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★ 準備書面(28) ―事故後の事情に基づく避難と継続の相当性その2―
 第2 国連人権理事会特別報告者アナンド・グローバー氏による特別報告書 
平成28年3月16日

 目 次(←準備書面(28)の目次に戻ります。)

第2 国連人権理事会特別報告者アナンド・グローバー氏による特別報告書
 1 グローバー報告と避難の相当性
 2 特別報告者と特別報告書
 3 グローバー報告作成にあたっての調査方法
 4 グローバー報告の内容
 5 小括



第2 国連人権理事会特別報告者アナンド・グローバー氏による特別報告書


 1 グローバー報告と避難の相当性

 国連人権理事会特別報告者アナンド・グローバー氏は,2013(平成25)年5月2日,「到達可能な最高水準の心身の健康を享受する権利に関する国連人権理事会特別報告者報告Anand Groverの報告」(以下,「グローバー報告」という)を公表した(甲D共121・グローバー報告)。
 アナンド・グローバー氏は,インド国籍の弁護士であり,特別報告者として2012(平成24)年11月15日から26日まで日本を訪問し,「この訪問中に,対話と協力の精神に基づき,健康に対する権利を守るための日本の努力を確認し,特に,健康に対する権利の実現に関する問題を,福島第一原子力発電所で2011年3月11日に発生した原発事故,その事故に至るまでの事象,災害の緊急対応,復旧,沈静化との関連で検討した」うえで(甲D共121・2頁),グローバー報告を作成し,公表した。
 グローバー報告が公表されたことは,国連人権理事会の重要メカニズムである特別手続に基づいた重要な事実であり,その報告書において国内法における公衆被ばく線量限度1ミリシーベルトを基準にした帰還推奨などが勧告されていることは,生活圏に1ミリシーベルトを超える地点を含む地域からの避難によって生じた損害と本件事故との間に相当因果関係が存することをより一層明白にするものである。
 以下,まず,国連人権理事会の特別手続や特別報告者などを説明したうえで,1ミリシーベルトを極めて重視したグローバー報告の要点を述べる。

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 2 特別報告者と特別報告書

  (1)特別手続と特別報告者

 国連人権理事会は,人権と基本的自由の促進と擁護に責任を持つ国連の主要な政府間機関である。
 人権理事会には「特別手続(Special procedures)」の制度がある。特別手続は,特定の国の人権状況あるいは特定の人権に関わるテーマについて,各国を対象とした調査や監視を行い,勧告(recommendations)や報告書(reports)の公表を行う制度である。特別手続は,国連人権メカニズムで中心的役割を果たしており,国際社会に対して特定の人権問題について警告を発する重要な制度である。
 特別手続のために任命される独立した専門家を,任務保持者(Mandate-holders)という。任務保持者は,人権理事会によって任命され,その任務によって様々な肩書きが与えられる。「特別報告者」もその一つである。
 アナンド・グローバー氏の正式な肩書きは,「到達可能な最高水準の身体及び精神の健康を享受する権利に関する特別報告者」である。

  (2)特別報告者の選任基準と独立性,外交官同様の特権

 特別報告者の選任にあたって,国連人権理事会は,人権についての高い見識及びその任務についての専門性,実務経験,独立性や中立性等を考慮する。
 特別報告者の独立性を保つことが中立に任務を行ううえで重要であり,特別報告者は,国連職員としてではなく個人の資格で,報酬や金銭的補償を受けずに任務を遂行する。
 また,特別報告者の独立性を担保するため,特別報告者には,1946年の「国際連合の特権及び免除に関する条約(国連特権免除条約)」によって,逮捕や荷物の押収の免除,全ての文書等の不可侵等の外交官同様の特権が与えられている。

  (3)特別報告者の調査と特別報告書

 特別報告者は,国別の特別手続であれば特定の国や地域における人権状況について,テーマ別の特別手続であれば世界における人権侵害の主要な兆候について調査し,監視し,助言し,人権理事会宛ての報告書を作成する。
 調査にあたっての訪問制度もあり,特別報告者は,対象国を訪問し,国家機関,市民社会の代表,人権侵害の被害者,学術機関等と面会し,現場で証拠を集めるなど,多くの調査研究を現地で行う。
 報告書は公表され,それによって人権侵害が広く報じられ,過去に多くの人権問題を解決してきた歴史もある(1992年のアフガニスタンにおける政治犯の対応等)。

  (4)特別報告書の公表が重要な事実であること

 以上のように,特別報告者は,国連人権理事会から選任される専門性,独立性,中立性のある者で,その特別報告者が勧告や報告書を公表する特別手続は,国連人権メカニズムでも重要な制度である。このような特別報告者の地位や特別手続の重要性から,特別報告者が報告書を公表したことは,事故発生後の事情の中でも重要な事実である。


 3 グローバー報告作成にあたっての調査方法

 グローバー氏は,2012(平成24)年11月15日から同月26日の来日調査において,各関連省庁,福島県庁,福島県立医大,自治体,東京電力などからの事情聴取を行い,また,福島県福島市,郡山市,伊達市,南相馬市,宮城県仙台市など広範囲の地域を訪れ,住民へのインタビュー,モニタリングポスト周辺や学校,居住地域などでの線量測定を実施した。
 その他にも,東京,北海道,宮城などのいわゆる区域外からの避難者や,市民グループ,専門家など,原発労働者へのインタビューを行った。

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 4 グローバー報告の内容

  (1)LNTモデルと1ミリシーベルトを基準とした自己決定の支援

 グローバー報告は,以下のとおり,低線量被ばくの影響についてLNTモデルに立っている。このことは,LNTモデルが国際的に採用された考え方であることを示している。
「48 政府は特別報告者に,年間被ばく線量が100mSv未満では癌の過度のリスクはないため,20mSv/年までの地域に住むのは安全であると保証した。しかし,ICRPでさえ,癌や遺伝性疾患の発生が約100mSv未満の被ばく線量の増加に正比例して増加するとの科学的可能性を認めている。さらに,低線量の電離放射線への長期的な被ばくによる健康への影響をモニタリングした疫学研究では,白血病などの非固形癌に対する放射線による過度のリスクについての閾値はないと結論付けている。固形癌に対する放射線の付加リスクは,直線的な線量反応関係で一生にわたって増え続ける。」
 そのうえで,グローバー報告は,
「49 低線量の放射線でも健康に悪影響を与える可能性があるため,被ばく線量が可能な限りに低減されて年間1mSv未満になった場合にのみ,避難者は帰還を推奨されるべきである。政府は一方で,避難者全員に経済的支援と補助金を提供し続け,避難者が自宅に戻るか避難を続けるかを自発的に決定できるようにすべきである」
と,1ミリシーベルトを基準に,帰還と避難を自由に意思決定できるよう政府が経済的支援を続けるべきことを勧告している。

  (2)国内法の公衆被ばく線量限度を根拠としていること

 グローバー報告は,上記のとおり避難者が帰還を推奨すべき基準として「被ばく線量が可能な限り低減されて年間1mSv未満になった場合にのみ」とする根拠として,46項において,次のとおり,国内法の公衆被ばく線量限度を挙げている。
「電離放射線障害防止規則」(第3条)は,3ケ月間の被ばく線量が1.3mSvを超える地域を管理区域とするよう義務付けている。一般の人々に推奨されている放射線被ばく限度は年間1mSvである。」
 このように,グローバー報告は,国内法の公衆被ばく線量限度を基準とした帰還の推奨を勧告している。この勧告は,公衆被ばく線量限度を超える地点を生活圏内に含む地域から避難することに相当性があると述べるものである。

  (3)ウクライナ法も根拠としていること

 また,グローバー報告は,同じく46項において,
「ウクライナでは,チェルノブイリの原発事故の結果悪影響を被った市民の地位と社会的保護に関する法律(1991年法)により,制限なしで生活し,働くための年間被ばく線量を1mSvまでに制限 している。」
として,被ばく国であるウクライナ法も1ミリシーベルトを基準とした法令を有していることも根拠としている。

  (4)1ミリシーベルトを基準とした種々の勧告

 グローバー報告は,上記(1)の他にも,年間放射線量1ミリシーベルトを超えるすべての地域において,避難者が,避難,居住,帰還のいずれを選択した場合であっても,被災者が必要とする財政支援を提供するよう強く要請している。

「68 特別報告者は,2012年6月に同法[1]が採択されたにもかかわらず,履行措置がまだ採択されていないことを懸念している。同法を履行するには,第8条の「支援対象地域」に関する明確化が必要である。特別報告者は,「支援対象地域」には,年間の放射能レベルが1mSvを超える地域が含まれるべきと確信している。また,低線量の電離放射線の長期的な被ばくによる健康への実際の影響は正確には予測できないため,履行措置では,被災者全員に放射線被ばくに関連する検査と治療を無料で一生涯提供することも,明示的に規定すべきである。民法で規定されている20年間という制限は,原発事故に関する治療に対する経済的援助には適用すべきでない。」
「69 健康に対する権利を守る義務により,国は,とりわけ,健康に対する権利の享受を促す積極的な措置を実施することで,健康の根本的な決定要因を確実に提供する必要がある。特別報告者は政府に,被災者支援法の履行措置を採択し,年間線量が1mSvを超える地域からの避難,またはそうした地域での滞在や帰還を選択した人々が必要とする移住,住居,雇用,教育などの不可欠な支援に対する資金を提供するよう求める。これらの措置には,生活を再建する費用を反映した救済策が含まれるべきである。」
[1] 「東京電力原子力事故により被災した子どもをはじめとする住民等の生活を守り支えるための被災者の生活支援等に関する施策の推進に関する法律」(子ども被災者支援法)を指す。

  (5)モニタリングポストについて

 グローバー報告は,年間放射線量1ミリシーベルトを判定するにあたって,政府の設置したモニタリングポストの数値が,必ずしも実際の放射線量を反映していないこと,著しい差異を実際の観測によって確認したことを明記している。
「50 被災地の放射能レベルに関する情報は,人々が決定を行う際に決定的に重要であり,人々の健康に関係があるため,政府はこの情報の入手を容易にすべきである。特別報告者は,政府が福島県の大気中の線量をモニタリングするモニタリングポストを設置したことを知り歓迎した。政府は特別報告者に,福島県内に約3,200のモニタリングポストを設置したと伝えた。しかし,こうした固定のモニタリングポストで測定される空気中の線量は,計器のすぐ近くの放射線量のみを反映している。固定のモニタリングポストによる測定では,近隣の地域の実際の可変線量が反映されず,実際の線量はモニタリングポストでの測定値より高い可能性がある。代表的でない情報をむやみに信頼すると,人々,特に子どもなどの社会的弱者は,さらに高い放射能レベルにさらされる。特別報告者は滞在中,学校,子どもが使用する公共の場所,モニタリングポストに近くても値が反映されない放射能の「ホットスポット」などで,顕しい差異を観測した。残念ながら,こうした事情により,多くの人々が政府のモニタリングポストの信頼性に疑問を抱いている。」

  (6)参考レベルは避難者の自己決定のための指標とはならないこと

 なお,グローバー報告は47項において,以下のとおり,ICRP勧告の参考レベルが健康に対する権利の枠組みに適合しないとしている。このことは,グローバー報告が,ICRP勧告の参考レベルが個々の市民にとって自己決定の指標とはならないものと位置付けていることを示している。
「47 20mSvという年間被ばく限度は,原発事故という緊急事態のために,政府によって現在適用されている。政府はこれに関して原発事故後の居住不可地域を決定する際の基準として1mSV〜20mSv/年が推奨されているICRP発行の文書を裏付けとしている。しかし,ICRPの勧告は最適化と正当化の原則に基づいており,この原理に基づくと,政府の活動は全て,損失よりも便益が最大化するようにすべきということになる。このようなリスク対便益の分析は,個人の権利よりも集団の利益を優先するため,健康に対する権利の枠組みには適合しない。健康に対する権利の下で,全ての個人の権利を保護しなければならない。さらに,こうした決定は,人々の心身の健康に長期的に影響を及ぼすため,人々の自発的・直接的・効果的な参加を通じて下されるべきである。」

 5 小括

 以上のとおり,特別報告者の地位や,国連人権理事会における特別手続の重要性から,グローバー報告が公表されたことは事故発生後の事情の中でも重要な事実であり,同報告書が国内法における公衆被ばく線量限度1ミリシーベルトを基準に帰還推奨をすべき等と勧告したことは,公衆被ばく線量限度を超える地点を含む地域からの避難によって生じた損害と本件事故との間に相当因果関係があることを一層明白とするものである。

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