックチェック(後述)について長期評価に基づいて津波評価を行うこと(それは対策をも講じることを意味する)を決定していた。その過程で,被告東電は,長期評価に基づく津波水位の試算を行ったものである。
 しかし被告東電は,後にその方針を変更し,長期評価の採用を先延ばしにしていた。
これらの事実について以下,詳細に指摘する。


 2 長期評価の公表

 地震調査研究推進本部(以下「推本」という。)は,平成14年7月,「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」と題する調査結果を公表した(以下「長期評価」という。)。
 長期評価によれば,三陸沖北部から房総沖にかけての南北に長い海域(当然,福島県沖も含まれる)のどこにおいてもMt(津波マグニチュード)8.2前後の津波地震が発生する可能性があるというものであった。
 しかし,長期評価が公表された当時,被告東電において長期評価に基づく津波評価をするという動きは一切なく,同年2月に公表されていた土木学会による津波評価技術に基づいて若干の対策をとるにとどまった。


 3 耐震バックチェックと長期評価(甲B71 9ページ以下)

  (1)新耐震指針の策定

 原子力安全委員会(以下「原安委」という。)は,平成18年9月19日,原子力発電所の耐震基準に関し,「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」(以下「旧指針」という。)を改訂した(以下「新指針」という。)。
 新指針は,「地震随伴事象に対する考慮」として津波について,「施設の共用中に極めてまれではあるが発生する可能性があると想定することが適切な津波によっても,施設の安全機能が重大な影響を受ける恐れがないこと」を「十分に考慮した上で設計されなければならない」とされた。
 これは,既往最大の歴史津波だけではなく,最新の地震学等の知見により想定される最大規模の津波に対しても安全性の確保を求めるものであって,大きな転換となる考え方であった。
 こうした考え方は,いわゆる七省庁手引きの考え方にも合致するものであった。
 すなわち,平成5年に発生した北海道南西沖地震津波が発生を契機に七省庁による津波対策が検討され,「地域防災計画における津波対策強化の手引き」(平成10年)がまとめられ,同手引きの中で,「現在の知見により想定し得る最大規模の地震津波を検討し,既往最大津波との比較検討を行った上で,常に安全側の発想から沿岸津波水位のより大きい方を対象津波として選定するものとする。」と記載されていたのである。

  (2)耐震バックチェック

 新指針は,本来,原安委が安全性審査を行う際に用いる内規に過ぎないものであったが,当時,原子力安全・保安院(以下「保安院」という。)は,通達により技術基準省令の解釈に新指針を用いていた。
 保安院は既設の発電用原子炉について新指針の適用を除外するという方針をとりつつ,全国の原子力事業者に対して,平成18年9月20日,既設発電用原子炉が新指針に照らして安全性を有しているかを報告させることとした(以下「バックチェック」という。)。
 そして,被告東電では,当初,平成21年6月に終了させる予定であった。
 バックチェックは,あくまで行政指導として行われるものであったが,バックチェックに基づいて事業者が報告をする際には,新指針に適合させることが事実上求められていた。
 このため,バックチェックの際にどのような基準をとって原子炉施設の安全性を評価するかが問題となった。

 △ページトップへ

 4 被告東電内での検討(甲B71 10ページ以下)

  (1)土木調査グループにおける検討

 被告東電は,前述のとおり,平成21年6月にはバックチェックを終了させる予定であったところ,被告東電の原子力設備管理部新潟県中越沖地震対策センター土木調査グループ(以下「土木調査グループ」という。)では,平成19年11月頃,耐震バックチェックの最終報告における津波評価につき,推本の長期評価の取扱いに関する検討が開始され,東電設計株式会社(以下「東電設計」という。)との間で津波試算に関する打合せがなされた。

  (2)平成19年11月19日試算

 東電設計から,平成19年11月19日,長期評価を用いた概略的な津波推移がO.P.+7.7メートル以上となる試算結果が提出された(以下「平成19年11月試算」という。)。

  (3)長期評価取り込みの方針

 被告東電内では,遅くとも平成19年12月には,耐震バックチェックにおいて,長期評価を取り込む方針で進められることとなった(以下「当初方針」という。)。

  (4)平成20年2月16日地震対応打合

 平成20年2月16日に開催された被告東電の中越沖地震地震対応打合せ(以下「地震対応打合せ」という。)では,土木調査グループから被告東電の代表取締役会長訴外勝俣恒久(以下「訴外勝俣会長」という。),代表取締役副社長原子力・立地本部長訴外武黒一郎(以下「訴外武黒副社長」という。)及び取締役副社長原子力・立地本部長訴外武藤栄(以下「訴外武藤」という。)らに対し,平成19年11月試算が報告された。

  (5)研究者による進言と平成20年3月計算

 被告東電に対し,研究者(今村文彦教授)から,平成20年2月26日,「福島県沖海溝沿いで大地震が発生することは否定できないので,波源として考慮すべきである」旨の指摘を受けた。
 その前後に被告東電から東電設計に対し,明治三陸沖地震の津波波源モデルを福島県沖海溝沿いに設定した場合の津波水位を試算するように依頼し,東電設計は,平成20年3月18日,福島第一原子力発電所の敷地南側で津波水位が最大でO.P.+15.7メートルとなる旨の計算結果を提出した(以下「平成20年3月計算」という。)。
 福島第一原子力発電所の敷地高は,O.P.+10メートルであるから,平成20年3月計算に基づけば,敷地を越えて浸水する危険性のあることが明白であった。

  (6)想定問答集の作成及び改訂

 平成20年3月20日,被告東京電力の地震対応打合せが実施され,耐震バックチェック中間報告の提出に伴うプレス発表に関して作成された想定問答集が報告された。
この想定問答集は,平成20年3月29日に実施された地震対応打合せで改訂され,長期評価を考慮する旨が記載された。

  (7)防潮堤の提示

 土木調査グループ担当者は,訴外武藤に対し,平成20年6月10日,平成20年3月計算の結果を示すとともに原子炉建屋等を津波から守るため,O.P.+10メートルの敷地上に高さ10メートルの防潮堤を設置する必要があること等を説明した。

  (8)当初方針の変更

 訴外武藤は,平成20年7月31日,土木調査グループに対し,当初方針を変更し,耐震バックチェックに長期評価を取り入れず,津波評価技術のみに基づいて実施するよう指示した(以下「方針変更」という。)。

  (9)方針変更後の事情その1

 訴外武藤は,方針変更の際,長期評価については土木学会の検討に委ねることとし,その方針について土木学会の津波評価部会の委員や保安院の理解を得ること等を指示した。
 平成20年10月には,それらの了解を概ね得ることができ,被告東電は,耐震バックチェックの最終報告をする予定であった平成21年6月の期日を変更した。

  (10)方針変更後の事情その2

 被告東電は,平成20年8月22日,東電設計から長期評価を用い,房総沖地震の波源モデルを福島県沖海溝沿いに設定した場合の津波水位の試算結果が敷地南部でO.P.+13.6メートルとなる旨の結果を受領した(以下「平成20年8月計算」という。)。

  (11)方針変更後の事情その3

 被告東電は,前記とは別の研究者(佐竹健治教授)から,貞観津波の数値シミュレーションに関する原稿を渡された。被告東電は,耐震バックチェックには取り入れず,土木学会の検討に委ねる方針とした。
 その後,東電設計からは,貞観津波の波源モデルを用いた津波水位の試算結果が,福島第一原子力発電所において,O.P.+8.6メートルから9.2メートルとなるとの結果を受領した。

  (12)方針変更後の事情その4

 平成21年6月開催の被告東電株主総会本部長手持資料には,福島地区の津波評価において巨大津波に関する知見として推本の長期評価と貞観津波について記載され,これに伴う津波を考慮すると敷地レベルまで達し,非常用海水ポンプは水没する旨が記された。


 5 小括

 被告東電は,遅くとも平成19年12月には,長期評価をバックチェックに取り込む方針をとり(当初方針),この方針に基づいて検討した結果,平成20年3月には福島第一原子力発電所の敷地高さを超える津波が到来する可能性があることを認識した。
 ところが,被告東電は,平成20年7月31日,訴外武藤の指示によって当初方針について方針変更を行った。
 これによって,被告東電は,自らの過ちを正す最後の機会を自ら放棄し,本件事故を招来したものである。
 そして,これが人災であることは,検察審査会において被告東電の当時の最高責任者である訴外勝俣,訴外武黒及び訴外武藤らが強制起訴されるに至った点からも明らかである。

 △ページトップへ

原発賠償訴訟・京都原告団を支援する会
  〒612-0066 京都市伏見区桃山羽柴長吉中町55−1 コーポ桃山105号 市民測定所内
   Tel:090-1907-9210(上野)  Fax:0774-21-1798
   E-mail:shien_kyoto@yahoo.co.jp  Blog:http://shienkyoto.exblog.jp/
Copyright (C) 2017 原発賠償訴訟・京都原告団を支援する会 All Rights Reserved. すべてのコンテンツの無断使用・転載を禁じます。