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★ 準備書面(27) ―段階的安全規制論について― 
平成28年3月16日

  原告提出の準備書面(27) (PDF)

第1 本準備書面の目的

第2 段階的安全規制論
 1 段階的安全規制論の趣旨
 2 原子炉設置許可処分の段階における安全審査の対象の問題であること
 3 本件は設置許可の段階における問題であること
 4 小括

第3 電気事業法によって規制が可能であること
 1 原子炉の安全性確保について
 2 電気事業法の役割
 3 適合命令について
 4 基本設計と詳細設計の区分が明確でないこと
 5 小括

第4 炉規法による規制も可能であること
 1 設置許可後の安全対策確保の必要性
 2 行政行為の取消
 3 分量的一部としての一時停止の規制権限

第5 結論



第1 本準備書面の目的

 本準備書面の目的は,被告国第6準備書面における主張への反論である。
 すなわち,被告国は,上記準備書面において,経済産業大臣が基本設計ないし基本設計方針の安全性に関わる事項を是正するために省令62号に新たな規定を設け,これに適合するよう技術基準適合命令を発令することはできなかった(同書面第2),経済産業大臣は原告らが講じるべきと主張する各措置について技術基準適合命令により是正する規制権限を有していなかった(同書面第3)と主張する。
 そして被告国は,それらの主張の根拠としていわゆる段階的安全規制論をあげている。
 しかし,段階的安全規制論から上記被告国の主張が論理必然的に導かれるものではない。
 そもそも段階的安全規制論は,あくまで設置許可の際の安全審査の対象を確定するものに過ぎず,設置許可後の規制のあり方を制約するものと解する必要はない。
 したがって,電気事業法が基本設計に関わる部分について技術基準適合命令を発し得ないと考えなければならない理由は存在しない。
 さらに解釈上,炉規法自体に原子炉の一時停止権限があると解することも可能であって,被告国が主張するような権限行使の不能はおよそ想定し難い。
 以下,順を追って述べる。


第2 段階的安全規制論

 1 段階的安全規制論の趣旨

 炉規法第四章の原子炉の設置,運転等に関する規制の内容をみると,原子炉の設置の許可,変更の許可(23条ないし26条の2)のほかに,設計及び工事方法の認可(27条),使用前検査(28条),保安規定の認可(37条),定期検査(29条),原子炉の解体の届出(38条)等の各規制が定められており,これらの規制が段階的に行われることとされている(なお,発電用原子炉施設における工事計画の認可,使用前検査及び定期検査については電気事業法が定める)。
 これがいわゆる段階的安全規制と言われるものである。


 2 原子炉設置許可処分の段階における安全審査の対象の問題であること

 段階的安全規制論は,原子炉設置許可処分の段階における安全審査の対象が基本設計に限定されることの根拠として論じられたものである。
 すなわち伊方原発に関する平成4年10月29日最高裁判決は,「原子炉の設置の許可の段階においては,専ら当該原子炉の基本設計のみが規制の対象となる」とした(下線部は原告ら代理人。以下,同じ。またこの最高裁判決を以下,「伊方最判」という。)。
 その理由は,第一に炉規法が核燃料物質,核原料物質,原子炉の利用のそれぞれについて分野毎に安全規制をとっているから,原子炉設置許可に際しての安全性の審査は原子炉自体の安全性に関する事項に限定されること,第二に発電用の原子炉の利用に関する炉規法及び電気事業法による安全規制の特色は,原子炉施設の設計から運転に至るまでの過程を段階的に区分し,それぞれの段階に応じて原子炉施設の許可,工事計画の認可,使用前の検査,保安規定の認可,定期検査等の規制手続きを介在せしめ,それらを通じて安全確保を図るという,いわゆる段階的安全規制の体系がとられているから,原子炉の設置許可の段階では,その基本設計のみを審査すればよいことにあるとされている(以上について伊方最判に関する最高裁判所判例解説民事編平成4年度427頁以下参照)。


 3 本件は設置許可の段階における問題であること

 以上に述べたとおり,段階的安全規制という考え方は,原子炉の設置の許可の段階において規制の対象となる範囲を限定するためのものである。
 被告国の段階的安全規制の主張は,設置許可をする時点における安全審査の対象の議論を,設置許可がなされた後の時点における安全性の問題にすり替えたところに誤りがある。
 すなわち,設置の許可がなされた後に新たな技術的知見が生じたことによって,設置の許可の要件を欠くに至った場合,被告国においてどのような規制をすることができるのかという問題については,段階的安全規制から論理必然的に結論がでるものではない。


 4 小括

 段階的安全規制論に依拠して,設置許可後に許可にかかる原子炉施設が基本設計レベルでの安全性を欠いた場合の規制権限について述べることは論理的に飛躍しており誤りである。

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第3 電気事業法によって規制が可能であること


 1 原子炉の安全性確保について

 炉規法は原子炉設置許可の基準を定めているが,その趣旨について伊方最判は次のように述べている。
「原子炉設置許可の基準として,右のように定められた趣旨は,原子炉が原子核分裂の過程において高エネルギーを放出する核燃料物質を燃料として使用する装置であり,その稼働により,内部に多量の人体に有害な放射性物質を発生させるものであって,原子炉を設置しようとする者が原子炉の設置,運転につき所定の技術的能力を欠くとき,又は原子炉施設の安全性が確保されないときは,当該原子炉施設の従業員やその周辺住民等の生命,身体に重大な危害を及ぼし,周辺の環境を放射能によって汚染するなど,深刻な災害を引き起こすおそれがあることにかんがみ,右災害が万が一にも起こらないようにするため,原子炉設置許可の段階で,原子炉を設置しようとする者の右技術的能力並びに申請に係る原子炉施設の位置,構造及び設備の安全性につき,科学的,専門技術的見地から,十分な審査を行わせることにあるもの と解される。」
 すなわち,規制の最大の目的は,放射能汚染による災害を万が一にも発生させないことにある。
 また,その審査については,伊方最判が次に指摘するように多方面における最新の知見を総合的に判断することとされている。
「右の技術的能力を含めた原子炉施設の安全性に関する審査は,当該原子炉施設そのものの工学的安全性,平常運転時における従業員,周辺住民及び周辺環境への放射線の影響,事故時における周辺地域への影響等を,原子炉設置予定地の地形,地質,気象等の自然的条件,人口分布等の社会的条件及び当該原子炉設置者の右技術的能力との関連において,多角的,総合的見地から検討するものであり,しかも,右審査の対象には,将来の予測に係る事項も含まれているのであって,右審査においては,原子力工学はもとより,多方面にわたる極めて高度な最新の科学的,専門技術的知見に基づく総合的判断が必要とされるものであることが明らかである。」
 上記のとおり原子炉の安全性審査において必要とされる総合的判断には,原子炉が設置されている場所の将来の予測にかかる事項も含めた自然的条件が含まれている。
 このように原子炉設置は,災害防止(事故防止と言い換えても良い)という観点から将来にわたる予測も含めた原子炉立地における自然的条件をも判断されなければならない。
 そして科学的知見は研究等を通じて不断に発展するものであるから,設置許可時点で明らかになっていなかった既往最大津波を超える規模の津波等の自然災害に関する知見が明らかになった場合,その知見に基づいて既設原子炉が安全性を欠いていると判明することは当然あり得る。
 また設置許可後に新たに進展した安全性確保の考え方も同様に最新の専門技術的知見として既設原子炉に適用される必要性がある。
 たとえば多重防護の考え方に基づいて,シビアアクシデント対策が必要とされるようになったのは,福島第一原子力発電所の設置許可後のことであるが,専門技術的知見という観点に照らせば,外部要因によるシビアアクシデント対策を欠いた原子炉施設は安全性を欠如しているというほかない。
 原子炉の安全性確保は,最新の科学的,専門技術的知見に基づいて総合的に判断されるのであるから,知見の進展に伴って設置許可後に既設原子炉が安全性を欠くと判断される事態は容易に想定されるところである。
 そして,炉規法,電気事業法は,こうした安全性の欠如した原子炉を放置することを予定していないと考えるべきである。


 2 電気事業法の役割

 実用発電炉については,設置許可後のいわゆる後段規制に関する炉規法の規定は適用除外となっており,その部分は電気事業法によって規制されている。
 しかし,このことは,原子炉の安全性確保に関する前項の趣旨をいささかも変質させるものではない。


 3 適合命令について

  (1)事業者は常に最新の技術基準省令に原子炉施設を適合させるべきこと

 電気事業法は同法39条において発電用原子炉が技術基準に適合するよう維持することを事業者に対して求め,同法40条は技術基準に適合していないと認めた場合に技術基準適合命令を発動できることを定めている。
 原子炉設置後に詳細設計の内容が最新の科学的,専門技術的知見に照らして,原子炉の安全性という観点から技術基準に適合しなくなるような事態も当然に上記規律の対象となる。
 技術基準は省令によってその内容が定まっているところ,規制当局は,省令改正を行っており,その都度,事業者は原子炉施設を改正後の省令に合致させるべきであった。

  (2)基本設計上の問題が生じれば技術基準に適合しなくなること

 電気事業法39条2項1号は,技術基準について,「人体に危害を及ぼし,又は物件に損傷を与えないようにすること」とのみ定めており,その原因が詳細設計にあるのか基本設計にあるのかを区分していない。したがって基本設計に関わる事項について技術基準適合命令を発することに明文上の障害はない。
 そもそも,安全性確保のための規制において,原子炉の安全性に関わる問題が基本設計,詳細設計のいずれから生じようとも,災害防止の観点からは,法は行政庁に必要な規制権限を付与していると考えるのが合理的,整合的である。
 したがって,設置許可後の科学的専門技術的知見の進展によって安全性に問題が生じ,その結果,「人体に危害を及ぼし,又は物件に損傷を与えないようにすること」が懸念される事態に至れば,それが基本設計部分に関わる事項であったとしても,当然,電気事業法は当該原子炉の安全性確保を求めていると解される。


 4 基本設計と詳細設計の区分が明確でないこと

 前項のように解決することが合理的である理由は,そもそも何が基本設計であって,何が詳細設計であるかは一義的に明らかになるものではないという点からも説明ができる。
 すなわち,一般的に基本設計は詳細設計に比してより抽象的にならざるをえないが,その抽象化がどの程度まで必要であるかは,何ら法令上明らかではない。基本設計という概念は,法令上は用いられていない用語である上に,詳細設計との区分の不明確さに起因する問題は避けられず,仮に被告国のような見解に立てば規制の範囲も不明確にならざるを得ない。
 したがって,電気事業法39条が,技術基準について文言上,基本設計に限定しない趣旨は,そのように基本設計と詳細設計の区分が一義的に明確でないことを背景に基本設計と詳細設計の別を問わず規制を可能ならしめている点にあると考えるべきである。


 5 小括

 上記に述べたとおり,最新の科学的専門技術的知見に照らして,原子炉設置許可後に当該原子炉が安全性を欠くに至った場合,経済産業大臣は電気事業法に基づいて技術基準適合命令を発動することが可能である。

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第4 炉規法による規制も可能であること


 1 設置許可後の安全対策確保の必要性

 伊方最判は,設置後に安全性を欠いていることが判明したような場合,当該許可が取り消されることを認めているが,これは,上記に指摘される炉規法の趣旨からすれば当然のことを指摘したに過ぎない。
 この取消権限は炉規法に明文化されてはいないが(伊方最判後も取消事由が改正法によって追加されることはなかった),明文がなくてもその権限は行政庁に認められているのである。
 そして,取消権限の分量的一部として原子炉の運転を一時停止させ,安全性を確保するよう措置を講じるよう求める権限(仮に「一時停止権限」という。)も行政庁にあると解釈するのが,上記炉規法の趣旨に合致する。

 2 行政行為の取消

  (1)行政行為の取消

 行政行為によって法律関係が形成等したとき,なんらかの事情によってその法律関係を旧に復せしめる必要性が生ずることがある。
 そして,その行政行為自体に瑕疵がある場合,行政行為の取消によって当該行政行為の効力を喪失させることとなる。
 行政行為の取消の実質的根拠は適法性の回復あるいは合目的性の回復にあるから,法律の特別の根拠は不要であると解されている。

  (2)経済産業大臣の取消権限

 伊方最判は現在の知見に照らして設置許可要件該当性を判断すべきことを明らかにした。
 したがって,本件のように原子炉設置許可後に最新の科学的,専門技術的知見に照らして,原子炉設置許可後に当該原子炉が安全性を欠くに至った場合,経済産業大臣は原設置許可の取消をすることが可能であり,それには法規上の根拠規定は不要である。


 3 分量的一部としての一時停止の規制権限

 経済産業大臣には前記のとおり炉規法に基づく設置許可の取消権限があっただけでなく,取消権の分量的一部として,炉規法に基づいて原子炉施設の運転について一時的な停止を命じる権限も有していたと解すべきである。
 すなわち被告国は,被告国第6準備書面12ページにおいて「・・既設の原子炉施設が原子炉設置許可の要件を欠くような事態となれば,経済産業大臣は,事業者に対し設置変更許可処分の申請を促す行政指導を行い,当該申請があればこれを許可するか否かを判断し,あるいは容易に想定しがたいことではあるが,これに応じて申請しない場合には設置許可処分の取消により是正しうるほかないこととなる。」と述べる(下線部は原告ら代理人)。
 しかし,設置許可の取消しかできないという考え方は,当該行政行為が受益的行政行為であることに鑑みると相手方の保護に著しく欠けると言わざるを得ない。
 すなわち設置許可の取消権限は全体的かつ永続的に設置許可が取り消された原子炉施設の運転を停止することとなるが,取消権限が与えられた行政庁は,権限行使をする否かの択一的判断を迫られると解すべき必然性はない。
 すなわち,設置許可を再び満たすように当該原子炉施設の運転を一時的に停止する規制権限を取消権限の分量的一部として有すると解すべきであり,これにより受益的行政行為の相手方との利益の調整を図りうる。
 なぜなら,事後的に安全に関する設置許可要件が欠けるに至った事業者の利益を擁護しながら,最初から審査するという手続き的な不経済を回避することができ,かつ,安全性の確保という法の趣旨を短期間に満たすことが可能となるからである。
 このようにいわば法の欠缺によって規制権限が明文で法定されない場合に規制権限の存否が争点となった事例として,いわゆるスモン事件についての東京地裁判決があげられる(昭和53年8月3日東京地裁判決判例タイムズ365号99頁)。
 この事件において被告となった国は,「現旧薬事法をはじめとして,如何なる法令にも,厚生大臣が許可・承認後に医薬品の副作用による被害を回避するための措置を講ずるよう義務づけた規定は存しないのであるから,厚生大臣は,許可・承認後に,かかる措置を講ずべき法律上の義務を負うものとはいい得ない。」と主張した。
 しかし,東京地裁は,かかる主張を容れず,次のように述べて,承認の取消権を認め,それに加えて取消権の分量的一部としての一時停止の規制権限をも認めたのである(下線部は原告ら代理人)。
明文の規定の存しない「承認の取消」については、なお、製造業等の許可または薬局の開設の許可の取消、許可の更新の拒絶等につき法が必要として定めた聴聞の規定(七六条)の類推適用の問題が残るが、いずれにせよ、承認の取消については、承認を与えられた業者の既得権と国民の生命・健康とが、法益としての比較を絶するものであること、また、承認を取り消すべきものとした厚生大臣の判断に誤りがないかぎり(本件において、キノホルム含有製剤の販売中止の行政措置をとるべきものとした厚生大臣の判断に誤りがないことは、第二編において詳述したところである)、承認の取消あるいはその分量的な一部としての製造・販売の停止は、必ずしも業者にとって不利益とは限らないこと(本件において、右の行政措置がさらに一年後れた場合を想起すれば足りるであろう)が、まず認識されなければならないのである。
 電気事業法に一時停止権限が技術基準適合命令という形で明記されているが(電気事業法39条,40条),明文規定のない炉規法に基づく取消権についても,行政庁に一時停止権限が炉規法の趣旨から認められるべきである。
 したがって原告らが指摘するような地震・津波対策,シビアアクシデント対策は電気事業法及び炉規法によって,既設原子炉の一時停止権限は常に認められ,この結論は問題となる結果回避措置が前段規制にかかるものであろうとなかろうと関係がないのである。


第5 結論

 被告国は,炉規法または電気事業法に基づいて設置許可を受けた既設原子炉に対し,最新の知見に基づいて当該原子炉の安全性が欠如するに至ったと思量する場合,事業者に対し,安全性を確保するように求めて当該原子炉を一時的に運転停止させる等の規制権限を有していた。
 この規制権限の行使は,当該安全性にかかる問題がいわゆる基本設計に関わるものであろうとなかろうと関係なく行うことができたものである。

以 上

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