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目 次(←クリックすると原告準備書面(17)の目次に戻ります) 第4 前兆事象評価手法 1 前兆事象評価手法とは 2 ASP評価の目的 3 前兆事象とは 4 「リスク情報」の活用,前兆事象評価 5 日本原子力研究開発機構渡邉憲夫氏による福島第一原発事故の前兆事象分析 第4 前兆事象評価手法 1 前兆事象評価手法とは 原子力分野において,施設の設計段階で看過された事項,及び,運転・管理に対して考慮すべき事項を明らかにして適切に対処するために,運転経験や事故から教訓を得ることが重要かつ有効な手段である。特に,原子力施設の安全を確保するためには,実際に発生した事例の原因分析を通して教訓や知見を得て,それらを施設の設計,建設,運転及び管理に反映させることが重要である。こうした活動は,「運転経験フィードバック」として世界各国で行われてきており,事象の報告が原子力施設の運転や規制の重要な側面となっている。 また,事故や故障が全く新しい現象や要因によって起こるケースは稀であり,その多くにおいては過去に類似の不具合/異常やシーケンスが発生している。例えば,1979年3月にThree MileIsland−2号機(TMI−2)で発生した事故は,1977年に同型の原子力発電所Davis Besse[2]で起こった事象と類似が指摘されている(甲C54−1:「福島第一原子力発電所事故に対する 前兆事象の検討」)。 ここで,過去に発生した類似の事象やシーケンスを「前兆事象」という。また,前兆事象(ASP)評価は,確率論的安全評価(PSA)手法を利用して,原子力発電プラントで発生した事故・故障事例の重要度を,炉心損傷事故に至る可能性の観点から定量的に評価し,その結果に基づいて各事例の重要度に応じてランキング付けを行うというものであり,重要事例の識別に有用な情報を提供する役割を果たしている。前兆事象(ASP)評価は,以下に述べる通り,過去に発生した類似の事象やシーケンス(前兆事象)をもとに,他の原子力発電所での類似事象の再発防止を目的とするものである。これは米国原子力規制委員会(NRC)にて開発された手法であり,米国では,1979(昭和54)年にNRCの原子力規制研究局[3]が,前兆事象評価研究を開始した(甲C55:「原子力発電所の事故・故障事例に対する前兆事象評価研究の現状」)。 本件訴訟との関連でいえば,前兆事象評価手法により,福島第一原発事故に類似する前兆事象(過去に発生した事象またはシーケンス)を適時に参照していれば福島第一事故を回避できたということである。ここで,前兆事象は「過去に発生した事象またはシーケンス」をさすのであり,「地震」「津波」など自然現象そのものではない。例えば,津波以外の事象により溢水が生じたケースも,本件事故の前兆事象となりうるのである。 [2] アメリカ合衆国オハイオ州オークハーバー近くのエリー湖東南岸に位置する原子力発電所。Davis Besseの事象は,蒸気・給水制御系の故障により2基の蒸気発生器(SG)への給水弁が閉止したことで始まり,その結果,SG水位が低下して原子炉冷却系の圧力及び温度が上昇した。その後,加圧器逃がし弁が9度にわたって開閉を繰り返し,その後開固着したため,クエンチタンクのラプチャディスクが破損した。原子炉冷却系圧力は6分以内に飽和圧まで低下し蒸気が形成されたため,加圧器に水が流れ込み水位が最大値まで上昇した。事象開始から21分後,運転員は,加圧器逃し弁が開固着したものと判断し加圧器元弁を閉止した。これによって,トランジェントが収束し,その後,原子炉は安全停止状態に移行された。この事象シーケンスは,TMI−2事故の初期段階と極めて類似していたが,その安全上の重要性が十分に認識されず,また,TMI−2の運転員はこの事象を知らなかったと言われている。当時,ある一人の原子力エンジニアがDavis Besseの事象の重要性に気付き,この事象の潜在的なリスクについて警告したが,この警告にも殆ど誰も注意を向けず,結局,TMI−2事故により彼の予言が的中した格好となった。後に,Davis Besseの事象は,TMI−2事故の前兆事象と認識されるようになった。 [3] Ofnce of Nuclear Regulatory Research :RES △ページトップへ 2 ASP評価の目的 ASP評価は,原子力発電所において発生した個々の事故故障事例に対し,仮に別の故障が重なったら炉心の適切な冷却ができなくなり著しい炉心損傷に至る可能性を,確率論的安全評価(Probabilistic Safety Assessment:PSA)手法を用いて定量的に評価し,その大きさ(すなわち,個々の事例の重要度)に応じてランク付けを行うというものであり,重要事例の識別に有用な情報を提供する役割を果たしている。したがって,この評価の主たる目的は,炉心損傷に至る可能性の観点から重要な事象(すなわち,前兆事象)を同定することである。本件訴訟の要件事実に即して言えば,シビアアクシデント対策における具体的な予見対象を特定する作業である。 第二の目的は,識別された前兆事象をその安全上の特徴に基づいて分類したり,原子力発電所の炉心損傷リスク(core damage risk すなわち,炉心損傷事故の発生可能性)に関するトレンドを調べるための尺度を提示したり,PSAによって同定された炉心損傷事故シーケンスをチェックすることである。なお,個々の事象の重要度は,イベントツリーやフォールトツリーを用いて,事象緩和に必要となる設備の故障を考慮し炉心損傷事故シーケンスの発生確率を計算することによって評価される。この確率は条件付き炉心損傷確率(Conditional Core Damage Probabi1ity:CCDP)と呼ばれる。要件事実に即して言えば起因事象から結果が発生する可能性を算定する作業である。 △ページトップへ 3 前兆事象とは ここで,上述の「前兆事象」を説明する。 米国原子力委員会(USNRC)は,前兆事象を,次の2つのカテゴリーに分類する(甲C56:「確率論的安全評価手法を用いた事故故障事例評価に基づく定量的なリスクトレンド 米国原子力規制委員会による『前兆事象評価』結果に基づく分析」)。 (1)起因事象を伴う前兆事象 (precursors involving initia−tor) このカテゴリーは,タービントリップ[4],外部電源喪失,または,蒸気発生器伝熱管破損事故(SGTR)など主に原子炉の停止を伴う事象で,炉心損傷の起因となり得る事象(すなわち,起因事象)が発生した場合である。こうした事象に対しては,起因事象の発生確率を1.0,当該事象発生時において動作不能であることが確認された安全関連系機器があればそれについても機能喪失確率を1.0と設定して,これらの復旧可能性や他の安全関連系の利用可能性を考慮して条件付き炉心損傷確率(CCDP)を計算する。 [4] タービンへの蒸気の流入を遮断し,タービンを急速に停止すること (2)起因事象を伴わない前兆事象 (precursors involving un−availabilities) 起因事象は発生しておらず,主に安全関連系機器の故障や不具合が発生した場合のカテゴリーである。こうした事象に対しては,故障や不具合が認められた機器(系統)の機能喪失確率を1.0と設定し,その復旧可能性や,当該機器(系統)が動作不能であった期間における起因事象の発生可能性および他の安全関連系機器の利用可能性を考慮してCCDPを計算する。 (3)原告らが問題とするカテゴリーは,「(1)起因事象を伴う前兆事象」である 要件事実に即せば,シビアアクシデント対策における予見の対象として「起因事象」が妥当する。なぜならば,前兆事象評価手法は複数の起因事象のうち炉心損傷の危険性の高い起因事象をランク付けし,危険度の高い起因事象が明らかとなるからである。不法行為の要件論に即せば,前兆事象評価手法において「起因事象を特定」し,「炉心損傷の危険性の高い起因事象をランク付けする作業」が,起因事象を予見する行為に他ならない。例えば,前兆事象評価を行った結果,「BWR3型においては,SBOを起因事象とする事故発生確率が高い」という事実が判明すれば,SBOによる炉心損傷の発生(結果発生の危険)を予見し,かつ,SBOに起因する結果発生の回避措置を取り得たということができる。 再度述べるがここでは「地震」「津波」などの自然現象そのものは「起因事象」とされていない。 以下,日本における前兆事象評価を紹介し,福島第一事故前に,シビアアクシデント対策の予見の対象となる「起因事象」が特定されていた事実(法的評価としては予見可能性の存在),について述べる。 △ページトップへ 4 「リスク情報」の活用,前兆事象評価 (1)日本における前兆事象評価 日本では,平成8年に,日本原子力研究所[5](旧科学技術庁所轄)渡邊憲夫氏が前兆事象評価研究に関する論文を公表した(甲C55:「原子力発電所の事故・故障事例に対する前兆事象評価研究の現状」)。 また,被告国は,PSA,ASPを利用した「リスク情報」の規制化を検討した。平成15年11月10日,原子力安全委員会は「リスク情報を活用した原子力安全規制の導入の基本方針について」(原子力安全委員会決定)を発出し,リスク情報を活用した原子力安全規制の導入に関する「基本的な考え方」を示した。同決定は「この基本方針に基づき,リスク情報を活用した規制の我が国への導入に向けて,関係者がそれぞれに責任ある取組みを進めていくことが重要ですが,当委員会としては,概ね3年内を目処に,関係機関の取組みの進捗状況を評価して,さらにその後の進展につなげていきたいと考えています」としている(甲C57:原子力安全委員会決定「リスク情報を活用した原子力安全規制の導入の基本方針について」)。 その後,原子力安全・保安院は,平成17年2月2日から同年3月30日まで3回にわたり,原子力安全規制への「リスク情報」活用の基本的考え方,及び,「リスク情報」活用の当面の実施計画について審議を進め,平成17年5月31日,原子力安全・保安院及び原子力基盤機構は,「原子力安全規制への『リスク情報』活用の当面の基本的考え方」(甲C58),及び「原子力安全規制への『リスク情報』活用の当面の実施計画」(甲C59)を公表し,PSA手法及びPSA手法を用いた前兆事象評価への取り組みを宣言した。 上記「考え方」(甲C58−4ページ以下)においては,「(3)現行の安全規制と課題」という項目において,日本の原子力安全規制は,「前段否定の考え方を採用した重層な安全確保対策や放射性物質の放出防止のための多重障壁の設置等の対策を講じ,かつ,これらの対策が立地,設計,建設,運転等の各段階を通じて,十分な保守性を持つよう措置を講じている」としつつも「しかしながら他方で,現行の安全規制の科学的合理性を高める観点から,以下のような課題も生じている。」として,(1)安全性が定量的に示されていないこと,(2)規制規則の安全余裕が示されていないこと,(3)安全余裕の妥当性が不明であること,(4)設計,運転に関する代替案の重要性を定量的に示すことが困難であること,(5)現行の安全規制がどの程度効果的・効率的であるかを定量的に国民に説明することが困難である等を挙げて,安全規制への「リスク情報」[6]の活用を提示した。 これを受けて,原子力安全基盤機構(JNES)は前兆事象評価を行い,平成19年4月「安全情報の分析・評価―前兆事象評価の適用―」(甲C60)と題する報告を行った。 [5] 旧日本原子力研究所法に基づく,日本の原子力分野における中核的な総合研究機関(旧科学技術庁所轄:http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=13-02-01-35)現独立行政法人 日本原子力研究開発機構(文部科学省所轄) [6] ここでの「リスク情報」は,「PSAから得られる原子力施設のリスクの程度についての定量的な情報,系統・機器等へのリスクのキヨに関する情報,それらの不確実さに関する情報等,PSAの途中経過から得られる情報を含めた様々な情報を総称する。」したがって,前兆事象評価は「リスク情報」に含まれる。 (2)平成19年4月「安全情報の分析・評価―前兆事象評価の適用―」の公表 ア 条件付炉心損傷確率の算出方法 原子力安全基盤機構は,国内,米国原子力規制委員会,フランス原子力安全局,及び,経済開発協力機構加盟国の情報から,国内外の事故・故障事例を中心として,炉心損傷の観点から懸念のある事象16事例を選定した。 なお,当該報告書では,安全上重要な前兆事象の暫定基準を条件付き炉心損傷確率10−7と設定した。これは条件付き炉心損傷確率が10,000,000炉年を意味する。 条件付炉心損傷確率の算出方法は,下記の通り,当該起因事象の事故シーケンス確率と当該起因事象発生確率の積の総和である。(甲C60 3−2頁:「安全情報の分析・評価―前兆事象評価の適用―」) [甲C55,3頁「原子力発電所の事故・故障事例に対する前兆事象評価研究の現状」より,本文の説明の為に図を引用。右側の[EndStata]が[CD:Core Damage]と表示されているものが,炉心損傷に至る事故シーケンスである。CDと表示されている事故シーケンスの発生確率と当該起因事象発生確率の積の総和(煤jが,条件付き炉心損傷確率である。上記図では,起因事象であるSGTR(蒸気発生器伝熱管破損事故)の発生確率を1.0とする条件付き炉心損傷確率のイベントツリーを示している]【図省略】 イ ルブレイエ事故の解析結果 原子力安全基盤機構は,16の事例のうちの一つとして1999年12月の仏ルブレイエ原子力発電所事故を挙げて下記の通り解析した(甲C60 3−7ページ以下)。 (1) 事例の概要ウ 報告書の結論 報告書によれば,ルブレイエ事故を参考に,「外部電源喪失」(但し,8時間,24時間で復旧すると仮定)及び「地下二階の浸水」を仮定した場合,外部電源喪失→全交流電源喪失→炉心損傷という事故シーケンスが示され,BWR5の炉心損傷確率は2.4×10−2,BWR3(福島第一原子力発電所1号機)の炉心損傷確率は1.5×10−3,BWR4(同2乃至4号機)は,3.5×10−2という非常に高い確率であることが判明した(甲C60 3−7,8,26,27,42)。 ここで,原子力安全基盤機構の暫定基準は条件付き炉心損傷確率が10−7以上であるので,ルブレイエ事故を前兆事象とする条件付き炉心損傷確率は桁違いに大きく,BWR3型,及びBWR4型の「外部電源喪失」及び「浸水」に対する脆弱性を明らかにしていた。 [甲C60 3−42ページ]【表省略】 また同報告書は,前兆事象評価より,「事故の発生防止戎び影響緩和の観点から,安全性向上対策を検討し,例えばPWRプラントでは,水密扉の設置等によりタービン動補助給水ポンプの機能喪失を防止した場合には,条件付炉心損傷確率が約4割減少することが分かり,外部からの浸水に対するリスク低減の効果を確認した。 甲C60 i,ii) とする。 (3)小括 JNES作成の報告書は,ルブレイエ原子力発電所事故を参考に,福島第一原発の危険予測を行っていた。ここでの,「起因事象」は外部電源喪失であり,その他の条件としては地下二階の浸水が仮定されている。これらの条件を前提とした場合の外部電源喪失後の事故シーケンスは,福島第一原発事故と同じ因果経過を予測している。 さらに,同報告書は事故の発生防止のための具体的対策を明示していた(甲C60 i,ii)。 以上から,ルブレイエ事故を対象とした前兆事象評価により,外部電源喪失を起因事象とする炉心損傷は予見できたし,その回避方法についても予見できた。 △ページトップへ 5 日本原子力研究開発機構渡邉憲夫氏による福島第一原発事故の前兆事象分析 日本原子力研究開発機構安全研究・防災支援部門安全研究センター規制情報分析室所属の渡邉憲夫氏は,福島第一原発事故の前兆事象解析を行った。以下,渡邊氏の前兆事象分析について詳述し,被告らが適宜に前兆事象分析を行っていれば,本件事故を予見し回避できたことについて述べる。 (1)渡邊憲夫氏の前兆事象分析 渡邊氏は,福島第一原発事故の炉心損傷に寄与した主要な不具合/異常を以下の通り分類し,これらの「不具合/以上は,その原因が福島事故の場合と異なるものの,過去に幾つかのプラントで起こっており安全上重要を事象として認識されてきた。」と述べる(甲C54−2)。
(2)6事例の前兆事象 そして,安全上重要な事例として同定した約200件の過去の事象の中から,福島事故に対する前兆事象として以下に示す6件の事例を選定した(甲C54−4以下)。福島事故の原因あるいは寄与因子となった不具合/異常を1つ以上伴うものが,前兆事象として選定されている。以下,各前兆事象と福島原発事故との類似性について論じる。 ア 事例1:火災とその後の大規模な内部浸水及び安全系の機能喪失 事例1は,タービンブレード[7]の破損に起因して内部溢水,火災が発生した事例であり,潤滑油の飛散に伴って火災が拡大し多数のケーブルトレイが影響を受けたため幾つかの安全設備やそのサポート系が利用できなくなった事故である。 当該事例では,火災と浸水によりプラントの安全性が著しく損なわれた。火災は,(1)タービン発電機区画において全てのケーブルを焼損し炉心冷却機能の部分的喪失をもたらし,(2)圧縮空気系を著しく損傷し給水制御を困難にし空気作動隔離弁に影響を及ぼし,(3)48VDC制御母線が喪失し重要な機能に関する制御室からの制御や弁の位置変更を不可能とした。 また,原子炉建屋の大規模な浸水はプラントの復旧のために重要な設備に影響を与えた。原子炉建屋には排水ポンプが設置されていたが,火災により電源供給がなくなったため作動できなかった。プラントは,こうした大規模な浸水に対処できるよう設計されていなかったため,原子炉建屋の水位計装もなく,安全設備に対する物理的障壁やペデスタルなどの防護措置も講じられていなかった。 渡邊氏は,「原子炉建屋浸水」及び「一部直流電源喪失」に伴う安全系の故障,並びに,「主制御室の機能喪失」が,福島事故と共通すると評価し,本事象の教訓として,「共通モード故障(火災と溢水)を防止するためにプラントの設計や設備のレイアウトにおいて火災や浸水に対する防護措置を考慮すべきである。」こと,「電力ケーブルの引き回しに特別な注意を払うべきであり,安全系に対する電源設備はトレインごとに物理的に離れた区画に配置すべきである」こと,「ケーブルに対する難燃材の使用や機器間の物理的分離など更なる防護策を講じるべきである」こと,「MCRから独立した非常用制御室の重要性」をあげている。 [甲C54−5]【図省略】 [7] タービン(=羽根車)の羽根の部分 イ 事例2:火災と制御室機能及び崩壊熱除去機能の喪失を伴う長時間のSBO 事例2は,タービンブレードの破損によりタービンが振動して冷却用の水素が漏出しタービン建屋内で水素爆発を伴う火災が発生した事例である。火災により電力ケーブルが焼損し原子炉の電源供給が喪失したが,炉心冷却はサイホン効果(自然循環)により維持された。 当該事故は,2台の非常用ディーゼル発電機が自動的に起動したが,制御電源の喪失によりトリップ(停止)した。2基の原子炉が共用する3台目の非常用ディーゼル発電機が起動し,6時間後には母線の1つに通電された。また,停止時冷却ポンプ1台が17時間後に起動された。そのため,SBOは約17時間継続したものと考えられている。 長時間SBOとその後の安全系の機能低下は,ケーブル火災と,適切な防火障壁/耐火措置の欠如に多重の安全関連ケーブルの不適切な物理的分離が加わったことによるものと分析されている。 さらに,本事象では,煙の侵入により主制御室の機能が喪失し緊急時制御室でも表示機能が失われた。従って,重要なパラメータは現場で直接測定しなければならなかったため,プラントのブラインド運転を余儀なくされた。 本事象では,電源共通喪失,一部直流電源喪失による安全系の機能低下,及び主制御室の機能喪失が,福島事故に類似し,本事象の教訓として「共通モード故障を防止するために,電力ケーブル及び制御ケーブルに対する物理的分離と火災防護措置に関する詳細なレビューを行うべき」こと,「外部の悪条件下において制御室の居住性を確保すべき」こと,「SBOの継続時間に従って長時間に及ぶSBOへの対処能力をレビューすべき」こと,「消火とSGへの給水が同時に必要となった場合に対応できるよう消火系からの給水の適性と信頼性を検討すべきである。」ことを指摘する。 ウ 事例3:安全系の機能喪失を伴う外部浸水と複数基立地サイト問題 事例3は,異常な悪天候(強風と降雨,高潮の組合せ)により高波が河川を上り4基の原子炉サイトが部分的に浸水した事例である。 当該事例では悪天候により複数の原子炉において外部電源が喪失したが,事象中,個々の原子炉における電源は利用可能であった。SG(蒸気発生器)により熱除去を確保することができたため,炉心冷却の喪失はなかったが,浸水によりESWS(必須サービス水系)が部分的に喪失し低圧注入ポンプと格納容器スプレーポンプが動作不能となった。 渡邊氏は,福島第一事故と本件事故が「外部電源の喪失」による「安全系の機能低下」及び「直流電源の喪失」において共通するとし,「水がサイト内や建屋内に入り込む可能性のある経路を全て特定し必要に応じてそれらの経路を取り除くことの重要性」,及び,「浸水のような外部事象によってサイト内の複数の原子炉が影響を受ける可能性」を指摘する。 △ページトップへ エ 事例4:外部電源喪失とEDG 2台中1台の動作不能 本事例では,2つの独立した故障(安全分電盤のリレー故障,及び,発電機ブレーカーの故障に起因する外部電源の喪失)により,外部電源の他,1トレインの電源盤が機能喪失した。しかし,1台のEDGから電源供給が行われ,また,可搬式発電機が安全母線に接続され,原子炉はより悪化した状態にも対処できる状態にあった。また,外部電源と両EDGが喪失した場合にも,二次冷却系で生成される蒸気で作動する非常用タービン発電機が直ぐに利用できる状態にあった。 渡邊氏は,本事例と本事象が「外部電源喪失」及び「非常用ディーゼル発電機の機能喪失」が類似するとし,「SBOの際に短時間で熱除去に必要な設備に電力を供給するために多様性のある方策」を準備する事の重要性を指摘している。 [甲C54−8]【図省略】 オ 事例5:津波起因の浸水 本事例は,サイトから数千km離れた島の沖で発生した巨大地震に起因して津波がサイト近傍まで到達したため,予想外の高波が生じサイト浸水が起こった事例。流入した海水により復水器冷却水系ポンプが停止した。 本事例において,原子炉建屋,タービン建屋,及び,サービス建屋への浸水はなかったため,外部電源は利用可能であり,炉心冷却及び熱除去機能も動作可能であった。また,必須母線へのDC電源も供給された。従って,プラントの安全性には何の影響もなかったが,幾つかの非安全系や機器が損傷したり利用不能となったためプラントの停止に至った。 ポンプ建屋の水位が高くなったため当該国では規制の見直しが行われた。津波がサイトに襲来しポンプ建屋が浸水したが,原子炉建屋やタービン建屋などの重要区画への海水の流入はなく,プラントの安全性への影響はなかった。しかし,幾つかの非安全系や機器が損傷したり利用不能となったためプラントの停止に至った。本事例後,ポンプ建屋の水位高を表示するためにMCRに新たな警報が取り付けられた。 渡邊氏は,浸水によるポンプの使用不能等が共通する事を指摘し,プラントの設計要件や規制委求において遠地地震による津波の影響を考慮することの必要性を指摘している( [甲C54−9]【図省略】 力 事例6:計装電源の共通モード故障 本事例では,8台の非安全関連UPS(無停電電源)のうちの5台が故障し制御棒位置表示機能とMCR(主制御室)アナンシエータ(アラーム)が機能喪失した。そのため,運転員は,スクラム後のプラント状態を監視が困難であった。しかし,安全関連のUPSは影響を受けず外部電源も利用可能であったため,全ての安全機能は動作可能であり緊急時運転手順に従って原子炉は冷温停止状態に移行された。プラント職員は,代替電源を用いることによりUPSからの電気出力を手動で回復させた。当該事例においては,通常時利用可能なプラント状態表示が,機能を喪失したことにより運転員が困難な状況のもと復旧作業を行う事を余儀なくした。 渡邊氏は,本件事例の,直流電源喪失による主制御室の機能喪失及び計装系機能喪失が,福島事故と共通するとし,本件事故が「安全上重要なパラメータがMCRにおいて監視できない場合に代替策を規定する手順書を用意することの必要性」を指摘していたとする。 [甲C54−10]【図省略】 キ 回避可能性 同論文は,前兆事象として取り上げられた6事例の教訓,知見を福島第一原発前に福島第一原子力発電所に反映させていれば,「福島事故の深刻さは現実よりも軽減できた」と結論付けている(甲C54−17ページ)。 (3)小括 ア シビアアクシデント対策の予見の対象は「起因事象」であること 渡邊氏による前兆事象評価は,「地震」「津波」などの自然現象そのものではなく,事故発生に至るシーケンスに着目し,類似の前兆事象との共通性から,事故回避のための教訓を抽出している。 事例1では共通するシーケンスとして「原子炉建屋浸水」及び「一部直流電源喪失」に伴う安全系の故障,並びに,「主制御室の機能喪失」が抽出されているが,その発端は「タービンの破損が引き起こした火災」である。事例2では,共通するシーケンスとして,「電源共通喪失」,「一部直流電源喪失による安全系の機能低下」,及び「主制御室の機能喪失」が抽出されているが,その発端は「タービンブレードの破損が引き起こした水素爆発及び火災」である。 したがって,前兆事象評価は,自然現象そのものではなく,起因事象に着目として事故を予防する方法論であると評価できる。これを,不法行為の要件事実の中に位置付けるなら,「起因事象」が予見の対象である。 イ 前兆事象評価により,炉心損傷に至る危険性の高い「起因事象」が特定されていたこと また,渡邊氏は200件の前兆事象の中から,より炉心損傷(結果発生)の危険性が高い6事例を選び出した。これを,要件事実の中に位置付ければ,数ある起因事象の中でより危険度の高いものを特定すること,すなわち予見対象たる起因事象を特定することに他ならない。 ウ 前兆事象評価により,結果回避のための対策を取り得ること さらに,渡邊氏が結論付けた通り,事故シーケンスそのものを参考にすることにより,より具体的な回避手段を選定することが可能となるのである。すなわち前兆事象評価にて危険度が高いとされた起因事象は,結果回避可能性を基礎付ける予見対象である。 エ 前兆事象評価は,プロスペクティブな方法論であること なお,渡邊氏の行った前兆事象評価が,現に起こった福島第一原発事故との共通性から6事例を抽出していることから,同手法がレトロスペクティブな方法論であると誤解されるかもしれない。しかし,同方法は福島第一原発事故前に報告されていた前兆事象を参照しているのであって,福島第一事故前にルブレイエ原発事故の危険性を指摘していたJNESの手法と同様である。すなわち,福島第一原発事故前に被告らが取り得たプロスペクティブな方法論である。 △ページトップへ 原発賠償訴訟・京都原告団を支援する会 〒612-0066 京都市伏見区桃山羽柴長吉中町55−1 コーポ桃山105号 市民測定所内 Tel:090-1907-9210(上野) Fax:0774-21-1798 E-mail:shien_kyoto@yahoo.co.jp Blog:http://shienkyoto.exblog.jp/ |
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