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★ 準備書面(2) 平成26年4月18日 

 原告提出の準備書面(2)(PDF)

目次

1 規制権限不行使と国賠法上の違法性
2 本件における違法性の考慮
 (1)原子力基本法
 (2)核原料物質,核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律
 (3)電気事業法
 (4)被告国の裁量の範囲が極めて狭いこと
4 伊方原発訴訟最高裁判決について
 (1)災害が万が一にも起こらないようにすることが求められていること
 (2)被告行政庁の判断に不合理な点が認められる場合(司法審査の方法)について
 (3)看過し難い過誤,欠落について
 (4)立証責任の転換



 被告国答弁書第3,3項(1)イ記載の求釈明事項のうち,原告が主張する被告国の規制権限の不行使が国賠法1条1項の「違法」と評価される判断基準について主張する。なお,当該「違法」についての評価根拠事実については,別途,主張する。


1 規制権限不行使と国賠法上の違法性

 国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は,その権限を定めた法令の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,具体的事情の下において,その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは,その不行使により被害を受けた者との関係において,国賠法1条1項の適用上違法となるものと解するのが相当である(最高裁平成元年11月24日第二小法廷判決・民集43巻10号1169頁,最高裁平成7年6月23日第二小法廷判決・民集49巻6号1600頁,最高裁平成16年4月27日第三小法廷判決・民集58巻4号1032頁,最高裁平成16年10月15日第二小法廷判決・民集58巻7号1802頁参照)。


2 本件における違法性の考慮

 本件では,原子力安全規制に関わる被告国の規制権限の不行使が問題とされているところ,通常の事業者規制と異なり,被告国に認められる裁量の範囲は極めて狭いと解するべきである。
 以下,原子力安全規制の枠組みについて概観し,述べる。

 (1)原子力基本法

 原子力基本法は,「原子力の研究,開発及び利用(以下「原子力利用」という。)を推進することによつて,将来におけるエネルギー資源を確保し,学術の進歩と産業の振興とを図り,もつて人類社会の福祉と国民生活の水準向上とに寄与することを目的とする」法律である。
 そして,その基本方針として,「安全を旨とする」ことが謳われ(同法2条1項),この「安全の確保については,確立された国際的な基準を踏まえ,国民の生命,健康及び財産の保護,環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的として,行う」ことを明記している(同法2条2項)。

 (2)核原料物質,核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律

 核原料物質,核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(以下「炉規法」という。)は,「原子力基本法(昭和三十年法律第百八十六号)の精神にのつとり,核原料物質,核燃料物質及び原子炉の利用が平和の目的に限られ,かつ,これらの利用が計画的に行われることを確保するとともに,これらによる災害を防止し,及び核燃料物質を防護して,公共の安全を図るために,製錬,加工,貯蔵,再処理及び廃棄の事業並びに原子炉の設置及び運転等に関する必要な規制を行うほか,原子力の研究,開発及び利用に関する条約その他の国際約束を実施するために,国際規制物資の使用等に関する必要な規制を行うことを目的とする」法律である(炉規法1条。但し,本件事故当時の条文)。
 発電の用に供する原子炉,すなわち実用発電用原子炉(電力事業者の設置する原子力発電所は,これに当たる)の設置には,炉規法に基づく設置許可が必要である(炉規法23条1項1号)。
 そして,当該許可の基準としては「その者(原子炉を船舶に設置する場合にあつては,その船舶を建造する造船事業者を含む。)に原子炉を設置するために必要な技術的能力及び経理的基礎があり,かつ,原子炉の運転を適確に遂行するに足りる技術的能力があること。」(炉規法24条1項3号)及び「原子炉施設の位置,構造及び設備が核燃料物質(使用済燃料を含む。以下同じ。),核燃料物質によつて汚染された物(原子核分裂生成物を含む。以下同じ。)又は原子炉による災害の防止上支障がないものであること。」(炉規法24条1項4号)が,それぞれ求められている。

 (3)電気事業法

 電気事業法は,「電気事業の運営を適正かつ合理的ならしめることによつて,
電気の使用者の利益を保護し,及び電気事業の健全な発達を図るとともに,電気工作物の工事,維持及び運用を規制することによって,公共の安全を確保し,及び環境の保全を図ることを目的とする」法律である(電気事業法1条)。
 そして,電気事業法39条は,事業者に対し,事業用電気工作物を主務省令で定める技術基準に適合するよう求めているところ(同条1項),その主務省令は,「事業用電気工作物は,人体に危害を及ぼし,又は物件に損傷を与えないようにすること」が求められている(同条2項)。
 その上で,主務大臣には,事業用電気工作物が技術基準に適合していないと認めるときは,事業者に対し,「その技術基準に適合するように事業用電気工作物を修理し,改造し,若しくは移転し,若しくはその使用を一時停止すべきことを命じ,又はその使用を制限することができる」との権限を与えている(電気事業法40条)。

 (4)被告国の裁量の範囲が極めて狭いこと

 原子力基本法は,上記の通り,原子力の利用にあたっての基本方針を安全を旨とすることを明記しており,しかも,そこで謳われる安全の確保とは,国民の生命,健康及び財産の保護を直接の目的とするものである。加えて,この安全性確保は国際的な規準を踏まえるべきものとされていた。
 さらに原子力発電所の設置許可の根拠法規である炉規法は,原子力基本法の精神に則って必要な規制を行うこととされている。
発電事業者の原子力発電所は,電気事業法上の事業用電気工作物にあたるが,電気事業法は,その目的の中に公共の安全を確保することを明記しており,この公共の安全の中には国民の生命,健康及び財産の保護が含まれているものである。

 一旦,原子力発電所において事故が発生し,放射性物質が外部に拡散すると広範囲に深刻かつ不可逆的な損害を与えると特性があるのであるから,上記各法律によって,被告国には,実用発電用原子炉について,その安全性確保のために,国際的な規制のあり方を踏まえて,自ら積極的に情報収集等に努めるべき責務があった。
 すなわち,本件事故当時,被告国は,原子力発電所の設置許可等にあたって専門家によって構成される原子力安全委員会を設置して,その意見を聞くことを義務づけていた(炉規法24条2項)。
 のみならず,被告国は,独立行政法人原子力安全基盤機構(現在は原子力規制委員会に統合)を設置し,原子炉の安全性の解析及び評価を行わせていた。
 これは,原子力発電所が高度の専門性を持っており,かつ,事故が発生した場合の影響が極めて大きいことから,被告国が,その規制にあたり,その安全性確保のために二重に専門性を有する組織をあたらせていたことを意味する。
 さらに,後述するように炉規法24条1項3号,4号の規制は,原発事故を万が一にも起こらないようにするために,科学的,専門科学的見地から十分な審査をなさしめる趣旨であると解されている。

 このように,原子力発電所の規制においては,被告国の規制権限の根拠法規が安全性確保を強く求めているのであるから,その裁量の範囲は極めて狭いというべきである。
 加えて,原子力発電所の安全性確保については,電力事業者が,安全性に関わる重要事実を隠蔽しがちな体質であること,一般私人には差止等の手段を講じることが著しく困難であること等の点に鑑みれば,被告国に負託された責任には極めて重いものがある。
 したがって,事故の予見可能性があるにも関わらず,結果回避につながる規制権限を行使しない不作為があった場合,基本的に被告国のかかる不作為は国賠法上の違法にあたると認めるべきである。
 なお,被告国の炉規法に基づく規制の実体法上の要件,及び,司法審査の方法については,伊方原発訴訟に詳しいので,次にその点を詳述する。

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4 伊方原発訴訟最高裁判決について

 伊方原発訴訟は,設置許可の取消を求める行政訴訟ではあるが,原子力行政における,国の規制権限行使の方法,及び,司法審査の方法,が問題となる点で,本件の先例となるものである。

 (1)災害が万が一にも起こらないようにすることが求められていること

 いわゆる伊方原発訴訟最高裁判決(最高裁平成4年10月29日第1小法廷判決・民集46巻7号1174頁。以下,「伊方最判」という。)は,炉規法24条1項3号,4号の規制について,次のとおりに述べている。
「原子炉設置許可の基準として,右のように定められた趣旨は,原子炉が原子核分裂の過程において高エネルギーを放出する核燃料物質を燃料として使用する装置であり,その稼働により,内部に多量の人体に有害な放射性物質を発生させるものであって,原子炉を設置しようとする者が原子炉の設置,運転につき所定の技術的能力を欠くとき,又は原子炉施設の安全性が確保されないときは,当該原子炉施設の従業員やその周辺住民等の生命,身体に重大な危害を及ぼし,周辺の環境を放射能によって汚染するなど,深刻な災害を引き起こすおそれがあることにかんがみ,右災害が万が一にも起こらないようにするため,原子炉設置許可の段階で,原子炉を設置しようとする者の右技術的能力並びに申請に係る原子炉施設の位置,構造及び設備の安全性につき,科学的,専門技術的見地から,十分な審査を行わせることにあるものと解される。」
 すなわち,炉規法により,被告国には「万が一にも」という観点から安全確保のための規制権限行使をすることが義務づけられているのである。
 それ故に被告国の規制権限行使は,この観点からも裁量の幅が極めて狭められていると解すべきである。

 (2)被告行政庁の判断に不合理な点が認められる場合(司法審査の方法)について

 伊方最判は,設置許可の関する調査審議について,次のような場合には,行政庁の処分が違法であると認めた。
「右の原子炉施設の安全性に関する判断の適否が争われる原子炉設置許可処分の取消訴訟における裁判所の審理,判断は,原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の専門技術的な調査審議及び判断を基にしてされた被告行政庁の判断に不合理な点があるか否かという観点から行われるべきであって,現在の科学技術水準に照らし,右調査審議において用いられた具体的審査基準に不合理な点があり,あるいは当該原子炉施設が右の具体的審査基準に適合するとした原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤,欠落があり,被告行政庁の判断がこれに依拠してされたと認められる場合には,被告行政庁の右判断に不合理な点があるものとして,右判断に基づく原子炉設置許可処分は違法と解すべきである。」
 上記判示内容は,被告行政庁の判断過程そのものに不合理さが認められる場合があることを認めている。
 以下,この点を論じる。

 (3)看過し難い過誤,欠落について

 伊方最判は,原発設置許可の審査が,多角的・総合的見地から検討するものであり,しかも,原子力工学はもとより,多方面にわたる極めて高度な最新の科学的,専門技術的知見に基づく総合的判断が必要とされると指摘した。
 その上で,このような原子炉施設の安全性に関する審査の特質を考慮し,炉規法24条1項3号,4号所定の基準の適合性については,各専門分野の学識経験者等を擁する原子力委員会の科学的,専門技術的知見に基づく意見を尊重して行う内閣総理大臣の合理的な判断に委ねられているとした。
 換言すれば,被告国には,専門家による科学的,専門技術的知見に基づく意見に依拠する限りは,裁量が認められるというのである。
 しかし,専門家の意見に依拠していれば,常に裁量が認められるわけではない。専門家による調査審議,判断過程に看過しがたい過誤または欠落があれば,その専門家意見に依拠した被告国には,当然にその判断の不合理さが認められるのである。
 この考え方は,原子炉施設の設置許可だけに妥当するものではない。
 多方面において様々な知見の進展があるのであるから,設置許可後における原子炉の安全性確保における被告国の規制権限行使においても,同様の枠組みで,被告国の権限不行使に違法性がないか否かが検討されるべきである。
 この点,すでに訴状において述べたとおり,被告国には,平成14年に公表された長期評価の無視という点で看過しがたい過誤が認められる。
 また,国際的にシビアアクシデントに対する規制(以下「SA対策」という。)がなされていたにも関わらず,SA対策を自主規制に任せ,かつ,その内容もいわゆる地震,津波等の外部事象を想定することを求めないという極めて不十分なものであった。
 以上に述べたとおり,上記いずれの点も,被告国の規制権限不行使が不合理であったことを基礎づけるものであるが,その詳細については追って主張する。

 (4)立証責任の転換

 さらに,伊方最判は,「当該原子炉施設の安全審査に関する資料をすべて被告行政庁の側が保持していることなどの点を考慮すると,被告行政庁の側において,まず,その依拠した前記の具体的審査基準並びに調査審議及び判断の過程等,被告行政庁の判断に不合理な点のないことを相当の根拠,資料に基づき主張,立証する必要があり,被告行政庁が右主張,立証を尽くさない場合には,被告行政庁がした右判断に不合理な点があることが事実上推認されるものというべきである。」と述べる。
 これは,原子力行政に関しては,行政庁・事業者が資料,証拠を独占していることから,立証責任を転換したものである。
 本件においても,証拠の偏在という事情は共通するため立証責任が転換される。
 したがって,被告国は,原告らによる権限不行使の違法性,すなわち権限不行使が不合理であることの主張立証を待つのではなく,自らの権限不行使について,これが適法であること,すなわち不合理でないことを相当の根拠,資料に基づいて主張,立証すべきである。

以上

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