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★ 原告準備書面(13) ―津波について― 
 第4 長期評価について 
平成27年5月12日

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第4 長期評価について
 1 被告らの主張
 2 (1)信頼度について
 3 (2)中央防災会議が福島県沖海溝沿いの領域について検討対象としなかったこと
 4 (3)福島県沖海溝沿いの領域の断層モデル



第4 長期評価について


 1 被告らの主張

 被告らは、概要、(1)信頼度が「やや低い」とされた部分があること(被告国第3準備書面26頁、被告東電準備書面(3)25頁)、(2)中央防災会議が福島県沖海溝沿いの領域について検討対象としなかったこと(被告国第3準備書面26頁、被告東電準備書面(3)25頁)、(3)福島県沖海溝沿いの領域については断層モデルが確定できなかったこと(被告東電準備書面(3)17頁)、を根拠として、推本の長期評価を否定するようである。
 以下反論する。


 2 (1)信頼度について

 被告国らは、「長期評価の三陸沖北部から房総沖までの海溝寄り領域」の信頼度について縷々述べる。しかしながら、原資料(乙B7)にあたれば、Cランクであっても合理的な根拠に基づく評価であることがわかる。
 原資料の既述は以下のとおりである。

  (1) 発生領域の評価の信頼度

 発生頻度の表記は以下のとおりである。
A:過去の地震から領域全体を想定震源域とほぼ特定できる。ほぼ同じ震源域で大地震が繰り返し発生しており、発生領域の信頼性は高い。
B:過去の地震から領域全体を想定震源域とほぼ特定できる。ほぼ同じ震源域での大地震の繰り返しを想定でき、発生領域の信頼性は中程度である。
または、
 想定地震と同様な地震が領域内のどこかで発生すると考えられる。想定震源域
 を特定できないため、発生領域の信頼性は中程度である。
C:発生領域内における大地震は知られていないが、ほぼ領域全体もしくはそれに近い大きさの領域を想定震源域と推定できる(地震空白域*1)。過去に大地震が知られていないため、発生領域の信頼性はやや低い。
または、
 想定地震と同様な地震が領域内のどこかで発生すると考えられる。想定震源域を特定できず、過去の地震データが不十分であるため発生領域の信頼性はやや低い。
 発生領域の評価は、「Cランク」と表示されているが、その内容は「ほぼ領域全体もしくはそれに近い大きさの領域を想定震源域と推定できる」「想定地震と同様な地震が領域内の こかで発生すると考えられる」と断言されているのであり、その信頼性を否定されるものではない。

  (2) 規模の評価の信頼度

 規模の評価についての表記は以下のとおりである。
A:想定地震と同様な過去の地震の規模から想定規模を推定した。過去の地震データが比較的多くあり、規模の信頼性は高い。
  (3) 発生確率の評価の信頼度

 発生確率の評価についての表記は以下のとおりである。
A:想定地震と同様な過去の地震データが比較的多く、発生確率を求めるのに十分な程度あり、発生確率の値の信頼性は高い。
B:想定地震と同様な過去の地震データが多くはないが、発生確率を求め得る程度にあり、発生確率の値の信頼性は中程度である。
C:想定地震と同様な過去の地震データが少なく、必要に応じ地震学的知見を用いて発生確率を求めたため、発生確率の値の信頼性はやや低い。今後の新しい知見により値が大きく変わり得る。
 この項目も「Cランク」とされているが、発生確率は「必要に応じ地震学的知見」を用いて求められているのであり、確率の算定根拠は合理的なものである。

  (4) 小括

 被告らは、「Cランク」であるとの表示をもって信用性を減殺しようとしているが、以上のとおり、その内容を仔細にみれば各項目は合理的な根拠に基づき評価がなされているのであって信用性が高い。

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 3 (2)中央防災会議が福島県沖海溝沿いの領域について検討対象としなかったこと

 被告らは中央防災会議が福島県沖海溝沿いの領域について検討対象としなかったことを根拠に長期評価の信用性を否定する。しかし、他の資料と比較すれば、福島県沖海溝沿い領域の地震の発生可能性を否定する中央防災会議の見解はむしろ特異であることについて詳述する。

  (1) 中央防災会議での議論

 平成16年2月19日第2回日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会会議(中央防災会議)においては、日本海溝・千島海溝周辺の地震についての防災対策のために の地震を対象とすべきかが審議された(甲B34:日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会会議 (第2回)議事録)。
 この会議において、事務局(気象庁上垣内評価解析官)は冒頭において、過去に起こった記録がない、または記録が不十分な地震は、正確な被害想定が難しいとの理由で、長期評価で示された「海溝沿いの津波地震」を防災の検討対象としないという方針を打ち出した。
 これに対し、委員である地震学者の多くは、地震地体構造論に反する事務局案に反対意見を示している。
 以下に議事の一部を抜粋する。
 「まれに起こる巨大災害というものをここでは一切切ってしまったということになるということを覚悟しなければいけないということですね。その確認だけですけれども。」(22頁)
 「多くの研究者は明治の三陸が繰り返すとは思っていませんし、昭和の三陸が繰り返すとは思っていないけれども、あの程度のことは隣の領域で起こるかもしれないぐらいは考えているわけですね。そうすると、それが予防対策から排除されてしまって、過去に起きたものだけで予防対策を講じるということになるのですねということですね。」(24頁)
 「議論の中で1つイベントがあると思うのですが、それはやはり869年の貞観だと思うのです。これは一応史実としてはあるわけなのですが、その規模とかメカニズムがわからない。ただし、被害が大きいということは事実なのですね。最近また堆積学的な、科学的な根拠が出つつありますので、それはぜひ切り捨てないでいただきたい。これが今話に出た福島県沖に対して非常に大きな影響は与えるわけですね。」(27頁)
 しかしながら、委員らの多数の反対意見があったにもかかわらず、事務局は津波地震に関する地震本部の長期評価を受け入れない方針を採用した。
 同会議に出席していた元原子力規制委員会委員島崎邦彦氏は、第2回会議の内容を以下のとおり総括している(甲B23)。

中央防災会議が長期予測結果を採用しない
 先ほど言った2002年に津波地震が評価されていた、というのはこういうことです。図18の右の方に三陸沖北部から房総沖の海溝寄りと書いてありますが、この非常に細長い帯のどの地域でも明治三陸級の津波地震が発生するというのが2002年の長期評価です。ですからこの評価、予測をもとに防災対策がたてられれば、福島沖や茨城沖でも高い津波に対する対策があったはずです。非常に残念なことですけれども、この予測の翌年の2003年から中央防災会議に専門調査会ができて、議論がされました。そのときにこの予測通りの津波の被害想定を中央防災会議は採用しませんでした。私は予測通りに明治三陸沖津波が他の領域でも起こる、むしろ明治三陸沖津波の場所は一度起きたのだから、すぐに起きると考えるより、それ以外の場所の方が起こる可能性が高いのだから、例えば宮城沖なり茨城沖なりに明治三陸沖地震を起こした震源をおいて、それによって津波を計算すべきだということを専門調査会の2回目に申し上げました。すでに起きた地震について津波の被害を予測しても、それは後手に回るだけであって、先手必勝である、と。むしろこれまで起きていないところこそ、津波の被害想定をすべきだと申し上げました。実際の津波の被害想定がされたのは、図19(中央防災会議のこの前の資料のHPです)にあるように、赤線で欠いてある明治三陸沖津波、そして宮城県沖地震の津波と三陸北部の地震の津波という水色と緑色のギザギザした線でありまして、そういったものを想定する限りでは、宮城県沖以南の海域では決して高い津波は予想できないわけです。私が主張したのはこの赤い明治三陸津波を宮城県や福島県、茨城沖でも起こる、と。それが実際の長期予測の結果ですので、そのとおりにすべきだという主張をしましたが残念ながらこのような結果に終わりました。もしそのようなことがされていれば、宮城県沖、福島県、茨城県でも高い津波に対する対策が、中央防災会議の報告書がでてからもう5年経過していますので、防災対策もある程度すすめられたのではないか、というふうに考えています。」
 以上、中央防災会議の方針は地震学者ら委員から反対意見が出されたにもかかわらず、事務局がそれを無視し結論付けたものであり、中央防災会議の見解(=福島県沖の領域を検討対象としない)の信用性は低い。

  (2) 4省庁報告、7省庁手引き

 4省庁報告書は、地震地体構造論に基づき、地震の起こり方を共有している地域では、地帯構造にも共通の特徴があるとの前提から、日本周辺を地震の起こり方(規模、頻度、深さ、震源モデルなど)に共通性のある地域毎に区分し、それと地帯構造の関連性に着目し、萩原尊禮作成の地体構造区分(いわゆる萩原マップ)に従い下記の地体区分案を採用し、宮城県沖から房総半島沖までの領域(下図G3)における最大の津波として1677年発生の延宝房総沖地震(下図の常陸沖地震)を選定した(甲B35−126、136:太平洋沿岸部地震津波防災計画手法調査報告書)。

[甲B35−126、136:太平洋沿岸部地震津波防災計画手法調査報告書]【図省略】

 したがって、4省庁報告、7省庁手引きにおいては福島沖海溝沿いを含む領域にM8.0クラスの地震が発生するものと措定している。

  (3) 平成16年の土木学会津波評価部会のアンケート

 被告東電は、長期評価に対する評価として、専門家の中でも意見が別れており、確固たる知見ではなかったと主張する(被告東電準備書面(3)-35頁)。
 しかし、2004年に土木学会津波評価部会は、日本海溝でおきる地震に詳しい地震学者5人にアンケートを送り、推進本部の長期評価について意見を聞いている。そのアンケートの結果は「津波地震は(福島沖を含む)どこでも起きる」とする方が「福島沖が起きない」とする判断よりも有力であった(甲A1-89)。
 一般的に、発展途上の研究において、専門家の意見が分かれることは当然であるが、研究結果として結論の出ていない問題に対して、電力会が判断を迫られることは往々にしてあり得ることである。どのような研究においても専門家の意見が100%一点に偏ることは多くない。
 その場合には、現段階での資料をもとにしてより合理的な判断をせざるを得ないのである。
 本件でいえば、多くの学者が福島沖での津波地震の可能性を指摘していたのであるから、この点を無視して専門家の意見が固まっていないと判断したことには合理性がない。

  (4) 平成18年3月国土交通省作成の報告書

  ア 東北における沖合津波(波浪)観測網の構築検討調査 報告書
 平成18年3月国土交通省東北地方整備局及び財団法人沿岸技術研究センターは東北における広域的津波減災施策及び、津波防災行政の検討を目的として「『津波に強い東北の地域づくり検討調査』東北における沖合津波(波浪)観測網の構築検討調査 報告書」を作成した(甲B36)。これは、東北地方における効果的・効率的沖合津波・波浪観測網の構築、及び観測情報を活用した津波防災業務支援システムを構築することを目的としている。この中で、国土交通省は、中央防災会議ではなく「長期評価」を参考に、GPS波浪計広域配置計画の検討で利用する断層条件を設定しており、福島沖海溝よりの地震を想定している。

[甲B36−2-24]【図省略】

  イ 沖合津波観測情報を活用した津波減災対策検討調査 報告書
 また、同時期に、国土交通省東北地方整備局及び社団法人日本港湾協会は、上記と同様の目的により「『津波に強い東北の地域づくり検討調査』 沖合津波観測情報を活用した津波減災対策検討調査 報告書」を作成した。同報告書も長期評価を参考として、福島県沖海溝よりの地震を想定している(甲B37-6〜9)。

[甲B37-9]【図省略】

  (5) 一般市民レベルの防災と混同することの誤り

 中央防災会議は、地震本部の長期評価について「過去(文献の残る数百年以内)に発生したことがない」ことを理由に、防災の対象とする津波として想定しなかった。しかし高度なリスク対策が求められる原発における津波想定と、一般市民レベルの津波想定を定める中央防災会議の決定とでは、要求される水準がそもそも異なるのであって、電気事業者が中央防災会議のみを根拠として津波想定を行うことは妥当ではない。
 なお、中央防災会議は本件震災後「たとえ地震の全体像が十分解明されていなくても、今後は対象地震として、十分活用することを検討していく必要がある」と反省している。(甲A1-47:国会事故調参考資料)

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 4 (3)福島県沖海溝沿いの領域の断層モデル

 被告東電は、「津波評価技術」においても「長期評価」においても福島県沖海溝沿い領域に断層モデル(波源モデル)が設定されていないため、福島県沖海溝沿いの断層モデルを設定することができなかった(従って津波水位を評価することができなかった)と述べるようである。
 しかしながら、被告東電は「福島第一・第二原子力発電所の津波評価について」(甲B11)において、「福島県沖を含む三陸沖から房総沖の海溝より」の領域に(1)「1896年明治三陸沖地震」及び(2)「1677年房総沖地震」の断層モデルをおいて津波高を試算したほか、(3)貞観津波の断層モデル(「モデル10」)をおいた試算も行っている。
 これらは、地震調査研究推進本部の「1896年の『明治三陸沖地震』についてのモデルを参考にし、同様の地震は三陸沖北部から房総沖の海溝よりの領域内のどこでも発生する可能性があると考えた。」とする見解((1))、三陸沖北部から房総沖について「北部領域では『1896年明治三陸沖』、南部では『1677年房総沖』を参考に設定する」との土木学会津波評価部会(平成22年12月7日時点)、及び、4省庁報告書で提示された見解((2))、佐竹氏作成の貞観津波を再現する3種の断層モデルから被告東電が選定した「相対的に再現性が高い断層モデル」((3))を、津波評価技術に流用したものであり、いずれも合理的な根拠のある断層モデルである。
 また、平成18年5月11日第4回溢水勉強会での東電報告(甲B13)、及び、平成18年7月米国フロリダ州マイアミにおける被告東電の学会報告(甲B14)において、被告東電は「三陸沖北部から房総沖の海溝よりの領域」に明治三陸沖地震の断層モデルを設定して津波の確率論的評価を行っている。
 このように、合理的な断層モデルが存在し、かつ断層モデルを活用して津波評価を行っているにもかかわらず、「断層モデルが設定できない」とする被告東電の主張は不当である。

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